2009年01月

1月31日   Like As Magic

主に美女マジシャンだった場合。


「マジックを見破る方法」としてよく言われるのが、
マジシャンの動作に無駄なものはいっさい無い、と認識すること、
そして、マジシャンが見せようとする場所、
普通の人がつい見てしまう場所とは違う場所を見ること、の二点です。
前者はたとえば、何かマジックに必要な道具を探して取り出す際、
右ポケット→左ポケットの順で手を入れたら、
それは「たまたまどっちに入れたか忘れてしまったんだね」ではなく、
「右に手を入れた時点で何かしたのだろうな」と考えるべきだということで、
後者は、1枚引いたカードを「覚えてください」と言って客に見せているときに、
あえてそのカードではなく、山札やもう片方の手など、
通常注意を向けてしまいそうな部分以外を見るべきだということです。
マジックはショウとしてもっと純粋に楽しむのが云々、はまた別にして、
こういう見方ができるか、それもなるべく無意識に、常にできるか、というのは
見る側のテクニックとしては一つアドバンテージだと言えるでしょう。

僕も両方習得しているつもりなのですが、
マジシャンの袖が一見無駄に思えるほど不自然に余っていても
「あれは物を隠すためでなく純粋にファッションとしての袖余りだ」と考え、
明らかにカードを見せるフリをしながらポケットをまさぐっていても
それとはさらに別の、全く関係ない袖を見る癖がついているため、
見破るポイントを二点とも抑えているにもかかわらず
なぜか見破れたことがありません。不思議です。(不思議じゃないです)


1月30日   The Plot Thickens

初代・秀勝の石松丸さんを偲ぶため説が有力です。


1586年の新暦1月29日は羽柴秀勝さんの忌日でした。
お悔やみを申し上げます。

豊臣秀吉さんには「秀勝」という名前の子が
最低でも3人、もしくはそれ以上居たと言われているのですが、
この方は「秀勝」を名乗った順番で言うと2番目の、
おそらく一番有名だと思われる方で、
織田信長さんの4男だったところから秀吉さんの養子になり、
武将として中国・四国征伐や賤ヶ岳の合戦などで活躍した他、
山崎の合戦に際して「信長さんの弔い合戦」の大義名分になったり
秀吉さん主導で催された信長さんの葬儀で喪主を務めたりして
本能寺の変以後の織田家における
秀吉さんのステップアップに大きく寄与したとされている人物です。

以降も、かつて明智光秀さんの居城であった
要衝中の要衝・丹波亀山城を与えられるなど重要なポジションを占め、
そのまま行けば秀吉さんの後継者に
一番近い存在ではないかとも思われるほどの方だったのですが、
秀吉さんの天下統一を見ずして、10代の若さで病死してしまわれました。
もともと病弱ではあったのですが、逝去の数ヵ月後に
秀吉さんは関白になって位人臣を極めていることから、
もはや織田の血に頼る必要など無い、と判断した秀吉さんに
暗殺されたのではないか、という説もあったりします。
まさに戦国流転、乱世に翻弄される数奇な運命の持ち主だったと言えましょう。

ただ個人的には、そんなことよりも養子実子問わず
「秀勝」と名付けまくった秀吉さんのネーミングセンスのほうが気になります。
どういうことですか。
そんなにその名前がお気に入りでしたか。
それとも、とりあえず何が何でも「秀勝」を一人手元に置いときたくて、
「秀勝が死んでも代わりはいるもの」みたいなシステムを
構築してしまっていたわけですか。絆ですか。


1月29日   Twin Engined Machine

自炊しようと外食しようと独りは独りなんだけど気の持ちようが。


「通常1個300円のところ特別に2個で500円」というタイプの割引き方に
言い知れぬモヤモヤ感を抱くわけなのですよ。
何なのです。
確かに安くなってて確かにオトクで確かに庶民に優しいけど、でも何なのです。
なんで素直に「特別に1個250円」じゃいけないのです。
2個からしか買えないようにしてますからね。
我々のような、1個しか要らない人を門前払いしとりますからね。
まったく、独り者がお弁当を2つ買ってどうしろと言うのでしょう。
こんなもの、独り身に「貴様は独りであるぞ」と知らしめるためのみに施される
割引き方だとしか思われないのです。

2つ買って、独りで2つ食べればいいのではないか、
昼と夜に分けて食べればいいのではないか、とちょっと閃いたのですが、
でもなんか、昼も夜も出来合いの弁当、って何となく独り身感丸出しであり、
オトクをできる範囲で最大限享受してみたところで
結果「工夫して勝ったつもりでいるだろうがやっぱり貴様は独り身であるぞ」と
知らしめられることになってしまうのです。
むしろ「それがどうした」的に知らしめパワーはアップするとさえ言えるのです。


1月28日   Crosswise

いやでも確かにちょっとセクシーだった気が。


女性の所作において、自らをセクシーに見せるためのものとして
「クロスの法則」というのがある、というのをこないだテレビで見まして、
たとえば自分から見て右側にある物を取るとき
右手でパッと取るのではなく左手をぐいっと伸ばしてきて取る、とか
右サイドの髪を掻き上げるときもあえて左手でやる、みたいな具合に、
わざと目標から遠いほうの手を使うことにより
なんか知らんけどセクシーに見える、ということらしいのですが、
僕としては、本当にそんな現象が普遍的に起こるのか、
セクシーかどうかなんて見るほうの主観なんじゃないのか、
ていうかそんなことを普段から心がけて実践してる人がいるのか、
テレビでは「ああ、そういうのありますよね」みたいな扱いだったけど
そんなに人口に膾炙してるものなのか、
せいぜいちょっと流行ってるジンクスやおまじないレベルのことなんじゃないのか、
猫も杓子もやってるものなのか、そうは思えないね、ぷい、と考えていたのです。

でも今日、向かって右側から出てくるバスの乗車券を
わざわざ狭い乗り口で身体ひねってまで
左手で取ってらっしゃるおばあちゃんを見たので、
うわあ本当に猫も杓子もやってる、と
考えを改めるのです。(違いますたぶん)(右手に杖があったからですたぶん)


1月27日   For Seven Generations

祖先ありがとう。


熱い食べ物が苦手であることを「猫舌」と言いますが、
そもそも猫に限らず、人間以外の動物はそのほとんどが猫舌なのだそうですよ。
熱いものを平気で、むしろ好んで摂取できるのは
人間のみが進化の過程で獲得した特権だ、と言えるわけなのですが、
ではそれは一体何故なのでしょう。
どうして人間は熱いものを食べられるように進化したのでしょう。
「火を扱えるようになったからその流れで」というのが
一般的な見解ですが、果たしてそうでしょうか。
ラクダがコブと長いマツ毛を持っているのは、
砂漠で生きるのに最も都合が良いよう進化したからです。
まず目的があり、それに合ったように変わってゆくのが進化の常なのですから、
むしろ「熱いものを食べるため火を扱えるようになった」とすべきであり、
人間にはそもそも「熱いものを食べる必要性」があった、
というふうに考えるのが自然ではないかと僕は思うのです。

そう、おそらく、独りの冬を耐えられるようにするためです。
独り身を暖めてくれるのは熱燗と独り鍋だけだもの。
これで熱いものが食べられなかったら、と思うとゾッとするのだもの。
伴侶を得られるでもなく、かといって冬が来る前に
強いオスに倒され息絶えてしまうわけでもないどうしようもない弱いオスが、
それでも訪れる寒い冬を生き抜こうと思ったら、これしかないのだもの。


1月26日   Meet Trouble Halfway

覚めました。


雪の中を歩いて身体が冷え切ってしまったので
自販機で温かい缶コーヒーを買おうとしたのですが、
普段ならブラックを買うのだけれど
今日は何だかカフェオレが飲みたい気分だな、
優しいミルクの口当たりを味わいたい気分だな、
そういえば、強いコーヒーと優しいミルクを二人の男にたとえて
どっちも捨てがたいからカフェオレだよね、と謳うCMがあるけれど、
あれ、二人ではなく、一人が併せ持つ性質だとしても面白いのではないかな、
強くてキツめなとこもあるけど優しく甘い側面も持つカフェオレさん、という
一人のキャラクターとして見てみても興味深いのではないかな、
そう、それはまさにツンデレじゃないか、
カフェオレはツンデレだったんだ、なんと素晴らしい、なんと魅力的、
新ジャンル「カフェオレ」として一山当てられるのではないかしらん、
僕もブラック派からカフェオレ派に乗り換えようかしらん、などと妄想していたら、
余計なことを考えていたせいかボタンを押し間違えて
缶のデザインからしてキリリと冷たそうなレモンスカッシュが出てきたので、
たぶん神様が「いろんな意味で目を覚ませ」とオラクルを下したのだと思います。


1月25日   Small Caution

次はちゃんとします。


冷凍食品を食べようとしたのですが、袋を開けてしまってから、
「袋を開けずそのままレンジに入れてください」と
裏面にデカデカと書いてあるのに気付きました。
で、その横に「開けてしまった場合」ということで
ラップをかけてレンジアップする方法も書かれてあったのですが、
これに当方はちょっと引っ掛かったわけです。
なんという至れり尽くせりであろう、
しかしこれはなんというか、穿った見方なのだろうけど
なんかバカにされている気もしてしまうな、
慇懃無礼とでも言うべきか、「どうせ注意書き見ず開けるバカいるだろうから」って
そういう前提でもってこの部分は書いてあるに違いないのだ、
こやつは顧客をハナからバカ扱いしておるのだ、
きっとそうだ、純粋な優しさで書かれているわけではないのだ、
むむ、これは侮辱だ、確かに当方はそちらの想定どおりのバカであったが、
バカにはバカなりの衿持がごたる、情けは受けぬ、と結論付けた僕は、
その救済措置も無視して、そのまんまレンジでチンしてやったのです。

そしたらそれでも十二分にしっとりふわふわに仕上がったので、
完全に負けた、と思いました。
優しい上、バカの暴走を予期し、さらにそれを許す包容力まで持っていた。
気遣いもすごいけど先読みの能力と技術もすごかった。勝てない。


1月24日   Love Day After Tomorrow

だとしたらたぶん僕より重度。


パパから貰ったクラリネットをブロークンマイハート、というあの歌に関して、
「とっても大事にしてた」にもかかわらず壊してしまったのだから
それはイタズラや悪意ではなく不可抗力であり、
なのに「見つけられたら怒られる」と子供が思ってしまうような、
そんな理不尽な怒り方をする親になってはならない、というような
教育理論だか何だかの話を見まして、
確かにそうだ、壊れるなら壊れよとばかり乱暴に扱ったわけでも、
増して積極的に壊そうとしたわけでもないのに壊れてしまったのだから、
それを「注意される」ならともかく「怒られる」というのは不条理だ、
こんなことで錯乱しパッキャマラドのパオパオパになってしまうほど
発覚し怒られることを子供が恐れているというのは異常だ、
当方は子供どころか結婚もしていない若輩者であり、
というか結婚どころか相手もいない独り者ではあるが、
ともかくこの歌に登場するパパには全く共感できる気がしない、と思ったのです。

でも、もし我が子が、不可抗力で転んだ拍子などに
袖余り美女の袖を引きちぎってノースリーブにしてしまったら、と考えた場合、
それはもう僕は注意するも怒るも通り越して
自分がパッキャマラドのパオパオパになるに相違ないと思うので、
歌のパパは、理不尽極まるカミナリ親父なわけでも、
クラリネットに必要以上の価値を見出しすぎているわけでもなく、
ただ単にクラリネットに何らかのフェチズムを感じていただけなのかもしれない、
だったらやっぱりちょっと共感できるかもしれない、と考え直すのです。


1月23日   Buffer Over Flow

語源は合ってました一応。


動画をダウンロードする際に
「バッファ中」と出たりすることでお馴染みの「バッファ」が
「緩衝・緩和」みたいな意味の単語であることを知りました。

で、てことは「バファリン」の「バファ」は
「痛みを緩和する」という意味合いなのだろう、
そういう意図で名付けられているのだろう、きっとそうだろう、と閃くに至り、
じゃああれだ、「バッファリン」という言い回しは、
おっさんが間違えて覚えちゃってたりするわけじゃなく、
「バッファ」をちゃんと発音したが故であり、
むしろ正しいとさえ言えるものなんだ、というふうに
日記の主題を持っていこうとしたのですが、
本当にバッファ=緩和がバファリンの語源なのか、を
念のため確かめるべく検索したら、
「というかそもそもバッファリンという名前の薬が本当にあった」
「見たことある」「現物は今検索しても出てこないけど実際確かに昔家にあった」
みたいな、ファンタゴールデンアップル的な都市伝説が
結構いっぱい出てきたのでなんかもうよくわかりません。
違う。そういう話をしたかったわけではない。


1月22日   Publicity Agent

比重。


スパムメール、依然として絶賛届き中でありその量は減らないのですが、
内容のほうがどうもちょっと変わってきたようです。
今までは出会い系と、よくわからない英語タイトルのものと、
あとは懸賞が当たりましたとか精力剤買いませんかとか
そういうタイプのものぐらいしかバリエーションが無かったのが、
最近はそれに加え、「ライティング講座」だか何だか、
正しく美しい文章の書き方を無料ないし格安で学べる、という
誘い文句のものが多く来るようになりました。

このことから、僕の個人情報がさらに漏れた可能性が指摘できます。
知ったな。
僕が愚かな文章や間違った文章を毎日書いていることを、
何をどうやったのかわからないけど知ったな。
出会いどうこうを毎日気に掛けはしないけど、
美しくない文章の日記は毎日書いている人間だ、と見抜いたな。
よもや僕個人に合わせて仕掛けてくるとは。そして不本意ながら合ってるとは。


1月21日   Swing into Action

不純な動機。


ファミレスで、プロの劇団の方たちでしょうか、
あるいは文化祭的な何かで劇をなさる学生さんたちなのでしょうか、
後ろの席の方々が舞台についての話をしてらっしゃって、
随分と盛り上がっているな、
でもまあ当方は演劇には全く興味が無いから
何をそんなにヒートアップすることがあるのかわからんな、
何ならちょっとうるさくて迷惑だと言えるぐらいだな、程度に思っていたのですが、
会話の中に、「舞台袖」のことを指す「袖」という単語が
ものすごい頻度で出てきたので、
それはヒートアップもしようものですわ、
いっそあたしも演劇やってみようとすら思いますわ、
幸せな気分で毎日過ごせるに違いありませんわ、と思いました。


1月20日   Gain Currency

そういう心配じゃないです。


近い将来、USドルが廃止され、
アメリカ、カナダ、メキシコのNAFTA三国で
共通の新通貨「アメロ」が導入されるかもしれない、みたいなニュースを見まして、
とはいえまだまだ障害が予想されるし
実際に導入されても混乱があるだろう、というような結び方の記事だったため、
障害というのはたぶん、アメリカンな方に、
ネイティブな発音で「7アメロ」と言われたときに
日本人の耳には「舐めろ」と聞こえてしまって、
猥褻な意味、あるいはファッキン的な挑発・侮辱の意味になってしまう、
そしたら意思疎通が混乱し、そんな意図は無いのに一触即発になって
下手をすれば国際紛争になってしまう、という可能性があることだろう、と予想し、
それはとても心配なことですね、と僕も憂慮したのです。

でも、よく考えたらアメリカンでネイティブな方は
「7」を「なな」とは読まないことに気付いたので、
なんだ、安心だ、憂慮しなくていいですよ記者の方、と思ったのです。


1月19日   Not Too Distant Future

未来は僕等の手の中。


たとえば「今日誰かが1億円くれるかもしれない」とか
「今までの自分の人生は全て夢なのかもしれない」とかいうことに関しては、
一見荒唐無稽な予想に思えますけれども、
そういう可能性はゼロなのか、絶対にありえないのか、というとそうではなく、
むしろ「なぜ絶対に無いか」を証明するよりも
「なぜありえるか」を証明するほうがはるかに簡単なわけで、
なのに、これらを本気で考えながら生きている人がほとんどいないのは、
そんな「ありえる」程度のことをいちいち気にしてたら
考えることありすぎてキリがないから、という理由に他ならず、
つまり、そういった予想をすることと、
「雨が降るかもしれない」「ギャンブルで勝てるかもしれない」など
日常的に予想していることとの違いは、
単純に可能性が大きいか小さいかの差でしかないのだ、
本質的には同じものであり、その可能性の大小の線引きをどこでしているか、
といったあたりを洞察することで
人間は何を欲し何を考える生き物なのか、自分がどんな人間であるのか、が
見えてくるに違いないのだ、というふうに言えるわけなのですが、
そのような一種哲学的な話とは関係なく、
「雨が降るかもしれない」ぐらいの本気度でもって
僕は「袖余り美女と出会えるかもしれない」と毎日考えながら生きているので、
そのあたりどうか一つよろしくお願いします。よろしくお願いします?


1月18日   The Icebound City

アスファルトも夜だから通常より黒いんじゃなく濡れてて通常より黒かった。


夜道を歩いていたわけなのですが、
路肩やなんかには雪がいくらか残っており、
それがまたどうやらカチカチに凍っているようであったため、
聡明な僕は、これは危険であるな、
あの上をサクサク踏みしめながら歩こうなどと考えたら、
特に夜であり足元が覚束ないことも手伝って痛い目を見るな、
ちょっと凍っている、ぐらいの雪ならば
霜柱感覚で踏みしめると気持ちいいのだけど、
こうカチカチに凍っていてはそんなふうにはいかず
スッテンコロリンするだろうからやめておいたほうがいいな、
これは魔都の罠だな、いわば魔都が住民に仕掛けた地雷だな、と考え、
雪の無いところをちゃんと選んで歩いたのです。

だというのになんだか異様にツルツルしたため、
これはおかしい、と思いよく足元を見てみたところ、
雪の無いところは全て、雪解け水で濡れた地面が凍りついている状態で、
非常に滑らかな氷がどこまで行っても続いている様相を呈していたので、
別に罠ではなかった、味方も通れないぐらいどこ歩いても地雷、という、
ただの問答無用なイヤガラセでしかなかった、と思ったのです。


1月17日   Stick to His Guns

メタルヒーロー。


「ガンギブソン」という単語が
なぜか朝から脳に貼り付いて離れなくて、
何だったかな、言葉の響き的にメルギブソンと関係があるんだったかな、と
ことあるごとに気に掛けて一日中考えた末、
さっき検索して、「特捜ロボジャンパーソン」における
ベジータ的存在の奴であったことがわかり、
当時友人たちとジャンパーソンごっこをしていたことなどと共に
いろいろな記憶が鮮明に蘇ってきたのですが、
残念ながらもう僕の脳内では
拳銃を持ったメルギブソンが躍動しているので、
正しいガンギブソンが戻ってくる余地はありません。
きっとまた忘れて、次思い出そうとしたときも
おそらくガンのメルギブソンが、むしろ今回より迅速に出てくるだろうから。
似たようなのを2つ覚えようとしたら、
1つが強く記憶される代わり、もう1つは忘れ去られる定めだから。
そして、ガンギブソンもカッコイイんだけど
ともすればガンのメルギブソンのほうがもっとカッコイイから。
これならたぶんウォレスになったときエドワード王にも勝てるから。


1月16日   No Greenstuff

自分で買って飲み続けるのはやめておこうと思います。


お正月に、実家からおモチやら何やら送ってもらったのですが、
その中に、僕の健康を気遣ってくれたのか、青汁の粉末も入っておりまして、
以来、全部無くなってしまうまで毎日飲んでいました。
人生初青汁だったのですけれども、
特別飲みやすいものだったのか、あるいは元々僕自身いけるクチなのか、
何の抵抗もなく、むしろ美味しく飲めまして、
健康に良かったかどうかはさておくとしても、
珍しくて美味しい嗜好品を送っていただいたと言うことはできるだろう、
感覚としては上等なコーヒーを貰ったようなもので、
これは実にありがたかったことだろう、と思っているのです。

でも昨日、その青汁の匂いによく似ている
ホームセンターのゴザやら和風の敷き物やらがある場所の匂いを、
僕の鼻は「美味しそうな匂い」と判断してしまったので、
それはありがたくない副産物だろう、
そんな身体にはなりたくなかっただろう、と思い直すのです。
これは健康になったと言えるのか。
「人間として正しい状態」が健康ならば、むしろ遠ざかったんじゃないのか。
青汁を飲んでいれば長生きできる、というのは、
餓死しかねないときも夏用の部屋敷きか何かを食用にして生き延びられる、
みたいな意味合いでの長生きなのか。そういうことなのか。

1月15日   Like Father Like Daughter

1文字の壁。


テレビ雑誌やら新聞のテレビ欄やらにおいては、
字数制限がカッツカツであるためでしょう、
出演する芸能人の方の名前などが略されて書かれていることが多く、
特に芸人さんなんかで中途半端な長さのコンビ名だったりすると
こりゃちょいとばかり無理矢理な略し方なんじゃないかね、
そんな略称で呼ばれてるの聞いたことないんだけどもね、という事態になってて、
そういうのを見るたび、編集者さんの苦心の跡と
芸能人さんの悲哀を感じ取っているわけなのです。

が、某レモンでお馴染みの某テレビ雑誌の某今週号において、
関根勤さんの発言として紹介されていたコメントが
実際には関根麻里さんのコメントであり、
勤さんのほうは発言どころかその番組に出演すらされていなかったので、
それはさすがにいくらなんでもどうなのかしら、
1文字減ったことによって文字数ジャストになったけどでもどうなのかしら、
はっきり言えば間違った情報だし、お二人の気持ち的にもどうなのかしら、
ちょっと斬新すぎる文字数削減法なのではないかしら、
それともあれかしら、「モノマネをする関根勤のモノマネ」の印象が強すぎて、
もう御本人的な扱いでいい、ということになったのかしら、
やすし師匠と一時期の太平サブロー師匠的なことなのかしら、と思いました。


1月14日   Cut My Lucky

書かなきゃいいんですが。


大学入試センター試験も今週末に迫ってまいりまして、
弊サイトを御覧になってくださっている受験生の皆様方も
是非ここを先途と気合を入れもう一頑張りしていただきたい、
そしてみんなして素晴らしい春を迎えていただきたい、と願う次第ですが、
それはそれとして僕は昨日、毎シーズン数回やるところの、
側溝の、フタが途切れてて雪が積もってるだけの場所を
思いっきり片足で踏み抜いて落ちる失態を今シーズン初めて犯し、
しかも今回は打ち所が悪くちょっと足が切れてしまった、という事実を
とりあえずここにご報告しておくものであります。

だってしょうがないじゃない。
縁起悪いけど、日記なんだから今書かないとしょうがないじゃない。
いくらなんでも雪の話だし、受験シーズン終わるまでは待ってられないじゃない。
時期を外したら、ただでさえ面白くないのがさらにスベっちゃうじゃない。
違うの。違うのよ。イヤガラセとかじゃなくて。そう。
僕が代わりに落ちて、代わりに足を切られたの。きっとそういうことなの。
言い訳した結果、言い訳のほうにも縁起悪いワードがいっぱい出きて
なんだかヤブヘビ極まりない感じだけれど、でもそういうことなの。うふん。


1月13日   Trap Shooting

鳴らすのを邪魔するもの。


いわゆる「指パッチン」というのは、
別に骨やら関節やらが鳴っているわけではなく、
親指の付け根の膨らんだ部分に
中指がぶつかって音が鳴っているだけ、なのだそうです。
要するに拍手のちっちゃい版であり、
その証拠に、付け根部分を柔らかい布などで覆ってしまうと
指パッチンしても音が鳴らなくなってしまうらしいのですよ。
いやいや本当に。嘘じゃなくて本当に。
嘘だと思うなら実際やってみればいいじゃない。
手頃な布が近くに無いのならば、
服の袖をぐぐっと引っ張り上げてみればいいじゃない。さあ。早く。

というようにして、意図せずして袖余りを作らせ、
「関係ないけどこれ超いい」と気付かせるための罠を考案してみたのですが、
これだと袖余りへのファーストインプレッションが「邪魔」になってしまうので
やっぱり無かったことにしようと思います。


1月12日   Charming Parallelepiped

欲しくなくなった。


お店で甘いやつを買おうと選んでいたときに、
一つとりわけ目に留まったものがあって、
これは実に美味しそうだ、チョコだか何だかの黒いケーキ部分が濃厚そうだ、
それに容器が細長いキレイな長方形で、なんとも言えずオシャレだ、
ガラス製で、貧乏性な話、何かに再利用できそうだ、
中身の黒いのがぎっしり詰まってるところが
横からクリアに透けて見える感じ、何かに似ているものな、
そうだ、虫かごだ、土を詰めた虫かごに似ているんだ、
カブトムシの幼虫とかが土の中にいて、
それを側面から観察できるあれにとてもよく似ているんだ、
幼虫がうぞうぞ動くのがよくわかるあれにそっくりなんだ、
それと相似しているということになれば、
この容器にも実用性があること間違いなしだ、実にブラボーだ、と思ったので、
それとは違うのを買って帰ってきました。


1月11日   The Ball is in My Court

必殺技のごとく。


スーパーボールに「スーパーボール」と
名付けた人のセンスは尋常ではないと思うのです。
材質や使い道ではなく、「すげえぞ」を意味する形容のみを冠するという。
普通なら「ゴムボール」とか名付けてしまうのにそうしなかったという。
いわゆるソフトテニスボールのような、別の「ゴムボール」が
既に世にあったから付けられなかった、というわけではおそらくなくて、
ハナからそんなチンケな名前を付ける気は無かったに違いないという。
そして、スーパーボール自身のほうも
実際に紛うことなきスーパーっぷりであるという。
名前負けなどいっさいしておらず、
「なるほどスーパーだ」と思わせるだけのポテンシャルを持っているという。
実に思い切った、そして実に効果的なネーミングだと思います。
問答無用で一段上、といった感じがする。見習いたい。

ということで、袖余りも「スーパー袖」と呼んだほうがいいように思ったのですが、
どうにも、どっちかというと攻撃機能とか防弾機能とか
そっち方向にスーパーな響きしかしない気がするのでやっぱりやめておきます。
柔らかで暖かな手の印象から、サイコガンついてる手の印象になってしまう。


1月10日   Powdery Memory

これ面白そう、とかいうベクトルの留まり方じゃない。


「ターミネーター」のヒロイン、サラ・コナーさんを主人公とする
アメリカのテレビドラマ「ターミネーター・サラ・コナー・クロニクルズ」が
DVD化されたということで、
頻繁にテレビCMが打たれているわけなのですが、
当方としては「サラコナー」と聞くとどうしても、
幼少期に泥団子を作る際に仕上げに用いていた粒子の細かい砂の、
僕らの間での呼称「サラ粉」が連想されてしまい、
あの頃は純粋だった、泥団子がキレイにできただけで楽しかった、
そういえば、特に良質なサラ粉がいっぱい取れた
僕らだけの秘密の場所的なところがあったはずだけれど、
あれはいったいどこだったか、思い出せない、気になる、
たぶんあそこじゃないかな、と漠然と浮かぶ場所はあるんだけど
そこは思いっきり墓場のすぐ近くであり、
もしあそこだとしたよく僕らあんな場所で遊んでたな恐ろしい、と
少年時代の思い出、曖昧な記憶のもどかしさ、バチが当たる恐怖の3つを
「サラコナー」と聞くたびいっぺんに感じるため、
僕にとってものすごく気に留まるCMになっているわけなのですが、
たぶんCMを作った方からすると不本意な気の留められ方だろうな、と思います。


1月9日   Gently Does It

肉にやさしい。


揚げ物のレシピをいろいろ検索していたのですが、
手軽に、やさしくできること、を条件に探したのに、
見つかるのはなんか調味料やら温度やらいろいろややこしく、
とてもやさしい料理とは言いがたいものばかりで、
むむう、これはあれかな、本気でやったらもっとずっと難しいのかな、
だからこの程度でも充分やさしい部類に入る、ということなのかな、
と困惑しながら読み進めていったのです。

そしたら「肉を休ませる」という工程があったので、
おそらくそこが「やさしい」所以だったのだろう、
労わりや気遣いのベクトルでやさしいということだろう、と思います。(違います)


1月8日   Fish in Muddy Waters

こっちサイドが持つべき心構えは似ていた。


出会い系のスパムメールの中に、
なんというか、寂しくてどうのこうのなので自分でどうのこうのした、という
非常にいかがわしい内容のものがあって、
もうサクラとしてこっちを誘う云々というより
ちょっとした官能小説以外の何物でもない文章でもって
メール本文が埋め尽くされていたのですが、
件名が「ドロドロの手」というようなものだったせいで、
そんなマドハンドみたいなのは当方愛せません、と思いました。
こっちが油断した隙に仲間をいっぱい呼ぶ気だろう。
たまに動く石像なんかも呼んじゃう気だろう。
連射パッド放置しといたのを全滅させる気だろう。騙されるものか。油断しないぞ。


1月7日   Pine After to Do

ぶっちゃけ去年の夏とかにも出てた。


門松など松飾りを出していてもよい期間のことを「松の内」といい、
だいたいその間はお正月気分でオーケー、ということになっていますが、
この松の内、東日本は7日まで、西日本は15日まで、と
地域によってその期間が違うらしいのです。
でもそんなのっていいのでしょうか。
10日ぐらいに東日本から来た人が、西日本の人の家に行ったとして、
その西日本の人は風習に従い松飾りを出したままにしているだけなのに、
東日本の人に「こいつルーズだな」と思われてしまうのではないでしょうか。
もっと言えば、そんな明確な境界線があるのかどうかはわかりませんが、
その境界線の近辺にお住まいの方々の間で、
「あの家怠惰すぎ」「あの家せっかちすぎ」というような
ご近所同士の変な認識が出来上がり、
やがて「前々から思ってたけどね」とトラブルの火種になるのではないでしょうか。
とても気にかかります。心配です。なぜこんな事態に。

そんなことを考えていたら、近所のお宅の玄関に
クリスマスツリーが出ていたのでなんかもうどうでもよくなりました。
小さい。1週間程度の差は、そんな差を気にする僕の器は、全く小さい。


1月6日   Be Threatened

工業用弾性ゴムの加工法も19世紀には既に確立。


友人と電話で、テレビで見た
水風船が割れる瞬間のハイスピードカメラの映像がすごかった、
風船が割れても水がそのままの形で空中に残っていてキレイだった、
というようなことをやいのやいの言ってたのですが、
最初は「あんな瞬間を捉えられるなんて最新の技術すごい」とか
「水にしろ重力にしろ自然の力って改めて不思議ですごい」とか
そういう方向の話だったのに、
途中から「むしろ風船がすごい」
「水が飛び散るより圧倒的に早く縮むってすごい」という話になって、
最終的に、最先端技術でも大いなる自然でもなく「ゴムがすごい」という
わりと昔の人でも気付いていたような結論が出たので、
なんだか無駄な時間を過ごしたような、そうでもないような気分です。


1月5日   Stick Our Neck Out

判明。


小さい頃から金属製の首輪をはめ、
年々その輪の数を増やしていって首を長くする、
東南アジアの「首長族」という方々がいらっしゃいますが、
首が伸びる、ということは生物学的にありえないのだそうですよ。
あれは実は、首輪の重みと圧迫により
アゴが上がって肩と鎖骨が下がっている、というだけで、
結果として首の部分が長くなったように見えているだけなのだそうです。

腕時計やブレスレットの類は、袖余りの敵であることが明らかになりました。
だって、首長族の例に照らせば、つけ続けることによって
わずかなりとも手首が長くなったように見えてしまう可能性がある。
そしたら袖余りだった服がいつの間にか余らなくなるという事態を招いてしまう。
本当に手首が伸びてるならもう仕方ないけど、
そんな、意味もなく長く見えるだけだなんて断じて許しがたい。
案の定敵だった。袖をめくらないと用立たないものだから
薄々そうじゃないかと思ってたけどやっぱり敵だった。あいつらそういうとこある。


1月4日   Walk on Thin Ice

今だ、みたいな。


お店の外にある自販機で煙草を買い、
商品出口から取り出そうとしたところ
頭にポタッと冷たい雫が落ちてきたのです。
で、「ぎゃあ」と思いながら慌てて頭上を見てみたら、
ツララがびっしり大量にあったのでもう一回「ぎゃあ」と思ったのです。

軒高くないし今はツララも小さいとはいえ、これは危険だろう。
罠だろう。この位置取りは完全に罠だろう。
もしや、客の頭がそこに来る瞬間を見計らって落とすつもりなんだろう。
そういうシステムが出来上がってるんだろう。
そのお店は、店内外の各所に設置された
監視カメラのモニターがレジのとこにあって、
一般客でもその映像を見ようと思えば見られるようになってるんだけど、
あれも実はこのためだったのだろう。
中世の、娯楽的な公開刑罰の感じなのだろう。


1月3日   Been Ages since We Last Met

最初からカップルでお正月過ごしてる層は無視で。


欧米ではクリスマスのおまけ的存在であるお正月が、
日本を含む東アジア圏においては
年間通しても最大の祝い事である、ということについては、
宗教的理由の他、近年まで「数え年」が採用されていたため、
というような理由もあるだろうと考えられています。
数え年では、年が明け、1月1日を迎えるたびに1つ歳をとりますから、
いわば、国民全員が1月1日に誕生日を迎える、みたいなことで、
そりゃ盛大に祝われもするだろうさ、ということになるわけです。

今も数え年だったら良かったのに。
いくら「誕生日は恋人と二人きりで」と思ってても、
なにせお正月だからかなりの割合の人は実家に拘束されちゃって、
そうして「誕生日をカップルで過ごす」層が
根こそぎ「ファミリーで過ごす」層に吸収合併されちゃえばいいのに。
そしたら我々だって、今以上にお正月を盛大に祝うのに。
「誕生日を独りで過ごす」層を増やすことも、そこから抜け出すこともできないなら、
せめて敵方の勢力を弱体化させてやりたいのに。相対的に増えたいのに。


1月2日   Beef about It

牛100%とも書いてないし。


郵便受けに、ハンバーグ屋さんの、
年賀状を兼ねたような感じのチラシが入っていたのですが、
「今年は丑年!」ということを
ものすごく強調したデザインになっていたので、
「それはどうだろう」と思いました。
パッと見、確かに12年に1度のビジネスチャンスっぽいけど本当にそうなのか。
干支を食うのは縁起がいいのか。歳の数だけ豆を食うみたいなことなのか。
どっちかというと食わないほうがいい気すらするのは僕だけか。何なんだ。


1月1日   Carry Coals to Newcastle

魔都いきなり全開。


明けましておめでとうございます。
旧年中は皆様より格別のお引立てを賜り、厚く御礼申し上げます。
本年もなお一層の御指導御鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。

近所のスーパーの初売りでは何が買えるだろう、
おせちやおモチを安く売ってもらえるのだろうか、とチラシを見てみたところ、
何よりもレトルトカレーが安く買えることが判明するような、
相も変わらず全国的な空気が読めているとは言いがたいような、
そんなステキな街より、本年も日記を書いてまいりたいと思う所存です。
早い。確かに魅力的だがいかんせん早い。落ち着け。

2009年1月

明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
2001年9月から始めたサイトが2009年1月まで続きました。次の目標は9001年2月です。頑張ります。



1月31日 当たりたい
 
「冬の風物詩といえば、やっぱり雪合戦だな」
「じゃあお前投げる組で、俺当たる組な」

そういう遊びじゃないし、なぜそっちの組を自らチョイス。






1月30日 濁っていると言い切るでもなし
 
「冬の風物詩といえば、やっぱりタラだな」
「新鮮なのは目がキラキラした、なんかお前と逆の感じのやつだ」

随分ふんわりした感じで悪口を。






1月29日 液状化
 
「冬の風物詩といえば、やっぱり水菜だな」
「水菜は無いけど水みたいになった菜っ葉ならある」

興味はあるが捨てろ。






1月28日 地盤沈下
 
「冬の風物詩といえば、やっぱりワカサギだな」
「釣ってる間お腹空くけど周りの雪とか氷とか食えばいいしな」

落ちるぞ。






1月27日 高いエスプレッソマシンみたいなことか
 
「冬の風物詩といえば、やっぱり甘酒だな」
「こだわりの酒粕、こだわりの砂糖、こだわりのストーブ」

何をどうこだわったんだろう。






1月26日 渋くてカッコいいグレーに
 
「冬の風物詩といえば、やっぱり蕪だな」
「冷蔵庫の傷んでシックな色になった蕪をスーパー蕪と名付けた」

ホンダと蕪に謝れ。






1月25日 歯をパワーショベルのように
 
「冬の風物詩といえば、やっぱり中華まんだな」
「肉まん派?あんまん派?カレーまん派?台紙派?」

とりあえず台紙派ではないし、だとしても声高には言いたくない。






1月24日 特に最後
 
「冬の風物詩といえば、やっぱり甘エビだな」
「あんなんより角砂糖のほうが甘いし、安いし、空腹感紛れる」

なんだその極限の比較条件。






1月23日 愛でられはする
 
「冬の風物詩といえば、やっぱりツバキだな」
「首が落ちて不吉なので、鉢植えにはお前の名前付けた」

前半と後半繋がってない気がするし、そもそもやめてほしいし。






1月22日 和風カレーとは呼びがたい
 
「冬の風物詩といえば、やっぱりおでんだな」
「鍋一杯作って、飽きてカレーにしたら食の神のバチが当たった」

美味しくなかったか。






1月21日 持って帰っていい係
 
「冬の風物詩といえば、やっぱり雪だるまだな」
「溶けた後ニンジンとかミカンとか回収する係は俺に任せろ!」

なんだその係。






1月20日 他なら捨てるとこなのに
 
「冬の風物詩といえば、やっぱり白菜だな」
「芯に近いほどむしろ美味しいという、夢の食材な」

夢安いな。






1月19日 どうにか食えそうなもん探しの手腕
 
「冬の風物詩といえば、やっぱりナマコだな」
「あれ最初に食った人は食べられる野草を知らなかったんだな」

なぜ勝ち誇ったように。






1月18日 バケツ一杯の地球人よりすごい
 
「冬の風物詩といえば、やっぱりイチゴだな」
「イチゴ大好きだから一度馬車一杯食べてみたい」

こりん星要素が混ざってむしろものすごい量に。






1月17日 数少ないし出すの邪魔くさいし
 
「冬の風物詩といえば、やっぱり大根だな」
「趣味は鍋底大根だけ食べ歩くことです」

迷惑な客だ。






1月16日 スナック
 
「冬の風物詩といえば、やっぱりツララだな」
「さくさく派?ポリポリ派?」

何派がどういうものなのか知らないけどなんで食う擬音。






1月15日 金持ちのおっさん
 
「冬の風物詩といえば、やっぱりクエだな」
「『クエを食え』って実際言ってみたいような、言いたくないような」

高級品を人に奢れるレベルだけど親父ギャグという。






1月14日 冬の贈り物
 
「冬の風物詩といえば、やっぱりカマクラだな」
「あんなんよりダンボールのほうが暖かいけどな」

そういう基準の話じゃないし、知らないし。






1月13日 地獄絵図
 
「冬の風物詩といえば、やっぱり牡蠣だな」
「漢字は『オスの虫が1萬匹垂れてくる』って覚えよう」

嫌だ。






1月12日 そして良いポン酢を呼んで来い
 
「冬の風物詩といえば、やっぱり湯豆腐だな」
「素材の質が命だよな、良い豆腐、良いダシ、良いケチャップ」

良い豆腐と良いダシに謝れ。






1月11日 他の魚のも全部食う者としては
 
「冬の風物詩といえば、やっぱりアンコウだな」
「皮やキモも全部食っていい大義名分があるあれな」

大義名分って何だ。






1月10日 ダジャレ社長
 
「冬の風物詩といえば、やっぱり寒ブリだな」
「最終段階に出世してなお『寒い』呼ばわりとは、心中お察しする」

何の何を察してんだ。






1月9日 少なくとも得意そうだ
 
「冬の風物詩といえば、やっぱりスキーだな」
「俺普段からスベるの好きだしな、ってやかましいわー!」

なるほど好きそうだ。






1月8日 松の内過ぎて安くなるという
 
「冬の風物詩といえば、やっぱりおモチだな」
「特にこれからの時期な」

それはどうだろう。






1月7日 負け惜しみ失敗
 
「冬の風物詩といえば、やっぱりフグだな」
「なんだあんなもん、ただの高価で美味しい歯応えのいい毒だろ」

だとしてもそうそうあるものではない気がするけども。






1月6日 もっと足が当たってどうこうとか
 
「冬の風物詩といえば、やっぱりコタツだな」
「特に恋人を部屋に呼ぶとき重宝するよな、間接照明として」

何電熱部丸出しにしてんだ。






1月5日 頭脳戦に持ち込まれる
 
「冬の風物詩といえば、やっぱり忠臣蔵だな」
「小屋で見つかったとき『そうだ、僕が吉良だ』って言うんだよな」

そのキラだと赤穂浪士負けるんじゃないかな。






1月4日 食中毒のテーマ
 
「冬の風物詩といえば、やっぱり焼き芋だな」
「♪あーたろうかー、あたろうよー、だっけ?」

それはただの焚き火で、食べ物だと絶望的に歌の意味が変わる。






1月3日 炎のイメージを
 
「冬の風物詩といえば、やっぱりカニだな」
「赤くて暖かそうだもんな」

なんで見るだけ。






1月2日 人肌恋しいとかじゃなくてか
 
「冬の風物詩といえば、やっぱり鍋だな」
「俺を暖めてくれるのは鍋だけだよ、電気止まっちゃったから」

そういう意味合いで?






1月1日 それはまず許せるか否かが分かれる
 
「冬の風物詩といえば、やっぱりミカンだな」
「わかる!暖かいコタツで、猫抱いて、ミカン入りポテトサラダを」

わかってない。

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