2018年02月14日

今日はバレンタインデーだが、今時バレンタインデーなんて流行っているのかしらん。
少なくとも僕の周りで浮き足立っているような人はいない。
まあそういう年でもないんだろう。
僕の周りでは大体一通りの告白はすでになされたのだ。

それに最近はSNSとかで恋もインスタントにできそうなので、成立するかどうかわからないプレゼント攻撃にわざわざチャンスを託さなくてもいいのかもしれない。
若者はどうしているのでしょうねぇ。
やっぱりチョコレートに望みをかけて一喜一憂したりしてるのかしら。

そういうわけで誰かから特に呼び出されたりもせず、思わせ振りな電話がかかってくることもなく、静かな一日を過ごします。

ナスの皮を剥いて小さく刻みペースト状になるよう中華鍋で炒めたり、肉に1パーセントの塩を振りスパイスをすり込んでみたりする。要するに下ごしらえです。
こうして暇な時にちょっと準備しておくと、いざ食べたい時慌てて手間をかけなくてもそれなりにおいしいものが食べられるのです。

それらの食材は冷蔵庫の中などでじわじわと熟成させるのであるからして、今日のご飯はシンプルなオムレツと生ハムと野菜。フレッシュなお料理もなかなか味わい深くおいしい。

それにしても誰からもメール来ないし、ピンポンも鳴らないのね。

あ、スノボの平野歩夢君は銀メダルをとったようです。
すごいことだねぇ。



2018年02月13日

冬季オリンピックである。
韓国で開催されており、やれ会場の準備が間に合っていないだの、ホテルの設備が悪いだの難癖をつける否定的なニュースも目にするが、どこでやるにしたって多少の不備はあるだろう。そんなことより競技そのものに集中したい。

お昼たまたまテレビをつけてみたら、スノーボード男子ハーフパイプの予選をやっていた。
ロックンローラーである僕は怪我が怖いのでスキーはおろかスノーボードもやったことがなく(高校の修学旅行は長野県にスキーをしに行ったのでちょっとだけ滑ったことがあるけれど)ちゃんと見たこともなかった。

冷蔵庫を開けて見たら鶏肉とネギとキャベツが入っていた。
腰を据えてテレビを見たいのでここは割り下を作って「鳥すき」を作る。
鍋の中で具材がグツグツと煮えてきたら小皿に卵を割って、こちらのスタンバイはオーケー。
ではスノーボード鑑賞といきましょう。

昼間から失礼してビビビをプシュッとする。
あー、相変わらず底までうまいのだこいつは。

ハーフパイプとは文字通りパイプを半分に切ったような形状のコースをスノーボードでジグザグに滑り、4度ほどのジャンプで美しさを競う競技である。
コースに入るときに実況者が「ドロップイン!」と小気味よくいうのが気持ちいい。

最初は見るともなく見ていたのだが、しばらく見ているとだんだん競技の内容がわかって来る。
ジャンプの高さ、技の精度、着地の美しさなどが採点に関係するらしい。

高得点を叩き出す選手は高く飛びアクロバティックに回転し静かに着地する。
それはとても美しく見事である。
スノボなんてチャラチャラしたスポーツだとたかをくくっていたおじさんは反省と共にその素晴らしい技に酔いしれる。
しかしジャンプする前に態勢が整わなかったりすると、高さが出ず技を繰り出すことができず下手をすると着地に失敗して転倒したりする。
当たり前だがシビアな世界だ。
4年間猛練習をしてきても大事な大一番で転ぶこともある。

僕の手にはすでに焼酎のグラスがある。
選手がスタートするたびに
「ドロップイン!」
と実況の人と共につぶやく。
いやー楽しいね。
酔ってきたね。

各国の代表選手が力の限りを尽くし、素晴らしい滑りを見せる。
成功しても失敗してもそこには彼らの軌跡が残る。
もちろん誰だって1番を目指している。
だけどそこにたどり着ける人は1人しかいない。
僕はすべての選手に賞賛を送りたい。
たとえ賞に届かないとしても、この立派な舞台で滑ることができるという栄誉が彼らには与えられているのだ。

身体の大きいアメリカ人は怒涛のジャンプを見せ危なげない点数を残すが、なに、日本の選手も実に奮闘している。特に平野歩夢選手は的確で素晴らしい滑りを見せてくれる。これはメダルが期待できるかもしれませんね。
素人なので偉そうなことは言えませんけれどね。

甘辛く味付けした「鳥すき」をこってりと食べながら、焼酎をコピリと飲みながら、初めてのスノーボードを楽しみました。

ちなみに競技を見ている時、解説の人が技の解説をしてくれるので何にも知らない僕は非常に助かったのだが、この解説の方がすごくよかった。
普通の解説者は「ちょっと態勢が崩れました」とか「若干高さが足りなかったか」など減点部分を指摘することが多いような気がするのだが、この解説者は「かっこいいですねぇ」とか「うまいなぁ」などまるで単純なスノボファンのようなことをいうのだ。悪いことは言わない。

オリンピックの競技における技の解説は精度が大事になるだろうからもちろん正しくジャンプできているかも大切だが、僕のような素人にとっては何がかっこよくて何がうまいのかさえもよくわかっていないので、この解説者の方のポジティブな説明を聞いてスノボを見る楽しみ方も教えてもらった気がする。

いやぁとても楽しかったが、少々飲みすぎた。
こうなったら気合いを入れてさらに飲みましょう。
それでは、
「ドロップイン!」




2018年02月12日

今日のライブは13時開演。
そんなわけで早くから起き出し機材を準備したら自転車で出かけます。
豪徳寺は近所なので自転車の方が小回りがきいてよいのである。

駅近く、線路沿いにある建物の片隅に小さな看板を見つけた。
「リーフルーム2周年企画」
今日のライブはそういうことらしい。
しかも女性はチケット無料らしい。
すごい企画をやるもんだね。

このまま駆け上がれば空に直結しているんじゃないかと思うくらいの急な階段を登ると(ちょっと怖い)そのライブハウスはあった。
ライブハウスというよりは屋根裏部屋付きの一室の壁をぶち抜いて解放しているといった感じ。
ワンルーム、広いキッチン付き、ドラムありな物件。
皆さんに挨拶し、広々としたベランダで世田谷区の風景を見ながら一服する。

しかし予想していた通り女子が多い。
我々はロックをやっているわけであるから、あまり女子が多い現場というのは気後れしてしまう
(とはいえブロークンにはかわいい女子が二人もいるわけですが(苦笑))
男子もいるがみんな20代から30代と若いし、天気は晴れているし、タバコの煙さえよそよそしく空に溶けていくし、なんだか僕だけが旧式の薄汚れたロックンローラーなのかとひとり孤独な気分を味わってしまう。
そう、僕は一人になるとすぐ寂しくなるのだ。

ベランダから戻ればそんな僕の気分は関係なく、みんな楽しそうにしている。
まあ楽しいのはいい。実際僕もあまり男臭いのは好きじゃないんだ。
まったくあまのじゃくというか、へそ曲がりというか、僕ってなんなのだろう。

「ayumi melody」さんのリハーサルを聴くと、ドラムも(リズムトラベラーという小さいやつだが)結構しっかり音が出ていてそれなりにロックな音楽もいけそうだ。

しばし「ayumi melody」さんの音楽を聴く。
なんというか音楽的な素養があるというか、とてもしっかりとしている。
歌もピアノも曲も「すっ」としていて実に気持ちがいい。
バンドのメンバーも統率が取れている。
みんな歌を邪魔しないように細心の注意を払って演奏しているように思える。
ある意味ミュージックステーションを生で見ているような感覚。

そう考えるとうちのメンバーなんてみんな野生児みたいなもんなんだな。
でも僕はそういう方が好きです。
そういう方が愛せる。

僕らもリハを終え、うららかな日差しの中豪徳寺の街を少々散策し(行列のできてるパン屋さんがあった。並ぶほど時間がなかったので今度行ってみたいです)昼間の中華料理屋でタマチャンネルと軽く一杯ビールを飲み交わしたら(そういう時間はあるのです)再びライブハウスへと戻る。

お客さんはすでに空へと続く階段をたどってライブハウスにたどり着いており、結構な人が入ってらっしゃる。祝日の昼下がり。わざわざこうしてライブを見にきてくれる人たちがいる。それはすごいことだと思います。ありがたい。

出演者はみんなピアノを弾きながら歌う人たちばかりだったが、みんな素晴らしかった。
「イナダミホ」さんは体からあふれ出るような実にリズミカルなピアノを弾き(僕はかなり好きでした)「つるうちはな」ちゃんは左手力強く右手は跳ねるようにピアノを弾くし「ayumi melody」さんはゆったりとしっとりとしたピアノを弾く。

なんというか、きちんとした音楽というか。
ぐしゃぐしゃでもいいからとにかく表現したいというのとは違って、きちんと教育された音楽の上に表現が成り立っているというか。
うーん言い方が難しいけど、なんだろうこの感じは。
とにかくいい悪いは置いといても皆さんとてもうまい。

しかも皆さん地に足がついていらっしゃるのね。
自分の居場所がちゃんとわかっていて、どういう音楽を発信したいのかを把握していらっしゃるように思える。
そのためにはどうすればいいかとか。

僕が若い頃には何から何までわからなかったことが、この人たちにはすでにわかってるんだと思うと何となく置いてけぼりにされた感じがしなくもない。
もちろん皆さん僕より年下なんですけど、これは尊敬せずにはいられない。
皆さん素直にかっこいいです。

無論、我々もただの傍観者ではなく、その中で闘わなければならないわけで、我々が思う最高の形を見せるべくライブをやりました。

岸上規男といとこのアキコ姉さんが見にきてくれた。
ありがとう。

店長さんは店の管理からPA業務からフードまで全てひとりで賄うという方で、リハの時はいちいち音に口出しをするから、地方とかにありがちな「なんでもやりたい(ちょいうざい)熱血系のおじさん」なのだなと思っていたが、ライブ後お話してみると大体印象通りでしたが(笑)とてもいい人でした。またぜひここで演奏したい。またお話ししたい。

やれやれ、やはり音楽をやるならきちんと系統立てた練習が必要なのだ。
それはロックとかポップとかクラシックとかジャズとかいってる場合じゃなくてね。
でもただきちんとしただけだとヤマハの発表会と変わらなくなってしまう。
どのように表現するかはやはり日々の暮らし方にあるような気がする。
いずれにしてもとても勉強になるライブでした。

しかしライブ終わったけどまだ夕方だぜ!?
まだ1日は長いのである。


2018年02月11日

雨が上がったので僕は髪を切りに出かけた。

散髪なんて元々あまり好きじゃなかったけど、年を取ったらもっとどうでもよくなって来た。
黙って座っていたら、ベックや往年のポールウェラーみたいになれるんだったらちょっとは我慢してみようかという気分にもなるもんだが、まず無理なことはわかっている。
若い頃はガチッとマッシュルームカットにしてそれなりにスタイリッシュにしているつもりだったが、おじさんになると大木凡人にならないよう気をつけなければならないのでマッシュルームカットにも限界を感じる。
だからね、いいんです。
とにかく短い時間でささっと切ってくれればいいんです。

ほら、髪を切るのって恋の入り口じゃないですか。
自分を身ぎれいにしようとする意識って恋に対するスタンバイじゃないですか。
もちろんビジネスとか個人的倫理観とか色々あるとは思いますが。
でも少なくとも僕にとってはそういうことなんです。

しかし最近は恋に落ちない。
自分の周りにもそれなりにかわいい子はいると思うが、それでもなかなか恋に落ちない。
昔は一日に一回恋に落ちたりしてたけどね。
大体は妄想でデートしたりなんかして想像だけで終わるんだけど。
でもたまにはいいこともあったかもしれない。
もう忘れたけど。
だからまあもうどうでもいいというわけじゃないけど、人に不快感を与えない程度にきちんとしていれば良いかと思うわけです。

とにかく、髪はサラサラと切られ、こざっぱりとしました。
大滝詠一の乱れ髪を口ずさみながらお家に帰るんです。

帰りながら街行く人を眺めるけれど、恋の予感は、やっぱりないね。



「乱れ髪」作曲大瀧詠一/作詞松本隆

割れた鏡の中
畳の青が震える
何をそんなに見てるんだい

髪を切りすぎたね
まるで男の子だよ
外は乱れ髪のような雨

ごらん 君の髪が降る
ごらん 君の髪が降る

窓を埋める影から
君の瞳が光る
何をそんなに睨むんだい

髪を切りすぎたね
まるで男の子だよ
外は乱れ髪のような雨

ごらん 君の髪が降る
ごらん 君の髪が降る


2018年02月10日

子供の頃から納豆が大好きである。
関西地方の人は納豆が苦手とよくいい、僕はそれより西の広島で生まれ育ったが、納豆に対する抵抗は最初から全然なかった。

例えば僕は小学生の頃給食を食べるのがとても遅くて、昼休憩になってもいつまでも教室に残って食べさせられているような子供だったのだが、小学2年性のある日、給食に納豆が出た。(多分後にも先にもこの一回きりだったと思う)
通常の納豆のパックを4分の1にしたくらいの可愛いパックでそれは供されたのだが、僕にとってはこれ以上ないご飯の友を得た気分なのであった。
逆に他の子供たちはあまり納豆が好きではないらしく、箸がなかなか進まないようだ。
結果、この日の給食は僕が一番早く食べ終わるという快挙を成し遂げたのである。

おそらく調子に乗って少々無理をしたんだろうと思うが、それでも一番に食べ終わった誇らしさはこのときだけしかないので、よく覚えているのである。
(ちなみに完食した僕は意気揚々と食器を下げ、納豆のパックを段ボールの中に戻したわけだが、その後重ねて行く小さなパックが倒れ、担任の先生が「だあれ?こんなにだらしなく重ねたのは?!一番最初においたのは立井君ね。」となり、なぜか僕がベトベトになりながらパックを重ね直すという苦行にも似た作業をすることになったのもよく記憶している(苦笑))

大学生の頃には夜食に「卵納豆」を食べるのが常であった。
納豆に卵黄を入れて食べるのがうまいと言ったのは「笑っていいとも!」のテレフォンショッキングに出演した田原俊彦だったが、僕はどうしても白身が勿体無くて捨てられなかったので全卵を入れて食べていた。しかし白身の部分はズルズルと食感が悪く、だらしない印象が否めない。
ネギなどの野菜を入れて中和するという方法も試すが、それはそれでおいしいのだが、やはり白身のズルズル感は気になってしまう。
そこで鰹節を一掴み粉々に砕いて入れてみると、ズルズル感は心地の良いドロドロ感に変わり、カツオの旨味成分のおかげで納豆がよりおいしくなった。
僕は秘策中の秘策を編み出したのである。
さらにはここにゴマをざらりと入れて、香ばしさとプチプチ感もプラスする。
これは長年僕の食生活を助ける必須メニューとなっている。

基本形は崩さず、そこに茹でた豚肉を入れたり、キムチを入れてみたりとバリエーションは無限大。
ご飯に合わせれば最強タッグとなるが、そのまま飲むようにして食べても非常にうまい。酒にももちろん合う。

この食べ方があまりにも好きすぎるが故にそればかりを作って食べて来たが、ここに来てシンプルに納豆オンリーの味わいを楽しむのも好きになって来た。

納豆といえば水戸納豆が有名でそれ以外はあんまり知らなかったのだけど、秋田、京都、熊本、北海道などでも盛んに作られているようだ。

僕が広島にいた頃は大粒が主流だったように思うが、東京では小粒や極小粒が多い。
大粒は食べ応えがあり納豆のワイルドな魅力を存分に味わえるが、大豆独特のえぐみもある。
小粒の方は食感もソフトで臭いもマイルドなので、初心者でも安心して食べられそうだ。

ところで僕にはちょっとした夢がある。
これらの納豆をテーブルにずらりと並べて食べ比べをしてみたいのである。
産地や大きさや味付けなど特徴あるやつを選んで、納豆の世界を堪能してみたいのである。

これを実現するのはそれほど難しくないだろう。
納豆なんて100円にも満たない値段で売っている。
1000円も出せばかなりの種類の納豆が買えるわけである。
でもね、納豆って基本3パックでワンセットなんですよね。
10種類の納豆を買ったらおうちに30個持って帰ることになる。

そうなると冷蔵庫が納豆テーマパークみたいになるのはもちろん、ライブをやっていてもお風呂に入っていても「早く食べてくれー、俺たち発酵食品だけどあんまり置いとくと干からびちまうよー」と納豆から無言のプレッシャーを受けそうで怖い。

閑話休題
納豆に塩胡椒とか、納豆にケチャップとか、まだ試したことのない味付けがたくさんありますが、やっぱり普通に添付のタレと辛子がいいんですかね。
京都の納豆で黒七味がついて来たのがあったけどあれはとてもおいしかったな。
これはおいしい!という食べ方があったら教えて欲しいです。




2018年02月09日

給食やキャンプなどで使う間仕切りのついている食器がある。
僕はあれが大好きなのである。
大体は大きい仕切りがひとつと小さい仕切りが2〜3個に分かれている。
大きいところには「ポークチャップ」だとか「鶏肉の照り焼きステーキ」のようなゴロンとしたものを置き、小さなところには「いんげんの胡麻和え」だとか「ひじきの煮物」のような箸休めになるものを置く。場所が余ったら「みかん」などをポンと置いても可愛らしい。

そしてそれを一度に持ち歩くことができるというモバイル性の高さ。
しかも洗い物はひとつでオーケーという手軽さも魅力のひとつだ。

本日100円ショップでごみ袋や水切りネットを購入し、店内をくるりと見ていたらプラスティックの間仕切り付きプレートを発見した。
「うーんどうだろう」とか思う前にカゴに入れてました。だって100円だもの(笑)

おうちに帰ってお料理開始。
じゃがいも、にんじん、玉ねぎが無造作に置いてあったので、これは有無を言わさずカレーを作ることにした。
ああ、カレーとは一体なんなのだ。
それについては今度詳しく語るとして、ちゃんとインドで買って来たカレー粉(友達がくれました)で本格的なカレーを作る。
ちなみに本格的なカレーというのは調味料さえ揃えてしまえば市販のルーを使うより簡単です。
時間もかからないし焦げ付かないし。

よし、買って来たプレートに見事に盛り付けよう。
と思ったが、間仕切りの高さがさほどないので汁物を入れると溢れてしまう。
ではカレーは小皿に盛り付けて、メインの大きなところにはご飯を盛ろう。
ちなみにお米は岩手県の「銀河のしずく」
ハリがあってとてもおいしいお米なのだ。
よし、では運ぶかと思ったが、いかんせん小さなポケットが2つばかり残っている。
そうか色々乗せられるのがこのプレートのウリだった。
冷蔵庫の中を見てみるとキュウリがあったので、斜め切りにしてポケットのひとつを埋める。
あとひとつ、あとひとつ、

卵焼きだか目玉焼きを作るという手もあったが、時間がかかってしまう。
冷蔵庫の中に納豆はあったが、あれは別にパックのままで食べればいいしな。
仕方がないので苦肉の策として「みかん」をポンと置いた。

僕は弁当でも給食でもみかんやリンゴが一緒に出されるのはあまり好きではないのです(苦笑)

カレーはまずまずおいしかったが実に食べにくかった。
キュウリはスパイシーなカレーの辛さを和らげるのに貢献してくれた。
食べている間ずっとみかんをみつめていた。
みかんのあまずっぱさを想像するとカレーに合わなくもないと思ったが、結局みつめているだけだった。

閑話休題。

小学校1年性ぐらいの頃、ピンクレディーのイラストが描いてあるピンク色の間仕切り付きプレートが大のお気に入りだった。
お母さんが卵焼きを作ってくれる間、僕はそのお皿で食べられることを楽しみにしていたが、ガスレンジの横に置いていたプラスティックのプレートは熱で簡単に溶けてしまった。
ぐにゃりと変形したプレートで僕は泣きながら卵焼きを食べた。
僕はピンクレディーが好きだったわけではない(どちらかというとみーちゃんが好きだった)
ただ、あのピンク色のプレートが好きだったのだ。

おうちでは大した有用性もないのにひたすら間仕切りプレートに憧れるのは、もしかしたらこの一件があったからかもしれないな。


2018年02月08日

ブロークンTVのリハーサル。
2/12に豪徳寺「リーフルーム」でライブです。
僕はそのライブハウスで演奏するのは初というか、申し訳ないことに名前さえ知らなかった。
当初はドラムがないかもしれないという話だったので、カホンを叩くことも考えていたが、その後の情報でドラムは設置されているとのこと。ではドラムを叩きましょう。

スタジオに行ってみるとメンバーが、
「あれ?今日はカホン持って来ていないの?」
「怠慢なの?」
「気が変わりやすいの?」
などといってくるがそれは違う。
前回カホンを持って来ていたのはある種の非常策であって、本来僕はドラマーなのである。

とはいえ、アコースティックなサウンドに特化するべく練習します。
ドラムもあんまりボカボカ叩く感じじゃないだろう。

一緒に出演するのはレーベル「花とポップス」に所属する女性が多く、多分あんまりロックな感じではないと思われる。我々はロック畑の特産品なのでその線は崩さないが、あまりうるさいとモテないので調整が必要なのである。

というわけで一生懸命練習です。

ところで、おうちにいる時は結構な頻度でドラマーの動画を見たりする。
YouTubeというのはあらゆるドラマーの演奏が見れるからとても便利なのである。
僕がドラムを始めた頃もしそれがあれば、もう少しうまくなったんじゃないかと思うくらいである。
いろんなタイプのプレイを見るのももちろん楽しいのだが、ドラムのセッティングを見るのも楽しい。
最近とても気になっているセットは「babymetal」のドラムの人のセット。
シンバルの位置が非常に独特でとてもかっこいい。
無論僕のシンバルコレクションを駆使すれば、全く同じセッティングにすることも可能なのだが、色々と持って行く荷物が増えるのでどうしようかと悩んでいる。
一回持って行って次からやめると、

「怠慢なの?」
「気が変わりやすいの?」

とまたメンバーから色々言われるに違いないのだ。


2018年02月07日

のんびりとした一日。
スーパーに買い物に出かけ、楽しく食材など買い込み、帰ってきたらゆっくりと料理など作り(鳥手羽元のチゲ風煮込みなど)それをゆったりといただき、ゆるりとお酒なんかを楽しんだりしながら夜を迎えるのである。

そういえば先日川越に行ったとき雑貨屋で「カンテラ」を買った。
いわゆる山小屋とかで見る「灯り」である。
本物は行灯とかと同じく油で灯りをともすのだが、僕が買ったやつはLEDライトが光るタイプ。
若干雰囲気は違うがまあ危なくないし、何となく気分を味わうにはとてもよい。
夜も遅くなってきたので部屋の電気を消して、カンテラの灯りだけにしてみる。
うむ、思ったよりも明るくない。
この灯りを頼りに本を読むのを楽しみにしていたのだが、字を読むにはちょっと暗すぎるかもしれない。

それでもがんばって読んでいたのだが、字を読むのに一生懸命になってしまいあまり内容が入ってこない。
ちょっと気分を変えて音楽でも聴こう。

こういう時はちょっと実験的な音楽を聴くのが楽しい。
もちろんお涙頂戴的なバラードを聴くのもいいけど今はそういう気分でもないな。

スティーブライヒという人がいる。
アメリカの作曲家で非常に実験的な曲を作る。
暗闇に柔らかく灯るカンテラの灯りをみつめながら、無機質なライヒの楽曲を聴いているとなんだかとても優しい気持ちが芽生えてくる。

じっくりとライヒを堪能していたら、いつの間にか窓の外が明るくなって来た。
新しい朝が来るのだ。



2018年02月06日

震えているのは緊張からか単に寒いからか。

多分単に寒いからだ(笑)
今日は噂のセッションナイトなのである。
「スーパーJAM vol.26」
湯島にある「Fabulous guitars」という場所での演奏。
最寄駅は御徒町なので早速そちらに向かう。

もうこうなったらね、アイデア勝負で行くしかない。
というか最初からそういうつもりだ。
切り札はそこしかないとずっと思っていたんだよ。

「Fabulous guitars」はロックもできるカフェというよりは食事ができるライブハウスという感じのお店だった。
地下に降りていく入口の会談には「ジミヘン」や「ジミーペイジ」、「エリッククラプトン」など名だたるギタリストのポスターが所狭しと貼られている。
なかなか緊張感を強いてくるねぇ君たち(苦笑)

早速和佐田さんに挨拶。
近況など伺っているとメンバーが到着する。
今回一緒にお手合わせいただくのは
ギター:丸山正剛さん
キーボード:羽仁知治さん
のお二人。
どちらも手練れ感が漂いまくっている。
ただ、髪形や顔つきでやはり丸山さんはロックギタリストだろうなとわかるし、羽仁さんはポップというかジャズな感じじゃないかなと想像する。

さて、メンバーも揃ったので僕としてはこれから本番が始まるまで激烈にセッションしまくってお互いの感触を確かめ合いたいのだが、なかなかそうはいかない。
みんなピラッと自分の楽器のサウンドを確かめて、ちょっと調子を合わせたらそれで終わり。
あとはうまいカレー屋の話ばかりしている(苦笑)
確かにカレー屋の話は気になるが、みんな手の内を見せてくれないなぁ。

しかし一瞬合わせただけで何となく傾向はわかった。
それは一瞬抱き合っただけでその女の子のことがわかったような気がするのと同じで(大体間違うことが多いが)
和佐田さんがファンクロックベースを自在に操るのはすでに知っているが、羽仁さんはやはりジャジーなフレーズを多用するおしゃれキーボーディストと思われ、丸山さんは端正なロックを奏でるギタリストだと思われる。
特に丸山さんは真っ白なストラトを使用しており、その姿はジェフベックを彷彿とさせたのでそれをちょっといってみたら、お使いのギターはジェフベックモデルなのであった。
ビンゴ、である。

ではよろしくとのことでいったん散会。
この辺はバンドではないからつるんで飯を食いに行くとかはなし。
実にクールなのである。
僕もぶらりと湯島の町を散策する。
おなかが空いているような気もするが、いかんせん量が入りそうにない。
いわゆるお店の料理はラーメンにしてもカレーにしても定食にしても、とても量が多いからこういう時困ってしまう。
それならお寿司にするか、つけ麺にするかなどと考えながらほっつき歩いていたが、すでにこうしてお店を見ながら歩いていること自体が楽しくなってきてお店はいつまでたっても決まらず、ただ時間ばかりが過ぎていくのだった。
日も暮れて本番が近くなってきたので、結局観念してローソンでからあげクンとサンドイッチを買った。
うん、そんなもんでいいのだ。

というわけで本番。
和佐田さんがにこやかにMCをし、気さくな感じでライブは始まる。
基本的に和佐田さんがその時に思いついたフレーズを起点にして、そこに乗っかる形で演奏する。
ファンクっぽい曲調が多いがもちろんジャジーなスウィングや、8ビートをやる時もある。
僕のアンテナの感度は最大級になる。
ファットなベース、ソリッドなギター、センシティブなキーボード、それらが一体となったときにどんな世界が浮かび上がるのか、どのようにしてそこへ持ち上げるのか。僕のドラミングは何に「効く」のか。

二部構成で行われたセッションライブだが、やはり後半に近づくにしたがって否応なしに盛り上がっていく。
羽仁さんのフレーズは不思議なテンションを伴って高く舞い、丸山さんのギターはますます円熟味を帯びていく。
もちろん和佐田さんのチョッパー(この場合はスラップではなくチョッパーといいたい)の回転も天井知らずで上がっていく。
あとになって思ったのだが、この時の演奏を録音しておけばよかった。
エンディングに向かって突き進んでいくあのなんとも言えない高揚感がなんだったのか今となっては謎のままなのである。

ライブ終わってささやかな打ち上げ。
和佐田さんは満足げにビールを飲んでいらっしゃった。
しかし明日も明後日もライブなんだろうな。
そんな多忙な毎日を何年もやり通している和佐田さんの気力がすごいわと思う。

僕もビールをいただきました。
いやぁとても楽しかった。
今回もいい経験をさせてもらいました。
まな板の上の鯉は見事に踊ったのでありました。
ありがとうございました。

そしてビールがうまい!




2018年02月05日

「爆風スランプ」の「バーベキュー和佐田」さんというベーシストがいる。
彼と4年前ぐらいの年末に話をしたときに、

「来年はな。これでもかっていうくらいライブをやりたいねん。段々年を取るとライブもしんどくなってくると思うからさ、今のうちにできるだけやれるだけやっとこうと思うてね。」

と笑いながらおっしゃっていたが、実際和佐田さんはその年が明けてから怒涛のライブを展開し、毎年一年の3分の2くらい(もっとかもしれない)ベースを持って演奏しているのである。
むろん自分のバンド(爆風スランプ、X.Y.Z.➝A、竹内藍さんなど)のライブもあるが、その他にセッションライブをこれでもかというくらい行い、とてつもないミュージシャンの方々と夜ごと演奏を繰り広げている。

実際僕も3年前に呼んでいただいて、セッションに参加させていただいた。
そして今年に入ってまた呼んでいただいたのである。
和佐田さんからのメールは実に軽快で丁寧だ。
「セッションのお誘いです。2/6に御徒町のお店なのですがいかがでしょうか?」
といった具合に。
軽快に思えるのは多分僕が関西弁のイントネーションに翻訳しながら読んでいるからだろう。
もちろん僕は、
「よろしくお願いします!」
と恭しくお返事を返す。
こんなすごい体験ができることなんてなかなかないではないか。
もちろん緊張はするが、興奮を禁じ得ないのである。

しかし本番の日が直前に迫ってくると、とたんに僕は悶々としてしまう。
果たして「セッション」というのはどういうものなのか。
もちろん長くドラムを叩いていれば「セッション的」な演奏を要求されることはある。
つまりはその場の雰囲気を読んで進行していくパターン。
ただそういう時、僕の場合は気の知れたメンバーとばかりやっていた。つまり僕が右足を出せば相手は左手を差し出してくるとわかっているようなメンバーとばかり演奏していたのである。
初対面で「よろしくお願いします」となり、譜面もなしに音を出すというステージはあまりやったことがない。
何しろ僕は人見知りするので、そういう誘いを受けても尻込みして参加してこなかったのだ。

3年前に一緒に演奏させていただいたときも、無我夢中で演奏した。
どんな音も逃さないよう耳をすまして、世界がどのようにして成り立っているかを感じながら。
それが一体よかったのか悪かったのかわからない。
和佐田さんや他のメンバーにとってはそれが日常の一部であって、それほど特別なことではないのだろう。
だからその時の演奏についてあれこれいわれることもなかった。

今回こうしてまた呼んでいただいたということは、おそらく前回のドラムでよかったのだろう。
それは僕をとてもホッとさせる。
しかしセッションというのは日頃の練習やセンスがものをいう。
作品があってそれを一生懸命練習しておけばいいというものではないのだ。
あらゆるジャンルの音楽に対応できなければならないし、当然聞いている人がいるのだからセンスが問われることになる。

つまりなにかを準備したくても特別準備できるものがなく、とにかくスティックを持って現場で対応するというのは作品を過不足なく表現するのとはまた違った緊張感があり、夜ごと悶々としているのである。

まあしかしこうなったら
「まな板の上の鯉」
ということでじたばたしても始まらないのである。

もうドラムのことを考えるのはやめて、魚のように眠ろう。



むーりーだー!!