2017年09月15日

おうちまでは歩いて帰ることにした。
20分くらいの道のり。具合が悪いわけじゃないし、何かに追い立てられているわけでもないから久しぶりに長く歩くのも楽しい。
途中スーパーに寄って切り干し大根と高野豆腐を買った。これは病院食の影響。
退院してまず何を食べようかと、鼻息も荒くネットで調べていたりもしたのだが、お店には行かず自分のお家で食べることにした。
食材を見ていてはっと気づいたが、すでに秋が到来しているのだ。あやうく病室の中でやり過ごすところだった。
僕が点滴につながれて汗をかきながら病室のベッドで無理して眠っている間、看護師さんたちは仕事終わりで友達だとか彼氏だとかと秋の味覚を楽しんでいたのかもしれない。そう考えると少し腹が立つ。我ながら性格が悪い(苦笑)
とりあえず秋刀魚を買った。お寿司とか天ぷらとかステーキを食べにいくという選択肢もあったが、なんとなくおうちでゆっくりしたい気分なのだ。

10日ぶりにドアを開けると、玄関のところで愛しのハナは眠っていた。
僕が抱き上げると、眩しいものでも見るように僕の顔を仰いだ後、ふうと息をついて腕の中におさまった。
「ハナ久しぶり。久しぶりすぎて僕の顔を忘れちゃったかな。」
「忘れた忘れた。いいからちょっと降ろしてくれない?わたし今眠ってたのよ。わかるでしょ。」
あいかわらずなのである。
たまらずぎゅうと抱きしめると、ハナはギュウと息を漏らした。

とりあえずハナちゃんを降ろして、荷物を片付け、お料理開始。
いやー料理って楽しいなぁ。

できたのはちょうどお昼時。作ったのは秋刀魚の塩焼き、切り干し大根と高野豆腐の煮物、それにちらし寿司(ごはんに具を混ぜるやつ。いただきものです)
我ながら上々のできあがり。10日間のブランクを感じさせないのである。
その証拠にハナが秋刀魚欲しさに僕の膝元で足を揃えていい子にしている。
おいしい料理はまず香りがいいのですよ。と自画自賛。

退院してみたものの、今日は別に何かがある日というわけでもない。
せっかく元気になったというのになんだかもったいないのである。
というわけで、またもや玄関で眠っているハナをまたいで外に散歩に出てみることにした。

あたりまえだが、待ちゆく人たちはみんな健康そうだ。さっきまでは不健康な人たちばかりと生活を共にしていたと思うと少し不思議な気分になる。

本屋さんに入ってみる。読もう読もうと思っていたのに買っていなかった村上春樹の本をみつけたので一気に3冊購入した。入院したことでなぜか読書熱が一気にあがったらしい。

そういえば、と思う。
入院中にいくつか食にまつわる雑誌を買ったが、いずれもお料理を小皿に盛り付けるスタイルを推奨しており、見ているうちに欲しくなってしまったのだった。うちには小皿がたくさんあるけれど、もっとスタイリッシュなのが欲しい。
いつも行くお気に入りのお店に寄ってお皿を見てみる。
うーん、美しい。お皿というのはどうしてこうも僕の心を揺さぶるのだろうか。20代の頃九州でツアーをやった時、気に入ったお皿を発見して大事に持って帰ってきたりもしたもんな(今でも大事に使っています)
ほっくりした気分で眺めていると、店員さんが、
「よかったら手に取ってご覧になってくださいね。」
とにこやかにいう。
僕は小さく会釈してまたお皿に目を移す。
黒織部の小皿が実に楽しい。しかしこのガチャガチャした模様の感じを生かす料理とはいったいなんなのだ。まさにセンスを問われる皿だ。難しい。難しいぞ。

眉間にシワを寄せて考えていると、いつのまにか店員さんはカウンターから出て僕の横にいた。
「なにかお探しですか?」
「いや、えーと、ちょっと小皿がほしいなとか思いまして。」
「そうですか。その織部焼きもとてもいいものですよね。かわいらしくて、素敵じゃありません?」
「ええ、とても素敵です。ただ、いろいろ見ていると小皿だけじゃなくて他のお皿にも気が移ってしまってですね。悩んでいるところです。」
「例えば?例えばどのお皿が気になりますか?」
そのようにはしゃいでいう店員さんは多分僕より年上なのだが、小さくてなんだか可愛らしい感じの人なのである。ただし、おそらくただ店員をやっているというだけでなく、陶芸に対して深い愛情を持っている人なのだろう(店長さん、あるいは店主なのかもしれない)普通のおばさんという感じではない。身体のどこかから感性という名のアンテナが飛び出しているような感じだ。

「この角皿も素敵だし、それにこのお皿は白いバージョンもあるんですね。」
と僕はいう。その独特な形のお皿は以前ここで買ったのだが、僕は黒を持っていた。多分僕が買った時には白はなかったと思う。
すると、店員さんの頬が少し赤らみ、少女のようなキラキラした目で僕にいった。
「このお皿!とてもいいですよね。形といい大きさといい、深さも厚みもとてもいい。どんなお料理にでも合いますし、すごくお勧めですよ。実は私も何枚か持ってるんです。」
多分、セールストークなどではなく、本心からその皿を誉めているのだろう。
「実は前にここでこのお皿をいただいたんですよ。とても重宝してます。」
僕がそういうと、彼女は顔の前で手を合わせて、
「まあ、そうだったんですか。ありがとうございます。」
と嬉しそうにいった。
ひとしきりふたりで件の皿を誉め称えた後(笑)別の皿へと目を移す。
気の効いた小皿を見てまわるが、いまいちこれを買おうというものはなかったが、店員さんはひとつひとつの器について生産された場所や作った人などを丁寧に教えてくれた(最初に説明されたお皿ほどの情熱はなかったかもしれないが)
見ていると小皿ではないが、薄いグリーンの角皿がやけに気になってくる。
「これもとてもいいですね。」
と僕がいうと、
「そう、これもとてもお勧めですよ。もちろん私も持ってます。」
どうやら僕と店員さんは食器の趣味が合うらしい(笑)
そこそこの値段がしたが、自分の退院祝いということで購入することにした。
支払いをする時、そういえばと店員さんはポイントカードを作ってくれた。
えらくたくさんスタンプを押してくれるので、なぜかと尋ねたら「以前お買い上げいただいた分も押しておきました。」と笑った。







物語には終わりというものがある。
日々暮らしているとそんなことを忘れそうになってしまうが、多分僕らの生活はたくさんの物語が多重構造的に交わってできているのだろう。いくつかの物語が始まり、いくつかの物語を抱え込みながら、いくつかの物語を終える。しかし、ただ、僕らはそれに気づいていないだけなのだ。

朝、看護師さんが僕のところにやってきて採血してくれた。
僕はすでに起きていて、カートヴォネガットジュニアの小説「猫のゆりかご」について考えていた。あれはいったいどういうものだったのだろうかと。

ぼんやりとしている僕を尻目に看護師さんはせっせと僕の体温を計り、血圧を測定し、注射器で血を採った。
入院している間、たくさんの看護師さんにお世話になった。この病院は(というか僕は他の病院を知らないんだけれど)マンツーマンではなく毎日担当してくれる看護師さんが代わる。若い人もそうでない人もいたが、基本的にはみな親切だった。親切な人が看護師さんになるのか、看護師さんだから親切にしているのか、それは定かではないが、少なくともみんな良心的だった。
果たして、僕が一番好きだった看護師さんはどの人だろうとふと考えてみた。
いろんな人がいたが、とりあえず顔に関してはみんなマスクで隠れているから全貌は明らかになっていない。そうなると、性格だとか言動だとかが評価する基準になってくる。ある意味ではとてもフェアだといえる。
採血が終わるまでに答えは出た。意外なことにみんな大好きだという中学校の先生みたいな結論が出てしまった。
我ながらなんだかつまらないなと思ったが、年を取るということはそういうものなのかもしれない。そんなに簡単に優劣はつけられないし、だからそんなに簡単に恋にも落ちない。不惑。

朝ごはんを食べたら(全粥、かぶとさやえんどうのみそ汁、炒り卵、梅干、牛乳)日課の散歩をする。採血の結果待ちではあるが、おそらく僕は今日退院できるだろう。単純にいって身体の調子がいい。先生たちにとってはデータを確認する必要があるのかもしれないが、僕自身にとってみれば身体に聞けばわかることだ。
ありんこが何匹かで固まりながら地面を這っていた。少し進んでは相談するようにみんなで集まり、また進み始める。僕はしゃがみこんで彼らのことをズームアップで見てみる。彼らは一体なんのために、どこに向かっているのか。おそらく僕と同じようなことなのだろう。つまりは、多分、僕も彼らも同じような目的にしたがって生きているのだ。

病室に戻ろうと廊下を歩いていたら主治医の先生に会った。
先生は僕を認めたとたん、まるで街角で偶然出会ったかのように驚いていた。
僕が微笑みかけると先生はいつものように目を見開いて、
「今病室に行ったらいなかったから、勝手に退院しちゃったかと思ったわよ。」
といった。
「ははは。さすがに荷物を全部置いて帰ったりしませんよ。」
と僕はいった。
彼女はいったん僕から目をそらし、自分の靴を(スリッパだったかもしれない)見るようなそぶりをしてからもう一度僕を見た。
「うん。採血の結果だけど良好です。退院してもいいよ。」
彼女はそういって、にこりと笑った。
結局この病院で僕が一番好きだった人はこの人ということになるんだろうなと思いながら僕は、
「ありがとうございます。」
といって笑った。
もちろん食事になんかは誘っていません(笑)

早々に着替えをすませ、荷物をまとめ、図書室の本を返却ボックスに落とし(「蛇とピアス」を少し読み始めて、結構おもしろそうな内容だったが完読にはいたらなかった。今度ちゃんと読もう)帰りの準備は整ったが、入院費用の計算をしているのでもう少し待てとのこと。
iPhoneはデータがないからやたらと遅いし、やることないのでベッドの上でぼんやりとした時間。

両隣のおじいさんたちは寝息を立てて眠っている。
結局彼らの顔をしっかりと見ることはなかった。
むしろどの病室にいるのかわからない、アメリカンな社長さんとばかり顔を合わせていたような気がする。
これが小説だったら彼と僕は仲良くなって、そして彼から不思議な依頼を受け、非日常の世界に巻き込まれたりするのだろうけれど、いや、そこまでいかなくてもちょっとしたふたりだけの秘密の物語が生まれたりするのだろうけれど、結局最後まで彼とは親しく口をきくチャンスがなかった。
だからこの日記はただの日記であって、別に面白いものではないのだ。
いうなれば、道ばたをありんこが這っているようなものだ。
そこにストーリーがあるかといわれれば、もしかしたらあるのかもしれないが、もしかしたら別に何もないのかもしれない。
小説のようにうまくはいかない。

やがて、入院費用の請求書が届けられる。むろん安くはないが、まあしかたがない。
箱根だか草津だかでゆっくり逗留したと思おうとしたが、そんなに優雅なものではなかったな(苦笑)大半はチューブにつながれた生活だったし。

ハットをかぶって荷物を持ち、背筋を伸ばして病室を出る。
ナースステーションに寄って「お世話になりました」と挨拶する。
退院するときはエレベーターの前でファン、いや失礼、看護師さんたちが、
「立井さんがいなくなると寂しいわぁ」
「絶対また来てね!もっとしっかり看病するから!」
とか、ある意味ちやほやされるのかと思っていたが、意外にも(意外でもなんでもないけど)
「お大事にー」
と気のない返事で挨拶は終わった。
不惑ってつまらないもんだな。

支払いをすませ、ロビーを通って外へと出る。
目の前には明るい景色が広がっている。
今までとはまるで違う景色に見えたわけでもないが(毎日散歩してたしね)なんとなく清々しい気分なのである。

かくして僕の入院生活は終わる。
ひとつの物語が終わればまた次の物語が始まるのだろう。
ありんこたちはどこへ行ったのだろうか。
僕はハナちゃんのいるおうちへ帰るよ。

続く。






 




2017年09月14日

待望の朝ごはん。
笹かまぼこ、切り干し大根煮付け、紫蘇の実漬け、小松菜のみそ汁、牛乳。
昨日の朝ごはんもそうだったが、一日の始まりはライトな食事にしているようだ。
笹かまぼこはツルリとしていて、あまりモクモクと食べる感じに向いていない。

しかし切り干し大根っておいしいのね。どちらかというと庶民的というか貧乏臭い食材というイメージがあって自分で買ったことはないが、こうして改めて食べてみると実に優しく日なたのようなあたたかい味がする。高野豆腐もとても味わいがあってよい。退院したら是非買って料理してみようと思う。

病院のロビーを通って外に向かう。いつもの散歩の時間。
たくさんの人が椅子に腰掛けて診察を待っている。
ここは東京なのだから有名人のひとりくらいいるかなと思って見回してみるが、そういう人はいないようだ。なんとなく残念。
外に出て庭をひととおり散歩して、病院の入り口にあるベンチに座る。
まもなく退院だ。
しっかり静養することが大事だったから、来る日も来る日も空調の効いたベッドに寝転がり、時間がやって来たらご飯を出してもらって、夜は眠る。それがこの場所での僕の日常であった。
考えてみればそれはいってみれば少々贅沢な生活だったのかもしれない。看護師さんたちはみな若く、僕に優しく接してくれた。それもまた贅沢なことだ。
しかし僕はやっぱり早く日常生活に戻りたいと思う。
清々しい風が吹いている。
なんとなく切ない気分になる。
入院しているうちに秋が来ちゃったんだなと思う。

昼ご飯から五分粥が全粥になった。
少しはご飯らしくなったわけだが、やはりお粥はお粥なのである(苦笑)
カレイの煮付け、ピーマンと茄子の味噌炒め、なます、リンゴ。
「ピーマン!」
ここに来て最大の難関が訪れる。
僕はピーマンが苦手なのである。
入院する時にアンケートを書いたが、食材にアレルギーなどありますか、という質問にないと書いた後、「ピーマンが苦手です」と小さく書いておいたのだが、効果はなかったようだ。
やれやれ、大人だから残すのもかっこ悪いし、ここは我慢して食べてみようと、覚悟を決めて口にしてみた。
ん?意外といけるぞ。
いつもなら、「うえー」っとなってしまうのだが、茄子と味噌とのコンビネーションがよかったのか、ピーマンそのものもちゃんと食べれた。まあ、やっぱりそんなにおいしいとは思わなかったけど、それでもこれは立派な進歩だ。
入院したことで僕は大人の階段をひとつ昇った(笑)

午後を通して「猫のゆりかご」を読み終えた。怒濤のエンディングでこれでもかというくらい悲惨な終わり方だったが、なんとなく間の抜けた感もあって不思議な物語だなぁと思った。小説そのものの構造の美しさというよりはディテイルが面白く、シニカルなセリフがちりばめられていて、なんともニヤリとしてしまう。
この小説はたくさんの章によって構成されており、その数はなんと127まであるが、そのタイトルがいちいちかっこよくて、退院して曲でも作る時には是非参考にしたいと思った。

待望の(笑)夕ご飯はなんと豚肉生姜焼き!それに野菜スープ、里芋冬瓜煮物、白菜と蕪のサラダ。
久しぶりに食べた肉はパワーそのものという感じがする。味も比較的しっかりついていて、病院でこんなの食べてもいいのかしらとちょっと気が引けるくらいなのであった。もちろん野菜たちもしみじみとおいしかったです。

最後の夜を過ごす。
明日は本当に退院できるのかしら。
病院の外はどんな景色だったっけ。
iPhoneで動画を見ながら眠ろうと思ったが、データの残量が0になったので、なにをするにも非常に重くなってしまった。
要するにこれは潮時ってやつなのだな。

潔く眠りにつくとしよう。
おやすみなさい。




2017年09月13日

目が覚めてすでに食事が待ち遠しい。
たった一日規則正しくご飯を食べただけで、すでにご飯を中心に時間が回り始めた。
面白いものである。

というわけで朝ごはんはミートオムレツと蕪のサラダ、麩と玉ねぎのみそ汁、牛乳。
今までわりと食べ応えのあるメニューばかりで、僕はモクモクとよく噛んで食べていたのだが、今日のメニューはツルリとしていてさほどモクモクしないうちから喉を滑り落ちていく。
まだご飯が五分粥だから、しっかりと噛む料理がないとなんというか食べ応えがなく寂しいのである。
まあ、作ってもらっているのだから文句は言えないのだけれどね。

看護師さんがやって来て体温と血圧を計測する。
うん、体調に問題はない。
「そういえば、立井さん明日外出されるんですって?」
と看護師さんが僕に聞いてくる。
おう、そういえばそうだった。
明日のお昼はブロークンTVのリハーサルが行われる。
入院中リハは何度かあったが、お休みをいただいていた。
しかし、本番直前のリハーサルは是非とも参加しなければと思っていたのである。
「なにか大事な用事でもあるんですか?」
と看護師さんが興味深そうに聞いてくるので、
「実は音楽をやってまして、明日はバンドのリハーサルがあるのです。」
と告げると、看護師さんは心底驚いたような顔をして、
「えー!すごい!パートはどこですか?!もしかしてボーカル?!」
と、すでに僕のファンのような顔つきでキャーキャーしている。
「ドラムですよ。」
というと、
「すごーい!なんていうバンドですか?」
と聞かれた。ここでミスチルとか奥田民生とかスピッツとかいうとすごいことになるんだろうなと思いながら、
「ブロークンTVというバンドです。」
というと、
「へぇ!ちょっと調べてみますね。」
と依然キャーキャー感は損なわれないまま嬉しそうに去って行った。

たしか、ここは東京だよなと思う。
結構有名なミュージシャンなんてその辺にたくさんいて、彼らもまた体調を崩してこの病院にかかることもあるだろうに、まるで地方の病院で入院しているかのようにキャーキャーされると、なんだか不思議な気分になってくる。
もちろん悪い気はしないね(笑)
しかし、看護師さんに「是非ライブ来てくださいよ。」とか、うまく宣伝することができない自分が少し歯がゆい。僕って昔からそういうのがほんとに苦手なのだ。
そういうのって潔癖性の名残りなのかしらん。

次のブロークンTVのライブは、ベースでリーダーのユカリちゃんが所用で出演することができず、元ステンレスのケンパチさんが急遽参加することになった。つまり、ケンパチさんにとっては初のライブであり、すくなくとも一度はリハで手合わせしておきたいところなのである。

しかし外出すると、その日の僕の身体のデータが取れないから入院が長引く場合もある。(前回入院した時はライブのために外出したから退院が数日遅くなった)
それでもリハはやっておきたいよなと思っていたら、主治医の先生が登場。

「顔色もいいし元気そうだね。」
「おかげ様で。もういつでも退院できそうな勢いですよ。ひまでしょうがないしね。」
僕がそういうと先生はウンウンと頷き、にこりとしていった。
「ご飯もしっかり食べているようだし、もう問題なさそうだから退院しましょう。そうねえ、明後日の15日なんてどうかしら。」
えっ!と僕はびっくりする。
まだ五分粥しか食べられないから、それが普通のご飯になって、体調的に問題なければ退院するとして、もう少し時間がかかるかなぁと思っていたのだ。僕はなんだか夢でも見ているみたいにぼんやりとした顔で先生を見ていたが、突然正気に戻って、
「します!退院します!」
といった。
先生はアハハと笑って、
「退院する前にもう一度血液検査をしましょう。その結果で決めようか。そろそろ普通の食事が食べたいでしょう」
といった。

そしてバンドのメンバーと相談して明日のリハはお休みさせてもらうことにした。
「なあに、当日リハーサルに入れば問題ないよ。」
とみんなはいってくれた。

いやーやっと退院生活ともお別れできる。
なんだかんだいってやっぱり暇だからなぁ。

お昼ごはんは鶏肉のすき焼きとキャベツのお浸し、サツマイモの煮物と杏仁豆腐。
サツマイモをお粥にいれると、芋粥になっておいしい。
素朴な味がなかなかよい。
モクモクと食べる。

さて、退院の日取りが具体的になると俄然忙しくなって来た。
そう、読書である。
カートヴォネガットの小説は比較的ボリュームがあるので、退院するまでには是非読破したい。
他にも渡辺淳一だとか、金原ひとみだとか、釣りキチ三平の続きとか、美味しんぼとかたくさん借りていたけれど、入院生活のラストを飾るのはカートヴォネガットでいいだろう。

風呂に入って身体を隅々まで洗い、談話室に行って小説を読む。
いつもと同じように過ごしているが、なんだか心がウキウキしていることを感じる。
庭を散歩してお花の写真などを撮ってみる。
我ながらウキウキしているなぁ。

カートヴォネガットの「猫のゆりかご」はなんとも奇想天外なお話で、ある意味無茶苦茶なスラップスティックストーリーなのだが、文章の隅々にニヤリとさせられる気の聞いた表現が仕込まれており、ぐいぐいと読ませる。とても面白い。のめり込んで読んでいるうちに日は暮れていくのである。

夜ご飯は鱸の塩焼き、ほうれん草のお浸し、春雨サラダ、はんぺんのすまし汁。
そろそろご飯が五分粥を卒業するかと思っていたが、まだ五分粥だった。
まあ、その辺は慣れたもので、「これはお米のスープなのだ」と割り切って完食。

消灯したらiPhoneでアニメを見る。
「寄生獣」
人気のマンガで本の方は何度も読んでいるが、アニメは現代風にリメイクしてあってそれも面白い。

まぶたが重くなっていく感覚を感じながら、まもなく意識のスイッチを切ろう。
おやすみなさい。




2017年09月12日

雨の香りと共に目覚める。
エアコンで室温を管理された部屋の中にいると、今がいったい何時で外の景色がどうなっているのかわからないが、なんとなく雨が降っていることはわかる。
朝。
体調はなかなか好調。夜中に汗をかいて2度ほどTシャツを着替えたけど。

僕はキャンディをひとつ口に放り込む。
そういえば入院してからさりげなくキャンディにハマってしまって、フルーツ飴をたいらげてからもチェルシーやら甘露飴やらいろんな種類を買って来ては楽しんでいる。この数日で飴さんともかなり仲良くなった。もうそろそろ「飴ちゃん」と呼んでもいいかもしれない。

外はやっぱり雨が降っていたので、散歩は中止。
小説の続きを読んでいると、朝ごはんが到着。
そうだった。ご飯を食べられるようになったんだった。
メニューは味付けいわしとほうれん草の胡麻和え、みそ汁と牛乳。
五分粥じゃなかったら給食の献立のようだ。
モクモクと食べる。鰯は缶詰みたいな味がするが、よく噛んでいるとなかなかおいしい。

洗面所に行って歯を磨き、顔を洗う。
そういえばと僕は思う。
高校生ぐらいまで、僕はかなりの潔癖性だった。
トイレの取っ手や電車のつり革に触れられなかったり、人が飲んでいるジュースを回し飲みするのがためらわれたりしていた。(今は女の子に触れたりキスするくらいのことはできるけど(笑))
一日に何度も風呂に入り、何度も歯を磨いていた。
多分お酒を飲むようになってから、そういうことがばからしくなって、あまり神経質にならなくなったのだと思う。
しかし入院中の今は当然お酒を飲んでいないから、なんとなくあの頃の潔癖性の自分が戻って来ているような気がする。
何度も歯を磨き、顔を洗う。2日に一度しかお風呂に入れないから、入れない日はなんとなく気持ちが悪い。採血した時にシーツに落ちた血の染みがひどく汚く見える。

鏡に映った自分の顔を見つめる。
1週間経って、僕は少し痩せていた。体重は2kgほど減っていた。
「悪くない」
と思う。痩せたとはいっても不健康そうな印象はない。
顎の肉が削れ、肩が少し細くなった。中年独特のお腹のお肉は少々あるが、入院する前よりも今の方が身体が軽い。
ただし、痩せることによって体力もそれなりに落ちているだろう。
9/17にはブロークンTVのライブがあるから、退院したら少し体力をつけなければと思う。

ベッドの中で小説を読んでいると、頭がぼんやりとして来てうとうとしそうになるから、談話室に行って続きを読む。
談話室にはアメリカンな社長さんがいて、やっぱりテレビを見ていた。
一応会釈はするが、お話はしない。
彼の腕には点滴がつながれているから、多分まだご飯は食べられないのだろう。
どんな病気で入院しているのか聞いてみたかったが、なかなか話しかけるタイミングはやってこない。

お昼ご飯ができたそうなので病室に戻る。
白身魚のムニエルとマカロニと人参のクリーム煮。インゲンの炒め煮、なし。
『野菜チームと果物チームが野球の試合をしました。9回の裏果物チームの攻撃、2アウトでランナーなし。メロン選手がヒットを打って、果物チームがサヨナラ勝ちしました。さてなんででしょう?」
というクイズを思い出す。
なんとなく、うふふと笑ってしまう。

伊坂幸太郎の「砂漠」はまあ、面白かったというところ。
初期の作品はいくつか読んで、なかなか面白いと思ったが、完全にシンクロするところまでは行かないというか、文章にぎこちない部分があったり、力が入り過ぎたりする部分が目についたりしていた(偉そうでごめんなさい)その点「砂漠」はスムーズで自然に読めたが、多作が災いしたかいまいち内容が薄い。人気作家だし読み応えはあったけど、なんというか「大衆作家になっちゃったなぁ」というイメージ。ちょっと石田衣良の作品とかぶって来たなぁというのが正直な感想でした(苦笑)
次はカートヴォネガットの「猫のゆりかご」を読んでみよう。

そういえば、入院していることをあまり人にいわないようにしていたんだけど、何人かの親しい人がお見舞いに来てくれた。こちらは暇をしているから来てくれてとても嬉しいのである。ありがたいことなのである。

夜ごはんは八宝菜と大根のサラダ、小松菜煮浸し、豆腐と葱のすまし汁。
優しい味が身体に染みる。
モクモクとよく噛んで食べる。

顔を洗って歯を磨く。
雨を感じながら夜を過ごす。


2017年09月11日

ふと目が覚めた。
入院してからこの方断片的にしか眠れず、夜中に何度も起きていたが、今日はかなり深く眠ったようだ。
途中で起きることもなく、夢も見なかった。
気分はとてもすがすがしい。熱もなさそうだし、腹の鈍痛も治まっている。
やはり薬を変えたのがよかったようだが、我ながら急激な回復に感心する。

6時を迎えて今日が始まる。
看護師さんがやってきて採血の時間。
腕に針を刺し、血液を採取する。むろん僕はその場面を見ることができない(怖いのです)
ベッドに寝かされて左腕に点滴の、右腕に採血の針がそれぞれ刺さっているところを想像すると(というか実際そうなっているんだけど目を閉じています)初代仮面ライダーの改造シーンを彷彿とさせる。とはいえ、僕も初代ライダーはリアルタイムの世代ではないので、なんとなくそんな感じがするだけなのだが。
しょうもないことを考えているうちに採血終了。
後ほど担当医が結果を知らせに来てくれるとのこと。

そういえば僕には担当医が3人ついているようだ。
一人は主治医で若い女の先生。
あとはもう一人若い女の先生と若い男の先生。
主治医でない二人は必ずペアでやってくる。主には女の先生が僕と話をするが、後ろに男の先生が控えている。
主治医の先生は薬を強いものに変えてくれたのだが、わりとラジカルな考えの持ち主らしく、早く退院できることに越したことはないと思っているようだ。逆に二人の担当医は慎重派で、とにかく様子を見ることを主眼に置いている模様。
採血の結果がまもなく出るが、どの先生が来るかによってもその後の対応が変わってきそうだ。

そしてやってきたのは主治医の先生だった。
「採血の結果だけど、かなりいいです。やったね。」
先生ははしゃいだようにいうから、なんとなく僕は照れる。
「よかった。おかげでほとんどお腹の痛みもなくなったし、体温も平熱に戻ったみたいです。」
僕が言うと先生は目を見開いて喜んでくれる。(目を大きく見開くのが彼女の癖のようだ)
「じゃあお昼からごはんを食べてみましょうか。そうなると点滴も外せるね。」

僕は一応喜んだ。退院してうなぎやステーキや天ぷらを食べに行くのなら本気で喜んだと思うけど(ましてや主治医の先生と一緒に行くならより楽しそうだけど(笑))あくまでも病院の食事である。たいして期待できるようなものではないだろう。しかも現在は24時間体制で点滴をうけているから、たいしてお腹が減っているわけでもない。
それでもやっぱり、一応でもなんでも、僕は喜ぶべきなのだ。なにしろ退院に向けて前進しているのだから。

朝の散歩を終え談話室に行ってみると、誰もいなかった。まだ早い時間だからみんなベッドの中にいるのだろう。僕がiPhoneでSNSなどを見ていると、おもむろにアメリカンなTシャツの社長さんが入ってきた。
「すいません、テレビを見てもいいですか。」
と彼は僕に言う。
「もちろんです。」
と僕はいう。
社長さんは僕に礼を言ってからテレビのスイッチを入れ、ワイドショーか何かを見ていた。

お風呂に入って汗を流す(風呂は月、水、金に入れます)
湯船に浸かってのんびりとした気分。
僕の左腕にはまだ駐車針が刺さったままである。点滴は終了したが、抗生剤の投与はまだ必要なのだ。
風呂に入るときには看護師さんが針とチューブをビニールでシールドしてくれる。なのでお湯につけても大丈夫。
なんとも気持ちがいいのである。

そして久しぶりのお昼ご飯。
五分がゆ、鶏肉の焼き物、キャベツとトマトのサラダ、里芋の煮物、茄子の煮びたし、リンゴ。
離乳食のように柔らかいものばかりが出てくると予想していたが、五分がゆ以外は案外噛みごたえのあるものばかりで特に鶏肉はかなりしっかりとしており、噛めば噛むほど味わいがあってなかなかおいしかった。
ただし、五分がゆというのはあまりおいしいとは言えないものですね。ご飯だと思うとやるせないほどに満足感が薄い。なのでこれはスープだと考えて食べることにする。里芋の煮物のおつゆをスプーンですくっておかゆと一緒に食べる。おかゆをそのまま食べるよりはましかもしれない。
なんだかんだいいながら、ばっちり完食。おかずは薄味で上品だし、種類も豊富でなかなかよろしい。

食べ終わったら図書室に行って本を物色する(図書室は月〜木曜日のお昼に利用できます)
借りる数に限りはないので今回もたくさん借りてみた。
家にいる時もiPhoneを見ていることが多くなって読書をする量は確実に減っていたのだが、ここに来て本を読むのがとても楽しい。
ベッドの中にいながらいろんな経験ができるのがいい。iPhoneでいろいろ見ているのとは違う興奮がある。
まずは伊坂幸太郎の「砂漠」から読んでみよう。

本当は一週間くらいで退院できるだろうと考えていたが、そうなると明日がその日にあたる。
やっとご飯が食べれるようになったぐらいだから、明日退院するのは無理そうだ。
そろそろおうちが恋しくなってきた。
ハナは元気にしているだろうか。

夜になったら夜ご飯が運ばれて来た。
ここまでの数日ご飯を食べていなかったので、時間の感覚がないというか、ひたすら本を読んで夜が来たら消灯しなければならないので(そんなに簡単に眠れない)iPhoneでまぶたが重くなるまでいろいろ見ていたりするばかりだったが、こうして食事がやってくると、時間にメリハリが生まれる。

メニューはカレイの煮付けを中心とするもの。
昼と同じくモクモクとよく噛んでいただきます。
魚もおいしいねぇ。

モクモク。






2017年09月10日

昨日はドラえもんが終わってから22時過ぎに眠ったが、1時頃汗だくになって一度起きてしまい、Tシャツを着替えて再度目を閉じて4時半に目が覚めた。
僕は細切れに眠っているようだ。しかし具合はよくなっているようだ。
体温を計ると、熱は下がっていた。
もしかしたら薬が効いて来たのかもしれない。

僕はオレンジ味のキャンディーを口に放り込む。
6時の散歩の時間が来るまではベッドの上で静かにしている。
イヤホンで「真心ブラザーズ」を聴いている。
今まであまり人に言ったことがないが、僕は真心ブラザーズのドラマーが大好きだ。
ドライで小気味よく、快活で饒舌。
テクニカルでありながらも、歌ものにもずばりと合わせてくる。

これまでの自分のドラミングにもかなり影響を及ぼしていると思う。

しかし、今まで真心のドラマーが一体誰なのか調べたことはなかった。
多分、真心のお二人が気に入った何人かが叩いていているのだろうなと勝手に思っていた。
そしたらひょんなことからひとりの人が叩いていることを知った。
先日そのご本人にお会いしたのである。
須貝直人さん。
そういうわけで改めて真心ブラザーズを聴き直すが、やはりドラムが最高に気持ちいい。
実際に叩いている人を知ってから聴くと、キュートにも感じる。
とてもいいなぁ。

6時になって散歩する。
今日も世界はまことに美しく、とても清々しい。
ん?そういえばお腹がそんなに痛くないような気がする。
前傾姿勢にならなくても歩けるし、お腹にズンズン響く感じもない。
これは多分薬が効いているのだ。
間違いない。

主治医の先生が病室を訪れる。
僕は状況が好転していることを告げる。
それを先生は嬉しそうに聞いてくれる。
「よかった。このままさらに様子を見ましょう。明日採血してデータを取ってみるね。」
「わかりました。注射はあまり得意じゃないけれど。」
子供じゃないんだからと先生は笑いながら退室した。

それが午前中のはなし。

談話室に行ってみると新しく入って来たと思われるおじさんがテレビを見ていた。
おじさんといえば僕もおじさんなのだが、入院しているのはおじいさんばかりなので、僕は自分が若いのではないかと錯覚し始めた頃であった(苦笑)
おじさんは小柄で痩せていて、髪の毛は短く真っ白だった。多分僕より少し年上くらいだろうか。他の患者さんは病院から支給されたブルーの寝間着を着ているが、彼はアメリカンなTシャツを着て派手なジャージをはいていた。ちなみに僕もTシャツにジャージという格好だったからお互いに目線を交わすことになる。
おじさんはテレビを見ながら電話をかけていた。
「ええ、スケジュールはそのまま続行していただいてかまいません。僕は行けませんが、ええ入院しているのでね、しかしうちのものが同行しますから問題はないはずです。はい。料金的な部分は先日打ち合わせたとおりで結構です。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします。」
彼は別のところに電話をかけると同じようなセリフを繰り返し、次に電話をかけると、
「話はついてるからきちんとやってくれよ。俺がいないと物事が進まないんじゃ意味がないからな。」とテレビを見ながらいい、電話を切った。
多分何かの会社の社長さんなのだ彼は。
なんとなく水をあけられたような気分になった。
僕がどこかに電話するにしても、せいぜいリハーサルの日取りを代えてもらうくらいである。
誰かに指示を飛ばしたりするような用事はない。

看護師さんが点滴のパックを取り替えるためにやってきた。
「ここでやっちゃいますよ。あら?チューブの中の血が固まって来たのかしら、液の動きが少し遅いわね。立井さん、針を入れ替えるからこっちに来てください。」

僕の腕には注射針が刺さりっぱなしになっており、そこから短いチューブが出ている。
点滴するときや抗生剤を投与する時は、そのチューブに接続するのである。
しかし血が逆流したりするのでがチューブの内部が少し汚れて来たようだ。
右手に刺さった注射針を抜き、左側に新たに刺す。
針が刺さる時、ちくりと痛みが走る。
その瞬間ドキッと心臓が萎縮する。
やっぱり僕は注射があまり得意ではない。

閑話休題。
僕は手首や指に装飾品をつけるのが好きだ。
若い頃はブレスレットやミサンガや指輪などをじゃらじゃらとたくさんつけていた。
しかし、ドラムを叩く時にそれらは非常に邪魔になる。
場合によってはブレスレットや指輪の隙間にスティックが引っ掛かってプレイに支障をきたすこともある。
だから演奏する時にははずすわけだが、元々僕は几帳面な性格でないため、はずした装飾品をやたらとなくすのだ。
今までに一体いくつの指輪とブレスレットとネックレスを失ったか見当もつかない。
そういうわけで、僕はここ十年くらい、装飾品をつけることを自粛している。

今、左の腕には注射針と短いチューブが接続されている。そしてそれは点滴のパックへと繋がっている。
じっと見ているとなんだかかっこよいような気もしてくる。
例えば攻殻機動隊のように身体の一部がサイボーグ化しているようにも見えるし、エヴァンゲリオンのアンブリカンケーブルのようでもある。またはエルガイムの有線キャノンだとか、仮面ライダースーパーワンのファイブハンドだとか。

まったくねぇ。考えることが子供なのだ。
まあでも点滴しているだけなのに、これだけ楽しめるのだから我ながら楽天的なんだなぁとも思う。

夕方小田急線が燃えたというニュースを見た。
電車が通過するポイントにある格闘ジムから出火し、そこから電車の屋根に火が燃え移ったのだそうだ。
今の僕は電車に乗らないが、結構一大事だよなと他人事のように思う。

しかしそろそろ普通の生活に戻りたいなぁとも思う。なにしろもう退屈なんだ。

エルガイムか。僕はガンダムも好きだったが、エルガイムもザブングルもダンバインも大好きだった(全部ロボットアニメです)
主題歌のレコードも全部持っていた。
大体B面(終わりの歌)がいいんだよな。
退院したらサンライズのファンクラブに入ろうかなと真剣に考えてしまった。

それが午後のはなし。

夜は音楽を聴いて、またドラえもんの映画を見た。

まったく、子供じゃないんだからねぇ(苦笑)

2017年09月09日

朝6時、全館放送が流れる。
「おはようございます。本日は9月9日土曜日です。今日もよろしくお願いします。」
放送と共に部屋に灯りがつく。今日という日が始まる合図だ。
僕は相変わらず寝られないでいるから、本を読みながら放送を聞いている。
そしておもむろにベッドから抜け出す。

一日の始まりの合図の後、職員出入り口のロックが解除される。
僕は点滴のスタンドをゴロゴロと転がしながら外へと出る。
病院の前にはわりと広い駐車場があり、その向こう側にはちょっとした庭園風の広場がある。
何があるわけでもないが、そこを軽く散歩するのがいつの間にか日課のようになった。
朝の風はひんやりとして心地よい。
病院内は常に空調が効いていて心地よさをキープしているが、人工的なエアコンの空気は時に胸が詰まるように感じることがある。ましてや周りは病人ばかりである(僕もだけれど)時にはひとりでふらりと外をぶらつきたくなるのである。

そういえば昨日から6人の大部屋に移動になった。料金的に追加を払うことはなくなったが、はやりスペースは狭く、すぐ横には別の患者さんがいるので、なかなか心休まらない。まあ、仮の宿だから文句はないのだが。ああ、早く退院したい。

陽の光を浴びながら光合成しているような気持ちになる。
腹は痛いが気分はよろしい。
さてと病室へ戻るか。

ベッドに戻ると看護師さんたちが僕を待ちかまえていた。
「もう、どこに行ってたの?抗生剤を入れますからね。あとで先生も来ますからもう少しここにいてくださいね。」
と苦笑しながら言う。

ところで、病院内では「iPhone」を使うことができる。
かつては電波や電磁波の影響などを考慮して携帯電話の使用制限がかかっていたそうだが、最近の研究でさほど影響がないことがわかったらしく、わりとどこでも使えるのである。
ただしWi-Fiは通じていない。ケータイが使えるからといってそれほど気が利いているというわけでもないらしい。
週末は図書室が閉まっている。借りて来た本はあらかた読んでしまった。でも「iPhone」があれば暇を持て余すことはない。
まったく便利な世の中なのだ。

退院したらまず何を食べようかなとか、お洒落なヘリンボーンジャケットが欲しいなぁとか、上野では深海魚にまつわる特別展をやっているのかと、見るともなくネットサーフィンなどしていると、主治医の先生が登場。

「どう?」
と彼女は心配そうにいう。
「うーん、状況はあまり変わってないかも。」
と僕は寝転がったままでいう。
「そうか…」
と先生は指を口元に当てて何かを思案している。

前回入院した時はお腹がとても激しく痛くて喋るのも辛いほどであったが、今回は2度目でもあるせいか痛みも緩慢なのである。だから自転車で病院まで来れたのだけど、悪い意味で僕の身体は痛みに「慣れて」しまっているのかもしれない。だから薬を投与してもあまり効かず、なかなか治らないのかもしれない。なにしろお腹が痛いことは痛いのだが、それをあまり苦痛にも思わなくなって来た。しかし、痛いということは炎症が改善されていないということだ。つまりこのままでは飯も食えないし退院もできない。

「わかりました。」
と先生はきっぱりとした口調でいった。
「次の分から少し強い抗生剤に切り替えます。それで状況を見てみましょう。ただし、気持ち悪くなったり、身体に異変があるようならすぐにいってください。いい?」

僕は先生の目を見て頷いた。
先生も少し目を見開いた後、静かに頷いた。

イヤホンをして音楽を聴く。
ジェファーソンエアプレイン、モンキーズ、ビーチボーイズ。60年代の生々しくも夢みがちな音楽。
僕が表現したいのは一体なんなんだろう?
神様はいったいどこにいるのだろうか。

AbemaTVというアプリがある。
独自の番組をやっているインディーズテレビ局みたいな感じのアプリなのだが、夜「ドラえもん」の映画を放映していたのでなつかしく思い見てみた。
ドラえもんの声が大原のぶ代さんで、おじさん世代の僕にとっては非常にしっくりくる安心の声なのであった。もちろん今の声優さんも嫌いじゃないけどね。
映画の内容もとても面白かったです。

少しずつまぶたが重くなって来た。
なんだかうまく眠れるかもしれない。
薬を強くしたせいかな。


2017年09月08日

一日に1度か2度、主治医の先生が僕の様子を見に来てくれる。
「具合はどうですか。」
「特に変わらずです。」
栄養分である点滴と平行して抗生剤も投与しているが、お腹の痛みは去らず、熱も下がらない。
触診にてお腹を触ってもらうと下腹部の当たりが固く「凝って」いる。押さえるとやはり痛い。
先生はまいったなぁという顔をして力なく笑う。そして、

「まあ様子を見ながらやりましょう。あ、そういえば絶食といってもお茶とか飴ちゃんは口にしてもいいよ。」

という。
前回は点滴を受けている間何も飲み食いできなかったから、そういわれると少し嬉しい。
しかし、女の子ってなんで飴に「ちゃん」をつけるのだろうか。僕は普段ほとんど飴を食べることがないので、呼ぶとするならば「飴さん」ぐらいだ。そんなに仲良くない。

点滴をぶら下げているスタンドをゴロゴロと転がしながら、病院に併設されているローソンに行ってみる。ローソンはコンビニなので(あたりまえだ)普通に街にあるような商品を売っている。お弁当もジュースもからあげクンもある。それはとても魅力的なのだが、今の僕にとっては残念ながら無用なのである。
それに不思議なことに(別に不思議でもなんでもないのだが)点滴をしていることでお腹は特に空いていない。すでに数日間何も食べていないのにである。いつもならパブロフの犬的に買ってしまう、あのからあげクンを見てもよだれは出ないのである。

飴さんのコーナーを見てみた。なるほど、いろんな飴があるなぁ。
実際飴を食べたいというわけでもないのだ。しかし普段飴を食べるということがほぼないので(せいぜいのど飴くらいだ)物珍しいのである。
とりあえず、フルーツミックスキャンディーを買ってみた。宝石のような色とりどりの飴さん。

本のコーナー流し見してみると「家飲みがウマくなる本」という雑誌が出ており、中身をパラリと見てから瞬買いした。おいしそうな料理がたくさん掲載されており、なかでも貝の料理がたくさん載っていたからとても気になったのである。

満足して病室へと戻る。
戻る前に図書室に寄ってさらに本を借りた。

「イギリスはおいしい」林望:リンボウ先生のイギリス道中記。タイトルとは裏腹にイギリスの料理のまずさを滔々と説明する文章が面白い。この本が書かれたのは90年代だが、今もイギリスの料理はまずいのだろうか(イギリスで旨いのはインド料理と中華料理だけだと聞いたことがあるけど(笑))

「猫と針」恩田陸:一度ちゃんと読みたいと思っていた作家。薄かったのでこの本を選んだが、どうやら舞台の脚本を本にしたものらしく、ほぼセリフのみで構成されていた。ミステリー仕立てのストーリーはなかなか興味深かったが、ちょっとわかりにくかった。普通の小説ではないからしょうがないのか。今度は普通の小説を読んでみようと思う。

「釣りキチ三平」矢口高雄:小学生の頃アニメを見てたので懐かしくて借りてみた。圧倒的な美しい画力と緻密なストーリー。大人が読んでもかなり面白いし、大自然の絵が白黒でもすごく美しい。マンガも絵画のひとつなのだなぁと改めて感慨に浸ってしまった。ところで三平って秋田っ子なのね。

「深夜食堂」安倍夜郎:一回読んだことあるけど再読。言えばなんでも作ってくれるという食堂で繰り広げられるヒューマンドラマ。これもとても面白い。そういえば猫のハナちゃんをもらうことになった居酒屋「津久井」も言えばなんでも作ってくれるお店だった。西新宿の裏通り。20代の頃は足繁く通ったものだが、今はもうない。

フルーツミックスキャンディーのグレープ味を舐めてみた。
淡く甘く、葡萄の香り。おいしい。
なんとなく、中学生の頃食べたサクマドロップを思い出した。
大人になった今ならあの白いハッカ味の飴もおいしいと思うのだろうか。
当時はコーヒー味だかチョコレート味が好きだったような気がしたが、そんなの入ってなかったんだっけ?


2017年09月07日

病院の中には「けやき図書」という小さな図書室がある。
患者さんはそこで無料で自由に本を借りられるのである。
前回入院した時は退院ぎりぎりまでその存在を知らなかったから、ほとんど利用しなかったが、今回は本を借りまくってやろうと思っていた。
食事もないし病院の外に出る自由もないが、なにしろ時間だけは有り余るほどある。

図書室が開く前に村上春樹の本を読み終えた。
相変わらず面白い。
「騎士団長殺し」については後に詳しく感想を書きたいと思うが、今のところ上巻しか読んでいないので、とにかく面白いとだけいっておこう。
僕はよく人から性格について「少し変わっている」と言われるが、思えば村上春樹の本をたくさん読むから考え方が少しひねくれてしまったのかもしれない。そういうと村上さんに失礼なのかしら(笑)

図書室で本をたくさん借りて来た。
ベッドの枕元にそれらを山積みにして上から順番に手に取り、ぼりぼりと読み漁る。

「街に顔があった頃」吉行淳之介/開高健:浅草、銀座、新宿を巡る街の姿をふたりの作家が語り合う対談形式の本なのだが、これがとてもおもしろかった。お二人の性格上、話は常にエロに行くのだが(ブルーフィルムやキャバレーや風俗など)非常に下品でコミカルで、最終的には哲学的な話に昇華されるという実に読み応えのある対談であった。

「点と線」松本清張:あまりにも有名過ぎるが故にちゃんと読んだことがなかった。現代の推理小説からすると状況設定的に多少強引な部分もあったが、それを凌駕する人間劇、そして昭和のある種牧歌的な雰囲気がとても素敵なのであった。携帯電話やパソコンがない時代の警察って犯人を捜査するのも大変だったんだなぁと思う。

「キングダム」原泰久:言わずと知れた大人気マンガである。とても面白かったが、図書室には2巻までしかなかった。これって40何巻出てるんですよね。退院したら漫画喫茶に行くか。

「美味しんぼ」雁屋哲/花咲アキラ:前回もそうだったが、いざ食べられないとなると旨そうな本や雑誌をやたらと見たくなる。人は「それって拷問じゃないか」というが、なに、僕は食べるというよりは「作る」という観点から見ているからさして苦痛ではないのである。

夜までに一気に読んだ。

あいかわらず、熱は下がらずお腹は痛い。

看護師さんはみんな若い女性で、なんだか可愛らしい感じなのだが、ほぼ全員がマスクをつけているので、どんな顔をしているのか全貌を見ることはできない。とても気になるのである。
まあ仮にめちゃくちゃ可愛い子がいたとして、なんかあるわけでもないんだけれど(苦笑)

そしてまた眠れぬ夜が始まる。
点滴は音もなく僕の体内へと滑り込んでくる。