December 04, 2007

若松孝二監督『実録・連合赤軍』を観る

3日、某筋から若松孝二監督『実録・連合赤軍』の試写会情報が飛び込み、午前中に六本木で観る。
http://wakamatsukoji.org/(『実録・連合赤軍』)

浅間山麓の晴れわたった雪景色を四人の連合赤軍兵士の残党が行軍している。そこに警察のヘリコプターが一機、青空の中から出現し、急降下を始める。カメラはヘリから俯瞰で、隊列を乱し逃げ惑う兵士の姿を捉える。林に紛れようとする彼らの足跡を追って、地上から、ジュラルミンの盾を構えて迫ってくる機動隊を捉える。兵士たちは雪に足を取られながらも、振り返ってライフルをぶっ放し、倒れてはなおも走る緊迫したこの逃走劇を、カメラは併走しながら撮影していく。浅間山荘に到達するまでの、言葉のない、風景と肉体と息遣いと銃声の交錯する数十分であるが、全編でもっとも美しく迫力のあるシーンであった。その前の、吹雪のなかを行軍する兵士の俯瞰映像とともに、忘れがたい。

若松映画のこの空気感! 共産主義者同盟(ブント)内部で赤軍派が孤立化していく大学内のシーン、重信房子が旅立ちを告げる青のバーのシーン、交番襲撃で革命左派兵士が警官に射殺されるシーン、山岳ベースでの息詰まる凄惨なリンチ・シーンなど、どれもズッシリと手応えがあり、迫真的で、演技者の感情はブレなかった。ジム・オルークのギターが痛切に、泣くように迫ってきて、これは見事で繊細な効果を挙げていた。アジトに流れた『天使の恍惚』のテーマは、1972年とこの映画を結ぶ、秘密の暗号として耳に届いた。

連合赤軍という「反革命」について、ここでは多くを書かない。権力化の萌芽は、端緒期において徹底的に潰さなければ、ここまで肥大化、異形化し、命を呑みこむまでの怪物になるということだ。イデオロギーという白痴化の罠よ。恐怖政治の陶酔者たたちよ。恐怖を政治の道具にしはじめると、権力者は麻薬のような快感を得るようだ。あのおもちゃの軍隊で(楯の会と変わりゃしないぜ)、前段階蜂起も糞もあるかい。せいぜいが官邸占拠、人民自滅政府樹立で、おじゃんだったろうが、革命は敗北が想像力の翼を広げると考えるようなところもあるので、自死の思想は疑いなく彼らの中にも胚胎していた。死ねば続くヤツがいると考えたのだ。

若松孝二の『実録・連合赤軍』は、「反革命」の犠牲者を弔うために撮られたと私は考える。ここでは書かないが、最終場面で最年少の兵士が言い放った言葉が、この映画のすべてだ。

革命に命を賭けようとした者たちがいた。何が彼らをくびき殺したか、我々はそれを考え続ける必要がある。「反革命」の怪物を歴史の闇に忘却することなく、その圧殺の手口を、我々は記憶しておく必要があるだろう。

革命は、自死の思想をまぬがれえない。
その死を、人間はどう扱いうるか。
(「死ぬな」から始まる思想はないのか、それはいつも、「死のう」なのか……)

強いものから柔らかいものは、生まれうるか。
柔らかいものから強いものは、生まれうるか。


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★若松孝二レトロスペクティブオールナイト
12月15日(土)24:00〜 テアトル新宿
ライブ:ジム・オルーク、渚ようこ 他
トーク:塩見孝也、植垣康博、平野悠、若松孝二
司会:平岡正明

『実録・連合赤軍』メイキングvol.2
『セックスジャック』(1970)、『われに撃つ用意あり』(1990)

これ、行きます!『セックスジャック』は傑作です!

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★重信房子裁判情報
12月20日が控訴審判決
http://www.geocities.co.jp/setfreemarian/index.html(重信房子さんを支える会)

重信控訴審/ハーグは無罪だ!! 集会
○日時:12月19日 18:30-20:55  
○場所:日本キリスト教会館4階
西早稲田2-3-18(東西線早稲田駅下車)
○参加費:資料代1000円

◆プログラム◆
1.あの時代+「実録・連合赤軍」
メイキングビデオ─若松孝二監督
2.控訴審報告─前田裕司弁護士
3.「ライラのバラード」弾き語り─Panta
4.弁護団/獄中者報告─弁護団など
5.自由と秩序─宮崎繁樹氏
[元明治大学学生部長・総長]
6.「さわさわ」─支える会[関西]
7.ご挨拶/取材活動の事など─重信メイ

※重信房子については、「婦人公論」が前後編に分けて取り上げていますね。後編発売中。


November 09, 2007

民主党・山岡賢次「アイヌ蛮族」発言を撃つ!

これは、問題としたい。
これが、民主主義者の発言か?
このような化石的な遺物を一掃しなければならない。
民主党も崩壊寸前か?

http://mainichi.jp/select/seiji/news/20071101k0000m010106000c.html
民主・山岡氏:「アイヌの血を引く蛮族」と発言

 民主党の山岡賢次国対委員長は31日に国会内であった自民、民主両党の国対委員長会談の冒頭で「(自民の)2人は貴族。こっちらは(民主党は)アイヌの血を引く蛮族です」と発言した。山岡氏は直後の記者会見で撤回したが、民主党は先の参院選で北海道選挙区で無所属で出馬したアイヌ民族出身の多原香里氏を推薦しており、発言は波紋を呼びそうだ。

 山岡氏は記者会見で「差別用語につながる言葉は取り消す。誤解を与えるとすれば申し訳ない」として撤回した。そのうえで「私は(自分が)たくましさとか、生活者中心、そういう土壌から出ていると言っている。その言葉を使うこと自体が差別だ、という認識には賛同しない。アイヌの血を引く者を悪いとは思っていない。口走ったということなら、誇りに思って言っていると解釈してほしい」と釈明した。

 アイヌ民族問題に詳しい榎森進・東北学院大教授(日本史)は「アイヌ民族イコール野蛮な人という前提で発言している。無意識なのだろうがそこが問題だ。責任ある国会議員としての資質を疑う」と話している。【渡辺創】

 ◇北海道ウタリ協会理事長が不快感

 民主党の山岡賢次国対委員長が31日、自らを「アイヌの血を引く蛮族です」と発言した問題について、北海道ウタリ協会の加藤忠理事長は毎日新聞の取材に対し、「(アイヌ民族に関して)知識が何もないのではないか」と不快感を示した。

 加藤理事長は、鳩山由紀夫衆院議員(道9区)が民主党の幹事長を務めていることを挙げ「そのような発言が民主党から出てくるとは信じられない」と憤った。2日に釧路市で同協会の理事会が予定されており、「問題として取り上げることになるだろう」と話した。

 同協会は、国連が9月の総会で「先住民の権利に関する宣言」を採択したのを受け、国にアイヌ民族の具体的権利を明確にするよう求めている最中。今回の発言がそれに悪影響を及ぼすのでは、と危惧(きぐ)する声も出ている。【去石信一】

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【抗議先】

山岡賢次
生年月日 1943/4/25  
前職 作家秘書、著述業
出身(生)地 小山市  
最終学歴 慶大法卒
ホームページ
http://www.yamaokakenji.gr.jp/

● 国会事務所
議員会館 衆議院第一議員会館606号室
電話 03-3508-7176   FAX 03-3502-8855  

● 地元事務所
住所 〒321‐4337 真岡市上高間木3‐10‐18  
電話 0285‐83‐8888





November 08, 2007

橋本克彦氏著『団塊の肖像 われらが戦後精神史』(NHK出版)について

団塊の肖像―われらの戦後精神史 (NHKブックス 1092)


私が今夏、編集参加した橋本克彦氏著『団塊の肖像 われらが戦後精神史』(NHK出版)についてお知らせいたします。NHK出版は、高良勉氏の『ウチナーグチ練習帖』に続く仕事ですが、橋本氏(『線路工手の唄が聞えた』で1984年、大宅壮一ノンフィクション賞受賞)は、私が編集・執筆するパルシステムの雑誌「POCO21」の編集長でもあります。いずれもNHK出版を退社された大石陽次氏の企画ですが、お二人とのご縁でこのような仕事ができたことをたいへん嬉しく思います。私は、本書の註と年表を作成しました。同社の編集担当、大場旦氏にもお世話になりました。この場を借りて三人様に御礼申し上げます。
本書は、痛快無比の団塊本ですから、同世代の方、異世代の方を含め、お読みください。「団塊の世代」は、まさしく戦後昭和史を生ききった世代だと思います。以下は、私なりの紹介文です。

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橋本克彦著『団塊の肖像 われらが戦後精神史』
(NHK出版、1,070円)

「団塊」とは堺屋太一の造語であるが、七六年に誕生した言葉で、それまで彼らは「団塊の世代」ではなかったわけだ。奇妙なことである。言葉が生れると概念が生れる。「団塊」とはマーケティングのための言葉で、それ以上でも以下でもない。ただ無数の個人の体験があるばかりである。本書はそのような無名者たちの、著者がこれまで取材した人々の、響き合う声によって成り立っている。「われら」とは同世代の友人たちへの著者からのエールであろう。
 とりわけておもしろいのは、幼児期の体験についての記述である。キャラメルや干しぶどう、チョコレートの甘みを、彼らはどれだけ官能的に味わったかがよくわかる。また、缶蹴りや押しくらまんじゅうなど、身体をぶつけ合う遊びのなかに、子どもたちは「民主主義」を学んでいったという。人を傷つけてはいけないという掟は、体感的にしか身につかないものだ。底無しの平和のなかで、この世代は何を学んだのだろうか。そして今、「無為は素敵」と著者は述べる。世代から個へと還っていくとき、人はひそかな笑いがこみあげてくるのかもしれない。

November 05, 2007

11.11「土と平和の祭典」@芝公園

『農的幸福論』といえば、故・藤本敏夫が遺した著書なのですが(家の光協会から、加藤登紀子編で出版されている、下参照)、私は充分に藤本の思想を吟味していないながらも、鴨川自然王国に取材で行き、次女のYaeさん(歌手)とお目にかかり、EARTH DAYや高円寺ペンギンハウスでその歌声を聴き、そして彼女が実行委員長を務める「土と平和の祭典」の情報を知るにつけ、父上の意志を継ごうとするこの催しを応援したく思っています。

……「土と平和」を「農的幸福」と読み解くことによって、「大地(地球)」とつながる「安心・安全な暮らし」を実感できるお祭り。……皆様もご興味があれば、ご参加ください。Yaeさんや加藤登紀子さんらが歌うほか、朝崎郁恵さんも出演されるようです。
8時間に及ぶイベントのようですね。美味しいものも、食べられそう。

以下、HPから紹介します。

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11.11「土と平和の祭典」@芝公園
http://www.tanemaki2007.jp/log/eid27.html(土と平和の祭典公式サイト)

ひとりひとりが種まくことで社会は変わる。
今年2月3日節分よりスタートした「種まき大作戦」。その収穫祭として、いよいよ11月11日(日)港区立芝 公園にて「土と平和の祭典」が開催されます。野外ライブは千葉県鴨川で自ら「農」を実践する歌手Yaeがオーガナイズ。特設ソーラーステージで賛同ミュージシャンによるライブや豪華ゲストのトークショーなどが繰り広げられます。また竹テントエリアでは、農家による作物や加工品の販売を通じて、ファーマーズマーケット、トラスト、アグリツーリズム、フェアトレード、フードマイレージなど多様な「農」の可能性を感じる農家市場が出現します。もちろん、こだわりのフード&ドリンクも充実の内容。「土と平和」を「農的幸福」と読み解くことによって、「大地(地球)」とつながる「安心・安全な暮ら し」を、誰もがおいしく楽しく深く実感できるお祭りです。
ぜひ参加ください!!


■ 日時
: 2007年11月11日(日)10:00-18:00
※雨天決行


■ 場所
: 港区立芝公園


■ アクセス
: 都営地下鉄三田線「芝公園駅」徒歩1分
都営地下鉄浅草線・大江戸線「大門駅」徒歩5分
JR山手線「浜松町駅」徒歩10分


野 外 ラ イ ブ 特設ソーラーステージ
(提供:キシムラインダストリー)

種まき大作戦ゆかりのアーティストが登場するフリーライブ!!

■ 出演ミュージシャン

[スペシャルゲスト]
スーザン・オズボーン with 木原健太郎
http://www.susanosborn.com/
http://www.kentarokihara.net/

朝崎郁恵
http://www.asazakiikue.com/

ここん(鼓童)
http://www.kodo.or.jp/

サヨコオトナラ
http://www.alte.com/sayoko/news.html#otonara

加藤登紀子
http://www.tokiko.com/

Yae
http://www.yaenet.com/

■ 参加ゲスト
[スペシャルゲスト]
セヴァン・スズキ(環境活動家)
http://www.sloth.gr.jp/

塩見直紀(半農半X研究所)
http://www.towanoe.jp/xseed/
黒崎輝男(スクリーングパッド)
http://www.schooling-pad.jp/gdesign/
永島敏行(俳優/青空市場主宰)
http://www.aozora-ichiba.co.jp/
中渓宏一(Earth Walker) 
http://ameblo.jp/smile-gahaha


農 家 市 場 & 種 ま き 食 堂 竹テントエリア(提供:トージバ)

農家さんがとれたて野菜を全国から集まり販売すると共に、ニッポンのいまの農がわかる様々な取り組みを紹介します!!
また、種まき食堂では、こだわりのフードが味わえます!!

<農家市場オーガナイザー>
アファス認証センター/大地を守る会/東京朝市実行委員会/トージバ/らでぃっしゅぼーや/ネットワーク農縁/スローウォーターカフェ

<種まき食堂>
麻こころ茶屋/カフェスロー/大地を守る会/トージバ 他数店舗

このイベントは「マイバッグ・マイ食器」持参イベントです。ご協力ください。※会場内での食器は有料となります。

農的幸福論―藤本敏夫からの遺言


October 27, 2007

謝ってるヤツは許したったらええやん

亀田家の息子たちはいつ見ても鼻白む思いだ。猿回しの猿よろしく仕込まれた芸を見せて、ここまで叩かれるんだからそりゃしょげるわな。

兄ちゃん、よくやったんとちゃうか、許したれや。

亀田騒動の元凶は、TBS(菊池伸之・生井桂一)×金平桂一郎×亀田史郎の悪の枢軸だろう。これに乗っかったJBC幹部も同罪だろう(どいつもこいつも謝ってねえじゃねえか!)。ふざけた茶番で金儲けしようとして、大失敗をやらかしたわけだ。

注意しておかねばならないことは、亀父辞任劇で、権力の移動が行われたことだ。今日の会見は、協栄ジムは、亀田兄弟はまだ金になると考え手放さないという宣言だった。亀父を切っておいて、亀兄弟を支配下に置く、金平の目論見はミエミエだが、インチキ・マッチメイクの張本人はこの金平ではなかったか。

追記(10月29日)
一説によれば、金平会長は史郎のマッチメイクを承認していただけだというが、たとえそうだとしても契約者としての協栄ジムの責任は免れないのではないか。
反則問題ばかりがクローズアップされているが、「亀田兄弟の作られ方」に関して、ボクシング業界の一部とTBSは猛省すべきではないか。
ボクシングなど所詮見世物ではないかという意見もあるが、ボクシングで感動したいというファンもいるのである。亀田兄弟と日本シリーズのダルビッシュ投手を比べて、どちらに真剣さと凄みを感じるかということは語るべくもないだろう。
プロフェッショナリズムと真剣勝負はけっして矛盾しないはずである。

TBSは菊池伸之・生井桂一(プロデューサー)の名が出て、仕掛けが徐々に暴露されつつあるが、そのあたりはジャーナリストの白兵戦に任せておいて、俺はただの野次馬を決め込んで亀田報道を眺めている。早起きしてりゃ、会見場に行きたかったがね。

今日の会見で少し潮目が変わるだろうか。
兄弟は何度も、泥を舐めて修羅場をくぐればええ。
ひきこもりも失語症もええんとちゃうか。
そこから這い上がって、なんぼのもんになるかだが、
おのれをただの商品にしたくなかったら、
見えないところ(カメラの回っていないところ)で
どれだけのことをやるかだろう。

俺はボクサーとして、アスリートとして、亀田兄弟をまだ認めちゃいねえ。
あんなマンガみたいな滝行なんて、あるかい!
あいつら、滝行のなんたるかをゼンゼンわかってねえじゃねえか。

史郎はどないするねん。
高田総統からスカウティングがあるらしいが、
やはりプロレスか、Vシネマの悪役か。
ま、西成戻って、頭冷やさんとあかんわ。


亀田史郎:兵庫県姫路市生まれ、大阪府大阪市西成区育ち。
亀田興毅・大毅・和毅:大阪府大阪市西成区天下茶屋出身。
三人とも、大阪市立天下茶屋中学校卒。

天下茶屋小学校
http://www.ocec.jp/school/index.cfm/6,0,34,296,html
教育目標:自ら考え、豊かな心をもつ健康で明るい子どもを育てる。
校訓:まことの心 正しく強く のびのびと

天下茶屋中学校
http://www.ocec.jp/school/index.cfm/7,0,34,431,html
教育目標:1、時間を大切にしよう。2、あいさつをしよう。
校訓:常に健康で 責任を重んじ 礼儀正しく

天下茶屋
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E4%B8%8B%E8%8C%B6%E5%B1%8B

亀田兄弟オフィシャルサイト
http://sports.nifty.com/kameda-bros/

私は、亀田兄弟に「まことの心」が育まれることを願う。

October 21, 2007

テンプル騎士団とマグダラのマリア

……と来れば『ダ・ヴィンチ・コード』であるが、遅まきながら映画を観た。ダン・ブラウンの原作は読んでいない。ベースとなっているのはお馴染みの「聖杯伝説」で、これにテンプル騎士団とマグラダのマリアの逸話を接木して物語はできている。映画の評価はさておき、気になったので少しメモをしておく。

聖杯(ホーリーグレイル)伝説は、もとは聖櫃(アーク)伝説とつながっており、これはモーゼの十戒が刻まれた二枚の石版を納めるために作られたもので、エルサレムのソロモン王の神殿にあった。これが紀元前10世紀〜紀元前6世紀にかけて、いつのまにか消えてしまい、紀元前587年に新バビロニアのネブカドネザルが神殿を焼き払ったときには聖櫃はなかったとされる。これが「失われた聖櫃」伝説であり、旧約聖書最大のミステリーであることはよく知られる。

その後、中世ヨーロッパで、キリストの最後の晩餐に使われた杯やキリストの血を受けた杯を聖杯と呼ぶようになり、他の聖遺物伝説と混ざり合いながら「アーサー王物語」のような聖杯探求の物語が作られていく。従って、聖杯とはどのような形かと問われても、数々の聖遺物伝説が混合しているわけだから、それには答えようがないのである。ただテンプル騎士団とつながっているのは、やはりソロモン王の宮殿に安置されていた聖櫃の伝説であろう。

テンプル騎士団は1118年にエルサレムで創設された騎士修道会で、「テンプル」と名前が付いているのは、ソロモン王の神殿の跡地周辺に騎士団本部があったからである。そのことからテンプル騎士団が「失われた聖櫃」の秘密の情報に通じていたのではないかとも言われている。テンプル騎士団はその後、十字軍遠征で絶大な権力を手に入れ、教皇から広大な領地を得、また十字軍遠征の資金を管理するなど財政面でも巨大権力へと化していく。騎士団はいっぽうで秘密結社の側面をもち、その権力を妬む者たちから異教的な儀式や悪魔(バフォメット)崇拝をしているという噂が流された。ちなみにテンプル騎士団がエルサレムに留まったのは、1187年のエジプト王サラディンによるエルサレム奪回までである。

1303年、財政的に逼迫するフランス王フィリップ四世は、テンプル騎士団の財産に目をつけ、大弾圧に乗り出す。10月13日の金曜の早朝、フランス全土のテンプル騎士団5000人を逮捕し、その多くを拷問死させ、ついにはジャック・ド・モレー総長とジョフロワ・ド・シャルネー・ノルマンディー管区長をセーヌ川のシテ島で火刑に処してしまう。フィリップ四世とも近しい教皇クレメンス5世が騎士団解散の命を発し、ここにテンプル騎士団の存在は地上から消されていく。その後、数世紀を経て、その精神がフリーメーソンとして復活し再組織化されていくのが18世紀ごろと言われる。

ところで、『ダ・ヴィンチ・コード』で驚かされたのは、テンプル騎士団とマグダラのマリアが結びつけられている点である。これには私は首を傾げてしまった。手元にニコラ・ペストの『秘密結社テンプル騎士団』(主婦と生活社)があるが、そのような記述はいっさいない。気になって岡田温司の『マグダラのマリア エロスとアガペーの聖女』(中公新書)を買い求めた。

読み始めて気がついたことは、マグダラのマリアについては各福音書とも記述があるが、もっとも記述が多いのはグノーシス派の影響を受けた外典であるということだ。「マリアの福音書」は文字通りマグダラのマリアに捧げられたもので、マリアとペテロとの間で深刻な対立があったことはよく知られる。

マグダラのマリアを「罪深い女」と同一視した張本人は6世紀の教皇グレゴリウスであるが、12世紀のフランチェスコ修道会では聖女マリアが語られ、悔悛するマリアは宗教画の重要なモチーフになっていく。マリアがイエスとひとしく幻視者・治癒者として特別の能力をもっていたことは「ヨハネの福音書」に詳しいが、そのようなモチーフは『ダ・ヴィンチ・コード』にも忍び込まされている。

しかし、テンプル騎士団とマグダラのマリアを強引に結びつける『ダ・ヴィンチ・コード』は、聖女信仰のフィクションとしては楽しめるけれども、テンプル騎士団にあれほどの女性崇拝があったとは思えない。専門家はどう読み、どう観ただろうか。原始キリスト教や中世の修道会運動の中の聖女信仰については、あらためて考えてみたいテーマである。それはおそらく、霊的婚姻論とも重なっていくようにも思う。

「見よ、私は彼女を(天の王国へ)導くであろう。私が彼女を男性にするために、彼女もまた、あなたがた男たちに似る活ける霊になるために。なぜなら、どの女たちも、彼女らが自分を男性にするならば、天国に入るだろうから」(グノーシス派の「トマスによる福音書」より。「女たちは命に値しない」というペテロの言葉に答えたイエスの言葉)

イエスには「あなたがたが、男と女を一人にして、男を男でないように、女を女(でないよう)にするならば、……そのときあなたがたは(王国に)入るだろう」(「トマスによる福音書」)という言葉もある。イエスがマグダラのマリアと性愛の行為をしたことは疑いを得ないが、そこに(王国に入る)秘儀的な意味を見出そうとする思想が後に生まれたのかもしれない。


October 17, 2007

11.3映画『久高オデッセイ』東京上映会

久高オデッセイ伝説の神事「イザイホー」で知られる沖縄の神の島、久高島のドキュメンタリー『久高オデッセイ』(大重潤一郎監督)の東京上映会が、11月3日、plan B(中野富士見町)であります。1日3回の上映で、各回50席となるようです。予約が必要のようですので、行けそうな方は、配給のオフィスTENまでメールされることを勧めます。
ten@office-ten.net

私は、19時の回に行きます。
15時、19時に寿[kotobuki]のミニライブがあります。
監修が鎌田東二氏、語りが高良勉・高嶺久枝ご夫妻ですね。

以下は、HPから紹介。

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映画『久高オデッセイ』東京上映会のお知らせ

http://www.office-ten.net/kudaka/1103.htm(『久高オデッセイ』東京上映会)
http://www.i10x.com/planb/info/index.html(plan B地図)


11月3日(土)文化の日、沖縄ミニライブもあります!!

11月3日、文化の日。
東京・中野のライブスペース「planB」にて、
久高オデッセイの上映会を開催致します。

PlanBは20年続く、表現者の為の小さな空間です。
かつては、寺山修司やマルセ太郎らがその板の上に立ち
今も超一流の表現者たちが、自由に空間を使いこなしている特別な空間。

また、昼・夜の上映会には、ミニライブがあります。
日本、世界を股にかけ活動する沖縄人気バンド
寿[kotobuki] の、ナビィとナーグシクヨシミツの二人が
三線持って駆けつけてくれますよ〜。
しっとりと、島唄も楽しんでください。

そして、隣の特設会場には、泡盛・ジュースのコーナーも設けました。

沖縄音楽を聴きながらお喋りできる「てーげースペース」で
ゆるゆるした時間をお過ごしてください。 
特設会場『呑み処:てーげースペース』は
12:30〜22:00までオープンいたします。

久高オデッセイをご覧になりたい方、「久高オデッセイ」の自主上映を
考えておられる方など、ぜひお知り合い、お友達お誘いあわせの上
お近くにエリアの完成披露上映会へ是非お越しください。

皆さまのお越しを心よりお待ち申し上げております。


上映会スケジュール 

■日程:11月3日(土)
■場所:ライブスペースplanB (東京・中野)  
    中野区弥生町4-26-20モナーク中野B1

■時間:
【午前の部】 11:00〜12:30(上映のみ) 
【昼の部】 15:00〜17:00(ミニライブあり)
【夜の部】 19:00〜21:00(ミニライブあり)

■料金:
午前の部のみ 前売り1500円  当日1800円 
昼/夜の部   前売り2000円  当日2300円
    
■共催:   オフィスTEN & planB
※各回50名限りとなっておりますので、お早めにお申し込み下さい。
前売りが売りきれとなった場合、当日券は販売いたしませんので、予めご了承下さい。


■お問い合わせ先
オフィスTEN
TEL 03−3828−5070(平日10:00〜18:00)
FAX 03−3828−5090 
メールten@office-ten.net

スタッフ・キャスト
監督…大重潤一郎 

監督補…大重 生/脚本…伊豆 和・宮内勝典/撮影…堀田泰寛/録音…本間喜美雄
編集…大重 生/ 写真…比嘉康雄/音楽…齋藤理詠/助監督…亀田崇史・須藤義人
制作…佐藤朝泰・田中穣・清川紘二/監修…鎌田東二
協力…久高島のみなさん/語り…高良勉・高嶺久枝

2006/日本映画/68分/カラー/ドキュメンタリー作品
助成…文化庁 企業メセナ協議会
製作…NPO法人沖縄映像文化研究所

配給…オフィスTEN

October 16, 2007

亀田家という茶番

亀田家処分報道を大いなる関心を持って見た。

JBCがWBCが禁じている家族がセコンドに立つことをローカルルールとして認めたこと自体が判断ミスである。これは興行というよりはTBSへの配慮ではなかったか。絵にならないからだ。

亀田家が社会を敵に回していたことは確かで、そのヒール人気をメディアが利用していた。見ているだけでムカつくものでも、商品になればいいという考えがマスコミ(特にテレビ)にあるからだ。ゲテモノという商品分野があって、亀田家はそれに類するものではなかったか。亀田家の傍若無人なパフォーマンスを、絵づくりとして煽っていた者がテレビ局にいたのではないか。

亀田家は社会を敵に回すだけでなく、ボクシングを敵に回してしまった。ここが致命症で、モハメド・アリの偉大さとマイク・タイソンの頭の悪さの違いもここにある。ビッグマウスはOK、試合はビシッとしろ、これがボクシングの常識である。大毅選手の試合は、ヒールは強くなければいけないという格闘技の鉄則にもかなわない凡戦であった。

ボクシングを敵に回せば、ボクシングファンは亀田家を敵視する。亀田家はボクシングを知らなすぎた。ヒールそのものを理解していなかった。辣腕マネジャーも辣腕プロデューサーもいなかった。亀田家は社会を甘く見ていたし、それを付け上がらせたのがTBSだろう。JBCは亀田家を毒物と知りつつ利用したが、亀田家がボクシングの敵と知って、さすがに処分せざるを得なくなった。亀田家は興行価値と商品価値を同時に地に落としてしまった。頭が悪いからである。

テレビ局は、すでに商品価値のなくなりつつある亀田家を、世論にノッて叩き始めた。視聴者がムカついているからだ。テレビの潮目は早い。処分後の報道は意外に短い。もう見たくないという世論を意識してのことだろう。まだ使えると判断すれば、オヤジを切り離して、息子たちの再生物語をカメラに収めるだろう。それにスポンサーが金を出すかどうか。

今回の騒動で、いったいどこの誰が反省しているのか。亀田家は使えねえ、ただそれだけの話ではないか。茶番といえば茶番である。しかしテレビが茶番であることなど誰でもが知っている。


追記1
戦後格闘技史をひもとけば、人気を集めたヒールというのは、必ず頭のいい辣腕マネジャーがいたか、ヒール本人が実は頭のいいジェントルマンだったという図式がある。あるいはメディアとの関係でいえば、出すぎたマネをたしなめる怖い大物プロデューサーが必ずいたのである。悪をめぐる物語は二重三重に張りめぐらされていたのである。亀田家騒動は、今の大人社会のうすっぺらさを象徴しているようにも感じた。

追記2
処分後の亀田史郎氏のコメントが文書によってメディアにファクスされたものだと知った。その文面にファンや内藤選手への謝罪の言葉がなかったことは、この人物が社会のルールを知らないということと、ビジネスマンとしてセンスがないことを示している。

October 15, 2007

舞踏新人シリーズ第35弾(第三夜・第四夜)を観て

生活と結びついていない身体表現など何の価値もないと思う。舞踊とは生きることそのものであり、自己の生死を切って捨てるほどの強度がそこになければならない。つまり、舞台表現とは、己の実人生を額縁=劇場に投影させることであると思う。それほどの生き死にが舞台表現の中に凝縮している。そのような潔さがない限り、身体表現とは言えない。生きることに存立していない身体など何の魅力もないからだ。それが血が通っているということでもある。だから私は純粋芸術だの唯美主義だのは認めない。美とは自己存在の結晶化のことである。

私は最近、身体表現の健やかさだけを観る。健やかさがあれば、身体表現は永続していく。また、そのような強度がなければ一回性で終わってしまう。永続性とは実人生の希求でもあるだろう。この一度切りの人生を、どれだけの健やかさにおいて生き切るかということに人生の発露がある。それだけのエネルギーがあれば本望ではないか。

私は、舞踏を身体の回路として見る。人それぞれに身体の回路があるのである。私は身体表現をジャンル化することにそれほどの意味を認めない。だがしかし、舞踏が他の身体表現と違うところは、身体を内観することである。それは自省ということにも通じる。身体の奥底に通じていない舞踏など舞踏とは言えない。それは、身体の静けさへと至る秘儀なのである。この生命存在の神秘へと至る魂の冒険なのである。

身体とはブツに過ぎない。それは器なのである。身体を動かしているエネルギーこそが踊りの本質であり、形は身体のクセにしか過ぎないとさえ考える。あるいは技巧の結果としての形がそこにあるだろう。野口整体で言うところの体壁であるとか、気性であるとか、性格であるとか、歪みであることが形を作るのである。身体の歪みこそがその人の回路であって、私が健やかさと言っているのは、エネルギーの誠実な水路のことでもある。真摯さがなければ舞台表現は成立し得ない。感動とは真裸の存在が見えたということである。お前自身になるということは、身体をブツとして最大限に活かしたということでもある。誰でも赤ん坊が光り輝いているのを感じる。そこに技能はないが、真裸の真実がある。技能とは何かと言えば、自己存在を貫く時間を空間化することである。そこに花としての時間がひらくのである。

さて、テルプシコールの舞踏新人シリーズに触れよう。

13日(土) 染川美帆『初恋〜最終章ちっく〜』
染川の身体はエロティックである。そこに彼女の持ち味がある。それは充分に誇っていい。それは彼女の回路であるからだ。しかし彼女はそのことに対するコンプレックスを持っているようだ。彼女はけっして技巧的に自己のエロティシズムを見せたわけではない。むしろそこには天然のエロさがあった。私が誇るべきと言いたいのは、この彼女の天然性である。私がもっとも印象的だったのは、黒いパンティを腿までずり下げて暗転した瞬間である。ここに最大の謎があった。私は彼女が欲望に通底したいというふしだらさがあると感じた。私は素直に聞いた。あれは何だったの? すると彼女はこう答えた。あれはね、子供の頃、パンティをずり下げて男の子の気を引こうとしたことがあったの。それをやっちゃった。どうしようかと迷ったんだけど、えいってやっちゃた。それだけのことです。ここに彼女の素直さがある。それは私にとって買いであった。染川美帆の魅力はこの天然のエロさである。エロという言葉が嫌いならば、生々しさの魅力と言ってもいい。私が印象に残ったのは、最初に激しくぶっ倒れて、ジタバタと身体を床に擦りつけ、身悶えした長い時間。それと、両手を上下にギッコンバッタンと動かして横歩きをした場面(ここにはひとつのファンタジーがあった)。それから壁際で右足を上げ、壁をこするように股間を開いた場面である。私はここにもっともエロティックな瞬間を観た。パンティをずり下げたところはまったくエロティシズムを感じなかった。それはむしろコケットリーな仕草である。最終場はまったく認めない。暗黒のエロティシズムを演出したかったようであるが、エロティックではなかったし(胸元は汗で輝いていたが)、どこに行きたいのか、まるでわからなかった。ここは不満が残った。黒衣の聖母なり、彷徨える娼婦なり、はっきりしたイメージが必要だったのではないか。ラテン系の志向性とシャンソン系の志向性は彼女の中の欲望とロマンティシズムの同居であるようにも感じた。『初恋〜最終章ちっく〜』は、父性愛との訣別を意味したようだ。だがしかし「ちっく」とことわりを入れているところが彼女のひとつの仕草なのであろう。

※断っておくが、これは「舞台評」ではない。感想をメモとして書いている(以下も同様)

=「エロ子供賞」受賞

14日(日) 根耒裕子『うつし身』
根耒さんは恥ずかしながら初見である。古川あんずさんのところにいらっしゃった方だからそのキャリアは長い。18年ほど踊られているようだ。しかし今回初めて完全なソロ公演をやられたという。彼女は達者なのである。実人生の細やかな水路を丁寧に身体化している。そのような誠実さが彼女の佇まいの中に見える。舞踏のテクニックは持っているけれど、大方の意見の通り、顔が邪魔をしている。歓びや哀しみは身体をして語らせよ。それが無言劇としての舞踏の表現である。彼女の顔は、語りえない言葉や内奥の感情を演劇的な仮面としてかぶっているに過ぎない。それは彼女の想像力の奥行きの中で行われていることだから、身体から生まれてくる顔の表情にはついぞ出会えなかった。唯一、最後の暗転の数十秒、ここに彼女の安らぎの顔があり、素の表情が一瞬だけ覗いた。私はここで不覚にも涙したが、彼女の感情に嘘偽りがないことを感じていただけに、あの作られた仮面はいただけない。そのことを彼女はとことん知ったはずだ。踊りとは、ただ内奥のエネルギーに身を委ねればいいだけのことなのである。そこに技能を積んでいけば柔らかな表情が出てくる。虚実皮膜のあわいを踊ることこそが舞踏の醍醐味であり、軽さと重さ、この両方を使い切れないと、舞台に陰影は現れてこない。私は彼女と亀裂の話をした。女性的な感性は持っているのだが、開いている水路が狭すぎるので、カタルシスがないのである。小さな水路から奔流となって迸るものがなければ感動には至らない。自分を投げ出す瞬間がなければ、舞踏の亀裂は生まれ得ない。そのような身体の出し入れができるようでなければ、ブツとしての身体を扱い得ない。舞踏における第三の眼とは、宙空にもうひとつの眼を置き、器としての身体を充たしていくことの技術である。身体に見えない水を入れていき、一瞬に溢れさせる技術(エロティシズム)がなければ観客は堪能しないのである。

=「怨念踊り賞」受賞


一気に書いたので、言葉が厳密でないところがあるかも知れない。だが、以上がおおよその私の舞踏観・身体表現観である。もうひとつのblog「舞踏&ダンス観察日記」を「身体表現&芸能観察日記」にタイトル変更しました。身体表現批評の枠を広げるためです。
http://nancle.exblog.jp/

なお、「舞踏新人シリーズ」の第一夜、譱戝(ぜんざい)大輔『メタンボカン』、第二夜、牧野弘『フォルム』は見逃しています。

October 14, 2007

ゼロ次元『タントラ儀式物語』『ゼロ次元儀式映画』を観て

ゼロ次元復活の噂はさまざまなところで聞いていた。加藤好弘をオルガナイザーとする前衛芸術集団ゼロ次元は、戦後身体表現史において無視しえない存在だ。私は60年代のゼロ次元を同時代的に知らない。金井勝監督『無人列島』(1969年)や松本俊夫監督『薔薇の葬列』(1969年、ピーター主演)でその存在を映像として観ているが、それは後年のことであり、ゼロ次元を生で体感しているわけではない。だから私にとってはゼロ次元は謎の集団であり、その存在を的確に評することはできない。

10月11日、友人から情報を得て、アップリンクでゼロ次元の映画『タントラ儀式物語』(2007年)、『ゼロ次元儀式映画』(1972年)を観、加藤好弘さんの話を聞くことができた。まずゼロ次元とは何かといえば、「人間の行為を無為(ゼロ)に導く」ことを標榜し、「儀式」と称する全裸パフォーマンスを各地で繰り広げたことで知られる。1970年の大阪万博の際には「万博破壊共闘派」を結成し、高度消費社会(人類の進歩と調和)に絡めとられていく芸術に対し、「反万博」の旗を鮮明に掲げた。加藤は、「近代に対する革命」、あるいは西洋人化する日本人への抵抗として、全裸となることで地下活動を行い、事実として主要メンバーが当時「猥褻物公然陳列罪」で逮捕されている。加藤は「文化テロリスト」と自らを呼び、今も「裸になって近代と戦え!」とアジテーションを続けている(現在、71歳)。

映画は、『タントラ儀式物語』、『ゼロ次元儀式映画』の順番で上映されたが、60年代〜70年代のゼロ次元の活動を記録した後者の方から先に触れよう。この映画は、「仮面首吊り儀式」「超音波作戦」「防毒面全裸歩行儀式」「反万博狂気見本市」「いなばの白うさぎ」など、ゼロ次元のハプニングの映像を二面マルチ画像で見せ、これが永遠と続いていく(秋山祐徳太子、金坂健二らが出演)。裸体の男女が数珠つなぎとなり、片足を交互に上げながら進行していくアクションが印象深いが、私はこれを裸祭りのように見た。あるいは、裸形のジグザグデモのようにも見た。全裸という表現が今よりも衝撃的な効果をもっていたことは注意すべきである。ゼロ次元はこれを60年代末の政治闘争の渦中に、いわば裸の爆弾として都市の只中に炸裂させたのだ。

ゼロ次元は、60年代末のベトナム反戦を軸とする世界的な反帝国主義・反植民地主義闘争のなかに生まれた芸術運動といえる。それは「反近代」の裸体主義であり、加藤に内在するヒッピーイズムやドラッグカルチャー、インド・タントラ密教への接近から導き出された「反西洋」の《アジアンタリズム》がある。

加藤は、平沢剛(映画批評家)との対談でこのように発言している。
「オリエンタリズムとは西洋から見た物珍しさを指すわけですが、僕が《アジアンタリズム》と言うときには、ベトコンのイメージがあります。彼らのように次々と近代を崩すようなアーティストの出現をめざしているし、穴掘ったりしてアングラとも繋がりますから(笑)」(「裸になって近代と戦え!」)

加藤ははっきりと地上権力に対する地下活動として「アングラ」を語っており、それはゼロ次元の復活が、反グローバリズムに対する身体の抵抗であることを示唆してもいる。「反近代」の裸体主義とは、資本の論理に肉体(個人)を従属させていく高度資本主義社会に対する肉体の叛乱として裸体を武器とすることであろうが、裸になればいいという単純なものではなく、加藤のなかでは原始的な肉体讃歌の思想があるように思う。呪術的な色彩を帯びた「儀式」としてゼロ次元のパフォーマンスはあり、そこには加藤のインド体験や幻覚体験によって培われたタントラ密教への共感があるようだ。それが色濃く出ているのが『タントラ儀式物語』という映画である。

80年代に行われたというこのライブ・パフォーマンスの映像は、ロックバンドの演奏をバックに、半裸の男女が股間を摺り合わせたりする、集団的で性的な秘儀が繰り広げられる怪しげなものだが、カオティックな身体接触が執拗に描かれながらそこにチベット密教の性的な合一の絵がモンタージュのように重なっていく。加藤は「女性器崇拝」を公然と言い、タントラ密教と農耕シャーマニズムを結びつけようとしているようだ。

「タントラとは、人間と自然との『女性器の構造』の秘密を開く呪術であった。逆三角形、マンダラに描かれた七ツの蓮華、チャクラの花弁……などはことごとく女性器の象徴図形である。農耕シャーマニズム(呪術)とは、女と同一視された、「大地自然の原理」を、人間の身体のなかに覚醒させるための、女に溶解する、女になるための死にもの狂いの行為であった。だから、己を無にして、自己を空にせよ、といいつづけて、身体を「水田」に死にもの狂いで溶解していった「百姓のシャーマニズム」の思想はタントラを故郷としていたのである。」(加藤好弘「心的子宮・タントラ論」)

このように加藤は、日本人の身体の故郷をアジア的多神教の文化に求め、身体の覚醒装置として、裸形のアクションをオーガナイズしようとする。ゼロ次元のパフォーマンスは、日本古来の裸祭りに通じているようにも思え、またインドの多神教世界に想を得た呪術的で性的な儀式をパフォーマンス化している。

会場では上映後、復活したゼロ次元のパフォーマーが登場し、男は半裸で床に並び、その上を防毒マスクを付けた水着姿の女が「いなばの白うさぎ」のように歩くというパフォーマンスが行われた。

私はこれをもってゼロ次元を体感したとは思えない。映像のなかの、砂浜で裸の男女が戯れるシーンや、風景を切り裂くように裸の男女が旗を持って進むシーンには官能を覚えたが、パフォーマンスの現場としてさかしまの風景となった裸体の強度を見たわけではない。ゼロ次元には関心を寄せつつ、21世紀の身体の冒険がどのように可能か、考えていきたい。

なお、ゼロ次元の『タントラ儀式物語』『ゼロ次元儀式映画』の上映は、アップリンクの「性と文化の革命展」(10月6日〜21日)の一環として行われた。
http://www.sig-inc.co.jp/rsrff/


加藤好弘氏略歴
1936.12.5  名古屋市生まれ
1959     多摩美術大学美術学部絵画科卒業
1963.1    ゼロ次元 (以下省略)「狂気ナンセンス展」はいつくばり儀式(愛知県文化会館美術館)
1963.3    「乳頭布団寝体式」読売アンデパンダン
1964.7   「これがゼロ次元だ」(内科画廊)
1964.9   「日本超芸術見本市」(平和公園)九州派、ダダカン、アンドロメダ他参加
1965.8   「見世物小屋ベトコン儀式」アンデパンダン・アート・フェスティバル(岐阜・長良川一帯他)
1965.10   「山手線女体包装運送式」
1966.3   「尻蔵並列式」(モダンアートセンター・池袋)
1967.3   「仮面首吊り儀式」(都内車両、目黒−新橋)
1967.5   「奇脳舌(きのした)サーカス見世物小屋大会」(代々木メーデー広場)
1967.8   「超音波作戦」(渋谷超音波温泉)
1967.10   「花電車防毒作戦」(浅草キャバレー花電車)
1967.12   「防毒面全裸歩行儀式」(新宿東口)
1968.3   「狂気見本市」(上野・本牧亭)
1968.7    映画「にっぽん’69 セックス猟奇地帯」出演 監督:中島貞夫
1968.8    映画「シベール」出演  監督:ドナルド・リチー
1969.2    映画「無人列島」出演  監督:金井 勝
1969.3    映画「薔薇の葬列」出演  監督:松本俊夫
1969.3   「万博破壊 狂気見本市」(京都・男爵)
1969.4    万博破壊共闘派の活動に入る。
1970-1972  映画「いなばの白うさぎ」加藤氏自ら監督となる。         

その後インド、ネパールへ活動の場を移す。

1977    「夢タントラ研究所」設立
        夢四門構図の発見
1980.2    「タントラ構造論ー身体の宇宙図」を美術手帖に掲載
1980.11   「夢の神秘とタントラの謎」日本文芸社

1990.10   ニューヨークへ移住    
         襖絵による夢物語「ペニスをつけた女達」シリーズに着手。
        その後8年間取り掛かる。

1998.10   日本に帰国        
        「ブルックリン夢解読日記」執筆中
2001.6     個展「立体夢タントラ装置マンダラ(襖絵マンダラ)」展(ミヅマアートギャラリー)

October 10, 2007

ダカーポ616号「レストラン業界、最新トレンド」

発売中の「ダカーポ」の「レストラン業界、最新トレンド」を編集担当しました。今回は、執筆していません。

以下は、ダカーポ、メールマガジンの原稿。

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レストラン業界、最新トレンド

飲食店の最近の傾向を考えていくと、小さな店が元気がいい、
ということが言えます。それはただ単に店舗規模のことだけで
はなく、ここだけでしか味わえない料理、ここにしかない食空
間というものが大事にされている、ということかなと思います
。逆に言えば、チェーン店というのが飽きられているのです。
大箱の居酒屋なども苦戦している。立ち飲み屋は相変わらずど
こも元気です。レストランは、小さくても家庭的で、シェフや
スタッフの気持ちが感じられるような、雰囲気のある店が人気
です。業界では「空気感」と言うらしいのですが、美味しい料
理や酒ととともに、居心地のいい空気感がやはり大切なようで
す。オンリーワンの店づくり、これがレストラン業界のキーワ
ードになっていると思います。

特集は、銀座のマロニエゲート、丸の内のKUNIGIWAという二つ
の商業施設の飲食店をリポートし、外食の風雲児と呼ばれるダ
イヤモンドダイニングの若き社長、松村厚久さんのインタビュ
ーをしました。また、お取り寄せブームや食の安全への意識の
高まりから、国産の地方食材が注目されており、それが郷土料
理ブームとなっています。仕掛人の一人、エイチワイシステム
の安田久社長の話を聞きました。居酒屋戦争では、東の独立道
場てっぺん、西の大阪笑売研究所に注目、熱気ある個性派店の
ぶつかり合いは大手居酒屋チェーンを吹き飛ばす勢いです。『
ミシュランガイド東京』がいよいよ11月に発売、日本で初めて
生まれる三ツ星レストランを予測しています。また、イタリア
ン、フレンチ、蕎麦屋など、個性派の名店が続々と増えている
東銀座に大注目。マップ付きで注目店を紹介しています。

ニューエイジとは何だったのだろう?

朝日新聞の夕刊に「ニューエイジ」のことが載っていた。バチカンが米国発「ニューエイジ」を警戒し、『ニューエイジに関するキリスト教的考察』(カトリック中央協議会)という本が翻訳されたという。

参考:Wikipedia/ニューエイジ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%82%B8

私はかつて『OMNI』(旺文社)という雑誌に関わっており、そこはニューエイジの拠点でもあった。『OMNI』とは科学的合理主義から、ニューエイジ、オカルト、サイエンスフィクションまでを扱う幅広い雑誌であったので(サイバーパンクの情報発信基地でもあった)、『OMNI』がニューエイジ思想を体現していたわけではない。具体的には、吉福伸逸氏ら「C+Fコミュニケーションズ」の影響力は少なからずあった。

むしろ、ニューエイジの拠点となったのは、松岡正剛氏率いるオブジェ・マガジン『遊』(工作舎)であったかもしれない。私の記憶と解釈では、ニューエイジ思想とはヒッピーイズムの末裔であり、基本的に物理学と禅の婚姻であった。そこに老荘思想も忍び込んでいた。いずれにせよ、西洋の側からの東洋への接近であった。私はこのことに何の判断もない。私はヒッピーイズムを嫌悪するし(群れたくはないので)、オルタナティブは志向するが、どちらかといえばパンクに近い。パンクとヒッピーイズムは対極にあったと思う。私は、ヴェルヴェッツ&パティ・スミス派だ。

ニューエイジ思想は、この宇宙に秩序があると考える思想だったように思う。私は、この宇宙に秩序があるとは思ったことがないので、そうしたユートピズムにはついていけない。私はむしろ、宇宙・自然は混沌に満ちていると考える。秩序や平和は、人間の内面にしかないものだ。その意味で、ニューエイジ思想とは瞑想のためのヴィジョンでもあった。このことを私は否定しない。瞑想法には体系と秩序が必要だからだ。

私はユートピア思想の探求者として、神秘主義(シュタイナー、グルジェフ、ウスペンスキーなどの)もヘルメス思想もグノーシス主義もニューエイジも読んだ。その前にはマルクス、レーニン、トロツキーを読み、基本的に今も唯物論者である。ただマルクス主義もまた、ユートピズムであると理解している。空想社会主義がそうであるように。繰り返すが私は、社会の秩序も、宇宙の秩序も、人間の内面にしかないと考える。だからこそ、混沌に抗するための人間の空想力(ユートピア思想)は必要だ。ユートピアがデストピアに変転する可能性もあるけれども。

振り返ると、ニューエイジ思想は地球を「生命体」とみなす思想(ガイア思想)だったように思う。私はそのことにおいて、判断を保留する。惑星とはただの物質にすぎないからだ。そこに生命的な連関を見るのは自由であるが、だからといって生物界が弱肉強食の世界であることに変わりはない。むしろ、人間界が他の動物と違うところは、無秩序を秩序立てる能力にこそあると思う。つまり、バランス感覚をもっているということだ。私は現在、「革命」にはまったく興味がない。むしろ、ニュートラル(中庸)の思想こそが重要であると考える。人間社会のニュートラルを模索することが、「永続革命」であると考えている。

私が唯物論者であるということは、生命の滅びにむしろ親和性があるからだ。私は輪廻思想をまったく信用しないし、前世にも後世にも興味がない。この一回性の生をまっとうすることしか興味がないのである。すべては滅びゆく瞬間の連続である。もしこの世に「永遠」があるとすれば、それはこの瞬間を「永遠」に記憶したいと願う人間の希求においてである。

パレスチナ・キャラバン公演『アザリアのピノッキオ』を観て

パレスチナ・キャラバン公式サイト
http://palestinecaravan.org/

パレスチナ・キャラバン公演
『アザリアのピノッキオ 7つの断章による狂騒曲』
http://palestinecaravan.org/

2007年9月27日〜10月21日 全日程・毎夕19:00〜(雨天決行)
◆東京公演 井の頭公園・特設テント劇場(井の頭公園野外演劇フェスタ2007)
9月27日(木)〜30日(日)、10月4日(木)〜7日(日)
◆名古屋公演 白川公園・特設テント劇場
10月12日(金)〜14日(日)
◆京都公演 京大西部講堂前広場・特設テント劇場
10月19日(金)〜21日(日)

(以下の文章はネタバレの部分がありますので、これからご覧になる方は、観劇後、ご拝読ください。)

10月7日、井の頭公演・特設テント劇場にて『アザリアのピノッキオ』を観る。

「パレスチナ・キャラバン」、劇作家・演出家の翠羅臼の提案で始まったと聞く。今年は「第二次インティファーダ7周年」にあたり、そのような契機もあったのかもしれない。『アゼリアのピノッキオ』は、パレスチナ演劇人との共同作品として企画され、主演の大久保鷹は「状況劇場」以来のパレスチナ演劇人との共演となった。制作は長井公彦が担当した。

舞台は、大久保が演ずる「義足の団長」が飲んだくれているところから始まる。そこに現れるのは、「傀儡女・サラ」を演じる黒谷都である。「傀儡女」は義足の団長はボトルの中に船を浮かべ、幻想の旅立ちを夢想する。傀儡女・サラは、団長が行方不明となった後を追いかけ、ようやく団長を発見した。サラは、団長に真実の旅をすることを呼びかけ、一座はふたたび旅をする。脇を固めるのは「猫の道化」西村仁と「狐の道化」伊牟田耕児である。それに、「ランプの芯」と名づけられたロバがお供をする。

舞台は展開し、「砂漠の吟遊詩人」ニダール・カディフと「少年」アズッディーン・アフマドの場面となる。階段に座った二人は、ピノッキオの物語を始め、その隣で、ナビール・ラーイーがウードを爪弾く。この場面は美しく、記憶に残った。そこに「義足の団長」一行が通りかかり、日本人とパレスチナ人の出会いがある。遠くから「人形遣いアサーフ」ニダール・ムハルフェスが硝煙の臭いをさせて帰ってくる。ここから物語は徐々に多層的な構造を取り始める。そもそも「義足の団長」一座は、ピノッキオの絵本から飛び出て、行方不明となったピノッキオを探す旅に出ている。絵本の途中が破られ、物語が断絶しているからだ。いつしか少年はピノッキオと二重写しとなり、一座に同行する。切り取られた物語はどこへ行くのか。

頭上では爆撃音が引きもきらない。吟遊詩人ニダール・カディフの言葉を聞いていると、この場所が何処であるのか、薄命へと風景が溶け出すようだ。此処はパレスチナなのか、それとも百年後のパレスチナなのか、あるいは神話的世界なのか。背後には黒焦げになったオリーブの木が立っている。影は張り付いて、一座に暗い影を落としていく。影の役割を「砂の舞踏手」小倉良博と「樹の舞踏手」安田理英が果たす。影は時間を紡ぎだし、時間を永遠へと引っ張っていくようだ。

二人の道化が眠っていると、「流浪の歌姫・ナナ」が道化たちの耳を引っ張って起こす。道化たちはお互いが耳を引っ張っていると勘違いし、トイレのスリッパでお互いを叩き始める。しかしナナが「宿命の歌」を歌うと、舞台はいっそうの影を増す。水晶占い師であるナナはそれぞれの夢に入っていき、行動までもコントロールする。ナナにそそのかされた二人の道化は少年のために大きな絵本の扉を用意し、そこに入ることを強要する。遠くで傀儡女・サラが入ってはいけないと呼びかけるが、少年はついに死の扉を開けてしまう。舞台は一瞬、凍りついたように、死神が降りてくる。最暗黒の風景が広がっていく。

少年は死んだ。人形遣いアサーフは少年の亡骸を抱いて、少年がタンクに轢かれたことを説明する。神話的世界にリアリティの影が重なっていく。パレスチナにおいて、少年はいつ死んでもおかしくない存在だからだ。私はこの瞬間、涙を禁じえなかった。まさか少年が死ぬとは思っていなかったので、翠の戯曲はここまでの絶望を見せるのかと瞠目した。演劇は静かに地の底を這っていく。ダンテの神曲のように。

芝居は大団円へと進んでいき、ふたたび冒頭の場面へと戻る。義足の団長は酒を呷り、そのそばには傀儡女・サラがいる。サラの手元には黒焦げになったピノッキオの人形が抱かれている。人形は死に、人々は生き残った。すべての旅は蜃気楼だったのか。二人は抱き合うようにダンスを踊り、七つの狂詩曲はフィナーレを迎える。最後に出演者全員が足踏みをし、躍りながら舞台に勢ぞろいする。会場は割れんばかりの拍手の嵐となり、この祝祭空間を共有する。舞台は静かに二つに割れ、正面に井の頭公園の森が広がっていく。ふたたびの旅がそこから始まる。大八車が押され、その脇にはロバもいる。東京公演はフィナーレを迎え、一座は名古屋、京都へ旅立って行った。


追記
このようなパレスチナ演劇人との交流が成り立ったことは意義深いことだと思います。翠さんの戯曲は、<転生>がテーマでしたが、ある種の地獄めぐりのようなところもあります。そのような奥行きの中で、パレスチナへの思いがほとばしった作品だったと思います。

救いは黒谷都さんでした。人形との親和力はさすがと思いましたし、初めて出したという声の質の的確さには驚かされました。それは彼女の感情の希求の確かさだったと思います。偽りのない感情がそこにありました。大久保鷹さんの膨らみのある大きな演技も堪能いたしました。何より少年役が良かったです。彼の明るさもまた救いであったように思います。

皆様の思いの強さに心から敬意を表したいと思います。

October 06, 2007

小谷野敦著『日本売春史』(新潮選書)を読む(2)

小谷野敦の『日本売春史』は80年代の網野善彦と脇田晴子の「遊女論争」を取り上げ、網野批判を軸とする「聖なる遊女」批判を行っている。

網野・脇田論争とは何であったかというと、網野が遊女を天皇直属の「職能集団」と見なし、南北朝期を境に遊女の地位が下落したというのに対し、脇田は遊女は支配外の民、「化外(けがい)の民」であり、鎌倉初期から賤視されていた、というものであった。つまり、天皇・貴族にも寵愛されていた遊女の地位と、遊女の社会的な卑賤視について意見が食い違っていたようだ。

『万葉集』に「遊行女婦」(あそびめ)という表現があり、いくつかの遊女の歌が収められているのはよく知られている。

大和路は 雲隠りたり 然れども わが振る袖を なめしと思ふな

これは大納言・大伴旅人に対して贈られた遊行女婦・小島の惜別の歌である。また、大伴家持と宴を共にした遊行女婦・土師は、

二上の 山に隠れる ほととぎす 今も鳴かぬか 君に聞かせむ

と詠っている。このように、一部の遊女はきわめて知的な存在であり、作歌や歌舞音曲に秀でた者が多かった。滝川政次郎によれば、奈良時代に中国の「内教坊」という宮廷内の舞楽教習のための施設を真似て、同名の施設が設置されたという。「教坊」とは遊里のことで、中国の貴族の子弟は町中に設置された「外教坊」で遊んだのである。そこでは妓女が客と酒を酌み交わし、床に入る前に歌舞の饗応を行ったという。考えてみれば、売春と芸能の結びつきは中国文化圏の伝統であり、小谷野はこれを道教の影響という。日本では「外教坊」という施設は置かれなかったが、「内教坊」が置かれ、芸事に秀でた知的高級娼婦がつくられていくのである。網野善彦と共同研究をした後藤紀彦が、「遊女はもと朝廷に属する職掌であった」とする見方を示しているのもそのような背景がある。

ところで、小谷野によれば、遊女を「聖なるもの」と表現したのは佐伯順子の『遊女の文化史』(1987)が最初だというが、網野が『中世の非人と遊女』(1994)で、佐伯に言及することなく遊女を「聖なるもの」と書いている点を「密輸入」と断じ、批判している。小谷野は『日本売春史』で、遊女に「聖なるもの」を見ようとした当時の傾向をことごとく批判している。民俗学者の宮田登(「堺の女」)や大和岩雄(『遊女と天皇』)の記号論的な論考を「実証性は乏しい」と批判し、歴史学者の阿倍の『湯屋の皇后 中世の性と聖なるもの』を「文学青年じみたレトリック」と断じている。

私はこのあたりの事情について詳らかにしないので、機会をあらためて考えてみたいが、『遊女と天皇』を愛読する私としては、遊女との性愛はどこかで「神遊び」に通じていたのではないかと考える。日本人において「遊び」は、原初的なかたちで「神遊び」に通じており、芸能と性愛を結びつけた遊女という存在は「魂振り」のための媒介(メディア)であったように思われるからだ。

そもそも私は、遊女に聖性のみを見ても意味がないと思う。むしろ聖と賤を併せ持つ存在が遊女であり、何よりも芸能と性愛を職能的技能として有していた遊女の存在にこそ興味をもつ。その意味で、古代・中世の遊女(あそびめ)と近世の遊女(ゆうじょ)は決定的に存在が違う。

大和岩雄は遊女の巫女起源説に触れて、「巫女や遊女は、天女であり地獄の人でもあった。この聖・賤一体の異界が、時代に下がるにつれて分化していったのである」(『遊女と天皇』)と書いている。

遊女を愛した天皇や貴族は多かった。『大和物語』には宇多天皇が遊女を「上に召し上げ給ふ」ことが書かれており、その甥の「南院の七郎君」源清平や元良親王が遊女のために家を建てそこで暮らしたことが書かれている。また『梁塵秘抄』の編纂者である後白河法皇は遊女を「妻妾として、身を没するまで寵(あい)」したという。

小谷野によれば、網野を批判した脇田晴子は「売春は性奴隷になること」だと規定し、「売買春が存在する社会には性愛の対等性も守られない」と今日的価値観において遊女の卑賤視を強調したようであるが、中世の遊女という存在を「賤」のみの視点で捉えるのにも私は違和感がある。

「女に聖性を見るのは男の幻想」と女性のフェミニスト学者は考えるそうだが、私は遊女という存在に潜む「聖賤一体の異界」にこそ興味がある。遊女とはきわめて越境的な存在ではないだろうか。

小谷野の『日本売春史』の他の論点についてはここでは触れない。私は大正期の廃娼運動と自由恋愛に興味がある者だが、そのあたりのことは自分自身で調べていきたい。

日本売春史―遊行女婦からソープランドまで (新潮選書)


小谷野敦著『日本売春史』(新潮選書)を読む(1)

「もてない男」小谷野敦氏は、私の関心領域である恋愛論・性愛論を書かれるので、いつも愛読している。最近は小説も書かれたという噂だ。「売春史」に関して私は門外漢であるが、これも興味深く読んだ。何よりも、売春史をめぐるブックガイドとしてためになる本だ。小谷野氏は、文献を扱うにあたってたいへんサービス精神のある人だ。私のような在野の人間にとって、このような啓蒙書はありがたい。

中山太郎の『売笑三千年史』(1927)や滝川政次郎の『江口・神崎』(1965)などは基礎的な文献であるようだ。中山の本は読後、近くの古書店で発見し、嬉しくなった。昭和2年刊行の本である。

さて、『日本売春史』で私がおもしろく読んだのは、小谷野の「聖なる遊女」批判である。これは、古代・中世における「遊女」(「ゆうじょ」と読んではいけない、古語では「あそび」「あそびめ」である)をめぐる議論であるが、「聖なる遊女」とは佐伯順子の『遊女の文化史』(中公新書、1987)に端を発しているらしい。遊女に聖性を見る視点である。

小谷野は学者らしく、「『遊女は聖なるものだった』と言うためには、当時の人々がそう思っていたことを証明しなければならない」と書く。もっともなことではある。小谷野の意見では、「聖なるもの」という言葉には、「キリスト教のバイアスが掛かって」おり、「『聖なる』は、無造作に扱うべきではない危険な述語」であるという。

「聖なるもの」といえば、ルドルフ・オットーである。また、小谷野が言うように、ミルチャ・エリアーデやユング派の心理学者が多く使った。バタイユの聖性論もこれに含めてもいいかも知れない。西欧における「聖なるもの」論は、キリスト教思想との格闘のなかで論じられたもので、それについてここで詳述する余裕はないが、端的にいえば、禁忌としての宗教的法悦を論じたものである。キリスト教は肉体を原罪論で否定するので、エクスタシー(法悦)を「悪魔」的と考える。だから「魔女狩り」も行われたのである。これに対して、宗教的法悦を重視しようとする学者は、古代宗教や未開の土着宗教を研究しながら「神との合一」としてのエクスタシーを論じた。これが「聖なるもの」論である。ブードゥー教を引いて『エロティシズム』を論じたバタイユもそのような流れにあったと思う。だが、小谷野はエリアーデもユングも「オカルト」として断じているので、身体の変容についてまったく興味のない人だ。ここが私の性愛論と大いに違う点であるが、それをどう書くか。

私もまた西洋の「聖なるもの」論をそのまま移植して日本文化を論じることは危ういと考える。身体観と神聖観がまったく違うからだ。私が小谷野と違うのは、西洋の「聖なるもの」論とはまったく違う文脈で、日本人の性に対する「聖賤」観のありように関心があるということだ。むろん私は学者でないので、文学的な想像力で物事を考えているかも知れないが。

不可解であるのは、小谷野が遊女の「巫女起源論」を微に入り細に入り論じながら、遊女(あそびめ)の「遊び」とは何であったかをまったく論じていない点である。知らないはずはないから、あえて無視したのだろうか。これについては、たとえば大和岩雄の『遊女と天皇』(白水社)が詳しい。

大和によれば、古代・中世において「遊び」とは、日常の仕事をやめて「神遊び」をすること、である。それは「ケ」に対する「ハレ」の行為であり、遊女における「遊び」もまた「神遊び」である、という。日本人は、キリスト教のような肉体への抑圧がないから、神事や祭りにおおらかな性的な行為が含まれる例も多い。遊女には「神妻」としての役割もあるというが(小谷野にそのような言及はない)、現代の性愛にはそのような「遊び」は失われてしまった。遊女の原型とされるのが天宇受売(アメノウズメ)で、彼女は天岩屋の前で性的エネルギーを迸らせながら「神遊び」をした。

「うけ伏せて、踏みとどろこし、神懸(かむがか)りして、胸乳(むなち)を掛き出で、裳緒(もひも)を番登(ほと)に忍し垂れ」(古事記)

天照大神は外があまりにも騒がしいので、天の岩戸を少し開け、なぜ「歓喜(えら)ぎ咲(わら)ひ遊ぶぞ」と問うているが、神懸りして踊ること、神事の歌舞そのものが「遊び」なのである。「番登」は女陰である。遊女の「遊び」には、こうした「聖」と「性」の原初的な結びつきがあったのではないか。

「遊びをせんとや生まれけむ
戯れせんとや生まれけん
遊ぶ子どもの声聞けば
わが身さへこそゆるがるれ」

『梁塵秘抄』の有名な遊女の今様である。ここでいう「遊び」も、ただの子どもの遊びではない。遊女が詠んでいるのだから性愛が含まれているし、それは「神遊び」とも通じる「遊び」ではないか。『梁塵秘抄』は、遊女・傀儡子の今様をこよなく愛した後白河法皇の編纂になるものだが、このあたりは大和岩雄の『遊女と天皇』が詳しいので是非、読まれたし。中世における遊女は娼妓よりも芸妓に近いといわれるのも、このような歌詠みの才のある女たちが数多くいたからである。

『日本売春史』は、網野善彦と脇田晴子の「遊女論争」を取り上げ、小谷野は「聖なる遊女」批判を網野批判としても展開している。長くなったので、そのあたりは稿をあらためたい。

日本売春史―遊行女婦からソープランドまで (新潮選書)