2014年01月

1月31日   Beautiful Days

痴漢としてか頭がアレな人としてかはわからないが。


「知っていますか?あなたが金沢美人であるということを」
と謳う女性向けエステサロンのローカルCMがあります。
言いたいことはわかる。
自分では気付いてないかもしれないけどみんな魅力的なんだよ、
うちでその魅力をさらに花咲かせてみないか、と誘っているのだろう。
だが、女性しか見ないであろう媒体でならともかく
不特定多数の人間が見るテレビのCMで言うのはどうなのか。
明らかに金沢美人ではない人間にもそう呼びかけてしまっているのではないか。
というか、まず男は全てそうだし、
他にも旅行で来てたまたまテレビを見ていただけの
金沢人ではない人などのケースも考えられるから、
見ている人の半数以上は明らかに金沢美人ではないと言い切れる層だ。
半数以上の人間が「いや違うだろ」ってなるのは広告としてどうなのか。
「美味しいよ」と言って売っている食べ物が
僕にとって美味しくなくてもそれは広告が誤っているとは言い切れず
僕の感覚が人と違うだけな可能性が残っているが、
この場合は明らかに誤った広告だと言わざるをえないのではないか。不条理だ。

まあ、原義的には男性の美形を「美人」と言っても間違いではないから
そういう意味で言うと僕も金沢美人なのかもしれないが、
でも「どうも金沢美人です」って言って僕がエステサロンに入っていったら
おそらくあなたがた通報するだろう。不条理だ。


1月30日   You Get a Mail

負債を相続。


隣のアパートへの郵便物がうちの郵便受けに誤配されていました。
何度かこの日記でも書いたことがあるとおり
誤配自体はしばしば起こる、特別珍しいわけでもない出来事なのですが、
今までの誤配は我が家と同じ部屋番号宛てのものだったのに対し
今回のそれは部屋番号も違っていた、という点が特筆すべきところです。
こうなるともう、なぜ我が家に誤配されるのかわからない。
番地やアパート名を間違えただけなら我が家ではなく
うちのアパートの別の部屋に誤配されなければおかしいのだ。
もっと根本的な何かがあるのだ。
うちの郵便受けは近隣のあまねく誤配を招き寄せるような、
そういう特殊な性質があると考えるべきなのかもしれない。

もしそうなら貴重な届け物の誤配がうちに集まって
それをネコババして全部自分のものにできてウハウハだ、と一瞬思ったが、
貴重な郵便物はたいてい書留などであり普通の郵便では送られてこないのだ。
普通の郵便物で送られてくるのはむしろ請求書の類だ。
全部自分のものにしていたらウハウハどころの騒ぎではないのだ。


1月29日   Conpanion Materials

何の話なのか。


なぜ人間は様々な害虫の中でも
別に直接的に刺してきたりするわけでもない、所詮衛生害虫である
ゴキブリを親の仇のように極端に嫌うのか、という議論において、
「衛生害虫だからこそ」だという説が唱えられることがります。
曰く、日常的に接する他の衛生害虫は
ハエを筆頭にかなり小さなものばかりであり、
その中ではゴキブリだけがズバ抜けて大きなサイズ、
「あのサイズの不潔なもの」が高速で移動してくるというのは
それはもういわば大便が高速で移動してくるようなものである、と
脳が解釈するため強烈な嫌悪感と拒否反応が生まれるのだそうで、
なるほど、まあゴキブリ自体は実際そんなに不潔じゃないとか反論点もあるけど、
確かに大便が自由意志でもってどこかからやってきて
目の前でウロチョロ動き回ってたら超イヤだし
一刻も早く視界から消すため退治したくなるし
退治した後もできれば触りたくないってなるのは
なんとなく納得できる気がするな、と思う次第なのです。

それはそれとして、大便が自由意志で動くとしても
自分で出したものだったとしたら
それは超絶イヤというほどイヤではないかもしれない、とも思うのです。
お腹を痛めて生んだ子だから。向こうもそれがわかってて
懐いてきたりする可能性があるから。懐かれたら超絶イヤだけども。


1月28日   That Sounds Good

自家撞着。


テレビのチャンネルを何気なく変えたところ、
変える前の番組に出ていらっしゃったのと同じ芸能人の方が
変えた後の番組にも出演していらっしゃいました。
ふむ、よく知らないがこういうのはいわゆる裏カブリというやつで
テレビ界的にNGなのではなかったかな、と疑問に思ったので
調べてみたところ、片方の番組は元々関東ローカルの番組で
それがこちらで何週間も遅れて放送された結果、
たまたまその時間の裏番組に同じ芸能人の方が出ていらっしゃったのだ、
ということがわかったのです。
なるほど、それは想定されていないだろうから仕方ない。
しかし、となるとたとえばこの方法を応用すれば
裏カブリを気にせず芸能人を出演させられるのではないか。
真裏の番組でレギュラーやってらっしゃる方をどうしても使いたい、と思ったら
まずその人を使った番組を撮って
どこかの地方の誰も見てないような時間にひっそり流し、
それを買い取ってきたのだ、という体裁で本来の狙いの枠で放送すれば
裏カブリしても誰にも文句を言われないのではないか。
テレビ業界に革命を起こす手法を思いついてしまったのではないか。

あとは、どこかの地方の誰も見てないような時間って
具体的にどの枠なのかを突き止めるだけだ。
難問だ。田舎だろうと深夜だろうと見てる奴がいるのだ。
BGM代わりにテレビずっとつけてる奴がいるのだ。何しろ発案者がそうなのだ。


1月27日   Afternoon Tea

ホムンクルスの材料でパイ作ったりするような。


健康食品系の通販サイトのスパムが来ていたのですが、
栄養豊富なミドリムシを練りこんでどうのこうの、なクッキーの説明に書いてあった
ミドリムシの別名の表記が一ヶ所だけ
伸ばし棒の「ユーグレナ」ではなく「ユウグレナ」になっていました。
ゆうぐれな。夕暮れ菜。なんかカッコイイ。
月下美人みたい。夕方にしか収穫できない植物みたい。神秘的。
「ユウグレナは動物と植物の性質を併せ持って云々」みたいな説明もカッコイイ。
ますます神秘の植物。自由意志で移動するとか採取困難っぽい。
ファンタジーRPGの調合の材料で
終盤も終盤になってようやく1個だけ手に入るアイテムみたい。

そんな貴重なものを薬とかじゃなく
クッキーにしてしまうというのも最近のRPGっぽい。
世界の命運を握るアイテムを作るべきシチュエーションで
お約束無視でしょうもないもの作って一笑いするイベントっぽい。


1月26日   Roll Cakes

誰が司ってるんだ。


バスに乗っていたのですが、気付いたらいつの間にか
車内がものすごいニンニクの香りで包まれていました。
どうやら1つ前の停留所で乗っていらっしゃったマダムの集団が
その停留所近くの美味しい餃子屋さんで商品をテイクアウトし
みんなしてそれを持ったまま乗り込んでいらっしゃった結果の惨状であるようで、
ふむ、車内での飲食は禁止されているが
食べ物を持って乗り込むこと自体は禁止されていないわけだから
別段悪いことをしてらっしゃるわけではないのだけれども、
しかしこれはさすがに、せめてもうちょっと匂いが漏れないような工夫というか
対策はできなかったのかと思わざるをえない、と感じた次第なのです。
たとえばその開けっ放しのビニール袋の口を
ぎゅっと縛るだけでも少しは違うはずだ。
違わないかもしれないが、だとしても「匂いが漏れないよう工夫したのだな」と
努力の跡が他人から見えれば印象は変わるはずだ。
なぜ誰一人そうしないのだ。意図が分からない。

それでもなんとか意図を理解しうるとしたら
あのマダムたちがその餃子店の回し者であり、
乗客たちに餃子を食べたい欲を植え付けることが目的だという考え方だが、
しかしバスは進んでいるのだ。もはやその店には行けないから
食べたくなった人は違う店で餃子を買い食べるに違いないのだ。
それでいいのか。それとも餃子界全体の回し者なのか。餃子界って何だ。


1月25日   What It was Recomended

火遊び。


1月25日は「中華まんの日」だそうです。
僕は基本的にスタンダードを愛する人間であり、
モノにもよりますが新商品や限定商品には
そこまで積極的に手を出そうとしないのですけれども、
それは冒険心に欠けるからという理由以外に
「もし気に入ってもそれが消えてしまったとき辛いから」
という理由も挙げることができます。
その点、中華まんに関してははじめから
「所詮はこの冬だけの付き合い」
「春になれば気に入ってようが気に入るまいが消えてしまう」
と割り切って接することができるため、
コンビニでも迷いなく新商品を選ぶことができるのです。

わかりやすくたとえるために、恋愛で言うところの
別れなければならないかもしれない、と思いながら付き合うのは不安でも
最初から100%いずれ別れるつもりで付き合うなら遊びになるという感じ、
みたいに言おうとしたのですが、
そんな経験が無いので適切かどうかわからないのです。
モテるモテない以前に、最初に言ったように冒険心が無いので。
そんな奴がそんなことになるわけないので。


1月24日   Start Up

成長してないだけ。


某インスタントラーメンの開発秘話で、
美味しすぎる食べ物はブームにこそなるものの
すぐ飽きられて消えてしまう傾向が強いことが調査でわかったため、
わざと「おいしいけどほんの少し物足りないかな」という味で作ることにより
狙い通りロングセラー商品とすることに成功した、なる話を聞きました。
なるほど、あえて力を抑えるということも
時にはメリットになりうるのだな、と感心した次第です。

ちなみに弊サイトの文章力がいつまで経っても物足りないのは
あえて力を抑えているからではなく
僕の全力がこのザマだからなので、お間違えのないよう御注意ください。
確かに長くやってはいるがそうではない。
むしろ長くやってるのになぜなのか自問せざるをえない。


1月23日   Love You Only

じゃあどうすればいいのかは思いつかない。


近所のスーパーでは、特売品などの個数制限が
「お一家族様」一個限り、という形式になっているのですが、
個人的にはあれはちょっとどうかと思うのです。
意図はわかる。「お一人様」一個にすると
旦那やら子供やらを人数要員でわらわら引き連れてくるマダムが続出して
お店が意味もなく混雑してデメリットが大きいから
何人来ようが一家族は一家族だぞ、という考えでそうしてるのだろう。
しかし、別家族ならいいのか、ということだ。
友達同士やら何やらで連れ立って買い物に来ることは普通にありえるわけで、
そういうのも防いでこそのシステムであるならば
特定の集団を指す言葉を「家族」とするのはどうか、という話だ。
何よりこのシステムだと、頑張って家計を支えている大家族の夫婦よりも
別家族であるただの浮かれた未婚カップルのほうが
お得に倍の数買えてしまうだろう。
そんな不条理があっていいのか。僕は怒っている。

自分勝手な理由で怒っているわけではなく義憤であるということは
僕自身が独りである点から理解してもらえると思う。
どんなシステムだろうと一個しか買えないのだ。
いや、一個しか要らないのだからそれでいいのだ。泣いてなどいない。


1月22日   Go for the Top

万全を期すなら睡眠時間を削って帰宅後に乾燥を始める必要がある。


乾燥機には起動タイマーをつけるべきだと思うのです。
もうあるのかもしれないが、あまねく乾燥機に
当たり前のようについてるレベルにまで浸透させるべきだ。
それこそエアコンだったり炊飯器だったりといったものと同じレベルで
当たり前のように「いつ乾燥が始まりいつ終わるか」を
自在に設定できるようにするべきだ。
そうすれば、乾燥したての暖かくていい匂いのフワフワした洗濯物の山に
顔を埋めたい欲求をいかんなく満たすことができる。
今のものだと、朝出かける前に回して夕方帰ってきたら
乾燥終了したものは既に冷たくなっていて
せっかくの醍醐味が味わえなくてちょっとガッカリする。
タイマーがあれば帰宅時刻にちょうど乾燥終了するよう逆算して、
冷えた身体で思う存分暖かい洗濯物を堪能できるだろう。

僕が逆算できるとは言ってない。世間一般の話だ。
僕はそんな日に限って帰宅が遅くなり
タイマーなど無かったかのように冷たい洗濯物を取り込むハメになる。
そういう星の下に生まれていることは自覚している。
どうせそんな日に限って予期せぬ渋滞に巻き込まれるのだ。
どうせそんな日に限って市内のどっかでマラソン大会があるのだ。


1月21日   Central Medical Center

中枢。


身体の芯まで冷える、という言い方をこの時期よくしますが、
ふと、身体の芯って具体的にどこのことなのだろう、と思ったのです。
芯というからには中のほうにある重要な部分ということなのだろうが、
心臓や脳が冷えてる感じはあまりしないからそれらではないのだろう。
いかにも温度変化しなさそうな骨ですら冷えてる、ということで
背骨などを指してる可能性も考えられるが、
やはり、鍋物を食べて芯から暖まる、という言い方もする以上、
僕は熱い食べ物が触れる消化器系のどこかなのではないかと思う。
それも、食道だと芯と呼ぶには位置が上すぎるし
腸になるともう食べ物もそんなアツアツではないだろうから
それによって暖まるというイメージもない、
となると、胃こそが身体の芯、という認識でいいのではないかと
個人的に結論付ける次第なのだ。

なにしろ、胃に変調があってトイレに籠もってる時など
芯が抜け落ちたとしか思えないぐらい思考力もやる気も失われるのだ。
トイレットペーパーが切れてるのに途中で気付いて
立ち上がって補充する面倒さを考えただけで世を儚みたくなってる奴を
「一本芯の通った人間」と呼ぶことは絶対にできないのだ。


1月20日   Big Foot

買わせ上手。


近所のドラッグストアで、入り口のドアを目下改修中であるとかで
両開きのドアの右側は従来のままのドア、
左側だけが新しいデザインのドアになっていたのですが、
そこに貼られていた、強盗やなんかの被害に遭ったとき
犯人の身長がおおまかにわかるようにするための
160とか170とか書かれたカラフルなテープの位置が
右と左で高さが違っていることに気付きました。
ふむ、今までが間違ってたのか、
それとも今後間違えようとしてるのかはわからないが、
ともかくこれは正しい位置に貼らなくては意味がないやつだろう、
170センチしかない人の身長が180センチあることになっててどうするのだ、
そんな誤った情報を警察に伝えたのでは捕まる犯人も捕まるまい、
メリットどころかデメリットになってしまうではないか、
貼っておく意味が全くないではないか、と思った次第です。

もとい、全くないことはないかもしれないのです。
180センチあるように見えると言われて悪い気はしない。
僕が大きな男に見えたか。そうかそうか。
ああ、買うつもりはなかったけど一応これもいただこうかな。(上機嫌)


1月19日   Time to Say Good Bye

変なことで運を使ってしまった、となる。


「運が良ければ」の意味である「あわよくば」という言葉ですが、
この「あわ」は元々「タイミング」「間」を意味する
「あわい」という単語だったと言われています。
即ち「あわよくば」は本来「タイミングが良ければ」の意味であり、
それが現在の「運が良ければ」に変わったのはなぜなのか、
いつ変わってしまったのか、はよくわかっていないのだそうですが、
確かに不思議であるな、タイミングと運って
近いっちゃ近いけどでも似て非なるものなのは確かだしな、
その二者を混同するシチュエーション、
「タイミングが良いし運も良い」というシチュエーションが
歴史上のどこかであったのかな、と思う次第なのです。

考えてみましたが、テレビのチャンネルを変えるとき
変える前と全く同じCMをやってる、とかしか思いつかなかったのです。
明らかにそんなことが原因ではない。
そんな最近の言葉ではない、以前に、
そもそもそれは運が良いのか悪いのかよくわからない。
運が良くて起こったことなら喜んでいいはずだが
別段喜ぶ気にはならない。「おっ」と思うことしかできない。


1月18日   Lunch on the Grass

いつも食感が犠牲になる。


ある人を助けるため別の人を犠牲にすることは許されるか?という
倫理学上の思考実験問題があります。
このままでは確実に3人が死んでしまうが、
あなたが意図的に別の1人を犠牲にすることで3人は助けられる、というとき
あなたは手を下すべきか下さざるべきか、みたいな問題であり、
そりゃ犠牲は少ないほうがいいから手を下すべきだ、という考え方もあれば、
3人の死は不可抗力だが、死なずにすむはずだった1人を犠牲にするのは
故意の殺人になってしまうのではないか、という考え方もあり、
一概にどうするのが正しいかは断言できない、難しい問題であると言えましょう。
シチュエーションに具体性を持たせるため、
暴走するトロッコの線路上、分岐先にそれぞれ作業員がおり
彼らの生死は分岐点切り替えを司れるあなたに一任されている、という設定で
語られることが多いため、この問題は「トロッコ問題」と呼ばれています。

ちなみに僕は、カツ丼や親子丼などの卵とじ系の丼を作るとき
卵が半熟の状態でご飯の上に乗せるのがベストだと思っているのに
そのためだけに容器を出して後で洗って、というのをつい面倒がって
ご飯茶碗で溶き卵を作ってそれを鍋に流したあと急いでご飯を盛り付けて、と
いつもやってしまうせいで卵に火が通り過ぎる、という
「トロッと問題」を抱えていますがそれは今関係ないのです。
なにしろどうするのが正しいかが断言できる。面倒がるのをやめればいい。


1月17日   Pin Stripe

食べ物の味は食器で左右されるというが。


雑誌で紹介されていたお取り寄せグルメの中に、
1個何千円もする超高級アイスクリームがあったのですが、
それは桐の箱に納められ、器も後で湯呑みに使わない人など
まず存在しないであろう非常にしっかりしたおしゃれな陶器、
さらに「普通の金属のスプーンで食べるより美味しいから」と
木製の上質なスプーンがアイスの数だけセットになっている、という代物でした。
個人的には、これを「1個何千円のアイス」という売り文句で
紹介するのはちょっとどうかと思わざるをえない。
これは普通の紙カップにコンビニでくれるようなプラスチックのスプーンをつけて
普通の包装で発送していればおそらくはぐぐっと下がるはずの値段だ。
当然中身のアイスもそのへんのものよりは遥かに上等には違いないのだろうし、
器にしてもスプーンにしても生産者さんのこだわり、
せっかく最高のアイスなのだから最高の環境で、ということなのだろうが、
これがまかり通るなら、骨董品の茶碗に入った牛丼が
「1千万円する超高級牛丼」になってしまうのではないか、
高級な食べ物、というのはそういうことではないのではないか、と思うのだ。

もとい、そういうことではないという結論になってもらわないと困るのだ。
食器を洗うのが面倒だからと買ってきた惣菜をお皿にすら移さず
パックのまま食べている僕の、ただでさえ貧しい食生活への評価が
そういうことになるとさらに下方修正されてしまうのだ。由々しき事態なのだ。


1月16日   Big Wave of This Generation

ラテラルシンキングを。


テレビの通販番組で料理に使うスライサーが紹介されており、
大根もおろせるしタマネギもスライスできるし
きゅうりの千切りもできるし他にも超いろいろできるぜ、という
多機能を誇っていたのですが、いかんせん多機能すぎて
各々の機能を果たしうるスペースが
ものすごく狭い感じになっていたのが気になりました。
大根をスライドさせるというより、もはや振動させておろしていたように見えた。
あれでは逆に不便なのではないかという気がする。
あれ以上多機能にしようと思ったら、もう全体の長さを今よりも長くするか、
じゃなきゃアタッチメントで機能を切り替える形にしなきゃいけないんだろうけど、
それはもう「コンパクトなのに一台で多機能」というものではなくなってしまう。
もしかしたら、スライサーの進化はもはやここまでということ、
僕はエボリューションの頭打ち、一つの時代の終わりを
今まさに目の当たりにしたということなのかもしれない。

逆に言うと、仮にそれを解決する画期的な方法が編み出せれば
新たな時代の創始者になれるのかもしれない。
ものすごいビジネスチャンスなのかもしれない。
よし、僕も一つ考えてみよう。小さなスペースでもおろせるように
手が自動的に小刻みに震えてしまう謎の薬的なものを
オプションでつけるのはどうだろう!?(進化が頭打ちした人間の発想)

2014年1月

年始早々実家近辺でお悔やみが多くあり、ふむ、一年の計ではないが嫌な年にならなければいいがな、
と思っています。いいことがあるなんて思ってない。マイナスじゃなければそれでいいんだ。



1月31日 なすすべなし
 
「最強の動物は人間だと思う」
「身体能力では野生動物にかなわないけど
 それをカバーする知能があるもんな、お前以外」

人間の中で頭がいいとは言わないがそんなにか。






1月30日 戦意を
 
「最強の動物はシロナガスクジラだと思う」
「まずあんなデカいのと戦おうと思う奴いないもんな、
 戦わないからこそ最強、まさにウケナガスクジラ」

何がまさにか。






1月29日 目指すべきところ
 
「最強の動物はゴキブリだと思う」
「人類が滅亡した後も生き残るだろうって言われてるもんな、
 本当にすげえよ、同じ嫌われ者として憧れる」

嫌われない方向のものに憧れたほうがいいのでは。






1月28日 そりゃ子供心をくすぐるだろう
 
「最強の動物はワシだと思う」
「イーグルって名前がかっこよくて子供心をくすぐるよな、
 スマートだし、スプーンですくって食ったらうまそうだし」

なんというヨーグル。






1月27日 ジャカルタ由来なことを知ってる
 
「最強の動物はジャガーだと思う」
「名前は聞くけどいまいちイメージ湧かない動物だな、
 ネコ科なことと芋とは関係ありそうで無いことは知ってる」

ほぼ知らないじゃないか。






1月26日 それでいいのか動物界
 
「最強の動物はスカンクだと思う」
「盲点だけど確かに強そう、でも屁が臭い奴がナンバーワンって
 アホな小学生グループのリーダー決めみたいだな」

修学旅行の夜とかにありがちっぽいな。






1月25日 冬の敵
 
「最強の動物はデンキウナギだと思う」
「ゾウでもショック死させられるらしいしな、いわば超強力ドアノブ」

言いたいことはわかるがあまり強そうじゃないな。






1月24日 完璧超人への敵対心
 
「最強の動物はチンパンジーだと思う」
「身体能力が高いだけじゃなくて頭もいいもんな、
 これで顔がイケメンだったらただじゃおかないところだ」

猿に嫉妬するところまで行ったか。






1月23日 悪くてニューゲーム
 
「最強の動物はベニクラゲだと思う」
「年老いて死んでもまたすぐ赤ん坊に生まれ変わるんだっけ?
 凄いよな、記憶とか精神どうなってんだろ、汚れてるのかな?」

クラゲの世界でも大人は純粋じゃないんだ。






1月22日 さらっと言ったけど
 
「最強の動物はホオジロザメだと思う」
「坊主が屏風に上手に絵を描いた、でお馴染みの」

入ってないぞジョーズ。






1月21日 Mの脱帽
 
「最強の動物はクマムシだと思う」
「過酷な環境で死なないって意味では最強なのかもしれないな、
 高熱とか真空とか、さすがの俺でもちょっとご免こうむる」

「ちょっと」な時点でお前もだいぶすごいけど。






1月20日 アダ名
 
「最強の動物はダイオウイカだと思う」
「怪物クラーケンのモデルって言われてるよな、あ、関係ないけど
 小学校のとき同級生のクラケンがウンコ漏らした話聞く?」

言葉の響きで思い出したついでで話すのはやめてあげなさい。






1月19日 木彫りとぬいぐるみ
 
「最強の動物はグリズリーだと思う」
「日本人が想像する熊とはレベルが違うって言うよな、
 たぶん信じられないぐらい鮭とハチミツ食うんだ」

がっつり日本人が想像する熊の延長線上だが。






1月18日 趣味によるから誰しもじゃないと思うよ
 
「最強の動物はスズメバチだと思う」
「怖いけどカッコイイよな、男なら誰しも一度は魅了されるだろ、
 特に女王様に服従してるところが」

昆虫は男子のロマンみたいな話かと思ったら。






1月17日 失うものなんてないからね
 
「最強の動物はオオカミだと思う」
「送りオオカミに失敗した帰り道の男もある意味最強だぞ」

やけっぱちだからね。






1月16日 海水浴リミット
 
「最強の動物はキロネックスだと思う」
「世界最強の毒クラゲだっけ?オーストラリアのお盆マジ怖いな」

向こうでもクラゲといったらお盆なのか。






1月15日 トレーニングにぶつける
 
「最強の動物はアナコンダだと思う」
「全身筋肉なんだよな、イヤなことがあった日以降の俺みたいに」

健全なストレス発散法だなあ。






1月14日 目的は何だ
 
「最強の動物はシャチだと思う」
「水中最強でも全動物最強かと言われるとな、クラス一可愛い子も
 アイドルグループの写真に合成するとそうでもないのと一緒で」

独特なアイコラ作ってんな。






1月13日 何年前の流行語なのか
 
「最強の動物はコモドドラゴンだと思う」
「噛まれると口の中にいる細菌が人体にリハウスしてくるんだよな」

別に間違いじゃないけど何その言い回し。






1月12日 思春期こじらせたのか
 
「最強の動物はハイエナだと思う」
「卑怯者で汚くてコソコソ人の物を盗んでいくイメージだけど
 本当は強くてカッコイイんだよな、うちの親父と一緒だ」

いい感じに言ってるけど親父さんのイメージが悪すぎるだろ。






1月11日 そこから話は広がらない
 
「最強の動物はキリンだと思う」
「キック力がすごいんだよな、その事実を世に広めるべく
 今後は俺はもうケリンって呼んでいくことにする」

軽く訛ってるだけだと思われて終わりだぞ。






1月10日 チョコとか
 
「最強の動物はグンタイアリだと思う」
「人間でも群れの行進を遮るのは危険だって言うぐらいだもんな、
 ジャングルに入るときは念のため甘いもの持ってるだろうし」

そんな理由で狙ってくるんだっけあいつら。






1月9日 こいつバカにしてますよ
 
「最強の動物はサイだと思う」
「重量級だし皮膚も硬そうだしツノもあるしで、突進するために
 生まれてきたようなビジュアルだもんな、まさに天賦のサイ」

突進されろ。






1月8日 パニック
 
「最強の動物はワニだと思う」
「あいつ何回か叩くと怒ってパワーアップするからな」

モグラ叩きの話なのか、だいたいの動物に共通する話なのか。






1月7日 器用貧乏にすらなれない何かになる
 
「最強の動物はチーターだと思う」
「スピードこそパワーだもんな、だから俺の今やってるSRPGでも
 重戦士のパラメータを速さに極振りしようと思ってる」

知らんけどたぶんやめたほうがいいと思う。






1月6日 山月
 
「最強の動物はトラだと思う」
「強いだけじゃなくて博学才穎だからなあいつは」

それ元は人間だったトラじゃないかなもしかして。






1月5日 鳥なき島のコウモリ
 
「最強の動物はホッキョクグマだと思う」
「周りに他の大型動物がいないから強そうに見えるだけじゃない?
 慣用句で言うところのふしぎな島のフローネってやつ」

随分メルヘンな慣用句だ。






1月4日 監視者ならば立場は強かろう
 
「最強の動物はライオンだと思う」
「おはようからおやすみまで暮らしを見つめてくるからなあいつ」

そっちじゃない。






1月3日 神対応
 
「最強の動物はゴリラだと思う」
「目は可愛いけど握力が人を骨折させるぐらいすごいんだよな、
 俺が前から推してるのになかなか売れないアイドルと同じだ」

売れないだろうなあ。






1月2日 正月早々
 
「最強の動物はゾウだと思う」
「デカさは正義だな、彼女を外国人と取り合ってみて痛感した」

何の話をしている。






1月1日 張り子の虎
 
「最強の動物はカバだと思う」
「おとなしそうなイメージだけど実はめちゃくちゃ強いんだよな、
 俺が中学時代に舎弟として仕えてた先輩の真逆だ」

わかってて何でそんな奴に仕えてたのか。

1月15日   Black Sugar

たぶん違う。


買い物に行ったところ、売り場の一角に
バレンタイン特設コーナーが設置されチョコレートが並んでいました。
さすがにまだ早いのではないか。
バレンタインは1ヶ月も先であり、今買って置いといたら
味が劣化したり暖房で溶けたりしてしまうのではないか。
それともあれか、より美味しいものを贈るために下準備の期間、
つまり女性が自分で食べたり作ってみたりして
今年のチョコをどうすべきか試す期間が設けられているのか。
僕が知らないだけでそうなのか。そういうために今から売ってるのか。

いやでもやっぱりああいうのは一発本番ではないのか。
だから毎年「手作りしたけど失敗しちゃったてへぺろ」みたいな、
「そんなことないよとっても美味しいよてへぺろ」みたいな、
爆発やむなしの充実状況が生まれるのではないのか。
どっちにしても僕は知らないけどどうなのか。真相は闇の中ということか。


1月14日   A Greatful Hope

一般論だ。


1月14日は「愛と希望と勇気の日」だそうです。
南極犬のタロとジロに由来する記念日であり、
彼らが生きていたと判明したときのハッピーなニュースで
日本中が愛と希望と勇気に包まれた、ということから制定されたのだそうですが、
にしても、随分とすごい名前の記念日だ、と思う次第です。
単体で「愛の日」とか「希望の日」とかいうのがあったとしても
僕などのような未熟な人間は「なんか壮大なテーマの日だな」と思ってしまい
そのことについて考え込むだけで一日が終わってしまいそうなのに、
それが三つも連なってるなんて。とても僕の手に負えるものではない。

違う。一つ目がよりによって愛なのが
いよいよ僕の手に負えない度を高くしている、という意味ではない。
愛に縁の無い人生を送る運命にあるわけではないはずだ。
南極にだっていつかは春が来るはずだ。
普通の春よりは寒いだろうけどもだ。誰の人生が南極だ。


1月13日   Feel Likes Heaven

ぼんやりではなく堂々と映るものだという。


死者恐怖症とでも言うべきものがあるのだそうですよ。
死体を見るのが怖いとか、あるいは心霊写真を見るのが怖いとかいうのは
一般の人でも程度の差はあれ普通に感じることですが、
この恐怖症はそうではなく、既にこの世にいない人の
写真だったり映像だったり音声だったりが全て恐怖の対象になるというもの、
つまり昔の映画に出演している俳優の姿や
昔のレコードに録音されている歌手の歌声、
酷いケースになると歴史上の偉人の写真などでさえ
「この人は今もう生きていない人なんだ」と考えると
怖くてたまらなくなり見たり聴いたりできなくなってしまうのだそうです。
なんと、それは難儀なことであるな、
明らかに古い名作映画などであれば本人も注意して見ないようにできるが、
そんなんじゃなくても再放送のドラマには普通に今は亡き名優の姿があるし
何気なく流れてくる音楽が夭折のミュージシャンの歌声だったりもするしで、
迂闊にテレビも見られないではないか、
実に不便であるな、心中お察しする次第、と思ったのです。

あと、自分がどういう恐怖症なのか説明するの大変だろうな、とも思います。
友達と一緒に映画か何か見始めて突然怖がって
「どうしたの?」って聞かれたとき「死んだ人が映ってる」って言って
てっきり画面端にでも心霊が映りこんでるのだと思った友達に
画面中央にでかでかと映る主役を指し示したときどう思われるのか。
アメリカンなホラーの感覚の持ち主だと思われるのではないか。


1月12日   Dead of the Sweet

食パン風の甘いもの、という説の語源もあるようですが。


「甘食」ってすごい名前だと思うのです。
甘い食べ物。素材、形状、製法など
普通の食べ物ならその名に冠されているであろう属性を
完全に削ぎ落としたシンプルな名前。
たとえば殺し屋だったら「死の○○」とかの通り名で呼ばれてるうちはまだまだで、
「死」そのものを名前として持つ奴が一番腕利きであろう如く、
このシンプルな名前はまさに甘い食べ物の王様たる風格。
にもかかわらず、その実体はそこまで甘ったるいとは言えない、
まあ歴史のあるお菓子っぽいから生まれた当初は甘いものが乏しくて
これでもものすごく甘いもの扱いだったのかもしれないけど、
ともかく現在はむしろ仄かな甘さで年配の人にも人気の食べ物。
「死」そのものの殺し屋だが実は人一倍優しい心を持っている的な。カッコイイ。

実際、甘食も飲み物がないと死を招きかねない。
口の中の水分を全て持っていくことにかけては
安いバウムクーヘンとタイマンを張れる。死そのものと言える。


1月11日   Grip It

具体的にどういうことなのかはよくわからない。


脳の状態をコントロールすることによって
「痒い部分を掻きたくなる欲求」を抑える技術が研究されているのだそうですよ。
痛む出血箇所を処置する、熱い火傷の患部を冷やす、などと異なり
痒い部分を掻くというのはある種の「快感」が得られる行為であり、
その欲求を満たすべく必要以上にやってしまって皮膚を傷つけ
より状態を悪化させてしまう可能性があることから、
ならば掻くメリットが無い状態にしてしまえばいいだろう、ということで
順調に治療を行う上で役立つ技術として期待されているのだそうです。
なるほど、言われてみれば確かに痒みというのは特殊だ、
睡眠や排便などはいわば生命維持に必須であり
積極的にやりたくなるように快感がセットになっていても不思議じゃないけど、
痒い部分を掻くのは必須どころかむしろやるべきでない行為だ、
神はなぜ人体をそのような構造にしたのか、と思った次第です。

あと、痒みを快感に結びつけるなら結びつけるで、
だったら背中とかも掻けるような構造にすべきだったとも思います。
手頃なサイズの棒が無いと生理的欲求が満たせないとかおかしい。
もし手頃なサイズの棒が無いと排便できないような構造になってたら
どれほど不便で理不尽か考えてみたらいい。
便なのに不便でややこしいけどそれはひとまず置いておくといい。


1月10日   Go Back Well

ちょっと遠いし。


雑誌の占いによれば、僕の今日のラッキーアイテムは
ハンバーガーであるとのことでした。
ふむ、そういえばしばらく食べていないな、
考えていたらなんとなくハンバーガーが食べたい口になってきたし、
せっかくだからお昼はファーストフード店に行くことにしよう、
別に占いのとおりに生活しなきゃいけない義理は無いし
そもそも信じているとすら言うつもりはないが、
ともあれ占いさんナイスな切っ掛けをありがとう、と思ったのです。

でも玄関を開けたら恐ろしいぐらい吹雪いており
お店どころか一歩外に出ることすら躊躇する状態だったので、
「ファーストフード店遠いし近くのコンビニでいいか」ってなったのです。
邪険に扱われた占いの怒りかもしれない。
ラッキーアイテムをまだ手に入れていない以上
いわば今の僕はアンラッキーな状態であるわけで、
それを思い知らされた形かもしれない。だとしたら謝罪したい。


1月9日   Mighty Color

二日連続弁明。


先史時代の海棲爬虫類の化石から
このほど色素の痕跡を発見した、というニュースを見ました。
恐竜の皮膚の色が何色であったか、というのは永遠の謎であり、
図鑑などに載っている恐竜たちの色は
全て現代の科学者による勝手な想像だ、とかつて聞いたときには
子供心にちょっとガッカリした記憶があるのですが、
今回の発見はそれを覆し、いつの日か恐竜の皮膚の色が判明する可能性が
ゼロではないと見出されたことを表しているのだそうで、
そいつはロマンであるな、是非科学者さんたちには頑張っていただいて
僕が生きてるうちに判明させてほしいな、と思った次第なのです。

違う。単純に知れるなら早いほうがいいという意味で、
何百年も先とかじゃなく何十年以内にできればいいな、と思ってるだけだ。
生涯独身のまま家系を断絶させて死んでしまいかねない僕には
いつかあの世で会ったとき恐竜の色を教えてくれる子孫がいないから、
僕自身の目で確かめる他に術がない、などということではないのだ。
夢のある古代ロマンの話にそんな現実を突きつけないでほしいのだ。


1月8日   You Stay Away

おしぼりでも1発ではぬぐいきれないのだ。


以前テレビで見たのですが、どこかの名物で
普通ならドンブリに入れるであろうあんかけのご飯を
あえて平皿に盛り付けて提供することで、
「冷めやすくする」効果を狙っている料理があるのだそうですよ。
通常、あんかけ料理といえば冷めにくいのが売り、
最後までアツアツのまま食べられる、というのが信条だと思うのですが、
その名物を最初に出したお店は市場の中にあって
早メシが芸のうちである忙しい人たちばかりが顧客、
最後までアツアツで一気に食べにくいのは
アピールポイントどころかウィークポイントになってしまうことであり、
しかしだからと言ってとろみをつけずに調理するのでは
その自慢の味にはどうしてもならない、という板挟みの中
苦肉の策で「冷めやすい」あんかけを生み出すべく考えられたのが
平皿に広げて盛るという手法だったのだそうです。
すごい。まさに逆転の発想。もっと全国に広まればいい手法だと思う。

広まればいいというのは僕が猫舌だからそう思ってるだけだ。
知らない間にあんかけに浸ってたパーカーの紐に気付き
慌てて取り出して指でぬぐったら信じられないぐらいの熱さで酷い目にあった、
などというとろみの保温力を思い知った経験からではないのだ。断じてだ。


1月7日   Grow Up to Growing

メーカーの裁量に任せられてるというだけの話なのだろうけど。


ふりかけを購入したところ、パッケージの裏に
「使用している海苔はエビやカニの生息域で採取されています」
という注意書きが記されていました。
アレルギー源となりうる材料が入っていますよ、とか
そういう材料を扱うものと同じ工場で作ってますよ、とかの注意書きなら
今までにも見たことがありましたが、
生息域について触れられているのは初めて見たので、
そんなことまで書かなきゃいけないのか、と驚いた次第です。
まあ確かに、考えてみればエビの赤ん坊やら殻の欠片やら
生息域なら混入している可能性がゼロでないわけで、
だとすると必要な表示なのだろうとは思うのですけれども、
逆に、エビやカニが絶対にいないような環境で育てられている海苔など
果たして存在するのだろうか、
いや海にしろ川にしろそんなことはありえない気がする、
ならばあまねく海苔製品には全て生息域に関する注意が
書かれてなきゃいけないことになるのだが、
僕の記憶が確かならそんなことが書かれた製品はあまり見掛けない、
一体どういうことなのだろうか、と疑問に思ったのです。

あるいは僕が知らないだけで、エビもカニも絶対いない場所で育つ海苔が
普通に流通しているのかもしれない。
モヤシか何かみたいに栽培から出荷まで
全て工場の中でやってるとかそういうことだろうか。
じゃなきゃ、エビやカニがとうてい生息できないような
過酷な環境で育ってる海苔だろうか。
それも普通の環境汚染とかに関しては、たぶんだけどエビやカニより
海苔のほうが弱いと思うので、むしろエビやカニはとうてい生きていけない
腐海みたいな環境をあえて好んで育つ特殊な海苔だろうか。
そんな海苔はアレルギー云々関係なく危ない気がするんだけどどうだろうか。


1月6日   Power Stone

開運グッズとかは売ってる気もするが。


「お金を取るのに何も売らない商売ってなーんだ?」の答えが
「占い屋」なのはよく考えたらおかしいと思うのです。
だって、「顔についているブタってなーんだ?」というとき
「まぶた」が優秀な解答になりうるのはまぶたがブタではないからだ。
この問題も、実際にはちゃんと品物を売ってるのに、
言葉の引っ掛けで売らないことになるからこそ
なぞなぞのカタルシスというか、トンチの妙が出るのではないかと思う。
その点、占い屋は実際に何も売ってない。
そしてそれは小売と飲食を除くサービス業のほとんどがそうであるため、
「散髪屋」や「ドライバー」などという回答と「占い屋」という回答は
構造が変わらない。「まあ何も売ってないけど」というリアクションが
同じように通ってしまう。それではいけないと思う。問題だと思う。

具体的にどうすれば解決できる問題かは知らない。
占い屋で物を売るのが当たり前になればいいのかもしれない。
そうすればなぞなぞの中でのみ売らないという裏切りが成立するかもしれない。
うちの近くにある占い屋でもお弁当か何か売ればいいのかもしれない。
あの位置にお弁当屋があると僕的にも助かるのかもしれない。


1月5日   Running Cost

そういうことにする。


1月5日は「イチゴの日」だそうです。
教科書通りとも言える語呂合わせパターンの記念日ですが、
惜しむらくは、春というイチゴの旬の時期を
捉えることができていない点であるでしょう。
それどころかこの時期は、クリスマスケーキの需要に合わせて
供給量が最大になるタイミングを超えてしまったばかりであり、
「イチゴといえば今だよね」度が年間通して最も低いとすら言える時期だ。
そんな時に記念日を迎えねばならぬとは、
イチゴ業界の苦悩はいかばかりだったか。
一見、誰が考えてもこの日に決めるだろう、という日付だが
実際はタイミングを重視すべきか語呂合わせを重視すべきか、
きっと業界でも議論が紛糾したに違いない。
そして偉い人の一声でようやく決定したに違いない。
イチゴはランナーと呼ばれる蔓を伸ばしながら育つので、
それを伸ばすのが一番上手い名人の一声で決定したに違いない。

つまり、鶴の一声ならぬ蔓の一声という。(わかりにくいオチ)
(我ながらさすがにわかりにくいと思う)
(でも記念日の語呂合わせがわかりやすすぎるので
 それと相殺されたのではと思うから気にしないことにする)


1月4日   As Time Goes By

いいけど別に。


テレビのグルメ番組を見ていたところ、
舞台となっていたお店に何だか見覚えがあるような気がしました。
自分で行ったことのある場所では明らかに無いので不思議に思い、
ネットでお店の名前を検索してみたところ
過去にそのお店が紹介された番組のリストを発見、
その中に僕が毎週見ている番組の名前があり、
もしかしたら当時録画したのがまだ残ってるかもしれない、と
HDDを漁ったところ果たして当該の放送回を発見し、
確かに同じお店だ、面白い回だったから印象に残ってたんだな、と
無事確認することができた次第なのです。
いやはや、文明の利器様々だ。ネット検索も大容量の録画機も無かった昔なら
見覚えの正体がわからず気になったまま悶々と過ごさねばならないところだった。
改めて便利でハイテクな時代になったものだと痛感した。

その後、そうして見つけた録画番組を徒然に見てたところ、
気付いた時には思ってたより時間が経過してたのです。
むむう、掃除のときに昔の雑誌を見つけて読み耽ってしまうのと
同じタイプの失敗を。ハイテクな機器でクラシカルな失敗を。


1月3日   Spice and Herb

飽きてからならともかく。


お正月ですが、独り者なので特におせちを食べるわけではありませんし、
またお餅はわりと好物であるせいでシーズンを問わず食べるほうなので
取り立ててお正月だから食べなきゃという使命感も無い、
ならば何か漠然と豪華な料理、って言ったって
うちの近所ではコンビニとチェーン店ぐらいしか開いてません。
こうなると、お正月にお正月っぽい食べ物を食べるというのは
逆になかなか難しいものがあるなあ、
こだわらず食べたいものを食べるほうが
むしろ正解なのかもしれない、と感じた次第なのです。

でも1月2日から3日の昼までを全食カレーで過ごしてみて
その考えは誤っていたことに気付いたのです。
うまく説明できないが、猛烈に損をした気分になっているということ。
非日常で居ていい大義名分があるのにあえて日常を過ごすと
「せっかくの」という言葉が妙に脳内にリフレインするということ。
見たいテレビがあってまだ寝るわけにいかないが
さりとて他にやることがあるでもなく手持ち無沙汰だから、と言って
元日の夜から鍋いっぱいのカレーなど作るものではないということ。


1月2日   Carry Over

めで鯛とかもそうだが。


おせち料理の「昆布巻き」が
「よろこぶ」に掛かってるから縁起がいい、というのは
よく考えたらおかしいと思うのです。
なにせ「こぶ」にしか掛かってない。
そして「こぶ」のつく言葉は他にもあるはずだ。
その言葉が縁起の悪い意味だったらそれに掛かってることになって
せっかくの「よろこぶ」のめでたさが相殺されてしまうはずなのだ。

例を出そうと思って「こぶ」の付く言葉を考えてみたが
「運ぶ」しか思いつかなかった。
運ぶが縁起悪いかどうかはよくわからない。運ぶものによる。
「運び屋」なら縁起悪そうだけどもはや「こぶ」が入ってない。難しい。


1月1日   Sunrise Japan

麗雅懿春。


明けましておめでとうございます。
旧年中は皆様より格別のお引き立てを賜り、厚く御礼申し上げます。
本年もなお一層の御指導御鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。

「賀」という漢字は「加」と「貝」の組み合わせによって成り立っている字であり、
「加」は農機具などを祓い清める行為のこと、
「貝」は生産力の高さを象徴する子安貝のことだと言われています。
その2つを組み合わせた「賀」は
元々生命や農産物に対する祈りや祝いを意味する文字で、
それが転じて現代では「賀正」とか「年賀」とか、
お祝い全般に用いられる漢字になったのだそうですよ。

となれば「賀正」は本来の意味で言うなら
「農産物に対する正しい祈り」ということになるかもしれない。
どういうものなのか気になる。まず誤った祈りとは何なのか。
おせちのレンコンで黒電話のモノマネをするのはどうか。
一年の計が元旦にあるとしたら悲惨な一年になるであろう祈りだと言えないか。

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