沖縄

January 05, 2007

【期間限定送料無料】『寿[kotobuki]魂』

那覇 リブロ各位

寿[kotobuki]通販「我ったーネット」では、1月15日まで期間限定で拙著『寿[kotobuki]魂』(太田出版、2,100円税込)を含め全品が送料無料になっています。
http://wnt.shop-pro.jp/

捨て身の販促キャンペーン中ですので、まだお手元にお求めでない方は、ご注文ください。 また、書店でのご購入も併せてお願いいたします。m(_ _)m

 

写真は、那覇のパレット久茂地、リブロで。

参考
http://www.ohtabooks.com/view/bookinfo.cgi?isbn=4778310551(太田出版web)
http://www.kotobuki-nn.com/(寿[kotobuki]公式サイト)


★緊急告知
寿[kotobuki]、銀座わしたショップインストアライブ決定!
1月13日(土)17:00〜(1回のみ)
問い合わせ 03-3535-6991(銀座わしたショップ)
http://www.washita.co.jp/info/shop/ginza/index.html(銀座わしたショップ地図)

寿[kotobuki]ヒストリーブック『寿[kotobuki]魂』発売記念のプロモーションミニライブです。『寿[kotobuki]魂』のほかに島豆腐など沖縄食材も手に入りますよ〜湯豆腐にいかが?


★1月20日(土)の発売記念スペシャルDXコンサートも予約受付中!
http://www.kotobuki-nn.com/
開場 18:30 開演 19:00
前売り 3200円 当日 3500円
場所:大久保Rsアートコート
JR新大久保駅(徒歩5分)/JR大久保(歩10分)



December 26, 2006

満員御礼!『寿[kotobuki]魂』出版記念ライブ

昨夜、NAKED LOFTの『寿[kotobuki]魂』出版記念ライブにお越しいただいた皆さま、またご多忙につきお越しいただけなかった皆さま、無事すべてが終了いたしました。皆さまのご支援を感謝いたします。

入場者:63人
 うち招待:36人
 うち一般:27人

売り上げ:113,700円
料理代:20,000円

ご協力:ちむ屋(新井薬師)
http://chimuya.hp.infoseek.co.jp/

寿[kotobuki]関係者の皆さま、旧共同アピールの会の皆さま、そして一水会の皆さまという、不思議な構成で会場が成り立っていました。

ご発言:平野悠様、佐藤真起様、橋本克彦様、金子ブー祐三様

マル秘映像は、ご堪能いただけたのではないかと思います。
★湯島聖堂ライブ
★エストニア・ロック・サマー
★イカ天
★寿町フリーコンサート
という流れでした。けっこう、目が点になる場面もあったのではないかと(笑)。

ま、私の挨拶は、支離滅裂だったかも知れませんが、
一、この本は、寿[kotobuki]に寄り添った本であること。
二、それは同時に寿[kotobuki]とファンの皆さまを結ぶメディアの役割を果たそうとしたこと。
三、この本は、パーソナルな物語にこだわった本であること。その個人的な交流の中で、寿[kotobuki]の活動が成り立っていること。
四、この本は、80年代バンドブームの渦中に生まれた寿[kotobuki]が、この20年の間にいかなるサバイバルを遂げてきたかの記録であること。

などを伝えようとしたのですが、ほとんど勢いでしゃべってしまったので、どこまで伝わったか。ひとつだけ言い忘れたことがあります。それは――。

寿[kotobuki]の世界とは、「この世に生まれたことへの全肯定」である、ということです。それが、生命を結び合う「結(ゆい)」という世界を形づくるのではないでしょうか。

多謝。

寿[kotobuki]公式サイト
http://www.kotobuki-nn.com/
『寿[kotobuki]魂』(太田出版)
http://www.ohtabooks.com/view/bookinfo.cgi?isbn=4778310551(太田出版web)

年明けて1月20日に出版記念コンサートもございます。(予約受付中)

銀座わしたショップでのインストアライブも計画中です。



December 22, 2006

『寿[kotobuki]魂』、本日発売!

寿[kotobuki]魂本日、太田出版から『寿[kotobuki]魂』(2,000円税別)が発売となります。

http://www.ohtabooks.com/view/bookinfo.cgi?isbn=4778310551(太田出版web)

http://www.kotobuki-nn.com/(寿[kotobuki])

この本は、 私が2003年にマガジンハウスを退社してフリーになってから、最初の著書となります。編集は同社の落合美砂さん、またブックデザインはステュディオ・パラボリカのミルキィ・イソベさんにお願いしました。たいへん素晴らしい本に仕上げていただき、感謝しています。 本書は、寿[kotobuki]というバンドの20年史として書かれていますが、彼らの音楽活動を縦軸にしながら、この20年の様々なカルチャー、時代状況を織り込んで書いていますので、寿[kotobuki]を知らない読者にも楽しんでいただけると思います。 寿[kotobuki]は80年代のバンドブームの渦中で誕生し、1989年に「イカ天」に出演していますが、その後、巨大な音楽産業とは異なる全国を結ぶオルタナティブなネットワークで活動を展開してきました。寿町フリーコンサートや沖縄「満月まつり」では絶大な人気を誇っており、人々を結び合う彼らの生き生きとした音楽活動は、多くの人々に共感を呼んでいます。 現代の‘民の歌’をめざす寿[kotobuki]の歌世界は、魂をゆさぶる‘歓びの歌’でもあります。本書を読まれて、「こんなバンドがあったんだ!」と興味をもたれた方は、是非、寿[kotobuki]のライブを直に体験してみてください。きっと、歓びの感情が全身から湧き上がると思います。 皆さま、今後とも寿[kotobuki]への温かいご支援をお願いいたします。 2007年が、皆さまにとって、良い年になりますように。皆さまの暮らしが、日々「寿」でありますように。

國貞陽一

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Naked Loft 2nd ANNIVERSARY

『寿[kotobuki]魂』ヒストリーブック&出版記念パーティー&ライブ

http://www.loft-prj.co.jp/naked/schedule/naked.cgi

皆様、お待たせしました! 噂の寿[kotobuki]21年史ヒストリーブック、『寿[kotobuki]魂』(太田出版)がついに完成しました! 寿[kotobuki]21年史の知られざるベールがここに明かされます。

OPEN19:00/START19:30〜21:00
出演:寿[kotobuki]
料金:¥5,000(『寿[kotobuki]魂』)のお土産付き)
特典:寿[kotobuki]マル秘映像、一挙公開!

※寿[kotobuki]のミニライブが約30分あります。
※予約が定員に達したため予約の受付を終了しました。

※また、1月20日に「祝!歌って旅して22年!寿[kotobuki]魂ヒストリーブック発売記念スペシャルDXコンサート!かけがえのない日々ありがとう&ついでにナビィの誕生日(笑)」(新大久保R'sコート)もあります。こちらは、8人編成フルバンドです。予約受付中。
http://www.kotobuki-nn.com/



December 07, 2006

寿[kotobuki]ヒストリーブック『寿[kotobuki]魂』、カンセ〜イ!

寿[kotobuki]魂 表紙本日は、太田出版にて寿[kotobuki]ヒストリーブック『寿[kotobuki]魂』校了作業。3年越しの仕事が完結しました。わーい。

装丁は、ステュディオ・パラボリカのミルキィ・イソベさん。20代の頃から、「夜想」でお世話になっている、尊敬するデザイナーさんです。ご覧のように、素晴らしい表紙に仕上げていただきました。(帯は若干、微調整)

表紙画は、な、なんと! ナーグシクヨシミツ@寿[kotobuki]。この絵も絶景で素晴らしい。なんだか、お目出度い感じがするでしょ。

12月22日、店頭発売です。

皆さま、クリスマスツリーや神棚に置いていただければ、良い果報があるかも知れませんよ! 買ってね〜♪

http://www.ohtabooks.com/(太田出版)

http://www.kotobuki-nn.com/(寿[kotobuki])

★12/25寿[kotobuki]魂ヒストリーブック『寿[kotobuki]魂』出版記念パーティー&ライブ/NAKED LOFT
http://www.loft-prj.co.jp/naked/schedule/naked.cgi

【出演】寿[kotobuki]
OPEN19:00/START19:30
会費:¥5,000(『寿[kotobuki]魂』)のお土産付き)
11/22、17:00よりNAKED LOFT店頭にて電話予約受付ます(03-3205-1556)

追記
苦しいことも、幸せなことも、さまざまにありますが、皆さま元気に、この2006年を乗り越えましょう!
あと、もうすぐさ。Oh,Happy Day!

ではでは皆さま、「我ったーネット」を広げましょう。
「我ったー」はウチナーグチで「私たち」の意味だよ。



November 29, 2006

「琉球独立」への遥かなる道

「Plan B通信」掲載の短期集中連載の最終回です。 これが、最終的な沖縄県知事選の総括です。

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安倍新政権と対峙する沖縄県知事選と辺野古基地建設反対運動(最終回)
糸数慶子、敗れる! 「琉球独立」への遥かなる道

 沖縄県知事選(11月19日投票)は、野党統一候補の糸数慶子(社会大衆党副委員長)が、自公推薦の仲井真弘多に約3万7000票差で敗れた。糸数は2004年の参院選で自民党・翁長政俊を一騎打ちで破り、316,148票を獲得している。今回の県知事選は309,985票で、仲井真が340,373票だから、惜敗・討ち死である。
 第三の候補、琉球独立党党首の屋良朝助は6,220票を獲得し、「大躍進・勝利宣言」をした。それもそのはず、1968年の琉球政府行政主席選挙で初代党首の野底土南(ぬか・どなん)が獲得したのは279票であった。実に、22倍である。このときの主席選挙は、屋良朝苗と西銘順治のやはり革保一騎打ちで、屋良が勝利し、第五代・行政主席に就任した。今回の沖縄県知事選は、その再現ドラマのような印象を残した。朝苗と朝助は同族というから話がややこしいが、勝ったのは保守の仲井真である。

 これをどう分析するか。沖縄ではもはや、保守も革新もない。あるのは、ヤマト政権への屈服か、自主・独立か、である。明確に「琉球独立」を掲げた屋良朝助の投げた波紋は、だからこそ、実は大きい。

 1968年の屋良朝苗は革新と言われたわけだが、事実上、ヤマト政権に屈服した「祖国」復帰運動のリーダーであった。屋良は当時、沖縄教職員会の会長である。沖縄教職員会の教師がやったことと言えば、侵略者ヤマトを「祖国」と言いくるめ、自らの文化・ウチナーグチを弾圧したことである(共通語励行運動)。つまり、屋良朝苗こそ沖縄の日本の再植民地化への道を拓いたA級戦犯ではないか。それを喝破したのは、故・竹中労である。

 「何てェこった。情けなくて涙がこぼれらァ。祖国の“援助”と引き替えに、沖縄は自主・独立という、もっとも貴重な財産を失おうとしている。沖縄人民は屋良朝苗閣下の無邪気な愛国心によって、岸&佐藤ブラザース・カンパニー(日本帝国主義)に売り渡されておるのだゾ」(「屋良朝苗 底辺の悲苦忘れた“復帰バカ”」『エライ人を斬る』所収)

 竹中が、琉球独立党初代党首・野底土南と同盟したことはよく知られる。著書『琉球共和国』では、「野底土南――沖縄独立のヨハネ」の一文を捧げてもいる。竹中の「沖縄、ニッポンではない」は、琉球弧の日本国からの独立を求めたマニフェストでもあった。

 今回の沖縄県知事選を分析すると、ヤマト政権へ屈服した傀儡候補としての仲井真、中間派としての糸数、独立派の屋良という構図となる。糸数は、公示前の前哨戦で「安保・自衛隊容認」発言をし、物議をかもした。沖縄人民党(=日本共産党)と共に「祖国」復帰運動に参加した社会大衆党は、やはり「琉球独立」とは言えないのだろうか。

 ところで、68年の主席選挙では、ヤマト政権へ屈服したのが屋良朝苗であり、西銘は復帰慎重派であったから、いわば中間派である。沖縄ナショナリズムの先頭に立ったのが野底土南で、いわば今回の沖縄県知事選では保守と革新が入れ替わったかたちとなる。

 1972年の沖縄「祖国」復帰は、日本の平和憲法下に参入しようとした平和運動で、その中心を担ったのは沖縄人民党である。しかし今日平和憲法は改正されようとしているのだから、沖縄人(ウチナーンチュ)の大いなる幻影(「祖国」復帰)は滅びつつある。ここをどう考えるか。

 アメリカの軍事占領よりも、日本の平和憲法下への参入がよりましな「平和」への希求であったとすれば、復帰34年を経て今なお日米軍事同盟の占領下にある沖縄は、いったいどうすればいいのか。

 糸数慶子と屋良朝助の得票数を足しても、残念ながら仲井真には届かない。沖縄人は自主・独立の道ではなく、ヤマトへの屈従の道を選んでしまった。よく「基地撤去よりも経済振興が優先された」と言われるが、そうではない。その根底にあるのは、沖縄人の「生活向上」への希求なのである。沖縄人はこの苦しみの中で、必死に幸福を求めようとしている。とするならば、それを受け止めて日本人(ヤマトンチュ)はどうすればいいか。このまま沖縄を軍事占領して、本土防衛の「捨て石」としたままでいいのだろうか。

 現在、沖縄の行政権力と日本政府の確執の中心点にあるのは、普天間基地移設問題である。仲井真はすでに県外移設を放棄し、事実上、辺野古の新基地建設を容認している。沖縄県知事選の結果にほくそ笑んだ安倍政権は、来年1月の通常国会で米軍再編法案の提出を決定、辺野古基地建設の進捗状況に応じて新交付金を配分するというヤクザまがいの恫喝で、沖縄人を押さえ込もうとしている。まさに奴隷の道を強要しているに等しい。

 沖縄人の尊厳を回復し、沖縄の大地を奪還する琉球独立への道は何処にあるのか。



November 20, 2006

沖縄県知事選:ヤマト政権への奴隷化の道へ

沖縄県知事選は、糸数慶子氏が敗れた。
http://www.okinawatimes.co.jp/(沖縄タイムス)
http://ryukyushimpo.jp/(琉球新報)
http://www.qab.co.jp/(琉球朝日放送=映像)

仲井真弘多 無・新 347,303
糸数慶子  無・新 309,985
屋良朝助  諸・新   6,220

約3万7000票差である。無念と言うほかはないが、これが現実だ。糸数氏の善戦を讃えたい。また、屋良氏の健闘をも労いたい。関係者の皆さま、お疲れ様でした。

私はこの現実をどう受け止めたらいいか、正直、困惑している。争点は、普天間基地移設問題=辺野古新基地問題だったと思う。この結果により、ヤマト政権は新基地建設を加速化するだろう。民意を得て、東海岸のちゅら海を殺し、東アジアの新たな戦争出撃拠点を建設するだろう。それを沖縄県民は選択したことになる。米日安保体制への奴隷化の道である。

仲井真氏は、普天間基地の三年以内の返還を主張し、辺野古基地のV字型滑走路に反対している。しかし、辺野古基地建設そのものに反対しているわけではない。従って、この二つの主張を論理的に推し進めれば、ヤマト政権との妥協点を早急に探ることになる。その交渉過程で、沖縄人のヤマトへの屈従がさらに強まることになりはしないか。沖縄県民が、基地受け入れの見返りとしてある、経済振興策を優先したとも言える。糸数氏の基地建設と振興策をリンクさせないという主張は、僅差とはいえ敗れ去った。たいへん残念なことである。

屋良氏の琉球独立の主張は、沖縄県民に一石を投じたと思うが、そのことによってヤマト政権への屈従に反対の声が拡大したわけではない。残念ながら、奴隷化の道、屈従の道を選択することになった。沖縄の空は晴れない。暗雲漂うなか、沖縄は日本国の植民地化政策を受け入れたことになる。沖縄が米日安保体制に蹂躙されながら、真の意味で「潤う」保障は何処にもない。 

 

追記

政治とは、かくのごとく「絶望」を伴う。期待度が高ければ高いほど、「絶望」の深度は増すだろう。そのようなことを織り込んで、私たちは生きなければならない。そのことを忘れてはならない。

私は、政治に何の期待もない。生き難いよりは生き易い方がいい、その程度の期待度である。「政権」が変わることは、何がしかの期待度を増すことになろうが、だからといって過大な期待を寄せることは、むしろ危険でさえある。私は、糸数氏が勝ったとしても、そのような態度をとっただろう。

政治に期待がないからといって、そこから離れようとは思わない。政治には忍耐が必要である。私は、政治に希望が見出せないなかで、眼の前の人と人との出会いや、ネットワークの変容にむしろ期待を見出すのである。ただ、考え続け、共感共苦をしていくのみである。そこに、歓びの鉱脈もあると思う。



November 01, 2006

糸数慶子さん、出馬への決意

明日は、沖縄県知事選の公示日です。
予想される立候補者は下記の通り。

●糸数慶子(社会大衆党副委員長)
http://www5a.biglobe.ne.jp/~keiko-i/
(「決意を語る」を是非、ご覧ください)
http://giri2k.ti-da.net/(ギリギリKの会)

●仲井真弘多
http://nakaima.info/index.html(後援会)

●屋良朝助(琉球独立党党首)
http://www.bekkoame.ne.jp/i/a-001/


※糸数さんの「目に見えないものを大切にしたい」は、まったく同感です。沖縄人の霊性こそを取り戻さなければならないと思う。



October 27, 2006

安倍新政権と対峙する沖縄県知事選と辺野古基地反対運動(2) :無能・無力のパトリオット・ミサイル、沖縄に配備!

【この文章は、音楽家、ダンサー、パフォーマーなどの表現者が主に読む「plan B」通信に同時掲載されます。】

 久間防衛庁長官は10月26日、参院外交防衛委員会でパトリオット・ミサイル(PAC3)の沖縄嘉手納基地配備に関して、「米軍が我が国の予算の中で追いつかない点を先にやってくれた。むしろ沖縄の人は喜んでもらいたい」と、沖縄県民の神経を逆撫でするような発言をした。これに対して、地元の反発は広がっている。「PAC3配備を沖縄県では誰も感謝する人はいない」と県幹部が不快感を示したほか、稲嶺県知事も「米軍再編で負担軽減がなされるとの計画だが今まだ何も目に見えるものがない段階で、PAC3の配備が先行されたことは大変遺憾だ」と述べた。

 パトリオット・ミサイル本体24基を載せた輸送船は、10月9日早朝、うるま市の天願桟橋に入港したが、反対派の市民約200名の阻止行動で陸揚げができず、11日未明になってようやく機動隊に守られながら嘉手納弾薬庫まで搬入された。嘉手納基地では兵員約300人が配置され、発射訓練の後、年内にも一部迎撃態勢が整えられる。沖縄での弾道ミサイル防衛(BMD)構想が実戦段階に入ることになる。

 ところで、このPAC3で北朝鮮のミサイル攻撃を防衛しうると考える人がいたとしたら、それはとんでもない勘違いだ。軍事評論家の神浦元彰氏は自己のホームページ「日本軍事情報センター」でこう書いている。「地上配備のパトリオット・PAC3も射程は20キロ程度という。命中精度を議論しなくとも、ほぼ垂直に落下してくる弾道ミサイルの弾頭を迎撃できる範囲は、直径10キロも満たない狭い範囲である。これでは都市や工場を防衛するのではなく、米軍基地を防衛するのがやっという程度である」。

 なんのことはない、PAC3は日本全土を防衛するどころではなく、せいぜい沖縄の米軍基地を防衛する程度の能力しかないのである。しかもこれが1基で約2億円、24基で約48億円、発射台やレーダー、人件費を含めると約100億円もかかるというシロモノ。パトリオット・ミサイルは、世界第2位の兵器メーカー、レイセオン社が開発し、湾岸戦争でイラク軍のスカッド・ミサイル(射程600キロ)を迎撃したことで有名になった。この時に使われていたのはPAC2である。PAC2は弾道ミサイルではなく航空機迎撃用のため、目標に近づくと自爆してその破片で敵を破壊するというシステムで、弾道ミサイルを無力化する能力はなかった。映像では派手に撃墜したように見えても、実際は自爆しただけでスカッド・ミサイルはそのまま落下していたということも多かったという。湾岸戦争での迎撃率は公式発表でも40〜70%とされる。

 PAC3は弾道ミサイル迎撃用として改良されたものだが、小型化されたため射程距離はPAC2の3分の1の15キロ程度になっている。2003年のイラク戦争に登場し、友軍機を誤射する ‘戦果’を残してもいる。

 現在、嘉手納基地のパトリオット配備は、発射台の3台がPAC3、15台がPAC2である。ところで、北朝鮮のノドンは射程1300キロと言われ、発射されて十数分後には日本に着弾する。そもそも、パトリオット・ミサイルで迎撃など可能なのだろうか。

 日本政府のミサイル防衛(MD)構想は、イージス艦に海上配備型迎撃ミサイルのSM3を搭載し、海上のSM3で撃ち漏らしたものを地上配備のPAC3が迎撃するという二段階方式。イージス艦のSM3搭載は2007年度〜2010年度に、PAC3の航空自衛隊への配備は2006年度〜2010年度に行われる予定だ。パトリオット・ミサイルの配備は、沖縄米軍基地だけの問題ではないのだ。

 しかし、神浦氏は、ノドンの発射台が移動式のため、「イージス艦搭載のSM3はノドンを迎撃できない」と言い切る。そもそもイージス艦をすべて日本海に常時配備しておくことはできず、PAC3が各地に配備されたとしても射程15キロでは日本全域をカバーすることなど到底不可能だ。
ノドンはテポドンのように、発射台を組み立て、テポドンを組み立て、液体燃料が注入されて発射準備完了となるのではない。発射台がトレーラーに載せられトンネルから搬出され、ミサイルを垂直に起動し、数時間後には発射できる。北朝鮮のミサイル実戦能力はかなり疑わしいとしても、日本のミサイル防衛構想も相当に疑わしいシロモノなのである。

 「北朝鮮憎し!」でパトリオット・ミサイル配備に喝采をしていると、「窮鼠、猫を噛む」で、北朝鮮・日本間はむしろ準戦争状態に突入しかねない。高笑いをするのは、アメリカの軍需産業だけだ。

 そもそも沖縄へのPAC3配備は、世界一の無責任男・コイズミが国益のアトサキ考えず、ブッシュのセールストークに乗せられてOKしてしまったものである。来るべき沖縄県知事選(11月19日投票)は、アメリカに媚びへつらう日本政府の傀儡知事候補を倒すための闘いだ。日米軍事同盟による沖縄への蹂躙を、これ以上許すな。



October 20, 2006

オキナワ・ロケン・ロール♪

MarieHeart BeatsShy

 

 

 

 

明日は、Marie(旧・喜屋武マリー)さんに会うので、テンションがあがっている。知ってるよね、今年15年ぶりに復活した沖縄ロックの女王さ。コザのパークアヴェニューで「アジアンローズ」という店も出した。崔洋一の『Aサインデイズ』のモデルと言えば、わかるかな。
http://www.idubokinawa.jp/artist/marie.html
http://www.culture-archive.city.naha.okinawa.jp/html/b_contents/50027000.html

それで、今、『Aサインデイズ』を久しぶりに見てる。これには、Shyの兄貴も出ていてさ、カッコ良すぎるんだ、これが、チビルぜ。Shyさんは、ジョニー宜野湾とその昔、「ハートビーツ」つぅロケン・ロール・バンドをやっててさ、
http://www.aobatuzuki.net/shy/shypro.html

それで、Shy、ジョニー、寿[kotobuki]で、毎年「沖縄ナイト」@サムズアップ(横浜)をやってるわけさ。それでね、「ハートビーツ」が半分復活してさ、「ハーフビーツ」(笑)つぅのが生まれたらしいわけさ。

11月8日(水)にはね、新宿ロフトで「ハーフビーツ」&寿[kotobuki](バンド編成)が競演するロケン・ロールな宴があるわけさ(宣伝やで)。題して、

<SHINJUKU LOFT 30TH ANNIVERSARY“ROCK OF AGES 2006”『琉球魂〜OKINAWA ROCK HISTORY〜』>

http://www.loft-prj.co.jp/
OPEN 18:00 / START 18:30
ADV À0 / DOOR è0

●ハーフビーツ(Vo.G.shy/G.Vo.ジョニー宜野湾/B.寺岡信芳/Dr.高橋まこと)
●寿[kotobuki](エレクトリックバンド編成)
●ノーズウォーターズ
●Shaolong To The Sky
●ローリークック(THE WALTZ)+ガチャピン
●B(Shaolong To The Sky)&富村"TURBO"唯
●Dr(SlyMongoose)

Pコード:237-479 / Lコード:34740
【発売】PIA・LAWSON・LOFT 8/13〜

プロデューサーは、ウチナーンチュの上江洲修クンです。
みんな、応援したってね。
特に、ジョニー宜野湾&Shyの兄貴のギンギン・ロケン・ロールは凄いと思うよ。

俺は踊りまくるからね。

でもって、Marieさん、10.21上野水上音楽堂へ登場です!
これも、カブリツキで見よう!
http://www.geocities.co.jp/EpicureanTable/6398/0601021.html

沖縄県知事選挙勝利!アジア・世界に平和を!
沖縄ロックの女王・マリー‘ズバンドコンサート

日時 10月21日(土)午後2時〜5時
会場 上野水上音楽堂
主催 命どう宝ネットワーク
前売り2500円、当日3000円

ジャン松元さんのブログの写真も見てね。
http://geocities.yahoo.co.jp/gl/joedy9055/view/20051017

(色っぽいです。艶っぽいです。ウットリ)

どっちもみんな、来てね〜。
オキナワ・ロケン・ロール、
琉球「独立」魂やさ!

追記

Marieさんの最新アルバム「Asian Rose」は知花竜海(DUTY FREE SHOPP.)とのコラボレーションです。
http://www.idubokinawa.jp/artist/marie.html
(ここで、映像も見れるよ〜)

そして、知花とひでぼう(ソウル・フラワー・ユニオン)がプロデュースしているのが、辺野古のこのフェスティバルです。2007年は寿[kotobuki]も出ます。こちらも、よろしく。

2007年2月24日〜25日(土/日)
[沖縄PeaceMusicFesta!返野古2007!〜我ったー地球(しま)は我ったーが守る〜]
場所:沖縄名護市返野古の浜特設ステージ
http://www.peace-music.org



October 06, 2006

沖縄県知事選:糸数慶子さんを応援する「ギリギリKの会」

ギリギリKの会沖縄県知事選(11月19日投票)に野党統一候補として出馬表明した糸数慶子氏(参議院議員、社会大衆党・副委員長)を応援する市民の会、「ギリギリKの会」が活動を開始している。この会は、「野党候補の一本化をめざす県民の会」として市民の立場から野党に統一候補の実現を要請していたグループである。従って、「ギリギリKの会」のスタンスは、糸数慶子の勝手連というよりは、統一候補を応援する市民の会として位置づけられるだろう。

「ギリギリKの会」を中心で担っているのは、私が著書『沖縄ソウル』で編集のお手伝いをした写真家の石川真生さんである。真生さんはこれまで、取材者の立場から、政治運動の前面に立つようなことはなかった。しかし、「野党候補の一本化をめざす県民の会」から「ギリギリKの会」まで、沖縄から届く映像の中心にはいつも真生さんの顔がある。ここに、真生さんの並々ならぬ決意を感じ、私は身震いをする。「ギリギリKの会」は、すでに横断幕やノボリ旗を用意し、糸数応援隊の最前線を担っている。

東京では、この動きに呼応しようとする動きが出てきた。発信元は「命どぅ宝ネットワーク」である。東京での糸数慶子支援活動を紹介しておこう。10.21には、沖縄ロックの女王・喜屋武マリーさんが来京し、上野水上音楽堂でライブを行う。

安倍新政権と対峙する沖縄県知事選は、いよいよ本番を迎えつつある。安倍政権の傀儡政府を沖縄民衆の力で打倒しよう!

ギリギリKの会
http://giri2k.ti-da.net/

石川真生ブログ/まおの勝手におしゃべり
http://blog.livedoor.jp/ishikawamao/

琉球センター・どぅたっち/沖縄ブログ
http://dotouch.cocolog-nifty.com/blog/

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来る11月19日投票日の沖縄県知事選挙に向けてこの夏、統一候補へ向けての血の滲むような努力が続けられ、参議院議員の糸数慶子さんが二年前と同様統一候補となることが決まりました。

彼女の立候補声明は「県知事選挙の最大の争点は、辺野古新基地建設の是非にあります。私は米軍再編による基地機能強化と沿岸案、新基地建設を許さず、基地の整理・縮小、撤去をめざします。沖縄ー平和への道は基地なしに生きる選択です。参議院の平和の1議席から県知事へ。沖縄でのたたかいは、米軍再編のみならず安倍新政権の憲法改悪の動きを必ずや押しとどめるものとなるはずです。統一と団結なくして勝利なし。これが沖縄の革新勢力・市民運動の歴史です。私は、野党6党とさらに平和を求める県民の力で選挙戦を全力でたたかい抜きたいと思います。皆様のご支援をよろしくお願い致します。」というものでした。

既に沖縄では、選挙戦に突入するに当たって、ギリギリKの会という市民運動が起こっています。ギリギリとは、基地問題をはじめ沖縄県と県民の置かれた状況と当選に向けての厳しいたたかいをも表現し、Kとは、慶子のKであり、基地問題、経済・雇用問題など、沖縄の置かれた現状を表現する単語の頭文字だそうです。

既に始まった臨時国会の所信表明では、教育基本法、共謀罪など諸々の悪法を成立させると、安倍新首相は公言しています。そして、沖縄県知事選挙についても、日米軍事再編に協力する知事を、と露骨に介入しています。
 沖縄での勝利を突破口にして、来年の都知事選、そして参議院選挙へと勝利のうねりを大きくし、改憲戦争内閣の安倍政権を倒すためにも、糸数慶子さんを沖縄初の女性知事へという闘いは、沖縄だけではなく首都圏の私たち自身の闘いとして全力投球が求められています。

以下、当面の具体的なギリギリK運動を列記します。共にヒヤミカチウキリ!

                               命どぅ宝ネットワーク

1、糸数慶子さんを励ます集い

日時:10月11日(水)午後6時受付、開宴6時半

会場:スクワール麹町5f「芙蓉」(四谷駅下車1分)

参加費:一万円

問合せ:090−8117−5063

2、石垣金星、西表島共和国大統領を迎えて――どうたっち ギリギリK1

日時:10月13日(金)午後7時から

会場:琉球センターどうたっち(駒込駅下車3分)  TEL03−5974−1333

会費:1500円

3、糸数さんの勝利を目指す作戦会議――どうたっち ギリギリK2

日時:10月15日(日)午後6時から

会場:琉球センターどうたっち 参加費:1000円

4、知念良吉ライブ&トーク――どうたっち ギリギリK3

日時:10月19日(木)午後7時から

会場:琉球センターどうたっち

会費:1500円

http://map.yahoo.co.jp/print?mode=1&key=f3d20f3ef238bdcc3492233&pass=fb1a777ea57d2060(琉球センターどうたっち地図)

5、沖縄県知事選挙勝利!アジア・世界に平和を!

沖縄ロックの女王・マリー’ズバンド・コンサート――どうたっち ギリギリK4

日時:10月21日(土)午後2時開場、2時半開宴

会場:上野水上音楽堂(上野駅から5分、メトロ湯島駅から3分)

参加費:前売り2500円、当日3000円

http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Gemini/3933/map.html(上野水上音楽堂地図)

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◆ボランティアさん&カンパも大募集です!
ボランティアでご参加いただける方は、「ギリギリKの会」事務所へご連絡下さい。連絡先は下に掲載します。
カンパ振込先  郵便振替01730−8−56552 口座名:「がんばれけいこ」

◆「ギリギリKの会」事務所のご案内

〒903-0815 那覇市首里金城町4−71−8
TEL (098)882−3171
FAX (098)886−0263
メール ipponka2006@hotmail.co.jp




October 05, 2006

竹中労「ゲバリスタ」残侠伝・琉球独立編

【下記は、『実話ナックルズ』10月号に掲載されました。】

竹中労という「元祖ルポライター、よろず評論家」がいた。無頼漢の名を欲しいままにし、1952年、新宿・淀橋警察署襲撃、68年、東京都庁乱入、69年山谷・玉姫公園で私服警官と大乱闘、晩年は凡天太郎の刺青「打鬼 花和尚魯智深」(魯智深は、『水滸伝』に登場する豪傑)を背中に彫り、91年、肝臓癌で亡くなった。享年63歳。

無頼漢でありながら、女にはめっぽう優しかった。沖縄のコザ吉原で売春婦の取材をし、必ず爐修仟絖瓩半里靴藤汽疋襪鮗蠹呂靴拭6睚Гい藁匹ったのである。沖縄で売春婦を「尾類小(ジュリグヮー)」、もしくは「モトシンカカランヌー」と言うが、「モトシンカカランヌー」とは「元の銭がかからない」という意味で、ヤクザと売春婦のことを指す。

「オジサン、遊びましょうよ」。一人のモトシンカカランヌーが通りすがりの竹中に声をかけた。するともう一人が、「このオジサン、遊んだことないさ。でも、いい人だよ」と笑った。沖縄最大の赤線地帯・コザ吉原にあっても、竹中は性的な放埓さとは無縁な男であった。

■ 禁歌党宣言

その竹中が初めて沖縄の地を踏んだのは、1969年10月31日、39歳のときである。主な渡航目的は、沖縄の狃娉劉瓩鯣掘・採集することだった。当時、竹中はURCレコードで『日本禁歌集』を企画・制作中で、第一集『桜川ぴん助/風流江戸づくし』、第二集『波まくら博多淡海』(禁演二輪加集)に続き、第三集『沖縄春歌集・海ぬチンボーラー』を準備していた。

「海ぬチンボーラー」とは、沖縄春歌の名曲中の名曲で、「チンボーラー」は「小さなホラ貝」のこと、貝は暗に女性器を表し、隠語を散りばめたおおらかな廓の唄である。名手・嘉手苅林昌の歌・三絃(さんしん)を得て、竹中はたずね求めた〈うた〉と出会う。

「私はほとんど涙しながら録音した、そこには何という素晴らしい、文明にも道徳にもよごされることのなかった土俗のエロチシズムがいきいきと脈々とあったことか!」(「溱ト洧ノ水ハ渙々タリ」『琉球共和国』所収)

竹中は、なぜかくも春歌にこだわったのか。「禁歌党宣言」でこう書いている。

「もと、『うた』は道徳律の外にあった。……人は自由に、思念や感情をコトバにあらわし、リズムに乗せた。うたってはいけない『うた』など、人間がほんとうに人間だった時代には、どこにもなかったのだ」「なべての財産と同様に、『うた』は私有されるべきものではないし、独占されるべきではない。どのような手段を以てしても、『うた』を抹殺することはできない。地下水脈のごとく春歌、猥歌はうたいつがれ、いきいきとしたリズムを絶やすことがなかった」(「禁歌党宣言」『ニッポン春歌行』所収)

69年は、新宿西口広場でフォーク・ゲリラが爆発した年でもある。毎週土曜日に反戦フォーク集会が開かれ、約一万人が集い歌っていた。これに対して国家権力は同年6月に機動隊を導入、催涙弾を撃ち込んで実力排除した。ラジオ・テレビは国家におもねり、歌われていた『機動隊のブルース』『栄ちゃんのバラード』などを猜送禁止歌瓩砲靴討い。竹中はこうした受難を眺めつつ、より根源的な民衆の〈うた〉としての春歌・猥歌の復権へ向かっていったのだ。

「魅力的な人だったからね。話を聞いていると、グイグイ惹き込まれてしまうんだ。竹中と会って人生を狂わされてしまった人は、いくらでもいるよ。でもそれが楽しかった」

と、竹中をコザ吉原に案内したこともあるビセカツこと備瀬義勝さん(現・キャンパスレコード代表取締役)は笑う。

■沖縄、ニッポンではない

竹中の沖縄へのまなざしの中心にあったのは、「沖縄、ニッポンではない」という思想であった。

「一九六九年十月〜十一月、十二月、翌七〇年六月、七二年一月〜二月、四月、都合五度にわたって琉球弧をよぎり、私は一つの結論を得た。――沖縄、ニッポンではない。彼らはウチナーンチュ(沖縄人)、我らはヤマトンチュ(日本人)である。その認識に立てば、これまで沖縄について語られてきた復帰、奪還、解放等のすべての論理、まやかしであることが自明となる」(「沖縄、ニッポンではない――我観・京太郎(チョンダラー)琉球史」『琉球共和国/汝、花を武器とせよ!』所収)

当時、沖縄では「沖縄県祖国復帰協議会」(復帰協)を中心に、「祖国」復帰運動が展開されていた。その中心的な役割を担った沖縄人民党(現・日本共産党)は、書記長・瀬永亀次郎のあだ名をもじって、「カメさんの背中に乗って祖国へ帰ろう」というキャンペーンを繰り広げていた。

「琉球民族は、始めから日本民族の一部である。琉球民族の幸福はあらゆる面に於て、日本人民との結合なくしてはあり得ない」(沖縄人民党、51年臨時党大会決議)

竹中の「沖縄、ニッポンではない」は、こうした日の丸「祖国」復帰運動と真っ向から対決するものとなった。

歴史をひもとくまでもなく、琉球は1609年に薩摩藩の軍事侵攻を受け、1872年に日本政府軍の首里城制圧で琉球王国廃止、琉球藩が設置されたものの、清が領有権を主張、これに対し台湾原住民の宮古島漁民殺害への報復を口実に74年に台湾出兵、79年に琉球処分断行、琉球藩を廃止し、沖縄県を設置したのだ。琉球が日本に併合されたのは、わずか127年前のことである。沖縄「祖国」復帰運動は、こうした歴史を忘却し、侵略者を「祖国」と言い換え、「琉球民族が日本民族になるために」、自ら琉球文化を弾圧する道を選んでいく。沖縄教職員会が指導した「共通語励行運動」は、学校で生徒にウチナーグチ(沖縄語)をしゃべらせないという文化の自殺行為であった。

竹中は、復帰運動を指導した琉球政府行政主席・沖縄教職員会会長の屋良朝苗を『エライ人を斬る』でブッタ斬る。

「何てェこった。情けなくて涙がこぼれらァ。祖国の牘臀瓩醗き替えに、沖縄は自主・自立という、もっとも貴重な財産を失おうとしている。沖縄人民は屋良朝苗閣下の無邪気な愛国心によって、岸&佐藤ブラザース・カンパニー(日本帝国主義)に売り渡されようとしておるのだゾ」(「屋良朝苗 底辺の悲苦忘れた猊帰バカ瓠廖悒┘薀た佑鮖造襦拿蠎)

■『モトシンカカランヌー』上映運動

竹中が、「琉球の黒旋風李逵(りき)」とあだ名して可愛がったのが、現在、時代小説家として活躍する宮城賢秀氏である。

「労さんとは、彼が最初に沖縄に来た69年の10月31日に会っています。僕を紹介したのは太田竜。当時、太田竜(栗原登一)の『世界革命』が出ていましてね。そこに『武装蜂起準備委員会・プロレタリア軍団』を結成したとあった。その沖縄支部を作ろうと思って、太田ドラゴンに手紙を書いたんだが、なしのツブテ。資料だけは送ってきたんで勝手に作っていいんだなと思い、『世界革命』を引用してビラを作り集会などで撒いていた。そんなおもしろい奴がいると太田さんが労さんに教えたんじゃないかな」

竹中労は後に、太田竜、平岡正明と三バカ・ゲバリスタ(世界革命浪人)と呼ばれるようになるが、それはまたのお題。竹中は、初対面の宮城青年(当時23歳)と意気投合したようだ。「メモ沖縄1969」には、こんな記述がある。「宮城賢秀。『水滸伝』中の豪傑のごときたくましき青年。色あくまでも黒く眼光ケイケイ、当地において土木建設に従事する青年労働者である」。

「すぐに労さんのカバン持ちになって、どこでもくっついて歩くようになりました。『沖縄エロス外伝/モトシンカカランヌー』の上映運動(72年1月)や、ジェイムス・ブラウンのコザ市営闘牛場コンザート(73年2月)などでご一緒しました」(宮城氏)

コザ吉原の売春婦をテーマにしたドキュメンタリー映画『沖縄エロス外伝/モトシンカカランヌー』(71年)は、布川徹郎ら「日本ドキュメンタリスト・ユニオン(NDU)」の作品。70年12月のコザ暴動へ至る黒人街照屋地区や、コザ吉原の売春婦とヤクザの生々しい情景を捉え、当時の大学祭でひっぱりだこになった人気作品だ。復帰運動を支援するヤマトの労働者が沖縄での売春体験をアッケラカンと告白するスキャンダラスな場面も。売春婦アケミがうたう「吉原小唄」(「十九の春」の替え歌)が印象深かった。

竹中はこの映画を気に入って、NDUとの共同制作で『倭奴(ウエノム)へ・在韓被爆者無告の26年』を71年に作り、竹中自身の東京都庁乱入事件を記録した『さんや’68冬』と併せ、三本の映画の上映運動を沖縄で仕掛けたのだ。

沖縄タイムスホールで開かれたパネル・ディスカッションでは、沖縄の新左翼が殴りこみ、「あなたたちは、何が面白くてこんなキタナイ映画を撮るのか? 娼婦というのは肉体も精神も腐り果てた最低の女だ、沖縄にはもっと美しいものがある、労働者人民の英雄的な闘争がある。なぜそれを撮ろうとしないのか?」と挑発し、竹中と怒号が飛び交う大論戦となった。

「最初に会った労さんは、こういうのが大陸浪人かなあと思わせる迫力がありましたね。労さんからは、歌の聴き方、凄いものは凄いんだという受け止め方を教えてもらいました」

と言うNDUの井上修氏。NDUはこの後、『アジアはひとつ』(73年)を撮り、井上氏自身は竹中のプロデュースで『アジア懺悔行』(75年)を撮り、昨年、31年ぶりのNDU復活作品として、台湾原住民の戦闘的な歌謡映画『出草之歌』を撮影・編集した。

■ 仕込杖を持った爐佞蠅爐鶚

先のパネル・ディスカッションにパネラーとして参加し、竹中が政治的に一味同心したのが琉球独立党党首の野底土南(ぬかどなん)である。野底は、28(昭和3)年の与那国島生まれで、波乱万丈な人生を歩んでいる。

幼少時代から優秀で、旧制第一中学(首里)に入学。44年、台湾に疎開し、基隆(キールン)中学に転校。45年3月、特別幹部候補生に志願し、入隊。戦後、与那国島の漁船に乗って帰郷。さらに天馬船に乗って糸満に上陸し、中城村久場崎海岸から「八波武彦」の偽名で引揚者を装い、長崎行きの引揚船に潜り込み、陸路東京へ。世田谷区狛江の沖縄の学生寮・南灯寮に入り、法政大学経済学部入学。苦学のすえ、公認会計士の試験に合格し、那覇で公認会計士となる。67年、那覇市久米町に野底武彦会計事務所・琉球独立党本部を設立。結党と同時に建国を宣言し、自らデザインした「三星天洋旗」(琉球共和国国旗)を掲げる。毒舌家であり、当時の復帰運動を「奴隷化教育」と批判した。

前述した宮城賢秀氏は、竹中の勧めもあって琉球独立党に入党、書記長に就任し、野底土南、竹中労、大島渚、武智鉄二、太田竜らが執筆した『三星天洋』(琉球独立党教育出版局発行)を編集している。

「野底さんはおもしろい人でね、仕込み杖なんかを持ち歩いていたんです。それからあるとき白人女の写真をたくさん眺めているので、『何に使うんですか?』と聞いたら、『これで商売しようと思って』と答えた。何を考えていたか謎ですが、ちょっと政治家らしからぬところがあった」(宮城氏)

竹中は、72年に「野底土南――琉球独立のヨハネ」(『琉球共和国』所収)を書き、「人、彼をしてふりむんと呼ぶ」と書いた。「ふりむん」とは「変わり者」の意味である。

その野底土南氏(現在78歳)に、琉球独立党の現党首・屋良朝助氏の案内により沖縄県内の某所で会うことができた。

――野底さんは、「独立なくして平和なし」「独立なくして繁栄なし」「独立なくして自由なし」と主張し、「祖国」復帰を「売国イデオロギー」と批判していましたね。

「沖縄の現状を見るにつけ、どうしても批判的にならざるを得なかったのです。だから、なんとかして郷土のために力を尽くさんといかんなあという気持ちがあったんです」

――野底さんが影響を受けた人は?

「爛肇奪ュウ瓩気(元日本共産党書記長・徳田球一のこと、1894〜1953、沖縄県名護生まれ)です(と言いながら、泣き顔となる)。学生時代に志賀義雄との共著『獄中十八年』を読んで、非常に感動しました。郷土の大先輩ですからね。ひと頃、トッキュウさんに心酔していました。それから目覚めてね、琉球独立の思想研究をやらんといかんと思ったんです」

琉球独立党は昨年8月に屋良朝助氏が党首を受け継ぎ、活動を再開。屋良氏は今秋行われる沖縄県知事選に立候補している。

■コザ派親分との対決

最後に、竹中労・沖縄武勇伝のひとくさりを。話し手は、犇慍療洵瓩離咼札ツ氏。舞台は、復帰前のコザである。

「コザ派の親分にミンタミンジローというのがおりましてね。ギョロ目の親分で、猝楸未瞭麩梱瓩箸いΠ嫐です。その親分と竹中がコザの酒場で会った。脇には嘉手苅林昌、与那覇朝大、そして私がいた。親分が竹中にノセられて、『山口組なんか、来るなら来い!』と威勢のいいことを言ってしまった。それを竹中が雑誌で書いたものだから、コザ派は蜂の巣を突いたような騒ぎになってしまった。裏ではちょうど、山口組と沖縄ヤクザのトップが話し合いを始めていたからね。おかげで僕は仕事場に黒塗りの車が乗りつけられて、問答無用で拉致されてしまった。『俺はあんなことは言ってないよな』とスゴまれたんだ。一時はどうなることかと思ったけど、『いや、そんな話はなかったと思いますよ』と取り繕ったら放免してくれた。そんな話は竹中にはしていない……」

このミンタミンジローと竹中の対決は、映画監督の足立正生も『映画/革命』で書いている。竹中は、足立と評論家の平岡正明を帯同してミンタミンジローの事務所に押しかけている。おそらく、猊禍畛件のあった後だろう。そこではさながらヤクザ映画のような大立ち周りが演じられたようだ。竹中は親分の恫喝に一歩も引かず、テーブルを投げつけて、こう啖呵を切った。「この糞親父が、土地の者を裏切って、山口にたて突く猿芝居をしてやがる。そのひん剥いた目を覚ませ、山口に行ってもひん剥かれるだけだ!」(足立正生『映画/革命』)。

竹中は、「祖国」復帰でヤクザまでがヤマトになびいていくのを苦々しく思っていたようなのだ。 

「僕が労さんから学んだことは、沖縄はアジアであるということ。沖縄は、アジアに向かわないとダメになる。日本を向いていても、もう限界ですよ。誰もそのことに気がつかない。沖縄の音楽も、今、ヤマトの音楽産業に完全に牙を抜かれている。ヤマトを断ち切らないと、そのうち根まで腐れる。『沖縄、ニッポンではない』というところから始めないと、僕らの未来はないですよ」

竹中労の遺志を継ぎ、沖縄で民謡のプロデュースを手がける小浜司氏(島唄カフェ「いーやーぐゎー」店主)の言葉だ。琉球の地に、今も抵抗の〈うた〉はあるか? これにて、「竹中労ゲバリスタ残侠伝/琉球独立編」の幕でござーい。



October 03, 2006

沖縄へのパトリオット・ミサイル配備に抗議する

安倍晋三、久間章生、高市早苗の三バカ・トリオは、鸚鵡のように「米軍再編」「沖縄基地負担軽減」と繰り返しているが、デマ宣伝もいい加減にしなさい。安倍は所信表明演説で、米軍再編は「抑止力を維持しつつ、負担を軽減するものであり、沖縄など地元の切実な声によく耳を傾け、地域の振興に全力を挙げて取り組むことにより、着実に進めていきたい」と大ウソを言った。いったいいつ、日本政府が沖縄の基地負担軽減のために努力したというのか? 辺野古沿岸案は日本側のプレゼンテーションじゃないか。日本がアメリカの言いなりになって、沖縄の基地機能強化を推進してるじゃないか。馬鹿は休み休み言いなさい。独立国もヘッタクレもない。沖縄はまだ米軍の占領下なのか。政府は沖縄県民を国民と思っているのか。「負担軽減」と言うのなら、普天間移設をなぜ本土に持ってこない? 海外移設を交渉しない? 俺は首相官邸の隣に普天間移設をしても、全然反対しないよ。基地が好きなんだろ。

それに安倍は、「沖縄など地元の切実な声によく耳を傾け」などとヌケヌケと言いながら、「米軍再編の進展に応じて段階的に交付金を支払う」と言っているのだから、つまりこりゃあ恫喝政治以外の何ものでもない。札束で沖縄人の顔をひっぱたいて、基地を無理矢理飲まそうとしている。沖縄人の眼からは大粒の涙がこぼれ落ちているよ。ベネズエラのチャベス大統領がブッシュを悪魔呼ばわりしたが、安倍も悪魔のコスプレがよく似合うと思う。ブッシュの隣で「可愛い悪魔」でもしていなさい、シッポでも振って。

さて、沖縄ではパトリオット・ミサイル(地対空弾道弾PAC3)の配備が着々と進んでいるよ。2日未明には米軍車両42台で装備品が嘉手納基地に搬送された。日本人の諸君、バラエティ見て大口開けて笑ってる場合じゃないよ。あんた、このことを知っているか? あんた、沖縄でのパトリオット・ミサイル配備を支持するのか? それにしても、日本のマスコミはてんでこのことを報道しないね。北朝鮮のミサイル配備に対して、米軍のパトリオット配備が、本当に「抑止力」になると思うかい? むしろ、これで沖縄の危険度は増すとは思わないかい? 沖縄が攻撃の対象になる可能性が余計増したんじゃないかな? それでいいと、あんたは言うのかい?

米軍車42台で国道搬送/パトリオット装備(沖縄タイムス)
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200610021700_01.html

あなたの街にこのミサイルがやって来たら、万歳三唱でもするのかい?
この写真を見て、よおく考えてくれ。

http://john.koza.in/e1052361.html(ジャン松元〜ゆんたくコザのひんたくカメラ/パトリオットミサイル嘉手納基地へ搬入)

 

抗議先
安倍晋三事務所(国会事務所):
〒100-8981
東京都千代田区永田町2-2-1  衆議院第一議員会館602号
TEL:(03)-3508-7172  FAX:(03)-3508-3602

久間章生
info@f-kyuma.com

高市早苗/ご意見
http://rep.sanae.gr.jp/index_goiken.html



September 28, 2006

安倍新政権と対峙する沖縄県知事選と辺野古基地反対運動(1):平良夏芽牧師、逮捕される!

【昨日投稿した文章を推敲し、「改訂版」を再投稿します。この文章は、音楽家、ダンサー、パフォーマーなどの表現者が主に読む「plan B」通信に同時掲載されます。】

 9月25日、沖縄県名護市のキャンプ・シュワブ第一ゲート前で、平和市民連絡会の平良夏芽牧師が公務執行妨害で現行犯逮捕された。これは、普天間基地移設準備へ向けて、名護市教育委員会の車両がキャンプ・シュワブ内の埋蔵文化財調査のために基地内に入ろうとしたところ、基地建設反対派の市民と衝突し、逮捕者が出たのである。平良さんは名護署に拘留され、9月27日に釈放されている。

 普天間基地移設にともなうキャンプ・シュワブ内の兵舎の移転先候補地に「思原(ウムイバル)遺跡」「思原石器出土地」という二つの遺跡があるのである。従って、埋蔵文化財調査の必要性はあるのだが、問題はこれを那覇防衛施設局が主導していることである。今回、反対派は、最初から実力阻止に出たわけではない。市教委と話し合いを持つために車を止めたに過ぎない。それを警察が実力で排除した。このことから平良さんの逮捕が生じたのである。

 沖縄タイムスの9月26日付の社説は「シュワブ遺跡調査/衝突は避け得たはずだ」と主張し、「施設局の強行姿勢に問題はなかったか。市教委の対応はこれで良かったか。反対住民らも衝突を回避できなかったのかどうか。警察官導入の是非を含めて、もう一度しっかりと検証しなければなるまい」と書いた。

 実は、この事件の前に伏線がある。それは、15日に市教委の車が同じように基地内に入ろうとしたところ反対派に阻止され、調査をせずに引き返したのである。この日、普天間移設問題で初めて機動隊が導入され、ゲート前に座り込んだ反対派をゴボウ抜きするなど現場は悲鳴と怒号が飛び交う大混乱に陥った。15日は逮捕者が出なかったのだが、市教委は文化財調査をそのような混乱の中で行うことを不本意と考え、調査を断念したのだった。しかし、このことを那覇防衛施設局は快く思わなかったようだ。

 つまり、25日の市教委の調査強行の姿勢は、防衛施設局の圧力であったと考えられるのである。また、沖縄県警が機動隊投入に踏み切ったのも辺野古基地建設を強行突破したい政府の姿勢の現れだろう。つまり、25日の平良さん逮捕は、政府・防衛庁・警察の三位一体の強行姿勢が一人のスケープゴートを生んだと言えるのである。市教委の埋蔵文化財調査はその圧力の下に行われているのだ。

 平良さんは名護署に拘留中に弁護士を通じてこのようなメッセージを出した。

「檻の中にいると、自分が犯罪者であるかのように思えてきます。 外の情報がほとんど伝わらず、自分が孤立してしまっているのではないかという不安が心に広がってきます。『外の仲間を信じろ』と自分に言い聞かせていましたが、 不安は払拭できていませんでした。 弁護士を通じて、多くの皆さんのメッセージを読ませて頂きました。 お腹はすいていますが、心は満たされています。

 取調の中で、ほとんど黙秘していますが、 『資産は?』と聞かれたときに、『仲間たちです』と答えたことは、間違いではありませんでした。最後の最後まで、共に闘っていきましょう。 平良は元気です。そして幸せです。」

 普天間基地の返還が1996年12月2日の日米特別行動委員会(SACO)の最終報告で発表されながら、この10年間でそれが無に帰されている。代替基地建設はアメリカから日本への圧力としてあり、アメリカの忠実な下僕としての日本政府は、辺野古基地建設を暴力的に加速しようとしている。それは、日米安保の「要石(キーストーン)」として沖縄を軍事要塞化していく方向に他ならない。しかし、「要石」とは、人間の生活にとっては「捨て石」にされているということに等しい。

 安倍新政権はすでに「米軍再編に万全を期してほしい」と久間防衛庁長官に指示を出している。従って、ブッシュ・安倍同盟の最前線基地は、辺野古にあると言ってよい。裏を返せば、辺野古の基地建設反対運動は、ブッシュ・安倍同盟を撃つ「要石」でもあるのだ。そう考えるとき、参議院選挙の前哨戦として闘われる沖縄県知事選は、まさに安倍軍事主義政権と真っ向から対決する民衆の闘いとなるであろう。

 沖縄県知事選に野党共闘で立候補を表明した糸数慶子氏は、「新たな米軍基地を造らせない思いで出馬を決意している。その立場を保ち、(政府の)圧力に屈しない」「私の思いとは逆の政権が誕生した。県民の考えが『違う』と示すためにも県政を奪還しなければならない」と述べている。県政を奪還するとは、米日同盟に屈しない沖縄権力を打ち立てることだ。中央政府の傀儡知事ではなく、沖縄の自然と生活を守る、自立的な権力を沖縄民衆の抗いとして打ち立てることだ。

 安倍新政権と対峙する沖縄民衆の闘いは、もうひとつの未来を手にするために沖縄県知事選から辺野古基地反対運動へ突き進もうとしている。日本人よ、彼らを孤立させるな。

 

参考

http://www.okinawatimes.co.jp/day/200609251700_01.html(沖縄タイムス/シュワブ兵舎移転/反対派1人を逮捕)

http://www.okinawatimes.co.jp/edi/20060926.html#no_1(沖縄タイムス/シュワブ遺跡調査/衝突は避け得たはずだ)

http://www.okinawatimes.co.jp/day/200609271300_01.html(沖縄タイムス/米軍再編実行前に/安倍内閣誕生

釈放後の平良夏芽さんhttp://www.ne.jp/asahi/cyura/kiyoko/henokoalbum/060927.htm



August 29, 2006

国は、沖縄の北部振興策と基地建設のリンクを止めよ

政府と沖縄県・北部市町村との協議会が迷走している。本日未明まで協議会参加を拒否していた県・市町村が、小池沖縄相の説得で一転、参加に転じた。協議会は午前中に開かれたが、報道によれば、政府と沖縄県・市町村の見解の相違は明らかである。

沖縄タイムス/県、協議会不参加/普天間代替 http://www.okinawatimes.co.jp/day/200608291300_01.html

沖縄タイムス/普天間協議で初会合/県・北部拒否一転参加 http://www.okinawatimes.co.jp/day/200608291700_01.html

そもそもこの協議会は、政府が辺野古基地建設への筋道を沖縄側の了承の下に進めたいとの思惑で設定されている。沖縄県・北部市町村は、北部振興策の復活を求め、それを条件づける形で協議会への参加を検討してきた。

しかし、東京に来ながら協議会不参加を表明していたのは、北部振興策が「地元が求める環境整備がなされていない」ことを理由としていた。具体的には、額賀防衛庁長官が、北部振興策を辺野古基地建設とリンクさせることを強行に主張、政府案の基地建設を沖縄が受け入れ推進しなければ振興策も進めないとの見解を露骨に示し、それを沖縄に強いていることがネックになっていた。

県・市町村は、以前より基地建設と北部振興策をリンクせず、別々に協議することを求めてきた。そうであるから基地建設と振興策をリンクさせようとする協議会に不参加を表明することは当然のことであったが、一方そうすることで振興策再開の協議がストップしてしまうことは避けたいとの思惑があった。

小池は、協議会後に記者団に「普天間の移設の問題とともに、政府としてしっかりと北部振興の課題も取り組んでいくよう進めていきたいと思っている」と語り、振興策への取り組みをアピールしたが、政府としては協議会で基地建設と振興策をともに話し合いたいとの意向に変わりはしない。内閣府と防衛庁との姿勢に若干の相違はあるが、額賀が恫喝的だということを外せば、辺野古基地建設を加速化したいとの思惑に変わることはない。

問題は沖縄側の姿勢である。振興策を勝ち取りたいので、協議会ボイコットという戦術を最終的には取れなかった。参加拒否を表明しながら、政府との駆け引きをしていたと言われても反論はできまい。沖縄は、基地建設と振興策を別々に協議せよとの主張を降ろすべきではないし、協議会に参加してしまえば基地建設推進を政府に飲まされるのは目に見えている。政府が基地建設と振興策をリンクさせようとする姿勢を止めない限り、安易に協議会に参加すべきではないのではないか。

私は繰り返し主張しているが、政府は基地建設と振興策を切り離すべきである。振興策が、基地建設受け入れの見返りになされようとすることを沖縄側は拒否すべきだ。振興策は、米軍基地の過剰な負担を強いられている沖縄にとって、正当な権利である。それにいかなる条件も付けるな。その使い道も沖縄の自己決定権に委ねよ。米軍基地再編問題は、それとは別個に協議すべき課題であり、意図的に両者をリンクさせようとする防衛庁の姿勢はヤクザ紛いの恫喝としか言いようがない。県・北部市町村には、協議会の枠組みそのものを政府と徹底交渉すべきである。甘言に惑わされ、辺野古基地推進の毒を飲まされるべきではない。

参考

日本経済新聞/沖縄振興の概算要求18.2%増、北部振興は継続前提に100億円 http://www.nikkei.co.jp/news/main/20060829AT3S2900F29082006.html

産経新聞/普天間移設協議会、初会合 沖縄県知事ら一出席〈振興策めぐり政府と県隔たり〉http://www.sankei.co.jp/news/060829/sei069.htm

琉球新報/来年度3214億円概算要求 内閣府沖縄部局 http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-16719-storytopic-3.html

追記

防衛庁の守屋事務次官は、28日の定例会見で、普天間代替施設(辺野古新基地)では、有事に普天間から移駐するヘリ部隊や小型の輸送機以外の航空機を使用することもあり得るとの認識を示した。政府高官が辺野古基地の有事使用に言及したのは初めてだという。

沖縄タイムス/有事の例外使用 示唆/守屋次官 http://www.okinawatimes.co.jp/day/200608291300_01.html

23日、在沖米海兵隊基地司令官のジョセフ・メディナ准将が、衆院沖縄・北方特別委員会との面談で辺野古基地沿岸案のV字形滑走路が1800mとした理由を「有事の際のC130(輸送機)やMV22オスプレイ(垂直離着陸機)の使用に備えるため」と爆弾発言をした。

沖縄タイムス/滑走路1800メートルは有事用/普天間代替施設 http://www.okinawatimes.co.jp/day/200608241700_01.html

これに対して守屋は、24日、辺野古新基地に有事を含む緊急時の機能はないとの見解を述べ、准将発言を否定、1800m滑走路の理由を「小型の輸送機等の離着陸のニーズ」などと取り繕っていた。しからば28日の有事使用発言はどういうことか。前言を翻し、辺野古の有事の前線基地化を事実上認めたことになる。こうした防衛庁のなし崩し的な辺野古軍事拠点化容認発言は、日本政府がアメリカの言いなりで米軍基地使用を認めようとしていることに他ならない。額賀の沖縄への強行姿勢は、防衛庁長官が<ブッシュの犬>と化していることを示している。



August 26, 2006

6.27,7.31「竹中労と琉球独立党の伝説」(NAKED LOFT)報告

下記の文章は、メールマガジン「PUBLICITY」誌を主宰する竹山徹朗氏に宛てた書簡で、8月16日付けの「PUBLICITY」誌に「1448 :コラムと文学引用〜8月15日付地方紙コラム〆琉球独立論」と題して配信されたものです。

「PUBLICITY」 http://www.emaga.com/bn/bn.cgi?7777

竹山徹朗/マスメディアが民衆を裏切る12の方法 http://takeyama.jugem.cc/

内容は、新宿NAKED LOFTで行われた「竹中労と琉球独立党の伝説」のイベント報告ですが、途中、沖縄の「祖国」復帰運動を指導した「復帰協」への批判が含まれているので、いささか辛辣な内容になっています。沖縄の「祖国」復帰運動の中に孕まれていた「日本同化」運動の検証は、厳密にされなければならないと思っています。

なお、「竹中労と琉球独立党の伝説」には多くの人が関わっており、下記はあくまでも私の個人的な文章であることをお断りしておきます。

私の真意は、「今日の沖縄の反戦反基地運動は、日米安保体制の重圧を強いる日本国の同化政策と訣別し、真の自己決定権の獲得へ向けて「琉球独立」の旗を高々と掲げるべきではないでしょうか。ヤマトンチュはそれを支持し、日本の沖縄植民地支配に終止符を打つべきではないでしょうか。」にあるのですが。

【画像】7.31NAKED LOFT「語やびら 琉球独立/竹中労と琉球独立党の伝説2」  http://blog.livedoor.jp/planet_knsd/archives/50648477.html 

掲載いただいた竹山氏に感謝します。

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竹山徹朗様

いつも精緻な目配りで情報を発信されておりますこと、敬服しております。
愚生が企画・制作に関わりました「竹中労と琉球独立党の伝説」のイベント(6月27日、7月31日、NAKED LOFT)をご紹介いただき、感謝しております。以下、その報告と、問題提起をしたいと思います。

まず個人的にこの企画は、今年の3月5日に沖縄県民大会(宜野湾市海浜公園)で撒かれた「琉球の独立を!」というビラに対し、ヤマトンチュとしていかに呼応しうるか、ということが問題意識としてありました。このビラは、琉球独立市民連合、琉球国暫定政府創立準備会、沖縄の独立を問う県民投票実行委員会、うるまネシア研究会、沖縄ハブカクジャーの会、琉球独立賛成運動の会の連名によるもので、一万枚が会場で撒かれました。これについては、「EDGE」編集長の仲里効氏が沖縄タイムス3月14日付で、「抵抗の質 問い直す時/潜在意識動かす想像力を/風に翻る「琉球独立」の旗」と題して言及しているので、詳しくはこちらをお読みください。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~WHOYOU/emigrant.htm#06.3.14

これまで幾度となく沖縄の独立論・自立論が語られ、その可能性を問うシンポジウムが催されてきましたが、大衆運動の中で公然と「琉球独立」の主張がなされ、独立の旗が掲げられたことは画期的なことであったと思います。日本政府が沖縄県知事の意向を無視し、辺野古や高江(ヘリパッド移設)に新たな米軍基地建設を強行しようとしているなか、琉球独立運動が日本国家からの離脱を公然と要求しつつあるのです。また、3.5独立ビラとは別の位相で、琉球独立党が昨年より活動を再開し、党首の屋良朝助氏が沖縄県知事選に立候補を表明するなど、琉球独立運動は多面的な広がりを見せ始めています。

私たちは、ネット上で偶然に屋良朝助氏と知己を得、「竹中労と琉球独立党の伝説」というイベント企画を立案しました。これは、「沖縄、ニッポンではない」(『琉球共和国』)と主張し、琉球独立党(当時の党首は野底土南氏)と一味同心した竹中労を媒介としながら、ヤマトンチュとして「琉球独立」といかに向き合いうるかを問うものとしてありました。発言者にすが秀実氏(6.27)、吉田司氏、井家上隆幸氏(7.31)、屋良朝助氏(両日)を迎え、また多くの竹中労ファンを会場に集めて、熱のこもった討論が繰り広げられました。

私たちの問題提起は、日本は沖縄を植民地支配し続けており、日本人はそのことに終止符を打らなければならない、ということです。沖縄は、1609年に薩摩藩の軍事侵攻を受け、1879年に明治政府の首里城の軍事制圧と琉球王朝の廃止によって日本国に併合され(琉球処分)、それ以後、「日琉同祖論」をイデオロギーの武器として皇民化政策が執られてきました。沖縄戦では沖縄人の命を本土防衛の盾として使い、戦後は日米安保体制の重圧を沖縄人に強い、今も沖縄を本土防衛の盾として使い続けています。こうしたことは、沖縄人を日本人に同化させつつ、同胞としては見なさずに差別的に支配する日本人の「無意識の植民地主義」に依拠していると言えるでしょう。

従って、私たちの問題提起は、沖縄の日本への再併合=「祖国」復帰を指導した沖縄人民党(現・日本共産党)と沖縄県祖国復帰協議会(復帰協)の誤謬を歴史的に総括することを求め、同時に日本の革新勢力がことごとくこれを支持し、「沖縄返還」という(あえて言えば)植民地主義的な政策を掲げたことを断罪することともつながります。

竹山さんもよくご存知のように、竹中労は『エライ人を斬る』(三一書房)で「屋良朝苗 底辺の悲苦忘れた“復帰バカ”」を書き、「沖縄人民は屋良朝助閣下の無邪気な愛国心によって、岸&佐藤安保ブラザース・カンパニー(日本帝国主義)に売り渡されようとしておるのだゾ。キンチャク頭の閣下は、そのことに全然まるで気がついていないように見える。かつて、日琉同祖論を唱えて琉球をまるごと献納した買弁政治家・向象賢と等しく、屋良閣下は、この南冥の美しき島をニッポン低国の支配下におこうとしちょるのだ」と記しています。

17世紀の向象賢=羽地朝秀の琉球文化弾圧を詳述するヒマはありませんが、「祖国」復帰運動の陰で、沖縄教職員会(会長・屋良朝苗)は戦前の皇民化教育の復活を髣髴とさせるウチナーグチ弾圧(共通語励行運動)を行ったことはご承知の通り。沖縄「革新買弁」による「祖国」復帰=日本同化という裏切りを、なぜ沖縄人は許してしまったのか。そして、日本人は、何の疑いもなく沖縄の植民地支配を継続して平然としていられるのか(そこに利益があるからでしょう)。

今日の沖縄の反戦反基地運動は、日米安保体制の重圧を強いる日本国の同化政策と訣別し、真の自己決定権の獲得へ向けて「琉球独立」の旗を掲げるべきではないでしょうか。ヤマトンチュはそれを支持し、日本の沖縄植民地支配に終止符を打つべきではないでしょうか。

そのような思いをこめて、私たちは「竹中労と琉球独立党の伝説」を企画したのです。竹中労の「琉球共和国」が、国家を廃絶するための過渡の権力として想定されたことや、「風と水のリズム」による内なる桃源への夢想でもあったことはあらためて言うまでもないことですが、現実政治との接点の中でいかなる想像力を喚起し得たかは、もう一度問い直されてもいいように思います。竹山さんと竹中労への問題意識を共有しつつ、私は国家を超える共同体の思想を考えていきたいと思います。

これからもどうぞよろしく。

2006年8月4日

國貞陽一 拝

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追記

以下は直接関わっておりませんが、琉球独立党のイベントが下記の日程であるようです。お知らせいたします。

琉球独立党 http://www.bekkoame.ne.jp/i/a-001/

【9月1日 in東京イベント】
沖縄問題大討論会 琉球独立大激論!
場所:東京しごとセンター
飯田橋駅徒歩5分「東京しごとセンター」地下講堂〔300名収容可能〕
時間:9月1日(金)18 時から 21 時

http://www.tokyoshigoto.jp/traffic.php(地図)
主催:沖縄問題大討論会実行委員会
詳しくは 03-5155-1840



August 04, 2006

沖縄 軍用地

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060731i514.htm 読売新聞/沖縄・米軍通信所の一部、知花昌一さんに返還

http://www.gettounohana.com/order/report/after-4.html 反戦地主

http://mytown.asahi.com/okinawa/news.php?k_id=48000150512190007 朝日新聞/軍用地料 地主に不安 普天間移設(2005年12月13日)

http://www.okinawatimes.co.jp/spe/19960215.html 沖縄タイムス/脱基地元年127万人の実験



August 01, 2006

【画像】7.31NAKED LOFT「語やびら 琉球独立/竹中労と琉球独立党の伝説2」

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「語やびら 琉球独立/竹中労と琉球独立党の伝説2」
【出演】吉田司(ノンフィクション作家)/井家上隆幸(コラムニスト)/屋良朝助(琉球独立党党首)/他多数



July 31, 2006

7.31新宿NAKED LOFT◆竹中労<ゲバリスタ>残侠伝――沖縄<桃源/逆桃源行>

三星天洋新宿NAKED LOFTで開催される
「語やびら 琉球独立/竹中労と琉球独立党の伝説2」の第二弾が7月31日(月)に迫ってきました。
【出演】吉田司(ノンフィクション作家)/井家上隆幸(コラムニスト)/屋良朝助(琉球独立党党首)/他
OPEN 19:00 / START 19:30
前売¥1,800(+1drinkから)
当日¥2,000(+1drinkから)

 

この催しは、今日の沖縄情勢において、
琉球独立論がどのように語りうるかを模索するものです。
私たちは、ヤマトンチュとして、琉球独立闘争を支援しています。
私たちは、日本共産主義運動による「祖国」復帰闘争が
許しがたい誤謬、犯罪であったと見做しています。

それは、沖縄人民党=日本共産党の日本民族併合運動であり、
ウチナーンチュを日本帝国に隷従せしめる妄念でした。
なぜ、沖縄県祖国復帰協議会は、ウチナーグチを弾圧し、
日の丸を掲げ、琉球をふたたびヤマトの支配下へ導いたのでしょうか。
それは、共産党の「占領軍=解放軍」規定と「二段階革命」論と
機を一にしています。今日の沖縄の反戦反基地闘争は、
この「祖国復帰」という妄念と訣別すべきではないでしょうか。
そのことを総括しない限り、ウチナーンチュは永遠にヤマトの
奴隷であり続けるでしょう。

私たちは、ウチナーンチュが真の「自己決定権」を取り戻すべきと考えます。
そのために、今何が問われているのか。
私たちは、沖縄の自立・独立派と連帯し、今こそ日本帝国内部に
「沖縄解放」の起爆剤を撃ち込むべきと考えます。
ヤマトの永続的ウチナー植民地支配反対!
琉球弧の日本からの独立を!

私たちの催しは、なぜヤマトンチュである竹中労が
琉球独立闘争と一味同心したかを考えようとするものです。
多くの方のご参集を呼びかけます。

http://www.loft-prj.co.jp/naked/map.html(NALED LOFT地図)



July 22, 2006

沖縄取材

石垣金星2石垣金星1

石垣金星氏『西表民謡誌と工工四』出版記念ライブ

 

 

14日、那覇到着。夕刻、「EDGE」編集長・仲里功氏取材。

15日、琉球独立党名誉党首・野底土南氏取材(琉球独立党党首・屋良朝助氏の案内)。撮影・ジャン松元氏。夕刻、大池功氏と懇談「小桜」(牧志社交街)。

16日、石川真生氏(写真家)と懇談。夜、石垣金星氏『西表民謡誌と工工四』出版記念ライブ出席(沖縄県青年会館)。新川明氏、川満信一氏、高良勉氏、仲里功氏、真喜志好一氏、真久田正氏らの面々。喜納昌吉氏も飛び入りで挨拶。二次会は、西表民謡の唄者・那良伊千鳥さんの「千鳥の店」へ、深夜まで盛会。

17日、真喜志好一氏(建築家)取材。コザへ移動。キャンパスレコード代表・ビセカツ(備瀬義勝)氏取材。ビセカツ氏にコザ吉原を車で案内していただく。夕刻、普天間CAFE UNIZONで高嶺剛氏(映画監督)の絵画展「映画の顔」を見る。

18日、琉球独立党党首・屋良朝助氏の沖縄県知事選立候補記者会見を取材(県庁記者クラブ)。夕刻、川満信一氏(詩人)取材。夜、屋良朝助氏の懇親会出席(うりずん)。栄町「ボトルネック」からふたたび「千鳥の店」へ。琉球新報・松永勝利氏、松元剛氏、沖縄テレビ・宮城歓氏と遊ぶ。

19日、沖縄公文書館へ高良勉氏(詩人)を訪ね、取材。小浜司氏の店「いーやーぐわー」を訪ね、小浜氏と初めてお目にかかる。竹中労氏の話など。

20日、沖縄県立図書館で復帰関連書籍を読む。深夜、東京着。

竹中労の石碑

「なんた浜」の「竹中労 此処に遊ぶ」の石碑。

 



June 29, 2006

竹中労ファン必見! 井上修監督「出草之歌」公開記念 NDUの軌跡〜アジアの風を見つめて〜スペシャルオールナイトイベント

竹中労氏と縁の深いNDU(日本ドキュメンタリスト・ユニオン)の井上修氏の監督作品「出草之歌」が現在、シネマアートン下北沢で上映中です。ご注目を。
http://www.cinekita.co.jp/schedule_event.html

また、7月1日(土)は、伊達政保氏(評論家)×井上修氏(NDU)×鈴木義昭氏(ルポライター)のトークイベントの他、NDU・布川徹郎監督×竹中労氏による伝説の作品群が一挙公開されます(オールナイト)。竹中労ファン必見です!

井上修監督「出草之歌」公開記念

NDUの軌跡〜アジアの風を見つめて

〜スペシャルオールナイトイベント 

7月1日(土)23:30開始
料金:2000円

●上映作品(上映順)
「アジアはひとつ
―玄界灘−東シナ海−先島列島−台湾海峡―」

1973年/16mm/カラー/108分※DV上映

「沖縄エロス外伝/モトシンカカランヌー」
1971年/16mm/白黒/70分

「倭奴へ/在韓被爆者・無告の26年」
1972年/16mm/カラー/56分

● トークイベント
対諭 伊達政保(評論家) 井上修(NDU)
聞き手 鈴木義昭(ルポライター)

※当日11:00より入場整理券を配布致します。
※終了予定は5:00です。
※作品詳細はスケジュールのページからご覧下さい。 



June 27, 2006

語やびら「琉球独立論」/竹中労と琉球独立党の伝説

最近、琉球独立党第二代党首・屋良朝助氏と知己を得、「琉球独立論」をテーマとする下記のトークセッションを企画いたしました。これは、主として、ヤマトンチューの側から「琉球独立論」をどのように捉えればいいかを考えるために、琉球独立党党首・屋良朝助氏を迎え、様々な論客の方々にご出席いただき、ディスカッションをするものです。ルポライター・竹中労氏と琉球独立党初代党首・野底土南(ぬか・どなん)氏の出会いは、『琉球共和国』(竹中労著、ちくま文庫)に詳しく記されています。ご興味のある方は、ふるってご参加ください。

語やびら「琉球独立論」シリーズ

竹中労と琉球独立党の伝説

琉球独立党

1972年、沖縄の「祖国」復帰に反対を唱え、「琉球独立」の旗を掲げたげたウチナーンチュがいた。琉球独立党初代党首・野底土南(ぬか・どなん)である。一方、「沖縄、ニッポンではない」と主張したルポライター・竹中労は、ヤマトンチューとして琉球独立党と一味同心した。沖縄の「祖国」復帰は正しかったのか? 今も日米軍事同盟の耐えがたい犠牲を強いられる沖縄は、日本から独立すべきではないのか? 理不尽な米軍再編の渦中で、今ここから「琉球独立論」を語ろう。(図版は、琉球共和国の「三星天洋旗」)

第1回 6月27日(火) 
出演:屋良朝助(琉球独立党党首)/すが秀実(文芸評論家)/三上治(評論家)/府川充男(築地電子活版代表、元「音楽全書」編集長
)/他

第2回 7月31日(月) 
出演:屋良朝助(琉球独立党党首)/吉田司(ノンフィクション作家)/井家上隆幸(コラムニスト)/他
 
                   

会場=新宿 NAKED LOFT
新宿区百人町1-5-1百人町ビル1階 (西武新宿駅北口1分 / JR新宿東口10分)

TEL 03-3205-1556
OPEN 19:00 / START 19:30 
前売¥1800 当日¥2000(飲食代別)
http://www.loft-prj.co.jp/naked/schedule.html

http://www.loft-prj.co.jp/naked/map.html(地図)

竹中労「野底土南―琉球独立のヨハネ」 『琉球共和国』(ちくま文庫)より
 「野底土南は主席選挙に立候補して二百票を集めた。人、彼をしてふりむんと呼ぶ。四十三歳、公認会計士、那覇市久米町の野底邸の前庭に“三星天洋旗”へんぽんと翻る。スカイ・ブルーと紺碧の天洋に上下をわかって、白(道理)、赤(情熱)、黄(平和)三星を横位置につらねる。通行する人びとは「どこの大使館か?」と首をかしげ、表札を眺めて、「あぁ、あのふりむん!」と納得する。その栄光ある孤立に、大和ふりむんの私は切実に理会する。

 野底土南、すでに琉球共和国人民第一号であって、ジャパニー(邪蛮と野底は呼ぶ)でもなければ沖縄犬民にも非ずと、みずから思いきめているのだ。はじめて彼をたずねたとき、泡盛をくみかわし野底の生まれ島である与那国の民謡を聞いた。片帆持上ぎりば片眼の涙、双帆持上ぎりば諸眼の涙、と島ちゃび(離党苦)の別れの哀歌を、ひげだらけのこの容貌魁偉な党首は、切々とうたってくれた。 」

琉球独立党 http://www.bekkoame.ne.jp/i/a-001/

琉球共和国―汝、花を武器とせよ!



May 26, 2006

5.26小泉訪沖弾劾! 沖縄人の抗日闘争を支援しよう!

琉球新報/電柱にビラ張り男2人を逮捕 那覇署
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-13947-storytopic-1.html

24日、那覇市内で「5.25緊急県民大会」のビラを電信柱に貼っていた男2名が逮捕された。おそらくは、那覇署の警察官が2人を尾行し、職務質問をしたのだと思う。2人はこれに答えなかった。これだけで、軽犯罪法違反の現行犯で逮捕されたのだ。考えられないことである。これは明らかに、小泉首相の沖縄訪問を前に、「日米最終合意」への反対派を押さえ込もうとする策略であろう。ウチナーンチュの警察官は、恥ずかしくないのか。沖縄が日本人の国家によって蹂躙され、米軍基地の75%を押し付けられ、今ふたたび詐欺まがいの米軍再編によって基地が強化されようとしている。その先導役を果たしているのが、小泉首相を司令官とする日本国家権力である。およびそれに追随する沖縄人の「売国奴」=買弁資本権力であろう。沖縄人は沖縄人としての誇りを取り返さなければならない。日本国家権力の差し金となって、沖縄人を逮捕するその愚かしさを恥じねばならない。沖縄人を分断・統治・支配しているのは、ヤマト権力である。それに追随する沖縄買弁資本、ヤマトの犬は、美しい沖縄を泥舟に変えようとしている。

そして、沖縄人への差別意識を満天下に晒し、その傲岸さを恥じない小泉純一郎こそ、沖縄人の最大の敵であり、許しがたい存在である。あろうことか小泉は、米軍ヘリが日本国の領土であるはずの沖縄に墜落してさえ、夏休みと称して映画を観続け、現地を訪れることなく、易々と墜落現場を米軍の征圧下に任せ、それに抗議さえしなかったのである。沖縄を日本とも思っていない小泉は、日本国の安全のために沖縄を戦場として平然としている。沖縄を米軍の戦争出撃拠点としてアメリカに差し出し、さらなる基地建設を号令し、その政策に全沖縄人を屈従させようとしている。そのことを正当化して恥じることのない小泉と額賀の薄気味悪い笑顔を、どれほどの沖縄人が吐き気をもよおし眺めているだろう。26日にヌケヌケと沖縄の名護市を訪れ、アジアの小国と沖縄を札束でひっぱたく小泉の破廉恥パフォーマンスを、私は一日本人として情けなく思う。日本人と沖縄人が真に友好な関係を築くためには、日本の沖縄植民地化に終止符を打ち、沖縄を日本から独立させなければならないと思う。「日米最終合意」「辺野古沿岸案」に抵抗する沖縄人は、今まさしく抗日闘争を闘っているのである。私たちは沖縄人の抗日闘争を支援し、沖縄を本来あるべき場へ戻さなければならない。すなわち、沖縄を日本国家から離脱させなければならない。そのことにおいて、沖縄人の誇りを回復し、同時に日本人と沖縄人の真に対等で友好的な関係を創造していかねばならない。

小泉の、恥ずべき沖縄訪問を弾劾する!
日米最終合意を認めない。辺野古沿岸案を許さない。
米日軍事同盟の基地強化策動に抵抗し、抗日闘争を闘う沖縄人を支援しよう!

國貞陽一(沖縄の抗日闘争を支持し、支援する日本人として)

May 05, 2006

稲嶺知事の「暫定ヘリポート」案

GWは、原稿執筆に集中するつもりだったが、「共謀罪に反対する表現者の会」から「共謀罪MOVIE」第二話への出演依頼があり、2日間が撮影に取られてしまった。ジャーナリスト集団の自主制作映画に私が出演したのである。この映画は近くネット配信される予定だが、公開日が決定したら、追ってまた報告することにしよう。

さて、GW中は、家の前のマンション建設工事が休みとなり、穏やかな日々が戻っている。毎春、我が家の垣根いっぱいに咲き誇る黄色の薔薇が美しい。

本日の報道によれば、稲嶺沖縄県知事が、日米最終合意を容認せず、独自に「暫定へリポート案」を提示した。普天間飛行場の県外移設を譲らず、辺野古沿岸案に反対し、県外移設までの緊急措置としてキャンプ・シュワブ内に「暫定へリポート」の建設を提案したもの。最終合意後の提案であり、実効性においては疑わしく、地元では反対意見も相次いでいるようだが、稲嶺知事が依然として政府の沿岸案を拒否し、抵抗を続けていることに変わりはない。

私は、稲嶺知事の「暫定へリポート」案を支持する者ではないが、それでも日米軍事同盟に苦しめられている沖縄県民の心を守るものとして、知事の抵抗を評価したい。来週にも稲嶺知事が上京し、額賀防衛庁長官と会談する模様であるが、絶対に日米最終合意に屈することなく、拒否を貫き通してほしい。

日米最終合意は小泉・ブッシュ政権による政府間合意であり、そのことは事実上日本国民に強いられる政府の施策となるであろう。しかし、国民はそのことに異議を唱える権利があるし、無条件にその施策を受け入れる必要もない。

米軍再編に3兆円もの金がいるからと言われ、文句も言わずにホイホイと金庫から金を差し出してしまう税金泥棒の政権に反対ならば、その政府を取り替えればいいだけのことだ。辺野古の新基地建設に反対することは、生存の権利を守るための正当な要求であろう。安保条約は必要と考える人でも、これだけの屈辱的な資金援助と新基地建設を、無条件で容認する必要などないはずである。

米軍が日本を戦争から守っているのではない、米軍基地があるから日本は戦争の危険を背負っているのである。米軍基地のリスクを我々は冷静に考える必要がある。

参考
沖縄タイムス/知事が正式提案 シュワブに暫定ヘリポート
琉球新報/県、暫定へリポート要求


資料
「3兆円」問題
日本経済新聞/米軍再編法案、今国会見送り・「3兆円」に疑問続出
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20060429AT3S2802D28042006.html
朝日新聞/米国防副長官「3兆円は細かく積み上げてない」
http://www.asahi.com/politics/update/0503/007.html
読売新聞/米軍再編で日本の負担3兆円、根拠不十分と国防副次官
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20060503i311.htm
赤旗/米軍に再編費3兆円 国民に負担増
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-05-01/2006050101_01_0.html
JANJAN/在日米軍再編:負担額「3兆円」は日本政府の試算か?
http://www.janjan.jp/government/0605/0605033825/1.php


普天間移設先、英豪軍も使用可能に=自民・中谷元防衛庁長官が提案−米軍再編
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060505-00000023-jij-int

米軍基地移転先で衝突 韓国、210人重軽傷
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060504-00000141-kyodo-int


May 02, 2006

琉球独立党の伝説

三星天洋竹中労『琉球共和国』「野底土南(ぬかどなん)――琉球独立のヨハネ」(ちくま文庫)より引用――。
琉球独立党初代党首・野底土南氏に関する記述。

「野底土南は主席選挙に立候補して二百票を集めた。人、彼をしてふりむんと呼ぶ。四十三歳、公認会計士、那覇市久米町の野底邸の前庭に“三星天洋旗”へんぽんと翻る。スカイ・ブルーと紺碧の天洋に上下をわかって、白(道理)、赤(情熱)、黄(平和)三星を横位置につらねる。通行する人びとは「どこの大使館か?」と首をかしげ、表札を眺めて、「あぁ、あのふりむん!」と納得する。その栄光ある孤立に、大和ふりむんの私は切実に理会する。
 野底土南、すでに琉球共和国人民第一号であって、ジャパニー(邪蛮と野底は呼ぶ)でもなければ沖縄犬民にも非ずと、みずから思いきめているのだ。はじめて彼をたずねたとき、泡盛をくみかわし野底の生まれ島である与那国の民謡を聞いた。片帆持上ぎりば片眼の涙、双帆持上ぎりば諸眼の涙、と島ちゃび(離党苦)の別れの哀歌を、ひげだらけのこの容貌魁偉な党首は、切々とうたってくれた。
 ――与那国、ユナグニ、ユノーン、またはドゥナン(土南)、「太古、南海から陸を求めてきた男があった。その男は海原にぽつんと盛上った“どに”(土根)を見て人が住めるかどうか試みるためヤドカリを放った、幾年か経って来てみると“どに”は広く高く盛上り、ヤドカリは繁殖していた。男はそこに住んで子々孫々をふやして、国をつくった」(与那国伝説)
 大雨、飢饉、焦熱、津波、旱魃、この島の伝統、天変地異を連鎖してやまない。ここは差別の島、雑貨屋を営む“上流階級”の家に生まれた野底武彦、神童と呼ばれ島の期待を背負って旧制首里一中入学。一九四四年、台湾基隆中学に転校、四五年三月、特別幹部候補生を志願、八月敗戦を迎える。与那国に戻り、学を志して島づたいにくり舟で北上、沖縄本島に渡り身分証明書を偽造して八波武彦と変名、引揚げ船にもぐりこんで日本の首都・東京へ。
 都下狛江の沖縄学生寮「南灯寮」に起居して労働しつつ、法政大学に入学して経済学を専攻する。在学中公認会計士の資格を取得、帰郷して沖縄大学講師となる。一九六六年まで沖縄と日本とを往復、しだいに琉球独立すべしの確信を深めて六七年、那覇市久米町に野底武彦会計事務所・兼琉球独立党本部設立。土南のペンネームで主席選挙に立候補する、結党と同時に建国を宣言して“三星天洋旗”を掲げた――。」

琉球独立党琉球独立党
http://www.bekkoame.ne.jp/i/a-001/index.html
琉球独立党書籍資料「三星天洋」
http://www.bekkoame.ne.jp/i/a-001/shoseki/sansei/index.html

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「わんがうまりあ沖縄」

沖縄の友人からの報せです。

「EDGE」編集長・仲里効氏と、琉球大学教授・高良倉吉氏の読売新聞の連載が8回まで行きました。興味のある方は、是非、ご拝読ください。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/okinawa/kikaku/022/

<8>日本復帰
<7>アメリカ統治時代
<6>沖縄振興策の評価
<5>基地オキナワという現実
<4>ウチナーンチュとは
<3>「日本留学」世代の意識
<2>日本の中の沖縄
<1>南大東島という体験

第8回「日本復帰」の仲里氏の記述
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/okinawa/kikaku/022/8.htm

「1972年5月15日、沖縄は日本に「復帰」した。私はその日を決して忘れないだろう。「忘れない」といったのは肯定的な意味からではない。それどころかむしろ、沖縄の自立や自己決定の可能性が封殺されたという痛覚からなのだ。34年前のその日、いいようのない脱力感とやり場のない憤怒に煽(あお)られながら、雨で煙った東京の風景のなかをうろついていたことを思い出す。」(中略)

「1972年5月15日、復帰記念式典が行なわれた隣の与儀公園では土砂降りのなか、泥土にまみれながら「沖縄処分抗議、佐藤内閣打倒、5・15県民総決起大会」が開かれた。泥土を踏みしめた〈ノン〉の声は「われわれは『日本人』であり、『祖国日本』に帰属すべき存在である」という領土的な思考や単一の語りには接収されない射程をもっていた。」(仲里効「日本復帰」)

この土砂降りの与儀公園に、「反復帰」を掲げた独立派の旗もあったのである。

参考
EXIT2005/高良勉著『発言・沖縄の戦後五〇年』(ひるぎ社)を読む
http://blog.livedoor.jp/planet_knsd/archives/2004-11.html

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April 15, 2006

「合意してないプロジェクト」より

沖縄の詩人・高良勉さん、郡島舎の岡本由希子さんからのメールです。

(転送歓迎)

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「合意してないプロジェクト」では、4月7日の名護市長ほかの心変わりに対して、「合意してない!」の声を集めるWebページを開設しました。

ぜひ、一言メッセージをお寄せ下さい。形式はWebで表現出来るものなら一言でも200文字でも画像でもアリです。

投稿下さるばあいに、お名前の表記をこちらから再確認しなくてもよいように、明記して下さるか、「匿名で」とか、ご指示を忘れずにお願いします。


Web
http://disagree.okinawaforum.org/voiceofdisagree.html

メッセージ送り先
projectdisagree@okinawaforum.org

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April 08, 2006

名護市屈服の意味

11月、名護市議会は、賛成多数で「沿岸案」反対決議を上げていた。
http://mytown.asahi.com/okinawa/news.php?k_id=48000157777771782
島袋名護市長は、施政方針演説で「沿岸案」反対と言っていた。
http://www.city.nago.okinawa.jp/menu.html

あれは、どう見ても、「沿岸案」でしょ!
ヤマトへの全面屈服(公約違反)ではないのか!

島袋氏の当選の弁。
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200601231300_01.html

「当選後、島袋氏はキャンプ・シュワブ沿岸案に反対の意思をあらためて表明。修正案については「こちらから求める考えはない」と述べた。」

「普天間飛行場代替施設の問題につきましては、平成17年10月29日の日米安全保障協議委員会で合意された沿岸案は、地元の頭越しに合意されたものであり、受け入れることはできないと考えております。基地問題につきましては、地元の理解が不可欠であり、久辺三区をはじめ、関係機関、団体等の意向を踏まえ、適切に対応してまいります。」(島袋名護市長の施政方針演説)

「政治」って、汚ねえぜ!
こういう二枚舌は許さねえ!
ウチナーンチュの風上にもおけないよ!
涙、涙、悔しい、悔しい。

辺野古の表情
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-12635-storytopic-1.html


石川真生さんの日記を読む。
http://blog.livedoor.jp/ishikawamao/(「合意」の裏話)

「こうして沖縄は米軍再編によって、ますます軍事化が進んで、未来永劫まで基地負担を強いられるのね。この事実を日本人のみなさん、どう思いますか?ヤマトから海を隔てて遠く離れている沖縄のことなんて、「関係ないよ」なんて、おまえら、絶対言うなよな!」

相変わらず、キツイね。

基地建設の工事を地元企業で受注しようという話か。

しかし、糸数慶子参院議員の国会質問によれば、2001〜2005年の5年間に辺野古沖基地建設工事(白紙撤回)で、65億3000万円もの税金が使われていたという!
http://www5a.biglobe.ne.jp/~keiko-i/



「合意」撤回要求ができるのか。
名護市議会は、どうするのか。


名護市は、防衛庁に道を譲ってしまったわけだな。
致命的と思う。

北部ヘリパットでも火を吹いている。
http://jaga.way-nifty.com/dugong/cat5457825/index.html
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200603041300_03.html


ヤマト政府の飴と鞭、情け容赦ない。

米軍再編で新交付金、政府検討…進行状況に応じ3段階
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060408-00000105-yom-pol

「新交付金は原子力発電所の受け入れ先への交付金をモデルに、基地建設の進ちょく状況に応じて段階的に地元に支払うなどの仕組みとする。反対運動などで事業が滞れば支払いも凍結される。現行の交付金制度よりも、新たな施設・部隊・訓練の増加に応じ、算定基準を弾力的にするなど、きめ細かいものにすることを検討している。」

ふざけんな、ばかやろー!
沖縄の政治のことを考えると、
いつも、いつも悲しくなる。

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December 11, 2005

【情報】12.18「ゴメン、わじっていいか?県民大作戦会議」 in 沖縄

県民大作戦会議沖縄の友人・知人が準備している、草の根対話集会をご紹介します。沖縄在住の皆さん、是非、ご参加ください。「わじる」とは、沖縄語で「怒る」ということ。

普天間飛行場の県内移設など米軍再編に関する日米合意を問い、今後の沖縄の行動を考える討論集会

(ゴメン)わじっていいか?県民大作戦会議
NO PEACE NO LIFE/NO BASE NO LIFE?(仮称)

                                    
■主催
同実行委員会(高校生、大学生、若者、大学教員、会社員、団体職員、自由業などさまざまな立場の人で構成)

■連絡先
実行委員会事務局 マスコミ労協
電話: 098-863-7588  FAX: 098-867-4709
Eメール: omr@almond.ocn.ne.jp

■日時
12月18日(日)午後1時〜5時

■場所
沖縄キリスト教学院大学 体育館
西原町翁長777番地
電話: 098-945-9782
※入場無料

■内容
フリーエンジョイカンパニー(FEC)による舞台劇「基地を笑え!お笑い米軍基地」を上演

会場では名護市瀬嵩と嘉陽のおばあ2人が「朝市」を、辺野古のおばあが「リサイクルショップ」を開催

石川真生さん「ヘリ基地建設に揺れる町」と、ジャン松元さん「ドキュメント沖国大米軍ヘリ墜落+BASE街幻影」の写真展も開催

コザ高校吹奏楽部のジャズ演奏と、普天間高校放送部制作ビデオ「境界線」を上映。

■開催趣旨

『 これからのことを話しませんか 』

大人は子供に隠してはいけない
「何を?」
子供は大人から学ばなくてはならない
「何を?」
年寄りは子供に伝えなくてはいけない
「何を?」

ねえ母さん、"オキナワ"ってどんなところなの?
ねえ父さん、オジーは何で"ニホン"を恨んでいるの?

どうやら、癒しの島の地層は沢山の血と骨で出来ているようだ
足元を見るたびにカタカタと音を立てて真実を訴えてくる

たとえば、普天間に落ちたヘリの教訓が、辺野古に建設されようとしている
飛行場だと言うのなら、大人は子供に嘘をついたことになる
子供は、疑うことなく嘘を信じて大人になっていく
シュプレヒコールの代わりに真っ直ぐな真実が知りたい

そのために、もう少し"オキナワ"と関わろうと思う

皆でこれからのことを話しませんか


※日米両政府は米軍再編協議の中間報告で、普天間飛行場の代替施設を名護市辺野古のキャンプ・シュワブ沿岸部に建設することで合意しました。各種調査によれば沖縄県内の世論は8割以上が同飛行場の県内移設に反対し、県外移設を求めています。稲嶺恵一県知事も日米合意を容認できないことを表明し、明確に反対の意思を示しています。これに対して日本政府は埋め立て許可権限を県知事から奪う特別措置法の制定も視野に、地元の反対を無視する形で沖縄への基地建設を推し進めようとしています。討論集会では、個人として、今の米軍再編のあり方をどう思っているのかを意見として出していただきたい。そのことが沖縄の声を、日米両政府に突きつける千歳一隅のチャンスになるのです。黙っていてはダメです。話しましょう。そして沖縄の現実を話し合いましょう。そこからいろんなことが生まれるはずです。

November 30, 2005

【情報】米軍、沖縄でクラスター爆弾を装着して飛行

クラスター爆弾重要な問題だと思いますので、全文引用します。





沖縄タイムス/クラスター爆弾付け飛行/嘉手納

二十九日午後一時二十分ごろ、米海兵隊岩国基地(山口県)所属のFA18戦闘攻撃機(ホーネット)四機が、クラスター爆弾を装着して米軍嘉手納基地を離陸するのが確認された。
それぞれ両翼に二発ずつと胴体に一発の計五発を装備。

それぞれ約一時間半で同基地に帰還したが、装着していた同爆弾はなくなっており、沖縄本島周辺の射爆場で投下したとみられる。

同日午前にも同型機四機が同様に同基地を離陸しており、この日だけで計四十発の同爆弾が使用されたことになる。

目撃者によると、二十八日も同爆弾を装着して同様に飛行していたという。

在日米軍を監視する市民団体「リムピース」の田村順玄・岩国市議は「爆弾に黄色い帯が入っており、同爆弾は実弾だ。岩国では実弾を装着して離陸することはなく、同爆弾は嘉手納基地に配備されているものだろう」と説明した。

参考
Aerospace/クラスター(集束)爆弾 多数の子弾を内蔵した爆弾の名称