2018年12月

12月31日  Synthesis Conclusion

良いお年を。


早いもので今年も終わりです。
よく「今年は平成最後の年」という言い方をされていますが
正式に元号が変わる来年春まではとりあえずまだ平成であるわけで、
にもかかわらずしばしばその数ヶ月間がまるで存在しない物であるかのように、
むしろ存在しないほうがキリが良くて好ましいかのように言われることすらあるのは
ちょっといかがなものであろう、と思う次第なのです。
怒らせても知らないぞ。数ヶ月もの期間を怒らせたら何が起こってもおかしくないぞ。

僕は昭和の終わりも経験しており、いかんせんまだ小さかったのでほとんど記憶は無いが、
もしかしたらそのときに何かして数ヶ月を怒らせたのかもしれない。
そしてその結果が平成30年間全体における僕のこのザマなのかもしれない。
だとしたら絶対に怒らせてはいけない。二度とこんな悲しみを繰り返してほしくない。

12月31日 エア猛犬 

「夜中に身体の節々が痛くなる」
「俺も十年前にケガして以来足がよく痛くなるわ。そのままだとイライラするから、
 十年前から可愛い犬を飼ってて、その犬が噛んでくるんだ、って思い込むことで癒されてる」

十年飼ってるのに痛いぐらい噛んでくる犬で癒されるかな。

12月30日  High End Context

これでいいのだ。


ぐっと冷え込んで雪が積もりました。
ふうむ、それ以前の時点で既に随分寒くなったと思っていたが比べ物にならないな。
暖冬だと言われてる割にきっちり寒いけどなあ、などと感じていたけど
やはりこうなってみると確かに今年は暖冬なのだなということ、
本来の冬は今のようなものでそれまでが暖かすぎただけ、ということがよくわかり、
雪のない道を不自由なく歩けていた有り難みを痛感し打ちひしがれる次第だ。
何につけても身近な物の大切さは失って初めて気付くというが
これもまさにそのパターンにあたることだと言えよう。

雪のない暖かさが続いたら続いたで
今度は来年の夏場あたりに水不足とかになって
「雪のある普通の冬の有り難み」を痛感し打ちひしがれるのだろうが、
個人的には同じ苦痛でもなるべく先送りできるならそれにこしたことはないのだ。
宿題だって何だってそうしてギリギリまで先送りして生きてきたのだ。どうしようもないのだ。

12月30日 そればかりは当日にならないと選べない 

「夜中に翌日の準備がしたくなる」
「いいことじゃないか、着替えから荷物まで全部用意しておけば
 翌朝はカバンに今日の気分っぽいアップリケを縫いつけるだけで出られる」

謎の日課やめろ。

12月29日  Critical Critter

持ってるという安心感のみが存在意義。


マスクといえば最近見て「おお」と思ったのが、
裏側のフィルター部分が二重になっていて
任意のタイミングで1枚だけ剥がせるようになっている商品です。
食事の汚れや口紅などがマスクの裏側に付いているのは
そのマスクを外して置いておくとき不格好だし再び付けるにも抵抗がある、
そんなときにフィルターを1枚剥がせば
機能を損なうことなく再びキレイなマスクを使える、ということで、
これは良い発想だな、これなら予備を持ち歩く必要はないし
ちょっと汚れただけで捨てて新しいのを使う勿体なさも無い、
今後スタンダードになっていく形式かもしれない、と感じた次第なのです。

僕は現状買わないが。そんなもん僕のような優柔不断の運無しが使ったら
この程度の汚れで剥がしてその途端に修復不能の汚れが付いたらどうしよう、ってなって
結局剥がさないまま一日過ごすに決まってるのだが。ラストエリクサーみたいなもんなのだが。

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