3月12日   Functioning Perfectly

だとしたらそんなに尊厳否定でもなかったのだろうか。


再び『アリとキリギリス』についてなのですが、
そういえば、前回の想定どおりこのアリが働きアリなのであれば
夏場にキリギリスがアリに向かって放った軽口、
「真面目に働くなんてバカバカしい」という文言が持つ意味合いが
ちょっと、いやかなり変わってくるのではないか、と思うのです。
普通の人間の労働者に対して「働くなんてバカらしい」と言うのとは
明らかにその重みが違う。なんせ働きアリなのだ。
働くために生まれた、働くことだけが存在意義の生き物なのだ。
そんな相手に向かって「働くという行為そのもの」に唾を吐くというのは
アイデンティティの否定、尊厳を著しく傷付ける行為だと言えるのではないだろうか。
画家に対して「芸術という概念そのもの」を無価値だと言うのと同じかそれ以上の大問題発言だ。
アリはこんなことを言った奴をよく許して助けてやったものだと思う。
普通なら言われた瞬間に「一生許さない奴リスト」に入れて
助けを求めてきても「いい気味だ」と追い返すだろうし、
なんなら軽口を叩かれた直後に殴り掛かっていても不思議ではない。
それぐらいの暴言だ。アリはなぜ我慢できたのだ。

このエピソードが物語化されることをアリは予見していたのだろうか。
今我慢すれば後世に善の存在として取り扱ってもらえる、と思って耐えたのだろうか。
そういう知恵が、もしくは勘が「働いた」のだろうか。
働くことしかできなくてもそういう感じで意外と柔軟にいろいろやれるのだろうか。

3月12日 絶対違うけど

「ちょっと高級なバターを買ってみた」
「神業職人のおじさんがボトルに入れた牛乳を一本一本手で振って作ってるから高いとかなのか?
 なら俺はなんとなくの気分の問題だけど工場で作られた普通のやつがいい」

僕も普通のやつがいい。

2月19日   Plus Hopper

馬鹿にした時点でアウトではないか。


童話の『アリとキリギリス』について考えていました。
夏場にあくせく働くアリを馬鹿にして遊んで暮らしていたキリギリスは
冬になって困窮してしまいアリに助けを求めますが、
このとき泣きつかれたアリはキリギリスに対して
「だから遊んでるだけじゃ駄目ってあのとき言ったろ」的な説教をするわけで、
つまり夏に馬鹿にされていたアリと同一個体だと思われるわけです。

そうなると疑問が一点湧いてくる。
このアリは外で働いていたわけだから働きアリだ。
働きアリが集めた食料は当然その個体の私有財産ではなく
巣の共有財産であり女王とその子供たちの所有物なわけだから、
キリギリスを助けるにせよ見捨てるにせよ、
その決定権、巣の食料をどうこうする権限が
この働きアリにあるとはとうてい思えないのだ。
このアリはキリギリスをさんざん説教したあと
「しゃーねー心を入れ替えるなら助けてやるよちょっと待ってな」と言ったあと
女王に「飯分けてやっていいすか」と聞きに行って
「そらあきまへん」と言われたらどうする気だったのだ。
「すまんやっぱ無理だったわ」って断られて、
一度助かると思ったところから再び絶望に突き落とされたキリギリスはどう思うのだ。
すがってきた相手に無責任な希望を与えておいて
結局より深い絶望に突き落とす、というような行為をする者は、
単に遊んで暮らして破滅する者よりはるかに罪深いのではないか。
このお話から学ぶべき教訓がブレないか。どうなのか。

あるいはこいつは働きアリと見せかけて実は女王アリだったりするのか。
夏に働いていたというのは巣作りをしていたという意味であり、
キリギリスに巣の食料を分け与えるか否かの権限をバッチリ持っているのか。
掃除のおじさんだと思ってたら社長だった、みたいなあれか。それはそれで教訓がブレないか。

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