2009年03月

3月31日   Splash Stars

下手したら吐血とかしたかもしれない。


当方の花粉症っぷりも堂に入ったものなのですけれども、
今年は特に鼻へのダメージが甚大に来ている気がして、
まったく、鼻をかむ機会が例年に増して多すぎることよ、
さすがの僕も鼻の下がそろそろ痛くなってきたし、
おそらくはもう鼻粘膜もずいぶん弱っているだろう、
ああ、鼻をかむたび鼻血が出たりすると非常に面倒なことになるな、
一度鼻血が出ると、何しろ花粉のせいで鼻をかまないわけにはいかないから
粘膜を安静にさせておけなくて完治せず、
最終的に鼻をかむたび出血してしまうに違いないな、そうなってはたまらないな、
気をつけねばならぬ、やさしくかまねばならぬ、と考えていたのです。

そしたら、そんな危惧や注意とは全く関係なく
風呂でのぼせて鼻血が出たので
「あー用心し始めるのが遅かったー」と思ったのです。
身体的には出す準備はとっくにできてた。
だから、切っ掛けはもはや何でもいいぜ、みたいなことだった。
「負担をかけた、申し訳ないことをした」というよりは、
なんか別件逮捕されたみたいな気分だ。腑に落ちない。


3月30日   Master of Poison Gas

マッスルタッグマッチ。


コインランドリーの乾燥機のところに、太く力強い文字で
「磁気を持ったものを近づけないでください」というようなことが書かれた
貼り紙が貼ってあるのを見つけました。
こういうのは磁石モーターとか使ってたりしますから、
おそらくは誰かが、キャッシュカードなど磁気に影響があるものを
気付かず洗濯物と一緒に回してしまって、
カードか乾燥機かどっちかに不具合が出た、とか、
推察するにそんなところなのだろう、と僕は思ったのです。

と思ったら、その貼り紙は台の部分に
思いっきりマグネットで留められていたので「ぬう」と思ったのです。
何だ。実は不具合が出るから禁止というわけじゃないのか。
ランドリーのオーナーの、「やっていいのは俺だけ」的なことか。
「みんなは駄目だけど、俺だけはカセットの持ち主だから
 対戦でブロッケンJr.使っていい」的なことなのか。
んで「ケンちゃんばっかりずりーよ」ってなるのか。ケンちゃんって誰だ。


3月29日   Fortune Arterial

解けなかった。


昨日の僕は、雑誌の占いによれば
「困難があるが他人の助けをあてにせず自力で乗り切らねばならない」
というような日であったとのことなのですが、
別にそんな取り立てて困難とか無かったし、
ていうかそもそも土曜日でほとんど家にいたから
他人の助けが要るような困難なんて起きようはずもないわけだし、
そういえばジュース買いに自販機行ったとき小銭落としたけど
それも通りがかりの方に拾っていただいたから
そういう意味ではむしろ他人の助けがあったということだし、
何だやはり占いというのはまるで当たらないものなのだな、と思ったのです。

そしたら、日付が変わる直前に徒然にやった携帯アプリのナンバープレイスで
3×3の中にデフォルト数字が1つも書かれてない、
という鬼のような9マスが4つもあったので、
畜生これのことか、占いすごい、と思い直したのです。


3月28日   Daily Diary

無いったら無い。


「象は陸棲哺乳類の中で唯一、ジャンプすることができない動物である」
というような情報を知るに至り、
僕は、へえそうなのか、特に深い意味は無いけれどなんとなく不便そうだな、
たとえば、特に深い意味は無いけれど
避けたいものを咄嗟にジャンプで避けられないのは不便だし、
もっと具体的に言うと、道を歩いてて
気付かず粗相を踏みそうになったときに
寸前でジャンプして避けることができないのは
特に深い意味は無いけれど不便だな、
まあそんなことしても避けきれてなくて、
「帰り際ならともかく出がけなのに」「せっかくの春の日の週末に」と
絶望したりするんだけどそれはそれとして不便だな、
特に深い意味は無いけれど、断じて無いけれど、と感じました。


3月27日   Dip a Tea Bag into a Cup of Tea

むしろそれが売りなのだろうけれども。


最近復活したジャワティストレートをよく召しておりまして、
飲むたび、ああ、とても美味しいなあ、
やはりストレート派としては無糖の紅茶が手軽に飲めるのは嬉しいなあ、
そういえば中学や高校のときにも頻繁に飲んでいたなあ、
当時は別に紅茶が好きだからとかじゃなく、
単に自販機が近くにあったから飲んでただけだったけど、
それにしてもよく飲んでいたものなあ、思い出すなあ、
そうして青春時代を思い出すからというのもあるのだろうか、
これ飲むと、こころなしか元気が沸いて、
今日も頑張ろうというエネルギー源になる気がするなあ、と思っているのです。

でも、ふとペットボトルのラベルを見たら、
「カロリーもゼロだし、タンパク質も脂質も炭水化物もゼロだし、
 糖もナトリウムも無ければ何だったら味付けも香り付けもしてねえぜ!」と
極めてスタイリッシュに宣言されているのを発見したので、
元気が出るのは完全にこころなしであることがすぐ判明したのです。
栄養的には元気が出る要素は何も無いもの。たぶんキュウリより無いもの。


3月26日   Oh My God

そっちが何のCMだったかも思い出せない。


数日でしたがお休みをいただきまして、
実家のほうに戻ってリフレッシュしてまいった次第です。ただい魔都。

でも、帰路の電車の中、マナー悪くもどこかで携帯が鳴りまして、
その着信メロディが「おおブレネリ」だったところから、
あれ、この歌の歌詞ってどんなだったかな、
「♪おおブレーネリ、あなーたの、おうちはどこー、
 わたーしの、おうーちは、スウィッツランドよー」までは思い出せるんだけど
その後何だったかな、たしかもう1メロディあってから「♪ヤーッホー」だよな、
何だっけ、「何とかなのよー」みたいな感じだったよな、どんなだったかな、
やばい、「♪キンメーダイ、カーレーイの、ホターテなのよー」が出てきたぞ、
明らかに替え歌であって本来の歌詞じゃないのに全く頭から離れてくれないぞ、
スウィッツランドだっつってんのに海産物なわけがないぞ、とひたすら悶々として、
道中2時間全く気を休めることができず、リフレッシュが帳消しになったのです。


3月25日   Soothe a Crying Baby

なんでゆうちょだけ特別なんだよ、って憤ったほうがいい気がしてくる。


そういえば、「預金」と「貯金」の違いというのは
銀行にお金を預けるか、郵便局にお金を預けるかの違いだ、と
昔習ったように思うのですけれども、
郵政が民営化されまして、郵便局の金融部門は
「ゆうちょ銀行」と「銀行」と名の付く機関になってしまいましたから、
果たしてこれに預けるのは「預金」「貯金」どっちなのか、
ふと気になったので、調べてみることにしたのです。
そしたら、なんかそもそも銀行や信用金庫などと
郵便局や農協その他などとでは、その金融業務を司る法律が違うものであり、
その法律によって「預金」と「貯金」が分けられているのだ、
ゆうちょ銀行においては今後も「貯金」のほうの法律が適用されるため
「預金」ではなく「貯金」のままで大丈夫なのだ、ということがわかったのです。

でも、調べる過程であまりにも「預」という字を見すぎたせいで
ゲシュタルト崩壊のようなことが起こって
字の左側が「マア」って言ってるようにしか見えなくなったので、
それどころではなくなったのです。
「預」って超書いてあって、「マア」「マア」って超言ってきてるように見える。
すごいなだめてくる。
そんな預金とか貯金とかもうどうでもいいじゃない、ってなだめてくる。
別に怒ってないのになだめられて、なんか逆に腹が立ってくる。


3月24日   The Milk Crown

別にそんな取り立ててくだすタイプでもないのだけれども。


牛乳を飲んだとき、すぐお腹くだす人とそうでない人がいるのは、
乳糖を分解し消化する「ラクターゼ」という酵素の量が
人によって違うからなのだそうですよ。
母乳を分解するためにも必要なものなので
乳児の時期にはほとんどみんな充分な量を持っているのですけれども、
乳離れしたら「絶対に無ければならない」というものではなくなるため、
特に日常的に乳製品を摂取しないでいると、
脳が「もういいや」と判断し、分泌量を減らしてしまうそうなのです。
一応、お腹くだすタイプであった人でも、
我慢して牛乳を飲み続けることによって
やがて分泌が増えてくる、といったようなこともあるみたいですが、
一般的には、大人になるほどより牛乳が飲めなくなる傾向にあり、
そしてそれはどっちかというと正常な生体反応である、と言ってよいのでしょう。

だから僕が、レンジで牛乳を温めたことを忘れたままカップを放置プレイし、
しばらくしてコーヒー飲もうとしてやっとカップが無くて気付く、という状況を
ここ数回連続で繰り返しているのも、大人として正常なのです。
「飲まなくていいからやめとけ」と脳が無意識に判断し
忘れさせた結果起こっている正常な行動であり、
決して僕が異常な間抜けであるせいではないのです。絶対。


3月23日   Age of Empires

別に隠していく予定はないです。


3月23日は僕の誕生日です。
いわゆるひとつの四捨五入すると30歳、という年齢に
去年の時点で既に突入しているので、もうそろそろ実年齢を名乗るのはやめ、
「永遠の○○歳」として若々しくやっていこうかと思っているのですが、
では仮にそうするとして、永遠の何歳にするのか、と言われると
それは難しい問題であり決めかねる、と言わざるをえません。
ポピュラーなのは、アイドルさんやメイドさんや般若さんなどがよくおっしゃる
「永遠の17歳」というものですが、
僕が17歳だった当時というのは、いわゆる「キレる17歳」どんぴしゃの年で、
何かあるたび学年集会が開かれたり感想文を書かされたりしていた記憶があり、
あまり17という数字に良いイメージが無いものですから、
できれば他の年齢がいいかな、と考えている次第なのです。
どうしようか。可能な限り若々しく見せるためにどうしようか。

いっそ「永遠の100歳」などと言っておいたほうが
若々しく感じられるのではないか、という気がしてきました。
だって、100歳の人がこんな愚かな文章を毎日書くとは思わないだろう。
主に「毎日書くとは」より「愚かな文章を」のほうを思わないだろう。
美女の袖余りがどうのこうの、とか頻繁に言うと思わないし、
そもそも「何歳と自称するのが最適か」なんて考え出すと思わないだろう。
そんなん「あらあら若いわね」って言うしかないだろう。


3月22日   Playing Information

大切さを再確認しよう。


「遊びをせんとや生まれけむ」で始まる有名な歌がございますが、
これは後白河法皇さんにより編纂された
「梁塵秘抄」という歌集に収められているものです。
梁塵秘抄は、「今様」と呼ばれる
民間に口伝されていた歌謡を集めたものであり、
その多くは仏教や神道に関する
深遠でおカタい感じの歌なのですけれども、
そんな中にあえて混ぜて収められており、
しかも最も有名であろうと思われるのが冒頭の歌、
「人間は遊ぶために生まれるというわけでは決してないが、
 しかし遊ぶ子供の純真な声を聞くにつけ、非常に感動する」という意味合いの
遊びの素晴らしさを説いた歌であるというのは、
なんとも考えさせられ頷かされる事実であるな、
やはり人生において遊びって今も昔も変わらず大切なのだな、と思う次第です。

ということで、服における遊びの部分である
袖余りをよろしくお願いします。(よろしくお願いします?)


3月21日   The Fired Emblem

誰をイメージしてインド娘のことを嘆いたのか定かでない。


もしかしたら常識かもしれないのですが、
インド人の方が眉間の部分につけておられることでお馴染みのポッチ、
あれはヒンドゥー教徒のみが施す装飾で「ビンディー」といい、
「自分は既婚女性である」ということを表す印なのだそうですね。
別の意味合いで同じような場所に施すものがあったり、
あるいは単なるオシャレの意味合いだったり、と
なんやかんやで近年は男性や未婚女性がつけることも多いらしく、
日本で言うところの左手薬指の指輪みたいな感じになってきているようですが、
ともあれ原則そのような決まりになっている、というようなことで、
恥ずかしながらその事実をつい最近知り、非常に驚いた次第です。
だって、漫画などのキャラクターで、
単に「インド娘であるぞ」というキャラ付けのためだけに、
中華娘だからチャイナドレス、アメリカ娘だからカウガール、と同じ感じで、
ビンディーが普通に用いられているような気がいたしますもの。
それが既婚女性の証なのだとしたら、だいぶ印象が変わってきますもの。
エキゾチックな魅力のあのキャラも神秘的な可愛らしさのこのキャラも、
実はみんな既婚女性だったなんて。そんな馬鹿な。僕は立ち直れない。

と思って、記憶の中にあるインド人キャラ、
あるいはインド人っぽいキャラを探ったのですが、
ダルシムさんとナムさんとカレクックさんぐらいしか出てこなかったので、
とりあえずなんか安心しました。
わりとどうでもいい。
彼らにビンディーがあったかどうかすら定かでないが、それももはやどうでもいい。


3月20日   Honey Trap

身体に悪いとかではないだろうし逆に効くのかもしれないけれども。


毎年この時期は、花粉症用の甜茶などを
まあ気休め程度のつもりで買い、コーヒー代わりに飲むわけなのですが、
いつものシーズンにいつも買ってたいつものやつを
いつものドラッグストアのいつもの店長が
「僕のお気に入りから真っ先に外す」という
いつものパターンで置かなくなってしまったので、
ならばこの機に、ちょっとネット通販など見てみようか、
新たな花粉症用のお茶を買い求めてみようか、
もしかしたらさらに良いものや
さらに安いものが見つかるかもしれない、といろいろ探してみたのです。

そしたら最終的に、いつの間にか
「花粉で作ったお茶」を紹介するページに辿り着いていて、
あと一息で注文するところだったので「いやいやいや」と思ったのです。


3月19日   Gas as Interface

どっちかといえば少なかったというよりお腹がすいていただけという。


スナック菓子の袋に、クッションの役割、
あるいは酸化防止の役割で充填されているガスは、
窒素か二酸化炭素であることが多いわけですが、
よくよく考えたら二酸化炭素など温暖化の原因になると言われているものだぞ、
窒素もなんか燃焼とかすれば温室効果ガスになると聞いたぞ、
そんなものを我々はスナックを食うたび開放していたというのか、
無意識に、無闇に要らないガスを個人で大気中に放っていたというのか、
ということは、多少ゴミや排気ガスを控えたところで、
みんなしてスナックを開けたらその程度すぐ水の泡になるのではないのか、
これはならぬ、そんなガスは極力詰めてはならぬ、
他の適当なガスも無いし詰めざるをえない、というのなら、
限界までスナックを入れ、隙間だけをガスで満たすようにして
ガスの使用を最小限に抑えるようにせねばならぬ、
それでいて、売れ行きが落ち廃棄になってしまって全て無駄になるから
お値段は据え置きにしていただかねばならぬ、
そういう企業努力を我々求めていかねばならぬ、というようなことを、
既にカラになった袋を、そうと知らずスナックを求め
しばらく手探りで必死に漁ってから気付いて考えたのです。
いいえ、エコロジーのためです。
意地汚い上に愚かであることが露呈し、逆恨みして、
さらに意地汚く愚かな提言をしているわけではないのです。


3月18日   Capacity on Demand

対策をやめて受け入れるはずだもの。


花粉症に関して、人間はそれぞれ花粉の器みたいなのを体内に持ってて、
吸い込んでしまった花粉の総量が
その器の容量を超え溢れ出すと花粉症になってしまうのだ、
花粉症にならない人間というのはおらず、
今までどれだけ花粉を吸い込んだかの違い、
あるいは単純にその器が大きいか小さいかの違いしかないのだ、
というようなことが書かれた文章を読んでいたのですが、
その説の真偽はともかくとして、途中からもう
「花粉症の人は器が小さい」みたいな言い回しのオンパレードだったので、
できれば「花粉の器が」って毎回書いてほしいな、
めんどくさいだろうし冗長で読みにくい文章になるかもしれないけど
それでもそうしてほしいな、と思いました。
その言い方だと我々花粉症の人が人間として矮小みたいだもの。
手が冷たい人は代わりに心が温かい みたいな、
逆の特性なら慰めにもなるだろうけど、これは踏んだり蹴ったりだもの。
心の度量次第ならば今すぐおおらかになる用意があるけど、
きっとそんなことでは治らないもの。
むしろ、花粉に対しておおらかになるせいで悪化するに違いないもの。


3月17日   Ghoul Powder

もう夏になるまで雨降り続けてもらうしかない。


花粉症の季節でございまして、
特にこの時期はプラスで黄砂もよく来ることから
むしろ春本番よりも辛いことが多いわけです。
ために、ナイーブでセンシティブでグッドルッキングガイであるところの僕は
今年もまたこの季節が来たかと気を滅入らせているのですけれども、
しかしそこは雨の多い街である魔都金沢、
特に今年はちょうど今の一番辛い時期に雨の日を多く持ってきて、
雨でもって花粉の飛散を抑えてくれる感じになっているものですから、
おかげで、花粉情報などで「多い」と見るほどの実感は無いかな、
今のところ耐えられないような被害は受けていないかな、
普段はうっとおしいだけの気候でも今ばかりは味方だな、と感じる次第なのです。

ただ、ここ数日ちょっと雨模様の日が続きすぎていて、
雨の日の翌日が晴れだと花粉が倍飛ぶ、という説を考えると、
そろそろバイバイン的なことでヤバいのではないか、とも思います。
次の晴れの日はえらいことになるのではないのか。
溜まりに溜まりきった花粉と黄砂が一気に飛んで、
この街はそれらのせいで滅ぶのではないのか。
噴火に飲み込まれ火山灰の下に埋もれたポンペイのごとく、
黄色い粉に埋め尽くされて歴史からその名を消すのではないのか。


3月16日   Access of the Union

首都圏には組み込んでもらえない。


1604年の新暦3月16日は、甲斐御寮人・菊姫の忌日です。
謹んでお悔やみを申し上げます。

菊姫さんは武田信玄さんの娘で、
ちょうど今大河でやってる御館の乱の頃に上杉景勝さんに嫁いだのですが、
この輿入れの目的というのが甲越同盟、つまり武田と上杉の同盟でした。
数年前に武田勝頼さんが長篠で織田・徳川軍に大敗、
斜陽の武田家が生き残るため乾坤一擲の策として結ばれた同盟なわけですが、
「敵に塩を送る」の語源となったぐらいザ・敵同士である
武田と上杉が手を結ぶというのは、やはり歴史ロマンを感じてしまう次第です。
結局、織田・徳川の甲斐攻め、いわゆる「武田崩れ」の際には
領内での反乱などが原因で上杉さんからは援軍が出せず、
天目山の戦いで敗れた武田勝頼さんは滅ぼされてしまうのですけれども、
そういうロマン溢れる同盟があった、ということをまず考えると、
どうしても歴史のifを考えてしまいますね。
ああ、上杉さんの援軍が来ていたらなあ。
武田・上杉連合軍が織田・徳川連合軍に勝っていたらなあ。
そしてなんやかんやあって、逆転で武田・上杉が天下統一していたらなあ。
そしたら今現在の日本もいろいろ変わったろうになあ。
たとえば、現在の東京が首都なのは、最終的に天下人となった徳川さんの
本拠地が江戸だったからなわけなのだから、あるいは首都的な部分が
甲信越のあたりになっていたかもしれないのになあ。ワクワクするなあ。

金沢からは大して影響なさそうなので、やっぱりそんなにはワクワクしないです。
アクセス的に、越はともかく信は結果今とほとんど変わらないし、
甲に行かれた日にはどうしようもない。
回り込むしかなくて近くて遠いというすごく悔しい感じになるからどうしようもない。

2009年3月

3月23日は僕の誕生日です。26歳になりました。
僕をもうけたときの両親と同い年になり、自らの現状と比べて落ち込んだりもするけれど、私は元気です。



3月31日 地震大国でできた言葉ではないな
 
「驚天動地、ってどういう意味?」
「地面が動いて超びっくり仰天しました、って意味」

なんだその可愛い外人さんみたいな感想。






3月30日 発端がなんかそんな感じ
 
「諸子百家、ってどういう意味?」
「プチ家出して百軒の家を泊まり歩く諸子さんの物語、って意味」

なにそのケータイ小説。






3月29日 特に死に方のほう
 
「起死回生、ってどういう意味?」
「回るように生きて、起きるように死になさい、って意味」

いいこと言ってる風だけど全く意味が分からない。






3月28日 雰囲気への悪口
 
「古今無双、ってどういう意味?」
「最新の服を古着っぽく着ることにかけて並ぶ者無し、って意味」

褒めてない気がするなそれは。






3月27日 弟子をどうしたんだ今
 
「古今伝授、ってどういう意味?」
「伝えたり、授けたり、コキンってしたり、って意味」

何の音だ。






3月26日 このご時世だからまあアレだけども
 
「有職故実、ってどういう意味?」
「『かつて職がありました』という誇らしい実績、って意味」

誇ってる場合か。






3月25日 何をコンスタントに出すことがあるのか
 
「一日千秋、ってどういう意味?」
「一日あたり千円以下で暮らす手引き、秋号、って意味」

季刊?






3月24日 気まぐれ政策
 
「丁々発止、ってどういう意味?」
「やたら発したり止めたりする町長、って意味」

よくわからんがとにかく迷惑そうだ。






3月23日 逆転の発想失敗
 
「虎視眈々、ってどういう意味?」
「虎のように睨んでくる萌えキャラ『こしたんタン』、って意味」

考えた人はきっと疲れていたのだろうなあ。






3月22日 分けるな
 
「猪突猛進、ってどういう意味?」
「イノシシが突っ込み、タケシが進む、って意味」

誰だ。






3月21日 今も昔も独りで人生を歩んでると申すか
 
「古今独歩、ってどういう意味?」
「知らないけど字面から行くと多分、お前みたいな感じ、って意味」

どういう解釈をしたのかわからんが無性に腹が立つ。






3月20日 食べられる野草が春を迎えたというだけ
 
「百花繚乱、ってどういう意味?」
「たくさんの花が咲き乱れていてとても美味しそう、って意味」

感想それでいいのか。






3月19日 裂けるだけならともかく滅するというのは
 
「支離滅裂、ってどういう意味?」
「尻が裂けて滅すると、痛みで纏まりの無い事を言う、って意味」

奇跡的に合ったけどその程度で済むだろうか。






3月18日 別に良いとか悪いとかではない
 
「玉石混交、ってどういう意味?」
「例えるとオカラでカサ増しした米のような、普通のこと、って意味」

結論がおかしい。






3月17日 売りがありすぎて逆に魅力に欠ける
 
「海千山千、ってどういう意味?」
「海鮮丼と山菜御飯が千円均一、って意味」

なんという欲張って失敗した感じの経営戦略。






3月16日 守るべきものだけども
 
「金科玉条、ってどういう意味?」
「何よりも絶対的に守るべき大切な金の玉、って意味」

途中まで合ってたのに完全に字面に引っ張られたな。






3月15日 一皿千円オーバーだぜ
 
「酒池肉林、ってどういう意味?」
「酒満たした池に肉たっぷりのハヤシという豪華な宴、って意味」

贅沢っちゃ贅沢だけども。






3月14日 一週間分のカレー完成
 
「大器晩成、ってどういう意味?」
「晩に思い立って料理すると大量に作りすぎてしまう、って意味」

ただの独り暮らしあるあるじゃないか。






3月13日 考えた人は全員共感すると思ったのか
 
「眉目秀麗、ってどういう意味?」
「眉毛と目が黄金比の人って最高にいいよね、って意味」

なぜそんなニッチっぽいフェチズムが四字熟語に。






3月12日 予期してないとこで偶然鶏が鳴いて露見
 
「鶏鳴狗盗、ってどういう意味?」
「鶏の声を聞かせると犬が盗みを働くという調教、って意味」

なにその完全犯罪。






3月11日 一人いるぐらいはよくあるけど
 
「四面楚歌、ってどういう意味?」
「四方向から歌が聞こえるタイプの住宅トラブル、って意味」

壁が薄いとか以前に随分とご陽気なアパートだ。






3月10日 やべえ寒いこれ何で点かねえんだ
 
「温故知新、ってどういう意味?」
「暖房が故障しても平気なことでもう新年度だなと知る、って意味」

きっと忘れてて次の冬になってから慌てるんだろうな。






3月9日 さぞ困るんだろうけど普通もっと服ある
 
「一衣帯水、ってどういう意味?」
「一着しか無い服が水浸しになるぐらいの悲惨さ、って意味」

想像しにくい。






3月8日 猿でも不満スレスレなのに
 
「朝三暮四、ってどういう意味?」
「朝に三つ、暮れに四つ木の実を食うぐらいの贅沢、って意味」

なんという猿以下。






3月7日 むずがゆい
 
「大同小異、ってどういう意味?」
「ダイドードリン『コ』に感じる程度の小さな異様感、って意味」

決して小さくない気もする。






3月6日 漱流枕石でもギリギリアウト
 
「漱石枕流、ってどういう意味?」
「人として最低限セーフな生活レベルの例、って意味」

完全にアウトだと思うが。






3月5日 パオーン
 
「森羅万象、ってどういう意味?」
「この広い宇宙に存在するあらゆる全ての象、って意味」

知れてるっぷりがすごい。






3月4日 もっと雪とかサファイアとか
 
「白砂青松、ってどういう意味?」
「君の砂ほどに白い肌、松ほどに青い瞳、魅力的だ、って意味」

相手外人さんなのかとか以前にたとえヘタクソー。






3月3日 画餅
 
「画竜点睛、ってどういう意味?」
「絵に描いた目の無い竜は美味しくない、って意味」

前提として基本美味しいのか竜。






3月2日 風林火山
 
「針小棒大、ってどういう意味?」
「小さきこと針の如く、大きいこと棒の如し、って意味」

どっちかわからんし、それだと小ささも大きさも大したことないし。






3月1日 お前は止められる側だろう
 
「電光石火、ってどういう意味?」
「電気止められたら石で火を起こせば良いじゃない、って意味」

パンが無ければ、みたいに言ってるけども。

3月15日   Beauty Colosseum

おなべのふたと一緒に装備しなければ。


今年のバレンタインデーには「逆チョコ」というような
よくわからないワードが出てきましたから、
その余波なのでしょう、逆チョコされた女性側からも
男性にお返しをしよう、というような名目の
ホワイトデーセールのチラシを目にしました。
逆キャンディ、逆マシュマロ、逆クッキーといったような
逆チョコ以上によくわからないワードがいっぱい踊っていて、
もうどれが何の名目なのかよくわからないな、
バレンタインなど独り身男の敵だからやめようよ、とか、
ホワイトデーだけ三倍返しとか男は損だからやめようよ、とか考えていたが、
このカオスっぷりはやめたらやめたで問題なのかもしれないな、
まあ蚊帳の外である当方には関係ないことだけれどもな、と感じたのです。

でも、「逆アクセサリー」あたりまで来た時点で、
なんか字面のイメージが変化してきた気がする、
身に付けたらむしろオシャレ感が損なわれるアイテムに見える、と思ったので、
やはり蚊帳の外なりに警鐘を鳴らすことにした次第なのであります。
このままバレンタインデー・ホワイトデーが進化していくのはどうやら駄目そうだ。
何だ。かっこよさが下がる装備か。
ステテコパンツか。女子は逆ホワイトデーでステテコパンツを配るか。
近未来のホワイトデーには、オジサマはセクシーランジェリーを配り、
女子はステテコパンツを配るか。世も末を絵に描いたような状態か。


3月14日   Soft Candy

そいつは好物を最後にとっておくタイプなのだ。


ホワイトデーでございまして、
改めて、バレンタインメールをくださった皆様方に、
この場を借りて御礼を申し上げる次第です。ありがとうございました。
Webでお菓子を発信することは生憎できませんので、
代わりに、何らかの形でキャンディやマシュマロが
皆様方の手に入りますよう、強く祈らせていただきます。

なるべくなら普通に手に入るよう祈るつもりですが、
僕の意思が誤って天に通じる可能性もあるので、
もし、お庭の木の枝などにマシュマロが刺さっていても、
「なるほど手に入った」と取ったりはしないようにしていただけると幸いです。
僕の祈りによるものだとしたらそれは不本意だし、
僕関係なく不審者などの仕業によるものだとしたらそれは危険だし、
甘党のモズによるものであるとしたらそれは取ったら可哀相だからだ。
特に最後の場合は絶対に取ったら駄目だ。
もう春なのにまだ残ってるということは、忘れられてるのでないとしたら
そのモズはよほどそれを楽しみにしてるのであろうと思われるからだ。


3月13日   Not the Victory But the Battle

自分は動かないけどジムとか行く。


スポーツウェアといいますかフィットネスウェアといいますか、
そのようなものの業界において、
現在、「動きにくいスポーツウェア」というのが
ちょっと話題になっているのだそうです。
通常、スポーツウェアといえば、
動きやすいもの、運動の邪魔にならないものが至上であるはずのところを、
どういう構造かわかりませんが、あえて少々動きにくくなるように作ることにより、
圧が発生し、普通に着て普通に運動するだけで
ある種加圧トレーニングのような効果が期待できる、
つまり、楽な服装というのではなく、運動の効率を上げる、
真なる意味でのスポーツウェアになる、というようなことなのだそうですが、
個人的には、どうなのだろうなあ、なんか科学的根拠に乏しい気がするなあ、
本当に効果があるのかなあ、と今のところ懐疑的に見ている次第なのです。

でも、「これ運動には邪魔になるし採用してみよう」ということで
スポーツウェアを袖余りにしてくれるなら、即座に支持に回ろうと思います。
それは効果があるに違いない。
少なくとも可憐で神々しく見える効果がある。科学が保証せずとも僕が保証する。


3月12日   Closing Cloth

朝風呂にすることにする。


常備してるバスタオルが2枚しか無いにもかかわらず、
乾くだろうと思って両方とも洗濯した結果、
風呂に入りたいのにどっちもまだ全然乾いてない、という事態に陥ったのですが、
困ったな、スポーツタオルか何かで代用しようかな、
いや、そういえば確かまだ使ってないタオルがクローゼットにあった気がするな、
誰かに貰ったか、実家から送ってきてくれたか、
なんかそんなようなタオルの箱を使わず仕舞った記憶があるな、
どこだったかな、あああったこれだこれだ、
この箱の厚みはバスタオルか、少なくともそれなりに大きなタオルだろう、
せっかくだから新しいのをおろす感じで今日はこれを使おう、
何だかハッピーだな、新しいタオルは何かテンション上がるものな、ということで、
災い転じて福ということになったわけなのです。

でも、箱を開け、セロハンみたいな素材の中袋を持ち上げたところ、
どう贔屓目に見ても普通のタオル、
ともすればハンドタオル程度の大きさしかないであろうタオルが
小袋に入ってタテにいくつも連なって、
スーパーのレジの横に置いてあるベビースターみたいになって出てきたので、
必要以上の敗北感と脱力感で無性に眠くなり、
風呂に入ること自体を諦める次第となったのです。
せっかく高揚した気分に水を差され損をした気分になりましたが、
タオルが無く風呂に入れない、なんて悩みも根本から無くなった、ということで、
災い転じて福になったのがまた転じると、
災いでなく福でもないよくわからないものになることがわかりました。発見。


3月11日   Spirited Away

たぶん幾多の冒険を繰り広げて現世に戻ってきた。


1985年の阪神タイガースのセ・リーグ優勝の際、
戎橋から道頓堀に投げ込まれたカーネル・サンダース人形が
24年ぶりに発見されたとニュースになってございます。
しかし、発見された場所というのが、投げ込まれた戎橋から
わずか300メートルかそこらの地点だったのだそうで、
それは随分と近いとこにあったものだな、
「呪い」とか何とか、阪神が日本一になれない原因だと言われたりもしていて、
ならば当然探し出し解呪してみようとする人もいたはずなのだけれど、
それで20年以上も見つからなかったのだから、
てっきり木津川から海へでも出てしまったのだろうと思っていたのにな、
そんな近いとこにあったのなら、いくらヘドロまみれで濁った道頓堀とはいえ
河川工事の手が入るまで見つからない、なんてこと無さそうなものだけどな、と
個人的に感じた次第なのです。

考えるに、おそらくカーネルさんは神隠しに遭っていたのだと思います。
カーネルというのかい、贅沢な名だね、
今からお前の名前はバースだ、ということで名前を奪われて支配されていたため、
今まで探しても見つからなかったのだと思います。


3月10日   The Majority

垂れてるというか何というか。


夕暮れ時のことを「たそがれ」と呼ぶというのは、
夕方で薄暗くなり、他人の顔がわかりにくい点から
「誰そ彼=誰だあれは」みたいな意味で
「たそがれ時」と呼ぶことから来ている、という
語源のほうも含めて知っていたのですけれども、
逆に「あれは誰だ」を意味する「彼は誰」を由来とした
「かわたれ」なる明け方を指す言葉もある、とついこないだ知りました。

それは不勉強にも知らなかった、改めて日本語は奥深い、と思うと同時に、
ならば、「たそがれ」を動詞化した「たそがれる」が、
「日が暮れる」「老境に入る」という本来の意味合いの他、
最近はボーッとしたりアンニュイな気分になったりする状態を指すことにも
誤用か正しい使い方なのかは知らないが使われているのだから、
「かわたれる」も今後そのような意味合いで使われていくのではないか、
「たそがれる」の逆で、シャキッとしたり能動的だったりする様子を指すときに
「あたし今マジでかわたれてるんですけど」という風に使う用法が
一般的に広まってゆくのではないか、と思ったのです。

でも、響きに「かわがたれている」というニュアンスが含まれる以上、
そう聞こえてしまってはどうしても能動的だとは感じられないな、
やっぱこれ広まらないな、とすぐ思い直したのです。
何の話かは僕にもよくわからないけど、そんなようなことが雑誌に書いてあった。
自分に自信が持てないから積極的になれなくて
シャキッと能動的なアクティブ君にはなれない、って雑誌に書いてあった。
正確に言うと、雑誌の広告に書いてあった。
服屋でもないのにタートルネックの写真が目印の不思議な広告に書いてあった。


3月9日   The Butterfly Effect

味わわれては困る。


聞いた話なので間違っているかもしれませんが、
蝶の一部には、脚で味を感じることができるものがいるのだそうです。
砂糖水を含ませたティッシュに乗せると、
ただの水ティッシュのときとは全く違う反応を示し
口の管を伸ばして吸おうとするのだろそうで、
それは実に面白い機能だな、
もしかしたら人間についていても便利なものかもしれないな、
特に僕など、粗相ヤーであるためよく飲み物を床にこぼしたりするし、
衛生面が「口に入れるから」問題になってくるのだとすれば
そういうとき足で味わえれば無駄にならなくていいかもしれないな、
粗相ヤー御用達の能力だな、欲しいな、と思います。

でも、粗相ヤーは道を歩いているとき
踏んではいけないものを踏むことも多いので、やっぱりいらないです。


3月8日   Fall in Feeling

ダサすぎるので部屋着にするのもよしなさい、というオラクルかもしれない。


部屋着のまま家の裏手にある自販機へ向かったのですが、
ズボンのポケットに入れたはずの小銭がどこを探っても無く、
おかしいな、確かに今さっき財布から出して持ってきたはずなのにな、
あれは夢だったのかな、そんなにも僕は抜けているのかな、
などと考えながらよくよく調べたところ、
ポケットの底にちょうど指一本通るぐらいの穴が開いており、
小銭はそこから抜け落ちてしまったらしいこと、
そして小銭はそのまま、暖かい二重構造になっている
非常にステキでオシャレなズボンの外生地と裏地の間に入り込み、
足元のとこまで行ってしまっていること、がわかりました。
何だ、僕が抜けていたのではなくポケットが抜けていたのか、
これは傑作だ、ともあれ見つかって良かった、と胸を撫で下ろしたのです。

でも、小銭を再びポケットの穴まで手繰り寄せようとした結果、
ズボンの股間方面へ思い切り手を突っ込み軽くうずくまるという体勢になり、
さらに、それではラチがあかないので一旦ズボンを脱ごう、とまで考えたところで
ここが白昼の往来であり、そんなことをしたら
取り押さえられしょっ引かれても致し方ない、ということにようやく気付いたので、
やっぱり僕のほうも抜けている可能性がある、
それも、小銭程度では済まない
大切な何かを失いかねない抜けっぷりな可能性がある、と思い直した次第です。


3月7日   Love Me Tender

トレイのまま食う僕が悪い。


スーパーで買ったお刺身のパックに保冷剤が入っており、
「中身は土に混ぜておけばそのうち分解されます」
「分解されるまでは保水の役割も果たします」
というようなことが袋に書かれていたので、
なるほどそれはすごいではないか、
ゴミにならないうえ、自然に負担をかけるどころかむしろ状態を良くするとは、
ダブルでエコロジーではないか、
しかも、そんな機能があるのに無色透明で、
普通の氷のようにちゃんと見た目で料理を引き立てる役割も持っているだなんて、
まったくハイテク、自然にも料理にも至極優しいではないか、と思ったのです。

でも僕は、そんなふうに無色透明であるばかりに、
見えている刺身が保冷剤の下にあるということに気付かず、
保冷剤を思いっきり箸で突き、周りのツマごとトレイの外に押し出してしまう
愚かな人間なので、優しさも罪だ、と思ったのです。
優しさを極めた結果甚大にアダとなるなら、むしろ優しくないほうがいい。
別に自然に配慮しなくていいし、色ももっと毒々しい色でいい。
あからさまに保冷することだけを目的に開発されたような、
土になんか還らないし、もちろん燃えたりもしないし、
何だったら逆に下手に処理するとものすごい毒素を発生しそうだ、というのが
一目でわかるようなものでいい。緑と紫のラメ入りとかでいい。


3月6日   Saint Aura

あと全部泥水みたいな色だとしても最高。


「人のオーラが写せる機械」という、
おそらくはいわゆる脳内メーカーみたいなお遊びツールだと思うのですが
そういう代物があるとテレビで見まして、
そいつを用いて写真を撮ると、
被写体の人の周りを様々な色が取り囲むように写るらしいこと、
さらに人によって異なる色が出て、
その色がそれぞれ意味を持っているらしいこと、は理解できたのですけれども、
生憎と見たのが途中からだったため、何がどうなってそう写るのか、
あるいはどういうふうに写ってればどう良くてどう悪いのか、といった
肝心な部分がよくわからなかったのです。

なので想像で言いますが、たぶん上着と同じ色が手首の周囲に現れ、
パッと見袖が余ってるようになったら、それが最高のオーラです。
なぜ最高かというと、袖余りだからです。他に何の理由が要るものか。


3月5日   That Light is Not Right

およげ。


「これが光ってるときは緊急時なので通報とかしてください」
というようなことが書かれた看板と一緒に、
黄色いパトランプが門のとこに設置されてるお宅がご近所にありまして、
コンビニなんかだとたまにこういうシステム見るけど
ここ一般民家っぽいのにな、実は何か御商売をやってらっしゃるのかな、
あるいはいわゆる子供110番の家的なことなのかな、と
前を通るたびに思っていたのですが、
今日、そのすぐそばの駐車場にタイ焼き屋さんの移動販売の車が来ていて、
「来てるぜ」「営業中だぜ」ということを広く知らしめるべく
その黄色い車体に合わせたパトランプ、件のお宅にあるのと同じパトランプを
3つも4つも回してらっしゃったので、それはちょっとどうだろう、と思いました。
なんか良くないんじゃないのか。
どっちが悪いわけでもないんだけど、なんか良くないんじゃないのか。
このお宅のことを知ってる人がちょっと遠くからこの光景を見たら、
「緊急事態だ」「えらい回ってるように見えるからえらい緊急事態だ」
「誰かがえらい酷い目に」と勘違いして通報しちゃうんじゃないのか。
何か酷い目に遭ってる人がいるとしたらタイ焼き君ぐらいだぞ。
それでも「イヤになっちゃうよ」程度の酷い目だぞ。通報する感じではないぞ。


3月4日   Time of Attack

量を多く入れるべきでなかったし、油断もするべきでなかった。


僕が洗濯しようと思った日に限って悪天候になる、という現象が続いております。
なにせ魔都ですからわりとずっとそうなのですが、
それにしても特にここ最近その傾向が強い気がして、
そのため、これは果たして魔都だけのせいだと言ってしまっていいのか、
僕の運気のほうも極端に悪くなっている可能性があるのではないのか、と
悶々としていたわけなのですけれども、
今回の洗濯は、とりあえずパッと見は晴れている、
天気予報も大丈夫そうだ、というような日に執り行うことができ、
ようやく長く暗いトンネルを抜けたか、
僕の運のバイオリズムと魔都の御機嫌のバイオリズムとが
ついに良い感じでシンクロしたか、と喜んだのです。

そしたら、晴れてて空気も乾燥してる完全な洗濯日和であるにもかかわらず、
どうにもこうにもそれ以前に気温・水温が低すぎて
粉洗剤が死ぬほど溶け残り洗濯そのものが成立しない、
というような事態に見舞われたため、しまった罠だった、と思い直したのです。
よく考えたらわかることだ。
魔都のバイオリズムが良い状態になることなんか無いんだ。
こっちの運が良かろうが悪かろうがそんなのは知ったことではなくて、
つまり単純に悪天候が多いとかじゃなく、
都合が悪いように悪いように嫌がらせをしてきとるだけなんだ。
仮に、雨が降れば降るほど都合が良い、という画期的な産業が金沢にできて
市民みんながそれに従事するようになったら、
たぶん全ての地学的法則を無視して砂漠化してゆくはずだ。そういう街だ。


3月3日   Playing Card

たとえわかりにくい。


桃の節句でございまして、現在の雛祭りの原型になっているのが
紙でできた人形を川に流して厄を祓う、という行事だったことは
広く知られていますけれども、
中国での桃の節句にあたる「上巳」に行われていた「曲水の宴」が
実はそのさらに原型である、というような説があります。
曲水の宴とは、庭園の中にある川に沿ってみんなして座り、
川に杯を流してそれが自分の前を通り過ぎるまでに詩歌を詠む、
できなければ罰として杯を拾い中の酒を一気飲みする、という催しで、
聞いただけで優雅でありその通り貴人文人の間での遊びなのですが、
一応元々は祓や禊の要素があったらしく、この「流して厄を祓う」要素が
後の人形を流す雛祭りに取り入れられた、と考えられているわけです。
つまり、流す要素に人形要素を組み合わせ、
そこから流す要素を除いたものが現代の雛祭りだと言えるのですね。

現代人は、流す要素を考えた人に謝ったほうがいいと思います。
美味しいお肉が食べたいですね、という話をしてたのに、
最終的に豆腐ハンバーグを食べさせられるようなものだ。
調理中に何を閃いてどう発展させたのか知らんけど
とりあえず肉要素は残せよ、根本は守れよ、みたいなところだ。


3月2日   An Original Skill

ぶつけどころ。


カップ焼きそばを食べようとした際、
真っ先に湯切り口のほうのシールを剥がしてしまってから、
こっちは湯切り直前に剥がすものだった、ということに気付きました。
確かに僕は愚かであり不注意でありアンポンタンだが、
もっと、消費者に絶対失敗させないような根本的な対策が
商品パッケージ側にも必要なのではないのか、
「お湯を入れる前はうまく剥がれません」と書いてあるが、
普通にうまく剥がれてしまったじゃないか、
剥がしきるまで当方は何の疑問も抱かなかったぐらいで、
これでは対策になっていないじゃないか、と
責任転嫁すべく憤りの矛先を巡らせてみたところ、
いや、もしかしたら本当にちゃんと剥がれにくくできてるのかもしれない、
たまたま僕が器用だったせいで剥がせてしまったのかもしれない、
だとしたら、商品が想定している一般消費者の器用さを
僕の迸る才気が上回ってしまったせいであり商品側に罪はない、
僕が優秀すぎるばかりに悲しいことだ、
強すぎる力を普段セーブしているヒーローの気持ちがわかった気がする、と
とりあえず結論付けることに成功し、
自尊心を回復させるベクトルで憤りを収め、調理に戻ることができたのです。

でも湯切りのとき盛大に麺をこぼし、
「僕が器用なせい」という線が消えてしまったので、また憤りが再燃したのです。


3月1日   Look in Your Eyes

たぶん気のせい。


「目をそらさないでください」というキャッチに合わせて
ダイナマイトボディのモデルさんのお腹映像が出てくる某CMがありますが、
そういやあれは何のCMなのだろう、
食品だろうか、薬だろうか、健康器具だろうか、
パッと見のインパクトが強すぎて
肝心のところを見ていなかった、うっかりしていた、と思ったので、
今度見る機会があれば、それこそ目をそらさずに見てみよう、と考えたのです。

そしたら、服の裾を引き上げるモデルさんの袖が
一瞬余っているように見えて、
やっぱり何のCMかはわからなかったし
本当に袖余りなのか、残像や気のせいなのか、もわからなかったのですが、
とりあえず「やったぁ」と思ったのです。

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