1月26日   Solty Lack

しょっぱい料理じゃなく塩そのものを出してる時点でちょっとどうかと思う。


「海の水が塩辛い理由」の昔話について考えていました。
昔、善人と悪人がいて、善人が「何でも欲しいものが出せる石臼」を手に入れ
その石臼からお米やお金を出して裕福になる、
その様子を見ていた悪人が石臼を盗み出して船で海に逃げ、
しょっぱいものが欲しくなったので石臼から塩を出すも、
出し方は善人のやり方を見ていたが止め方を見ていなかったせいで
延々と出続ける大量の塩により船は悪人もろとも沈没、それからというもの
その石臼がどこかの海の底でずっと塩を出し続けているから
海の水は塩辛いのだ、とまあざっとこのようなお話なのですけれども。

その石臼の物の出し方は「右へ回す」、止め方は「左へ回す」と単純なものなのだ。
右へ回して出たのだから、たとえ知らなくても
「逆に回せば止まるのでは」ということは容易に思いつきそうなものなのだが、
なぜ悪人は塩を止めることができなかったのだろう。気になる。
そんなことにも思い至らないほど慌てていたのだろうか。
天ぷら油から発火したときについ水をかけてしまう人がいるのと同じで
パニックに陥り冷静に判断することができなかったのだろうか。
天ぷらに塩ならベストマッチだし良いたとえができただろうか。どうだろうか。