2013年01月

1月31日   Cream on Dumping

買う人間にはありがたいことではあるが。


以前にも書いたと思いますが、当方はプリンが好きであり、
特に固くてしっかりした、箸でも食えるようなプリンがベストだと思っています。
理想は贈答用の水羊羹やゼリーのセットに
しれっと入ってる缶詰の昔ながらのプリンであり、
逆に最近流行りの、カスタードクリームをそのまま食べてるような
滑らかなタイプはあまりお好みではないのですが、
そんな中にあって近所の洋菓子屋さんで売られてるプリンは
なんというか手作り感たっぷり、固さも気泡もたっぷりで
実に僕好みの逸品であるのです。
頑張ってほしい。時代の流れの完全に逆を行ってるがそのまま貫いてほしい。

最近ものすごい勢いで値下がりしていて、
それも不景気で値上げが当たり前なこの時代の逆の流れだと言えるが、
こちらについてはそろそろ止まってほしい。
いつ見ても大量に置いてあるところを見ると人気だから安く作れてるわけじゃなく
前者のほうの逆の流れのせいで元の値段じゃ売れなくて
後者の逆の流れに飲み込まれてるんであろうことが推察できるから。
このまま上流へ遡り続けると源流に辿り着いて消滅するから。川と一緒だから。


1月30日   Sliping Flipper

ほうれい線を描くべきではない。


僕が子供の頃、地域の運動会で
「おいでおいで」という名の競技が行われていました。
折り返し地点にお菓子が置いてあり
それを取って戻ってくるだけの徒競走なのですが、
もともとは幼稚園児以下の子供のみが参加し、
文字通り親御さんたちがゴール地点に立って「おいでおいで」と呼びかけながら
おぼつかない足取りの子供たちを愛でる競技だったところ、
僕らの時代には既に少子化により幼児だけでは成立しなくなり
小学生以下の子供全員参加になっていた結果、
高学年の、既に少年野球などで鍛えられ身体の仕上がってる男子たちが
誰に呼ばれることもなく幼児仕様の短い距離を全力疾走し
舐めると色が変わる可愛いチョコを必死で奪い合う、という
何がどう「おいでおいで」なのかわからない競技になり果てていたのです。

近所のごはん屋さんで子供向けメニューが新しく始まったとのことで
店頭に出してある、普段はその日のおすすめメニューなどが書いてある黒板に
「おいで」というセリフとともに店主の直筆であろう
笑顔の子供たちの絵が描いてあったのですが、
その絵がどう見ても大人だったので僕はそんなことを思い出していました。
仕方ないことだ。どちらも年配の人が苦心した結果だ。
かたや少子化のせい、かたや絵心のせいだ。やむをえないのだ。


1月29日   Always Be Controled

どういうものなのかはよくわからないが。


鉄道、麻雀、歴史、昆虫、ミリタリーなど
かつて男性の趣味とされていたものを自らの趣味と公言する若い女性が増え、
男しかやってないような趣味というのは無くなりつつある昨今ですが、
とある調査によれば、そんな中にあって「ラジコン」
殊「キットから自作するラジコン」ということになると
いまだその愛好者の99%は男性だと言われているのだそうです。
比較的メジャーな趣味でありながらそれは不思議だな、
僕自身はラジコンには興味は無いが、そういう「男のロマン」が
強く感じられるジャンルが現代においても残っているというのは
なんだか嬉しいことだな、と感じる次第です。

ちなみに袖余りの愛好者のうち男性が現在何%なのかは知りませんが、
もし袖余り美女を自作できるキットが出たら
その愛好者は100%男性になるであろうと言えます。
僕が買い占めるからだ。誰にも渡さないからだ。
ロマンとかそういうものではない気がするがとにかく嬉しいことなのだ。


1月28日   Put on a Number

記憶力は掛け値なしにゼロ。


蛍光灯を買いに行きました。
細い特殊なやつなので規格を間違えてはいけない、と
携帯のメモ機能に規格の数字を書いて行ったのですが、
「ワット」などの単位までしっかり書くことを怠り
数字だけを羅列して書いていった結果、
どれがどれやらわからなくなってしまった次第です。
これではいけない。今回は、おそらくこれだろう、と買ってきたのが
合ってたから良かったが、こんなことではいつか必ず手痛い失敗をする。
書くなら単位までしっかり書かなければ意味が無い。
面倒がる癖をゼロから改める必要がある。そう学んだ。反省した。

その後何気なくメモ機能を弄ってたら
別ページに前回買ったとき書いてった数字の羅列が残っていた。
今回はそれを忘れて全く同じ羅列を再度メモして行った形になり、
つまり反省を誓ったとか言ってるくせに
そもそも前回のを反省してないじゃないか、と思われるかもしれないが、
前回は反省しようとすら思っていなかったのだから改善されたと言える。
ゼロからのスタートかと思ってたらマイナスからだった。そういう話。


1月27日   Tie Break

恋愛ではなく利益が生まれる。


雑誌の占いを見たところ、今週の僕の恋愛運に関して
自分が主役になるよりもキューピッド役に徹するべきであり、
そうすればいずれ自分にも良縁が巡ってくる、とされていました。
むむそうなのか、良縁は魅力的なことだが
残念ながら仲を取り持つべき知り合いが特に思い当たらない、
せっかくのチャンスなのに何もできないとは悲しいことだな、と思った次第です。

一応、メールボックスのスパムメールを削除していたとき
独りで慰めるのはもう疲れたから会ってほしい、と謳う出会い系スパムと
腱鞘炎に効くサプリを特価でご提供、と謳う広告スパムが隣り合っていて、
前者に後者のメールを転送してやれば万事解決なのではないか、
キューピッドのチャンスではないか、と思う状況はあったのですが、
たぶん関係ないので何でもないのです。


1月26日   Age of Empires

好かれようとしてない。


数年前の調査のようですが、「全国の魅力的な都市ランキング」において
ここ金沢市が9位に入っていたという話を聞きました。
東京や大阪、名古屋といった大都市が軒並みランク外であること、
北海道の都市が10ランク中4都市も入っていることや
10位に市ですらない軽井沢町が入っていることなどを考えると、
「住みたい街」とかではなく「観光したい街」「旅行で行くならこの街」
という意味合いでの「魅力的な都市」であると思われるわけですが、
それにしてもベストテン入りか、住んでると実感しにくいが
やはりこの街は観光都市なのだな、
ちょうど中心部の観光エリアのほうへ出掛けたい用事があるし、
一つ僕もその魅力を再確認するつもりで歩いてみよう、と思った次第です。

そんな気持ちを抱えて玄関ドアを開けた人間に
思ってた数倍の猛吹雪の様相を見せ付け、
まあ急ぎじゃないし今度で良いか、と
出掛けたい思いもろとも叩き潰す魔都さんはさすがだと思います。
媚びたりしない。自分の人気がどうこうとか考えない。ブレない芯がある。


1月25日   A Dog in the Circle

何も食ってないとかサプリみたいなので全部済ましてるとか。


ホットドッグというのは英語で書くところのHotなDogですから
当然ドッ「グ」と濁るのが正解であり当たり前である、と思っていたのですが、
ドッ「ク」と書いても別に間違いではないのだそうですね。
ホットドッグの名前の由来には諸説あるのですが
具であるソーセージの本場、ドイツが絡んでいるとするものが有力であり、
そのドイツにおいては「ドック」と濁らず発音するのだそうで、
だとすればお店のメニューなどに「ドック」と書いてあっても
それは間違いであるとは言い切れず、
むしろドイツ風に書くことでソーセージにこだわってる感すら出てるのだ、
ジャムじゃなくコンフィチュールと呼ぶことで
本格的な、高級な感じを出してるのと同じなのだ、とすら言えましょう。
これは知らなかった。ホットドッグがご自慢の喫茶店を知ってて、
でもそこのメニューには「ドック」と書いてあるから
ご自慢の割に間違えていやがる、と勝手に思っていた。
間違っているのは僕のほうな可能性がある。深く反省したい。

過去にそのお店のクーポンの有効期限が20012年になっていたことがあったが、
あれももしかしたら合ってたのかもしれない。
本場感というか、1万8千年後の食べ物は
おそらく今の食べ物よりはるかに改良されてて美味いだろうから
その感じを出したのかもしれない。
それについても間違ってると馬鹿にしたのを謝るべきかもしれないが、
でも10年後とかならともかくそこまで未来だと
逆に人類は栄養摂取を食事に頼らなくなってるイメージがあるから
美味しい感じを出すのには失敗してると言えて
別に謝らなくてもいいのかもしれない。そうなのかもしれない。


1月24日   Creamy and Sour

落としどころ。


先日実家から送ってもらったおモチがまだ少し残っていたので、
小腹を満たすのにちょうどいい量だ、と食べてしまおうと思ったのですが、
だいぶ乾燥して固くなってしまっており、
そのまま焼いたのではあまり美味しくないであろうことが予想されました。
これは水分を含ませる調理法にしたほうがいいな、
でも今から雑煮作るってのは面倒だしそこまでする量でもないな、
なんか良い方法無いかな、と考えた結果、
同じく実家から送ってもらったカップスープがあることに思い至り、
そうだこれに入れて食ってみよう、と閃いた次第なのです。
カップスープなんて自分ではあまり買わないからちょうど今あるのはまさに僥倖。
いや、もしかしたら母親は僕がこうすると見抜いてて
小包の余白を埋めるアイテムにスープを選んだのかもしれない。
食べる配分を間違えて余らせたモチを固くする計画性の無さ、
さらにそれをスープに入れるという好奇心等、僕のことを全て理解しているため
どう行動するか見抜いていたのかもしれない。さすがと言う他ない。

残念ながら実際スープに入れて食べてみた結果、あまり美味しくはなかった。
だがそのことすらもきっと見抜かれているに違いない。
僕の目論見はたいていの場合失敗すること、
そして僕が味よりもとりあえず腹が膨れることに重きを置く人間であることまで
全て知っているが故の最適な処置に違いない。さすがと言う他ない。


1月23日   Eat in this Space

調理に使うものということで。


たとえば「鍋を食べる」と言うとき、
この鍋は調理器具ないし食器の名前でありながら
かつそこに入っている料理そのものをも指しています。
他にも「ドンブリ」「お椀」「小鉢」「八寸」といったように
特に日本料理においてはこの手の表現が数多く、
日本食の面白いところであると同時に
日本語の趣深い、実に雅やかな部分であるな、と感じる次第なのです。

実にステキだから他のものももっとそういうふうに言っていったらいい、と思い
具体的に新しいものを一つ提案してみるべく考えてみた結果、
湯豆腐やしゃぶしゃぶを食べたときに使えるであろう
「お湯を食べる」という表現を思いついたのですが、やっぱり何でもないのです。
雅になるはずがむしろ雅の対極に行ってしまった。
よくわからないが何かを耐え忍んでる感が出てしまった。


1月22日   Shocking and Pinky Material

帰ってくるときに袋の中で揺れた程度では説明できない。


「漬物褒めれば親父が悋気」ということわざがあります。
糠床を毎日かき混ぜなければならないため
旅行に出かけるにも樽を持っていかねばならない、と言われるほど
漬物は手間をかければかけただけ美味しくなるものであり、
作り手の性格やマメさが一番そのまま味に反映される料理であるため、
余所の家で食べた漬物を褒めるということは
その家の奥さん自身を「良い女だ」と褒めてるのと同じこと、
そのため、言葉としては漬物を褒めてるだけなのにそれを聞いた亭主は悋気、
すなわち嫉妬して怒ってしまう、という意味のことわざであるのです。

お弁当を買ったところ、漬物が所定の位置をはみ出すどころか
完全に煮物の中に飛び込んだうえ混ざってしまっていて
「当方は煮物の具であり初めからここにいましたが何か」
とでも言わんばかりの状況だったので、
たぶんお弁当屋のご主人がお漬物について誰かに褒められたのだと思います。
嫉妬に狂ったのだ。でも褒めたお客さんを攻撃することはできないから
漬物のほうを攻撃して漬物としてのアイデンティティを喪失させたのだ。
サスペンスドラマとかでよくある、浮気された奥さんが
浮気した夫ではなく浮気相手の女性のほうを殺してしまうやつと同じ構造だ。
鮮やかな蛍光ピンクに染め上げられた漬物であり
明らかに奥さんが家で漬けたものではないと思われるが、
もはやそんなことはどうでもいいのだ。サイコスリラーなのだ。


1月21日   The Jabberwocky

商品名みたいなもんだから良いと思おう。


たとえば朝食と昼食の中間にあたる食事のことを
「ブレックファースト」と「ランチ」を組み合わせて「ブランチ」と言いますが、
こういうふうに、単語の一部ずつを組み合わせてできている
混成語のことを「カバン語」と呼びます。
「鏡の国のアリス」の中でハンプティダンプティが
slithy(滑らかで粘っこい)という単語を説明するとき、
portmanteau(旅行カバン)のようなものだ、
2つの単語が混ざって1つの意味になってるんだ、と語ったのがその語源であり、
英語においては先のブランチを筆頭に
このカバン語に属する言葉がいろいろあるのですが、
日本語においては固有の商品名などにはしばしば見られる一方、
正式な言葉として辞書などに載ってるものはほとんど無いのだそうです。
「破る」と「裂く」のカバン語である「破く」のように
既に定着し混成語とすら思われなくなってるものすら
実は辞書には載っていなかったりすることもあるらしく、
いわば日本語的には未だ俗語、誤った言葉の域を出ていないのかもしれません。
僕も気をつけなければ。正しい文章を書くべきときに
うっかり使ってしまわないよう気をつけなければ。

「裏ッチック」を書いてる人がそんなことを考えてる時点で
うっかりを通り越した何かな気がするけど、気をつけなければ。


1月20日   The Crimson Sunshine

とりあえず客観的ではあるまい。


みかんの剥き方について、半分に割ってから剥いてみたり
あるいは最初にヘタのほうから指を入れてみたりと
有史以来「簡単にキレイに剥ける方法」が研究されていますが、
未だ確固たる結論は出ていません。
いっそ発想の転換が必要ではないか、と考える次第です。
白いスジをキレイに取り去る、という前提から離れることが必要ではないか。
白いスジは別に毒になるわけではなくむしろおなかに良いから
そんなに神経質に取らなくてもいい、という方法論はあるが、
もっと積極的に、取るべきでない、と提唱してしまってもいいのではないか。
この議論に終止符を打つためにはそれしかないのではないか。

なぜ取るべきでないかは専門家が考えるといい。
白いスジを取る作業でストレスが溜まって
取らない人に比べ寿命が縮むとか、そういう客観的なデータを出すといい。
本来は提唱者たる僕が考えるべきだが、僕に任せておくと
1つの皮に複数個食べ進めていったぶんの白いスジを積み重ねていった結果
やがてスジのタワーが倒れてカーペットが大惨事になる、とか
そういうアホみたいな実体験から主観的なデータしか出てこないので
期待しないほうがいい。こういうのを主観的と言うのかどうかすらもうわからない。


1月19日   Eternal Flame

使用期限は書いてあります。


1月19日は「家庭用消火器点検の日」だそうです。
危険を未然に防ぐための日頃の備えは大切であり
消火器置いてあるだけで安心してちゃ駄目だよ、
いざというときちゃんと使えるかどうか
定期的にチェックしとかなきゃいけないよ、というのは
その通りであり大事な記念日であると思うのですが、
では具体的にどうやって点検をすればいいのか、というのが
よくわからないのがネックだと感じる次第です。
いちいち業者を呼んで点検してもらうほど意識の高い人なら
別に記念日じゃなくても自分で気付いてやるだろうから、
対象はそうじゃない普通の人であるはずだ。
そんな普通の人の目、すなわち素人の目には、
大丈夫な消火器なのかそうでないかなんて
外見からは判断できないのではないか。
明らかに錆びてたりへこんでたりすれば別だが、
中で詰まってるとか傍目にはわからない原因で
知らないうちに使えなくなってることだっておそらくあるだろう。
それは点検のしようが無いのではないか。そうでもないのか。
使用期限的なものが書いてあるとか取替えサインのようなものが出るとか
ちゃんとパッと見でわかるようにできてるのか。よく知らない。
そういえばうちのアパートの通路にも消火器が置いてある。ちょっと見てこよう。

いつの間にか横殴りに降り込んで積もった雪が凍っており
それに引っ掛かる形になって玄関ドアが非常に開けにくかった。
知らずにこのまま一晩家にいたら閉じ込められてた可能性がある。
危険を未然に防げた。ありがとう消火器の記念日。
大事な日だ消火器の記念日。結果消火器関係なかったけど消火器の記念日。


1月18日   Try That on

親父臭い言い回しだな畜生め。


たとえばスーパーのレトルトカレーコーナーに置かれていたのを
お弁当に使える冷凍食品や食肉加工品のコーナー付近に移してもらうことで
人気になった某冷たいままでも美味しいカレーのように、
中身もパッケージも何にも変えてないけど小売店における売り場を移動させたら
ヒットした商品、というものがしばしばあります。
カレーだからカレーコーナーに置くのがむしろ正解なのですが
カレーコーナーを見てる人は今夜食べるカレーについて考えてるわけで、
場違いに思えても明日のお弁当について考えてる人が見るコーナーに置くほうが
ニーズには一致していて売り上げを上昇させられるのではないか、
あえて「なんでここに置いてあるの?」と思わせる陳列をしたほうが
その謎を解こうとしたお客に商品もよく見てもらえるし
「なるほどだからか」と納得する感情とともに認知してもらえて
記憶もに残りやすいのではないか、という
ナイスな発想、ナイスな販売戦略の賜物であるな、と思います。

今日スーパーに行ったらお惣菜コーナーに写真週刊誌が放り出されていたので、
子供のイタズラ等でないとすればその手の販売戦略なのだろうと思います。
いついかなるときもいかがわしいことを考えている
僕のような人のことを考慮したのだろう。
今晩のおかずを考えてる人が見るコーナーに今晩のおかずを置いたのだろう。


1月17日   All in One

すぐペン先が刺さって穴が開くのだ。


中学生の頃、「いかにカッコイイ文具を持ってくるか」を
クラスの皆で競うのが無意味に流行した時期がありました。
最初は誰かが持っていた、メタリックな質感をしたシャープペンの芯ケースを
たまたま「何それかっけー」とみんなして持て囃したのが始まりで、
その後それに対抗して、それぞれが思い思いの
カッコイイと感じる文具を学校に持ってくるようになり、
ものすごい色数が揃ってるカラーペンを持ってくる奴がいたり
やたら高級そうな万年筆を持ってくる奴がいたりとひとしきり盛り上がったのです。
そんな中であるとき僕らの世代では既に廃れていた
超多機能筆箱を持ってきた奴がいて、
それが「一周回って逆にカッコイイ」という評価を受けたとこらへんから
方向性が「変わった文具なら何でもいい」みたいな風潮に変わり、
最終的に誰かが文庫本ほどの大きさがある
馬鹿デカい消しゴムを持ってきたあたりで自然消滅を迎えましたが、
実に楽しいブームであった次第です。

僕がどこからどう見ても通帳入れな半透明のビニールを
ペンケースとして今なお使っているのはそういう理由です。
当時そういう風潮の中で、ペンケースといえばこういうのが
一周回ってカッコよくて最高なのだ、と刷り込まれたのだ。
別に当時からずっと同じのを使ってて愛着があって、とかではなく
実際今持ってるのもつい最近買ったものだが、
もうペンケースを新調するとき商品棚を見ていても
そういうものしか映らない目になってるのだ。やむをえないのだ。


1月16日   Fortune Material

ゾーマというよりはデスピサロだったか。


1月16日は閻魔大王の賽日である閻魔参りの日です。
閻魔様といえば、とあるお婆さんが眼病を患い
自らの好物であるコンニャクを絶って閻魔様に参り回復を祈ったところ
閻魔様が自らの片目を犠牲にお婆さんの視力を回復させてあげた、という
「コンニャク閻魔」のお話が有名です。
かつて初めてこのお話を聞いた僕が幼心にショックを受けたのは、
仮にもあの世の大王、即ち神や仏の類に属するであろう閻魔様ですら
この世から眼病をことごとく消し去る、とかならまだしも
たかが人間1人の眼を治すために
自らの片目を犠牲にしなければならないのか、ということでした。
神なら人間を救うにしろ逆に罰を与えるにしろ
魔法的なもの一つでちょちょいのちょいであろうと思ってたが
そういうわけでもないのであるな、大変なのであるな、と感じたものです。

そう考えると、魔都の気象を司る神への見方も変わってくるかもしれません。
遊び感覚で市民の生活を弄びやがって、と思っていたが、
何かしらの代償を支払わねば神通力は行使できないとするなら
魔都の神はかなり身を削っていることになる。
ひと雨につき髪の毛一本程度の代償だったとしてもとっくにツルッパゲなはずだ。
なぜそこまでして民を苦しめるのか。快楽主義の絶対悪タイプの魔王かと思ったら
悲願成就のためなら我が身などどうなってもいいタイプの魔王だったか。
敵には敵なりの信念があったか。比較的近年のRPGに多い感じだったか。

2013年1月

明けましておめでとうございます。ヘビ年です。
白いヘビは神の使い、面白いつもりの弊サイトは時間とWebリソースの無駄使いです。今年もご贔屓に。



1月31日 使い道無いからね
 
「海外旅行に行きたいなあ、ラスベガスのカジノに行きたい」
「前行った時四五六賽持ち込めたけどセキュリティ甘すぎだろ」

ちんちろりんやってないからねラスベガス。






1月30日 ファウンテン
 
「海外旅行に行きたいなあ、ベルギーで本場のチョコが食べたい」
「あれやりたい、チョコが排水溝詰まった時みたいになってるやつ」

お前のたとえにはデリカシーが無い。






1月29日 七七七五
 
「海外旅行に行きたいなあ、ドイツで本場のビールが飲みたい」
「いいね、酔っ払って皆で本場のドドイツで盛り上がったりして」

ドイツだっけドドイツの本場。






1月28日 そこは女子いないよ
 
「海外旅行に行きたいなあ、ウィーンで音楽に触れたい」
「少年合唱団がすごいらしいな、女子パートにつられないとか?」

すごいけど。






1月27日 病原菌がいないから
 
「海外旅行に行きたいなあ、南極に行ってみたい」
「南極では裸で居ても風邪引かないらしいぞ。馬鹿だからかな?」

南極でそんなことする奴はそうかもしれん。






1月26日 そっちが勝手に話題にしたのに
 
「海外旅行に行きたいなあ、サハラ砂漠でラクダに乗ってみたい」
「ラクダに乗ると楽だって言うけどラクダ側の心考えて発言しろよ」

僕は言ってないのに怒られた。






1月25日 米国でオフシーズン
 
「海外旅行に行きたいなあ、メジャーリーグの野球が見たい」
「でも今はアメリカも冬だし、米でストーブ、甘酒リーグ中だろ」

うまいこと言ってると思うがいかんせんイメージが完全に日本だ。






1月24日 懐かしいな
 
「海外旅行に行きたいなあ、モンゴルでゲルに泊まってみたい」
「いいね、羊食べて、馬頭琴弾いて、骨折しながらサッカーして…」

最後のは別にモンゴル文化ではないと思うが。






1月23日 合コンで使うやつだろう
 
「海外旅行に行きたいなあ、万里の長城が見たい」
「万里って何kmか換算したいな、えー2を掛けてそこに5足して…」

たぶんだけどそれは年齢当ての計算式だろう。






1月22日 浮遊つながり
 
「海外旅行に行きたいなあ、マチュピチュが見たい」
「空中都市と言われる遺跡に、浮いてると言われるお前が」

自覚の無いとこを攻撃する悪口はやめろ。






1月21日 とりあえず集めてみました
 
「海外旅行に行きたいなあ、ナイアガラの滝が見たい」
「江戸幕府、爆風スランプと並ぶ三大ばくふと言われる」

誰が何の目的で決めたんだその三大。






1月20日 うまいこと言ったみたいな顔してるが
 
「海外旅行に行きたいなあ、台湾で屋台を食べ歩きたい」
「よし、その行為を屋台湾と名付けよう」

使いどころに乏しいしテレビデオみたいな命名法だし。






1月19日 ロッテンマイヤーさん
 
「海外旅行に行きたいなあ、スイスでハイジの舞台を巡りたい」
「ツンデレ熟女にアーデルハイドって呼ばれながらぶたれたり」

なんで真っ先にそんなシーンを体験したがるのか。






1月18日 作業着にヘルメットの人のアイコン
 
「海外旅行に行きたいなあ、スペインでサグラダファミリアが見たい」
「ずっと工事中なんだろ、昔のホームページのコンテンツみたく」

懐かしい。






1月17日 落差だから僕だけの責任じゃない
 
「海外旅行に行きたいなあ、シンガポールでマーライオンが見たい」
「世界三大ガッカリを見に、勝るとも劣らぬガッカリ具合のお前が」

僕に関してはそれはもう逆にそんな期待した人が悪いな。






1月16日 アウト
 
「海外旅行に行きたいなあ、タイで壮麗な黄金の寺院が見たい」
「純金なら欠片でも取りたいけど…バレたらタイキックされるしな」

別にタイの罰イコールあれなわけではないと思うが。






1月15日 元は1個だが
 
「海外旅行に行きたいなあ、ギリシャで歴史的な建造物が見たい」
「パプペポン神殿、あ噛んじゃった、つまりそのパ行の多い神殿が」

パ行が多いのはお前が噛んだせいだが。






1月14日 無ければいいのにという話
 
「海外旅行に行きたいなあ、イースター島でモアイが見たい」
「誰が何の為に建てたんだ…近道の時邪魔な近所のあの柵」

僕の話への相槌かと思ったら違った。






1月13日 うちには来ないで余所に行くなんて
 
「海外旅行に行きたいなあ、エジプトでピラミッドが見たい」
「行った事を墓参りして先祖に報告したらその日から体調が悪い」

先祖に嫉妬されてるのか。






1月12日 ダジャレで誤魔化そうったってそうはいかない
 
「海外旅行に行きたいなあ、南米でサッカーが見たい」
「カナリア軍団を見に、かなりアレなお前が」

おうアレって何だよ悪口ならはっきり言えよ。






1月11日 脳の同じ引き出しに入っている
 
「海外旅行に行きたいなあ、オーストラリアでダイビングがしたい」
「サンゴ礁があるよな、前に日ハムにいた助っ人みたいな名前の」

グレートバリアリーフよりエチェバリアが先に出てくるって何だ。






1月10日 反省したり悟ったりしたわけではない
 
「海外旅行に行きたいなあ、インドで自分を見つめ直したい」
「俺の友達も行って、前はピアスだらけだったけど額だけになった」

それは妙なかぶれ方をして帰ってきただけだ。






1月9日 芸術点を競う
 
「海外旅行に行きたいなあ、北欧でウィンタースポーツがしたい」
「傘の先で雪に『うんこ』って書くやつとか」

あれスポーツだったんだ。






1月8日 奇跡を感じるにはいかんせん短い
 
「海外旅行に行きたいなあ、メキシコでマヤの神秘に触れたい」
「山に遺跡があるんだろ…『山にマヤ』!回文になってる!神秘!」

そうかなあ。






1月7日 スナック菓子じゃないほう
 
「海外旅行に行きたいなあ、イギリスでティータイムを味わいたい」
「お茶と一緒にバーベキュー味じゃないほうのスコーン食って」

その言い方だとチーズ味とかの可能性が残ってるぞ。






1月6日 異文化襲来
 
「海外旅行に行きたいなあ、イタリアで本場のパスタが食べたい」
「違いを確認するべく普段食ってるようにレトルトカレーかけたい」

かわいそうな本場のパスタ。






1月5日 進化の盲点
 
「海外旅行に行きたいなあ、サバンナで動物をウォッチングしたい」
「良いな、逆に低い草が食べにくくて後悔してるキリンが見たい」

なんだその願望。






1月4日 1回ぐらいならわかりやすくていいけど
 
「海外旅行に行きたいなあ、アラスカでオーロラが見たい」
「磁気か何かが尿漏れしてるやつな、冬は頻尿だし見やすいかも」

尿のたとえで押し切るのはやめてほしい。






1月3日 思いつく最大のオシャレスイーツ
 
「海外旅行に行きたいなあ、パリでオシャレな食事がしたい」
「最高級フランスケーキとかな」

のび太かお前は。






1月2日 語感に引っ張られた
 
「海外旅行に行きたいなあ、中国で本場の中華料理を食べたい」
「四大料理があるんだろ、カントンとか、真性とか、仮性とか」

3つ例に出したうち2つ、ともすれば3つ全部違うものの話って何だ。






1月1日 昭和の漫画
 
「海外旅行に行きたいなあ、ハワイで日光浴がしたい」
「俺はもう行き飽きたよ、暑いだけだし、ヤシの実頭に当たるし」

ハワイのイメージが行ったことない人丸出しだが。

1月15日   White Vagrant

滑ることによりその確率が上がるというだけ。


爆弾低気圧の影響で太平洋側が大荒れのお天気となったとのことで、
こういう、東京など大都市の交通網が雪によって麻痺し
大混乱に陥っている様子をテレビのニュースなどで見て
我々雪国の人間が「あの程度の雪で何してんだ」と思う、という事態が
ある種毎冬の風物詩のようになっていますが、
個人的には、さすがに毎年異常気象がどうのこうので
何だかんだ年1ペースで起こる事態になってきてるのだから
そろそろ都会の人たちも備えぐらいすべきなのではないか、と思う次第です。
いい加減風物詩にしてる場合ではない。
要するに準備不足なのだ。実際にニュースでも、
自動車のタイヤチェーンや雪かきグッズを買い求める人で
混雑するお店の様子が映し出されていたが、
降ってしまってから対策グッズを買いに行くというのは
まさに泥棒を見て縄を綯ってることに他ならないわけで、
そうではなく雪国の人間のように事前に準備をしておくべきなのだ。
普段雪が降らず雪に慣れてないというのはその通りだろうが、
むしろ慣れてないからこそ備えを万全にすべきだとも言えよう。
山に慣れていないからこそ過剰とも言える重装備で挑むのであり、
登山初心者が現地ガイドと同じ格好で登れるわけがないのと同じなのだ。
都会の人も冬になったら雪国の人間と同じように、
車にチェーンを積み、滑りやすい革靴やハイヒールで出かけるのを控え、
雪が降り路面が凍ることを前提とした行動を取るべき、
物理的にも精神的にも準備を整えて雪道に臨むべきなのだ。

そうやって準備万端な雪国の人間である僕は平気で転ぶ。
だが今それは関係ない。雪があっても無くても転ぶのだから、
準備しても結局そうなんじゃんとかいうのではない。単に段差に弱いというだけ。


1月14日   Moving on Going on

そうだろう。


録画した番組を保存用のHDDに移動させていました。
10分強かかるという表示が出て、
その間は録画した番組を見ることができないので
普通のテレビに切り替えて適当に見ていたのですが、
途中でそれがリアルタイムの放送なのか録画なのかがごっちゃになり、
CMを飛ばそうとして録画のほうのリモコンを弄ってしまった結果、
変なところを触って移動作業をキャンセルする操作をしてしまった次第です。
何たる失態。あとちょっとで移動完了だったのに10分が水の泡だ。
またイチから10分強の時間をかけて移動させなければならない。
時は金なり。勿体無いことをした。一瞬の判断ミスで
金にも等しい時間を大幅に無駄にするような、
そんな失敗を二度と繰り返してはならぬ、と肝に銘じたのです。

2度目の移動を無事完了させて改めて見たら、そもそも選択を間違えてて
別に保存したいわけではないものを必死こいて移動させてたことに気付いたが、
それはまた別の話だ。今肝に銘じたやつとは違う種類の無駄なやつだ。
だから、言った傍から何やってんの的な批判を受けるいわれは無いのだ。きっとだ。


1月13日   Potentialized Mark

わかったね。


たとえば背広のポケットに出し入れできるフタのような部分がついているのは、
屋外ではあれを出しておくことによって
雨水がポケットの中に入るのを防ぐためだと言われていますし、
スーツといえば身体にぴったりのものを
オーダーメイドで作って着るのが最上であるはずなのに
ズボンの裾を折り返して履くスタイルが
「ダブル」と呼ばれ着こなしの一種として確立されているのも、
雨の日に泥はねを避けるため偶然そうしたのが
「それ逆にかっこよくね?」ってなって広まったからだとされています。
さすがは英国紳士のオシャレ。英国も雨の多い土地だが、
それを踏まえて、むしろ利用してファッションというものが形成されている。
悪天候がちな土地のファッションかくあるべし。魔都も見習わねばなるまい。

今日一日、僕が着てたパーカーのフードの中に
丸まった靴下が入ってたのはつまりそういうわけだ。
乾燥機でいっぺんに乾かしたから、即ち雨や雪で
外に洗濯物が干せなかったから起こった事態であり、
この街の住人であればそれを笑ったりせず
新たなオシャレとして捉えるべきなのだ。
いいね。上にコート着てたからたぶん誰にも気付かれてないけど、
万一気付いた人がいたら、そういうことだから。ね。


1月12日   Fall as a Sun

大人気商品なのだろう。


あなたのお店で1万円で売っている商品と同じものが
ライバル店では9千円で売られています、
値下げせず自分のお店の商品が売れるようにするにはどうすればいいでしょう?
というとんちクイズがテレビ番組で出題されていたのですが、
その答えが「相手のお店の商品を買い占め自分のお店で1万円で売る」
というものであったことについて、それはどうだろう、と思った次第です。
確実に全部売れる保証があるならそれでいい。
しかし、1つでも売れ残ったらその時点で大損害ではないか。
ライバル店から買ったぶんについては
売れても差額の千円しか儲からないわけだから、
1つ売れ残るだけで9つ分の儲けが吹っ飛ぶことになる。
それがどういう商品なのかも重要だ。
よほどの生活必需品ならいずれ全て売れるだろうが、
もし洋服や家電製品のように「新製品が出たら価値が落ちる」類のものだったら
もう絶望的な未来しか見えないと言えるだろう。
問題文を額面どおりに受け取り、損をしようがどうなろうがそれでいいんだ、
自分の商品が1万円で売れればいいんだ、ということならわからないでもないが、
それなら「1万円購入ごとに100万円ぶんの商品券をつける」とかでもいいわけで、
そんな回答が果たしてとんちと言えるだろうか。
機転と発想力で急場に対応する力と呼ぶにはあまりにもリスキーではないか。

そんなことを考えていたら次の問題文をあっさり見逃したので
僕に急場に対応する力が無いことは明らかだ。
どちらかだぞ。そんな人間にすら穴を見抜かれてしまうほど稚拙な問題か、
あるいは僕の批判が完全にトンチンカンか、二つに一つだぞ。


1月11日   Line on the Wave

どうでもいい妄想。


近所に最近できたお店の店名について、勝手に気を揉んでいます。
と言っても別に、変わった名前だとか
お店の雰囲気にそぐわない名前だとかではない。
どこにでもあるお店でどこにでもある名前だ。それは構わない。
問題は、そのお店と全く同じ地名を持つ町が
川一本挟んだすぐ向こうにあるということだ。
なぜどうせならそっちに造らなかったんだ。
ここにはちょっと前まで貸物件の札が立ってたから
この土地の持ち主が建てたお店というわけでもないだろうし、
ここじゃなきゃ絶対に駄目、という理由が見当たらない。
一方、あっちにすべき理由は明確だ。
「○○町の○○です」と名乗るとき○○の中に同じ言葉が入るのは
実にキャッチーだし覚えやすい。ある種の運命的なものも感じる。
将来的にその町を象徴するランドマーク的なお店にだってなりうる。
同じぐらいの広さの空き物件はあっちの町にもいっぱいあったろう。
一体なぜあっちにしなかったんだ。何が問題なんだ。

まず間違いなく、あっちには同じぐらいの広さの空き物件が
「いっぱい」あることが問題なんだろうな、と思います。
ここじゃなきゃ駄目な理由は無いが、あっちじゃ駄目な理由はあるもの。
空き物件が増えるに足る理由があるもの。道路幅が違うもの。


1月10日   Rising Higher than It

己を知れば百戦なんとか。


洗濯物をアパート備え付けのコイン乾燥機で乾かそうとしたのですが、
先客の方の衣類がまだ入っており、使用できませんでした。
困ったな、もう洗っちゃったからこのまま放っとくわけにいかないし、
部屋干しにしようかな、乾燥機使うつもりだったから量多く洗っちゃって
これを全部部屋に干すのはしんどいだろうな、どうしようかな、と
しばらく逡巡していた次第です。

結果、とりあえず部屋に戻って1時間ほど待って再び見に行ったら
回収され空になっていたので、無事目的を果たすことができたのです。
最初は、勝手に取り出してカゴにでも入れさせておいてもらおうかな、
1台しか無いのわかってるのに放置して占拠してるほうが悪いんだし
僕にもそれぐらいする権利はあるんじゃないかな、などと考えていたのだ。
早まらなくてよかった。見知らぬ方の洗濯物を触るのは失礼だ、というのもあるが、
何よりもし女性のものだったりしたら、
僕が独り身の変態であるという事実のせいで
シャレにならない事態に発展するかもしれないしな、と考えてやめたのだ。
1時間後に無くなってるということは、もしカゴに移してたら
その作業中に件の先客と鉢合わせになった可能性もある。
変態であることを自覚していたおかげで
通報されるタイプの変態にならずに済んだ。皮肉な話だ。


1月9日   Punch Out

じゃあ何なら耐えられるのかと聞かれたら難しいが。


北陸地方を中心に流れているお味噌のCMで、
「ゆきちゃんの便りは麹味噌」という歌詞のものがあります。
ずっと前から、おそらく僕が金沢に棲みつくよりも
はるか昔から流れていると思われるレトロなCMなのですが、
他の部分の歌詞が季節によって変わり、ゆきちゃんなる女の子を取り巻く
剱岳や立山など北陸の自然の四季折々の情景、
今だったら雪の風景を歌ったものになったりするため、
お馴染みでありながら「ああもう冬なんだなあ」と変化も実感できる
ステキなCMであるのです。

でも歌詞が画面に出るわけではないので
ゆきちゃんの「頼り」は麹味噌、と聞き取ることもでき、
万が一そうだった場合それはステキではないのです。
北陸の、魔都の厳しい気候を耐え抜くにための対抗手段が
味噌というのはあまりにも微力、あまりにも脆弱。ゆきちゃんピンチ。


1月8日   Side View Shooting

おぞましきは被告人の利益となるかどうか。


そういえば警察の検問や、あとは入国審査なんかもそうですが
ああいうのは列の先頭の人をチェックしていると見せかけて、
その一方、何番目か後の、もうすぐ自分の順番だなあ、と思ってる人の動向も
係の人は横目でしっかり見ているのだといいます。
心構えというか、「大丈夫俺何にもやましいことないんだから平常心でOK」と
チェックを受けるための態勢を整えている時にこそ
何かある場合には不審な挙動がポロッと出てくるものなのだそうで、
なるほどそういうものなのか、さすがであるな、と思う次第なのです。

ただ、僕がそういうときにキョロキョロと不審に周囲を窺っていた場合、
それは何かを隠そうと心中穏やかでなくなっているわけではなく
街行く袖余りや異国の袖余りを探してるだけなので、
係の人は勘違いしないようにしていただきたいです。
嘘だと思うならこのサイトを見るなり僕のパソコンを差し押さえるなりしたらいい。
ただの袖余り好きであることがすぐにわかるはずだ。
わかった結果、度の過ぎた変態であるとして
拘留されたり国外追放処分を受けたりするかもしれないがそれはまた別の話だ。


1月7日   Mark of Distinction

普段は徒歩で行く距離のところだからね、仕方ないね。


スーパーで買い物を終えて店の外に出たところ、
駐車場にパトカーが来ていました。
一瞬、とうとう年貢の納め時が来たか、
僕が野放しにしてはいけないレベルの愚か者であることが
当局にバレてしまったか、と両手を差し出そうとしたのですが、
どうやら駐車場で車同士の事故があり、
その処理に来ていただけである様子でした。
僕を捕まえに来たのでないことに胸を撫で下ろしつつ、
しかし事故か、どうしたんだろうな、
雪が積もっててスリップするような状況だったり、
混み合って車が押し合いへし合いしてたりすれば仕方ないが
見た限りそういうこともないし、まあただの不注意ということなのかな、
気をつけていただきたいものだな、と思った次第です。

そうやってそっちに気を取られていた結果、
乗って行った自転車を置いて徒歩で帰ってきたのです。
人の注意力の心配をしてる場合ではなかったのだ。
我ながら実際に当局にマークされてもやむをえない愚かさだ。


1月6日   Flip Flap

あんまり冷静すぎてもアレだが。


ここ数日の雪が押し固められ、我が家周辺の路地も
すっかり路面が氷漬けになってしまいました。
こうなると夜中に出歩くとき、逆に恐ろしいのが
融雪装置付近だったりマンホールがあったりで雪の無い部分であり、
白く凍て付いてる部分はそらもう滑るのがわかりきってるので
こちらも注意深く歩き結果転ぶこともそう無いわけですが、
雪が無いところは果たしてただの道なのか、
それとも氷が張ってるのかが暗い中では判別できず、
油断したところをツルンと持っていかれる可能性があるのです。

この、非日常の中では一見普段どおりっぽい部分こそ
真にスリリングである、ということをわかりやすくたとえるべく、
サスペンスの中ではものすごく取り乱したりしてる奴より
やたら平常心な奴こそ真犯人なことが多い、というたとえを思いついたのですが、
よく考えたらそんなこともないのでこのたとえは失敗なのです。
なにしろ一番平常心なのは探偵役たる主人公であることが多い。
主人公が一番パニックになってるサスペンスとかあんまり無い。
「何やってんだこいついいから推理しろよ」ってなる。感情移入しにくい。


1月5日   Knocking on the Door

独り身がボヤいてるだけならいいが。


「新年明けましておめでとうございます」という言い回しは
間違いであると指摘されることがあります。
「年が明ける」というときの「明ける」は「夜が明ける」などというときと同じ、
すなわち「終了した」という意味なので、
この場合に明けた年とは新年ではなく旧年のこと、
新年はまだ明けていない、というのがその理由なのですが、
個人的には、それはちょっと字面どおりに言葉を受け取りすぎだろう、
まあ辞書的に言ったら間違いなのはそうなんだろうけど、
たとえば「全然」を若者が肯定の意味に使うのも、最初は批判されてたのが
調べてみたら古の文豪もそうやって使ってたことがわかり、
むしろ本来は肯定の意味に使うのこそが正しいとする説すら生まれているように、
「新年明けまして」もそんな一刀両断せず、
果たして本当に間違ってるのだろうか、って
一考してみる余地ぐらいはあるんじゃないのかな、と思う次第なのです。

なので僕も一考してみましたが、
「新年(もさっさと)明けまして(バレンタインとかクリスマスとかすっ飛ばしちまえば)
 おめでとうございます(な状況になるのにな)」という意味であると
行間を読んでみましたが、絶対違うので何でもないのです。
正月早々そんな挨拶が飛び交う状況はさすがの独り身も引いてしまうのです。


1月4日   New Record

慮る権利があるかどうか。


「年のはじめのためしとて」の歌い出しで
この時期お馴染みの歌「一月一日」ですが、あれの2番の歌詞、
現在では「初日の光さし出でて 四方に輝く今朝の空」となっている部分は、
作詞された当時は「初日の光明らけく 治まる御代の今朝の空」
という歌詞だったのだそうですよ。
当時の元号が明治であり、作詞者さんも明治政府の議員さんであったことから
「明らけく」「治まる」に「明治」の文字を仕込んだのだそうですが、
その後元号が大正に変わったのを機に
現在の歌詞に改められてしまったのだそうです。
作詞者さんはきっとがっかりしてらっしゃるだろう。
現代風に言えば、ネットに縦読みを仕込んだ書き込みをして、
はじめはその縦読みありきでコピペ化されていったのに
たまたまその書き込み自体が面白かったり感動したりする物だったばかりに
縦読みなんかどうでもいいや、もっと面白くしよう、と途中で改変が行われ
縦読みが消されたバージョンのほうが
より広く知られるようになってしまったようなものだ。
一番最初にその書き込みをした人は「ぬぬう」と思ってるはずだ。
自分の文章が評価されるのは嬉しいが、
そこじゃねーんだよなー、それ消しちゃ駄目なんだよなー、と思ってるはずだ。

それは今の僕の心情からも明らかだ。
テーマに沿ってこの日記にも縦読みを仕込もう、と最初は考えていたのに
どうやってもうまくいかなくて諦めた今の悔しさを思えば明らかだ。
自分で変えても悔しいのに他人に勝手に変えられたとなるとさらにだろう。


1月3日   Standing by Them

ベストパフォーマンス。


鏡餅の上には最近ではもっぱらミカンが乗るようになっていますが、
本来はダイダイの実を乗せるのが正式であるとされています。
その名前が「代々」に繋がり繁栄をイメージさせ、
また常緑樹であるため冬でも枯れない葉が永遠の隆盛に通じることから
縁起の良い果物とされ正月飾りに用いられるようになったのですが、
近年市販の鏡餅のサイズが小さくなっており
大きなダイダイを乗せたのではアンバランスになってしまうこと、
またダイダイはいかんせん生食にあまり適さず
ポン酢にするかジャムにするかぐらいしか使い道が無いため、
正月飾り専用で作って流通させなきゃいけない手間を考えると
もともと供給量の多いもので代用したほうが合理的であることなどから、
近年はミカンが使われることが多くなっているだけなのです。
ミカンさんにとっては聞きたくなかった事実かもしれない。
普段はコタツの上に乗ってだらだら食われてるだけのところ
お正月だけは一世一代の見せ場、一番目立つところに置いてもらえる、と
年に一度の楽しみ、自らの誇りにしていただろうに、
実際はただの都合の良い代役だと知ったらさぞがっかりするだろう。
可能ならミカンさんに、鏡餅の上でないならどこに置かれるのがベストなのか、
どこなら一番輝けるのか、という「あるべき場所」を提示してあげたい。

アルミ缶の上にあるミカン。(これは関係ない)
(あるべき場所の提示ではない)(ただ無性に言いたくなっただけ)


1月2日   Red Head People

何人掛かりでも祓えるものでない。


紅白のツートンカラーがおめでたい色とされているのは、
赤が魔除け、白が清浄を表す色だからなのだそうです。
いわばそれだけで「鬼は外」と「福は内」の
2つの役割をやってのけるカラーパターンであり、
だからおせちにもカマボコやら紅白なますやら入っているわけですが、
ここで引っ掛かるのは、だったら紅白の食材は
1食の中に1つであるべきではないか、ということです。
カマボコを食べて魔を祓い清浄をもたらした後、
さらになますを食べて魔を祓い清浄をもたらす、ということになると
必然的にカマボコでは魔が祓いきれてなかった、
なますで祓わなきゃいけない魔が残ってた、ということになってしまうだろう。
あるいはカマボコで祓った直後にすぐさま入り込んできた
新しい魔をなますで祓うのだと考えることもできるが、
それも結局カマボコの清浄力が弱いということになるだろう。
それは良くないことだ。退魔師2人体制で万全にしたつもりが
1人体制のときよりむしろ弱くなってしまってるということだ。
魔除けもできないのか、所詮カマボコ、と侮られ
「1人ならもっとやれるのに」と忸怩たる思いでいるカマボコさんに謝るべきだ。

1人にして本領を発揮させたところで、魔の都にいるのではまあアレだけども。
それこそ「所詮カマボコ」であることを忘れてはいけないけども。
これは別にカマボコを侮ってるわけではなく、
カマボコに背負わせるにはあまりに重い業である、という意味なのだけども。


1月1日   Clear Light Clear Life

瑞気集門。


明けましておめでとうございます。
旧年中は皆様より格別のお引き立てを賜り、厚く御礼申し上げます。
本年もなお一層の御指導御鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。

作家の星新一さんは、年賀状に
「今年もまたご一緒に、九億四千万キロメートルの宇宙旅行をいたしましょう」
という、地球を宇宙船に見立てた挨拶をしたためられていたそうです。
実にオシャレ。さすがSF作家、と思わせるウィットに富んでいる。
僕など脱帽するばかり、いやいや待て、
僕だってこうして長らく日記を書き文章力を向上させてきたのだから、
さすがと思わせるような年賀の挨拶の一つくらい。見てろ。

今年もまたご一緒に、九億四千万キロメートル袖を余らせましょう。
(パクった)(パクって性癖に寄せるという文章力の欠片も窺えないことをした)
(その性癖も余らせすぎで気持ちの悪いことになった)
(さすがに反省している)(宇宙規模の袖余りを愛するというのは言いすぎた)
(それはもはや変態の領域すら超えている)(今年もよろしくお願いします)

↑このページのトップヘ