August 16, 2011
明治の煉瓦と近代詩 〜わたしのルーツ―現在―100年のち。〜

“なぜそんな古い詩、をわざわざ読むの?
これまでいくども、たずねられた。
わたしが主に、オリジナルで創った音楽をバックに、
読んでいるのは、「近代詩」です。
(=明治後半・大正・昭和(戦前)頃にかかれたもの)
明治45年間、は1868年〜1912年
大正15年間、は1912年〜1926年
昭和64年間、は1926〜1989年
わたしの主に読んでいるのは、
1900年前後から1945年前後までのもの。
現在は2011年、8月16日。
70年〜100年前の人々がかいた詩、言葉。
――これははたして「古いもの」、なのでしょうか?
〜〜〜〜東京の、とある煉瓦工場のこと〜〜〜〜
わたしの生まれ育った家は、
明治後期に造られた煉瓦の塀にぐるり、かこまれていました。
それは、わたしの父方のご先祖様が、明治―大正期に
三代にわたり、煉瓦工場を営んでいたからです。
明治の初め、関西へ周遊にゆき、煉瓦の建築をみて「これだ!」と、
心に決めたE氏は、明治2年(1869)に東京北部にて、
煉瓦工場を創業。東京では最初期だったそう。
明治維新による、社会改革―近代建築の幕明けとともに、煉瓦の需要が激増。
赤煉瓦の原料は、土。当時は、長野の山の良質な赤粘土を、主に使っていました。
けれど創業当初は、工場での煉瓦造りもうまく行かず、
国に上納した煉瓦も、クズ煉瓦認定され。試行錯誤しながら、
上納を繰り返し、後に良煉瓦認定をもらったそうです。
そののち。瓦職人から煉瓦職人へ転職した、大勢の職人さんを抱え。
日々、膨大な量の煉瓦を焼き(明治30年時は、年間50万本製造)、
東京駅、工場や酒屋の塀、駐屯地、刑務所、東北鉄道のトンネル、
ありとあらゆるところへ。煉瓦は、届けられました。
やがて。大正期に入ると、煉瓦建築の衰退による需要は激減し。
大正12年(1923)、関東大震災にて、煉瓦工場は全壊。
明治―大正期の54年間。煉瓦を世におくりつづけた、
東京のはずれの一つの煉瓦工場は、その幕をおろしました。
*煉瓦造りのお蔵(明治22年/1889)は、
120年後の今でも、そのままの形でのこっています。
(8/27の、ポエカフェ20回記念@村山槐多 はそこで特別開催)
・‥…━━━☆・‥…━━━☆
わたしは、そんな煉瓦にかこまれた場所で。
その当時、明治・大正期の煉瓦創りの人々の。
心や想いを感じとりながら、育ってきた。
「煉瓦」は、どんなにどしゃぶりの雪や、雨に濡れても。
排気ガスや、光化学スモッグ大量に浴びても。
放射性物質を、たくさん浴びても。
晴れた日には、また、からっとした佇まいで元気な顔になる。
古びながらもそぼくな趣きで、優雅にやさしく。
それは「土」で出来ているせいもあります。
100年経ってるから。古いから。
“壊せ!なくせ!いらない!忘れてしまえ”
とは、わたしにはとうてい思えない。
だって、100年経っても、それはきらきらと
そぼくな佇まいで、こんなに、生きてる。
そこには、心がやどっている。
わたしは、ご先祖様たちがものいわず、
与えてくれた思想に、深く感謝する。
・‥…━━━☆・‥…━━━☆
そして、今2011年8月、現在、平成23年。
Pippo ここに。
歌をうたい。詩を朗読し、詩の勉強会をし、音源を創り、
妹と古本屋を紹介し。近代詩復興委員会を立ち上げ。
それらをつうじ、楽しい「詩の入口」作りに。
必死。
しょうじきいって、いばらの道。
きずだらけ。一杯一杯。
道なき、道を、もさくして。
くるしみながら、たのしみながら、
多くのひとに、めいわくを、かけ。
ささえられ。し、をわかちあい。
それは、なぜなのか。
このいきものは、なにをしようとしているのか。
・‥…━━━☆・‥…━━━☆
「詩」ってなに?
詩とは、はげまし。詩とは、右フック。
詩とは、往復ビンタ。
詩とは、世界のしくみを、言葉で翻訳するもの。
詩とは、瞬間の心を、強く宿すもの。
詩とは―
わたしは元々、文学や本が好きで、
短大頃から詩にはまり、思潮社へ入り。詩街道を、驀進しながら。
古今東西、ありとあらゆる詩を読んできた。
その中で。日本の「近代詩」は世界レベルでもひけを
とらないほど、真に素晴らしい。
明治期に西洋から、良質のまた異形の詩の数々が、
日本に紹介され、当時の若い詩人たちがおのおの
競い合って、「世界を構築しよう」!!
と、情熱を燃やしたということが、まず、ひとつあるのだけど。
言葉。リズム。音韻。感性や情操を刺激し、想像力を育む、
テキストとして、たぐいまれなる豊穣さ。
世界のなりたち。ひと。生きること、
多様な「こころ」の在りようが、
さらに、多様な表現で記され、刻まれている。
また、一行。詩の「言葉」にこめられた、
もの凄いエネルギー。情熱。
火の玉のように、燃えさかってる。
わたしは、埋もれてる、火の玉を、発見するたびに、
それを、好きな人たちや、周囲の人々に、
手渡したくなるし、伝わりやすいかたちをいつも
もさくしてるし、分かち合いたくなる。
ねえ、どう思う?どう感じる?
これ、どういう意味だと思う?
聴いて歩きたくて、たまらなくなる。
わたしは、その数々にふれるとき。
かれらの「心」にふれる。
そして、100年の間に、わたしたちが。
得たもの、失った物を思う。
戦争のこと。欺いたこと。失敗したこと。
当事者なのに、誰かを、責め立てて、
被害者になってすませたこと。
嘘をついたこと。欺いたこと。
一部の人間達の利益のために、
原発を建てまくったこと。
私達は、被害者、ではなく、ずっと、当事者、だった。
傷つき。失った。また、こんごも、失いつづけてゆく
たくさんのもの。思う。
私達が、いちばん。置き去りにし。
忘れてきてしまったものは、
もしかしたら、この詩、たち。
ひとが、ひとを思い合って、
むねのうちを、想像しあって、
けんめいに、生きてたころの。
「心」。なのではないの?
・‥…━━━☆・‥…━━━☆
(休憩)
*お茶を入れ、今飲んでる(水道水を沸かして)。
2:22 AM
気持ちを、言葉でかくのは、とても、むずかしい。
だから、いわないで、すませてしまうこと、たくさん。だよね。
これを読んでくれている、あなたも、もしかしたら。
表向きで、言わないから、そのことについて、
何も思ってない、ていうのは、かなしい間違い。
いいたくても、その気持ちを、
言葉に書けない、話せないひとがたくさんいる。
あと、話せないけど、文字には書ける、て人も、
その、逆の人も、いる。
けど。そうだ。言葉にかかわってる、
わたしが、言葉をおそれたり、
もったいながったりしちゃいけない。
まちがってても、ずれてても、いいんだから。
よみにくいとか、イミフだったら、ごめんなさい。
(休憩終)
〜〜〜〜〜〜100年後の、いつか〜〜〜〜
古い「詩」の数々を今の、
ひとびとに差し出している、わたし。
沈没した船に眠ってる、
これは、日本の宝もの。
この行為は、いったい何を
いみ、するんだろう。
いま、詩をわかちあい、ともに楽しんで
くださる、たくさんの人々に、ほんとに感謝する。
カヒロックは、いまこの時間も、わたしがえらんだ、
詩の音楽をつくってくれてる。
ありがとう。ほんとに、
また、興味をもってながめてくれてる、方々にも
ぜひ、いつでも、はいってきてください。
ほんとに楽しいから〜
わたし自身が、たのしくやってます♪
あっ、今週末8/20も、朗読イベント(近代詩+現代詩:村田活彦さん)
を開催します!まだ、お席に少し余裕ありますので、お気軽にぜひ♪
「真夏に飛ぶ/Pippo のポエトリーステージ」
━─━─━─━─━─
わたしは。
あなたとかわらない。
ふつうの人。
みんなが、それぞれの、
ことをして、より幸せに
楽しく生きられたら、とねがう。
だから、原発はいらない。
ほんとに、いらない。
━─━
100年後には、
わたしも、わたしの行為も、
あなたも、きっと、跡形もないでしょう。
それでも。
100年後に、わたしの骨を発見した人が。
「ほら、ごらん。
これが、日本の古い詩を愛し、
つたえようとしてた人の骨、だよ」
笑って、云ってくれたら
いいな。
わたしは、そんな煉瓦にかこまれた場所で。
その当時、明治・大正期の煉瓦創りの人々の。
心や想いを感じとりながら、育ってきた。
「煉瓦」は、どんなにどしゃぶりの雪や、雨に濡れても。
排気ガスや、光化学スモッグ大量に浴びても。
放射性物質を、たくさん浴びても。
晴れた日には、また、からっとした佇まいで元気な顔になる。
古びながらもそぼくな趣きで、優雅にやさしく。
それは「土」で出来ているせいもあります。
100年経ってるから。古いから。
“壊せ!なくせ!いらない!忘れてしまえ”
とは、わたしにはとうてい思えない。
だって、100年経っても、それはきらきらと
そぼくな佇まいで、こんなに、生きてる。
そこには、心がやどっている。
わたしは、ご先祖様たちがものいわず、
与えてくれた思想に、深く感謝する。
・‥…━━━☆・‥…━━━☆
そして、今2011年8月、現在、平成23年。
Pippo ここに。
歌をうたい。詩を朗読し、詩の勉強会をし、音源を創り、
妹と古本屋を紹介し。近代詩復興委員会を立ち上げ。
それらをつうじ、楽しい「詩の入口」作りに。
必死。
しょうじきいって、いばらの道。
きずだらけ。一杯一杯。
道なき、道を、もさくして。
くるしみながら、たのしみながら、
多くのひとに、めいわくを、かけ。
ささえられ。し、をわかちあい。
それは、なぜなのか。
このいきものは、なにをしようとしているのか。
・‥…━━━☆・‥…━━━☆
「詩」ってなに?
詩とは、はげまし。詩とは、右フック。
詩とは、往復ビンタ。
詩とは、世界のしくみを、言葉で翻訳するもの。
詩とは、瞬間の心を、強く宿すもの。
詩とは―
わたしは元々、文学や本が好きで、
短大頃から詩にはまり、思潮社へ入り。詩街道を、驀進しながら。
古今東西、ありとあらゆる詩を読んできた。
その中で。日本の「近代詩」は世界レベルでもひけを
とらないほど、真に素晴らしい。
明治期に西洋から、良質のまた異形の詩の数々が、
日本に紹介され、当時の若い詩人たちがおのおの
競い合って、「世界を構築しよう」!!
と、情熱を燃やしたということが、まず、ひとつあるのだけど。
言葉。リズム。音韻。感性や情操を刺激し、想像力を育む、
テキストとして、たぐいまれなる豊穣さ。
世界のなりたち。ひと。生きること、
多様な「こころ」の在りようが、
さらに、多様な表現で記され、刻まれている。
また、一行。詩の「言葉」にこめられた、
もの凄いエネルギー。情熱。
火の玉のように、燃えさかってる。
わたしは、埋もれてる、火の玉を、発見するたびに、
それを、好きな人たちや、周囲の人々に、
手渡したくなるし、伝わりやすいかたちをいつも
もさくしてるし、分かち合いたくなる。
ねえ、どう思う?どう感じる?
これ、どういう意味だと思う?
聴いて歩きたくて、たまらなくなる。
わたしは、その数々にふれるとき。
かれらの「心」にふれる。
そして、100年の間に、わたしたちが。
得たもの、失った物を思う。
戦争のこと。欺いたこと。失敗したこと。
当事者なのに、誰かを、責め立てて、
被害者になってすませたこと。
嘘をついたこと。欺いたこと。
一部の人間達の利益のために、
原発を建てまくったこと。
私達は、被害者、ではなく、ずっと、当事者、だった。
傷つき。失った。また、こんごも、失いつづけてゆく
たくさんのもの。思う。
私達が、いちばん。置き去りにし。
忘れてきてしまったものは、
もしかしたら、この詩、たち。
ひとが、ひとを思い合って、
むねのうちを、想像しあって、
けんめいに、生きてたころの。
「心」。なのではないの?
・‥…━━━☆・‥…━━━☆
(休憩)
*お茶を入れ、今飲んでる(水道水を沸かして)。
2:22 AM
気持ちを、言葉でかくのは、とても、むずかしい。
だから、いわないで、すませてしまうこと、たくさん。だよね。
これを読んでくれている、あなたも、もしかしたら。
表向きで、言わないから、そのことについて、
何も思ってない、ていうのは、かなしい間違い。
いいたくても、その気持ちを、
言葉に書けない、話せないひとがたくさんいる。
あと、話せないけど、文字には書ける、て人も、
その、逆の人も、いる。
けど。そうだ。言葉にかかわってる、
わたしが、言葉をおそれたり、
もったいながったりしちゃいけない。
まちがってても、ずれてても、いいんだから。
よみにくいとか、イミフだったら、ごめんなさい。
(休憩終)
〜〜〜〜〜〜100年後の、いつか〜〜〜〜
古い「詩」の数々を今の、
ひとびとに差し出している、わたし。
沈没した船に眠ってる、
これは、日本の宝もの。
この行為は、いったい何を
いみ、するんだろう。
いま、詩をわかちあい、ともに楽しんで
くださる、たくさんの人々に、ほんとに感謝する。
カヒロックは、いまこの時間も、わたしがえらんだ、
詩の音楽をつくってくれてる。
ありがとう。ほんとに、
また、興味をもってながめてくれてる、方々にも
ぜひ、いつでも、はいってきてください。
ほんとに楽しいから〜
わたし自身が、たのしくやってます♪
あっ、今週末8/20も、朗読イベント(近代詩+現代詩:村田活彦さん)
を開催します!まだ、お席に少し余裕ありますので、お気軽にぜひ♪
「真夏に飛ぶ/Pippo のポエトリーステージ」
━─━─━─━─━─
わたしは。
あなたとかわらない。
ふつうの人。
みんなが、それぞれの、
ことをして、より幸せに
楽しく生きられたら、とねがう。
だから、原発はいらない。
ほんとに、いらない。
━─━
100年後には、
わたしも、わたしの行為も、
あなたも、きっと、跡形もないでしょう。
それでも。
100年後に、わたしの骨を発見した人が。
「ほら、ごらん。
これが、日本の古い詩を愛し、
つたえようとしてた人の骨、だよ」
笑って、云ってくれたら
いいな。