2022年10月08日

再検討が必要である


 日本国憲法の施行(1947年)から数年しか経過していない時期においては、まだ、憲法の制定過程に関する資料は十分に公開されておらず、また、憲法37条2項のもとになった合衆国憲法の修正条項の研究も十分ではなかった。

 1949年大法廷判決は、憲法37条2項前段の証人審問権は法廷に喚問された証人に対して被告人の反対尋問権を保障しただけである(「出廷したら尋問させれば良い」テーゼ)から、伝聞排除法則とは全く関係のない規定であると言う一方で、被告人において伝聞供述の供述者を尋問したければ、同項後段の強制手続権を行使して供述者を証人尋問すれば良いのだから、伝聞証拠を採用しても被告人の権利保護に欠けるところはない、と言った。しかし、この憲法解釈は、憲法の沿革に対する無知に由来する、まさに「独自の見解」である。すなわち、日本国憲法の制定過程から明らかなように、37条2項前段の証人審問権は合衆国憲法第6修正の対決権条項(confrontation clause)を承継するものであるのに対して、同項後段の強制手続権は同修正の強制手続条項(compulsory process clause)を承継するものなのである。前者は自己に不利益な供述をする人物と法廷で対決して反対尋問を行う権利であるのに対して、後者は自己に有利な供述をする人物を法廷に呼ぶために強制手続を利用する権利である[32] 。当時の最高裁裁判官は、この両者の違いを理解せず、前者を単なる法廷での尋問権と決めつけ、後者を敵対証人に対する反対尋問のための権利であると位置づけてしまったのである。

 1949年大法廷判決は、何一つ論証を試みることなく、憲法の歴史的沿革を無視した独自の見解――「出廷したら尋問させれば良い」テーゼにもとづいて、伝聞排除の憲法的基礎であるべき条項を伝聞排除とは無関係の規定であると宣言してしまった。その後の判例は、この説示の信憑性について自ら再検討しようとせず、金科玉条の如くにこの判例を引用して、被告人の違憲の主張を繰り返し退けてきたのである。

 1949年大法廷判決はそもそも刑訴法321条1項2号の合憲性を審査した判例ですならない。それは刑訴応急措置法に関する先例である。刑訴応急措置法は、旧刑訴法から新刑訴法への過渡期において、新憲法の要求をとりあえず必要最小限の範囲で満足させようと意図したものに過ぎない。文字通り「応急的措置」なのである。当時はそもそも反対尋問なるものについて法曹一般が理解しておらず、実際にも行われていなかったのである。このような時代的な制約のなかで、憲法の施行に間に合わせるために不十分ながらもその要求に応じようとするしかなかったのである。この意味で、応急措置法の合憲性をもって直ちに新刑訴法の合憲性を理由づけることはできないと言わなければならない [33]。

 憲法が施行された直後から1950年代中頃にかけての最高裁判例を概観して感じるのは、その議論の内容の希薄さと速やかに刑事手続の合憲判断をしなければならないという性急な意識である。一国の法令の憲法適合性を決定する「最終審裁判所」(“the court of last resort”)(憲法81条)である最高裁判所の行うものとして、その議論の内容のあまりの貧困さは目を覆いたくなるほどである。憲法の解釈をする以上、まずもって当該規定の歴史的沿革や制定過程を調査すべきであるが、最高裁判所の法廷意見は全くこれを行っていない。憲法37条2項の歴史的な沿革に多少なりとも触れたのは、1948年大法廷判決における栗山裁判官の反対意見のみである。

 当時は、まだ、憲法の制定過程に関する資料は十分に公開されておらず、憲法37条2項前段のもとになった対決権条項の研究も十分ではなかった。後述するように、その後に公開された憲法制定過程に関する文献や対決権条項の沿革に関する文献などを参照していれば、同項は、被告人を訴追する目的で行われ、被告人に対決・尋問の機会を与えずになされた尋問の結果を排除することを主眼とする規定であることが理解できたであろう。しかし、1949年大法廷判決は、そのような憲法解釈[34] を「独自の見解」[35] と言って排斥したのである。

 1949年大法廷判決の「出廷したら尋問させれば良い」テーゼには、いかなる意味でも論証というものが存在しない。要するに、「憲法の文言をそのように読むことができる」というだけである。また、同判決は、実質的根拠として、「もし被告人に不審不満の点があれば、憲法上の権利として、[…]其供述者の喚問を請求し、充分反対訊問をなし、その内容を明らかにすることができるのであるから」と言っているが、これが憲法の沿革に関する無知に由来すること、そして、実際には最高裁は被告人が請求すれば必ず証人喚問するつもりなどなかったこと(「最高裁の二枚舌」)は、前述した。これらの点をさておいても、被告人不在の場所で作成された法廷外供述を採用しても、供述者を後で法廷で尋問する機会を与えれば反対尋問権は十分保障されたと言えるということについても、論証はなされていない。法廷外の供述に対して、法廷で十分な反対尋問をするためには、供述者が法廷で、問題の法廷外供述を自己の供述であると認める必要がある[36] 。ところが、2号後段によって証拠請求される検察官調書の供述者のほとんどは、調書における供述を自己の真意に基づく供述であるとは認めないのである。要するに、事後的な反対尋問は、同時的な反対尋問の代用とはなり得ないのである。こうした点についても、1949年大法廷判決はもとより、今日までわが国の最高裁判事たちは全く検討したことがない。

 判例データベースで1948年以降の刑事事件に関する最高裁判所の憲法判断の件数を調べてみる[37] と、表1のとおりである。その推移をグラフにすると次のとおりである。


グラフ1刑事に関する最高裁憲法判例件数



 1948年には刑事事件に関して大法廷判決が83件、小法廷判決が112件、合計195件の最高裁判決があった。その後も1953年まで毎年100件を超える憲法判例があった(例外は1952年の79件)[38] 。年間200件の憲法判断をするということは、2日に1回以上のペースで憲法判断を示していることになる。きちんとした調査をする暇などなかったことは想像に難くない。刑訴応急措置法や新刑訴法制定直後の時期の諸判例は、憲法違反の上告が山積した時代に、「『適正手続』の原則に対する理解が十分でない中で、刑事司法・刑事手続の安定を図るため、急速に最高裁判所の判断を示す必要があり、暫定的に憲法判断を次々に示した」ものなのである[39] 。このような暫定的で拙速な憲法判断によってその後の実務が支配されている現状は不幸である。

 1995年に平場安治教授は次のように指摘した――「50年の経験を踏まえ、刑事手続に対する内外の批判もあることでもあり、新法施行直後の一連の最高裁判決を腰を据えて再検討すべきときにきている」[40] 。それからさらに30年近く経っているのに、そして「刑事手続に対する内外の批判」はますます大きくなっているのに、日本の最高裁は全く動く気配がない。われわれは、この国で刑事司法に携わっている職業人として、このままいつまでも手をこまねいている訳にはいかないとわたしは考える。われわれは今こそ、1940年末期から50年代前半にかけて最高裁判所が大量生産した刑事手続合憲判例を見直すべきである。
(つづく)

【脚注】
[32]田中・前注4、136頁は、この点を指摘していた。
[33]江家義男『刑事証拠法の基礎理論(訂正版)』(有斐閣1952)、100頁参照。
[34]1949年大法廷判決の上告趣意であると同時に、1948年大法廷判決の栗山裁判官の反対意見の趣旨でもあった。
[35]刑集3-6、790頁。
[36]後述の連邦最高裁のダグラス対アラバマ判決(1965年)を参照。
[37]TKC LEX/DBで「憲法」を検索語にして、各年の最高裁判所の刑事判例を検索した。
[38]2000年代以降、最高裁の憲法判断は最大で年間26件であり、大法廷判決は2011年に2件、2017年に1件あっただけで、あとはゼロ件である。
[39]平場安治「刑事訴訟法学と現実の刑事手続」季刊刑事弁護3‐12(1995)、13頁。
[40]同前。



plltakano at 23:23コメント(0)憲法的刑事手続対決権  このエントリーをはてなブックマークに追加

2022年09月30日

 明治時代から、犯罪捜査を行う公務員として、警察官とは別に検察官(検事)というものが存在していた。しかし、明治刑訴法(1890年)には検事や警察官が被疑者や参考人を尋問(取調べ)して、その供述を記録することができることを定めた規定はなく、そうした聴取書は無効であって、被告人の有罪を立証する証拠として利用することはできないというのが大審院の判例 [1]であった。しかし、1903年に大審院は判例を変更して、法律の規定によらずに「自由任意ノ承諾ニ出タル供述」を記録することは可能であり、そうして作成された聴取書も有効であって証拠として採用することができるとした[2]。大正刑訴法(1922年)は、しかし、法令上の権限がない者によって作成された法廷外供述の許容性を一般的に否定した。そのうえで、供述者が死亡や疾病のために法廷で尋問できない場合に限り例外的に聴取書を証拠として採用できるとした(大正刑訴法343条)[3] 。いずれにしても、検事が被疑者や参考人を尋問して作成した供述録取書(検事聴取書)の許容性について特別扱いをする規定は戦前には存在しなかった。

 ところが、1948年に制定され1949年に施行された昭和刑事訴訟法(現行刑事訴訟法)は、検事の作成する供述録取書に特別な地位を与えた。昭和刑事訴訟法は「公判期日における供述に代えて書面を証拠とし、又は公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を証拠とすることはできない」(320条)と宣言する一方で、「その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異なつた供述をしたとき。ただし、公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するとき」には検事作成の聴取書を証拠にしても良いとしたのである(321条1項2号)。

 昭和刑訴法が制定される前年に施行された日本国憲法(1947年施行)には、詳細な刑事人権規定が定められており、その37条2項前段は「刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ[る]」と定めていた。検察官調書の特別扱いについては、いち早く英米証拠法の専門家がその違憲性を指摘した[4] 。しかし、最高裁判所は、321条1項2号前段については1952年に、そして、同号後段については1955年に、それぞれ合憲判決を出した。

 その後今日まで70年間にわたって、刑事弁護人や一部の学者は、合憲判例は根拠が薄弱で説得力がないとして、同号の合憲性について繰り返し異議を唱えているが、今日に至るまで最高裁判所は当初の合憲判例を引用する以外に何らの応答もしていない。しかし、そうしたいわば惰性的な合憲判断によって良心的な違憲論者を納得させることは不可能である。同号については依然として内外から批判が根強い。本稿は、日本国憲法制定から間がない時期に出された合憲判決を分析し、それがほとんど論証と呼べるものを欠いた空論であることを明らかにする。そして、憲法37条2項前段の歴史と沿革を踏まえて、検察官調書を特別扱いする321条1項2号の違憲性は明白であることを改めて主張する。

機々膩判例には先例としての価値がない


刑訴法321条1項2号前段(証言不能)についての判例
 刑訴法321条1項2号前段が憲法37条2項に違反しないと述べた最初の最高裁判例は、1952年4月9日大法廷判決 である[5]。大法廷はこう述べた。

憲法37条2項は、裁判所が尋問すべきすべての証人に対して被告人にこれを審問する機会を充分に与えなければならないことを規定したものであつて、被告人にかかる審問の機会を与えない証人の供述には絶対的に証拠能力を認めないとの法意を含むものではない(昭和23年(れ)833号同24年5月18日大法廷判決判例集3巻6号789頁以下参照)。されば被告人のため反対尋問の機会を与えていない証人の供述又はその供述を録取した書類であつても、現にやむことを得ない事由があつて、その供述者を裁判所において尋問することが妨げられ、これがために被告人に反対尋問の機会を与え得ないような場合にあつては、これを裁判上証拠となし得べきものと解したからとて、必ずしも前記憲法の規定に背反するものではない。刑訴321条1項2号が、検察官の面前における被告人以外の者の供述を録取した書面について、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明、若しくは国外にあるため、公判準備若しくは公判期日において供述することができないときは、これを証拠とすることができる旨規定し、その供述について既に被告人のため反対尋問の機会を与えたか否かを問わないのも、全く右と同一見地に出た立法ということができる[6] 。


 つまり、憲法37条2項は、現実に公判廷において証人尋問が行われたときには被告人に対して尋問の機会を与えなければならないというだけであって[7] 、法廷以外の場所で作成された供述録取書を、その供述者に対する尋問の機会を与えずに採用しても憲法とは無関係だと言うのである。大法廷は、その解釈が正しい根拠を自ら何一つ示さず、別の大法廷判決を引用した。それ――1949(昭和24)年5月18日の大法廷判決[8] ――はどんな判例なんだろうか。

 それは、刑訴応急措置法12条[9] に基づいて、公判で尋問された証人の検事聴取書を採用したことの合憲性が争われた事案である。弁護人は、憲法37条2項は合衆国憲法第6修正と同旨の規定であり、被告人に反対尋問の機会を与えずに作成された供述の許容性を否定する趣旨であって、公判で尋問の機会を与えさえすれば、尋問の機会を与えずに作成された供述録取書を採用しても良いという応急措置法12条は憲法37条2項に違反すると主張した[10] 。大法廷は次のように述べてこの主張を退けた。

 
しかし、憲法37条2項に、刑事被告人はすべての証人に対し審問する機会を充分に与えられると規定しているのは、裁判所の職権により、又は訴訟当事者の請求により喚問した証人につき、反対訊問の機会を十分に与えなければならないと言うのであって、被告人に反対訊問の機会を与えない証人その他の者(被告人を除く。)の供述を録取した書類は、絶対に証拠とすることは許されないと言う意味を含むものではない。従って、刑訴応急措置法第12条において、証人その他の者(被告人を除く。)の供述を録取した書類は、被告人の請求があるときは、その供述者を公判期日において訊問する機会を被告人に与えれば、これを証拠とすることができる旨を規定し、検事聴取書の如き書類は、右制限内において、これを証拠とすることができるものとしても、憲法第37条第2項の趣旨に反するものではない。
 論旨は公判廷において被告人に反対訊問の機会を与えたとしてもその訊問の結果を証拠となし得るに止まり、検事聴取書其ものは被告人に反対訊問の機会を与えて作成したことにはならないから、これを証拠することはできないと主張するものであるが、右主張は、憲法第37条第2項は被告人に反対訊問の機会を与えない証人の供述録取書は絶対に証拠とすることは許されないことを意味すると言う、独自の見解に基づくものであるから、採用できない。検事聴取書は、いわば、原告官たる検事が作成したものであるが、他の書類と同一の訴訟資料として、公判において被告人に読聞けられるものであり、もし被告人に不審不満の点があれば、憲法上の権利として、公費でしかも強制手続によって其供述者の喚問を請求し、充分反対訊問をなし、その内容を明らかにすることができるのであるから、裁判官の自由なる心証により、これを証拠となし得るものとするも、被告人の保護に缺くるところはない、唯無制限にこれを証拠となし得るものとすれば、憲法第37条第2項の趣旨に反する結果を生ずる恐れがあるから、刑訴応急措置法第12条により、被告人の権益保護につとめているのであって、右措置法の規定は憲法第37条第2項の旨を受けたものであり、たがいに杆格するものではなく、これを無効とすべき理由はない[11] 。


 たしかに、大法廷は「憲法37条2項[は]、[…]裁判所の職権により、又は訴訟当事者の請求により喚問した証人につき、反対訊問の機会を十分に与えなければならないと言うのであ[る]」と言って、「出廷したら尋問させれば良い」テーゼを語っている。しかし、その事案は、供述者が法廷に実際に出頭して被告人に尋問の機会を与えたうえで検事聴取書を採用したというものなのであり、証人尋問が行われなかったケース――刑訴法321条1項2号前段が想定しているケース――ではそもそもない。

 大法廷は、また、「もし被告人に不審不満の点があれば、憲法上の権利として、公費でしかも強制手続によって其供述者の喚問を請求し、充分反対訊問をなし、その内容を明らかにすることができる」から実質的に被告人の権利は保障されているという。この説示を読むと、いかにも被告人が証人尋問を請求したら、裁判所は必ずそれを採用して強制的に被告人に尋問の機会が与えられるかのような印象を受ける。ところが実際にはそうではない。最高裁判所大法廷は、この判決の前年に、「健全な合理性に反しない限り、裁判所は一般に自由裁量の範囲で適当に証人申請の取捨選択をすることができると言わねばならぬ。所論の憲法第37条第2項に、『刑事被告人は、公費で自己のために強制手続により証人を求める権利を有する』というのは、裁判所がその必要を認めて訊問を許可した証人について規定しているものと解すべきである。この規定を根拠として、裁判所は被告人側の申請にかかる証人の総てを取調ぶべきだとする論旨には、到底賛同することができない」と言っているのである[12] 。これを最高裁の「二枚舌」というのは言い過ぎだろうか。

 2号前段の2件目の合憲判決は、最高裁第1小法廷1961年3月9日判決 [13]である。被告人の有罪を認定する唯一の証拠である自称被害者の検察官調書を採用しながら、被告人側による供述者の証人申請を「国外に旅行中である」との理由で却下したという事案である。憲法37条2項に違反するとの論旨を、「証人が外国旅行中であつて、これに対する反対尋問の機会を被告人に与えることができない場合であつても、その証人の供述録取書を証拠として採用することが憲法37条2項の規定に違反するものでないことは当裁判所昭和24年5月18日,同25年9月27日、同年10月4日、同27年4月9日、同23年7月19日の各大法廷判決の趣旨に徴し明かであるから所論違憲の主張は採用し難い」と、ワンセンテンスで退けている[14] 。

 第1小法廷が引用している5つの判例のうち2つ――昭和24年(1949年)5月18日と昭和27年(1952年)4月9日各大法廷判決――については、すでに触れた。

 昭和23年(1948年)7月19日大法廷判決 [15]は、共犯者とされる者の「始末書」を刑訴応急措置法12条に基づいて裁判所が採用したが、第1審弁護人はその供述者の証人申請をしなかったという事案である。上告趣意は、憲法37条2項の法意は刑事事件において第三者の供述を証拠とするにはその者を証人として公開の法廷で尋問し、被告人に審問の機会を十分に与えることにあるのであって、供述者の聴取書や供述代用書面をもって証人尋問に代えることは許されないというものであった [16]。多数意見は、次のように述べてこの論旨を退けた。

 
刑訴応急措置法第12条は、証人その他の者の供述を録取した書類又は之に代わるべき書類を証拠とするには、被告人の請求がある場合には、その供述者又は作成者を公判期日において訊問する機会を被告人に与えることを必要とし、憲法37条に基づき被告人は、公費で自己のために強制手続によりかかる証人の訊問を請求することができるし、又証人に対して充分に審問する機会を与えられることができ不当に訊問権の行使を制限されることがない訳である。しかし裁判所は、被告人側からかかる証人の訊問請求がない場合においても、義務として現実に訊問の機会を被告人に与えなければ、これらの書類を証拠とすることができないものと解すべき理由はどこにも存しない。憲法の諸規定は、将来の刑事手続が一層直接主義に徹せんとする契機を充分に包蔵しているが、それがどの程度に具体的に実現されてゆくかは、社会の実情に即して適当に規制せらるべき立法政策の問題である。今直ちに憲法37条を根拠として、論旨のごとく第三者の供述を証拠とするにはその者を公判において証人として訊問すべきものであり、公判外における聴取書又は供述に代わる書面をもって証人に代えることは絶対に許されないと断定し去るのは、早計に過ぎるものであって到底賛同することができない [17]。


 要するに、この1948年大法廷判決は、刑訴応急措置法が「被告人の請求があるときは、その供述者又は作成者を公判期日において訊問する機会を被告人に与えなければ、これを証拠とすることができない」と規定しているのは憲法に沿うものであり、被告人が供述者の証人尋問を請求しなかった場合にその供述書を採用しても憲法には違反しないというのである。1961年第1小法廷判決は、被告人側が自称被害者の証人申請をしたのに、裁判所は証人が海外旅行中だというだけの理由で証人申請を却下して、唯一の有罪証拠であるその検察官調書を採用したという事案であって、1948年大法廷判決とは全く異なる、むしろ、逆のケースと言っても良い事案であった。それにも関わらず、第1小法廷は、この判例を引用して上告を棄却したのである。

 ところで、1948年大法廷判決には、栗山茂裁判官の詳細な反対意見が付されている。彼は、刑訴応急措置法12条は憲法37条2項の趣旨にそって限定的に解釈されなければならず、同条によって証拠とすることができるのは、原則として、被告人に尋問の機会を与えたうえで作成された供述に限られると言うのである。

 
憲法第37条第2項は、被告人又は弁護人の面前でされる証人の供述でなければ証拠にとれない。言いかえれば、供述を録取した書類を読聞けただけでは証拠とすることができない。即ち直接審理の原則を宣明したものである。刑訴応急措置法第12条はこの趣旨に適合するように解釈されなくてはならぬ。同条は、証人その他の者が当審公判廷外で被告人の面前で供述をしても(即ち審問の機会が与えられたのである)直接審理主義からいえば、当審公判廷で更に被告人の面前で証人として供述せしむべきものである。けれども被告人には既に審問の機会が与えられているのであるから、被告人又は弁護人からその請求がなければ、その供述を録取した書類又は之に代るべき書類を読聞けて証拠とすることができるという趣旨と解すべきものである。
 尤も被告人に傷害された被害者が瀕死の場合に彼を証人として被告人に審問の機会を与えることが著しく困難な場合がある。又被告人に既に審問の機会が与えられた証人その他の者が既に死亡し又は国外に去った場合がある。これらの場合に直接審理主義が制限せられるのは巳むを得ないであろう。然るに一度も被告人に対質の機会を与えず即ち裁判所も直接審理の機会を持たなかった証人その他の者が単に死亡若しくは国外に去ったという理由で、当然にその供述に証拠能力が出てくるものではありえない。瀕死の被害者の供述と雖も容易に信用できないものである。けだし被害者が被告人を見違うこともあり又他の動機で被告人を罪に陥れんとすることもあるであろうから、瀕死の一事を以ってその供述を録取した書類に証拠能力を認めるのさえ必ずしも公正を期しえないのものである。而てこの理由は第三者が被害者でなく而も死亡せず又国外に去らない場合でも同様でなくてはならぬ。従て刑訴応急措置法第12条は人権を尊重する上に於て、出来る限り厳格に解釈すべきものである。
 元来憲法第37条第2項の特権は、第三者の供述を、被告人に対質もさせないで即ち審問の機会も与えないで、単に読聞けただけで断罪した専制政府の裁判に対し、人権を擁護するために出来た保障であって、恐るべき裁判の歴史の産物である。専制政府が自分の好ましからずとする人物を倒すのには、これほど有力な武器はなかったし又ないであろうと思われる。犯罪捜索[ママ]の機関である司法警察官又は検察官が証拠を収集する段階で作成した報告書即ち聴取書は、理論上は公訴機関が公訴を提起するか否かを判断する資料に過ぎないものである。之を公訴提起後に公訴機関が公判期日に証拠として提出した場合に(弾劾主義の建前から、かように解釈すべきものである)この報告書に録取された第三者の供述については、捜索[ママ]の段階で、被告人に審問の機会が与えられた訳ではないから、裁判所は直接審理主義に基づいて、被告人又は弁護人の面前で供述者を証人として訊問とした後でなければ証拠にとれないことを原則とすべきである。ことに第三者の供述によって被告人に刑責を負わせる場合の如き、裁判所としては未だ嘗て直接審理をしたことがないのに、(たとえ裁判所にとって本人の刑責が明であると認めても)その供述を録取した書類によって裁判するのは、被告人又は弁護人の請求の有無に拘わらず、憲法第37条第2項の原則に反するものである。従て刑訴応急措置法第12条は、前掲のような特殊事由がある場合を除いては、原則として嘗て審問の機会が与えられた証人その他の者の供述を録取した書類と解すべきであると考える。同条が刑事訴訟法334条[ママ]を適用しないとしたにもかかわらず、同条を極めて皮相に文理解釈して、却て刑訴第343条[18] 以下の審理に終らんとするのは、同条が憲法第37条第2項を前提として出来ていることを忘れるものである[19] 。


 昭和25年(1950年)9月27日大法廷判決 [20]も被告側が自称被害者の尋問を請求しなかった事案である[21] 。そして、同年10月4日大法廷決定[22] は、刑訴法228条により被疑者・弁護人の立会いなしになされた証人尋問調書を、刑訴法321条1項1号によって採用した証拠決定に対する特別抗告事件である。公判では、検察官が証人申請を行い、実際に証人尋問が行われ、弁護人は反対尋問を行っているのである。その意味で2号前段の問題状況(証言不能)とは異なる事案なのである[23] 。

 刑訴法321条1項2号前段の合憲性を肯定した3件目の最高裁判例は、1995年6月20の第三小法廷判決 [24]である。退去強制させられた結果証人尋問をする機会がなかった外国人の検察官調書が刑訴法321条1項2号前段によって採用されたことが問題となった。捜査官・訴追官に過ぎない検察官の作成する供述調書の証拠能力を単に必要性の要件だけで肯定する刑訴法の規定は憲法37条2項に違反するとの上告趣意を、第3小法廷は、1952年大法廷判決の――説示を引用することもなく――サイテーションを示すだけで、片づけた[25] 。しかし、すでに見たとおり、1952年大法廷判決が依って立つのは、全く事案を異にし、対象となる法律すら別な事案に関する判例(1949年大法廷判決)の、結論とは無関係な傍論部分――「出廷したら尋問させれば良い」テーゼ――にすぎないのであった[26] 。

刑訴法321条1項2号後段(自己矛盾)に関する判例

 刑訴法321条1項2号後段の合憲性を15人の最高裁判事が審査したことは一度もない。2号後段の合憲性問題を取り上げてその判断を示した最高裁判例としては、1955年11月29日の第3小法廷判決 [27]があるだけである。しかし、この合憲判断は全くの傍論に過ぎないのである。事案は恐喝事件であるが、1審において弁護人は検察官調書の取り調べに同意している。1審においても2審においても、弁護人は2号後段の違憲性を主張していない。上告審において初めて憲法違反の主張がなされたのである。第3小法廷は、なぜかこの主張を取り上げて、「所論は、原審で主張、判断されていない事項に関する主張である」と、言わずもがなの説示をしたうえで[28] 、ワンセンテンスの合憲判断を付け加えたのである。
 
 そして、判決が述べる合憲の理由は、またしても、1949年大法廷判決の「出廷したら尋問させれば良い」テーゼである――「憲法37条2項が、刑事被告人は、すべての証人に対し審問する機会を充分に与えられると規定しているのは、裁判所の職権により又は当事者の請求により喚問した証人につき、反対尋問の機会を充分に与えなければならないという趣旨であって、被告人に反対尋問の機会を与えない証人その他の者の供述を録取した書類を絶対に証拠とすることを許さない意味を含むものではなく、従って、法律においてこれらの書類はその供述者を公判期日において尋問する機会を被告人に与えれば、これを証拠とすることができる旨を規定したからといって、憲法37条2項に反するものでないことは、当裁判所大法廷の判例[1949年大法廷判決]が示すところであるから、刑訴321条1項2号後段の規定が違憲でないことはおのずから明らかである」[29] 。

まとめ

 つまるところ、刑訴法321条1項2号の合憲性の根拠は、1949年大法廷判決の「出廷したら尋問させれば良い」テーゼ以外にないのである。しかし、このテーゼが現代において憲法37条2項の公権的解釈として通用するような代物ではないことは明白である。そして、それは他ならぬ最高裁自身が認めているのである。1995年判決は「憲法37条2項が被告人に証人審問権を保障している趣旨」に照らすと、「検察官面前調書が作成されるに至った事情や、供述者が国外にいることになった事由のいかんによっては、その検察官面前調書を常に右規定により証拠能力があるものとして事実認定の証拠とすることができるとすることには疑問の余地がある」と言った[30] 。憲法37条2項の趣旨が「喚問した証人につき、反対訊問の機会を十分に与えなければならない」というだけだ(1949年大法廷判決)としたら、「検察官面前調書が作成されるに至った事情や、供述者が国外にいることになった事由のいかん」とかによって、検察官調書の許容性が左右されるいわれはないだろう。

 要するに、刑訴法321条1項2号が合憲であると宣言した最高裁判所判例は、まったく筋違いの先例、そして、その後の最高裁自身がそれと矛盾する判断をしているような先例をほとんど唯一の根拠としているのである。もはや先例拘束性(stare decisis)の前提条件を欠いた先例であるという他ない。「先例が先例であるということのみが裁判所の作ったルールを支え得る全ての論拠となったとき、その時こそ、そのルールの作成者がそれを打ち破るときである」 [31]。
(つづく)

【脚注】
[1]大判1892・6・30法律新聞1875-4;大判1892・11・10裁判粋誌大審院判決例刑事集7-341;大判1895・10・3大審院刑禄1-3-27;大判1895・10・3大審院刑禄1-3-29。
[2]大判1903・10・22大審院刑禄9-26-1721、1723〜1724頁。
[3]1941年に国防保安法と改正治安維持法によって、それぞれの法律が規定する犯罪については警察官や検事に尋問権が与えられ、したがってそれらの聴取書の許容性が認められた。また、1942年の戦時刑事特別法によって、刑訴法343条それ自体が停止された。高野隆『人質司法』(KADOKAWA、2021)、132-133頁。
[4]鈴木勇『証拠法を中心とする新刑事手続の解説』(近代書房1948)、99-100頁;江家義男「刑訴法321条1項の合憲性」刑法雑誌1-3=4-405(1950);田中和夫「刑事被告人の証人審問権に関する判例」法曹時報3-6-125(1951)。
[5]最大判1952・4・9刑集6-4-584。
[6]刑集6-4、588頁。
[7]証人が法廷に来たら尋問させれば良いということ、以下これを「出廷したら尋問させれば良い」テーゼという。
[8]最大判1949・5・18刑集3-6-789。
[9]日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の応急的措置に関する法律(1948(昭和23)年法律第76号)第12条1項「証人その他の者(被告人を除く。)の供述を録取した書類又はこれに代わるべき書類は、被告人の請求があるときは、その供述者又は作成者を公判期日において訊問する機会を被告人に与えなければ、これを証拠とすることができない。但し、その機会を与えることができず、又は著しく困難な場合には、裁判所は、これらの書類についての制限及び被告人の憲法上の権利を適当に考慮して、これを証拠とすることができる。」
[10]刑集3-6、792〜793頁。
[11]同前、790〜791頁。
[12]最大判1948・6・23刑集2-7-734、735-736頁。
[13]最1小判1961・3・9刑集15-3-500。
[14]刑集15-3、502頁。
[15]最大判1948・7・19刑集2-8-952。
[16]刑集2-8、971頁。
[17]同前、957頁(強調は引用者)。
[18]大正刑訴法(1922年)343条1項は次のように規定する:「被告人其ノ他ノ者ノ供述ヲ録取シタル書類ニシテ法令ニ依リ作成シタル訊問調書ニ非サルモノハ左ノ場合ニ限リ之ヲ証拠ト為スコトヲ得
1 供述者死亡シタルトキ
2 疾病其ノ他ノ事由ニ因リ供述者ヲ供訊問スルコト能ハサルトキ
3 訴訟関係人異議ナキトキ」
検事聴取書や始末書は「法令ニ依リ作成シタル訊問調書」ではないので、供述者が尋問不能であるか、弁護側が同意しない限り、許容性は認められていなかった。なお、同法では、検事も警察官も、現行犯逮捕された被疑者に対してしか取調べを行うことができず、しかも、警察官は「即時」(127条)、検事は「24時間以内」(129条)に限られていた。1932年の大審院判例は検事が現行犯逮捕された犯人を受け取ってから4日後に作成した検事聴取書の許容性を否定した。大判1932・4・18大審院刑集11-384、394-395頁。
[19]刑集2-8、959〜961頁(強調は引用者)。
[20]最大判1950・9・27刑集4-9-1774。
[21]大法廷は、「本件では所論始末書又は被害届について原審公判廷でその作成者を訊問することを得る旨告げられたにかかわらず被告人並びに弁護人は之を請求しなかったこと記録上明かであるから、原審がこれを証拠としたからといって、違法であるということができない」と説示している。刑集4-9、1776〜1777。
[22]最大決1950・10・4刑集4-10-1866。
[23]大法廷は、「本件においては、所論の証人赤間勝美は、検察官の請求により、原審公判廷において尋問せられ、被告人側の反対訊問にも充分にさらされたことが明白である、従って、この点において、憲法37条2項の要請は充たされたものと認めることができる」として、抗告を棄却した。刑集4-10、1869頁。
[24]最3小1995・6・20刑集49-6-741。
[25]「刑訴法の右規定が憲法37条2項に違反するものでないことは、当裁判所の判例(最高裁昭和26年(あ)第2357号同27年4月9日大法廷判決・刑集6巻4号584頁)とするところであるから、所論は理由がな[い]」。刑集49-6、743頁。
[26]だから、1995年第3小法廷判決は、321条1項2号前段による証拠採用が常に合憲だとは限らず、一定の場合に憲法違反となりうることを説示したのだと思われる――「憲法37条2項が被告人に証人審問権を保障している趣旨にもかんがみると、検察官面前調書が作成されるに至った事情や、供述者が国外にいることになった事由のいかんによっては、その検察官面前調書を常に右規定により証拠能力があるものとして事実認定の証拠とすることができるとすることには疑問の余地がある。[…]当該外国人の検察官面前調書を証拠請求することが手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるときは、これを事実認定の証拠とすることが許容されないこともあり得るといわなければならない。」刑集49-6、744〜745頁。
[27]最3小判1955・11・29刑集9-12-2524。
[28]刑集9-12、2525頁。
[29]同前、2526頁。
[30]刑集49-6、744〜745頁。
[31]Francis v. Southern Pacific Co., 333 U.S. 445, 471 (1948) (Black,J., dissenting).


plltakano at 22:10コメント(0)憲法的刑事手続対決権  このエントリーをはてなブックマークに追加

2022年07月14日

 永沢真平氏が私に対して提起した著作権侵害訴訟について、最高裁判所第二小法廷は、7月6日付で同氏の上告受理申立てを棄却する決定をしました。これで、私がこのブログで永沢氏の懲戒請求に反論するにあたって、彼の実名を公表したことが永沢氏の「プライバシー権が違法に侵害されるということにはならない」と言い、さらに私が彼の懲戒請求書全文を公開したことは「本件懲戒請求に対する反論を公にする方法として相当なものであった」とした知財高裁判決が確定しました。

 永沢氏の懲戒請求書全文を公開した私のブログ記事は、永沢氏の申立てによって、ライブドア・ブログを運営するLINE株式会社によって削除されていました。私の勝訴確定によってこの削除が誤りであることが明らかになりました。そこで私は同社に私の投稿記事の復元を求めました。これに対して同社は、「弊社にて復元・再公開することはできかねます。再公開される場合は、お客様のご判断でご対応等いただくようお願いいたします」という回答を寄越しました。

 この回答は全く無責任であり、表現活動のプラットフォームを提供する企業としての自覚に欠けるものです。その責任は別途追求したいと思います。しかし、記事を復元して皆さんが閲覧できる状況にすることが肝要ですから、とりあえず自分で復元しました。

 復元した記事はこちら:
 「知財高裁判決:懲戒請求書の全文引用は正当」(2021年12月23日)
 「懲戒不相当決定」(2021年7月1日)
 「被告高野隆の陳述」(2020年7月31日)
 「懲戒請求に対する弁明書」(2020年2月4日)




plltakano at 22:24コメント(0)表現の自由プライバシー  このエントリーをはてなブックマークに追加

2022年06月26日

最高裁判所第2小法廷は、6月24日、旅館の女性浴場の脱衣所に侵入したという建造物侵入罪で逮捕され略式起訴されて罰金を納付した男性が、ツイッター社に対して彼の逮捕報道を引用したツイートの削除を求めた事件で、男性の請求を棄却した東京高裁判決を破棄して、削除を認める判決をした。第2小法廷は、逮捕されたという事実は「他人にみだりに知られたくない上告人のプライバシーに属する事実である」と断定したうえ、逮捕から長期間(原審口頭弁論終結まで約8年)経過しているとか、上告人が公的立場にある者ではないなどの事情をあげて、「上告人の本件事実[逮捕事実]を公表されない法的利益が本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越するものと認めるのが相当である」として、ツイートの削除を認めた。

この判断の手法は、『逆転』事件最高裁判決(最3小1994・2・8民集48-2-149)の手法とよく似ている。『逆転』は、復帰前の沖縄で行われていた陪審裁判を描いたノンフィクションで大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した作品である。作者伊佐千尋氏は、その事件の陪審員の一人であり、本作において被告人を実名で表記した。被告人の一人が、刑事裁判で有罪となり服役したという前科にかかわる事実が公表され精神的苦痛を被ったと主張して、伊佐氏に慰謝料を請求した事件である。最高裁第3小法廷は、「プライバシー」という表現は使わなかったものの、前科について「公表されない利益が法的保護に値する場合がある」と言った。そして、公表の利益よりも「前科等にかかわる事実を公表されない法的利益が優越するとされる場合には」不法行為が成立し、公表による精神的苦痛に対する慰謝料請求ができるという利益衡量基準を設定したうえでこれを適用して、事件及び裁判から12年以上経過し、被告人が公的立場になく、服役後新たな生活環境を形成していたなどの事情を述べて、不法行為の成立を認めたのである。

私は、「『逆転』事件」についても、今回の「ツイート削除命令事件」についても、最高裁判決は誤りであり、表現の自由に対する不合理な制約であって、刑事手続に関する情報の検閲制度を自ら創設したのであって、憲法に違反すると考えている。

犯罪の容疑で逮捕されたり、起訴され刑事裁判を受けるという出来事を「私生活」(private life)というのはおよそ不可能である。犯罪捜査や刑事訴追は国家の統治機構の中核の一つであり、国家権力の行使そのものである。それらをその対象者である被疑者・被告人そして犯罪被害者のプライベートな出来事であるなどということはできない。こうした国家権力の行使について、主権者である国民は何が行われているのか関心を持つべきであり、何が行われているのかを知る権利がある。国民主権を標榜する民主主義国家において犯罪捜査や刑事訴追そして刑事裁判が「ブラックボックス」であることは許されない。そして、これらを記録した情報は、いわば「公共財」としての公的記録(public record)であり、すべての国民がアクセスできなければならない。

今回のツイート削除事件判決に付された草野耕一裁判官の補足意見は、犯罪者が「政治家等の公的立場にある者」でない場合は、犯罪者の氏名等は「原則として、犯罪事件の社会的意義に影響を与える情報ではない。よって、犯罪者の特定を可能とするこのような情報を、保全されるべき報道内容から排除しても報道の保全価値が損なわれることはほとんどないといってよいであろう」という。しかし、前科情報は選挙権行使の際の判断材料になれば良いというものではない。自分の交際相手や従業員として採用しようとしている人がどのような人物なのか、彼らに逮捕歴や前科があるのかを知ることが、選挙の際の立候補者のそれを知る必要性よりも軽いなどとは言えないだろう。相手と結婚するかどうか、採用するかどうかは、もちろんそれぞれの個人の判断である。前科があったとしても政治家として国民のために有用な仕事をしてくれる人もいるだろうし、前科があっても立派に更生していて会社のために有意な人材だと経営者に認められて採用される人も少なくはないだろう。選挙の際の立候補者の場合以外は、人物評価は前科や逮捕歴を除いてしなければならないなどというルールはない。

刑事訴追制度に対する国民の知る権利は、こうした個別的な国民の選択にとって重要だというだけではもちろんない。犯罪捜査や刑事訴追に携わる公務員の権力の行使が公正かつ適切に行われているのかを国民が常時監視するために必要なのである。そのためには、われわれ国民は、抽象的な統計や傾向や政府の発表ではなく、個々の具体的な事実を知る必要がある。どの警察官が、誰を、何時、どのような被疑事実で逮捕したのか。その被疑者はいつまでどのような理由で身柄拘束されたのか。裁判では誰が証言したのか。結果はどうだったのか。これらの事実を評価するためには、被疑者や被告人が誰なのか、被害者として訴えたのは誰なのかを知らなければならない。登場人物が特定されることで、初めて、その人の属するコミュニティがどんなものなのか、およそ犯罪とは無縁の生活を送ってきたのか、自称被害者の話は信頼できるのか、被告人の無実の訴えは信頼できるのかを考えることができる。さらには、無実を知る人物が名乗りを上げるということもある。刑事裁判が真実に達するためにも、登場人物の実名を伴った、刑事訴追に関する情報の流通が必要なのである(証拠法の父・ウィグモアは証拠法の教科書のなかでそうした実例を多数あげている)。

公正な刑事手続を確保するための情報の流通の必要性が、事件から数年で消滅するなどということはない。刑事手続に関する情報は、いわば国民の歴史の一部なのである。国民はいつでもそこにアクセスして検証を繰り返すことができなければならない。

草野裁判官は、実名報道には「制裁的機能」や「社会防衛機能」があるとか、「他人の不幸に嗜虐的快楽を覚える心性」に答える機能(「外的選好機能」)があると指摘したうえ、それらは社会的利益として価値がないかあるいは低い価値しかないと指摘している。草野裁判官の指摘に特に異存はない。これまで述べたように、刑事手続情報における実名の重要さは、そういうところにあるのではない。

草野裁判官が言う「外的選好機能」について一つだけ指摘したい。草野裁判官は「負の外的選好が、豊かで公正で寛容な社会の形成を妨げるものであることは明白であ[る]」と言っている。本当にそうだろうか?確かに、裁判官が指摘するように、逮捕されたり起訴されたりした個人やその家族の実名を知って「嗜虐的快楽を覚える」(「隣りの不幸は蜜の味」)人がいるかも知れない。しかし、そういう人が相当な数を占めて、裁判官がいうような「サブカルチャー」といえるほどの実態をなしているとはとうてい言えないと私は考える。私は、これまでの人生でそうした「嗜虐的快楽」を覚えたことはないし、私の周囲にもそういう人がいるようには思えない。むしろ、被告人や有罪判決を受けた人やその家族のために、経済的利害を度外視して様々な奉仕活動をしている人々が少なくない。前科者を積極的に雇い入れている経営者もいる。結局のところ、草野裁判官の指摘は、刑事訴追に携わっている国家機関だけが被告人の実名情報を独占している分には問題ないが、一般国民がそれを知ると、彼らはみな「嗜虐的快楽」に溺れてしまい、この国は貧困で不寛容で不公正な社会に堕落してしまうだろうと言っているのである。これは愚民思想以外のなにものでもない。

個人の逮捕歴や前科がその人の「プライバシー」に属するということは、要するに、そうした情報がすべて国家権力――警察官と検察官――に独占されるということである。われわれ国民は、自分の所属するコミュニティにいる隣人たちに前科があるのか、あるとしてどんな前科なのか、全く知るすべがない。ところが、警察官や検察官はそれを知っている。刑事裁判では必ず、検察官はわれわれの依頼人である被告人の前科調書を証拠請求してくる。ところが、検察側の証人の前科情報が弁護側に開示されることはない。弁護人が証人の基本的な情報として知る必要があると言っても、裁判所は弁護人の訴えをほぼ必ず退ける。弁護士法に基づいて前科の照会をしたのに答えた自治体は損害賠償責任を負うというのが最高裁の判例である。こうした判断で検察官や裁判官が使う理屈も「プライバシー」である。

私が学生のころには、刑事裁判や冤罪をテーマにしたノンフィクション作品がたくさんあった。それらはみな実名で書かれていた。実名で書かれることによって作品が「ノンフィクション」であることが保証される。作者は「事実」にこだわり、間違いのない事実を物語るために最善の努力をする。登場人物の周辺にいる人たちは事実に違いがあれば、それを指摘できる。実際に指摘された例もある。現在は「匿名」が主流である。そのために、登場人物の隣人ですら誰のことを書いているのか分からない。誤りを指摘することもできない。作品は事実の物語というより、架空の設例のような感じすら受けることがある。ウェブサイトでよく見かける匿名の「裁判傍聴記」などを読むと特にそう感じる。匿名であるからなおさら「嗜虐的快楽」「隣りの不幸は蜜の味」に奉仕しているとしか思えないような代物も多い。

しかし、このプライバシーの考え方は根本的におかしい。前科や裁判情報というのは「公的記録」の典型例であり、公的記録に搭載された情報を「プライベート」と名付けるのは甚だしい形容矛盾と言わなければならない。最近では、犯罪情報に限らず、身分に関する個人情報すらも個人のアクセスが原則として禁じられている(戸籍はかつて「身分登記簿」と言って身分関係を公示するためのものであったが、現在は原則として他人の戸籍を見ることが禁じられている)。その結果、われわれは犯罪情報だけではなく、われわれの隣人の身分関係を知ることもできない。けれども、国家はすべて知っているのだ。現在の日本社会は、ジェレミー・ベンサムが設計した刑務所――「パノプティコン」――のようなものになっている。


plltakano at 16:13コメント(2)表現の自由プライバシー  このエントリーをはてなブックマークに追加

2022年06月19日

【*本稿は、2022年6月11日浜松で行われた「第8回日本医療安全学会学術総会」での講演の記録に加筆したものである。】

今日は、お医者さんが犯罪の訴追を受けるという話をさせていただきます。お医者さんであれ弁護士であれ誰であれ、物を盗んだり、人を傷つけたり、お金を横領したりしたら、犯罪として訴追されます。今日はそういう話ではありません。医療に従事する皆さんに特有の犯罪についてお話をします。どういうことかというと、医療に従事する皆さんがその医療行為をしていくなかで、不注意、過失を犯したということで刑事訴追を受けるということです。刑法211条の業務上過失致死傷罪という罪です。

刑法211条はこう言っています――「業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する」。医療従事者にとって「業務上必要な注意を怠「った」」つまり業務上の過失というのはいったい何なのでしょうか。

1 医療上の過失の特徴

医療は死と隣合わせ

医療従事者の過失というのは少し特殊なものです。まずその話をしましょう。

過失というのはあらゆる職業につきものです。われわれ弁護士も良く間違えます。たとえば、時効を徒過してしまって、依頼人の債権が消滅してしまったとか、法律の解釈を間違えたり、新しい判例のことを知らないで、全く頓珍漢な主張をしたために依頼人が訴訟で負けてしまう。検察官が持っている証拠の開示請求をちゃんとやらなかったために、無罪を証明できる証拠があるにもかかわらず、有罪になってしまった。こういう場合でも、弁護士は刑法犯に問われることはないのです。損害賠償を請求されたり、懲戒請求を受けるかもしれないけれど、それで刑事訴追されることはない。

下手な弁護のために冤罪が確定して、死刑が執行されて依頼人が亡くなったとしても、その弁護士が業務上過失致死罪に問われたということはいまだかつてない。問われてもいいような感じがちょっとしますけれど、ないですね。

お医者さんの場合は違います。どう違うか。医療従事者の仕事は常に人の死と隣り合わせなのです。そこが最大の違いです。医療従事者の些細なミスが人の死に直結する可能性があります。注射する薬の種類を間違えたとか、量の計算を間違えて1000分の1グラム多く点滴してしまったとか、メスを入れる部位を1ミリずらしてしまったというような微妙なエラーによって大惨事が起こります。

注意義務が一義的ではない

人の死に直結するといえば、自動車運転もそうですね。自動車運転をしている中で、注意を怠り不注意で人を轢いてしまった。その結果人が亡くなったという場合に業務上過失致死罪、今は別の法律になって自動車運転過失致死罪ですけれど、そういう罪が問われる。過失が人の死と直結するという意味では、医療上の過失と似た面があります。

しかし、医療と自動車運転との間には決定的な違いがあります。それはどういうことかというと、自動車運転上の過失、自動車運転における注意義務違反というのは明瞭です。お酒を飲んだら運転してはいけないとか、時速60キロの速度制限であるとか、ハンドルを持っている時は必ず前を見ていなければいけないとか、曲がったり車線変更するときはウィンカーを出さなきゃいけないとか、そういう決まりがあって、その決まりに違反したら、それが過失だということになるわけですね。安全運転という大きな枠組みの中で、過失=注意義務違反というのは非常にクリアです。

お医者さんの場合は必ずしもクリアではないわけです。マニュアルがあって、それに沿う医療をやっていれば責任を問われないという話ではないわけです。たとえば、帝王切開をしているときに、前置胎盤だというのがわかった。術後の処置としてその胎盤を剥離しなければいけない。出血する。どこまで剥離するのか。最後までやるのか。途中で止めるのか。子宮全部を摘出するべきなのか。これは一義的に決められないですよね。子供が救急搬送されてきた。その子供は転んで口の中に割りばしが刺さっちゃった。それを自力で抜いたと言われた。その子供を見たお医者さんは必ず頭部のCTを撮って、割りばしのかけらが脳の中に残っているかどうか確認しなきゃいけないのか。それは一義的に決められないですよね。そうすると、医療関係者は、常に人の死と隣合わせで仕事をしながらも、何をしたらいいのか、何をしてはいけないのかを、時々刻々の活動のなかで、マニュアルによらずに自らの判断で決めていかなければならないということです。

チーム医療

自動車を運転するのはひとりですよね。たぶん複数の人で自動車を運転することはできないと思います。自動車を運転する人はひとりです。だから、自動車事故が起こったときには、運転した1人の人の過失を問えばいいわけですね。その人は法定速度を守っていた、前方をちゃんと見ていたのか、ということを検討すればいい。ところが、医療の場合は1人でやるということはない。医療は「チーム」で行われます。

単純な薬品の取り違え事件をみても、関与しているのは1人ではありません。薬品の保管はきちんとされていたか、その責任者はちゃんと薬品のラベルを明確にしていたのか、医師の投薬指示書はきちんと判読できたか、薬剤師の処方に間違いはなかったか、看護師はラベルを読み間違えなかったのか、病棟の看護師は正しい患者に正しい薬品を注射したのか、というように、単純な薬の注射をめぐっても、複数の人間が常に関与しています。手術が行われて、術後管理のためにICUで鎮静が行われる。そうしたプロセスでも、看護師さん、薬剤師さん、麻酔科医、当直の先生などが関わります。そういう人たちのコミュニケーションのどこか一つに齟齬があっただけで、重大な問題が起こりえます。たったひとりの医師、あるいはたったひとりの看護師の責任を考えれば良いというような問題ではないわけです。それはシステムの問題です。

ところが、刑法はあくまでも一人ひとりの医療者の責任を問います。関与した複数の医療者のなかから、「業務上の過失」があると検察官が考えた一部の個人だけが刑事責任を問われ、裁判にかけられます。決して医療機関そのものの刑事責任が問われるということはありません。

2「後知恵」による過失の認定


自動車事故や医療事故に限らず、原発事故とか航空機事故のような大きな被害をもたらした事故が起こると、必ず「事故原因」の調査が行われます。その過程で、「ああすればよかった」「これをやったのがいけなかった」というような個人のエラー、ミスが指摘されます。調査を行う人は、実際に何が起こったのかを知っているわけですから、いわば「後知恵」にもとづいて、論理的に――時系列を遡って――事故原因としての人為的なミスを指摘することができます。事故原因を探り、介在したヒューマン・エラーを特定して、その再発を防ぐための対策を考えるというのはとても良いことです。安全で住みやすい世界を構築するためには必要なことです。

しかし、個人の刑事責任を追求するために「後知恵」を利用するということになると、話は別です。実をいうと、現在日本の刑事裁判で行われている刑事過失の認定方法は、後知恵による個人責任追及のパターンに親しみやすい構造になっています。

日本では、刑法上の過失は、人の死傷という結果の「予見義務違反」と「回避義務違反」という2つの要素からなりたっているとされています。自分の行為によって、他人の死亡や傷害という事態が発生することを予見することが「できた」のにそれを「しなかった」;そうした予見があれば、他人の死亡や傷害という事態を回避することが「できた」のにそれを「しなかった」。こうしたことが認定できるときに、刑法上の過失があると認められ、個人は刑事責任を負わせられます。この認定の構造は後知恵による責任追及のパターンそのものです。

事故が起こったあとで、「ああすれば良かった」「これをしたのがまずかった」というのは、難しくありません。つまり、事故という結果を回避するために何をすれば良かったのかを特定するのは容易です。これが容易なのは、われわれが実際に何が起こったのかを知っているからです。まだ事故が発生する前の世界にいる人々は必ずしもその発生を予見できるとは限りません。ところが、後知恵を持っているわれわれは、しばしば、「予見できたはずだ」という結論に飛びつきます。これを「後知恵バイアス」と言います。後知恵に基づいて時系列を論理的にそして冷静に遡れば、次に何が起こるのか容易に予測がつき、そして、その予測に基づいて悪い結果を回避する方策を採ることも容易でしょう。しかし、事故が起こる前の当事者は、次に何が起こるのか予測できるとは限りませんし、論理的で冷静に行動できたとも限らないのです。

先ほど「医療は人の死と隣合わせだ」と言いましたが、これは比喩でもなんでもありません。医師は自分の仕事の結果として患者の死と向き合うことになります。その場合に、出来事の時系列を遡ってあとから冷静に振り返って「こうすれば良かった」「そうすれば患者は死ななかった」と言うのは簡単なことです。そして、人の死という大きな被害が発生したときには、そうした後知恵に基づいて関係者の「責任」を追求しようとする人が必ずいます。後知恵バイアスに基づいて刑法上の過失を認定されてしまう危険に医療関係者は常にさらされていると言っても過言ではありません。

司法の場で後知恵バイアスに基づく過失の認定ということが横行したら、もうお医者さんなんてやってられないですよね。特に生死の境にある患者を扱う医療者はそうでしょう。常に後から、結果から判断されてしまうのでしたら、安心して医者を続けることはできなくなります。ましてや先端的な医療をやろうという意欲は失われてしまうでしょう。

3 刑事医療過失事件の捜査・訴追・裁判


医療関係者の業務上過失というものは非常に複雑で不確定な要素があります。医療の過程で人が亡くなったときの刑事過失の有無を判定するのは決して簡単ではありません。医療水準をめぐってもいろいろな意見があったり、さまざまな症例報告があったりして、それらを総合的に検討してここまでやるのが正しかった、これをやらなかったのは間違いだった、という結論を出すわけですね。その結論によって、医療従事者は犯罪者になるかならないかが決まるのです。

患者さんが亡くなった。遺族が被害届を出す。事故調査が行われる。その結果警察が捜査を開始する。訴えられた医療従事者が、それは間違いない、たしかに自分はやるべきことをやらなかった、やってはいけないことをやってしまった、それは間違いないというのであれば、それほど問題ではありません。そしてそういう事件も確かにないわけではない。もう、ほんとうに「常軌を逸した」としか言いようのない事件というのも確かにあります。全然消毒しないとか、注射器を使いまわししていたとかですね。そういう無謀で大胆で常識外れな業務上過失致死事件というのも存在します。

しかし、実際に刑事訴追を受けるのはそういう事例ばかりではありません。訴えられた医療関係者が無罪を主張することは決して珍しくありません。そうなると、刑事医療過失事件の展開というのは非常に違ったものになります。どう違うのか。

ひとことでいうと、時間がかかるということです。今回皆さんの前でお話しをするにあたって、過去の著名な刑事医療過失事件の時間的な経過をおさらいしてみたんですけれども、事故から判決の確定までとても長い時間を要しています。「都立広尾病院事件」。これはどちらかというと単純な薬剤の取り違えの事件ですけれども、それでも事故が起こってから、1審判決まで、685日間かかっています。2年近くかかっている。これは短い方です。「杏林大学病院割りばし事件」というのがありますけれども、これは事故から一審判決まで、2452日、6年半、かかっています。一審は無罪で、検事が控訴して、控訴審で無罪が確定しましたけれども、控訴審だけでも2年半かかっています。事故から無罪確定まで9年かかっているわけです。「大野病院事件」は1審で無罪が確定しましたが、これも事故が起こってから一審の無罪判決まで3年半かかっています。

現在私がかかわっている事件があります。これは、2歳の子の頸部嚢胞性リンパ腫の手術が行われて、術後ICUに運ばれてプロポフォールによる鎮静をしたわけですけれども、検察官側の主張によれば、幼児に対しては、「相対的禁忌」といわれる、プロポフォールによる鎮静を非常に長くやりすぎたために、プロポフォール吸引性症候群(PRIS)という複雑な病態の病気で亡くなった、という業務上過失致死事件です。この事故が起こったのは2014年2月です。多数の関係者(医師、薬剤師、看護師ら)の中から二人の医師が起訴されたのが昨年2021年の1月です。つまり、起訴までに7年かかっています。で、いま何をやっているかというと、公判前整理手続といって、検察官手持ち証拠の開示のためのやり取りを延々とやっている最中です。捜査機関が集めた大量の、カルテであるとか、医療文献であるとか、各種の専門家の意見書だとか、それから同種の症例についての、大量のカルテであるとか、そういう膨大な証拠をわれわれに開示するように検察官に請求し、ときに検事がそれに反対するので、裁判所に裁定をもとめたり、裁判所が開示命令を出さないので、高裁に即時抗告したりというようなことをやっています。公判がいつ始まるのか分かりません。一体いつになったら裁判が終わるのか。事故から7年以上経ってまったく見通しが立たないという状況になっています。

なぜ、こんなに刑事医療過失事件は時間がかかるのか。一つは法律家の怠慢です。日本国憲法には被告人には「迅速な裁判」を受ける権利があるとされています(憲法37条1項)。これはアメリカ合衆国憲法(第6修正)を直輸入したものです。アメリカでは憲法の「迅速な裁判」(speedy trial)の保障を実現するために制定法が定められています。それによると、この“speedy trial”というのは、90日とか180日とかいうような単位なのです。その間に裁判を始めないと、訴追は却下されるというのがルールなのです。日本の法律家は「迅速」という言葉の意味を、普通の日本人の理解とは全然違う感覚で理解しています。5年6年は当たり前、10年くらい立っているのに「迅速な裁判」に違反しないと裁判官は平気で言います。

こうした法曹関係者の問題もありますが、刑事医療過失事件の遅延の原因をなしているのは、やはり法律家が医学の専門家ではないということです。警察もこういう事件の捜査をするときは専門家の意見を聞きながらやります。文献を集めたり専門家の意見を聞いてやります。そのうえで、事件を検察庁に送致する。検察官も専門家の意見を聞く。検察官はだいたい2年ないし3年に一回くらい転勤しちゃうんですね。だから、それまで、一生懸文献を読んだり専門家の意見を聞きながらやっていた捜査も、そこで終わってしまいます。新しい検事がきて、新しい検事もまた一から勉強しなおす。実に非効率的なことをやっています。弁護士もまったく素人ですから、まず専門家の意見を聞いてその指導を受けながら、病院で起こった出来事の流れとその医学的意味を理解しようとします。当然時間がかかってしまいます。

こうした素人による捜査、素人による訴追、素人による防御のあとに、素人による判決というのが続くわけです。そうしたプロセスによって一番割を食うのは、刑事訴追の対象になっている医療関係者、お医者さん、看護師さん、そういう方たちです。いつまで経っても捜査が終わらない。起訴されるのかどうかもわからない。いつまで経っても裁判がはじまらない。そういう状態がずっと続くわけですね。そういう状況に追い込まれること自体が、非常な苦痛であり負担なわけですね。裁判で有罪になるか無罪になるかということよりも、そういうものに巻き込まれて、そのために生活が大きく制約されてしまう。そのこと自体の負担が非常に大きなものに違いありません。

何年か後に判決が確定するわけですけれども、刑事医療過失事件の有罪率は普通の刑事裁判の有罪率よりも低いというデータがあります。普通の否認事件、罪を争う事件の刑事事件の無罪率というのは、だいたい1.7%前後です【1】 。1950年から2017年までの刑事医療事件を調査した文献によると、刑事医療過失事件の無罪率は18%ということです【2】。つまり、普通の刑事事件の10倍くらいの割合で無罪になる可能性があるというわけです。

4 刑事訴追は医療安全の役に立っているのか

萎縮医療・防衛医療

多大な負担・時間・労力をかけて1人の医療従事者を刑事訴追して、彼女が有罪か無罪かを決める。そのことによって、医療全体の質は高まっているのでしょうか。一部の刑法の先生とか検察官や裁判官の中には、役に立っているんだと言う人が言います。刑事責任の追及があることによって医療は進歩する、あるいは、医療過誤が防止されるのだ言うのです。われわれ法律家は「一般予防」というわけですけども、医療行為を刑事訴追することには一般予防の効果はあるんだというふうに言われています。私は疑問に思います。事故から10年経って刑事裁判の決着がついた、忘れたころに判決が出て昔のことが少し報道される。そんなことによって、医療は進歩するんだろうかと思います。

むしろ、ちょっと先端的なこと、あるいは患者の命を守るためにちょっと冒険的な医療をやって失敗したために、刑事訴追されて膨大な時間や費用が費やされる、そのリスクを避けるために、そんなことはやらないでおこう、危険性のない分野で危険性のない仕事をしよう、というふうな方向に働いてしまう可能性の方がむしろ大きいんじゃないかと思います。この問題はもっと科学的に議論する必要があるのだろうとは思いますけれども、率直に申し上げて、微妙な医療水準が問題になるような医療事故について、関係者の刑事責任を追及することにどれほどの意味があるのか疑問です。むしろそれは医療関係者を防衛的にしてしまい、かえって医療安全の推進を阻害しているのではないかと感じます。

刑事医療過失事件が潜在的にもっているこうしたリスクつまり萎縮効果・防衛医療の弊害について、厚労省の研究会が検討結果を発表しています。厚労省の中に設けられた「医療行為と刑事責任の研究会」が2019年3月に「医療行為と刑事責任について」という報告書を出しています。これは、1999年から2016年までの、刑事医療裁判を集約して評価したものですけれども、結論的にこう言っています――「医療従事者の方々に対しては、医療従事者として一般に求められる注意を怠ることがなければ、必要なリスクをとった医療行為の結果、患者が死亡した場合であっても、刑事責任を問われることはないことを理解していただき、安心して日々の診療に従事していただきたいと考えている」と【3】 。

これはちょっとミスリーディングだと私は思います。この報告書の中身をよく読んでみると、刑事裁判の統計を出している部分があるんですけれども、そのデータ分析をしている箇所では、こう言っています――「診療現場においては、一定の確率で死亡のリスクを伴う治療法がある場合、原疾患による死亡のリスクと比較考量して、あえて当該治療を行うようなケースも存在するが、安全性有効性が検証されない治療法を採用しているような場合でない限り、必要なリスクを取った医療行為の結果、患者が死亡したケースにおいて、刑事裁判で有罪となった事例は見当たらなかった。」【4】 結論部分と表現がちょっと違いますよね。結論部分では、「刑事責任を問われることはない」と言っているのですが、分析のところでは、「有罪となった事例は見当たらなかった」と言っているのです。つまり、捜査を受けて、訴追されて、何年も裁判を受けるかもしれないけど、有罪になることはあまりないよ、って言ってるだけなんですよね。

罪を問われる危険性はあるわけです。そして、実際に有罪になった事件はまったく問題ないのかについて、検証は何一つなされていません。検察官がどういう主張をして、弁護側がどういう証拠を出した、それはなぜ受け入れられなかったのか、受け入れられなかったのは正しいのか、というような分析はどこにもされていないのです。

この中間報告にもありますけれども 、2005年をピークに刑事医療過失事件の訴追件数は減っているというふうに言われています。しかし、それも、正確な統計があるわけではありません。この中間報告のベースになった事件の件数も網羅的とは到底いえません。刑事医療過失事件のすべてが判例集に載っているわけでもないです。判例集に載っていない事件はたくさんあると思います。ですから、現段階で、よほどのことがない限り刑事医療過失で訴追されることはないと判断するのは無理があると私は思います。

事故調査制度

刑事医療過失の訴追と医療安全との関係をもう少し別の角度から検討したいと思います。医療安全の考え方というのは、要するに、こういうことです。結局、人はミスをする、エラーをする。そういう人的なエラーの原因や構造を分析して、再発防止策を構築する。そうすることによって安全で有効な医療の発展を目指す。これが医療安全という考え方、コンセプトの中心にあるんだと思います。

2015年に医療事故調査制度というのがはじまりました。この制度はいま申し上げた医療安全の考え方を実践するものだというふうに言われています。医療事故調査制度の中核を担う、一般社団法人日本医療安全調査機構というところのホームページをみると、こう言っています――「本制度の目的は、医療の安全を確保するために医療事故の再発防止を行うことであり、責任追及を目的としたものではありません」 【5】。何が問題だったのかを明らかにして、再発を防止するために調査するのであって、医療関係者の責任追及はしないんだということです。

実態はどうなのでしょうか。事故調査委員会の調査やその報告書が責任追及の道具にならないという保障はあるのかということです。残念ながら、法律をみても、現実の調査をみても、そういう保障はないですね。私自身が経験した範囲でしかものを言えませんが、現実には、事故調査が医師の責任追及の場と化しているとしか思えないような調査報告が存在しています。まるで検察官の論告じゃないかと思われるような調査報告書に出会ったことがあります。

真相究明するためには、関係した医療従事者から正しい事実を提供してもらう必要があるわけですね。そのためには、その情報が医療関係者の責任追及の道具にならないという保障をしなければいけません。医療事故調査委員会の事情聴取に応じた供述や提供した資料を、民事裁判の原告となりうる遺族や刑事訴追をする可能性のある捜査機関に提供することはない(提供したとしても裁判の証拠として利用することは許されない)という保障が必要です。実際そういう制度が海外にはあります。例えば、2005年にアメリカで、Patient Safety and Quality Improvement Act of 2005(患者の安全及び医療品質の向上のための法律)という連邦法が制定されました。これは日本の医療事故調査制度にある意味で良く似ているんですね。医療従事者は患者安全機構(Patient Safety Organization: PSO)に医療事故に関する情報を提供する;PSOは情報を集約して、何が問題だったのか、そしてなにを改善すべきか、という報告をしたり、データベースを構築したりする。しかし、ここで提供された情報は、医療関係者の民事責任・刑事責任を追及する証拠として使ってはいけないということが明文で書かれています【6】 。これに違反した場合には、10,000ドル以下の罰金が科されることになります【7】 。

こういう保障があって初めて、事故を体験した医療従事者は安心して情報提供できるわけです。そして、正しい情報提供によって、正しい医療安全の仕組み、再発防止の方法というのが構築されるわけです。日本の事故調査制度はそこの部分が全く欠落しています。そのために、医療従事者は、自分は刑事訴追されるんじゃないか、あるいは民事の損害賠償請求を受けるのではないかということを恐れて、きちんとした話ができないのです。それは正しい選択ですよね。自分で自分を訴追する証拠を提供しないというのは極めて合理的な選択です。「黙秘権」というのはまさにそのために存在するのです。

黙秘権っていうのは、あたかも悪いことをした人が、こそこそ逃げるための権利だって皆さん思うかもしれないけれども、そうじゃありません。警察や検察に供述を提供するということは、訴追機関に自分の弁解や供述をそこで記録されるということです。あとから思い返したら、間違っていたとか、思い出したことがあると言って供述を変えると、裁判官はこの被告人は供述を変えているから、全体的にその弁解は信頼できないという判断をします。だから、捜査とか訴追の過程で、自分の弁解や情報を捜査機関に提供しないというは、正しい裁判をするためにも必要なことです。被告人が自分を防衛するためにも必要なことです。これは正しい選択なんです。

その正しい選択をしたことに対して、ある事故調査報告書は「非協力的な態度が調査を困難にした」とか「無責任な言動」と言って非難しました。さらに、その報告書は遺族に提供されて、民事裁判の原告側の証拠として提出されました。そしてさらに、刑事事件の方でも、検察官はその報告書を証拠請求してきました。これは、いろいろな意味で間違っているわけですけれども、現在の事故調査制度が、一番肝心な保障を欠いているために、制度本来の目的を達することができない状態になっていることは明らかだと思います。

刑事訴追の可能性があることで、医療事故に関する情報提供がはばかられるという問題は、事故調査制度だけの問題ではありません。診療や症状の経過を症例報告として医学ジャーナルに発表することすらできなくなります。事故原因の究明と再発防止は、医療安全だけの問題ではなく、医学全体の問題でもあるわけですが、医療行為の刑事訴追は、医学というものの学問的な発展にも障害となる可能性があるのです。

5 医療過失の刑事訴追はどうあるべきか


じゃあどうあるべきか、ということを最後に申し上げたいと思います。ちょっと法律の話になります。過失による人の死亡、これは医療過失に限らないですけれども、過失によって人を死亡させることを犯罪として刑罰を科するという刑法の考え方について、若干の検討をしてみたいと思います。これにはいろんな考え方が実はありまして、日本では、明治に近代法制を取り入れて以降、ずっとこの過失犯に関する議論をしているんです。いまだにしているわけです。どういう場合が刑事上の過失として罰則の対象になるのか、そもそも過失なんて罰してはいけないんじゃないかというような議論もあるわけです。

そういう過失犯の議論の中で、この刑事医療過失についても議論する必要があると思います。実際に、現在、刑法学者の先生方は、医療行為に対する刑事責任をどうやって限定するかということを盛んに議論しています。

コモンローの刑事過失致死:「故殺」

一つ参考になるのは、アメリカとかイギリスのコモンロー系諸国の刑事過失致死についての考え方です。コモンロー系の諸国では、単純な過失、業務上の過失も含めてですけれども、不注意によって人を死なせてしまったということを犯罪として処罰することはありません。普通の不注意や業務上の注意義務違反で人が亡くなったとしても、イギリスでもアメリカでも刑事訴追されることはありません。

ある行為を犯罪として刑罰を科するためには、道徳的に強い非難が与えられて当然だという精神状態、mens reaというんですけれども、そういう精神状態が立証されなければなりません。人の死に関していうと、それは二種類あります。一つは murder、もう一つはmanslaughterです。murderは日本語で「謀殺」と訳されています。人の死を計画し、人を死なせる目的をもって、意図的に人を殺すことです。manslaughterというのは、そういう意味での積極的に人を殺す意思がない場合です。日本語では「故殺」と訳されています。このmanslaughterには二種類あって、一つはvoluntary manslaughter(自発的故殺)、もう一つはinvoluntary manslaughter(非自発的故殺)です。“voluntary”というのは自主的にその状態を受け入れる、積極的に殺そうというんじゃないけれども、死んでもかまわない的な要素がある場合をvoluntary manslaughter(自発的故殺)というのです。”involuntary”というのは、自発的な意思がない場合ですが、単なる過失致死とは違います。やはり道徳的に強い非難に値する精神状態が必要です。無謀(recklessness)とか勝手気まま(wantonness)というような要素が必要です。そういう精神状態があることが合理的な疑いを超えて証明されない限り、被告人の行為によって人がなくなったとしても刑事責任は問われないのです。

医療行為に基づく患者の死亡の場合は、involuntary manslaughter(非自発的故殺)にあたるかどうかが問題になります。医学的な常識を無視したような無謀な(reckless)医療行為、たとえば、これまで一度もメスを持ったことがないような、知識も技量もない医師が最先端の手術をやろうとして患者を死なせてしまったというようなケースです。そこまでいかなくとも、標準的な治療の基準から甚だしく逸脱した(gross departure from standard)医療を行った結果患者が亡くなったというようなケースです。医療水準がどこにあるのか微妙なケースであるとか、無謀・勝手気ままというような要素のない、単純なケアレスミスや思い違いによる、薬品の取り違えや患者の取違えのようなケースが非自発的故殺罪になることはないでしょう。

こうした刑事訴追制度があるので、「アメリカの医師や病院は刑事手続への危惧を抱いていない」と言われるのです【8】 。

刑事上の過失を「認識ある過失」に限定する

日本の刑法学者の人たちは、日本法の枠組みの中で、お医者さんの刑事責任、刑事過失を限定しようとしています。ひとつは、刑事責任の対象となる過失は「認識ある過失」に限られるという考え方です【9】 。過失には二種類があって、「認識ある過失」と「認識のない過失」です。これどういうことかというと、人が死ぬ危険性がある、こういうことをやったら事故が起こって人が死ぬかもしれない、だけどそれは起こらないだろうと思って、やるような場合が「認識ある過失」。そういう危険があることを全然知らないでやってしまう場合が「認識のない過失」です。

過失致死傷罪の過失は認識のある過失の場合を指すのであって、認識のない過失は犯罪ではないという議論があるわけですね。虫垂切除術をする際に手術部位をきちんと確認せずに手探りでメスをあて、盲腸じゃないかもしれないが、まず盲腸だろうと考えて切断したら、盲腸じゃなくて大腸壁の一部だったというような場合です。これはコモンローで言うところの「無謀」とか「勝手気まま」に当たるような気がしますね。

しかし、認識のない過失は悪質ではないとか道徳的な非難の程度が常に低いかというと、必ずしもそうでないと思います。認識があるということは、それなりに慎重な人なわけです。全く無謀な人間っていうのは、認識がないわけですよね。例えば先程の盲腸の例で言うと、盲腸と大腸壁の組織の区別を考えもせず、手で触っただけで盲腸に間違いないと考えてメスを入れてしまうような人の方が、盲腸じゃない可能性を考えた人よりも「無謀」の程度は大きいと思います。「認識のない過失」を除外するという考え方は、何も考えない、なんでもオッケーというような意味での無謀な人が、罰せられなくなる可能性があるような気がします。

逆に、医療の現場では、患者の死亡を早めるリスクがあることを認識しながら、救命のために治療をするということは珍しくありません。こうした医療の結果患者が死亡したケースはすべて「認識ある過失」にあたると言われてしまう可能性があります。

「重大な過失」に限定する

刑法211条の業務上の過失というのを重大な過失に限定するという考え方です【10】 。というのは、刑法211条自身が、業務上の過失を罰すると言っているのと同時に、「重大な過失の場合も同様とする」と言っているのです。刑法は、業務上の過失と重大な過失をパラレルに考えている。だから、刑事医療過失も重大な過失である必要があるという議論です。これは今とても有力な議論になっています。

ただ、一つ問題があります。この、刑法学者の人たちの議論をみると、重大な過失の典型例として、「初歩的なミス」や「基本的なミス」を挙げています。例えば薬品の取り違えや患者の取り違えとかです【11】 。私はここは疑問です。初歩的で単純なミスというのは実際のところ、「ヒューマン・エラー」といって、誰にでも起こり得るミスです。それまでどんなに慎重にやっていた人でも、ふと間違えることがある。100回に1度いや1000回に1度はそういう瞬間があります。問題は、それがチーム医療の中で見過ごされてしまい、惨事に至ることです。

そういうヒューマン・エラーを刑事過失にする意味はあまりないと思います。むしろ、そういう初歩的で基本的なミスというのは、それが大事に至らないようにするシステムを作っていくことが重要です。例えば、患者の腕にバーコード付きのタグをつけて、必ずそのバーコードをスキャンすることで患者や薬品の取り違えを防ぐというようなことです。それを「重大な過失」というのは、私は違うのではないかと思います。さきほども言ったようにコモンローでは、そういう単純な過失は、無謀でもないし勝手気ままとも言えませんから、その結果事故が起きて人が死んでも、それを犯罪と言うことはできないのです。

6 ヒューマン・エラーは裁けるか


いずれにしても、刑法の先生がたが医療行為に対する刑事責任の追及を限定しようとしていることは間違いないです。それは良いことだと私は思います。

医療安全ということを考えたときに、単に業務上過失致死罪が成立するかどうかという議論だけではなくて、刑事訴追のあり方全体を議論する必要があると思います。長い時間をかけて最後に無罪になれば良いという話ではないと思います。このあたりのことを学者の先生がたはあまり議論してくれていません。訴追される医療関係者にとってはそこが一番の関心事ではないかと思います。

最後に、これまでに少し触れたヒューマン・エラーというものについてお話したいと思います。「人は間違える」ということです。そうした間違いの可能性を前提にシステムはつくられるべきではないか、というふうに思うわけです。個人の刑事責任、間違えた人や間違いを見逃してしまった人の刑事責任を問うというのは、いろいろな意味で問題があると思います。このヒューマン・エラーの問題については、実は、日本の最高裁の判例で議論されたことがあります。「日航機ニアミス事件」の最高裁決定です。

どういう事件かというと、一つの飛行機が3万7千フィートの高度で巡行している。別の飛行機が離陸して3万9000フィートを目指して上昇している。2つの飛行機が徐々に接近していく。このままだとぶつかってしまう。緊急事態を知らせる警報を受けた航空管制官は、セオリーにしたがって上空を巡航している飛行機に降下指示を出そうとします。ところが指示を伝える便名を言い間違えてしまいました。「358便」と言うべきところを「309便」言ってしまった。つまり、離陸したばかりの飛行機に下降せよと指示を出してしまいました。旅客機には、TCASという装置が備えられています。異常接近すると双方のTCASがそれぞれの機長に上昇と下降の指示を自動的に出すんですね(この指示をRAと言います)。309便のTCASは上昇の指示を出し、358便のTCASは下降の指示を出しました。ところが、309便の機長は、TCASの指示を無視して、管制官の指示にしたがって、下降したのです。そのために、両方が下降して、非常に危ない状態になった。それで、ぎりぎりのところで機長が、上昇に転じて、衝突は免れたんですけれども、中に乗っている多数の乗客が怪我をしてしまった。この管制官が業務上過失致傷罪で起訴されたのです。

結論としては、最高裁は被告側の上告を棄却して、管制官の有罪が確定しました。けれども、この最高裁決定に対して1人反対意見を述べた裁判官がいます。櫻井龍子裁判官です。櫻井裁判官の反対意見の中につぎのような言葉があります。

そもそも本件ニアミスの発生原因を総合的に判断すると,航空管制では間に合わないような接近事例における衝突等回避のためのいわば最後の砦として,TCASを一定規模以上の航空機に搭載することが義務付けられたにもかかわらず,管制指示とRA[TCASの指示]が相反した場合の優先関係という最も重要かつ基本的な運用事項が明確に定められていなかったことが,本件ニアミスに関連することは明らかである(TCAS開発を主導した米国の航空マニュアル等にはRAが管制指示に優先することが明記されていた。)。航空機の運航のように複雑な機械とそれを操作する人間の共同作業が不可欠な現代の高度システムにおいては,誰でも起こしがちな小さなミスが重大な事故につながる可能性は常にある。それだからこそ,二重,三重の安全装置を備えることが肝要であり,その安全装置が十全の機能を果たせるよう日々の努力が求められるというべきである。また,[弁護人の]所論は,本件のようなミスについて刑事責任を問うことになると,将来の刑事責任の追及をおそれてミスやその原因を隠ぺいするという萎縮効果が生じ,システム全体の安全性の向上に支障を来す旨主張するが、これは今後検討すべき重要な問題提起であると考える【12】 。


この櫻井裁判官は、裁判官出身ではなく、労働省の官僚出身ということです。非常に立派な反対意見だと思います。この反対意見の考え方がこれからの日本の司法の主流になることを私は希望しています。

ありがとうございました。

【注】
1 令和2(2020)年の司法統計年報(刑事事件編)によると、通常第1審(地裁・簡裁)の否認人員は4,254人(25表)で、無罪人員は72人(21表)であり、無罪率は1.69%である。
2 木内淳子ほか「医療刑事裁判において無罪となった23名の医療事故の検討」日臨麻会誌41-7-632(2021)。
3 医療行為と刑事責任の研究会「医療行為と刑事責任について(中間報告)」(2019年3月29日)、16頁。
4 同前、14頁(強調は引用者)。   
5 https://www.medsafe.or.jp/modules/about/index.php?content_id=24
6 42 U.S.C. §299b-22.
7 42 U.S.C. §299b-22(f)(1).
8 ロバート・B・レフラー(三瀬朋子訳)「医療安全と法の日米比較」ジュリスト1323-8(2006)、17頁。
9 沢登佳人「すべての過失は認識ある過失である」植松還暦記念『刑法と科学 法律編』(1971)、p321、338頁以下;田宮裕「過失に対する刑法の機能」『刑事法の理論と現実』87-109所収(岩波書店2000[1966])、104、107頁;甲斐克則『責任原理と過失犯論』(成文堂2005)、120頁。
10 甲斐克則「刑事医療過誤と注意義務論」年報医事法学23号(2008)、96頁;高アンナ「日米における刑事医療過誤」北大法学論集63-6-363(2013)、414頁;萩原由美恵「医療過誤における刑事責任の限定」中央学院大学法学論叢24-1/2-123(2011)、146頁。
11 萩原・前注、134頁;高・前注、416〜417頁。
12 最1小決2008・10・26刑集64-7-1019、1032頁。




plltakano at 16:23コメント(0)刑事裁判刑事医療過失  このエントリーをはてなブックマークに追加

2022年04月27日

このブログのプロバイダであるLINE株式会社は、2022年4月25日、このブログから以下の4つの記事を削除しました。

1)「知財高裁判決:懲戒請求書の全文引用は正当」(2021年12月23日)
2)「懲戒不相当決定」(2021年7月1日)
3)「被告高野隆の陳述」(2020年7月31日)
4)「懲戒請求に対する弁明書」(2020年2月4日)

記事の削除は私に対して懲戒請求と民事訴訟を提起したS・N氏の要請によるものです。S・N氏は削除請求する理由として「[S・N氏の]氏名を掲載している」と指摘しています。私は、「私のブログの記事が削除されるようなことがあれば、それは表現の自由に対する甚だしい侵害」であり、かつ、「自分は匿名のまま弁護士に対する無責任な懲戒請求を行うことを許すことにな[る]」「他人を名指ししてその非違行為を公的に訴えるのであれば、当然自分も公的に名を名乗るべき」である、知財高裁も彼の削除請求を棄却したと述べて、削除に異議を唱えました。

しかし、LINE株式会社は、「『権利が侵害されたことが明らか』(プロバイダ責任制限法第3条第2項第1号)であると判断しました」と言って、私のブログ記事をタイトルも含め全文削除しました。

この措置は、現代における表現活動の事実上のインフラ――「プラットフォーム」――を提供する企業の基本的な使命に反するのではないかと私は考えます。今回の記事削除措置に対してどうするかは未定ですが、このブログの読者の皆さんに経過報告をした次第です。


plltakano at 21:11コメント(4)刑事弁護全般表現の自由  このエントリーをはてなブックマークに追加

2022年02月22日

 藤田政博関西大学教授、大橋君平弁護士、和田恵弁護士と共訳で、マイケル・サックスとバーバラ・スペルマンの『証拠法の心理学的基礎』を出版しました。

 帯より:
 証拠法は応用心理学だ!

 心理学が科学として成立する遥か以前から、欧米の法曹は心理学を実践してきた。本書は最新の心理学的知見から、アメリカ証拠法を素材にあるべき裁判のルールを検証する。さらに本書は、日本の心理学に新しい研究分野を提供するものである。

 日本の裁判に正しい証拠法を構築するために必読の書。


法曹や心理学研究者はもちろん、裁判と心理学に興味があるべての人におすすめします。


plltakano at 11:57コメント(0)出版刑事証拠法  このエントリーをはてなブックマークに追加

2022年02月21日

 2022年1月21日乳腺外科事件上告審で私が行った口頭弁論は、要旨、次のとおりです。

 裁判長ならびに陪席裁判官の皆さん

 この度は、私どもに皆さんの前で、関根進医師の事件について親しく口頭で語る機会を与えていだき、ありがとうございます。
 本日は、12人の弁護人全員を代表して、関根さんのために弁論させていただきます。

 私どもはすでに100頁を超える上告趣意書を提出し、さらに、4通の補充書を提出しています。そして、各書面には各方面の専門家の意見書も付属させていただきました。
皆さんはそれらの書面を熟読され、すでに内容を十分に理解されておられます。ですから、それを繰り返すつもりはありません。

 本日私は、本件の問題性をもっとも端的にかつ深く示している証拠の問題を中心に論じます。すなわち、科学捜査研究所(科捜研)の鑑定と原審における検察側精神科医・井原裕医師の証言についてです。
 いずれも、われわれ日本の司法に携わる者にとって喫緊の課題を突きつけています。
 それは、わが国の刑事裁判において「科学的証拠」あるいは「専門家証拠」と呼ばれる証拠はどのように扱われるべきかという問題であり、究極的には「科学とは何か」という問題です。

第吃堯_柄楔Δ隆嫩


1 STAP細胞事件・足利事件の教訓

 2014年1月、理化学研究所再生科学研究センター・ユニットリーダーの小保方晴子さんを筆頭執筆者とする論文が世界的な科学雑誌ネイチャーに掲載されました。
生後1週間の赤ちゃんマウスを、弱酸性の溶液に30分ほど浸して生き残った細胞の培養を続けると、細胞が初期化され、万能細胞に生まれ変わるという内容です。
 日本のマスコミは「ノーベル賞級の世紀の発見」と報じました。しかし、その後1ヶ月も経たないうちに、世界中の科学者からこの「発見」に疑義が寄せられました。「電気泳動の画像は別の論文の写真を切り貼りしたものではないか」と指摘されました。
 論文に記載されたプロトコルに基づいて何人もの科学者が同じ実験をしましたが、一向にSTAP細胞は作れませんでした。STAP論文の共著者ですら、追試はうまくいきませんでした。
 論文発表の3ヶ月後、調査委員会は、STAP論文に掲載されたデータや写真には「捏造」と「改ざん」があると認定しました。
 そして同年7月、ネイチャーは論文掲載を取り消しました。

 このSTAP細胞事件のわれわれへの教訓は何でしょうか?
 それは科学の世界の作法、ルーティンが不正を排除し、科学の正当性・信頼性を守ったということです。
 科学雑誌に科学的な知見を発表するためには、その知見の根拠となる客観的なデータを明らかにしなければならなりません。結論だけ示しても,論文が採用されるということはありません。実験の手順(プロトコル)を明示しなければなりません。実験の経過や結果を画像やデータとともに客観的に示さなければなりません。

 すなわち、別の科学者が著者と同じ手法で実験を行えば、同様の結果が得られることが示されなければならないということです。そうでなければ,それは科学的知見として受け入れられません。
 小保方氏はこうした科学の世界の作法,ルーティンに則って、論文にプロトコルを明示し、実験のデータや画像を載せました。
 その結果、「世紀の発見」は「捏造」であることが明らかとなったのです。

 小保方さんが理化学研究所の研究ユニット・リーダーではなく、警視庁科学捜査研究所の技官だったらどうでしょう。そして、彼女の知見の発表の場が、科学雑誌ではなく、刑事裁判の法廷だったらどうでしょうか。

 わが国の刑事裁判に非常にしばしば登場する科捜研技官による鑑定では、行われた実験の経過が写真やビデオなどで示されることはほとんどありません。実験結果の正しさを検証するのに必要なデータも開示されません。それでも科捜研の技官は、「自分たちは信頼性の高い方法で実験を行った」「実験の結果は間違いない」と証言します。裁判所は、その証言をそのまま採用するのです。

 こうした実務慣行の結果、冤罪の悲劇が実際に起こったことがあります。足利事件です。
 足利事件では、被告人の有罪の決め手となったDNA型鑑定(いわゆるMCT118型鑑定)の根拠となった電気泳動写真にはあきらかな「歪み」がありました。しかし、警察庁の科学警察研究所(科警研)の技官は、「プリントした写真ではなく、ネガを使った」「歪みについては修正値を用いて補正した」と証言しました。しかし、科警研はそのネガフィルムや修正値なるものを提出しませんでした。裁判所も提出を命じませんでした。それでも、彼らの方法に具体的な疑義はないとして、鑑定結果を採用して、被告人を有罪としました。
 足利事件の上告審を担当した最高裁調査官はこう言いました。

「[科警研の技官は]科学的素養を身につけ、同研究所における右鑑定方法の開発、確立に尽力していた者らであり、[]そこで採用された方法も、科学的に正当かつ慎重なものと思われ、特段の疑義はない。[]泳動写真のゆがみについては、鑑定人は各種の修正値を用いて判定したというから、科学的妥当性に疑義を差し挟む余地はない」と。
 
 要するに、経歴がしっかりした鑑定人がちゃんとやりましたと言えば、その鑑定結果を証拠として受入れそれを信じて良いと言うのです。

 この言明が全くの誤りであり、その結果、無実の人が凶悪犯罪について有罪とされ無期懲役刑が言い渡され20年近くも拘禁されたのです。
 しかしそもそも、20年前に公判裁判所が「歪みのある写真では鑑定の正しさを検証できない」「ネガフィルムを使ったというならそれを提出せよ」「修正値で補正したというなら、その修正値を提出せよ」「提出されなければ鑑定結果を採用することはできない」と言えば、この悲劇を防ぐことはできたのです。そして、そうした要求をすることは捜査機関や科捜研にとって決して困難な要求をするものではないでしょう。データを残しておき、それを出すだけなのですから。

 本件でわれわれが、最高裁判所判事の皆さんに考えていただきたい第1の点は、この問題です。科学的な証拠を被告人の有罪の証拠として採用するためには、少なくとも、実験の経過を客観的に検証できるデータを伴わなければならないのではないか、ということです。

2 本件鑑定の問題

 本件では、1審以来科捜研の2つの鑑定結果の許容性が問題となっています。一つは、Aさんの乳首から採取された微物のアミラーゼ鑑定、もう一つは同じ微物のDNA定量検査です。いずれも同じ技官の口頭証言で、その結果――アミラーゼ鑑定は陽性だった;DNAの量は1.612ng/μlだった――が語られただけです。
 その検査のプロセスや計算の過程を検証できる客観的なデータは何一つありません。
DNA定量検査の客観的な裏付けがない
 まずDNA定量検査について言うと、

・DNAの量を計算する根拠である標準試料の増幅曲線がありません。
・定量値を導くための検量線が存在しません。そして、
・定量のもとになったDNA抽出液がありません。

 標準試料の増幅曲線や検量線がなければ、結果が正しいのかどうか検証できません。
DNA定量検査に用いたDNA抽出液が冷凍保存されていれば、それを用いて再度定量検査をすることが可能です。実際のところ、DNA型鑑定を行う民間の検査機関では抽出液を一定期間冷凍保存しています。本件で黒教授が主宰して行われた検証実験の際にDNA定量検査を行ったMST材料科学技術振興財団鑑定科学技術センターでも、抽出液は冷凍保存され、実際に再計算が行われました。

 ところが、本件で科捜研は、DNA抽出液を2016年の年末に廃棄してしまいました。その年の9月に関根さんが起訴され、担当検察官から科捜研に対して「DNA型ではなく、DNA定量値が争点となる」ことを告げられていたにも関わらず、です。

 こうして、試料によって定量検査をもう一度行うこともできず、さらにデータを利用して技官が証言する定量検査のプロセスを再検証することも不可能になってしまいました。
要するに、科捜研の技官が言う「正しく実験を行った」「その結果が1.612ng/μlである」という証言を支える裏付けは何一つないのです。

 検察官は、Aさんの微物を採取したガーゼの半分が常温で保管されていると言って、あたかも再鑑定が可能であるかのように言います。しかし、これは誤りです。警察は、ガーゼを四つ折りにしたものをAさんの乳首に押し当てて微物を採取したのです。微物はガーゼのごく一部に附着するでしょう。ガーゼ全体にまんべんなく微物が行き渡るなどいうことはありえません。科捜研が鑑定に使ったのと同じ状態の資料は失われてしまったのです。その部分から作られた試料(DNA抽出液)が失われた以上、もはや同じ条件で実験を再現することはできないのです。

 ましてや常温での保存ですから、DNAが変性したり劣化することも考えられます。

アミラーゼ検査の客観的な裏付けもない

 次にアミラーゼ鑑定についてです。
微物に唾液の成分が含まれてているかどうかを判断する実験の一つが「アガロース平板法」と呼ばれる実験です。ゲル状のアガロース平板の上に試料をおいて一定時間内に「青色」に変色があるかどうかを見るというものです。

 科捜研の西尾亜里沙技官は1時間以内に明瞭な陽性反応が見られたと証言しました。しかし、この証言を支えるデータはどこにもありません。
すなわち、
・実験方法(プロトコル)が明示されていません。
・反応(ゲルが青色に変化したかどうか)を記録した写真や画像データもありません。そして、
・1時間以内に変色したことを確認した第三者もいません。つまり、だれも立会人がない状態で、西尾さんが1人で「変色」を見たというだけのことです。
 実験方法が示されなければ、実験結果を評価することも再現することもできません。
 写真や画像がなければ「+」と言う評価が正しいのかどうか検証できません。
 第1審で弁護人は「あなたの言葉を信じるか信じないかしか我々には選択肢がない、そうなりますね」と尋ねました。
 西尾技官は「はい」と答えました。
試料やデータは意図的に廃棄された

 DNA定量検査をする際に、各試料の増幅曲線や検量線などは検査に使用したPCに自動的に保存されます。それを後で意図的に削除しない限りデータは残り続けるものです。
 要するに、科捜研は定量検査を検証するために必要なデータを意図的に葬り去ったのです。
そして、科捜研はDNA定量値を直接再検討することができるDNA抽出液を年末の大掃除で廃棄してしまいました。大掃除の3ヶ月前、2016年9月には、本件においてはDNA型ではなく、その量が重要であることを検事から伝えられたにもかかわらず。

 科捜研は、鑑定の経過や結果を第三者が事後的に検証することを意図的に、組織的に妨害したというほかありません。

実験記録は書き換えの跡がある鉛筆書きのメモ

 鑑定経過を伺わせる唯一の資料は、西尾技官が鉛筆書きした「ワークシート」です。しかしここにも大きな問題があります。
 このA4の紙への記入は全文が鉛筆書きです。しかも、明らかに消しゴムで消して書き替えた痕跡が9箇所もあります。
 もちろん、鉛筆書きですから、痕跡なしに書き換えられ、後から書き換えの事実がわからないといこともあり得ます。
後からまとめて記載したことがあきらかな箇所もありました。

 警察庁は「DNA型鑑定の実施における留意事項について」という通達を発しています。通達はこう述べています。

「DNA型鑑定の経過等を記載したワークシート等は鑑定の信頼性を確保するために必要不可欠な書類であることを踏まえ、形式的な作成となることがないよう十分に留意しつつ、実施した鑑定の経過・手順や内容を公判において検証できる程度の具体的な記載を徹底するとともに、その記載は鑑定の推移に応じてその都度手書きで行い、鑑定後にまとめて記載することのないようにし、公判における信用性の立証に耐え得るものとすること」。

 本件で西尾技官が作成したワークシートがこの警察庁の通達に反していることは明らかでしょう。

科学の世界での作法・常識に明らかに反している

 本件科捜研の鑑定は、単に行政通達に反しているというだけではありません。科学が科学であるための基本的な条件として、世界中の科学者が守り続けてきた手続、作法、常識に反しています。
 そうした意見を表明する科学者が多数いることを私どもはすでに上告趣意補充書として提出しています。一つだけ紹介させてください。東京大学医科学研究所の真下知士教授は、「全ての実験は,その準備,実行状況,結果に関する全ての情報を第三者が見ても理解でき,後から改ざんできない状態で長期間にわたり保存される必要がある」と指摘しました。そのうえで、本件のワークシートを次のように痛烈に批判しています。
 「あろうことか本件では,証拠となっている実験ノートが鉛筆書きされており,かつ,数カ所にわたり消しゴムで消去・訂正されている。しかも,その消去・加筆箇所は,検査に用いた糸の長さや本数,ヒトゲノム定量検査の実施日時,電気泳動の実施日時,検査機器名,使用薬剤のロット番号などという,(備考欄等に比べて)極めて検査結果に直結するような事項である。この事実は,人為的または事故的に,実施された実験・検査過程が確認できない事態を招く可能性があると同時に,彼ら自身が,彼らが行った実験結果の証拠としての信頼性を著しく低下させている。犯罪が行われたかどうかを証明する,関係者の人生を大きく左右する実験が,冤罪を意図的に生み出すことすら可能な状態で行われているという現状は,研究者としても,一国民としても,驚愕を禁じ得ず,強い抗議の意を表する。また,東京高等裁判所が,この問題に目を瞑ったことは,到底正義とは思われない。」

3 結論

 足利事件上告審決定は、殺害された少女の下着から検出された精液のDNA型が被告人のDNA型と一致したというMCT118DNA型鑑定について、「その科学的原理が理論的正確性を有し、具体的な実施の方法も、その技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われたと認められる」と言って、その許容性を肯定しました 。これは一つの事例判断に過ぎませんが、科学的な証拠の許容性について、単に自然的関連性があるだけでは足りず、より厳格な基準を適用してその許容性を肯定したということもできます。
 足利事件の再審公判裁判所である宇都宮地裁は、この最高裁判例の説示をそのまま引用したうえで、「前記最高裁判所決定にいう『具体的な実施の方法も、その技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われた』と認めるにはなお疑問が残らざるを得ない」と述べて、MCT118DNA型鑑定の許容性を否定しました。
 すなわち、宇都宮地裁は、DNA型が一致するという意見を導いた具体的な実験が、,修竜蚕僂鮟得した者によってなされ、かつ、科学的に信頼される方法で行われたことがその許容性の要件であり、その立証の基準は有罪の事実認定と同じ「合理的な疑問を容れない程度」のものであるというのです。

 最高裁はいま一歩をすすめるべきです。20年前に事例判断として示した「科学的に信頼される方法」とは何かをいまこそ示すべきです。
 「科学的に信頼される方法」とは、科学の世界において信頼される方法ということです。再現性のない実験結果、客観的なデータによって第三者が検証できない実験結果、本人が「私はちゃんとやりました」という以外に何も裏付けがないものに,「科学的」というラベルを貼るのは、科学を冒涜し、そして、刑事裁判の公正さを貶めるものにほかなりません。

 科捜研の鑑定――アミラーゼ鑑定とDNA定量検査の結果――は証拠排除されるべきです。

第局堯^羝蕎攜

 一審無罪判決を覆して関根医師に有罪判決を言い渡した東京高裁判決が最大の拠り所にしたのが、井原裕医師の証言です。
 井原医師は開口一番「自分はせん妄や幻覚の専門家ではない」と宣言しました。
そのうえで、彼は、せん妄や幻覚のある患者を日常的に診察し、せん妄に関する著作も多数ある、複数の著名な専門家の意見を口を極めて批判しました。
 第1審では、せん妄患者の臨床と研究に長年携わってきた小川朝生医師や麻酔科の当代随一の権威である福家伸夫教授らが証言しました。彼らは、医療記録や看護師らの証言を仔細に検討した上で、Aさんはいわゆる「術後せん妄」の状態にあり、麻酔から覚めるときに起こる症例として海外の医学ジャーナルではしばしば報告されている「性的幻覚」を見ていた可能性が高いと証言しました。
 これに対して、東京高裁で検察側証人として証言した井原医師は、「専門家はストライクゾーンを広くとる」「その結果ボール球に手を出す」、一審で証言した専門家は「勇み足」だったなど言って批判しました。
 東京高裁は、この「非専門家による専門家批判」をそのまま採用して、無罪判決を破棄したのです。
 これはどう考えても、合理的な事実認定とは言えませんし、市民的な常識に合致した判断とも言えません。
 そうして、この認定判断は、科学的な証拠あるいは専門家証言というものについて最高裁判所がこれまでに示してきた考え方とも齟齬があります。

1 井原証言の許容性

 きほど述べたように、足利事件最高裁決定は、科学的証拠の許容性を認めるに当たって「具体的な実施の方法も、その技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われた」ということを述べています。
 井原医師の意見をこの基準に当てはめて考えてみると、2つの点で大きな問題があることが分かります。

専門性

 第1に、井原医師は「その技術を習得した者」とはとうてい言えません。彼は本件で問題となる、全身麻酔による手術から回復する過程で患者が体験することがしばしばある、術後せん妄やその際に発症する可能性がある性的幻覚という症例を診断し取り扱う技術をなんら習得していません。
彼自身がそれを認めています。
 精神医学は医学の一分野ですが、医学そのものがその進歩に伴って高度の専門分化を遂げているように、精神医学の分野も専門分化しています。ひとしく「精神医学」と言っても、「司法精神医学」と認知障害やせん妄などの症状を扱う「精神腫瘍科」や「麻酔科」とは全く別の専門領域と言わなければなりません。
 司法精神医学者は、たとえば統合失調症や妄想性障害などの患者が犯罪を犯したときに、犯罪行為と精神障害との関係を鑑別し、病気の影響がどの程度のものだったのかを判断する技術には習熟しているでしょう。しかし、全身麻酔で手術を受けた患者が体験する一過性の意識障害であるせん妄を診断する技術に習熟しているとはとうてい言えないのです。
 井原医師の診断を採用して、それに基づいて小川朝生医師や福家伸夫教授や大西秀樹教授の意見を排斥するというのは、肺炎を日常的に扱っている専門医の意見を無視して、眼科医による「肺炎ではない」という意見を採用するようなものです。
診断基準の正当性

 第2に、最高裁が指摘する「科学的に信頼される方法で行われた」という点に関しても、井原証言は非常に問題です。
 医学というのも科学です。医学的診断をするには、その専門的な医学分野において「信頼される方法」で診断されなければなりません。その医師がその分野の専門家であり「技術を習得した者」として申し分のない人であったとしても、現実に行われた診断がその分野の医学において「信頼される方法で行われた」とは言えないのであれば、その専門家の意見を科学的な証拠として採用するわけにはいきません。そうした証言は、たとえ専門家によるものであっても、素人の当てずっぽうの意見と何ら変わりありません。

 さて、患者がせん妄状態だったかどうか、その症状として何が現れていたのかを判定する際の「科学的に信頼される方法」とは何でしょうか?
 今日の精神医学においては、アメリカ精神医学会が発行している「精神疾患の診断と統計マニュアル」、いわゆるDSMがもっとも信頼されている診断基準です。DSMは1952年に初版が発行され、今日まで改定を繰り返し、現在は第5版(DSM-5)が採用されています。アメリカだけではなく、日本を含む全世界の精神科医がDSM-5の診断基準に基づいて精神障害を診断し、治療を行っているのです。このDSM-5を、せん妄患者と日常的に接する一般医や看護師らが適用しやすいように改良したものとして、「錯乱状態評価法」(CAM)という診断基準があります。

 小川医師や福家教授そして、高裁で証言した埼玉医科大学国際医療センター精神腫瘍科の大西秀樹教授も、DSM-5とCAMの診断基準に則って、Aさんは本件当時せん妄状態にあった;その症状である「性的幻覚」を見ていた可能性が高いと診断しました。

 井原医師はこの全世界の精神医学専門家そしてせん妄の臨床家が依拠している診断基準をまったく無視しました。そのことも、彼は原審の公判廷で認めています。

 このことだけでも、彼の意見が「科学的に信頼される方法」に依拠していないことが明らかですから、彼の意見を証拠として採用する余地はないはずです。

2 井原証言はジャンク・サイエンスである

 井原医師の証言の問題性はそれにとどまるものではありません。
 彼はもっとも信頼される診断基準を退けただけではなく、彼だけの独断で、誰も考えたことのない独自の診断基準を仕立て上げて、それに基づいて、Aさんは本件当時「ほろ酔い状態」に過ぎなかった;性的幻覚は存在しなかったという意見を述べたのです。

 井原医師は、われわれ法律家にとっても馴染みやすい、ビンダーの酩酊の分類(1935年)をせん妄の診断にそのまま当てはめました。すなわち、

低活動型せん妄=単純酩酊=完全責任能力
混合型せん妄=複雑酩酊=心神耗弱
過活動型せん妄=病的酩酊=心神喪失

 そして、Aさんの状態は「低活動型せん妄」であり、それは単純酩酊――ほろ酔い――と同じであると診断したのです。

 しかし、せん妄の3つのサブタイプが、1935年に発表されたビンダーの酩酊の3分類に相当するなどと考えている医者は、この地球上には井原医師しかいません。その可能性を示唆する科学的根拠はどこにもありません。そのことを井原氏自身も法廷で認めました。
 さらに、井原氏の見解はビンダーの見解にも合いません。ビンダーは単純酩酊と複雑酩酊の差は量的なものだが、複雑酩酊と病的酩酊との差異は質的なものであって、複雑酩酊の場合「見当識は多くの場合保持されている」「幻覚というものは存在しない」と説明しています。井原医師によれば、混合型せん妄では幻覚が起こりうるのですから、混合型せん妄を複雑酩酊と同じという井原医師の見解は、ビンダーの分類と一致しないことになります。
 せん妄の診断を酩酊の診断基準によって行うというのは、全く見当違いとしか言いようがありません。それは、魚の名前を知ろうとして鳥の図鑑を見ようとするようなものです。無意味であり、馬鹿げていて、滑稽ですらあります。

 井原氏の誤りはこれにとどまりません。彼は、せん妄のサブタイプをせん妄の重症度の指標だと勝手に決めつけました。すなわち、
低活動型せん妄=軽症
混合型せんもう=中程度
過活動型せん妄=重症

 そして、低活動型では見当識障害もなく、記憶障害も「少ない」などと証言したのです。
こんなことを言っている医者は井原氏だけです。せん妄のサブタイプは精神運動活動の違いによる分類です。症状の重さとは関係ありません。まともな精神科医ならそのことを理解しています。DSM-5は次のように説明しています。

 過活動型:その人の精神運動活動の水準は過活動であり、気分の不安定性、焦燥、および/または医療に対する協力の拒否を伴うかもしれない。
 低活動型:その人の精神運動活動の水準は低活動であり、昏迷に近いような不活発や嗜眠を伴うかもしれない。
 混合型:その人の注意および意識は障害されているが、精神運動活動の水準は正常である。また、活動水準が急速に変動する例も含む。

 要するに、「低活動型」は活動の水準が低く、ぼんやりしているような状態;「過活動型」は錯乱状態に代表されるような、活発な精神活動をしている状態;「混合型」はその中間あるいは両者が交互に現れる状態です。
 いずれの病型でも幻覚があらわれることが知られています。「低活動型では幻覚は生じない」などという医学文献は存在しませんし、そのように考えている専門家はいません。DSM-5にもそのような記述はありません。
 低活動型の患者でも幻覚、幻聴を体験している例があるということは、大西教授も明言しています。また、医学文献でもそれは認められています。

 井原医師は、原審でそうした医学論文を示されて、母数となったのは緩和ケアの患者であり、その年令も高齢であるから、本件のAさんの症状には当てはまらないなどと反論しました。
 しかし、この反論は全く成功していません。若者のせん妄と老人のせん妄は異なるとか、患者の疾患の内容に応じてせん妄の症状が異なることを示す医学的知見は存在しません。そのような文献はどこにもありません。
 第1審以来多くの専門家が指摘しているように、様々な文献や症例報告が、プロポフォールなどによる全身麻酔のもとで行われた手術後の覚醒の過程で、年齢や基礎疾患、せん妄を生じやすい背景因子の有無に関係なく、患者が性的幻覚を体験したという報告がなされているのです。

 井原医師の独自の見解――彼以外の専門家は誰も言っていない見解――をもう一つ紹介しましょう。
 井原氏は「過活動型せん妄」のもとで体験される幻覚は後で思い出せないと言いました。こんなことを言う医師は井原氏のほかには存在しません。私どもは、第1審以来麻酔覚せいの過程で患者が体験する性的幻覚に関する総説や症例報告をたくさん法廷に提出してきました。それらの医学文献は、性的幻覚を体験した患者がそれを自らの“実体験”として鮮明に記憶にとどめていることを示しています。
2003年に発表された「麻酔覚醒時の性的幻覚」と題する総説論文は次のように指摘しています。

「しばしば、患者の[性的幻覚]体験はヴィヴィドであり、出来事の流れは秩序だっていてリアルである。彼らは、彼らの体験の実態を説明されて、驚くことがしばしばである」「こうした幻覚は非常にリアルなものなので、[付添人が十分な説明をしても]、患者はしばしばそれを受け入れることが困難である」Balasubramaniam, et.al., Sexual Hallucinations During and After Sedation and Anaesthesia, Anaesthesia 2003, 58, at p552, 553.

 2016年に国際的な医学ジャーナルに、プロポフォールによる全身麻酔の下で妊娠中絶手術を受けた27歳、29歳、そして31歳の女性患者――基礎疾患のない女性たちです――の症例報告が掲載されました。彼女たちは5分ないし10分で終わる手術を受け、回復室に戻って安静にしている際に、「紅潮して歪んだ表情、発汗、うめき声、無意識的な手の動きなど、あたかも性行為を行っているような行動」をしました。
 彼女らは病院関係者に「レイプされた」と警察に訴えました。付添人がいくら事実でないことを説明しても患者は受け入れませんでした。医師たちは最終的には手術室のモニター記録を提出してその訴えが事実でないことを警察に説明しました。Yang & Yi, Patient Experience of Sexual Hallucinations after Propofol-induced Painless Abortion may Lead to Violence Against Medical Personnel, J. Anesth. (2016) 30: 486-488.

 これらの医学文献は、全身麻酔下での手術から回復する過程で性的幻覚を体験する患者が存在すること、そして、その幻覚は非常にリアルであるために記憶に残りやすいことを示しています。
 「幻覚はあとで思い出せない」などという井原氏の証言が、科学的な根拠のない、彼の独自の見解に過ぎないことは明らかでしょう。

3 結論:原判決は医学的な茶番である

 原判決は、井原医師について「せん妄に関する専門の研究者ではないが、せん妄に関する豊富な臨床経験を有しており、専門性、中立性に問題はなく、その証言の信用性は高い」などと言いました。

 判決が言う「豊富な臨床経験」というのは、井原医師が勤務する総合病院でせん妄の患者が彼のもとに送られてくることがあるというだけです。彼がどのようにそれらの患者を診断し治療してきたのかは全く不明です。もしも、彼が原審で証言したような、国際的に通用する診断基準を無視して、独自の診断基準で患者に接してきたのだとしたら、そうした臨床経験が、彼の「専門性」や「信用性」を高めることなどありえないことです。

 せん妄というものについて専門家として論文を書いたり症例報告などをしたことがただの一度もないことは、彼自身が認めています。

 そして、原判決が彼の「中立性に問題はない」と言い放ったことは、まったく事実を無視しているとしか言いようがありません。井原氏は、原審裁判所が設定した尋問事項――検察官と弁護人の主張そして一審判決の事実認定を前提として、それぞれAさんはせん妄状態であったか、せん妄に基づく性的幻覚の可能性はあったかという尋問事項――を無視して、自分ひとりの独自の見解だけに基づいてAさんはほろ酔い状態であり、幻覚はなかったと主張しました。

 そればかりか、彼は、争点とは全く関係なく、かつ、裁判所の指定した尋問事項をも無視して、「麻酔・鎮静中の医師の性犯罪は世界的に深刻な問題とされている」と言って、アメリカの新聞社がウェブサイトで展開した配信記事を「勉強した」と言って、一方的に――しかも、明白な誤読をしながら――引用した上で、「せん妄だ!幻覚だ!という反論は海外では通用しない」;「なぜ日本に限って医師の院内性的不祥事が明るみに出ないのか?」;「医療・行政・司法をあげての隠蔽」だ、などと声高に訴えたのです。

 こうした証言を目の当たりにしながら、なお「中立性に問題はない」とか「信用性は高い」などというのは、あまりにも実態とかけ離れています。「中立性」とか「信用性」という日本語の意味が破壊されています。

 井原医師の証言には、科学的証拠としての価値は全くありません。彼は専門家でも何でもありません。彼だけの世界で通用する概念をつなぎ合わせて、専門用語を使ってわれわれ素人を幻惑しようとしただけです。原判決は、科学的な根拠や基準に則って行われた、誰しも疑わない正真正銘の専門家の手堅い意見を一切無視して、1人の自称「非専門家」の戯言を真に受けてしまいました。

第敬堯〔戯疊酬茲論気靴

 第1審判決は、科捜研鑑定の信用性に疑問があるといいました。そのうえで、Aさんは術後せん妄状態にあり、本件訴えは術後せん妄の典型的な症例の一つである性的な幻覚であったという精神科医や麻酔科医の証言を採用して、関根医師を無罪としました。
 原判決はこの認定を「論理則・経験則に反する」と言いました。
 しかし、東京地裁の無罪判決には論理則違反も経験則違反もありません。原判決こそ、論理則・経験則に違反しています。
 そう考えなければならない理由は、上告趣意書のなかで詳細に論じたとおりです。ここではその要点だけを述べます。

1 アミラーゼ鑑定もDNA定量検査も信頼性がない

 科捜研が行ったアミラーゼ鑑定やDNA定量検査の結果は、全く再現性も検証可能性もない、実験を行った技官が結論を証言するだけのものであって、科学的証拠として許容性がないことは先ほど述べたとおりです。
 一審東京地裁は、次のように述べて、科捜研の鑑定結果の信用性には疑問があると言いました。
「科学者として、実験データの検証可能性を確保するため、消しゴムでの修正が可能な鉛筆で実験の経過を記録することは許されないとするのは、[]当然のことと考えられる。他方、あえて鉛筆で実験ノートを記録するべき必要性や利点は直ちには見当たらず、[]刑事裁判に向けた証拠の作成という観点からも、鉛筆による記録は、後日、その記録の正確性について紛糾を招き、いたずらに争点を拡大するとの弊害こそあれ、その利点は見当たらない。そうすると、実験の経過を鉛筆で記録し、これを消しゴムで消して修正するという行動は、科学者としての実験の経過の記録方法としてふさわしくないのみならず、鑑定嘱託を受けた者としての刑事裁判に向けた鑑定書作成の基礎資料の作成方法としてもふさわしくないといえる。[]
 「また、本件ワークシート中、平成2 8年6月6日の出来事として記載された「(うち約1〜1.5cm糸4本アミラーゼに使用)」とある部分は、その改行箇所からして、その横に同月7日の出来事として記載のある本件アミラーゼ鑑定の結果の記載より後に記載されたことが窺われる。そうすると、西尾は、鑑定の推移に従って、本件ワークシートを記載していないことがあったのではないかと疑われる。なお、このような記載方法は、警視庁の通達にも違背する。

 「標準資料の増幅曲線や検量図が消去されるのを阻止しなかったにもかかわらず、西尾が、捜査担当の検察官から、平成2 8年9月頃、本件DNA定量検査の結果が重要性を持つことを知らされた後である同年12月頃になって、本件抽出液の残余を廃棄したことは、本件DN A定量検査の検証可能性を失わせしめる帰結を招いたものであり、西尾が廃棄すべき合理的な理由について特に言及していないことも踏まえると、非難されるべき行為である。

 「本件DNA定量検査については、既に標準資料の増幅曲線や検量図が消去されていたというのであるから、その段階で本件DN A定量検査の結果の妥当性を端的に検証できる状態を維持するには、本件抽出液の残余を保存することが是非とも必要であったはずである。にもかかわらず、西尾が、本件 DNA定量検査の結果の重要性を知りながら本件抽出液の残余を廃棄したことは、[]本件DNA定量検査の結果の妥当性を端的に検証する手段を失わせたものといえるから、検査者としての西尾の誠実性を疑わせる事情といえる。」

 ところが、原判決は、東京地裁が指摘した問題点に一切触れることもなく、「同人の証言を支えるデータを欠き、鑑定結果を客観的に検証し難いということは、その結果の科学的厳密さを損なうことにはなるが、このことから直ちに同証言の信用性が失われるとはいえない」とか「科捜研では一般的にこのような手順で鑑定作業をしていると認められ、検証可能性を確保することが、鑑定結果に対する信頼性を更に高めることにつながるとしても、これが欠けているからと言って、その信用性が直ちに損なわれることにはならない」などと述べて、科捜研の鑑定結果を全面的に信用しました。
 この原判決の判断はわれわれの常識にかなったものでしょうか。とんでもないです。この判断は科学の世界の常識にもわれわれ素人の常識にも真っ向から対立します。そのことに多言は要しないと思います。

 原判決はまた、西尾技官には「虚偽の証言をする実益も必要性もない」と言いました。この判断もまたわれわれの常識に反します。
 どのような証人であれ、自分の結論が正しいと言いはる動機があります。科学者であれば、実験データや科学的原理を示して自分の結論が正しいことを示そうとするでしょう。西尾技官の場合は、自説が正しいことを示す実験データを保存せずに意図的に廃棄してしまっているので、それを示すことができません。だから、彼女は「自分は正しい」「通常の手順にしたがって、適切な器具を使った」「科捜研の一般的な手順でやった」と言い張るしかないのです。
 そしてさらに、彼女が意図的に偽証するかどうかに関係なく、機器の操作ミスやデータの読み間違い、転記ミスということもあり得るのです。そうしたミスがなかったことを示すためにも、客観的なデータを保存し、正しい作法に則って――書き損じや書き換えを含め、第三者が検証できるような――ワークシートを作成すべきだったのです。
 そうした科学者としての当然の方法を行わずに、実験経過を廃棄したうえで「私は正しい」「いつもと同じやり方でやった」といくら言い張っても、その結論に疑問を抱くのは、科学者でなくても当然の常識的な判断です。ましてや、個人の人生に大きな影響を及ぼす刑事裁判の有罪証拠を評価する際には、より厳格な態度で臨まなければならないでしょう。

2 関根医師のDNAがAさんの胸に付着する可能性は大いにあった

 
 本件当日の事実経過をおさらいしてみましょう。
 関根医師は、手術前の診察のためにAさんの病室を訪れ、彼女に衣服を捲ってもらい両胸を露出させ、左右の胸を触診し、右胸の切開予定部位にマジックでマーキングを施し、写真撮影しました。
その後、手術室に移り、Aさんに麻酔薬が投与され両胸を露出した状態のAさんの左右の胸をさらに念入りに触診しました。
 Aさんの胸に対し、乳腺エコー検査(超音波検査)を行いました。
 八巻医師が手術室に入り、関根医師と八巻医師は、幅50センチメートルの手術台を挟んでAさんの両脇に立ちました。関根医師は八巻医師に対して本件手術の概要を説明しました。
 この打ち合わせの中で、関根医師は八巻医師の助言を受けて、「水着モデル」であるAさんの要望を最大限受け入れるために、切開部位をさらに小さくすることとし、Aさんの右胸に施したマーキングを修正し、マーキング修正後のAさんの両胸の写真を撮影し直しました。

 この一連の過程で、関根医師の指や唾液の中の細胞がAさんの左胸に付着した可能性は大いにありました。
 それはわれわれの常識に合致するものです。そればかりではありません。この常識が正しいことは、東邦大学医学部法医学教室の黒久仁彦教授が行った詳細な実証実験によって裏付けられています。その詳細は上告趣意書に記したとおりです。

 要するに、仮に百歩譲って科捜研の鑑定結果が正しかったとしても、それは、関根医師が手術直後の患者の乳首を舐めたり吸ったりしたことを証明しないということです。

3 Aさんは性的幻覚を見ていた

 原判決は、科学的な根拠が全くない独自の見解を一方的に述べるだけの井原裕医師の証言を主要な根拠にして「Aが本件当時せん妄に陥っていたことはないか、仮にせん妄に陥っていたとしても、せん妄に伴う幻覚は生じていなかった」などと認定しました。

 この認定が非科学的であり、論理則にも経験則にも反することは、上告趣意書で論証したとおりです。ここでは2点だけ念のために指摘します。

現実世界との結びつき
原判決は、関根医師が病室のカーテンの中に入ってきたという事実を正確に認識しながら、その後せん妄状態に戻って胸を舐められるという幻覚を体験し、さらにもう一度関根医師が来るのを正しく認識し、その後またせん妄状態になって彼が自慰行為をしているのを見るというのは、ありえないと言っています。
 検察官もこのエピソードを引用して、Aさんの体験は「現実世界の事象と結び付けられている」から幻覚ではありえないと言っています。
 しかし、こうした判断は、せん妄の病態を無視した素人判断と言わなければなりません。
 小川医師、福家教授そして大西教授らが一致して証言するように、せん妄は一時的な脳の機能障害であり、意識や見当識の状態が一定ではなく、変動すること――いわゆる「浮動性」――がその特徴なのです。
 せん妄状態の下で起こる幻覚は、睡眠中に見る夢とは違います。患者が完全に目覚めていて客観的な事実――検察官が言う「現実世界」――を認識しているのと同時に幻覚を見ているということがしばしば起こり得るのです。
 一審で証言した小川朝生医師が紹介して法廷で上映された、せん妄の症状を解説したビデオ教材では、そこにいる現実の看護師と会話している患者が空中を指差して「ちょうちょが飛んでる!」と叫んでいました。また、大西教授の患者さんは、教授の呼びかけに答えた後、「いま商談中だから」と言って教授を制止して、枕に向かって話し続けました。このように、現実世界と結びついた言動をしながら、幻覚を見ている患者は決して珍しくありません。

 Aさんが、関根医師がカーテンの内側に来るのを認識しつつ、その彼が性的行為をしているという幻覚をみることはあり得ることです。彼が彼女の病衣をめくって患部を確認しそれに触れたことが刺激となって、胸を舐められたとか胸を見ながらマスターベーションしているという幻覚を見るということは、むしろ、海外の医学ジャーナルに報告された「麻酔覚醒時の性的幻覚」の典型的な症例です。医療行為として現実に行われていることが、性的幻覚の引き金になるのです。

スマートフォンの操作
 
 原判決は、また、Aさんがスマートフォンを取り出してメッセージを送ったことは、彼女がせん妄状態に陥ってなかったことを示していると言います。これは井原医師の受け売りです。井原医師は、Aさんがラインメッセージを送信できたことが、彼女に見当識障害がなく、判断能力があったことを示す「動かぬ証拠」だなどといいました。この主張も医学的根拠のないただの素人判断にほかなりません。
 頻繁に繰り返される作業はせん妄状態でも行うことができます。幻覚を体験している渦中でも可能です。せん妄の専門家は一致してそうした症例を報告しています。小川医師は、入院患者が幻覚を体験しながら家族に電話している例などを報告しました。せん妄の臨床経験が豊富な大西秀樹教授は、実際に、幻覚体験をしている患者が家族に繰り返しラインメッセージを送っている症例や「誰かがいる」と言ってスマートフォンを取り出して写真をとっている症例などを証言しました。

 手術室から病室に移った14時45分頃、Aさんは「いたーい」「いたーい」とうわ言を言い、検温をしようとする看護師に「ふざけるな。ぶっ殺してやる」と言いました;その後2、3分おきにナースコールボタンを押して合計7回くらい看護師をベッドサイドに呼びましたが、彼女はその記憶がなく、バイタルチェックの記憶もありません。15時15分ころには「 ここはどこ。お母さんはどこ」などと発言しています。15時30分ころには、フロア中に響くような大声で「こんな病院はもう嫌だ!」と叫んでいます。
 彼女が語る被害体験そしてLINEメッセージはいずれもこの間の出来事です。専門家が科学的な診断基準に則って証言したように、Aさんはこの間に術後せん妄状態にあったのであり、彼女が語る性的被害なるものは、プロポフォールによる全身麻酔から覚醒していく過程で見られる性的幻覚である可能性が高いのです。

4 結論

 関根進医師は、本件の前も後もそして現在も、乳腺外科医師として活躍しています。いまも、女性の乳房から腫瘍を摘出する手術を続けています。
 Aさんは、本件の5年前から彼の患者でした。関根医師は、本件の3年半前にも彼女の乳房から腫瘍を摘出する手術を行いました。
 これまで、本件の前も後も、本件のようなクレームを受けたことは全くありません。ただの一度も。
 彼には妻と可愛い子供3人がいました。
 Aさんがいた病室は4人部屋でした。当時病室は満床でした。Aさんのベッドは出入り口のすぐ横で、出入り口は解放されていました。ベッドを遮るものはカーテンだけです。声を遮るものはありません。患者に面会に来る人がいました。そして、手術後のAさんの処置をしたりバイタルチェックをしたりするために、何人もの看護師が慌ただしく出入りしていました。Aさんの母親もすぐそばにいました。

 このときこの場で、いきなりAさんの乳首を舐めるとか、Aさんの乳房を眺めながらマスターベーションをするというのは、あまりにも突飛なことです。
 もしもそれが事実だとしたなら、関根医師は突然気が狂ってしまったとしか言いようがありません。

 そんなことはありませんでした。
 関根医師は、終始冷静にプロの外科医として振る舞っていました。
 Aさんの手術後の様子や患部の状態を確認しつつ、彼は別の担当患者の様子を見るために別の病室にも行きました。手術準備室に戻って手術記録に手術の経過を記入したりしていました。

 関根医師は、あり得ない犯罪の訴追を受け、一時は身柄拘束までされました。しかし、東京地裁は、「科学」の仮面をかぶったずさんな証拠の正体を見破り、せん妄や麻酔に関する当代随一の専門家の精緻で説得的な証言を採用して、彼を無罪としました。
 これでまた自身のキャリアを進めることことができる、夢に向かって再出発できると彼は信じました。
 しかし、東京高裁の破棄判決によって、再び、地獄に突き落とされる体験をすることになりました。

 高裁判決はあらゆる観点から見て、正義に反します。
 「科学」というものを冒涜している点において。
 医療関係者のプロフェッショナルな観察と真摯な証言を、根拠なく辱めたという点において。そして、
 冤罪がもたらす個人とその家族への計り知れない負担と悲劇を軽く見たという点において。

 裁判長及び陪席裁判官の皆さん、
 この不正義は皆さんの手によって正されなければなりません。
以上


plltakano at 20:59コメント(1)刑事裁判冤罪  このエントリーをはてなブックマークに追加

2021年12月23日

 永沢真平氏が私に対して提起した懲戒請求に関して、私は彼の懲戒請求書を全文引用したうえで反論しました。これに対して、永沢氏は、懲戒請求書は彼の未公表著作物であり、その全文引用は彼の著作権を侵害するとして、その削除と損害賠償を求める訴訟を提起しました。第1審東京地裁は、本年4月14日、永沢氏の主張を一部認めて、私にブログ記事の削除を命じました。私は、これを不服として控訴しました。
 12月22日、知財高裁は、私どもの控訴を容れて、東京地裁判決を破棄したうえ、永沢氏の請求をすべて棄却しました。
 知財高裁は、次のように述べて、永沢氏の著作権主張は権利濫用だと言いました。
 
一審被告高野が、本件リンクを張ることによって本件懲戒請求書の全文を引用したことは、一審原告[永沢氏]が自ら産経新聞社に本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を提供して本件産経記事が産経新聞のニュースサイトに掲載されたなどの本件事案における個別的な事情のもとにおいては、本件懲戒請求に対する反論を公にする方法として相当なものであったと認められる。***一審原告が本件懲戒請求書に関して有する、公衆送信権により保護されるべき財産的利益、公表権により保護されるべき人格的利益はもとよりそれほど大きなものとはいえない上、一審原告自身の行動により相当程度減少していたこと、前記[…]のとおり、本件記事1[高野ブロクの記事]を作成、公表し、本件リンクを張ることについて、その目的は正当であったこと、[...]本件リンクによる引用の態様は、[…]本件懲戒請求に対する反論を公にする方法として相当なものであったことを総合考慮すると、一審原告の一審被告高野に対する公衆送信権及び公表権に基づく権利行使は、権利濫用にあたり許されないものと認めるのが相当である。


なお、永沢氏の懲戒請求について、第二東京弁護士会は「懲戒不相当」と決定しています。


plltakano at 21:35コメント(0)弁護士倫理刑事弁護全般  このエントリーをはてなブックマークに追加

2021年11月02日

 本日、横浜地方裁判所第3刑事部で臨時の三者協議が行われました。景山太郎裁判長と二人の陪席裁判官、弁護側からは私、そして検察官1名が参加しました。

 会議の冒頭、裁判長は「弁護人の訴訟活動にパソコンの使用が不可欠であること、そのために法廷電源の使用が必要であることについて配慮が足りず、一律禁止したことについて率直に反省します。申し訳なかったと思います」と述べました。そのうえで、三者間において以下の事項が確認されました。

1 裁判長は、弁護人による法廷電源使用禁止処分を撤回する。

2 裁判所は、今後、当事者から法廷電源を使用したいとの申し出がある場合は、特段の事情がない限り、制限しない。

3 以上を確認した上で、弁護人は裁判長の法廷電源使用禁止処分に対する異議を取り下げる。


plltakano at 21:31コメント(18)刑事裁判刑事弁護全般  このエントリーをはてなブックマークに追加
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