March 21, 2017

《第七期-九回》 3/26(日) 第93回 ポエトリーカフェ: 尾形亀之助 篇

どうも!毎度、ポエトリーカフェ主宰の Pippo です。
詩と詩人に気さくにふれる、詩の読書会(朗読/茶話会)「Pippoのポエトリーカフェ」、七年めの第七期が、2016年9月より始まりました。今期もよき近現代詩人をとりあげてゆきます。どうぞ、お楽しみに♪  〜

(* 2017年1〜3月 「新潮講座〈ポエトリーカフェ in神楽坂〉」も、開講されます。お申込受付中!)

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*はい、達治! 第85回ポエトリーカフェ 三好達治篇@神保町・ぶらじる(2016年7月)

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86回 丸山薫篇(9/25)  [87回 少年・少女篇@京都(10/29)]   [88回 鳥の詩篇@我孫子(11/26)]

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89回 吉井勇 篇(12/18) 90回 吉原幸子篇(1/22)91回 Re吉原幸子篇(2/11)92回 石垣りん篇(2/26)

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「Pippoのポエトリーカフェ」とは、2009年10月より「入りやすい、詩の入口を作ろう!」との思いで、スタートした《気さくな詩の勉強会》です。 2008年頃より、詩の活動をはじめて以来、「興味はあるんだけど・・・誰からなにから、読んだらいいのやら」「楽しみ方がわからない」、という方々に、ほんとに多く出会ってきました。
そういう方々の、なにか手がかりになれれば、と、このような会を毎月開催しています。
2017年1月に、通算90回をおえ、10代から80代の方まで、リピーターの方も多いのですが、のべ1500人ほどの方々がご参加下さいました。「ポエカフェ」本編に入る前に、皆さんのミニ自己紹介タイムを設けていたり。詩人の生涯をハイライトでご紹介しながら。ご参加のみなさん一人一人に、その回にとりあげる詩人の《代表作テキスト》をくじ引き詩朗読(→自由な意見交換)をしていただいたり…と。自然に詩と親しめるような流れを作っています。
「詩や詩人についての知識はそんなにないんだけど、でも興味はある…!」という方、心から大歓迎。
はじめての方も、どうぞお気軽にぜひ一度、ご参加下さいませ。

《過去の開催記録》
new!!
2009年10月〜2017年2月までの全開催記録
第六期: 第72回〜第85回(2015年8月〜2016年7月) 記録
第五期: 第59回〜第71回(2014年6月〜2015年5月)記録
第四期:2013年3月(第43回 新美南吉編)〜2014年3月(第58回 西條八十篇)

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《イベント概要》
★第七期九回 「第93回: ポエトリーカフェ 尾形亀之助 篇」
kamenosuke
――宮城県柴田郡 大河原町生まれ 1900-1942 詩人

かなしみの日はぼんやりと暮れはてゝ あしたといふ日考ひてみる

桃太郎の話がうそと知りしとき少き胸にかなしみありき

どうしても生きむと思ふ路ばたの一草にさす春の愛光

叛きたる若き命のさ迷ひに十字の路を知らずまがれり

   亀之助 19歳の短歌――1919年「FUMIE」より


尾形亀之助をしっていますか。

大正期から昭和にかけ、『色ガラスの街』『雨になる朝』、『障子のある家』(私家版70部)と、
3冊の詩集をのこし、42歳で窮死した詩人です。
無名のまま、埋もれてゆきそうだったこの詩人を、「こいつの詩はぜったい世に出さにゃならん」と熱く尽力したのは、詩友・草野心平と、稀代の亀之助研究者・秋元潔でした。かれらの思いが実り――死後およそ30年がたち、『尾形亀之助全集』(思潮社)が刊行されたのは、1970年のこと。
そして、少数でも熱心な、亀之助愛好家・読者に 長らく支えられつづけ、2017年のことしにはとてもうつくしい造本の尾形亀之助詩集 『美しい街』が、夏葉社より新たに刊行されました。

幻想的なイメージ、やさしさ、やわらかな詩句のたたずまい。ほのぼの立ちのぼるユーモア。 「なにを言ってるんだ、お前は」、「なにかを表現しようとする意志の片鱗すらも見られぬ」、けれんみのなさ、「よむ人の孤独を支えてくれる」、虚無、存在の全肯定、不穏さ、尋常じゃない感じ、アナーキステックな味わい、自由さ。…… かれを評する多様な言葉を思います。そして、亀之助とは、いったい何なのかをときおり考えます。
――ポエカフェでとりあげるのも 4回目ですし、自分自身も『亀之助全集 増補改訂版』(1999)の編纂に関わって以来、20年近く考えつづけているのですが、正直いって未だに 「尾形亀之助とは、何者なのか」 よくわかりません。

時代をこえて求められつづける 「亀之助」 の魅力とは、一体なんなのでしょうか。
かれが世を去って、75年めのいま。
尾形亀之助の生と詩をたどりながら、みなさんと楽しく、ふれてゆけたらうれしいです。

《略歴》 宮城は大河原町にて、酒造業をもとに財をなした大資産家の家に生まれ――恵まれた環境のもと、上京。絵を描き、大酒を呑み、詩作をつづけ、結婚は二回。祖父→父→亀之助、三代の途方もない放蕩により、莫大な借財を背負い、実家は破産。38歳にて、仙台市役所へ初就職。42歳、国分町の路上にて倒れているところが発見され、仙台市にて、死亡。
[日時・内容]
2017年3月26日(日) 19:00〜21:30 定員16名(要予約)  費用 1300円(1ドリンク別)
内容 Pippoによる詩人の生涯紹介。ご参加の方々によるくじ引き詩朗読。 茶話会。※年譜・テキスト配布します /会場 神田・伯剌西爾(ぶらじる)
(※定員に達しましたため、以降キャンセルまちでのご予約お申込み受付となります。3/24記)

[ACCESS] 東京メトロ半蔵門線/都営三田線/新宿線 「神保町駅」
A7出口徒歩3分 書泉グランデ脇小宮山ビルB1F(小宮山書店のわき道を入って右の地下)
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《亀之助 詩をチョットご紹介》


「明るい夜」

一人 一人がまつたく造花のようで
手は柔らかく ふくらんでゐて
しなやかに夜気が蒸れる

煙草と
あついお茶と

これは――
カステーラのように
明るい夜だ


「春」
(春になつて私は心よくなまけてゐる)

私は自分を愛してゐる
かぎりなく愛してゐる

このよく晴れた
春――
私は空ほどに大きく眼を開いてみたい

そして
書斎は私の爪ほどの大きさもなく
掌に春をのせて
驢馬に乗つて街へ出かけて行きたい

 『色ガラスの街
=====

「昼」

太陽には魚のやうにまぶたがない


「秋日」

一日の終りに暗い夜が来る
私達は部屋に燈をともして
夜食をたべる

煙草に火をつける

私達は昼ほど快活ではなくなつてゐる
煙草に火をつけて暗い庭先を見てゐるのである

 『雨になる朝
======

「詩人の骨」

 幾度考へこんでみても、自分が三十一になるといふことは困つたことにはこれといつて私にとつては意味がなさそうなことだ。 他の人から私が三十一だと思つてゐてもらうほかはないのだ。 親父の手紙に「お前はもう三十一になるのだ」とあつたが、私が三十一になるといふことは自分以外の人達が私をしかるときなどに使ふことなのだらう。 又、今年と去年との間が丁度一ヶ年あつたなどいふことも、私にはどうでもよいことがらなのだから少しも不思議とは思はない。 几帳面な隣家のおばさんが毎日一枚づつ丁寧にカレンダーをへいで、間違へずに残らずむしり取つた日を祝つてその日を大晦日と称び、新らしく柱にかけかへられたカレンダーは落丁に十分の注意をもつて綴られたゝめ、又何年の一月一日とめでたくも始まつてゐるのだと覚えこんでゐたつていゝのだ。 私は来年六つになるんだと言つても誰もほんとうにはしまいが、殊に隣家のおばさんはてんで考へてみやうともせずに暗算で私の三十一といふ年を数へ出してしまうだらう。
 だが、私が曾て地球上にゐたといふことは、幾万年かの後にその頃の学者などにうつかり発掘されないものでもないし、大変珍らしがられて、骨の重さを測られたり料金を払らはなければ見られないことになつたりするかも知れないのだ。 そして、彼等の中の或者はひよつとしたら如何にも感に堪へぬといふ様子で言ふだらう「これは大昔にゐた詩人の骨だ」と。

『障子のある家 後記』

泉ちやんと猟坊へ

 元気ですか。 元気でないなら私のまねをしてゐなくなつて欲しいやうな気がする。 だが、お前達は元気でゐるのだらう。 元気ならお前たちはひとりで大きくなるのだ。 私のゐるゐないは、どんなに私の頬の両側にお前達の頬ぺたをくつつけてゐたつて同じことなのだ。 お前達の一人々々があつて私があることにしかならないのだ。
 泉ちやんは女の大人になるだらうし、猟坊は男の大人になるのだ。 それは、お前達にとつてかなり面白い試みにちがひない。 それだけでよいのだ。 私はお前達二人が姉弟だなどといふことを教えてゐるのではない。 ――先頭に、お祖父さんが歩いてゐる。 と、それから一二年ほど後を、お祖母さんが歩いてゐる。 それから二十幾年の後を父が、その後二三年のところを母が、それから二十幾年のところを私が、その後二十幾年のところを泉ちやんが、それから三年後を猟坊がといふ風に歩いてゐる。 これは縦だ。 お互の距離がずいぶん遠い。 とても手などを握り合つては事実歩けはしないのだ。 お前達と私とは話さへ通じないわけのものでなければならないのに、親が子の犠牲になるとか子が親のそれになるとかは何時から始つたことなのか、これは明らかに錯誤だ。 幾つかの無責任な仮説がかさなりあつて出来た悲劇だ。
 ――考へてもみるがよい。 時間といふものを「日」一つの単位にして考へてみれば、次のやうなことも言ひ得やうではないか。 それは、「日」といふものには少しも経過がない――と。 例へば、二三日前まで咲いてゐなかつた庭の椿が今日咲いた――といふことは、「時間」が映画に於けるフヰルムの如くに「日」であるところのスクリンに映写されてゐるのだといふことなのだ。 雨も風も、無数の春夏秋冬も、太陽も戦争も、飛行船も、ただわれわれの一人々々がそれぞれ眼の前に一枚のスクリンを持つてゐるが如くに「日」があるのだ。 そして、時間が映されてゐるのだ。 と。 ――
 又、さきに泉ちやんは女の大人猟坊は男の大人になると私は言つた。 が、泉ちやんが男の大人に、猟坊が女の大人にといふやうに自分でなりたければなれるやうになるかも知れない。 そんなことがあるやうになれば私はどんなにうれしいかわからない。 「親」といふものが、女の児を生んだのが男になつたり男が女になつてしまつたりすることはたしかに面白い。 親子の関係がかうした風にだんだんなくなることはよいことだ。 夫婦関係、恋愛、亦々同じ。 そのいづれもが腐縁の飾称みたいなもの、相手がいやになつたら注射一本かなんかで相手と同性になればそれまでのこと、お前達は自由に女にも男にもなれるのだ。

障子のある家

《課題図書》 
予習は、必須ではありませんが、読んでおきたい!というかたへ。
新刊書店/古本屋・図書館などで、ご入手できるかと思います。

★ 尾形亀之助詩集『美しい街』(夏葉社) 選詩集 *新刊でご入手できます(おススメ!
★現代詩文庫 尾形亀之助詩集(思潮社) *版元品切れ
★『尾形亀之助全集 増補改訂版』(思潮社) *版元品切れ
*他、青空文庫でも読めます

◎評伝・小説・詩論集など
秋元潔『評伝 尾形亀之助』
正津勉 『小説 尾形亀之助―窮死詩人伝 』
福田拓也『尾形亀之助の詩―大正的「解体」から昭和的「無」へ』
吉田美和子『単独者のあくび 尾形亀之助』


*ポエカフェ尾形亀之助篇 受付は3/5(日)〜開始します

※上の、申し込みフォームの使えない(もし表示されない)方は、以下の宛先までお申し込み下さい。
tintiro.ivent@gmail.com まで。 
メールにて、件名は 「ご参加のポエカフェ会名」とし、お名前・緊急ご連絡先(TEL)・ご参加人数など、ご明記の上、お送り下さい。折り返し、ご予約完了のメールを、お送り差し上げます。

※キャンセル時には、それが分かり次第、お伝えいただけますと幸いです。


pipponpippon at 19:00│Comments(2)TrackBack(0)

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この記事へのコメント

2. Posted by ぴっぽ   February 02, 2016 14:11
かずさん、こんにちは(^-^)
はい、ワンとニャーです笑
八木重吉さんの回もありがとうございました。楽しかったですね。

まどみちお先生!入りますよ〜。

犬かねこ、の詩あったような..
ちょっと探してみますね。
1. Posted by かず   February 02, 2016 11:36
5 前回初めて参加したものです。
こんなテーマもあるんですね。素人にはとても嬉しいです♪

質問なのですが「まどみちお」も近現代詩人に入るのでしょうか?
私は大好きなのですが^^;

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