October 22, 2015

《第六期-二》 第73回ポエトリーカフェ 高階杞一リターンズ(and Happy birthday!!)篇 終了感謝!

takashina0920

はい、キリン! (9/20 会終了後、ご参加のみなさんと♪)

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さて、第六期の二回めは、《2012年12月 第39回“Xmas特別編 高階杞一篇》開催以来、
およそ三年ぶりの登場、リターンズ高階さん篇でした!ご参加のみなさん、ありがとうございました〜。
ご参加は、下は20代から70代の方まで幅広く、いやあ、こんなに笑いあふれて、真摯な解釈や意見交換が怒涛に成された会は久しぶりだったのではないでしょうか。
また、神田ぶらじるさんの当日ご用意してくださったのは、《キリンの柄の、東京ばな奈》!!
そんなのあったんですねー(美味しかった♪)。いつもホントにありがとうございます!

前回の高階さん篇の話になりますが、このポエカフェ開催 39回目にして、なんと初の「現役ご活躍の現代詩人」の登場だったのですね。この会では、「詩の入口向けに、なるべくパッと読んでも分かりやすい、楽しみやすい詩人を」という観点で詩人を選ぶゆえ、近代詩人たちを主に取り上げてきたのですが。現代詩にも、そんな詩人は多くいらっしゃいます。そのお一人めとして、高階さんの登場となったわけです♪ (そして、初のご本人ゲスト登場というなんともぜいたくな・・・!) 
それからしばらくたった、今年2015年9月に、ハルキ文庫新刊として、既刊詩集14冊より名篇を抄録の『高階杞一詩集』が刊行され、さっそくこれを読んだところ、(こんなにもテキストにうってつけの本はないよなあ、未知の方にも知ってもらえるチャンスだし!)と急遽二回目、リターンズ篇の開催と相成りました。

それでも二回めということで、(知らないかたも参加してくださるだろうか?)
と不安も少しあったのですが、15人ほどの方々がご参加くださいました(内、前回の参加者が5名も!)。
ポエカフェでやるというので、はじめて高階さんの名をしった、詩をよんでみた!という方が
思いのほか多くて(10人のうち大半)、うれしかったです。

また、会の開催前ですがご参加の方が、課題本の「高階さん詩集」を読んでいますよ〜とおたよりをくださり、こんなふうに伝えてくださいました。
  帰宅の電車の中で読み始めて、こまったことに、
  涙がほろほろあふれてきてとまらない。
  ハンカチが外せなくて少々恥ずかしくもありましたが
  でも、そういう心の動きみたいなのは、けしてわるいことではないなあと。

  デモに行ったり、あのどうしようもない首相に悪態をついたりするだけが
  私の人生であってたまるものか。
  (といいつつ、明日も板橋のご近所デモに行くのですが…)
  そばにいる人や、きりんや、ネアンデルタール人のことにも思いを馳せたい。
 
思いがけない言葉に、むねが熱くなり、じんわりなみだが滲んできました・・・。と同時に、高階さんの言葉たちがこんなふうに、ささくれだった心にしみこんでくるのは何故なんだろう、とも考えました。きっと、私たちの日常のなかに隠れている、不思議なこと、楽しいこと、やさしいこと(人)、を思いださせてくれるように感じるからかなあ。

前置きが長くなりましたが、会のもようを簡単にレポします〜。

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と、その前に――
ご参加の方々が、Blogなどにレポくださってますので、まずはそちらからご紹介♪ (※はPの感想)

◆「高階杞一ポエカフェ、誕生日のリターン篇 - 古書ますく堂のなまけもの日記」
※毎度、あついレポと年譜もそっくりうつしてくださって、ありがたや・・・もはや《ポエカフェレポ芸》が板についてき たというか笑。後半の怒濤の詩の引用と感想群も、圧巻です。そう、今回はユニークで自由度の高い詩が目白押しだったのでご参加の方々の疑問や感想の応酬ももりあがりました。全然2時間じゃ足らなかったよね・・・

◆「響きをかんじながら」ポエトリーカフェ参加の記 第6期の2 (高階杞一リターンズ篇)
※とても深い洞察と感受性をお持ちのペンギンさんによるご参加レポ。 距離感と、響き・・・。なんとなく一端をみせることによって、語られていないことの豊穣さを浮かび上がらせるのも特色にあるのかな、と。またペンギンさんもふれていますが、若き詩人S君の「春'ing」解釈の件、ほんとに一堂吃驚というか、内心の(待ってました!)の声がきこえてきそうでした笑

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《Twitterなどから》  ※ご感想や解釈など書かれてる方々の呟きを主にあつめました
◆よたか堂/kenkaizu ‏@tuchihannmyoo さん
今日はひさびさ、pippoさんのポエカフェへ。現役の詩人、高階杞一さんの特集。言葉はいまここにない物を表現できるからこそ、不在感を強く描き出してしまうこともあるんだなあ、と思ったり。
あと高階さんの詩で印象に残ったのは、「夕焼けが燃えている」というような表現が何度か出てきたこと。太陽は燃えているとしても、距離が遠すぎて光や色でしか感じ取れないものを、「燃えている」と言うことで物質的なリアリティが生じてしまう。それが子供の感じている世界のようで。
何気ない日常が不意に20年前の記憶に結びついてしまうような、なかなか論理では説明出来ないような感覚も、言葉を文法的な括りから解き放つ、詩という表現だから生きてくるのかな。
「いなかった」ちゃんと一緒にご飯を食べたり、時の止まった子供の声が聞こえる一方で、すぐ側に居るのにまったく心の触れ合えない人も居て。「他者」について考えさせられる詩も多かった。


昨日のpippoさんのポエカフェ、高階杞一さんは若い頃からギターで曲を作ったり、戯曲を書いたり多才な詩人だったが、面白かったのは、造園技師として就職していたこと。そういえば宮沢賢治も庭や花壇を設計したけれど・・庭を作る事と詩を書くことには、どんな繋がりがあるのかな。
庭も詩も、歩む(読む)人の視線を上手に誘導してくれる部分と、自由に見渡せる部分のバランスが重要な気がする。そして、いつも誰かが手入れを怠らず、大切なものが守られている場所。
 
◆夕(ゆう)タン Yuutann ‏@watermleon さん(漫画家・イラスト)
今日はぴっぽさん@pippoem 主催のポエトリーカフェに。高階杞一さんの詩が今回のテーマでした。とても共感するところがあったのでもっと読みたい。
(ぴっぽより: 「夕タンの漫画《戦争よっち》に、高階さん世界とつうじるところがありますね」との言葉うけて)
@pippoem ありがとうございます。高階さんの「戦争」の最後の一文、おこがましいですが、なんだかこのマンガのラストを端的に描いておられるような気がして、驚きました。 

*また、三重県よりTwitterで遠隔ご参加の tomiさんより膨大な高階作品評をいただいたのです(面白いです笑)が、それは、この記事さいごの《スペシャルコーナー》へ載せます♪

《読書メーターより》
『高階杞一詩集』のkochi さんの感想
@kochi
9月のポエカフェ課題本。参加できなかったので、自習。『早く家へ帰りたい』(夏葉社)は読んだことがあり、幼い子供を亡くした詩人の体験が描かれていて、子を持つ親には辛い内容。旅先から家に帰ると、難病の子供が死んでいた。現実を受け入れられない詩人が、子供がいたずらしたと思われるCDプレーヤーを操作するとサイモンとガーファンクル「早く家へ帰りたい」が流れる。「ぼくは早く家へ帰りたい/時間の川をさかのぼって/あの日よりもっと前までさかのぼって/もう一度/扉をあけるところから/やりなおしたい/」


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さてお待たせしました〜《会のもようレポ》スタート!
P作成:「高階さん年譜」「代表作テキスト」配布
収録詩篇
●『漠』より 「蒼穹」「漠」 ●『さよなら』より「春の食卓」 ●『キリンの洗濯』より、「象の鼻」「家には誰も」「キリンの洗濯」、●『星に唄おう』より、「ゆ」「わ」「ど」 ●『早く家へ帰りたい』より、「早く家へ帰りたい」「愛」、●『春’ing』より「人生が1時間だとしたら」「春'ing」、●『夜にいっぱいやってくる』より 「どこかで犬が」、●『空への質問』より、「準備」「夕焼け」 ●『ティッシュの鉄人』より、「春の行進」、●『桃の花』より、「杜子春」「戦争」、●『雲の映る道』より、「雲の映る道」「春の港」●『いつか別れの日のために』より、「草の実」「答は空」、●『千鶴さんの脚』より、「かもめ」、●『水の町』より、「雨」「帰り道」「波紋」「九月になれば」、●(高階さんの心の師)三好達治


まずは恒例のご参加皆さんの、一人一分程度のプチ自己紹介から。
今回もまた、「高階さんとの出会いについてかたっていただこう!」と、お題は「高階さんとワタシ」について。これが、ほんとにさまざまな出会いっぷりを披露していただき、お聴きしてて楽しかったです。
そして、漫画家(イラストレーター)の夕タンさんが、「ポエカフェには興味があったのだけど、ぴっぽさんが最近Twitterでよくつぶやいてる高階さんの詩、よいなあと思って」と、初ご参加をしてくれたことも嬉しかった♪

前回もご参加の高階さん大ファンのSくん恒例の『漠』『さよなら』(高階さんの第一&第二詩集、超レア!)をお披露目大会も、もちろんありました!(しかし、さすがに高階氏が25歳時に作成の限定レコードはもっていないと。笑)
そして、初めて高階さんの詩を予習で読んだ、という方々からも、「読みやすい!楽しい」「心にすとんと、入ってくる」、「絵が浮かんでくる」、「前回いらしたのね、お会いしてみたかったー!」・・・etc、いろんなお声がありましたねー。

わたしが、高階氏の生涯(というか現役ですので、半生)をハイライトでお話ししながら、
くじ引き朗読で、みなさんがお一人ずつ詩を朗読(+疑問や感想などひとこと⇒意見交換)という流れで、
すすめてゆきました。

今回、印象にのこった詩、解釈。ご意見などいくつか、あげてゆきますね。

・Sくんに当たって、朗読された詩「春'ing」について。
 この詩をとてもお好きだとしっていたので、おお、これになったんだ、と驚きいていたら。
 「あの、ぼくこの詩(の解釈)について夕べ、2時間位考えてたんですが・・・それをお話ししてもよろしいでしょうか」と、一堂どよめきました。 (まずその前に、私がTwitterでこの詩の不条理感 ⇒「今日はお鍋よ、といったら、《だったらぼくは牛蒡と葱を買いにゆこう》といって出てったまま、あの人はもう20年帰ってこない」って何でや?! 公房の「砂の女」を彷彿とさせる云々・・・など呟いていたのですが)

 「この《20年前》というのを詩の中の女性は、まるで2時間のような感覚で言っているのが一見ふしぎにみえるのだけれども、20年前のあのときと、今この瞬間はこの作中の女性の中では点と点ですぐつながっている、だから、なんらふしぎはない」(と言っておられたように記憶しているのですが、S君まちがってたらさらに易しい解釈つきで、連絡ください!笑) と、聴いてへええ、と思っていました。このワープ感をすんなり受け入れられるか否かが、高階作品をよみとくKeyであるのかも?

・「家には誰も」
 家には誰もいなかった、けれど、いなかった、がいてちゃんと出迎えてくれる。というユニークな詩。
 「不在」という名の「存在」を擬人化とは、ポジティヴかつ面白いなあ、と盛り上がりました。

・「愛」
 お子さんをさずかった高階さんのなかで、「愛」というかたちのないものが、はじめてかたちになった、という詩。この作品をよまれたかたが、よんだあと涙しておられて。 わたしも、あらためてこの短い作品にこめられている、強く大きな思いに、おもいはせていました・・・・

・「早く家へ帰りたい」
 この作品はかなり長編ですので、二人の方に交互に朗読いただきました。
 この非常に個人的でありながら普遍的な、作品について、じつにさまざまな意見が交わされました。
 ほんとうに胸をうたれてしまった、という多くの方々とともに、「こんなふうに詩にかいてしまうことの乱暴・暴力性みたいなものは、ないだろうか?」という意見をのべられたかたがいて。わたし自身もはじめて、そのことを考えたりもしました。けれど、それに対し、「近親の方がいうのであれば、そのような主張はあってもしかるべきかもしれないが、私たち読者が言うようなことではない」というご意見もあり。ひとりひとり、かなり深くこの詩、あるいは、「詩人が詩をかくということ」について、思いを巡らせていたようすでした。
わたしとしては、「書かずにはいられない」「書かなければ前には進んでゆけない」というものを、やっぱり感じたい、それはその人がその人たる証しでもあるのだから、などということを考えていました。

・「九月になれば」 最新にして、さいごにご参加のかたが朗読
 《九月になれば/夏の楽しかったことを/庭に/いっぱい植える》、九月になれば・・・この作品はひじょうに多層的な味わいのある詩で、さまざまな意見交換がなされました。九月、は、高階さんにとって、とても意味深い月でもあるのでは?という指摘とともに、だれしも、こんな喜びや悲しみという意味で印象深い「とき」を心の中にもちながら、生きつづける、生きつづけてゆかねばならないこと、もまた、感じていました。

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そして今回、とても感じたことは、高階さんの最新の詩集群がほんとに名篇揃い!ということなのでした。
最新詩集が最高だ!と思えることは、こんなに大きい喜びとは・・・
また、こんごの高階さんが生み出してゆく作品たちも楽しみにしています!
個人的には今回のポエカフェで、まだまだ感じたこと、新たに発見したことなどありますが、大変長編になってるので、この辺で。

次回、三回目のリターンズ!は、ぜひまた、高階さんご登場をお願いしたいです♪笑

また多彩で多層的な高階さん作品のよみときに「びーぐるの」編集同人でもあられる、詩人・山田兼士さんの
高階杞一論、をたいへん興味深く拝読、参考にさせていただきました。

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★さいごに三重県のtomiさんより、怒涛の高階作品評!!(From :twitter)
 スペシャルおまけ、コーナー★ をどうぞお楽しみください。

◆tomyo_tomi ‏@tomyo_tomi ・ 10月3日
@pippoem @takitagawa
東都在住なら行かせていただきたい詩会ですが叶わず勝手に同時進行で讀んでいる歌集句集詩集を集めたところあり手に取ればそれぞれを読んだ時期思い出し大切な本となっています

お名前くらいしか知らなかったのですが高階杞一それにしても不思議な詩人平易な言葉繰り出す詩人あまたあれど平易な言葉でどこかで人類が夢見てきたようなことをさらりと書く

春樹文庫の高階詩集は軽く紙質も適度に厚く手触りも良くしかし電車では読まれない必ず途中で目が怪しくなってくる七十頁までなかなか届かない

「早く家へ帰りたい」はアカン反則技お涙頂戴は嫌いだといいながら只のお涙ではないからだの深いところから湧いてくる泉のようなものが眼に溢れる それから先へ進めず 年譜見るとなかなか暮らし定まらず大変なあれこれを超えて生きておられる御様子

◆『漠』より「道」:一匹の蛾の死んでいたその道なら通った誰もが通った少なくとも前世含めいつか通り過ぎたうろ覚えのような気もしたが《夏の終わり/トウモロコシ畑の続く/どこまでもまっすぐに延びた/道だった》と言われていや確にと改めて思う

◆『さよなら』より「処分」:いつのまにか自分が廃品回収車に回収されるそれも《日曜日のよく晴れた朝》というのが恐ろしい不条理小説幾つか読んだがこれほどさらりとした言葉で現実生活と我が心身との乖離を深く描いたものがほかにあっただろうか

◆『さよなら』より「いや、何でもないんだ」:題名に騙されていはいけないひとりの死の突然の訪れをそれ以外にはないのではないかという描写にてあぶり出す《食べかけのスイカとネコを/残したまま縁側で/突然人が死ぬ》西瓜と猫の片仮名表記が絶妙

◆『キリンの洗濯』より「春」:春に一人縁側で思い出す昔の春の光景《その一瞬/世界はしんと静まり返り/夕日が/地球の向うにお落ちていく》この既視感は何だやはりこれも生まれる前に見たような気がする生まれたのは夏の朝だったらしいが

◆『キリンの洗濯』より「螢の光」:ある意味俗な歌なのだ螢の光窓の雪あの懐かしの卒業式のみならず売場からお客を一掃するのに流されるこの歌について淡々と感想を書いている作品かと思えばその後のあれこれの別れにこの曲はながれなかった
《久しき昔/遠く、楽しかった日々》を過ごした妻とのその後の紆余曲折を思い出しながら螢の光を歌いつつすべてを許すということであるらしその見事な替え歌調を引用するしかない
《そして/君との長い月日の暮らし/許し合ったり/憎み合ったり/あれやこれやあったけど/それもこれも/みんな水に流して/いつしか年もすぎのとを/あけてぞ けさは/わかれゆく》
 


pipponpippon at 23:00│Comments(0)TrackBack(0)

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