カテゴリ: 裏ッチック

3月30日   Real Face

実際会ったら気色悪がられるだろうが。


複数の方面・分野に渡り大活躍することを「八面六臂」と言います。
「面」は顔のこと、「臂」は腕のことであり、
とても一人でやってるとは思えないほどの働きぶり、ということなのですけれども。

顔が多すぎないか。
普通の人間が顔1つに腕2本なわけで、
となると顔が8つあるなら腕も8倍の16本欲しいところだと思うのだが、
6本しかないというのはどう考えてもバランスがおかしいのではないか。
そもそも、腕はあればあるほど便利で働きに直結しそうだけど、
顔は別にそういう感じでもないのではないか。
確かに目や耳のような感覚器がたくさんあればそのぶん情報が多く入ってくるだろうし、
顔を頭部という意味で捉えてよいなら
脳が8つあることで常人の8倍の思考力が持てるのかもしれないけど、
なにしろ腕が6本しかないのではそれに充分対処できない。
顔1つに腕1本を対応させても顔が2つ余ってしまうのだ。
むしろ「やりたいのにできない」ことが増えるだけのような気がしてならない。

感覚とか思考とかではなく、種類の違うイケメンの顔が8つ、とかなら
まだ活躍の場はあるかもしれない。
目当ての相手が好む顔を自撮りすればいいのだからネットで簡単にモテモテになれそうだ。
他の7つの顔が写り込んでしまったらまずいので
かなり巧妙な角度から撮影する技術が必要になるが、
腕が6本あるから大丈夫そうだ。自撮りするだけならそれで足りる。

3月26日   Spread Blood

懐刀の裏切り。


スーパーで、商品入れ替えのためとしてまだ賞味期限に余裕のある
ガーリックトースト用のスプレッドが見切り品になっていたので、
ホクホク顔で複数購入してきました。
そんなにガーリックトーストを頻繁に食うわけではないが、
このスプレッドは調味料として便利であることを僕は知っているのだ。
バターでニンニクを炒めたものの代わりとして手軽に使える。
そしてバターが合う料理は甘い物以外ならたいていニンニク風味を効かせたほうが美味しくなる。
ちゃんとしたガーリックバターよりもずっと安いし、チューブ式なので取り扱いもラクチンだ。
口臭さえ気にしなくて良いならバターもマーガリンも買う必要は無く、
これ一つあれば全て事足りる、と言って差し支えないほどだと言える。
それぐらい僕はこれに全幅の信頼を置いている。

難点は、ガーリックトーストをガーリックトーストたらしめる
あの緑と赤のよくわからない切れっ端が
これを使うと問答無用で全ての料理に入り込むことだ。
味に大した影響を与えるわけではないし
このせいで見た目が悪くなるということもそうそう無いので
別に構わないといえば構わないのだが、
全幅の信頼を置いている相手だけに、
それでもなおよくわからない部分があるというのは怖い。
物語の登場人物ならいずれそこが致命傷になる。赤と緑の切れっ端のせいで全てが台無しになる。

3月21日   Fantastic Bathroom

もう遅い気がする。


「下は大火事、上は洪水、なーんだ?」というなぞなぞを保護するべきだと思うのです。
一見ショッキング極まりない未曾有の大災害の描写かと思いきや
正解は「風呂」という毎日目にする馴染みのあるもの、というギャップ。
なぞなぞとして実によくできている。是非後世に残したい名作だ。
だが、残念ながら昨今の風呂はこのようなスタイルで沸かされてはおらず、
下は大火事どころかそもそも熱源すら無くて
最初からお湯が出てくるのが当たり前になってしまっている。
現代の若者はみんな「風呂とはそういうものだ」と思ってしまっていることだろう。
そんな環境じゃきっとこのなぞなぞもいずれ消えてしまう。
消えないにせよ「大昔のお風呂はそうやって沸かしてたんだよ」と解説が必要になるようでは
なぞなぞのクオリティとして著しく低いと言わざるをえない。そんな悲しい後世は嫌だ。
このなぞなぞを名作のまま残すにはどうしたらいいのだろう。

世間の風呂を昔の仕様に戻すことは不可能だから、
やはり「現代においても直火で水を沸かしているもの」を風呂の代わりの正解に据えるしかない。
何だろう。台所もIHが今以上に普及すれば直火使わないはずだし、
そうなるともう火力発電所とかしか思いつかないけどどうだろうか。
未来の子供にとって火力発電所は風呂ぐらい馴染みのある物だろうか。
それはそれで再生可能エネルギーへの置き換えに失敗した悲しい後世だけど名作なぞなぞのためには仕方ないだろうか。

3月18日   Generally General

二人とも「ふつう」の人じゃないぞ。


ドラッグストアで歯ブラシのコーナーを見ていたのですが、
あるシリーズの商品が「ふつう」一種類しか置いてありませんでした。
これでは何が普通なのかわからないじゃないか。
「やわらかめ」や「かため」と並べて置いてあるからこそ
初見の人でも「ふつう」だけで「毛の固さが普通なんだな」と理解できるが、
一種類しかないのに「ふつう」とだけ書いてあっても
たとえば生まれて初めて歯ブラシを買いに来る人などにとっては
いったいこれの何がどう普通なのか、
普通じゃない歯ブラシってどういうものなのか、皆目見当がつかない。
恐れをなして買わずに帰ってしまうこともあるだろう。客を逃しているぞ。

そして僕も「かため」の歯ブラシが好きだからそれを買いに来たのに
無かったから買わなかったぞ。
客を逃しているぞ。生まれて初めて歯ブラシを買いに来た人と、
そういう人に思いを馳せる人の二人も逃しているぞ。気を付けろ。

3月15日   Total Eruption

せいせいしたとか言い出すようではそもそも良いおじいさんではあるまい。


「舌切りスズメ」のお話のラスト、強欲なおばあさんは大きなつづらを貰うも
そこから出てきたのは金銀財宝ではなく化け物だった、というところについて考えていました。
バリエーションによって、酷い目に遭ったおばあさんが反省し改心するパターンと
そのまま化け物に殺されてしまうパターンがあるわけなのだが、
前者はいいとして後者の場合、その顛末をおじいさんはどう思うのだろう。
どんなに強欲で意地悪でも長年連れ添った奥さんなんだし、
もっと言えば描写から推察するにおそらくおじいさんにとってたった一人の家族なわけで、
そのおばあさんが因果応報とはいえ突然死んでしまうというのは
読者にとってはカタルシスを感じられても、
おじいさんにとってはちょっと受け入れがたいものがあるのではないだろうか。
財宝なんかよりおばあさんが生きていてくれたほうが良かった、
こんなことになるなら最初からスズメなんて保護するんじゃなかった、と
そんなふうに思ってしまい、あれほど優しかったおじいさんが
その後は傷ついた小動物を見つけても無視するような人になってしまわないだろうか。
これからのおじいさんが心配でならない。

それどころか、最悪の場合小動物を見つけるたび
自分から積極的に傷つけに行く異常者に成り果てる可能性すらある。
人の心を完全に失ったクレイジーなモンスターを誕生させてしまう。
あるいは、大きなつづらに入っている化け物はそういうふうにして
過去に大切な人を大きなつづらのせいで失った元人間たちなのかもしれない。
因果は巡る、ということだ。奇しくも得られる教訓は元のお話と同じだ。

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