大問題作。ネタバレ注意




image


初めに言っておくけど、ネタバレします。このゲームの重大な秘密を思いっきりネタバレします。なのでストーリーを知りたくない人は絶対に見ないで下さい。


PS4とPSVITAのアドベンチャーゲーム。開発はスパイク・チュンソフト。

当たり前だけど、創作の物語は作りものである。キャラは作り手の意図したように動き、考え、事を起こす。彼らにはその物語での役割と設定が与えられ、それに沿って動いているだけで、生きてはいない。作りものなのだから当然だ。
しかし、受け手はキャラや物語にリアリティを求める。誤解されないように言っておくと、現実に即しているかどうかのリアルという意味ではなく、真実味があるかというリアリティだ。
たとえ全くファンタジーの世界でも、その設定に筋が通っていれば、それはその世界でのリアリティがあると言える。
たとえご都合主義でも、あり得ない奇跡が起きても、一貫とした積み重ねがあれば、それもまたリアリティがあると言える。
リアリティは、作りものを作りものだと感じさせない最も重要な要素だ。作りものだと分かった瞬間、人はその物語に冷めてしまう。何故なら、それはただの嘘だから。もちろん創作である以上、本質的にストーリーはただの嘘でしかないのだが、嘘をそのままこれは嘘ですと言われると白けてしまう。
しかしその嘘をリアリティで塗り固めることによって、嘘に真実味が宿る。人を感動させる物語になる。

で、ネタバレすると、このゲームはコロシアイを求めるユーザーが楽しむエンターテイメントであり、作りものであるということをハッキリと言ってしまう。
キャラの葛藤も、超高校級という設定も、トリックも、裁判の結果も、誰が殺されるかも、全てはチームダンガンロンパという運営が書いた筋書きの通りであり、リアリティに思えた部分は全部作り手が意図して作った紛い物であるとバラしてしまう。
そればかりか、過去のダンガンロンパすら単なるフィクションで作りものであると言い切ってしまった。
コロシアイはただのフィクションの中の話であり、それを見て楽しんでいるユーザーがいる限り、ダンガンロンパは永遠に終わらない。このゲームのタイトルであるニューダンガンロンパV3のVとは5という意味であり、実はシリーズ53作目のタイトルだったのだ。
厳密に言うと、コロシアイをフィクションとしているとは言え、コロシアイを楽しんでいるユーザーや運営元のチームダンガンロンパという要素もその世界観の中での設定と一応しているので、それら全てを含めてフィクションの中の話ではある。
ただ、明らかにこのストーリーが意図していることは、コロシアイを楽しんでいるユーザー=現実のダンガンロンパを購入しているプレイヤーであり、運営元のチームダンガンロンパとは、このゲームの開発元であるスパイクチュンソフトのことを指している。
ゲーム内で、このコロシアイの事をリアルフィクションと表現していたが、その通り、現実とリンクさせたリアルなフィクションを描く、というのがこのストーリーの狙いなのは間違いない。

と、すると、非常に問題作だ。だって今までやって来たことを全部ひっくり返しているのだから。
ダンガンロンパの中の出来事は全て嘘であり、作られたものであると、ハッキリ言ってしまった。いや、創作なのだから当然フィクションではあるが、だけどそこにはリアリティがあった。
創作なんてことはユーザーだって百も承知だ。でも、コロシアイゲームにも、キャラの葛藤にも、希望を求める強い意志にも、一貫とした筋の通った、確かな真実味があった。作りものではあるけど、そこには生きた何かがあった。だから驚いたり、感動することができた。
しかし、作りものであると作中で認めてしまうということは、そのリアリティも全部紛い物であるということだ。全ては作り手という創造主が作った、台本に過ぎないと突き付けられるわけだ。
これは、ダンガンロンパを購入しているプレイヤーはもちろんだが、ある意味で全ての創作やユーザーを冒涜している。
賛否両論は当然として、はっきりこのゲームが嫌いだと意思表示するユーザーは相当いるだろう。今後、このチームのスタッフが作る創作は買う必要ないと思われても仕方がないと思う。全部作りものだと言っちゃってるんだから。それらも含めて、スタッフの意図したことなんだろうけど。

個人的な思いとしては、このタブーを使ったやり方はアリ。まず一つとして、もともとダンガンロンパはフィクションであることを強調したゲームだから。
超高校級の才能を持つ生徒たち。おふざけに満ちたおしおき。カラフルな死体表現。あり得ないトリック。
明らさまに嘘に満ちた設定とストーリーなので、あ、これはフィクションなんだなとすんなり受け取ることができる。このフィクションの徹底がダンガンロンパのリアリティだった。
だから、フィクションであるとバラされても唐突だとは思わなかった。そういうゲームだから。確かに今までやってきたことを嘘であると言ってしまうことにはなるが、それはそれでフィクションに徹したダンガンロンパのリアリティであると受け取れないこともなかった。
もう一つは、作りものであるとバラされても俺はこのストーリーに感情移入してしまったから。
自分達は創造主に作られた単なる人形だった。このコロシアイは永遠に終わらない。希望を抱けば抱くほど、諦めなければ諦めないほど、ユーザーは感動し、もっとコロシアイを見せてくれ、絶望の先にある希望を見せてくれと、求めてくる。
ならば、どうするのか。彼らが出した答えは、希望も絶望も求めない、何も答えを出さないという事だった。ダンガンロンパというゲームの人気を壊し、もうこのコロシアイが起こらない世界を作る・・・。
たとえ作りものだったとしても、自分たちが虚無な存在であるとしても、何かを残せると主人公は言う。その通りだ。俺は彼らの意志に感動してしまった。同調し、ダンガンロンパというゲームが壊れるように導いた。
つまるところこのゲームが伝えたいのは、フィクションは人の心を動かせるという事だ。たとえ嘘であるとしても、作りものだとしても、それでも人の心は動かせる。世界は変えられる。それが創作の力だ。
このゲームは、作りものであるとユーザーが認識していたとしても、嘘にまみれたものであると分かっていたとしても、人の心を動かせるのか、ただそれを試したかったのだろう。創作の力を信じたかったのだろう。

いやー、度肝を抜かれるストーリーだったな。前作が相当驚きのある内容だったから今作はどうかと思ったけど、良くも悪くも2を遥かに上回る衝撃的な問題作を作ってきた。
このコロシアイがユーザーに見られている作りものであるという秘密は割と序盤からバレバレだし、作品内に創造主を匂わせる展開はダンガンロンパに限らず色んな作品に使われてきた手法だけど、ここまでフィクションというものに踏み込んだものは殆どないんじゃないか?
だってユーザーを馬鹿にしまくってるからなこの内容は。明らかにファンを愚弄してる。それでも恐れずに、このテーマで伝えたいことを出し切ったスタッフの姿勢は素晴らしいと思う。
例え全てを否定したとしても、今までのリアリティは嘘だったと認めたとしても、それでもフィクションであるという事がダンガンロンパのリアリティなのだろう。
新作はどうなるんだろうな。スタッフ自らからこのコロシアイを壊しちゃったから新作を出せるとはとても思えないけど。
あの時は主人公の意思に同調したけど、また新作が出たらもちろん買うし、新作を作って欲しい。
結局俺はコロシアイを求めるし、その声がある限り永遠にダンガンロンパは終わらないのだから、皮肉だね。