いしいしんじ

2006年05月09日

「麦ふみクーツェ」いしいしんじ

 ぼくは石だたみのしかれた港町で育った。数学の先生をしていた父さんと、吹奏楽の王様のおじいちゃん。おじいちゃんは言う。「およそこの世に、打楽器でないものなどなにもないのだよ」と。そしておじいちゃんはぼくを「ねこ」と呼んだ。ぼくがクーツェにはじめて会ったのは、小学校に入ってすぐ。黄色い大地で麦踏みをしていた。とん、たたん、とん。

 いしいしんじさんのお話は一種独特の世界であるために、私にはすっと入っていけないことがよくあります。この「麦ふみクーツェ」は3〜4年前に購入し、2度ほど読みかけては止め、長らく積まれたままになっていました。先に読んだ娘たちに、「面白いよ」と何度も勧められました。
 三度目の正直。今回はちゃんと物語の世界にシンクロできました。いったん物語の世界に入れれば、もうどっぷり。‘ねこ’と一緒に泣いたり笑ったり落ち込んだりほっとしたりわくわくしたり。
 そして終盤ではすべてのピースがあるべき場所にはまっていく快感が味わえました。
 そんな読書の愉しみを味わうとともに、「音楽っていいなぁ」とも思いました。吹奏楽部の娘たちがこのお話が大好きなのもよくわかります。「合奏は楽しい」

麦ふみクーツェ ★★★★★

文庫も出ています→ 麦ふみクーツェ



  以下はおまけ続きを読む

pleiades91 at 14:29|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)

2005年06月19日

「ポーの話」いしいしんじ

ポーの話 その街を流れる泥の川ではうなぎ女たちが手探りでうなぎを捕っていた。一人のうなぎ女が赤ん坊を産み落としたとき、真っ白い二羽の鳩がポー、ポーと鳴いた。うなぎ女たちも赤ん坊をポーと呼んだ。
 成長したポーは路面電車の運転士:メリーゴーランドやその妹のひまし油に出会う。そして「盗み」と「つぐない」を覚える。そして五百年ぶりの豪雨が洪水となって街を襲う。

 現実と異世界が二重写しになっているような不思議な世界を、ポーとともに旅しているような気持ちになります。
 メリーゴーランド、ひまし油、天気売り、犬じじと子ども、埋め屋とその女房、港町の老人たちとうみうし娘……彼らとの出会いによって、ポーは少しずついろいろなことを知っていくのだけれど、「知る」ことは「得る」ことであると同時に「失う」ことでもあるのですね。
 旅の終わりは何かしら寂しい。この本を閉じたときも、それに似た寂しさを覚えました。続きを読む

pleiades91 at 11:12|この記事のURLComments(9)TrackBack(8)

2001年04月28日

「ぶらんこ乗り」いしいしんじ

 高校から帰ってきた私を待っていたのは、麻の袋に入った古いノートの束。「あのこの、あのノート」あのこ・・・私の弟。ものすごく頭が良かったあのこ、いつもぶらんこに乗っていたあのこ、6歳の時の事故で声が‘あんなになっちゃった’あのこ。ノートには私にあのこが話してくれた‘おはなし’が綴られていた。
 気がついたら泣いていました。‘あのこ’が書いたおはなしは、どれも少し残酷でかなしく、そしてやさしい。それはそのままこの物語全体の印象でもあります。透明感のあるお話は好き。

ぶらんこ乗り
いしい しんじ
理論社 2000-12


by G-Tools


pleiades91 at 00:00|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)
TrackBack People

・・・・・・・