February 04, 2005
第2回府中ビエンナーレ『来るべき世界に』展に寄せて(図書新聞2月15日号)
府中市美術館のカフェでコーヒーを飲んでいると、窓越しにヘリコプターがゆっくりと下降してきた。ぼんやり眺めていると機影はどんどん大きくなり、手の届きそうな距離でホバリングをしながら林の陰に吸い込まれるように着陸した。私は思わず息を呑んで立ち上がってしまった。後で分かったことだが、美術館の目の前には航空自衛隊府中基地があり、戦時中ここは帝国陸軍燃料廠で、戦後は米軍基地となり、一九七三年に返還されて一部が自衛隊基地になったのである。今でこそ美術館や劇場、公園が並ぶ文化・スポーツ地域のように見えるが、軍事基地の影は歴史的に色濃い場所なのである。
そんな府中市美術館の磁場に相応しくも、第二回府中ビエンナーレ『来るべき世界に』展は、同時代の戦争の影が幽霊のように忍び込んでいる。展覧会は、四〇歳以下の八人の美術家――照屋勇賢、石川雷太、磯崎道佳、安岐理加、池田光宏、増山麗奈、河田政樹、田中陽明――を集め、「あるべき未来を求めて模索する若い作家のコミュニケーション行為に関わるアートに光をあて」、「さまざまな困難に満ちた現代の世界において、アートの想像力を通してその解決への展望をさぐろうとするもの」だという(プレスリリースより)。
未来が見えにくくなっているこの時代に、美術家だけが「来るべき世界」を描きうるとは思えない。展示作品はその意味で、幽霊のように忍び寄る漠たる不安と向き合うものとならざるを得ない。「コミュニケーション行為としてのアート」がどのような可能性を拓くのか、ここでは「戦争の影」に触れようとする照屋、石川、増山の作品を取り上げてみたい。
沖縄出身でニューヨーク在住の照屋勇賢の作品『来るべき世界に』は、昨年八月の米軍ヘリ墜落事故を題材としている。事故現場の沖縄国際大学は、地位協定を盾に米軍に占拠され、日本の警察は一歩も踏み込めなかったにもかかわらず、デリバリーのピザ屋だけが入ることを許されたという笑うに笑えないエピソードから、照屋は一〇〇個以上のピザ箱を会場に並べた。
しかもそれはただのピザ箱ではない。表には「A Crash’n the Scent of Pizzatocracy. Anger Okinawa!」(ピザくさい支配に県民の怒り)という文字が印刷され、裏にはこれを報道したニューヨークタイムズの記事が引用されている。
そしてピザ箱を開けると、事故現場の生々しい情景がさまざまにスケッチされている。これは照屋が宜野湾市の佐喜真美術館の協力を得て、事故現場を写生する子どもたちのワークショップを行い、そのときの絵がピザ箱の中に描かれているのだ。
照屋は米軍ヘリ墜落事故に関して「被害者意識だけではだめだ」と地元メディアに語り、子どもたちの視点で事故現場を写生してもらうという能動的で身体的な回路を通じて作品化を試み、問題の問いかけを行ったのである。
「焦げた木の炭を使って描いた子もいれば、木の切り株から伸びた新芽を描いた子もいる。感心しました」という照屋の言葉からは、社会の軋轢を柔らかい構造のなかで受け止めようとする沖縄の精神性を感じさせる。
石川雷太の作品『GEWALT2004』(GEWALTはドイツ語で「支配・権威・権力」という意味)は、部屋全体を使ったインスタレーションで、スポットライトに浮かび上がる中央のモノリスには真っ赤なナイフが地面に突き刺さるように描かれており、そこにはアフガン空爆前日のブッシュの演説からサンプリングされた戦意高揚のための政治言語が刻まれている。
部屋全体には二八枚の鉄板が吊るされており、そこにはイラク戦争で現実に使用されているミサイルが赤いシルエットとして描かれ、兵器データが記されている。床には爆撃を受けたかのように砕け散った黒いガラスが敷き詰められ、部屋中に重低音のノイズが響き渡っている。
帝国の軍隊による世界征圧の現実を、冷酷に無慈悲に空間化しているのであろうか。兵器へのフェティッシュな偏愛を作者は隠そうとはしない。だが、戦争に対する作者の意思や感情は意図的に作品から排除されているようだ。
サンプリングされたデータは現実世界の反映のように見えながら、むしろ美意識に隷属しており、極めて挑発的なフィクションとなっている。その意味で、石川の作品は反政治的なものと言えるだろう。

増山麗奈は「桃色ゲリラ」という反戦パフォーマンス集団を主宰し、命知らずにも二月にバグダッドを自ら訪れ、イラク人美術家と交流、現在は「LAN TO IRAQ」と題するイラク現代アート展を内外で開催、精力的な反戦アート活動を展開している。
増山の作品は、戦争の痛みを直接的に受け止め身体化しようとするインスタレーション、絵画、コラージュが多い。だがその作品は決して苦しみを湛えているのではなく、むしろポップなセーラー服や下着、携帯電話などの現代的意匠を纏いながら、戦争や暴力さえもエロス的な世界へ導き入れようとする。
増山の絵はなぜすべて穴が穿たれているのか、ストリップ小屋のラッキーホールさえ連想するのだが、戦争・暴力への衝動をエロス的に溶解せしめる戦略的・挑発的な穴なのであろうか。
増山の作品『BOUND WORLD〜拘束された世界〜』は、巨大な紙幣が貼り付けられた金まみれの世界を象徴する箱をピンクの麻縄で縛り上げ、ルミライト塗料が飛散する子宮のような暗闇で桃色ゲリラのハプニング映像を流している。増山の作品は、戦争的世界を胎内化しようとするまでの怪物性に満ちている。
美術館らしからぬ逸脱へのパワーに漲る展覧会である。
写真(上から) 撮影協力/府中市美術館
照屋勇賢「来るべき世界に」(2004) ダンボール紙にカラーインク
石川雷太「GEWALT2004」(2004) 鉄、ガラス、カッティングシート、ミサイルのデータなど
増山麗奈「BOUND WORLD〜拘束された世界〜」(2004) 木材にインクジェット紙、麻縄、ビデオ、ルミライト塗料、ブラックライト
増山麗奈「愛とバイオレンスの2004年」(2004) キャバスにアクリル
参考
府中ビエンナーレ(〜2月27日)今後のイベント
◆Erehwon+丹野賢一/ノイズ&ボディ・パフォーマンス「027-FLAME」
2月12日(土)午後5時半〜6時半 エントランスロビー 無料、予約不要
出演:Erehwon(石川雷太・昼間光城)、丹野賢一(パフォーミングアーティスト)
◆増山麗奈「戦争とアート」連続プログラム
子どもワークショップ「ピース・ペインティング」
2月20日(日)午前10時半〜午後4時半 創作室 無料、予約不要
講師:増山麗奈 平和をテーマに巨大な紙にみんなで絵を描く




