2015年05月

5月31日   Twice Up

採算取れない。


揚げ物は二度揚げすると美味しくなる、というのは
余熱を利用することで外を焦がさず中まで火を通せること、
そして一度揚げたあと表面に浮いてきた水分を
二度揚げで飛ばすことによりサクッとした食感が生まれること、に基づいています。
だったら二度とは言わず、三度四度と揚げてもいいのではないか。
もちろんやりすぎては中身の水分が出すぎてしまい
逆に美味しさを損ねることになってしまうだろうが、
温度と時間をうまく調節すればいけるのではないか。
ごくごく低温から揚げ始め、幾度となく取り出しては戻しを繰り返していけば
五度、十度、いや百度揚げも可能かもしれない。
名前を聞いただけで食べてみたい。ビッグビジネスの予感。

二度や三度なら回数のことだろうとわかるが
百度揚げだと100℃で揚げてるのかと勘違いされる可能性がある。
それはちょっと低温すぎる。生焼け感がひどい。
実際に食べた人も「意外と生焼けじゃなかった」という部分にばかり意識が行って
せっかくのカリカリ感を味わえないだろう。
甲斐がない。めちゃくちゃ時間掛かるだろうに全く甲斐がない。

5月31日 メイガでも可 

「身体にいい食材といえばお米だな」
「やっぱ食うと力が湧いてくるよな、不思議なもんだ、
 たぶん前世がコクゾウムシだったんだろうな」

日本人だから、でいいじゃない。

5月30日   Power to the People

奇跡を起こせる。


お店で「カリスマ主婦のアイデアから生まれた」というまな板を見つけました。
ただの板状ではなく両端に少し出っ張りがあって
平べったい「H」の字のような形をしており、
これにより板そのものが接地しないので
両面とも清潔なまま使うことができる、と謳われていたのです。
ふむ、確かに肉や魚を切るまな板と
それらの脂や匂いが移っては困る食材を切るまな板は分けたい、
それが1枚で済むというのはメリットだが、
しかしこの形では収納が大変そうだ、
少なくともうちの台所にあるまな板用スペースにはこれは入らないし、
おそらくたいていの家のまな板入れは平らなものが想定されているだろう、
これが仕舞える専用の器具などもあるのかもしれないが
わざわざそれと一緒に買うぐらいならまな板を2枚買ったほうが
いろいろと便利なような気がしてしまうな、と感じた次第です。

そう、2枚あればたとえば肉を切っている一方で
ああ先に野菜を切らなきゃいけないんだ、と気付いたときも
肉を切る作業を中断してもう1つのまな板で野菜を切ることができる。
これは1枚を両面使うスタイルではできないことだ。
カリスマ主婦はそれに気付かないか。プロだからそういうことは起こらないか。
あるいはその場合でもどうにか両面使ってやってのけるか。
ひっくり返しても食材がまな板にくっついたままにできる能力があるか。
そういう意味合いでのカリスマか。信者を獲得できるタイプのやつか。

5月30日 缶切りを使おう 

「身体にいい食材といえばホウレンソウだな」
「食うとムキムキになれるけど、食うためには
 缶を握り潰せる位ムキムキじゃなきゃいけないというジレンマ」

別に何もかもポパイに倣う必要は。

5月29日   Another Parts of the Pair

気のせいではないと思うのだ。


履き心地が良い靴下であればあるほど
早く穴が開いたり洗濯のドサクサで片方紛失したりする気がしてなりません。
これがシャツやズボンならそうなるのもわからないではないのだ。
お気に入りのものはそうじゃないのよりも
頻繁に着ていて頻繁に洗濯するから
そのぶん早くダメになってしまうし紛失の機会も多い、という理屈が成立する。
しかし、僕は靴下にまでこだわるようなおしゃれさんではなく
積んであるのを毎日上から順に取って履いてるだけだから、
どの靴下も損傷や紛失のリスクはほぼ同じであるはず。
にもかかわらず履き心地の悪いものばかりが生き残っているこの現状、
いったいどういう理由でこうなってしまうのだ。

あるいは「履き心地は良いが軟弱」「履き心地は悪いが丈夫」という
どちらかの属性を持つものしか靴下界には存在しないのかもしれない。
穴の開きやすさはそれで一応説明できる。
が、前者ほど洗濯で紛失しがち、というのが依然として謎だ。
軟弱といっても勝手に失踪するほど軟弱なわけではあるまい。
そういうメンタル面の軟弱さの話をしているのではあるまい。

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