2015年11月06日

今日はボーっとした一日。
テレビを見て過ごしました。
お昼どきにテレビ東京でやっている「昼めし旅」という番組が好きです。
たまにはテレビも見るんですよ。

そう、家にテレビあるんですよ。
去年クライフのユウスケ君がくれたんです。

テレビって楽しいなぁ。


2015年11月05日

IMG_7499日が変わって今日はPAVELのライブ。
場所はお馴染みの高円寺HIGH。
昨日の興奮も覚めやらぬままの連投である。
僕はのんびりと起き出してゆったりと準備をする。

沖野さんのライブはやはり仕事的な意識が強いが、PAVELの場合は例えば家族の寄り合いのような雰囲気が漂うような気がする。PAVELが結成された当初は「俺たちはロックをやるんだ!」と息巻いており、ピンを抜いた手榴弾を持ったまま右往左往しているような危うげなところがあったが、いつしかそんなあまり意味のない血の気も薄れ(笑)ただ会いたくて一緒に演奏したいからやっているというような、ある種の癒しのようなバンドになってきた。
もちろんドラムを叩くという作業自体のクオリティは変わりません。あしからず。

リハーサルはギターの田村君抜きでやる。
田村君はお子さんが生まれてからやたらと忙しそうなのだ。
忙しくできるということはいいことだ。

夕方の高円寺の街を散策する。
江川君と青木君とヨーコちゃんとではしゃぎながら街を歩く。これがなかなか楽しい。
お腹がすいたのでなにか食べようかという話になったので、僕が安くておいしいピザ屋さんに行こうと提案した。
ライブハウスからは歩いて5分程度。たいした距離ではない。ゾロゾロと歩いてピザ屋に辿り着き注文する。ピザが焼けるのを待っている間、「この唐辛子漬けのオリーブオイルをバシャバシャ振りかけて食べるとおいしいんだよねー」などと僕はお店自慢をしているが、なかなかピザが出て来ない。
ライブの開演時間が段々と迫ってきた。
僕らの出番を考えると全然間に合う時間ではあるが、やはりライブの始まりには会場近くにいたいので江川君なんかは少々苛立ちを隠せないでいる。
結果僕らは口のまわりをトマトとチーズとオリーブオイルまみれにしてピザを詰め込み、大慌てでライブハウスに戻ったのだった。

田村君も合流しPAVEL勢揃い。
それでは僕らの時間を始めましょうかね。

ポップとロックの境界線上を行く。
静かにたゆたう何かと激しく吹き出す何か。
答えを求めるような野暮なことはしない。
スタイルも限定しない。
ただそこにある何かをつかみたい衝動があるだけだ。
今日のイベントのタイトルは「We Are The Beautiful」だそうだ。
さて、僕らは果たして美しかったのかねぇ?

打ち上げもしっぽりと盛り上がりました。

そしてヨーコちゃんはあの難しいフレーズを本番で見事に弾きこなしていました。
素晴らしい!

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2015年11月04日

さあ、今日は沖野俊太郎さんがまもなくアルバムをリリースするにあたってのコンベンションライブ。
なんと来場者には先行してそのアルバムが全員に配られるらしい。
今時凄まじくリッチなライブなのである。
そしてツイッターなどを見ているとファンの沖野さんに対する期待を窺い知ることができる。僕はそんな沖野さんのライブを支えなくてはならない。いつもそうだが、今日もまたとても大事な日だ。

渋谷でヘッドアクトとして演奏するブロークンのメンバーと待ち合わせ。今日もいい天気。
メンバーが続々と揃うが、なぜかリカちゃんがなかなか現れない。メールで確認してみると渋谷に着いてから迷っているとのこと。
東京生まれ東京育ちのリカちゃんがなぜ渋谷で迷うか(笑)田舎者のメンバーはこうしてすでに揃っているというのに。
「結局都会の人は渋谷なんてあんまり来ないのかもね。」
などと軽口を叩きながら待っているとリカちゃん走って登場。

聞くと当然渋谷には何度も来ているが、新設された新都心線の構内に入ってしまって方向感覚を失ってしまったそうだ。それはわかる。あそこは確かに迷路みたいにややこしいのだ。

IMG_7473渋谷界隈をくるくるまわっている小さなバスに乗り込みライブハウスを目指す。
代官山「LOOP」は初めて訪れる場所だ。東京にはたくさんライブハウスがあるのです。

バスは無事ライブハウス前に到着し、我々は満を持してライブハウスへと入場する。
沖野さんとF-A-Rsの面々もすでに到着している。よろしくと挨拶。

リハーサルを行う。
ライブハウスのキャパは300人くらい。天井の高さ、ステージの高さ、客席の感じ、すべてが心地よい感じで印象が良い。音はかなりデッドだ。PAシステムがオーディオ系に特化しているのか、無駄な倍音が省かれバンドのダイナミクスは多少削がれるが、まるでレコードを聴いているような整理された音像はむしろ沖野さんの音楽に合っているのかもしれない。

リハを行う我々メンバーと一緒にスチール班、デジカメ班、PA、照明、そのたスタッフも準備を進めていく。
各所の動きを見ていると今日というイベントをみんなが楽しみにしていることがわかる。
地下の暗がりの中、広がる夢。

IMG_7476個人的にはドラムセットがカノウプスだったのが面白かった。カノウプスはビンテージサウンドの復活を目指して開発されたキットだが、不思議と暴れないサウンドで実に洗練されている。
このカノウプスというメーカーがねぇ。宣伝のやり方などが小憎らしいくらいかっこよくて(パルコのCMとかにも使われてましたね)なんだか僕は「別に好きじゃないし」と思うのだが、実際叩くととてもいい音がするのだ。

ライブ前は楽屋でメンバー入り乱れて和気あいあいと過ごします。
沖野俊太郎&TheF-A-Rsとしての初めての東京ライブ。僕らはお客さんにどのように受け入れてもらえるのかわからないが、とにかく会場に敵はひとりもいないのだ。その証拠に沖野さんはなにも慌てることなくのんびりとしている。僕はむろん緊張はするがその分楽しみでもある。
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まずはブロークンTVのライブ。
どちらかというと、こちらの方が受け入れてもらえるか心配だったが、沖野さんファンの方々はとても暖かく僕らを迎えてくれた。
たいちゃんの曲と沖野さんの曲はベクトルこそ異なるが、基本の出発点はとても似通っているのかもしれない。おそらくどちらも暗くて狭い場所から発信されるささやかな夢なのだ。そんな音楽をお客さんたちも楽しんでくれたと思う。

そして沖野俊太郎&The F-A-Rsのライブ。
僕らは盤石の体制でミュージックを奏でる。会場は興奮に包まれる。
レジェンドの復活。そして新しい世界。
沖野さんは今までほぼすべての楽曲を英詞で歌っていたが、今回のアルバム「F-A-R」は全編日本語歌詞で書かれている。この歌詞がとてもシニカルかつポジティブで素晴らしいのだ。もちろん楽曲は沖野さん節が炸裂している。ケミカルでサイケでクールでヒップでそしてとてつもなく暖かい。

お客さんはこの復活劇を心待ちにしていた人ばかりなのだから、僕なんかよりも沖野さんのことをよく知っている。沖野さんの控えめなMCでも会場は充分盛り上がり気持ちよく大団円を迎えた。

僕としてはブロークンは物語を牽引する「ストーリーテラー」として、F-A-Rsは物語の背景を司る「システム」としてドラムを叩いた。ドラマーとしてやれることは限られるが、見える景色が違えば挑む姿勢も異なってくる。今日はそれをうまく表現できたと思うのだがどうだっただろうか。

IMG_7477打ち上げは渋谷の居酒屋で行われた。ライブは人々の絶賛を得たようだ。よかった。
乾杯して癒しと落ち着きの時間。
いやーよいライブになってよかった。

F-A-Rsのギタリストさわい君、ブロークンのタマちゃんとギター談議で盛り上がり、よい夜がふけていく。ブロークンのメンバーが「よろしくチャンネル!」「ありがとチャンネル!」と「チャンネル」という言葉を連発するので、居酒屋の店員さんたちが「なんですか?チャンネルって?」と不思議そうな顔をしている(笑)

打ち上げは優しく大人な雰囲気で終わりを告げ、僕らは家路に着く。
そしたら帰宅途中どこからかメールが届き、たいちゃんのスマホが紛失し探してみたところ山梨県で発見されたそうだ。

なんでまた!?(笑)


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2015年11月03日

秋晴れの一日。
空を見上げるととってもいい天気。
空気は肌寒いが上着を着ていれば凍えるほどではない。

IMG_7460しかし気になるのは雲の形だ。
筋状に広がるあの雲の形は「地震雲」と呼ばれる形状ではないか。
美しい模様を描くその雲がなんとなく不気味で不穏に見える。

一説では地震が起こる前にあのような雲の形が現れるそうだが、学術的には特に根拠はないらしい。

まあ結果的に今日は特に大きな災害などはなかったみたいだからよかったけど。

明日は「ブロークンTV」と「沖野俊太郎&The F-A-Rs」のライブだから頑張ろうっと。

2015年11月02日

気づけばハロウィンは終わっていた。
渋谷あたりでは仮装した若者たちがごったがえして大変なことになったようだが、僕は家でダラダラしていたから全然知らなかった。
今日はブロークンTVのリハーサル。
11/4の最終チェックだ。
リカちゃんはハロウィンをおおいに楽しんだそうだ。さすが若者なのである。

IMG_7442やるべき楽曲をおさらいするが、なにしろ我々結構頻繁に練習しているからまったく問題がない。
その後新曲も詰めて余裕のリハーサル終了である。

ロビーで余裕の談笑。
本番の日は代官山に行くのでみんなで待ち合わせることにした。
持ってくるものなどをチェックしてよろしくと挨拶。

IMG_7445そして恒例の記念撮影。
大分寒くなってきたのでみんな厚着になってきた。
僕は着ていたパーカーのフードをかぶり、胸元を引っ張り上げてカメラを見つめる。
これはいわゆるミスチルの桜井さんが「イノセントワールド」のMVでやったポーズの真似だ。
そしたらそれを見たメンバーがそれぞれ僕と同じ格好をした。
僕は桜井さんの真似だとはいわなかったから、メンバーは銘々にいろんなイメージがあっただろう。

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2015年11月01日

うちの近所に串揚げ屋さんができたのはちょうど1年前くらい。
商店街からちょっとはずれた路地にひっそりと開店したその店が気になって試しに入ってみた。

カウンターとボックス席が何席か。いわゆる一般的な居酒屋さんのスタイルである。
時間が早いので客は僕が一番目のようだ。
カウンターの中には頑固そうな初老の男がおり、ちらりと僕を見て「いらっしゃい」と小さくいう。
そして若い男がひとり。彼は僕をとても興味深そうに見ながら「いらっしゃい」といった。
彼はポロシャツにジーパンといった出で立ちで、パッと見ると店員には見えない。なんだか大将の甥っ子が遊びに来ているような感じだ。

僕はカウンターに座りビールを注文する。
若い彼は「はい!」と声を出しジョッキにビールを注いで僕のところに持って来る。
やっぱり店員なんだと思う。
ビールをチョビリと飲みながら「さて、何を食べようかな」と壁に貼ってあるお品書きを見ているが、若い店員は遠慮もなく僕のことをじろじろと見ている。
店に客は僕しかいないわけだから、僕が注文するのを待っているのだろう。
しかしあんまりじろじろ見られるのは楽しいものではない。
串揚げを何本かと梅水晶を頼んだ。
彼は嬉々として注文をとり、大将にそれを告げる。

大将は仏頂面で頷き、串揚げを揚げる。
まだ仕込みをやっている途中らしく、大将はカウンターの中で忙しく立ち回っている。
若い男はすでに注文をすませた僕には興味を失ったらしく、カウンターに入って大将の動きを見ている。
「それはなにをやってるんですか?」
「これかい?これはきゅうりを板ずりしてるんだよ。ほらこうやって塩をふったまな板の上でゴロゴロ転がすとイボが取れて食べやすくなるんだよ。」
へえーと若い彼は大仰に頷く。でも彼は手伝いをするわけでもなくただひたすら興味深そうな顔をして眺めている。
いったいどういう関係なんだろう?いまいちよくわからないな。
もし彼がちゃんとした店員で僕が大将だったらどやしつけてるところだが、頑固そうな大将が特になにも言わないところを見ると本当に甥っ子とかなのかもしれない。

IMG_7437学生らしき客が数人入店し、若い男の興味は新しい客へと移っていった。
そして僕の前には串揚げと梅水晶が並べられる。
果たして、串揚げは非常においしかった。
豚肉はみっちりとした肉質で心地よい弾力があり、ジューシーで噛みごたえがある。
衣のパン粉はちょうど良いきめ細やかさでさっくりと軽い。
なんだ。うまいじゃないか。
これは当たりの店だと思うが、あの若い店員?はいかがなものか。
彼は学生さんたちから注文をとり、ドリンクを運び終わったら今は熱心にテレビを見ている。

なんだか不思議なお店なのだ。

あれから1年。僕はこの店を何度か訪れたが、あの若い男は最初の一回会っただけで2度と顔を見せなかった。大将の手伝いをする人は行くたびに変わったが、他の店員さんはちゃんと仕込みを手伝いちゃんと店員らしい格好をしていた。

そして今日久しぶりにこの店に行ってみたら、ついに大将もいなくなり、若いお兄さんとお姉さんが店を仕切っていた。
とても気持ちのよい挨拶で僕を迎えてくれる。
ビールを注文するとすかさず出てくるし、他の注文も実にスムーズに通る。
串揚げは相変わらずのクオリティでとてもおいしい。
要するに文句のつけどころがないのだ。

しかしなぜだか違和感が残る。
最初にいた若い男性はいったい何者だったのか。そして大将はいったいどこに行ってしまったのか。
どうしてこの若い男女が店を引継ぐことになったのか。
やたらと謎が多いのである。

事情を詳しく聞いてみたいものだが、あまり深く立ち入った話ができるほど僕は常連じゃないし、とにかく料理はおいしいのだからそれでいいじゃないかと、串揚げを食しながらビールをグビリと飲む。

世の中には僕の知らないことがたくさんあるのだ。


2015年10月31日

寒くなってくるとなぜか僕の中でベースが熱くなってくる。
楽器にはいろいろあって僕は大体弾くわけですが、ベースというのがこの時期はとてもホットなのです。

なにしろリズムとコードとメロディーを一手に引き受けている。
バンドだと一番地味だと揶揄されがちなパートですが、これほどまでに重要な楽器はないと思っている。
サッカーで言うならボランチ。
攻撃にも守りにも参加できる切れ者で、バンドの全体像を見渡している。
よくドラムはバンドの大黒柱だといわれますが、確かにリズムの要としていえばそうだけど、一番音楽的な要であるのはベースだと思う。

そしていざベースを弾いてみるととても楽しいのだが、同時にすごく疲れる。
ギターやキーボードのようにさらりと弾くことができない。
それだけにとても楽しい。
そしてしばらくやっていると汗をかくのでとてもホットになって寒い時期にはとてもいいのである。
暖房いらずなのである。

ちなみに僕はベーシストとして「70/QV」のアルバムに参加している。「君のいたい世界」という曲は僕がベースを弾いています。当時僕はものすごく練習した。多分あれは並みのベーシストには弾けないよ。それぐらい練習したもの。
興味ある方はぜひ聴いてみてください。

それから去年の年末には川合栄次君のライブでベースを披露している。いつもカホンでオファーをくれる彼だが、
「次のライブはバンド編成なんでよろしくお願いします。」
とメールが来て、おー!やっとエイジの楽曲でドラムを叩けるのかと思って二つ返事でオーケーしたら、
「ちなみに担当していただくパートはベースです。」
と返事が帰って来た。
おいおい(苦笑)だって僕がベース弾いてるの見たことも聞いたこともないじゃんかよ。
しかし彼は、
「お願いします。」
というので引き受けた。
結果わりとちゃんとできたと思うのだが、エイジはその時の映像をまだくれない(苦笑)

というわけで暇さえあればベースを担いでたらたらと弾いているのである。

自分で弾いているとベースプレイヤーに興味が出て来て「YOUTUBE」で検索して見てみたりする。
大体見ているのは「マーカス・ミラー」「スタンリー・クラーク」あたり。
いわゆる大御所ですね。
僕はどちらも大好きで見るたび惚れ惚れとしてしまう。
マーカスは小気味よいアタックと軽妙なフレーズが最高だし、スタンリーはモカッとしたサウンドとモカッとした顔が素敵だ。
この時ばかりはベースを担いでいるばかりで一緒に演奏なんてできない。当たり前だ。世界の最高峰のベーシストの真似を簡単にできるわけないじゃないか。
一緒にベースを演奏して楽しめるのは奥田民生の「ひとり股旅」ツアー。あれはベースが入ってないから好きなように遊べる。

まあそんな風にYOUTUBEをツアーしていたらあるベーシストに出会った。

彼女の名前は「Tal Wilkenfeld」。
「タル・ウィルケンフェルドさん」とお呼びすればよろしいのかしら。
とにかくそのタルちゃんがすごい!
ジェフベックと一緒にやっているライブが映像としてあがっているのだけれど、多分かなり若いのにすごく安定感があってテクニックの引き出しも凄まじく多いのである。もう完成している。

なにより思わずほくそ笑んでしまうのはその姿勢というか、流麗で饒舌でありながらどこかアゲインストに立ち向かうようなフレーズがすごくいい。
手が小さいからかスライドを多用するのだが、そのいい意味でのブレが楽曲に幅を持たせセクシーな雰囲気を生み出す。なんだかすごくいいのである。

※ちなみにタルちゃんはとても素敵なおっぱいを持っていて、しかも演奏しているときどうやらノーブラだからその形が映像からよくわかる。しかし、僕がいっているのはそのセクシーではなくあくまでも音楽的な意味でのセクシーなのであります。つまりおっぱいに感動しているわけではなくあくまで演奏に感動しているわけであり、しかしまあ見ているととても綺麗なおっぱいにも感動してしまったりもするわけです。あしからず。

タルちゃんみたいに自然に演奏できるのってある意味ミュージシャンの理想の形だよなと思う。
なにより最高に楽しんでいるのがわかるもんね。
ああ、僕はもっともっと練習しないといけないのだ。

そういうわけで練習する。
一心不乱にベースを弾いていてふと思う。
はて?練習するのはこの楽器でよかったかな?

閑話休題。

そういえば僕が一緒に演奏したメンバーにもスライドを多用するセクシーなベーシストがいた。
彼のベース奏法もまた、他の人には真似できない特別なものだった。
僕がそれをいうと彼はいつも片手をひらひらと降って、渇いた嘲笑を浮かべながら、
「そんな大したもんやあらへんて。」
というのだった。





2015年10月30日

リハがひたすら続いたので今日はちょっと小休憩。
なにをして遊ぼうかなぁと楽しく悩んだ結果、じっくり時間をかけておいしいカレーを作ってみようということになった。
午前中から買い出しに出かけ、鶏の手羽先や野菜など食べたい食材を買った。

これを下処理してルクルーゼの鍋で炒める。
カレールーの箱の裏にある作り方には「野菜と肉を油で炒める」と必ず書いてある。
小さな頃から料理を嗜んでいた僕は、当時からその説明に忠実に肉と野菜を炒めてから水を加えていたが、「一体なんのために炒めるのだ?」と思わないこともなかった。
一説には食材の周りを油でコーティングして旨味を閉じ込めるとかいわれている。
でも仮にこの炒める行為を端折ったとしてもそれほど旨味に違いがあるとは思えない。

しかし何度も何度も作るうち、僕はある結論に達した。
つまり旨味に違いが認められなかったのは、炒める時間が足りなかったのだ。
例えば鍋に油を注ぎ、そこで肉をチャーッと焼く。肉の周りの色が変わってきたら玉ねぎとか人参とかじゃがいもを入れてゴロゴロとかき混ぜる。なんとなく野菜の周りがテラテラと油で輝いてきたら「よし!」と水をジャバーっといれる。カレーってこうやって作ってませんか?それでもいいのだけど、多分それだとただ油を無駄に使っていることになるのだと思う。

本格的にカレーを作ろうとすると、みじん切りにした玉ねぎを飴色になるまでじっくりと炒めていく。
あれは何をしているのか。そう、玉ねぎの水分を抜いているのだ。
じっくりと火を通していくと玉ねぎから水分が抜けていく。焦げないようにかき混ぜながらさらに水分を抜いていく。水分がなくなると焦げやすくなる。火加減を細くしてさらに炒めると、玉ねぎの旨味だけがそこに残る。

例えばかつお節というのは魚のかつおからこれでもかというくらい水分を抜き取って作る。
茹でて水分を抜き、天日で干して水分を抜き、カビをわざとつけてカビ君に水分を吸い取らせる。
結果かつお節はカチカチの石みたいになるが、それはまぎれもなく旨味の固まりなのだ。

要するに油で炒めるという行為はすべての食材を「旨味化」するということなのだと思う。

幸い今日は一日中予定がない。時間はたくさんある。なんといったって今日はカレーを作るためだけに捧げられた一日なのだ。
それぞれの野菜をじっくりと炒めていく(飴色玉ねぎは甘くなるので作らなかった)人参から、玉ねぎから水分が抜けていく(のを想像する)
もういいかな?と思ってもまだやめない。焦げる直前まで行かないと水分が抜けているとはいえないのだ。短時間で水分を抜くには少々の油は必要だ。そうでないとすぐに表面が焦げ付いてしまう。

「ミッキーもうやめて!」と誰かに止められたとしても、僕は静かにその腕をはらい、さらに炒め作業を続行する。
そうするとなんだか段々と食材に対する愛情がわいてくる。
スーパーで無造作に積み上げられていた野菜たちが、やっとうちの子になったような気がしてくるではないか。

IMG_7409充分に「旨味化」ができたところでスープをジャバーっと注ぐ。
強火で煮立てアクをとり、弱火にする。
ふう、これで一安心。

時間はお昼を過ぎたところ。
「笑っていいとも」はもうやってないのね。
よく考えたら昼ご飯のことなどなにも考えていなかった。
まあいいかと、冷蔵庫からビールを取り出しプシュッとやる。
静かに煮えている鍋の中を時々見ながら「プリンス」を聴いている。
空きっ腹にビールを入れたからなかなかにして楽しい。
音楽に合わせて軽くステップを踏み始めたら段々本気になってきてしまった。

ここでいったん鍋の火を切り、ダンスに集中する。
これはカレーを気にせずマジで踊りたいというのもあるが、火を切って鍋の温度を下げることで肉や野菜の味わいがふくよかになるのだ。
炒めまくって水分が抜けた食材はしおしおになっている。そこにスープを注げば当然それを吸収する。そしてその代わり食材からは旨味が溢れ出る。つまりここで鍋の中はお互いの持ち味を出し合って家族のように渾然一体となるわけだ。しかし火が入っていると食材が踊っているので僕のダンスと同じで落ち着かないことこのうえない。そこで一回火を止めてそれぞれの関係性をあらためるのだ。

ダンスを続行する。僕のステップはプリンス譲りだから16ビートが基調となっており動きが細かくてとても疲れる。肌寒くなってきたとはいえ身体を動かすと汗がじわりと浮かぶ。ダンスって疲れるけどとても楽しい。
猫のハナちゃんが僕のことを呆れて見ているが、かまいやしません(笑)

意外と疲れたのでちょっとひと休憩し、休憩したら鍋肌に手を当てて温度が落ち着いたことを確認する。
再度鍋に点火し沸いたらすぐに火を止める。
ここで投入するのは市販のカレールーです。
自らスパイスを調合して攻撃的に作ってもよかったのだけれど、今日はおうちでお母さんが作るようなある意味安心なカレーが食べたかった。それに最近のカレールーは進化が目覚ましく、随分本格的なものもたくさんある。
昔のカレーはルーを入れてから1時間以上煮込むように書いてあったように思うが、最近のはそれほど煮込む必要がない。そもそもルーを入れてから長時間煮込むのは、焦げるばかりであまりいいことがないのだ。
静かに煮込みながら「プリンス」はもう疲れたので「ハイ・ラマズ」を聴きながらゆっくりとカレーをかき混ぜる。
味見をして少しだけガラムマサラを追加。カレーって隠し味としてインスタントコーヒーを入れるとかケチャップを入れるとかいろいろあるけれど、最近のカレールーはそういうことをしなくても充分うまい。でもちょっと何かを足さないと自分で作った感じがしないので、追加したガラムマサラはちょっとしたおまじないのようなものだ。

かくして自家製カレーライス完成。

皿に盛ると、上品以外のなにものでもない。
軍隊などで食べるようなドカ食いのカレーも悪くないが、やはり僕はこういった品のあるカレーが好きだ。
タイトルは「黒の森のチキンカレー」とした。
多分カレールーが黒く、付け合わせたほうれん草が森を連想させたのでつけたのだろう。ドイツのシュヴァルツヴァルトとは特に関係ありません。

スプーンをしっかと持ち「いただきます」と小さく呟き、ルーとライスでスプーンの上に小さなカレーライスの皿を作る。
なにしろちょいちょい味見はしていたが、考えてみれば今日初めての食事なのである。

IMG_7414待望のカレーライス。

いただきます。
ハフッと口に入れて、しびれるように目を閉じる。
あー!今日という一日楽しかったー!
ていうか、時間かけただけあってめちゃくちゃうまいわ!

そこにはカレーという固有名詞以外になにもない。投入されたすべての食材は「旨味」という概念に変化し、個を主張しない。玉ねぎも人参もじゃがいもも、そして鶏肉でさえカレーという滋味深き海の一員となり、すでにその名前を失っている。
分解と構築を繰り返した食材たちはまるで異文化コミュニケーションのようにお互い手を繫ぎ、いやすでに抱きしめ合いながら、僕の快楽中枢を駆け巡る。

ふと考える。
昨日今の僕は音楽を聴いても研究体質になってしまったと書いたが、本当は昔からそのようにして音楽を聴いていたのではないかと。
しかし研究してもまったくわからない、つまりこのカレーのように一体僕を刺激する旨味の根源がどこからくるのかわからない時に来る衝動というか感動というのが、僕が愛してきた音楽なのではないかと。

いってみればすぐれた音楽や料理はある種の「魔法」なのだ。

アンコールの拍手鳴り止まず、僕はカレーをお代わりした。
お腹がいっぱいになったら「岡村靖幸」を聴こう。

満ち足りた空白の一日。









2015年10月29日

満を持して沖野さんのラストリハーサルである。
11/4に「代官山LOOP」で行われるレコ発お披露目ライブの総仕上げ。

渋谷系サウンドの礎とも言われる「ヴィーナス・ペーター」の沖野さんが動き出すとあって、シーンは静かに動き出しているように感じる。ネットでは特集が組まれ、著名人がアルバム「F-A-R」への期待を綴っている。名だたるミュージシャンが沖野さんとの思い出などを語っている。
僕はいつものように機材をぶら下げてスタジオへと向かう。

なんだか不思議な気持ちになる。
かつて僕が熱狂した音楽があって、僕はどこからともなく情報を仕入れ、レコードやCDを手に入れひとり部屋の中で興奮していた。もちろん現在だって音楽を聴けばあらゆる感情が渦巻く。それは僕をいろんな場所へと連れて行く。
しかしおそらく、純粋に狂喜していた若い頃とは音楽の聴き方は違うだろうと思う。つまりすでに僕の耳はある程度研究体質になっている。どのような楽器をどのようにミックスすればどんな雰囲気が醸し出されるのか、どのコードの上でどのようなメロディーが奏でられると心が動かされるのか、そういうのを思わず聴き取っているのだ。

そういうのが幸せなことなのかどうなのかわからないが、少なくとも沖野さんの周辺に生じている「熱」のようなものは音楽をただ「聴く」こと以上の興奮を持っていることがわかる。
それは僕が実際に音楽を聴く前に雑誌などで文章を読んで興奮していた頃を思い出させる。
結局僕は音楽を含めたそのアーティストの物語に熱狂していたのかなと思う。

今、ひとつの物語が始動しようとしている。
誰かがそれを歓迎している。
そして僕はその物語の中に含まれている。
これはとても光栄なことであり身が引き締まるような体験なのだ。

スタジオに到着。
メンバーに挨拶してからセッティング。

そして入念なリハーサルを行う。
僕はいつものようにクールなドラムを意識してひたすら叩く。
僕より年上であるたいちゃんと島田さんは当然僕と同じように「あの時代」を駆け抜けてきたわけだが、ギターのさわい君やキーボードのはるみちゃんはどういう感慨を持ってこの事態を受け止めているのだろう。考えてみたらふたりの音楽の歴史についてちゃんと聞いたことがなかった。
真面目にリハーサル。

本番での段取りを詰めれるだけ詰めてからリハーサル終了。
あとはライブ当日を待つばかりだ。

記念撮影してよろしくと挨拶。
さて、新しい物語はどのように語られるのだろうか。

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2015年10月28日

ライブ終わってすぐのブロークンTVリハ。
11/4に沖野さんがワンマンライブをやるのだが、そのライブでブロークンTVは前座を務めることになったのである
メンバーで集まるが特に変わったことはなし。
それでよい。こないだ会ったばかりだしね。

ライブが終わってすぐのリハーサルというのはわりといいものだと思う。
その時の感触だとか雰囲気をまだリアルに覚えているし、反省点があれば速やかに修正できる。
ツアーをやるとバンドが成長するというが、結局一本のライブを投げっぱなしにせず次へとつなげていくことができれば自然とクオリティは上がるわけで、ツアーじゃなくてもそれはできるというわけである。

ブロークンも新曲を鋭意制作中である。
たいちゃんが作ってくる曲は結構難解なフレーズが多くコード進行もややこしいのだが、メンバーはさっと一回聴いただけである程度それをなぞることができるようになっている。リカちゃんもメロディーを一回聴くともう歌えるようになっている。
今まであんまり気にしたことがなかったけれど、このメンバー意外と手練が揃っているのかもしれない。

ところで僕がプレクトラムのメンバーと初めて出会ったのは26歳の時で、虎ノ門あたりのカフェだった。
レコード会社のスタッフがセッティングした会合で彼らと初めてしゃべったのだが、印象に残っているいくつかの会話のひとつに、
「みきや君はメジャーセブンスは好きですか?」
というのがある。
メジャーセブンスとはコードネームのこと。
当時プレクトラムはストレートなポップ/ロックから脱却し、新たな音楽性を獲得するため模索している最中だった。自然使うコードもテンションのかかった複雑なものになり、楽曲のパターンも今までのスタイルとは違うものを提示し始めていた。
僕らはお互いに前情報なしで顔を合わせた。だから例えばどんな音楽を聴いてきたかとか、どういうファッションが好みだとかを全然知らない状態だった。
そこで聞かれたのが「メジャーセブンスについて」である。
当時僕は素直に「ええ、メジャーセブンス好きですよ。」と答えたが、よく考えたらこの質問おかしいですよね(笑)
おそらく「おしゃれな音楽は好きですか?」の超変化球バージョンということなのだろう。
うん、僕はメジャーセブンスを多用するバンド、好きです。

たいちゃんは今でもメジャーセブンスのコードをよく使う。
そしてその使い方は一般的な共通の雰囲気を超えて、たいちゃんなりの独特な世界観を醸し出している。それがとてもいいんだよな。

閑話休題。

プレクトラムと初めて顔を合わせた時に「どんな音楽が好きですか?」というお決まりの質問があって、そのとき僕は、
「ナインインチネイルズが好きです。」
と答えた記憶がある。
多分当時熱心に聴いていたのだろうけれど、もっと他にもありそうなものじゃんね。
それでよく一緒にやることになったなと思うのである(笑)

リハーサル終了。
新曲もじわじわとできあがりつつある。
今日もメジャーセブンスのコードは高らかに響いていたね(笑)

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