2016年01月06日

今年の音初めはブロークンTVから。


スタジオに向かう前に100円ショップに寄ったら、色とりどりの腕時計を発見。
ブロークンTVはメンバーがそれぞれのカラーを担当しているのだが(僕はグリーンです)ちょうどその色が揃っていたのでなんとなくノリで買ってみた。

スタジオに到着すると続々とメンバーがやってくる。
あけましておめでとうと挨拶。
今日はギターのたまちゃんが体調不良でお休みらしい。
毎日寒いから体調管理は大事なのである。
腕時計をプレゼントしたらみんな喜んでくれた。
まあ100円だからね。喜び方もそれぐらいでしたが。

IMG_8164新年から新曲を作っています。
1月22日にはライブがあるので、演奏する曲も練習しなくてはならないが、タマちゃんがいないから少し寂しい。

ということでリハーサル後の写真にタマちゃんの姿はなし。
ブルーの腕時計は僕が預かっておきましょう。





IMG_8168





2016年01月03日

お正月で東京には人が少ないので空気がとても澄んでいる。
今日は街でちょっとした所用を済ませた。昼を過ぎると俄然お腹が空いてくるわけで、なんか食べたいなぁと思いながら商店街を歩く。
まだ飲食店などは営業していないところが多く、たいしたものは食べられそうにないようだが、それでもお腹は空いているしおうちに帰ってから作るのも面倒くさい。
「日高屋」が開いていたので入ってみることにした。ラーメンが390円ととても安いお店である。

メニューを見るとなぜか「餃子定食」が僕の心を鷲掴みにした。
しかし「餃子定食」というのはなんとも不思議なのである。
餃子の皮は小麦粉であり、具は肉と野菜なので、いわば完全食である。
つまりはそれそのもので充分な食事と言えるのである。
例えば総菜パンとか、お好み焼きと同じ。
それなのに「餃子定食」はご飯と一緒に餃子を食べる。
なんというか、「パン定食」とか「ピザ定食」なるものはあまりみかけないのに、「餃子定食」は立派に定食として成り立っているというのは僕にとっては不思議なのである。
ちなみに同じような例として「コロッケ定食」というのがある。
あれもパン粉で揚げてあるわけで、カレーパンと同じような感じなのに。ねぇ。

いつもそのように思うため、今まであまり食べたことがなかったが今日はやけに餃子が旨そうに見える。
頼んでみようと思ったが、メニューには「w餃子定食」しか載っていない。
つまり餃子が10個ぐらいあるのだ。
いくらお腹が空いているといってもそんなに食べられはしない。
悩んだ挙げ句、店員さんを呼んだ。

「すいません、餃子単品とライス単品ってできます?」

中国人の店員さんはそっけない顔で、
「できますよー。」
といった。
じゃあそれをと注文したが、計算すると400円にも満たない。
なんだか申し訳ないような気がしたので「キムチ」も追加注文した。

別に嫌な顔もせず店員さんは注文を通してくれる。
待っている間店内を何気なく見回してみるがお客さんは結構入っている。
正月とはいえ、いや正月だからこそこのようにして外食している人は結構いるのかもしれない。
さすがに3日ともなるとおせち料理を食べるのも飽きているのかもしれない。
ほどなくして「餃子定食」がやってきた。
うーん。ルックスとしてはとてもいい。
ザ!男飯!って感じではないか。
ふと見るとスープがついていた。
安い定食を自分で作ったのにスープまでつけてくれたのか。いいお店だな。

さて、醤油と酢とラー油でタレを作り、それに餃子を浸してご飯の上に乗せる。
では、いただきます。
うーん。餃子の皮とご飯というのは合うのだろうか?
具の方は問題なくおいしいのだが、やはり僕の疑問は晴れない。
キムチはあっさりとしておいしかったし、スープもよい塩気でよかった。

結局、疑問は疑問のまま餃子定食完食。
量はちょうど良かったが、悩みながら食べたのでなんだかよくわからなくなってしまった(苦笑)
こういうのも慣れというのが必要なのですかね。





2016年01月02日

お正月なのでダメモトで友人にメールを送ってみたらわりとすぐに返信が来た。
先日病気で入院しているとメールをもらった友人である。
慌てて内容を確認してみると、お正月なので自宅に戻っているとのこと。
これから行われる手術の準備も含めて家で静養するよういわれたらしい。
それでは会いに行くとメールした。
本当ならどこか外で落ち合うべきなのかもしれないが、彼女を寒い中歩かせるわけにはいかない。

電車に飛び乗り板橋区へと向かう。
彼女のうちを訪れるのは実に9年ぶりである。
別々に暮らすことになった時に引っ越しを手伝って以来だ。
東武東上線の電車に乗るのなんて何年ぶりだろう。
なつかしいような、しかしここにはたいした思い出もないので不思議な気分でがらんと空いた正月の電車の座席に座る。

駅に着いた。
駅前に降り立ってみるがやはり特にこの場所にまつわる記憶はない。
居酒屋があり、メガネ屋があり、タバコ屋がある。
暮らしていくにはまずまず便利そうだ。なんといってもまあまあ大きなスーパーがあるのがいい。
とりあえずそのスーパーに入り食材などを買ってみた。
いってみればお見舞いにいくような感じなのだが、どういうものを買えばいいのかわからない。
なんにしても普通にしているのが一番いいよなと思いながら買い物を終え、彼女の住んでいるマンションを目指す。

あまりにも久しぶりに来た街なのでどこをどう行けばいいか忘れた。
彼女にメールをして道を教えてもらいながら歩く。
どうせなら住所を教えてくれれば「みち子」に入力してすぐに辿り着けるのに、なぜか住所を教えるのは嫌なようだ。
「次を右にいったらまたすぐ右」
といった具合に不安なナビを頼りになんとか彼女のおうちに辿り着く。

彼女はこれといって変わっていなかった。
少し痩せたような気もしたが、元々痩せているからあまりわからない。
顔色は多少悪く見えるが、ひどい病気に冒されているようにはとても見えなかった。
「いらっしゃい。」
とそっけない顔でドアを開けた彼女はとことこと歩き、居間にあるこたつに入って僕を見上げた。
8畳ぐらいある居間の端っこにこたつを置き、その正面にテレビがある。
居間の中央はがらんとなにもない。
彼女は目が悪いので裸眼ではテレビに接近しないとうまく見えないのだ。
だからこたつごとテレビに寄る必要があるので、中央ががらんとしているのだ。
反対側の壁には一面の本棚がある。
昔から本が大好きだった彼女にとってこの本棚は自慢だった。
上の方を見ると新しいものもあるが、ほとんどは昔から持っているものばかりのようだ。
背表紙をみれば古い本も大事にしていることがわかる。
僕は腕組みしてそれを眺め、うんと頷いてから振り向く。

「こたつにあたれば?冷蔵庫にビールがあるよ。」
彼女は僕にいう。
「うん。ビールは買って来たよ。」
といって僕は袋の中からビールを取り出す。
こたつにあたって、しばし黙ってテレビのニュースなどをぼんやり見ていた。

「あ、明けましておめでとう。」
と僕はいう。
「おめでとう。」
と彼女は言う。
するとこたつの中から何かがもぞもぞと出て来た。
猫の「ズズ」である。
かつてはハナと一緒に暮らしていた白黒の猫。
おー!ひさしぶり!と僕は再会を喜ぶ。
ズズはハナよりひとつ年下なのだがハナより一回り大きい。しかしとてもスマートで毛はハナよりやわらかい。くしゃくしゃと身体を撫でてやると、抵抗もせずにされるがままになった。

彼女に病状を伺う。
彼女はのんびりとした口調で自分の状態を話す。
メールで読んだとおり、決して楽観できるような状況ではないのだが、当の本人は照れたような口調で淡々と説明するから一体誰の病気の話をしているのだかわからなくなる。

僕としてはもっとひどい状況を想定し、ある程度覚悟してきたようなところがあるから、
「とにかく、元気そうでよかった。」
と笑顔を送った。
本当にそうなのだ。身体が辛い状況だとうまく笑うことも難しくなると思うのだが、彼女は今のところ苦痛を感じているようでもなかった。
特に今までと変わった様子はなく、時に憎まれ口を叩くところも昔と同じだった。

一安心してもう一度テレビを見る。
別に見たい番組ではないのだが、なんとなく保留のような時間が流れる。
今のところ食事制限があるわけでもなく、激しい運動さえしなければ普通に生活しても問題ないとのこと。
「スパゲッティを買って来たけど食べる?」
と聞くと、食べたいという。

よかった。実際僕にできることなんて料理を作ることぐらいだ。
食べてはいけないとか、食べられないという話になると僕にやれることはなかった。
キッチンに行き湯を沸かす。
台所に必要最低限の調味料は揃っていたし、冷蔵庫をチェックしてみると白菜が入っていた。
買って来た豚肉と白菜でシンプルなペペロンチーノを作る。
これでも気を使ってオイルは少なめ、塩分は控えめ、パスタはやわらかく茹でた。
お店で食べるようなものとは違うが、それでも病院で食べる料理よりはうまいだろう。
パスタは一人前100gにしたが、ちょっと多すぎたかもしれない。普通ならぺろりとたいらげられる量ではあるが。

そうしたら彼女はあっという間にぺろりとたいらげてしまった。
それを見て僕はますます嬉しくなった。
「さすが、みきやのスパゲッティはあいかわらずおいしいね。」
と彼女はいって皿を洗いに立とうとした。

いい、いい、と僕はいい、皿を持ってキッチンに行って洗い物をする。
食欲も随分あるようだ。とてもいいことだ。

洗い物が済んだらもう少しだけお話をする。
お互いの家族の話や猫の話。
ズズは最近目の病気にかかり、ほとんど目が見えないようだ。
確かにズズの目を覗き込むと、瞳が小刻みに震えておりこちらを見返している感じではない。

彼女が入院している間、ズズの世話はペットキーパーさんが行っているとのこと。
僕が面倒を見てあげたいものだと思うが、彼女はみきやにそれをする義理はないという。
まあ、そりゃそうなんだけどね。

こたつは暖かいし、ビールはおいしいし、もう少しこのままお話していたいような気分にかられたが、それはいけないことだ。
また遊びにくるよといって僕はそろそろおいとますることにした。
彼女は、
「あー、みきやよりもハナちゃんがお見舞いに来てくれればいいのに。」
とまた憎まれ口を叩いていた(笑)

寒いからあったかくして寝るように、ちゃんとおいしいものを食べるようにと、僕はまるで口うるさいお父さんのように彼女にいい、さよならをいって家路を辿る。

これから入院して本格的な処置が始まれば、彼女にとって辛い日になるに違いない。
我慢強い彼女といえどしんどいこともあるはずだ。
しかし今日の彼女の笑顔を見れば、多分大丈夫じゃないかなとも思う。

おうちに返ったら今日の出来事をハナに報告しようと思う。

2016年01月01日

明けましておめでとうございます。
2016年です。
目覚めは心地よく気分もとてもいい。
一年の始まりとしては上々なのである。
ハナも落ち着いた顔をして起き出してきた。
(先に一度ひどく起こされたのではあるが…)
明けましておめでとうと挨拶。

とりあえず、とりもなおさず外出の支度をする。
もちろん向かうのは近所の神社である。

多くの人は大きな神社に行ってお参りをするようだが、僕は昔から近所の神社が好きである。
地産地消じゃないけれど、地元の神様に挨拶をしたい。結局一年無事ですごせるかは自分の生活圏内での話になるのだから。
ちなみに、かつて新宿に住んでいた頃も家の近所の神社にお参りしていたが、後にその神社は水子霊の供養をする神社だと知った。何か大事なことがあるたびその神社に通っていたが、周りの人は僕のことをどういう目で見ていたんでしょうね(苦笑)

コートを着て神社に参拝する。
小さいとはいえ、立派に神社なのだから人はちらほらと集まっている。
厳かにお参りを済ませ、おみくじでも引くかと歩いていると途中設置されているテーブルの上に、お屠蘇のセットを発見する。
酒が入った瓶と鈍い金色の酒器。傍らには紙コップが用意されている。
「そうだった。毎年ここでお屠蘇を飲むんだった。」
と僕はほくほくした気分でテーブルに近づく。

しかしその瞬間、衝撃が走った。

なんと!今年のお屠蘇を見るとほんのり黄色く色づいており、瓶の中にはなにやら香草のようなものが舞っているではないか。
ちなみに今までここでいただいていた「お屠蘇」はただの日本酒だった。まちがいなく。
つまりこれは先日スーパーで見た「屠蘇散」というやつではないのか。液体の色が黄色いのは上等な味醂を使っているからだろう。
うう、、、一体なんなんだ。
去年まではこんなお屠蘇じゃなかったぞ。

僕は脳内フォルダを検索し、いわゆる「屠蘇散」のデータがどこかにないか確認する。
やはり、僕の記憶の中にそのようなものはないようだ。
例えば僕がどこかでそのデータを取り込んでいてすっかり忘れてしまっていると仮定してもそれはおかしな話なのである。
僕は以前「お屠蘇」というものに興味を持ったことがあるわけだし、こと「食文化」については興味のある範疇なのだから。
ではなぜ、2016年になってこの「屠蘇散」なるものが僕の目の前に忽然と現れたのか。
それについては「不明」としかいいようがない。まったく、おっさんになってもわからないことはたくさんある。
ひとつだけ思い当たる節があるとするなら、かつて「節分」といえば節分豆くらいのものだったのが、いつのまにか「恵方巻き」なるものが席巻しているという現象である。
あれはコンビニが紹介し全国的なブームになったのだが、つまりはそれと同じように誰かが「屠蘇散」というしきたりを見いだし、復活させようと暗躍しているのではあるまいか。
しかしそれにしてはインフォメーションが少なすぎる。
僕はたまたまスーパーで「屠蘇散」の存在を知って衝撃を受けた。そして今、それが目の前に現れて改めて衝撃を受けている。だが結局のところそれだけなのだ。例えば雑誌で特集を組んでいたり、TVでコーナーが設けられていれば、なんとなく誰かの異図を感じるが、そういったものはまったく感じられない。スーパーにしても神社にしても、
「昔からそうでしたよ。」
とでも言わんばかりにそれを置いており、衝撃を受けているのは僕ばかりのように思える。

事実は小説より奇なりとはいうが、この件に関してはまったくもって謎が多い。
誰か知っている人がいたら教えてください。

とにかく悩んでいてもしょうがないので、お屠蘇を一杯いただいてみた。
小児用の風邪薬のような甘さと漢方のようなお腹に染みる香り。
確かにお酒というよりは優しいお薬といった感じである。
しかしもちろんアルコールは入っているから、寒風吹きすさぶ中、身体の芯がジワジワと暖まってくる。ん、おいしい。

立ち飲み屋のように思わずお代わりしたくなったが、これもまた厳かなる儀式なのだ。目が据わるほど飲んでいたのでは日本の神様に申し訳がたたない。

後ろ髪ひかれるような気持ちで紙コップをゴミ袋に捨て、おみくじを引きにいく。

100円を支払って引いたおみくじは「末吉」であった。

「冬ながら空より花のちりくるは
雲のあなたは春にやあるらん」

おみくじにはそう書いてあった。
末吉というのがどこらへんの吉なのか知らないが、なんだか近いうちにいいことがありそうないい文章だ。僕は大中小の吉はもちろん「半吉」というのも引いたことがあるので、ここら辺で吉関係は全部網羅したんじゃないだろうか。
なんにしても厄年が過ぎ去ったのが嬉しい。
20代の頃は厄年とかまったく気にしていなかったが、昨年はゾンビになったりもしたので、後厄が過ぎ去った今年はすでに、末吉であったとしてもさわやかな幸運が待っているような気しかしないのである(笑)

おうちに返って雑煮を作った。
実家広島のお雑煮は醤油仕立てなのだが、以前みきっちんで使った赤みそが残っていたので、赤みそ仕立ての雑煮を作ってみた。
全国各地で雑煮の様式は違うようで、よく地方同士で結婚をしたのはよかったものの雑煮の味付けで揉めるという話を聞くが、僕はそのようなこだわりはない。うまければそれで問題ないのである。

赤みそ仕立ての雑煮は甘みが優しく人なつこいとてもいいお味だった。
しかし、醤油仕立ての雑煮じゃないとやはり正月が来たような気がしないな。
つまりはそれがこだわりというやつなのか(笑)

正月からいろいろと考えあぐねる日ではあったが、空に浮かぶ雲と時間はあくまでもゆっくりと流れるのであった。

今年もよろしくお願いします。

2015年12月31日

さて、2015年も今日で終わりです。
今年もいろんな人にたくさんお世話になりました。
ありがとうございました。

それではよいお年を。
IMG_8076

2015年12月30日

新年も近いので買い物でもするかとスーパーに立ち寄った。
例年に違わずこの時期はすべての食材が高騰する。
昔のお正月はスーパーなどが軒並みしばらく休みになったので、すくなくとも正月三ヶ日分の食料を買い蓄えておかなければならなかったが、今は新年2日から営業しているところが多いし、コンビニに行けば元日からファミチキも買えるので別に慌てることはない。

必要なものだけを買って帰る。今すぐに必要ないものを買うとこの時期は全部高いからとにかく我慢することが肝要なのである。

というわけで年越し蕎麦などを物色し、それに乗せる具などを見ていた。
そしたら、お正月の特設コーナーにとあるものをみつけた。

「お屠蘇セット」

それはお茶漬けセットのような形で透明の袋に入って売られていた。
近くに寄って見てみると、本当にお茶漬けのように何か渇いた葉っぱが入っている。
なんだこれは?!
裏返して説明書きを読んでみる。
それによると「お屠蘇」とは元来「屠蘇散」と呼ばれる数種類の生薬を配合した薬酒のようなものらしいのだ。

「えー!!」と僕は驚きを隠せない。
随分昔、お屠蘇とは一体なんなのだろうかと疑問に思ったことがある。
立井家のお正月では朱塗りの杯に日本酒を注いでそれを朝雑煮を食べる前に家族一同ですっといただく。
つまりこの朱塗りの杯でお酒をいただくというのがお屠蘇の意味であり、未成年でも少しだけならお酒を飲んでもいい日なのだというのが、僕のお屠蘇における見解であった。
早い話がヤクザが契りを交わす時の杯と同じような感じで、今年一年びしっと行こうぜといった感じで家族で少量の酒をいただくというのがお屠蘇の礼儀だと思っていた。

しかしこの「お屠蘇セット」を見るとただそれだけではないようだ。
元々は中国の医者が風邪をひかない丈夫な身体を作るために作ったものなのだそうだ。
それを一年の始まりに飲むという習慣が日本にも伝わって来たということ。

ちなみに袋に入っている生薬(ハーブ)は以下の通り。
白朮、山椒、桔梗、肉桂、防風、陳皮など。
これを日本酒と本味醂を合わせたものに漬け込み作るらしい。

僕はもうかれこれ40回以上正月を迎えていることになるが、そんな風習はこれまでついぞ知らなかった。
このような「お屠蘇セット」なるものも今回初めて目にしたのである。
なんだか今までずっと誰かに隠し事をされていたような、騙されていたような変な気持ちになる。
「お屠蘇セット」は100円だったので買ってみてもよかったが、
「今日は必要なものだけを買いに来たのであるからして、これは必要のないものなのである。」
と少々いじけた気持ちで持論を展開し、セットの袋は棚に戻した。

なんだかわからないが、悔しいような気分でスーパーを後にする。
40回以上もお正月を迎えているのに「お屠蘇」の味を知らないなんてな。
どうして今までそういうものにまったく出会わなかったのか不思議でしょうがない。

世の中にはまだまだ僕の知らないことがたくさんあるってことか。


2015年12月29日

2015年が終わろうとしている。
TVのニュースなんかでは今年の10大ニュースなどをやっているが、はて今年の1月に自分が何をやっていたかしらと考えても全然覚えていなかったりする。ましてや世間の10大ニュースなんてほとんど覚えていない。
そういう時にこの日記を読み返せばある程度雰囲気はわかるのかもね。
読み返す時には結構な気合いが必要ですが(苦笑)

今年も多くの音楽を聴いて来たし演奏してきた。
どんなジャンルにおいても同じことが言えると思うが、ひとつの物事を掘り下げていくといろんな側面が見えてくる。ひとつの音符やひとつの小節をとっても、作った人の思い入れやどのような世界を表現したかったかなど、思いをめぐらせながら聴いているといろんな顔や風景が浮かんで来て、僕の知らない世界を知ることになる。
それはとてもおもしろいことだ。
その曲の中身をどれだけ理解できるかというのが演奏する時の鍵になる。
それについては今度またゆっくり語ってみたいと思う。

そして今年一番心に響いた楽曲といえばミムラスの「ピアノ」という曲だろう。
ミディアムテンポの優しいナンバーで、ソウルフルな世界観に満ち満ちている。
歌詞はミムラスのおばあちゃんのことを歌っているらしいが、そのいつまでも寄り添っていたいというような感情はある種恋愛にも置き換えて考えることができるような気がして、サビの部分を聴いているといつもぐっと来てしまう。

江川君などはものすごい数のレコードやCDを聴いていて、この時期になると「エガワヒロシの年間トップ10」みたいなのをブログに載せたりしているが、元来僕はそれほど多くの音楽を聴く方ではない。
それは僕の映画の見方に似ていて、聴く時は集中してドバッと聴くが、聴かない時は本当に聴かない。
あまり根をつめて聴いていると耳が研究体質になって来て楽しくないのである。

「このコード進行に対してメロディーがこう来るわけか。なるほど、ここがマイナーに落ち着くべきところでメジャーに移調するから次への展開が面白くなるわけだな。」

とか考えながら聴いていると、まあ面白いことは面白いのだが結構疲れる。
だからそういう時は聴いていても頭を動かす必要がさほどないクラシックやジャズを聴いていることが多い。(そちらを本当に研究し始めると頭がちぎれてしまうかもしれない)

というわけなので僕にとってトップ10などは特にないが、おそらく群を抜いてよかったのはミムラスの楽曲だということだ。興味がある人は是非聴いてみてください。

そういうわけでミムラスの「ピアノ」が独走態勢で今年を終えると思っていたら、先日とある楽曲に出会った。

「Stina Nordenstam」という歌手の「Soon After Christmas」という曲。
この曲が抜群にいい。
女性が柔らかい声で静かに歌い始め、まるで枕元で猫が囁いているような感じなのだが、最終的には僕を大きな世界へと導き、安寧の世界へと誘う。
ビョークのような強さやしたたかさはなく、ダイアナロスのように大きな母性で包み込むような寛大さがあるわけではない。彼女たちの音楽が例えば完璧なものだとすればStina Nordenstamの曲はもっと脆弱で危うい。
しかしその言葉足らずな感じが僕の感情を揺さぶり、涙を呼ぶ。

消えてしまうかもしれない炎に手をかざし大事に守っている。風が吹くたびに炎は大きく揺れる。次の瞬間それは消えてしまうかもしれない。小さな手では守りきれないかもしれない。
だけど、それが精一杯のことなのだと彼女は歌う。実際に歌の内容はわかりませんが、なんだか危ういからこそ優しくあり、切実であることがひしひしと伝わってくるのである。

年の最後にサプライズな番狂わせが起きた。
こうなると彼女の楽曲が今年のナンバー1ということになりそうだが、ミムラスの「ピアノ」は今年の半ばから不動の1位をキープし続けていたわけだから、ここは2曲同時にミキコン(ミキヤコンフィデンスです)トップ1として記憶に刻もうと思う。

来年はもう少し聴いている音楽のことを書こうかなと思います。




2015年12月28日

先日仲のよい友人が誕生日を迎えたのでおめでとうとメールを送った。
彼女とは20数年来の付き合いで、かつては一緒に暮らしたこともある。
しばらく暮らした後、いつしかふたり、別々に生きていこうという話になり、僕らは離ればなれになった。
しかしお互いに嫌いになったというわけではない。
話はむしろ逆だった。
我々は仲がよすぎたのだ。それで明日が見えなくなった。
だから僕らは別れることを決意し、選択した。

それで僕らは頻繁に会うことはなくなったが、年に何度かメールを交わすことがあった。
正月と互いの誕生日の日など。
それはとてもそっけないメールだった。内容にあたたかみや好意のようなものは一切なかった。
何かの手続きが必要な時などにたまに会うこともあったが、我々は実に慎重に会話を交わし、お互いのパーソナリティを損なわないよう気を使い合った。

なにしろ仲がよすぎるのだ。少し接触するだけですぐに気持ちが同調してしまう。
気分がよくなる。
会って話をしていると彼女もまた同じ気持ちであることがなんとなくわかった。

多分僕らは精神的にお互いを必要としていた。
目には見えないふたりをつなぐ何かが確かにあることを僕らはわかっていたし、こうして別々の人生を歩んでいくことを選んだ後でもそれはまちがいなく存在していた。
うまくやれば、今すぐその何かを取り出してふたりの手のひらに乗せることもできたのかもしれないし、そうすることはとても楽なことではあるが、過ぎた時間を巻き戻すことはできない。結局のところ物語はすでに終わっているのだ。

だから僕らはそのことには触れないままに、
「また会おう」
といって、手を振って別れた。

元来彼女は几帳面な性格だから、メールを打てばすぐに返信が来る。
しかし今回誕生日のメールを打って、1週間たっても返信がなかった。
少し気にはなったが、
「まあ、忙しいのだろう。」
と思い、僕もそんなに気にしないでいた。

そしたら昨日、彼女からメールが来た。

「返信が遅くなってごめんなさい。あなたからメールをもらっていたということを忘れてしまっていたようです。今私は癌に冒されています。病院に入院していて強い薬を飲んでいるので、記憶が曖昧になるのです。年が明けたら大きい手術をします。癌の他にもいろいろと病気が併発しているので、まずはそちらを治して手術に耐えられる体力をつけてから臨むつもりです。メールありがとう。嬉しかったよ。」

文章を読んで愕然としてしまった。
彼女は僕より年上ではあるが、むろんまだまだ若い。
一体どういう過程を経てそのような重い病気に至ったのかについては文章に書かれていなかった。
ましてや彼女は現在、医療関係の仕事に就いているのだ。なぜ自分の病気に気づかなかったのだ?
返事のメールを打ってみたが、返ってはこなかった。

彼女のメールを何度か読む。
おそらく抗がん剤のようなものを投与しているのだろう。記憶が曖昧になるというのはそれでなのかもしれない。
しかし、年が明けてから手術をするとある。
現代の医療は人をそんなに簡単には殺さない。
若いと病気の進行は早いというが、逆に言えば復調するのも早いだろう。
彼女は文章がとても上手なのだが、多少内容を重くしがちな傾向がある。
実際に会って話してみたら、全然深刻でもなかったということは今までに結構ある。

できれば楽観的に考えたいが、いずれにしても憶測で何かを言うことはできず、僕はただ彼女にメールを打ち続けるしかない。

心がざわつく。
心がざわついている。


2015年12月27日

年末も押し迫ってきて今日は今年最後のライブである。
「沖野俊太郎&The F-A-R-s」
今年もまたいろんなバンドに携わってきたが、沖野さんと一緒に音を奏でられたことはひとつの大きな糧になったと感じている。随分昔から僕は「大人の音楽」というのをやりたいと思っていて、それが一体具体的に何を指すのかよくわからないのだが、ただ、青春音楽をやるつもりは全然なくてむしろそういうのはなくてもいいと思っている。
音楽をやる以上健全な肉体を十全に使って演奏しなければならないので、ある程度の「若さ」というのは必要なのかもしれないが、しかし僕が表現したい音楽の種類というのは「保健体育」とは少々違うのだ。

そういう意味では、沖野さんの楽曲は実にケミカルで内省的で新たな発見に満ちており、カラフルでありながら、画面のどこかはモノクロームな色合いに落ち着いている。
人は沖野さんのことをUKミュージック番長のようにいうが(笑)僕はそれもありながら昭和の日本の音楽のとてもいいエッセンスを吸収した人なんだなという印象も持つ。
サイケデリックなイメージが先行する中(それは沖野さん本人も打ち出したいひとつのイメージだ)しかしメロディアスな楽曲の構造美たるや他の追随を許さない。僕はそんな沖野さんのイメージの形を具現化するお手伝いをほんの少しだけすることができた。おこがましいかもしれないが、少しだけ誇りに思ってもいいかと思う。

本日のライブ会場は渋谷HMV。
渋谷HMVってかつては死ぬほど通っていたが、ネット全盛の時代が来てからというものCDをほとんど買わなくなってしまい、今やHMVがどこにあるのかもわからない。
ネットで調べて新しくできたばかりのHMVを目指す。

新しいHMVはタワーレコードのちょっと手前にあった。
大きなビルでかつては別のお店が入っていたのだろうけれど、僕はその前を何度となく往来したはずだが、中に入ったことはなかった。多分僕にとっては無用のビルだったのだろう。

フロアはとても小綺麗でしゃれている。
レコード屋さんというよりは巨大な雑貨屋さんといった感じだ。
実際CDの類いは売れているものしか置いていない。
この日は松田聖子のベストアルバムが発売されたばかりのようで、広いスペースに山積みで売られていた。
なんだか山のようなCDの棚の中からお目当てのものをゴリゴリ探していたころとは様相が違うようだ。

IMG_8050イベントスペースがあって今日はそこで演奏する。
いわゆる店頭ライブというやつです。
始まりが夕方からなので、メンバーわりと早めに集まり挨拶を交わす。
お店のスタッフさんにも挨拶。僕ら出演者だからね。うろうろしてても変な目で見ないでよね。

そして今日のドラムはなんとV-Drumである。
いわゆる電子ドラムというやつ。
最近の電子ドラムは技術が非常に進歩しているから、実際叩いてみてもそれほど遜色がない。
いや、実際生ドラムとはまったく違うものなのだが、現代の音楽は打ち込みの音源も多く存在するから聴いている人からしたら違和感はほとんどないだろう。違和感があるとすればそれはおそらく演奏する僕の意識の方である。

IMG_8046普通生のドラムは叩けばそこから音が出てくる。つまりスネアドラムを叩けばスネアドラムが「パン!」と鳴る。当たり前の話だ。
しかし電子ドラムの場合はスネアドラムを叩くとスピーカーから「パン!」と音がする。
要するにそのスピーカーから出た音を自分が叩いた音だと認識するのに若干の時間がかかるのである。
慣れればなんということもないのだが。

そして電子ドラムはもちろん電気で発音する楽器なのですべてミキサーにコードをつなぐ必要がある。これはある程度忍耐力を必要とする作業なのである。何本も伸びるコードが一体どこに繋がっているのか把握していないと、スネアドラムを「パン!」と叩いたつもりがバスドラムのチャンネルに繋がっていて「ドン!」と鳴る可能性があるので気をつけなければならない。
まあ、その辺はかつて楽器屋で何度も結線したことのある僕は迷ったりまどったりすることないのだけれど。

IMG_8054沖野チームのスタッフが来てステージの音響を作っていく。
しかし、これがなかなか難行してスピーカーから音が出ない。
電子ドラムが云々という話ではなく、マイクの音からして出ないのだ。
リハーサルの時間は刻一刻と迫るが一向に音が出る兆しはない。
メンバーは焦りを募らせ、音が出ない原因を探っているがなかなか突き止めることができない。
徐々に苛立つメンバーとスタッフ。
心にはゆとりを持ちたいものだが、焦りが募ると口調や表情が少々攻撃的になるのもやむを得ないのか。
まあ、落ち着いてやりましょう。

なんとか音が出た頃にはお客さんもちらほらと集まり始めた。
リハーサルはほどほどにして、楽屋へと引っ込むメンバーたち。
とりあえず本番音が出ないという危機は回避された(笑)

そしてあっという間に本番。
先ほどまでの焦燥感はどこへやら。メンバーみんな優雅に演奏を繰り広げる。
僕はヘッドホンをして電子ドラムのあらかじめ調整されたサウンドを聴きながら楽曲を展開する。
(沖野さんはコントロールされた電子ドラムのサウンドを結構気に入ったようだ。是非僕にひとつ買ってください(笑))
沖野さんのたゆたう歌声。それは昼間に浮かぶ月のようにある意味危うく、それでいてしっかりとした質量と存在感を持って会場を満たしていた。

歌が持つ説得力。
人が自らの身体を酷使して誰かに何かを伝えようとする時、声や音や言葉を結晶化しなくては伝わらない。
それは太古から続く音楽の先人たちが切磋琢磨しながら磨いて来た歴史。
沖野さんは確かにその道の途上にいる。
磨かれた音楽と歌に大人の魅力を感じる。

IMG_8052ライブは終わり、ちょっとしたトークタイムがあった。
僕は沖野さんの隣に座り、レコーディングのちょっとしたエピソードを語らせてもらった。
それもまた電子ドラムを叩くのと同じようにちょっとした新鮮な経験でとても楽しかった。

日が暮れる前にライブは終わり、忘年会のようにしてメンバーで打ち上げをした。
これで僕の今年のライブは全部終わり。
最後に電子ドラムを叩くという少々変わったフィナーレではあったが、それはそれでなかなか刺激的な経験だったし、実際あの場所で生ドラムをどっかり叩いていたら松田聖子のCDの山は激しく崩壊していただろう(笑)

最後によい酒が飲めてよかった。
沖野さん、F-A-Rsの皆さん、来年もよろしくお願いします。






2015年12月26日

さて、今日はミキッチンの日です。
午前中から買い出しに出かけ、大量の食材を持ち帰り、これからいなり寿司を作るのです。
IMG_8032まずはお稲荷さんを煮るところから。
これはすでに煮てあるやつを売っていてそちらなら簡単だなぁと思ったが、それではミキッチンのオリジナルではないじゃないかということで、最初から作ることにした。やはり自分で作ったと大きい声でいうためには多少の苦労は必要です。
米を大量に炊いて酢飯を作る。生姜焼き用に漬け込んでおいた豚肉(カナダ産でした)もどんどん焼く。焼いた肉は米に混ぜ込むためにシュレッド状にしておきます。
IMG_8036







ここでなんとなく材料が揃ったので、ひとつだけ作ってみた。
IMG_8040








むう、、、かわいい。
なんというか、いなりってとても愛おしい形をしているのだなぁ。
一口サイズの小さなそれは軽くつまむのにもってこいだ。
味見してみる。
なるほど、普通のいなりよりもかなり甘さが控えめだ。酢飯が強いので肉の存在を感じにくいので少し味付けに修正を加える。

IMG_8037さて、油揚げの中にどんどん肉入り酢飯を詰め、専用のパックにパッケージングしていく。
「家内制手工業」。こういう作業をしていると、なぜかいつも僕はそうつぶやいてしまう。マニファクチャーってなんだっけね。

できたいなり寿司を大きなカバンに積め、高円寺HIGHへと向かう。
到着したらすでにフードチームはみな揃っていた。僕は鍋とか釜とかを設営する手間がないのでゆったりとやって来たのである。

「ほう、今日はいなり寿司ですか。」
と猫の手食堂のタカ君(彼はSjueのドラマーである)はいう。
「今日もミキヤの味チェックといこうかな。」
とクライフユウスケ君はいつもの通り最初のお客さんになってくれた。

しかし味見をして開口一番、
「みきや!このいなり全然甘くない!全然甘くないいなりなんていなりじゃない!」
と絶叫されていた。
ユウスケ君はしこたま甘いいなり寿司が大好きなのだそうだ。
ビールに合わせてすっきりとした味に調整したことを告げてみるが、どうにも納得していない様子。
一応ね甘み要員として赤出しのみそ汁も持って来たから。それとセットでね。

「みきやさん、いなりの名前はどうするんですか?ポップ書かないとね。」
とタカ君がいう。
そうだった。商品名と値段を書いておかないと売れるものも売れなくなってしまう。どうしようかな。
そこではたと思い浮かんだ。

「最近さ、俺のフレンチとか俺のイタリアンとか「俺の」シリーズが流行っているじゃん?だからあやかって「俺のいなり」ってのはどうかな?」

僕がまじめくさってそういうと、その場にいた全員の失笑をかった(苦笑)

「あほか、みきや!」
「あーでもいいんじゃないですか?それにしましょうよ。女子は絶対買わないと思うけど。」
「じゃあ次はあれだよね。俺のソーセージを作ってくればいいよね。」

なんか失笑したわりにはみんな小学生みたいなネタでイヒヒと笑っている。まったく男っていやあねぇ、といっても発案したのは僕だった(苦笑)

IMG_8045とにかく女子に売れないと話にならないので「俺のいなり」はお蔵入りにして、普通に「豚肉入りいなり寿司」として売り出すことにした。

というわけで、ミキッチンスタート。
始まってそうそう、ミムラスが現れた。元々今日はお手伝いできないといっていたのだが、うまく都合がついたらしい。
そして純粋に手伝いに来てくれたのかと思ったら、ちゃんとスイーツを作って持って来ていた。商売しに来たのか。あいかわらずたくましいのである。

いなり寿司は見た目がかわいかったことが効を奏したのか比較的早い段階からポンポンと売れていった。
これはなかなか調子がいいぞとほくそ笑む僕。
僕としてはいくらでも儲けたいという欲はあまりなくて、とにかく皆さんに満足してほしいということと、できれば早く売り切ってしまいたいということ。
しかしライブも中盤を過ぎたころ、後数個というところでぴたりと売れ行きが止まってしまった。
多分ロシアンルーレットのように最後の1個を取るのを遠慮しているのだと思われる。
まあ僕としてはすでに材料費分は儲けているので、ビールでも飲んでゆっくりしている。

結局そのままライブは終了。
打ち上げへと流れ込む。
ミュージシャンたちは本日の演奏を讃え合い酒を飲み交わすが、フードチームはここからも勝負が続く。
打ち上げメンバーたちのお腹を満たすべく最後の商戦が始まるのだ。
食うものも食わずライブに邁進していたメンバーたちはお腹を空かせている。だから、打ち上げ中も商品はどんどん売れる。
しかし乾杯が済んでしばらくすると話に夢中になるせいか、動きがぐっと少なくなる。
そんなときはこちらから各テーブルに出向いていって宣伝をするのである。

だけど僕はそういうのが苦手だ。自分から「おいしいから是非買ってよ」といえない。ミムラスなどから言わせれば「一体なにがはずかしいのだ?」と意味不明らしいのだが、僕としては求められてこそ提供する価値があると思っているので(要するに面倒くさい性格なのだ)自分から派手にアッピールすることができないのだ。

みんなに「いっておいでよー」と勧められるが、僕はビールを飲みながらかたくなにそれを拒んでいた。
そしたらみかねたタカ君が、
「じゃあ俺行ってきてあげますよ。」
といっていなりをトレイに乗せ、飄々と会場を回る。
「俺のいなりいかがですかー!あ、これ本当は「俺のいなり」っていう商品名なんですよ。えへへ。」
出演していた女子たちにキャーキャー言われながら「俺のいなり」を売ってくれるタカ君。
タカ君ありがとう。なんか楽しそうね。

かくして「俺のいなり」は完売した。

フードチームの面々から次回作は「俺のソーセージ」を期待されているようだが、多分作らないだろうな(笑)