ジョーカーです。


今回はバルセロナの歴代背番号5番の選手を振り返っていきたいと思います。


背番号が固定式になって初めてバルセロナの背番号5を背負ったのはポペスクでした。

運動量が豊富でDFの選手ながら足元の技術にも優れており攻撃の起点にもなる選手でした。


バルセロナではキャプテンとしてチームを牽引しコパ・デル・レイとUEFAカップウィナーズカップの二冠を達成した。


ポペスクから背番号5番を引き継いだのがコウトでした。背番号5番を着用していなかった1シーズン目はレギュラーとして活躍しましたが背番号5番を着けた2シーズン目は監督が変わり1シーズン目のようなコンスタントな出場機会を得ることはできませんでした。


それでもバルセロナでは2シーズンを過ごしリーガ制覇、コパレルレイ、UEFAカップウィナーズカップの優勝に貢献した。


コウトの次に背番号5番を背負ったのはアベラルドでした。

非常に安定感のあるプレーでバルセロナでは常に重要な役割を担い2度のリーガ優勝、2度のコパ・デル・レイ優勝、2度のスーペルコパ・デ・エスパーニャ優勝に加え、UEFAカップウィナーズカップとUEFAスーパーカップでもタイトルを獲得した。


アベラルドの次に背番号5番を背負ったのはプジョルでした。このバルセロナの背番号5番の価値を最も上げた選手と言っても過言ではないでしょう。


バルセロナでは5度のリーガ・エスパニョーラ優勝、3度のUEFAチャンピオンズリーグ優勝など数々のチームタイトル、6度のUEFAチーム・オブ・ザ・イヤー、3度のFIFAチーム・オブ・ザ・イヤーなど、いくつもの個人タイトルも獲得した。


記録はもちろんですがそれ以上に記憶に残る選手で熱く激しいDFで多くのバルセロナのピンチを防いできた。

また絶対当たり負けしないその屈強な身体からバルセロナのファンは彼を「岩壁」という愛称で呼んでいた。


2度の黄金期を経験している一方で暗黒期も経験している。どんな時でもチームを支えて決して折れない不屈の魂はバルセロナというクラブの魂そのものだった。


現在のバルセロナの背番号5番はブスケッツである。長くバルセロナの中盤の底を支えているブスケッツは当初16番を着けていた。


しかしプジョルが引退しプジョル自らがこの背番号5番をブスケッツに託したことにより背負うことになった。


プジョル同様に熱く激しいDFでボールを刈り取るプレーを得意とするがインテリジェンスにも非常に優れた選手で足元の技術があり時には攻撃の起点としてバルセロナのまさに攻守の心臓の役割を果たしている。


今後さらにブスケッツがこの背番号5番を背負って栄光を勝ち取っていくことによりこの背番号5番の価値も上がっていくと思います。

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以上ジョーカーでした

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ジョーカーです。


今回はバルセロナの歴代背番号9番を背負ってきた選手を紹介していきたいと思います。


バルセロナの背番号9番を背負った選手の中でも1番の衝撃とインパクトを与えたのはロナウドだと思います。


バルセロナには僅か1シーズンしか在籍しなかったが驚異の得点力を発揮。

UEFAカップウィナーズカップ、スペイン国王杯の優勝に貢献し、リーグ戦では37試合出場34得点を記録し、リーガ得点王に輝いた


FCバルセロナに所属していた当時、ボビー・ロブソン監督は「私の戦術はロナウドだ」と名言を残した。


ロナウドのキャリアの中でも怪我なくベストコンディションのままシーズンを通してプレーできた唯一のシーズンでありまさに奇跡の1年をバルセロナで過ごした。


多くのゴールを量産しバルセロナの黄金期のエースとして活躍したエトーも背番号9番を背負った選手の1人です。


ロナウジーニョとのコンビでリーガ制覇とCL制覇を達成。ペップバルサの転換期に1度戦力外を受けるも残留し自慢の得点力で信頼を勝ち取るとスタメンに定着。


リオネル・メッシ、アンリとともに世界最強ともいわれる3トップを組み自己最多、リーガ2位の30ゴールを記録し、チャンピオンズリーグ決勝のマンチェスター・ユナイテッドFC戦では決勝点を挙げた。


3シーズンぶりのリーガ制覇とチャンピオンズリーグ、さらにはコパ・デル・レイをも制し、スペイン勢史上初の3冠獲得に大きく貢献した。


そんなエトーとトレードでやってきて背番号9番を背負ったのがイブラヒモビッチでした。


バルサのスタイルに馴染めるかどうかが不安視されていたイブラヒモビッチでしたが日を追うごとに周囲の選手との連係を高め、リーガ開幕戦のスポルティング・ヒホン戦では早速ゴールを決めた。


その後も順調にゴールを重ね、移籍初年度選手の開幕から5戦連続ゴールというバルサのクラブ記録を打ち立て、自身初のエル・クラシコでは後半からアンリに代わって出場し、ダニエウ・アウヴェスからの絶妙なクロスに走り込み、左足のボレーシュートを放ち決勝点となった。


しかし、シーズン後半は怪我によるコンディションの不調から徐々に調子を落とし、終盤にはベンチスタートも多くなった。


最終的には29試合に出場し16ゴールをマークし最低限の結果は残したが期待に100%応えたとは言い難い出来だった。

イブラヒモビッチは監督との確執から1年でバルセロナを退団している。


イブラヒモビッチから背番号9番を継承したのがボージャンだった。スペイン史上最高の逸材。メッシを凌駕する才能とポテンシャルと言われたボージャンは17歳でデビューすると周囲の期待通り次々と結果を残していった。


しかし徐々に出場機会を失うとバルセロナで居場所を失い最終的には出場機会を求めて移籍する事となる。結局ボージャンが背番号9番を背負ったのは1シーズンのみだった。


ボージャンの次に背番号9番を背負ったのはサンチェスだった。

バルセロナでは存在感を示すも最初のうちは怪我の影響などもありスタメンに定着するまでには至らなかった。


しかし3シーズン目にヘラルド・マルティーノ監督の下でコンスタントに出場機会を得ることになり、国内リーグ戦では2013年10月26日に行われたレアル・マドリードとのエル・クラシコでは相手キーパーのディエゴ・ロペス・ロドリゲスの頭上を越す技巧的なループシュートを決める活躍をみせる。


2014年1月5日に行われたエルチェCF戦でハットトリックを達成するなど34試合に出場し19得点をあげ、公式戦通算では54試合に出場し21得点を挙げる活躍を見せた。


サンチェスから背番号9番を引き継ぎ今もバルセロナの背番号9番を背負い活躍しているのがスアレスです。


加入1シーズン目からいきなりメッシ、ネイマールとの強力南米3トップを形成し3冠を達成。スアレス自身はシーズン途中からの参加でありながら公式戦25ゴール21アシストの活躍を見せた。


ハイエナのように常にギラギラとゴールを狙っており高いフィニッシュワークでゴールを量産しバルセロナの背番号9番を背負った選手の中では1番栄冠を手にしている。


まだしばらくはスアレスがバルセロナの背番号9番を背負っていくと思いますが次どんなストライカーがこのバルセロナの背番号9番を背負っていくのかも楽しみです。

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以上ジョーカーでした。

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今回はフランス代表の歴代背番号10番を背負った選手を振り返っていきたいと思います。


フランス代表の背番号10番というとやはり将軍という印象を受けますが背番号10番を背負いフランスに初の国際タイトルとなる欧州選手権優勝に導いたのがプラティニでした。


ゲームメイク能力に非常に優れており視野の広さを活かした長短正確なパスでフランスの攻撃を創造した。


さらに得点能力にも優れており時にはストライカー以上の得点能力を発揮してゴールを量産した。正確無比のFKもプラティニの武器の1つだった。


そんなプラティニの次に将軍としてフランス代表の背番号10番を背負ったのがジダンでした。


98年母国開催となったW杯では決勝で2ゴールを挙げる活躍でW杯初優勝に導くと続くユーロ2000でも優勝に導きフランス代表の黄金期の中心として活躍。


この黄金期のメンバーが年齢的に見ても全盛期は過ぎただろうと思われた2006年大会でもリベリーなど若手とうまく融合し決勝に進出した。


ジダンは決勝でPKからゴールを決めるも退場となりチームも準優勝で終わったがMVPを獲得し最後までフランス代表の背番号10番として輝きを放っていた。


同じ将軍と呼ばれたプラティニもジダンについて「コントロールやパスなど、基本的な技術に関してジダンは王だ。ボールを受け、コントロールすることにおいて誰も彼と同じことは出来ないだろう」と称している。


そんな偉大な将軍ジダンから背番号10番を引き継いだのがゴブでした。世界最高の選手だったジダンと比べるとどうさても見劣りしてしまうし何より2010年W杯のフランスは最悪の結果で大会を去る事となった。


ピッチ内外で問題が起き監督と選手の確執など最終的には内紛で自滅。W杯では1分2敗と何も残す事できないまま大会を去った。


ゴブも10番としての活躍は全くできずさらにはゴブ自身の淫行疑惑が出るなど最悪の背番号10番として名を残してしまった。


2014年W杯で背番号10番を背負ったのはベンゼマです。2010年W杯で落選していたのでキャリア初のW杯を背番号10番を背負ってプレーしました。


W杯ではエースとして攻撃を牽引しベスト8で優勝したドイツに敗れるも大会通算3ゴールの記録を残し10番として最低限の結果を残しました。


今後もしばらくはベンゼマがフランス代表の背番号10番を背負っていくと思われた矢先の

2015年11月に、性行為を映した映像を利用し、同じフランス代表のマテュー・ヴァルブエナを恐喝した容疑でフランス警察当局に逮捕されその結果フランスサッカー連盟からは無期限代表活動停止処分が科され。


恐喝行為への関与によって科されていた法的制約の一部解除が決定され、フランス代表に復帰が可能となったが「和を乱さぬため」とユーロ2016でベンゼマを招集外にして以降ベンゼマは代表に呼ばれていない。


既にこの事件についての嫌疑は晴れているだけに能力的にもフランス代表のエースになれる存在なのですがベンゼマが語るようにデシャンが監督のうちはもうベンゼマが代表に招集される可能性は低いみたいです。


2018年W杯で背番号10番を背負ったのはエムバペでした。神童と呼ばれた新たなエース候補はベンゼマ不在を全く感じさせぬ活躍を見せ19歳の若さでW杯王者に輝きました。


スピード、テクニック、シュート技術の全ての能力が既にワールドクラスでここからさらにどれくらい成長するのか、底が知れない後のバロンドール候補です。


今後しばらくは19歳という年齢を考えてもエムバペがフランス代表の背番号10番を背負っていくと思います。

今後さらにどんな記録を残すのか、どんな伝説を作るのか楽しみな選手です。

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以上ジョーカーでした

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