2017年04月12日18:25

愛×戯曲「愛情マニア」を終えて◆ 凜好撻疋

シアトリカルフォーラム恋愛×戯曲「愛情マニア」

ここからは個人的な気付きとして。

 

今回私は稽古場で、やたら俳優のセーフティのことを口にしていました。
俳優が自分語りをすることで、傷ついてしまうことを恐れてのことです。
 
俳優だって一人の人間なので、語りたくないこと、語れないことがあります。

俳優を名乗る人はストイックでサービス精神が旺盛な人が多く、共演者や観客に喜んでもらいたいという気持ちがスイッチとなり、無意識のうちに自己開示を後押ししてしまうことがあります。
また、観客や共演者が不用意にそこに踏み込んでしまうことで、結果、かえって大きな傷を負い、
俳優として、人間として立ち直れなくなってしまうこともあります。
 
私はそれが、とても、とても怖かった。
 
ワークショップの勉強をしている時、集団の熱狂が自白を強要し、参加者を傷つけたり、少数派を取り残してしまう失敗をたくさん経験しました。だから余計にそう思うのかもしれません。
 
近年の現代演劇の現場に於いては、観客に向けて自己開示を要求されることも多く、
未熟な演出家や出演者がそれを行うことで、俳優の安全が確保されないまま舞台に晒されてしまうことが多々見受けられます。
 
そして私は、それで傷付き、俳優が続けられなくなった友人を何人も見てきました。
 
小劇場演劇の世界には、学生劇団からフリーターとなり、社会人経験を経ることのないまま劇団活動を続ける人が多いです。また、昔ながらの体育会的な考えも根強く残っています。
こういう環境の中だけで過ごしていると、俳優のコンプライアンスについて考える機会は無いに等しく、
自身の安全を守る、という意識に対して希薄であることが多いです。
 
「俳優なら観客のために何でもやれよ。やれない奴は俳優なんかじゃねえ」
 
という考えのもと、今でも人格差別的な発言や暴力、ハラスメントが横行している劇団にたくさん出会うし、自分の劇団ですら、それらが守りきれているとは言い切れません。
 
演劇の持つ虚構性は、コミュニケーション能力の構築にとても有効であると、その可能性を評価されることが多いですが、実際現場に出ると、俳優たちはなんて危険に晒されることが多いのだろうと、そのギャップに頭を抱えることが多いです。
 
実際、「愛情マニア」の稽古中も、俳優たちの口からは、かなり重たい話題が飛び出しました。
私は、大好きな共演者たちが、それを舞台で晒すことによって傷つくのは嫌だと思ったので、
せめて私は安全推進係になろうと。それを今回の役割にしようと決めて挑みました。
 
結局本番では毒親の話や、ストーカーに遭った話が出ていたし、

自分が買って出た役割が果たせたのかどうかは分かりませんが、そういう話を共演者と持つことが出来たのは良かったし、俳優のセーフティは、自分の中の大きな関心事なのだなと、再認識したのでありました。
 
現代魔女の汐月さんが、魔女の概念を、「世の中の物事の枠組みの外から見ている存在」と仰っていました。実は小劇場演劇も、フリンジシアターと呼ばれていて、この「フリンジ」という言葉は、中心の外側―という意味でなんですね。
熱狂の外側にいる冷静さこそが、小劇場演劇に求められていることで、少数派に意識を向ける、に繋がるのかなと。
 
そんなことを考えた時間でした。

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サイゼリヤでいっぱいお話したよ!マグナムワインもいっぱい空けたよ!


plasmamikan
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