2010年12月

2010年12月30日

【読書ノート】サイモン・クリッチリー著 『哲学者たちの死に方』(杉本隆久他訳:河出書房新社)

年末年始休暇に入り、これまで通勤バスや昼休みなどに少しずつ読み進めていた本を読了しました。書名は『哲学者たちの死に方』。冒頭、モンテーニュの「哲学をきわめることは死ぬことを学ぶこと」をエピグラフ(題辞)に引用しているように、古今東西190を超える哲学者たちの臨終を活写した米国で活躍する哲学者サイモン・クリッチリーの書物です。

この本は、一気に読めるものではありません。従って、読む側のその日の気分次第で、思わぬ発見や読み落としもありますが、この国の昨今の政治状況や保身に汲々としている(かに見える)『政治家たちの言動』にほとほと愛想が尽きてしまった私が、ひょっとしてその〈解毒剤〉、あるいは〈カウンターバランス〉になるのではと手にした書物なのです。
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 〔ソクラテス〕
ソクラテスのダイモンはある種の「内なる声」ではなく、彼を突然その場で立ち止まらせる外部からのお告げか命令であった。(15頁)

 〔ルクレティウス〕
それゆえ、抑えきれない生の渇望は常にわれわれに喘ぎ声をあげさせる。寿命を延ばすことで、われわれは死の時を少しも減らしそこなわせることはできない。君がどれほど自分の生命の蓄えを何世代も足すことができたとしても、それでもなお、君には同じ永遠の死が待っているのだ。(続いて著者は云う。…この永遠性をおそれる必要はない。それは充足と平静さの基礎なのである、と。)(88頁)

 〔荘子〕
死と生は決して途絶えることのない変質である。この二つは始まったものが終わることではない。我々がひとたびこの原則を理解すれば、生と死を平等に扱うことができるだろう。(96頁)

 〔聖トマス・アクィナス〕
1273年の11月6日、ナポリでのミサの途中、衝撃的な事態がトマスに生じた。ある注解者たちはそれを神秘的経験とみなし、別の注解者たちは脳卒中と見なしている。いずれにせよ、トマスは 以後、ものを書こうとしなかったし、あるいは書けなくなったのである。そして『神学大全』という 大きな仕事は、第3部、第90問、第4論説で中断したのであった。
彼の秘書ピペルノのレギナルドゥスがこの仕事を完遂すべきだと抗議すると、トマスはこのように答えた。
レギナルドゥス、私にはできない……祈りのなかで見たものに比べて、私が書いていたものなんてどれも、わらくずのように見えるんだ。(153~154頁)

 〔ジャン・ジャック・ルソー〕
(『孤独な散歩者の夢想』から引用して…)「老人にもまだ勉強することがあるとすれば、ただひとつ、死ぬことを学ぶにある。しかも、私ぐらいの年齢になると、それこそなによりも怠けていることなのだ」と書いている。(226~227頁)

 〔バートランド・ラッセル〕
霊魂の不死性に関するいかなる考えも、真実でないために正しくはないし、幸福の可能性を破壊することになる。幸福は私たちに自らの有限性を受け入れることを要求するのである。こうしてラッセルは、世界中のすべての宗教が誤った推論に基づくものであり、道徳的に有害であると考える。私たちが暮らす世界は、ある神の計画によって形づくられたものではなく、混乱と偶然の混合である。このとき、世界が必要とするのは宗教的教義ではなく、混乱と偶然をわずかにしか理解できないかも知れない科学的探求の態度である。(282頁)

 〔アルフレッド・ジュールズ・エイヤー〕
エイヤーについての逸話は多数存在する。エイヤーが大胆にも当時のボクシング世界ヘビー級チャンピオンであったマイク・タイソンに立ち向かった出来事は、多くの人々の知るところであろう。その出来事は、マンハッタンで開かれた下着デザイナーのフェルナンド・サンチェスのパーティー(ほとんどの哲学者は、下着デザイナーのパーティーに招待されていない)で起こった。女性が慌てて駆け寄って来て、友人が隣の部屋で暴行されていると言ったとき、エイヤーはモデルの集団と話していた。救援に向かったエイヤーは、ナオミ・キャンベルというイギリス人の若いモデルに無理矢理迫ろうとしていたマイク・タイソンを発見した。エイヤーはタイソンに彼女から手を離すよう忠告した。それに対してタイソンは、「貴様は俺が誰だかわかっているのか?俺は世界ヘビー級チャンピオンだぞ」と言い返した。エイヤーは間髪をいれずに、「ならば、私はかってウィカム寄付講座論理学教授であった者だ。われわれはお互いそれぞれの分野の有名人なのだ。この問題については、理性的な人間らしく話そうではないか」と答えた。こうしたやり取りのあいだに、ナオミ・キャンベルはタイソンの手を振り切って逃げ出していた。(321~322頁)
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以上は、私のランダムな抜き書きに過ぎませんが、最後に引用したエイヤーについての逸話は、今日、この国の惨憺たる政治状況の中で、一つの教訓とすべき事柄ではないでしょうか?

あのマイク・タイソンを前にしては、その〈場〉の空気を読める者なら誰でも、押し黙るか、その〈場〉を立ち去るか、そうして結果的に〈迎合する〉ことになったとしても、それは致し方ないことです。それどころか、遺憾なことに、タイソンの側について積極的に旗を振るような機を見るに敏な輩(やから)がいても、おかしくはありません。

しかし、ここのところをよく考えてみてください。あのように緊迫した場面に立ち会っても、孤立無援のエイヤーはそうではありませんでした。その時、エイヤーがタイソンに対して挑んだのはボクシングではなく、理性的な人間としての話し合いでした。彼は、ボクシングのチャンピオンに対して、話し合いという全く異なる〈カテゴリー〉を提示したのです。この時、彼はその〈場〉の空気に対抗して、敢えて〈不条理な挑戦〉をしたとも云えます。

政治的人間とは、本来、その〈場〉の空気を支配し、その〈数〉を増やすことに専念する者とも思うので、保身に走る、失礼、党派をつくること自体を否定するものではありませんが、現在のこの混迷した政治状況を見るにつけ、エイヤーのように敢えて〈不条理な挑戦〉をする覚悟のある政治家が果たしてどれだけいるのか、つい、考えてしまうのです。
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それでは皆様、よいお年をお迎えください。



plaisir874 at 11:26|Permalink 読書ノート 

2010年12月26日

墓掃除と墓参り

年末も押し詰まってくると、市内の共同墓地に墓掃除に出掛けます。墓に眠っているのは、私の祖父母と父の3人。墓も敷地も、さほど大きなものではないのですが、悩ましいのは、我が家の墓が、共同墓地のはずれにあるせいか、墓の前面に2~3区画ほどの空き地があり、側面の通路とともに、丈の高い雑草に覆われてしまうことです。

夏場は、特にひどく、これら逞しい雑草木に完全に覆われてしまい、接近することさえ困難なのです。墓掃除といっても、通常イメージする敷地内の雑草取りとは違って、我が家の場合、この敷地外の雑草木との深刻な戦いが、まず序盤にあり、ようやく墓石を掃除する頃までには、こちらの体力もすっかり消耗してしまい、「また今度きれいにするから…」などと、ついつい手を抜いてしまうことにもなるのです。(?)

ちょうど1年ほど前、思いあまって、冬場のうちに、周辺の草刈りを終えた箇所に集中してたっぷりと除草剤を散布しました。ところが私の期待に反して、その効果はまったく認められませんでした。もはや完全にお手上げ状態で、私にとっての「墓参り」というのは、即ちこのような悪戦苦闘の「墓掃除」をも意味しています。(フゥ)

そんな私ですが、実は、若い頃から、他人の「墓参り」だけは、結構、好きなのです。
学生時代、といっても特にきっかけがあったわけでもないのですが、都内の谷中霊園、青山霊園、更には鎌倉の有名どころの寺などを散策して廻り、偶然見かける著名人の墓との出会いをこの上ない喜びとしていました。

7)7)そんなわけで、後年、渡仏してカミュやゴッホの墓などを訪ね歩いたとしても決して不思議なことではないのです。

ところで、そのアルベール・カミュの墓ですが、昨秋、サルコジ大統領が、今年1月4日の命日に、没後50周年を記念してカミュの遺骨を偉人が祭られているパリのパンテオンに移すという提案をしたのは、ご存じでしょうか?この意向は、直ちに長男ジャンの拒絶によって頓挫したものの、もう一人の遺児カトリーヌは、パンテオンに父が奉祀されることには反対していないとも伝えられています。この間の記事を読むと、没後50年以上経っても、尚、フランス国民にとって、カミュは少なからず関心を引き続け、時に、相変わらず左右両陣営の政治的な思惑から、不条理な〈論争〉が惹起されているということがわかります。

私に関していえば、「墓参り」の楽しみは、冷たい大理石に覆われた墓所を〈巡礼する〉ことにあるのではなく、故人に相応しい〈佇まいを感じる〉ことにあると思うので、パンテオンの冷たい大理石の棺に収まったカミュを巡礼するよりは、南仏プロヴァンスの明るい陽光とルールマランの薫り高いラヴェンダーに包まれたカミュの墓石〔自然石)の方により強い魅力を感じるのです。

〔補遺〕
私好みの〈究極の墓〉といえば、やはり、鎌倉の東慶寺にある小林秀雄の墓でしょうか。墓石は、生前、小林が愛してやまなかった石造りの小さな五輪塔で、彼はこれを関西のとある骨董店で見つけ、長らく自宅の庭に置いていたのです。この五輪塔こそが、深閑としたこの寺の墓所の雰囲気に過不足なく調和するのであり、ただならぬ墓石の〈佇まい〉からは、故人の美学、精神性が静かに伝わってくるような気がするのです。



plaisir874 at 22:10|Permalink 日記 

2010年12月20日

ロシナンテ ふたたび

愛車ロシナンテが車検を終わって戻ってきました。走行距離11万㎞を超えたとはいえ、すべてをピカピカにリフレッシュして、その姿は、以前にも増してとても頼もしく見えます。

道の駅おおやま道の駅おおやま2
車検を直前に控えた先週の日曜日。日田市大山町まで長距離ドライブを試みました。

今回、目指した先は、道の駅「水辺の郷おおやま」。バイキング
ここは以前から気に入った道の駅ですが、「地産地消」のバイキング方式のレストランがあります。この種のレストランは各所に見られますが、ここは和食だけでなく中華もなかなかの味で、カミさんによれば、ここのスイーツ類も格別の味だそうです。

橋に下げたホース橋のガラス絵地元の新鮮な野菜、農産加工品それに意外に美味しかったスイーツに納得してチョコレートケーキまで購入した後、川筋をたどって、近くの橋まで散歩しました。橋桁には、直前に使用したのでしょうか消防用のホースが何本も干してありました。この日のドライブは、車検直前のことでもあり、車の調子をことさら注意深くチェックしながら運転しましたが、何やらダッシュボードの奥の方から聞こえてくる「カタカタ」という異音が気になりました。

さて、18日の土曜日。車検終了後、初めての遠出は、国東方面へのドライブにしました。メニュー表夢咲茶屋
今回も目指す先は、道の駅「くにさき」ですが、ここでの昼食は、道の駅に隣接した農産物販売所の「夢咲茶屋」でいただきます。まごころそばセット店の様子
午前11時半。まだ早いのでしょうか、お客は私とカミさんの二人だけ。わくわくしながら注文したのは、「まごころそばセット」。地元の新鮮な食材をふんだんに使った、心のこもった料理には、いつもながら驚かされます。この日、口にした何の変哲もないブロッコリーの天麩羅がこんなにも美味しいとは!

志高湖悪くないぞロシナンテ19日の日曜日は、別府市郊外の志高湖に出掛けました。12月半ばが過ぎては、さすがにここを訪れる人々も少なく、閑散としています。どうしたことでしょう、何故か、湖水が極端に少なくなっているのが気になります。とはいえ、湖の周囲をゆっくりと散歩すると、とてもこころ豊かになれる気がします。頑張れ、ロシナンテ。まだまだ悪くないぞ!

 







plaisir874 at 21:42|Permalink 日記 

2010年12月06日

海岸散歩

近所の行きつけの医院で、処方して貰った3日分の風邪薬がなくなったので、改めて薬を貰いに出掛けました。風邪の症状は、明らかに3日前と違って、もう喉の痛みはすっかり消えていますが、その代わりに頻繁に咳が出るようになりました。

私に2、3度深呼吸をするように指示しながら胸の呼吸と喉の奥とを丹念に診察した後、かかりつけ医は云いました。
「特に心配ありませんね。わかりました。咳を抑えるため、少しクスリを替えましょう。」
そして、パソコン画面に向かい、手際よく処方箋その他を入力し、新しく処方した薬について丁寧に説明してくれました。(それだけで、何だかよく効きそう!)
別府タワー
薬局で手渡された薬は、きちんと説明書で、薬の作用と注意事項が書かれています。それによると毎食後、3種類の(白・黄・赤の)錠剤を1錠ずつ。それ以外にも、特に、咳がひどければ、小さなキャップで咳止めシロップを1目盛りずつ飲むことになります。
これで私も、ようやく、本来の美声(?)を取り戻すことができるのでしょうか?

さて、昨日の日曜日。朝から見事な晴天で、風邪薬を飲んでいるので、愛車ロシナンテでの遠出は控えて、久し振りに別府の海岸を散歩しました。別府タワー案内
北浜にある別府タワーは、何とあの東京タワーよりもさらに古いのですが、今でも現役で、老舗の別府観光のシンボルの一つ。そのタワーの玄関前に、最近、とても愉快な案内板が掲示されました。偶然、こんなものに気づくのも、散歩の楽しみではないでしょうか?
(右の写真をクリックすると、画面が拡大して文字がよく読めます)

ヨットハーバー北浜のヨットハーバー。こちらの方は、天気さえよければ、爽やかで若々しい光景を目にすることができます。この日も、市内の高校ヨット部の学生たちでしょうか、別府湾の沖合に、白い帆を張ったヨットを次々と繰り出していました。この場所には、まるで彼らの青春に呼応した風が、気持ちよく吹き渡っているかのようです。

テルマステルマス2写真右は、的ヶ浜のスパビーチのはずれにある北浜温泉(テルマス)。水着を付けて、屋外温泉から眺める別府湾は素晴らしいものです。

海辺の散歩道1海辺の散歩道完成間近の人工海浜(餅ヶ浜地区)。
工事も進んで散歩する人々も多くなりました。地中海のリゾート海岸のよう?とても楽しみです。

plaisir874 at 20:24|Permalink 日記