2005年10月20日

幸せとも不幸せともいえないようなよくわからない灰色の夢を見続けて、はっと目覚めれば全身汗だくだった。ムクリと起き出してベッドに腰掛けてみると、なんだか服を着たまま水から上がって、プールサイドに腰掛けているような気分だ。風邪なんかひくとまったく朝からひどい目にあう。昔から馬鹿は風邪をひかないというけれど、現代では体調管理ができない方が馬鹿ということになるんだろう。
と、憮然としながら着替えていてふと気づいた。
頭痛なし。体軽い。治ってる。
鼻水と咳はすこし出るものの、気分はすこぶるノーマルである。「なんだよ俺、体調管理できてんじゃん。」と鼻をかみながら意気揚々。

プレクトラムのライブ。今回はアッキーが考え抜いた超ハッピーな曲順で頭から最高のテンション。息もつかせぬ展開にお客さんは超興奮しているのだが、僕は文字どおり息がつけないので死にそうだった。風邪は治った。気分はばっちり。でも鼻が詰まるので息ができないのだ。口でアップアップしてもドラムを叩いているのだから呼吸が追いつかない。もちろん傍らにはティッシュをハコごとセッティングしているのだが、ステージの上、お客さんが見ている前で「ちーん」てできる度胸はなかった。
最高の楽曲をまるで溺れるように演奏して今日のライブが終わる。もちろんプレクトラムは絶好調で、メンバーはイルカのように水面上を跳ね回っていたのだが。僕はスルメのようだった。

2005年10月19日


流行っているとは知らず、独自のルートから風邪を仕入れたようだ。昨日までは何でもなかったのに(とはいえ、やはり夜中は寒いと思っていたな)朝目覚めたら、声は出ない代わりに鼻水がだらだらと出るし、頭はぼんやりするし、ベッドから起き上がってひとしきり立ち尽くして、「これはあれだ、風邪だ。」と声にならない声で自分にいってみたけど、だからといってどうなるわけでもない。
とりあえずバイトに行かなきゃならないから、シャワーを浴びて、いざ出陣。今日はリハもあるから、機材を持っているので朝から大変である。外に出てみると、もう暑いんだか寒いんだかわけがわからない。体の表面は火照っていて汗をじっとりとかくほどなのだが、芯の方では凍えるくらい寒くて震えている。額に汗しながら鳥肌たてて電車に乗る。
薬屋に行って風邪薬とマスクとティッシュとフィニッシュコーワと鼻の薬を購入。明日はライブ、何はともあれ今日中に治すしかない。

宙を舞うような気持ちでバイトお客さんが来なくて暇なのだがその分いろいろ普段できないこともあるよねっていいながら動物園のシロクマみたいにうろうろとその辺をほっつき歩いているたまにお客さんが来て接客してみても鼻づまりでなおかつマスクしてるから聞こえないらしく、「え?」って13回くらいいわれていわれるたびにもう一度言い直してそのうち鼻水がたれてくるので陰に隠れてちーんとやる。ちっとも売れない。 

それでもそれなりにこなしてバイト終了。プレクトラムのリハへ。ド頭の一曲目から恐ろしいほどの汗をかいて、でもその汗はさらさらの気持ちのいい汗だった。リハが終わったときは紺色のTシャツが胸まで真っ黒であった。そして僕の体はすこぶる楽になっていた。「健全なバンドには健全な魂が宿る」とはよくいったものだ。

さて、これから僕がするべきことは、日記なんかつけてないで早く寝ることです。明日はプレクトラムライブ。がんばろ。

2005年10月17日

気怠い雨が降り続く。バイト先は暇で退屈でやるせがない。渋谷の空はネオンや電光掲示板の灯りが混じりあって紫色。21世紀は始まったばかりなのに、こういう風景を見ると「世紀末」って思ってしまう。次にその言葉を使うのは90年後か。自分が生きてない世界。どんなんだろうね。でもそのうちいろいろあって体の80%がマシンになって生きてたりして。暇だからばかばかしい妄想。

夜になったのでそそくさとタイムカードを押してプレクトラムのリハへ。

音って目に見えないから幽霊といっしょで。目に見えないものが見えてくるから音楽って楽しくて、しんどくて、素晴らしくて怖いんだろうけど、プレのリハで経験するのはいつでも新次元。
頭が先に行くので聞こえるはずのない音が聞こえる。例えば女の人がコーラスをとっていたり、民族的な打楽器が聞こえたり、ストリングス、ブラス、本当に4人で奏でているのかこのバンドはって感じ。
世の中いっぱいいいバンドがいて、その片棒をたまに担がせてもらったりするけど、プレクトラムという巣に戻ってきたら、ここにいれてよかったと思います。

2005年10月14日

10月10日。せっかくの自分の誕生日だからと思い、鼻あたりまでのびていた前髪を切った。切り方なんて知らないので乱暴に。適当に。雨は降っていたが、世界は明るくなった。
10月11日。ルーシーのリハ。盛り上がってドラムを叩いていると、切った前髪が揺れるたび僕の左目を攻撃する。ついでに汗も手伝って、目を開けていられないほど、痛くなってきた。帽子、バンダナ、タオル、手ぬぐいの類いを持っていなかったので、楽器屋の袋をかぶって演奏を続行する(滑稽)。帰って鏡を見てみたら、ウサギが心配してくれそうなくらい真っ赤になった目。どこに黒目があるのかわからない。
10月12日。更に髪を切る。バイトもあるし面倒くさいので、鏡も見ずに、むしるように。歯磨きの際、鏡を覗き込んだら、昨日ほどは真っ赤でないが、赤いスジはいくつかはしっている。血管。眼球って血管はしってるのか?じゃあなんで普段白いんだ?
10月13日。更に髪を切る。なんだか目の中にずっと髪が入ってるような気がする。それは気のせいでおそらく眼球に傷がついてるのだろうと、素人の僕でも冷静に考えればわかるのだが、なんだかむしゃくしゃする。この際不細工でもかまわん。絶対目に入らない位置まで髪をちぎる。
10月14日。天気は晴れ。渋谷の街はスモッグに汚れて、今にも神様が降臨しそうなロマンチックな淡い青空だ。右目で街を眺める。首都高で行き交う車のエンジン音が通奏低音のように静かに横たわり、音にならない空気的なノイズ、人々の踵が踏みならす靴の音、救急車のサイレン、どこかから聞こえる悲鳴のような声、からすの羽ばたき、がまるで高尚なクラシック音楽のように旋律を奏でている。
試しに傷ついた左目で街を眺めてみた。大丈夫、視界は良好。かつて一度失明したことのある僕にとってはこれくらいのボヤケは特に問題にならない。
だけど不思議なことに街の音は聞こえなくて、体の中にテクノみたいな一定のリズムが流れた。「ボーン・スリッピー」

明日はルーシーのライブで、その前に病院にでも行こうかと思ったがやめた。
このままでも案外面白そうだ。痛いけどね。

2005年10月10日

10月10日AM0:00ジャストにメールが届く。
「誕生日おめでとう。一番乗りかな。」
僕はメールを見て照れ笑いをしながら、
「もちろんです。」と書いた。
本当は勢い余って、10分前にお祝いメールを送信してしまってくれたオチャメさんもいて、大笑いしてメールを返したのだが(まだ10日になってないよ!!(笑))何にしてもとても嬉しい。
それから眠るまでの間、何件かのお祝いメールが届く。昔から知ってる人、最近知り合った人、東京の人、広島の人。福島の人。大阪の人。おめでとうと簡潔に書いてある人もいれば、いろいろ書いてくれてる人もいて、それぞれにキャラクターがあって面白い。何にしてもとても嬉しい!
目が覚めて、また数件メールが入っている。懐かしい人、昨日あった人。中には今日の広島がどれだけ晴れているかを力説したメールや(東京は雨だったからね)体育の日の素晴らしさを細かく解説したメールなど、おめでとうとひとことも書いていないものもあったが、内容はどうあれ嬉しいもんは嬉しい!!
久しぶりに新宿をぶらぶらして、ウインドウショッピング。楽器はいつも見てるから今日はやめて、ちょっといい靴屋にはいってみたり、ビックカメラとかヨドバシカメラで意味の分からない機械(おじさんだから!)を眺めてみたり、素敵な洋服を見たり、綺麗な食器を見たりした。その間にもポツポツとメールは届く。すごく丁寧な人、底抜けに明るい人、血のつながった人。「おめでとうございました」っていうメールも来て、「まだ終わってないよ過去形にすんなよ」って返したが、なにはともあれ嬉しいもんは嬉しい!!!

みんなが少しでも思っててくれて、電話やメールをくれることがすごく心強く、とても嬉しい。お祝いしてくれた皆さんに本当に素直にありがとうといいたいです。ありがとう。あと、とても覚えやすい日に生んでいただいた両親に感謝です。

ちょっといいとこで食事をして家に帰ったら、BBSにこれまたお祝いの書き込みが。もうこれまた無性に嬉しい!!!!

メロメロです。

2005年10月07日

今年も12月1日の「A.A.A」武道館ライブへの出演が決まりました。毎年恒例とはいえ、オファーの電話がかかってきた時には心ときめきました。こういうのはいつまでたっても慣れないみたいです。その分不安もいっぱい。それも毎年のことなのね。

2005年10月02日

10月に入りました。
今日はキュマバロウのナオちゃんが誕生日ということで、お祝いの会にお呼ばれしました。考えてみれば、彼女たちと飲む時はいつも打ち上げというシチュエーションしかなく、知り合って何年にもなるのに、ナオちゃんの誕生日さえ知らなかった。 

いつもとは違う出会いに相当緊張しました。
着ていく服に悩み、プレゼントに悩みました。鏡を見て笑顔を作ってみては首を傾げ、登場のシュミレーションは何百回と繰り返しました。
いつも思うのですが、僕はこういうのが苦手らしい。誕生日とか結婚式とか、一方的に脇役を演じる場合の主役的立場みたいなものを考えてしまう。要するに一番かっこいい脇役になりたいんだね。自意識過剰です。そしていつも一番かっこ悪くなっちゃう。

ナオちゃんの誕生日会はとても楽しかった。僕が緊張しているのを悟って久美ちゃんがいっぱい話しかけてくれたし、タイジはスーパー酔っぱらいモードに突入していて可愛かったし、サンちゃんの怒濤の方言には圧倒されたし、ナオちゃんはやっぱり美しかった。

バンドで誕生日会なんてスラップ以外ではしたことないけど(当たり前か)なんかいいもんだなって思った。

2005年09月29日

クラブって苦手だ。大音量で音楽を聴くのは好きだけど、人と話がしづらい。踊るんだったら、真剣に踊りたい。何もかもが中途半端で、なにより人が不細工だ。なにがしたいのかわからない。何を美しいと思っているのかわからない。みんな笑ってるけど、なにが楽しいのかわからない。すれ違う時、誰かの体に触れる。汗ばんだ肌気持ち悪い。
ルールがないというルールが楽しいなら、みんなで線路に寝転んでみればいい。電車のグルーブを真摯に受け止められるのかどうか。音楽をなめちゃいけない。

話はかわるけれど、プレクトラムのライブは相当怒濤だったです。
音が暴れていた。僕はちょっと乱暴にやりすぎて反省した。

2005年09月25日

村上春樹の本を読んで、頭と体がダンスした。内容はもちろんのこと物語のテンポがあまりにも心地よすぎて、嬉しすぎて手が震えて困るくらいのものだった。
「人生でそこまで好きになれる人がいるということは、とても幸せなことだね。」
と同居人はいったが、本当にそう思う。
村上春樹。好きだ。
小林正俊、坂本龍一、吉野豪史、大沢奈央子、岡村靖幸、広崎茂雄、三戸華之助、大下兄弟、高田泰介。
好きだなあ。

2005年09月18日

額にびっしりと汗をかいている。僕はそれを周りの人に気取られないよう、さりげなく手の甲で拭う。暑いわけではないのだ。それなのになんだろう。その絵を見ていると、自然に汗がにじみ出てくる。
元々は軽い気持ちでここに立ち寄ったのだ。クンタが銀座で作品を展示しているというので、銀座見物がてら、ちょっとした散歩のつもりでここまで来たのだ。絵は好きだがそれほど何かを深く知っているわけでもないし、シャガールでモディリアーニでロートレックでウォーホルで。所詮そのくらいのものだ。授業では習わないが、少し齧れば誰もが行き着く世界。安い。

安くない。クンタが描いたのは「お花」。文字通りキャンパスには花の絵が描かれている。でも描かれてるのは「お花」だけじゃない。クンタが描く花は必ずしも中央にいない。むしろ構図としては失敗のような位置に本体がある。まるで溺れているような花。顔と腕のバランスががずれてしまったような花弁と葉。それらの曲線は生物のいやらしさ、グロテスクさを否応無しに感じさせる。ど真ん中にある花の絵。すごくリアルに写実的に描かれている。ちゃんとしている。しかし手に触れようとするなら、ゼリーのようにどろりと溶けてしまいそうにあやうい。光があたっている部分はとても淡くやすらかなのに対して、陰の部分は容赦のない選択を強いてくる。一般的な見解で、はやり廃りで物事を判断して安いとかなんとか。くだらないことだ。
ひとつひとつの小さな陰にその虫はひっそりと隠れている。そして密かに小さな卵を何万と産みつけ、その生命が生まれてくるのを我慢強く待っている。自分が産みつけた卵のせいで花が腐っていくことをその虫は知らない。僕はそれを賞賛することもできない。でも否定もできない。ただそれを見つめている。その美しい「お花」とその陰にまつわる想像のストーリーをただ享受する。それ以外に僕になにができるというのだろう。

クンタと絵とか音楽について、数年前に結構熱心に話をしたことがあった。僕は馬鹿で、彼女も馬鹿だから、その話はすごく盛り上がったけど、たいした実りもないように思えたのだが、そういう問題ではなかった。

最後に僕が彼女に聞けなかったのは、彼女が描いた「お花」たちは、一体生きていたのだろうかということ。僕がかいた汗、は陰に蠢く何モノかのプレッシャーによるものなのか、それとも灯りの下で可愛らしく咲いている花が実は…

まあいい。汗が流れるのも当然かと思った。