2009年06月23日
先月21日の裁判員法施行から1カ月間の裁判員対象事件の起訴件数は135件ということである。http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20090623AT1G2302G23062009.html これはどう考えても異常な数字である。最高裁判所のHPに掲載されている「裁判員対象事件数(平成16〜20年)によると、裁判員法が成立した平成16年以降の裁判員対象事件数は次のとおりである。http://www.saibanin.courts.go.jp/shiryo/pdf/04.pdf
平成16年 3,800件 月平均 316.6件
平成17件 3,633件 月平均 302.7件
平成18年 3,111件 月平均 259.2件
平成19年 2,645件 月平均 220.4件
平成20年 2,324件 月平均 193.7件
裁判員法が成立してから起訴件数が年々減少している。そのこと自体、甚だ不自然なものを感じるが、それにしても、裁判員法施行後1か月の起訴件数が135件と言うのは、それ以前と比較しても特異な減少率である。
これまで起訴された135件の中に否認事件は1件でもあるのだろうか。
このままでは、裁判員対象事件になるような重罪事件では被疑者は自白さえしなければ起訴されず、放免されてしまうことになるだろう。裁判員の仕事は、検察の有罪判断を確認するだけの実に退屈な仕事になってしまうだろう。
平成16年 3,800件 月平均 316.6件
平成17件 3,633件 月平均 302.7件
平成18年 3,111件 月平均 259.2件
平成19年 2,645件 月平均 220.4件
平成20年 2,324件 月平均 193.7件
裁判員法が成立してから起訴件数が年々減少している。そのこと自体、甚だ不自然なものを感じるが、それにしても、裁判員法施行後1か月の起訴件数が135件と言うのは、それ以前と比較しても特異な減少率である。
これまで起訴された135件の中に否認事件は1件でもあるのだろうか。
このままでは、裁判員対象事件になるような重罪事件では被疑者は自白さえしなければ起訴されず、放免されてしまうことになるだろう。裁判員の仕事は、検察の有罪判断を確認するだけの実に退屈な仕事になってしまうだろう。
2009年06月14日
最近同業者から次のような話を立て続けに聞かされた。
「強盗致傷の事件で、勾留満期まで数日あるのに、5月20日付で突然起訴された。」
「強盗致傷の否認事件で、裁判員事件になると意気込んでいたが、不起訴になった。」
「強制わいせつ致傷事件で……(以下同文)。」
「強盗致傷事件だったが、強盗だけで起訴された。」
どうやら検察は、裁判員裁判になる事件のえり好みを始めたらしい。もともと日本の検察官はとても負けず嫌いであり、間違いなく有罪判決が取れると確信しない限り起訴しないし、起訴した以上何が何でも有罪にしようとあらゆる手を尽くす。5月21日の裁判員法の施行は、日本検察の有罪至上主義を刺激して、起訴事件のさらなる厳選に拍車をかけているようである。
この出来事が示しているのは、検察官が、職業裁判官よりも一般市民の方が有罪の証明責任を重くとらえるだろうと予想していることである。裁判官なら有罪にしてくれそうな事件でも、市民は無罪に投票するかもしれない。だから、その可能性のある事件は、多少無理してでも裁判員法が施行されるまでに起訴してしまう、あるいは起訴を控える、さらには罪名を軽くして裁判員対象事件から外してしまう。そういうことである。
弁護士のなかには検察が起訴事件を厳選することを良いことだと考えている人が多い。犯罪捜査の対象になるだけでなく、刑事裁判の被告人になることは個人にとって非常に大きな負担である。まして、保釈が認められずに何か月も、ときには何年も身柄を拘束されて刑事裁判を受ける個人の悲惨さは、多くの弁護士が目の当たりにしている。だから、できるだけ早く個人を刑事システムの網から解放することは良いことだというのは理解できる。しかし、被疑者個人の利益を離れて刑事司法全体の健全さということに目を転じると、この現象を「良いことだ」と喜んでばかりはいられない。むしろ、この現象は非常に不健全な現象だというべきではないだろうか。
事件が不起訴になるということは、その事件が裁判所という公共的審判機関によって判断を受けないということである。誰でも傍聴できる公開の法廷で証人尋問が行われ、証言に基づいて司法機関である裁判官や裁判員が、被告人が有罪なのか無罪なのか、そして有罪ならばどのような刑が相当なのかを判断するというプロセスが一切行われない。手続が打ち切られ被疑者は解放されるが、その判断は捜査訴追の一方当事者である検察官だけのものであり、その判断の根拠となる資料は検察官の事件ファイルの中に封印される。通常の市民はそのファイル(不起訴事件記録)にアクセスすることはできず、したがって、検察官の判断のプロセスを公共の場で議論することは不可能となる。犯罪被害者が不起訴処分を不当として検察審査会に審査の申立てをしたとしても、検察審査会の審査は非公開であるから、事件と検察の判断が公共的に議論されないという事態は変わらない。要するに、不起訴というのは事件を公共的なフォーラムで議論することを回避し、事件の情報を検察に独占させる装置なのである。
検察官は刑事事件の捜査と訴追の専門家である。だから、彼らが「有罪判決が取れるに違いない」と判断した事件の多くは裁判官によって有罪の認定を受けるであろう。確かに、最終的に有罪無罪の判断をするのは裁判官である。しかし、検察官が事件を厳選すればするほど、裁判官は検察官の判断を信頼するようになる。そして、多くの事件を一定期間の間に――したがって効率的に――処理しなければならない裁判官は、検察官の判断への信頼なしには生活できなくなる。「検察官が起訴した以上、よほどのことがない限り有罪に違いない」「この程度の事件を一から審査するのは時間の無駄だ」「どうせ間違いないのに、なぜこの弁護人はわざわざ証人尋問を要求するのだろうか。迷惑な話だ」。
しかし、人間の仕事は完ぺきではありえない。とりわけ、情報を独占し他者からの批判にさらされない仕事は、独善に陥りがちである。検察官が「有罪判決がとれる」と確信する事件の中には必ず無罪の事件が含まれている。裁判官が検察官の確信は必ずしも事件の真相を反映していないということを理解しているならば、裁判官は弁護人の指摘にも耳を傾け、無罪の発見のための努力をしようとするだろう。けれども、はじめから「検察が事件を厳選して起訴したのだから、まず間違いない」という予断をもって裁判をするならば、弁護人の意見や被告人の弁解を真摯に受け止めることはできなくなる。証拠を検察の描いた有罪の構図によってしか見られなくなる。その結果、無実の人に有罪の判決を言い渡しても、そのことを自覚できず、何度でも同じ過ちを繰り返すことになる。
裁判員裁判では、一つの事件だけのために、裁判の経験が全くない市民が6名加わることになる。彼らによって職業裁判官の「有罪バイアス」は緩和されるだろう。しかし、職業裁判官が裁判員の身近にいて「同僚」として仕事をする。普通の市民は裁判官を尊敬し、評議室の中でも裁判官の言動を重く受け止めるだろう。したがって、裁判官の「有罪バイアス」は多かれ少なかれ裁判員に伝播せざるをえない。
検察が裁判員対象事件を厳選し、通常の事件以上に有罪証拠の豊富な事件ばかり起訴するようになれば、裁判員がその市民感覚を事実認定に注入する余地は、完全になくならないまでも、非常に少なくなるだろう。どうせ有罪なんだという意識は、裁判員のやりがいを削ぎ、長期的には裁判員制度を形骸化させる危険性を生み出すだろう。被告人の犯罪とそれへの刑罰は、結局、検事がきめるのであって、裁判員の仕事はそれを追認するだけだ。これでは何のために市民が刑事裁判に参加するのか分からない。
犯罪被害者の立場に立ってみよう。本当は強盗致傷や強制わいせつ致傷の被害者なのに、検事が臆病で有罪至上主義であるために、ワン・ランクもツー・ランクも下の窃盗や条例違反の被害者と認定される。場合によって、犯人は刑事司法から完全に解放されてしまう。これで正義が実現されたと言えるだろうか。
検察庁法によれば、検察官の仕事は「公益の代表者」として「公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求[する]」ことである(検察庁法4条)。刑事手続における検察官の目標は、裁判に勝つこと(有罪判決を獲得すること)ではなく、正義を実現することである。国民は彼らの自意識やメンツのために税金を払っているのではない。当事者主義の訴訟を通して真実に根ざした正義が行われ、その営為を通じて自由と秩序が保たれることを期待して、高度の能力をもった専門家を雇っているのである。
われわれはこれから数年間の検察統計と司法統計に着目すべきである。裁判員対象事件の起訴率と他の事件の起訴率の変化に特に注意しよう。もしも、裁判員対象事件の起訴率が、他の事件と比較して、有意に減少したとしたら、それは、日本の検察が国民の福祉よりも自分たちの面目を保つ方が重要だと考えていることを示している。そして、それは、裁判員裁判の健全な発展にとって大きな障害物になる可能性がある。
「強盗致傷の事件で、勾留満期まで数日あるのに、5月20日付で突然起訴された。」
「強盗致傷の否認事件で、裁判員事件になると意気込んでいたが、不起訴になった。」
「強制わいせつ致傷事件で……(以下同文)。」
「強盗致傷事件だったが、強盗だけで起訴された。」
どうやら検察は、裁判員裁判になる事件のえり好みを始めたらしい。もともと日本の検察官はとても負けず嫌いであり、間違いなく有罪判決が取れると確信しない限り起訴しないし、起訴した以上何が何でも有罪にしようとあらゆる手を尽くす。5月21日の裁判員法の施行は、日本検察の有罪至上主義を刺激して、起訴事件のさらなる厳選に拍車をかけているようである。
この出来事が示しているのは、検察官が、職業裁判官よりも一般市民の方が有罪の証明責任を重くとらえるだろうと予想していることである。裁判官なら有罪にしてくれそうな事件でも、市民は無罪に投票するかもしれない。だから、その可能性のある事件は、多少無理してでも裁判員法が施行されるまでに起訴してしまう、あるいは起訴を控える、さらには罪名を軽くして裁判員対象事件から外してしまう。そういうことである。
弁護士のなかには検察が起訴事件を厳選することを良いことだと考えている人が多い。犯罪捜査の対象になるだけでなく、刑事裁判の被告人になることは個人にとって非常に大きな負担である。まして、保釈が認められずに何か月も、ときには何年も身柄を拘束されて刑事裁判を受ける個人の悲惨さは、多くの弁護士が目の当たりにしている。だから、できるだけ早く個人を刑事システムの網から解放することは良いことだというのは理解できる。しかし、被疑者個人の利益を離れて刑事司法全体の健全さということに目を転じると、この現象を「良いことだ」と喜んでばかりはいられない。むしろ、この現象は非常に不健全な現象だというべきではないだろうか。
事件が不起訴になるということは、その事件が裁判所という公共的審判機関によって判断を受けないということである。誰でも傍聴できる公開の法廷で証人尋問が行われ、証言に基づいて司法機関である裁判官や裁判員が、被告人が有罪なのか無罪なのか、そして有罪ならばどのような刑が相当なのかを判断するというプロセスが一切行われない。手続が打ち切られ被疑者は解放されるが、その判断は捜査訴追の一方当事者である検察官だけのものであり、その判断の根拠となる資料は検察官の事件ファイルの中に封印される。通常の市民はそのファイル(不起訴事件記録)にアクセスすることはできず、したがって、検察官の判断のプロセスを公共の場で議論することは不可能となる。犯罪被害者が不起訴処分を不当として検察審査会に審査の申立てをしたとしても、検察審査会の審査は非公開であるから、事件と検察の判断が公共的に議論されないという事態は変わらない。要するに、不起訴というのは事件を公共的なフォーラムで議論することを回避し、事件の情報を検察に独占させる装置なのである。
検察官は刑事事件の捜査と訴追の専門家である。だから、彼らが「有罪判決が取れるに違いない」と判断した事件の多くは裁判官によって有罪の認定を受けるであろう。確かに、最終的に有罪無罪の判断をするのは裁判官である。しかし、検察官が事件を厳選すればするほど、裁判官は検察官の判断を信頼するようになる。そして、多くの事件を一定期間の間に――したがって効率的に――処理しなければならない裁判官は、検察官の判断への信頼なしには生活できなくなる。「検察官が起訴した以上、よほどのことがない限り有罪に違いない」「この程度の事件を一から審査するのは時間の無駄だ」「どうせ間違いないのに、なぜこの弁護人はわざわざ証人尋問を要求するのだろうか。迷惑な話だ」。
しかし、人間の仕事は完ぺきではありえない。とりわけ、情報を独占し他者からの批判にさらされない仕事は、独善に陥りがちである。検察官が「有罪判決がとれる」と確信する事件の中には必ず無罪の事件が含まれている。裁判官が検察官の確信は必ずしも事件の真相を反映していないということを理解しているならば、裁判官は弁護人の指摘にも耳を傾け、無罪の発見のための努力をしようとするだろう。けれども、はじめから「検察が事件を厳選して起訴したのだから、まず間違いない」という予断をもって裁判をするならば、弁護人の意見や被告人の弁解を真摯に受け止めることはできなくなる。証拠を検察の描いた有罪の構図によってしか見られなくなる。その結果、無実の人に有罪の判決を言い渡しても、そのことを自覚できず、何度でも同じ過ちを繰り返すことになる。
裁判員裁判では、一つの事件だけのために、裁判の経験が全くない市民が6名加わることになる。彼らによって職業裁判官の「有罪バイアス」は緩和されるだろう。しかし、職業裁判官が裁判員の身近にいて「同僚」として仕事をする。普通の市民は裁判官を尊敬し、評議室の中でも裁判官の言動を重く受け止めるだろう。したがって、裁判官の「有罪バイアス」は多かれ少なかれ裁判員に伝播せざるをえない。
検察が裁判員対象事件を厳選し、通常の事件以上に有罪証拠の豊富な事件ばかり起訴するようになれば、裁判員がその市民感覚を事実認定に注入する余地は、完全になくならないまでも、非常に少なくなるだろう。どうせ有罪なんだという意識は、裁判員のやりがいを削ぎ、長期的には裁判員制度を形骸化させる危険性を生み出すだろう。被告人の犯罪とそれへの刑罰は、結局、検事がきめるのであって、裁判員の仕事はそれを追認するだけだ。これでは何のために市民が刑事裁判に参加するのか分からない。
犯罪被害者の立場に立ってみよう。本当は強盗致傷や強制わいせつ致傷の被害者なのに、検事が臆病で有罪至上主義であるために、ワン・ランクもツー・ランクも下の窃盗や条例違反の被害者と認定される。場合によって、犯人は刑事司法から完全に解放されてしまう。これで正義が実現されたと言えるだろうか。
検察庁法によれば、検察官の仕事は「公益の代表者」として「公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求[する]」ことである(検察庁法4条)。刑事手続における検察官の目標は、裁判に勝つこと(有罪判決を獲得すること)ではなく、正義を実現することである。国民は彼らの自意識やメンツのために税金を払っているのではない。当事者主義の訴訟を通して真実に根ざした正義が行われ、その営為を通じて自由と秩序が保たれることを期待して、高度の能力をもった専門家を雇っているのである。
われわれはこれから数年間の検察統計と司法統計に着目すべきである。裁判員対象事件の起訴率と他の事件の起訴率の変化に特に注意しよう。もしも、裁判員対象事件の起訴率が、他の事件と比較して、有意に減少したとしたら、それは、日本の検察が国民の福祉よりも自分たちの面目を保つ方が重要だと考えていることを示している。そして、それは、裁判員裁判の健全な発展にとって大きな障害物になる可能性がある。
2009年06月09日
報道によると、秋田地裁の馬場純夫裁判官は、窃盗事件の共犯者の一人に懲役1年2か月の実刑を、もう一人に懲役1年6か月執行猶予4年の刑を言い渡した後で、休廷し、再開後にそれぞれの刑を宣告し直し、改めてそれぞれ懲役2年の実刑と懲役2年執行猶予4年の刑を言い渡した。馬場裁判官が刑の宣告し直しをした理由は、検事の求刑を聞き間違えたから(懲役2年6か月の求刑を1年6か月に聞き間違えた)ということである(MSN産経ニュース2009年6月9日http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/090608/trl0906081948007-n1.htm)。
判決の言い渡しは公開の法廷における宣告つまり口頭の言渡しによって行われる(刑事訴訟法342条)。判決書というものが作られるが、それは言い渡した判決の内容を記録し証明する文書にすぎない。したがって、口頭で言い渡した内容と判決書の内容に食い違いがあるときは、口頭で言い渡した方が判決であるということになる。判決は宣告が完了した時点で完成する。宣告が終わった後でその内容に誤りがあることが分かっても、言渡しをした裁判官にはそれを訂正することはできない。上訴審の裁判官が当事者の上訴に基づいて原判決を破棄して訂正できるだけである。唯一の例外は最高裁判所が言い渡す判決である。最高裁判決には上訴できない。そのかわり、最高裁自ら判決の訂正をするという制度がある(刑事訴訟法415条)。
けれども、最高裁判所の判例によると、第1審裁判所が判決を言い渡す公判期日が終わるまでは――裁判長が「それでは刑の言い渡しを終わります。閉廷します」と言うまでは――、いったん言い渡した刑を訂正し、その言い渡しをやり直すことができる(最判昭51・11・4刑集30‐10‐1887)。今回の手続が実際どうだったのか分からないが、おそらく、馬場裁判官が閉廷を宣言する前に、検事が発言したので(「裁判長、すいません。私の求刑は1年6カ月ではなく、2年6カ月でした」というような感じで)、馬場氏は聞き間違いに気がついて、休廷をして一旦法廷の外に退いたのだろう。そうだとすれば、まだ、公判期日は続いていることになるので、言渡しのやり直しはできることになる。
しかし、問題は、「検事の求刑の聞き違い」ということが言い渡しやり直しの正しい理由となるのか、ということである。この点でも前出の最高裁判例は参考になる。事案はこうである。窃盗事件の判決宣告期日に裁判官が懲役1年6カ月・5年間の保護観察付執行猶予の判決を朗読した。すると、立ち会っていた裁判所書記官が裁判官に、被告人の犯行は前の刑の保護観察期間中のものだと指摘した。すると、裁判官は、約5分間検討したのち、「先に宣告した主文は間違いであったので言い直す」と告げて、改めて懲役1年6か月の実刑を言い渡した。このケースについて、最高裁判所は、先に指摘したように、判決言渡しのやり直し自体は有効だと述べたが、しかし、それと同時に、最高裁判所は、この裁判官の量刑判断は甚だしく不当なものであって、破棄しなければ著しく正義に反すると言って、判決を破棄して、あらためて懲役1年6か月・5年間保護観察付執行猶予の言渡しを行った。最高裁が量刑不当を理由に判決を破棄し自判した非常に珍しい先例となった。最高裁判所は次のように述べている。
「被告人には、前記のとおり、保護観察付き刑の執行猶予の懲役刑の前刑があったが、第1審の判決宣告期日以前に執行猶予期間が経過し、刑の言渡しが効力を失っていたため、本件において被告人に対して刑の執行猶予を言い渡すことには法律上の支障はなかった。……第1審裁判官が保護観察付き刑の執行猶予を実刑に変更したのは、前者が実質的にみて妥当でないとの判断に基づくものではなく、前刑の保護観察中に犯した犯行であるため法律上執行猶予とすることが許されないとの誤解に基づくものと解するほかない。……これらの諸点を総合して考察するときは、第1審裁判官が当初に宣告した刑をもって被告人に臨むのが正義にかなうものというべきであ[る]。」(刑集30‐10、1892頁)
つまり、当初に言い渡した刑を変更した実質的な理由が、法律の誤解というようなそれ自体根拠のないものであるならば、その量刑変更は不当であり、著しく正義に反するというのである。
さて、検事の求刑の“聞き間違い”は量刑を変更する正当な根拠といえるんだろうか。それはありえない。私はそう思う。法律の定めによれば、被告人の刑を決めるのは裁判官である(裁判員対象事件では裁判官と裁判員。裁判員法6条1項3号)。検察官にも弁護人にも、刑を決める権限はない。検察官と弁護人は証拠調べが終わった後に事実と法律の適用について意見を述べることができる(刑事訴訟法293条)。検察官はこの意見陳述の最後に、どのような刑が相当であるかの意見を述べるのが慣例であり、これを「求刑」と呼び習わしている。しかし、裁判官が検事の求刑に拘束される法的な根拠はどこにもない。それを参考にするかどうかは法的には裁判官の全くの自由にゆだねられている。求刑の10分の1の量刑をしても良いし、求刑を超える刑を言い渡すのも裁判官の自由である。
求刑を正しく聞こうが聞き間違えようが、裁判官は判決を言い渡す前にいくらの刑が正義にかなったものなのかを考えたはずである。実際に考え、そして、その判断に専門家としての自信があるならば、検事の求刑などどうでもいいはずである。法廷で検察官から指摘があっても、「ああそうですか」と受け流すことができたはずである。
しかし、馬場裁判官はそうしなかった。求刑の聞き間違いを指摘されるや直ちに考え直し、そして、量刑を検事の求刑に寄り添うように重く言い直した。
世間では良く、裁判官の量刑は検事の求刑の八掛けだと言われている。もしもそれが本当だとすれば、日本の刑事被告人は裁判官による裁判を受けていないことになる。なぜなら、量刑を実質的に決めているのは検事だからである。被告人を懲役8年にしたければ検事は10年を求刑すれば良い。4年にしたければ5年。簡単な算数だ。日本の職業裁判官はそれが現実であることを決して認めない。馬場純夫裁判官も認めないだろう。しかし、行動は言葉よりも雄弁である。立会検事から「それ違いますよ」と指摘されるや、すごすごと引っ込んで刑を変えるというのは、あまりにも見事に誰が刑を決めているのかを示している。まるでカリカチャーそのものだが、これは紛れもなく日本の司法の現実である。
判決の言い渡しは公開の法廷における宣告つまり口頭の言渡しによって行われる(刑事訴訟法342条)。判決書というものが作られるが、それは言い渡した判決の内容を記録し証明する文書にすぎない。したがって、口頭で言い渡した内容と判決書の内容に食い違いがあるときは、口頭で言い渡した方が判決であるということになる。判決は宣告が完了した時点で完成する。宣告が終わった後でその内容に誤りがあることが分かっても、言渡しをした裁判官にはそれを訂正することはできない。上訴審の裁判官が当事者の上訴に基づいて原判決を破棄して訂正できるだけである。唯一の例外は最高裁判所が言い渡す判決である。最高裁判決には上訴できない。そのかわり、最高裁自ら判決の訂正をするという制度がある(刑事訴訟法415条)。
けれども、最高裁判所の判例によると、第1審裁判所が判決を言い渡す公判期日が終わるまでは――裁判長が「それでは刑の言い渡しを終わります。閉廷します」と言うまでは――、いったん言い渡した刑を訂正し、その言い渡しをやり直すことができる(最判昭51・11・4刑集30‐10‐1887)。今回の手続が実際どうだったのか分からないが、おそらく、馬場裁判官が閉廷を宣言する前に、検事が発言したので(「裁判長、すいません。私の求刑は1年6カ月ではなく、2年6カ月でした」というような感じで)、馬場氏は聞き間違いに気がついて、休廷をして一旦法廷の外に退いたのだろう。そうだとすれば、まだ、公判期日は続いていることになるので、言渡しのやり直しはできることになる。
しかし、問題は、「検事の求刑の聞き違い」ということが言い渡しやり直しの正しい理由となるのか、ということである。この点でも前出の最高裁判例は参考になる。事案はこうである。窃盗事件の判決宣告期日に裁判官が懲役1年6カ月・5年間の保護観察付執行猶予の判決を朗読した。すると、立ち会っていた裁判所書記官が裁判官に、被告人の犯行は前の刑の保護観察期間中のものだと指摘した。すると、裁判官は、約5分間検討したのち、「先に宣告した主文は間違いであったので言い直す」と告げて、改めて懲役1年6か月の実刑を言い渡した。このケースについて、最高裁判所は、先に指摘したように、判決言渡しのやり直し自体は有効だと述べたが、しかし、それと同時に、最高裁判所は、この裁判官の量刑判断は甚だしく不当なものであって、破棄しなければ著しく正義に反すると言って、判決を破棄して、あらためて懲役1年6か月・5年間保護観察付執行猶予の言渡しを行った。最高裁が量刑不当を理由に判決を破棄し自判した非常に珍しい先例となった。最高裁判所は次のように述べている。
「被告人には、前記のとおり、保護観察付き刑の執行猶予の懲役刑の前刑があったが、第1審の判決宣告期日以前に執行猶予期間が経過し、刑の言渡しが効力を失っていたため、本件において被告人に対して刑の執行猶予を言い渡すことには法律上の支障はなかった。……第1審裁判官が保護観察付き刑の執行猶予を実刑に変更したのは、前者が実質的にみて妥当でないとの判断に基づくものではなく、前刑の保護観察中に犯した犯行であるため法律上執行猶予とすることが許されないとの誤解に基づくものと解するほかない。……これらの諸点を総合して考察するときは、第1審裁判官が当初に宣告した刑をもって被告人に臨むのが正義にかなうものというべきであ[る]。」(刑集30‐10、1892頁)
つまり、当初に言い渡した刑を変更した実質的な理由が、法律の誤解というようなそれ自体根拠のないものであるならば、その量刑変更は不当であり、著しく正義に反するというのである。
さて、検事の求刑の“聞き間違い”は量刑を変更する正当な根拠といえるんだろうか。それはありえない。私はそう思う。法律の定めによれば、被告人の刑を決めるのは裁判官である(裁判員対象事件では裁判官と裁判員。裁判員法6条1項3号)。検察官にも弁護人にも、刑を決める権限はない。検察官と弁護人は証拠調べが終わった後に事実と法律の適用について意見を述べることができる(刑事訴訟法293条)。検察官はこの意見陳述の最後に、どのような刑が相当であるかの意見を述べるのが慣例であり、これを「求刑」と呼び習わしている。しかし、裁判官が検事の求刑に拘束される法的な根拠はどこにもない。それを参考にするかどうかは法的には裁判官の全くの自由にゆだねられている。求刑の10分の1の量刑をしても良いし、求刑を超える刑を言い渡すのも裁判官の自由である。
求刑を正しく聞こうが聞き間違えようが、裁判官は判決を言い渡す前にいくらの刑が正義にかなったものなのかを考えたはずである。実際に考え、そして、その判断に専門家としての自信があるならば、検事の求刑などどうでもいいはずである。法廷で検察官から指摘があっても、「ああそうですか」と受け流すことができたはずである。
しかし、馬場裁判官はそうしなかった。求刑の聞き間違いを指摘されるや直ちに考え直し、そして、量刑を検事の求刑に寄り添うように重く言い直した。
世間では良く、裁判官の量刑は検事の求刑の八掛けだと言われている。もしもそれが本当だとすれば、日本の刑事被告人は裁判官による裁判を受けていないことになる。なぜなら、量刑を実質的に決めているのは検事だからである。被告人を懲役8年にしたければ検事は10年を求刑すれば良い。4年にしたければ5年。簡単な算数だ。日本の職業裁判官はそれが現実であることを決して認めない。馬場純夫裁判官も認めないだろう。しかし、行動は言葉よりも雄弁である。立会検事から「それ違いますよ」と指摘されるや、すごすごと引っ込んで刑を変えるというのは、あまりにも見事に誰が刑を決めているのかを示している。まるでカリカチャーそのものだが、これは紛れもなく日本の司法の現実である。
2009年03月06日
江東区の女性殺害事件(星島事件)の公判で検察官は切断された被害者の肉片や骨片の写真200枚以上を法廷内のモニターに映して冒頭陳述や被告人質問を行い、姉の証人尋問では被害者の元気だったころのスナップ写真を使ったスライドショーを行ったということである。報道によると、これらは「裁判員制度を強く意識した立証」であり(日本経済新聞1月26日夕刊21頁)、東京地検はこの公判を裁判員裁判のモデルと位置づけ、「裁判員にも法廷で見てもらうというメッセージを込めた」と説明したそうである(MSN産経ニュース2009年1月20日http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/214068/)。しかし、裁判員裁判ではこうした人の感情をかきたてて理性的な判断を誤らせる可能性のある証拠の利用は慎重であるべきである。陪審裁判が行われているアメリカではこうした証拠の利用を裁判官が拒否することは珍しくない。わが国においても現行法の運用としてこうした証拠を排除することは可能なことであり、そうすべきである。
関連性のルール
裁判で提出される証拠は紛争の解決に役立つものでなければならない。裁判で争われている事実の解明に役立つものであって初めて証拠としての資格がある。たとえば、被告人が被害者を殺したのか、被告人の行為によって被害者は亡くなったのか、犯行は計画的なものか、衝動的なものか。事実認定者の前に提出することが許されるのは、このような事実の存否の認定に役立つものでなければならないのである。すなわち、訴訟の帰結に影響を与える事実の蓋然性を高めたり低めたりする傾向を持つものでなければ証拠としては使えないのである。このような傾向のことを法律家は「関連性」(“relevance”)、あるいは次に述べる「法律的関連性」と区別する意味で、「自然的関連性」(“natural relevance”)と呼んでいる。
事実の存否の判断に多少なりとも影響を及ぼすもの――自然的関連性のある証拠――であっても、その証拠を見聞きすることによって却って事実認定者を真相から遠ざける危険性のある証拠というものが存在する。たとえば、被告人の前科や悪評というような証拠は、いま起訴されている犯罪の証明にとって多少の意味を持つかもしれないが、被告人が特定の犯罪を犯した証拠としての意味は小さい。その半面、被告人に対する予断や偏見をもたらし、さらに裁判の争点を混乱させることにもなりかねない。だから前科や悪評は起訴されている犯罪を証明する証拠としては使えないのである。一般的に、訴訟の帰結に影響を与える事実の認定に役立つ程度(証拠価値)とその証拠によってもたらされる予断・偏見、争点の混乱、重複・時間の無駄というような弊害の程度を比較して、後者の弊害が前者の価値よりも実質的に重いときには、その証拠を裁判で使うべきではない。この価値と弊害の比較考量の結果を法律家は「法律的関連性」(“legal relevance”)と言い、法律的関連性が「ある」とか「ない」とか言って、証拠の採否を決めるのである。
アメリカでは、連邦でも州でも、この自然的関連性と法律的関連性のルールが制定法によって定められている(例えば、連邦証拠規則401、403)。日本には関連性の一般原理を定めた条文は存在しない。しかし、ある資料が証拠として裁判で利用されるためには「関連性」が必要であるという考えは昔から実務で認められており、前科や悪性格は犯罪認定の証拠にならないというのは大審院以来の判例でもある(大判昭2・9・3新聞2750−9、和歌山地決平13・10・10判タ1122−132)。だから「法律的関連性」というルールはわが国でも一般的に承認されていると言える。訴訟関係人が「事件に関係のない事項」や「重複」する事項の陳述をすることを制限し、当事者が冒頭陳述で「偏見又は予断を生ぜしめる虞のある事項」を述べることを禁止している法律の条文(刑事訴訟法295条、296条)に関連性のルールの制定法上の根拠を認める考えもある。
感情をかきたてる証拠
さて、アメリカの刑事裁判では、法律的関連性のルール――証拠価値と弊害の比較考量――が適用されるべき典型的な場面の一つとして、「感情をかきたてる証拠」(inflammatory evidence)の問題がある。しばしば問題となるのが、殺人事件における被害者の腐敗したり酷く損傷した死体の写真や解剖写真、そしてそれと対比させられる生前の被害者の健康的な写真である。
陪審員の感情をかきたてる写真だというだけでは排除されない。裁判官はその写真が陪審の感情をかきたてて理性的な判断を妨げる危険性の度合いと、事実認定のための証拠としての価値を比較検討しなければならない。そして、証拠価値よりも危険性の方が実質的に上回っているときには、裁判官はその証拠を採用せず陪審に見せない――証拠排除する――のである。この危険性と価値の比較考量は裁判官の裁量的な判断とされている。したがって、上訴審の審査においても、裁判官の判断は尊重される。しかし、判断の誤りの程度が大きいときには、裁量権を濫用して被告人の公正な裁判を受ける権利を侵害したとされる。
アメリカの判例集にはこの問題を論じた判例がたくさんある。1979年のカンサス州最高裁判所の判例は次のようなケースである。殺人事件の公判で検察官が被害者の遺体の写真14枚を提出したが、そのうちの一枚は解剖写真であり「顎から股間にかけて切り開かれ、臓物を抜き取られた食肉加工場の牛のように横たえられている。胸の皮の一部は遺体の顔を覆い、胸部と腹部の臓器が曝け出されている」というものであった。この事件では被害者の死因については実質的に争われておらず、政府側の専門家証人が死因は刃物の刺し傷による出血死であると明言している。確かにいくつかの写真は凶器が体内に侵入した角度や深さを陪審が判断する助けにはなるが、同じ点を重ねて立証するために解剖写真を何枚も見る必要性はない。こう述べて、裁判所は「この証拠の唯一の可能な目的は、陪審員の心をかきたてることである。」と結論し、有罪判決を破棄して差し戻した。State v. Boyd, 532 P.2d 1064 (Kan. 1975), at1068.
強盗殺人の現場に横たわる被害者の写真――「被害者の破壊された顔、頭部の傷、血痕、そして、雪の上の頭の周囲に散らばる肉片と脳の一部」――について、訴追側は、銃で頭部を撃たれたとき被害者の頭部が地面に近い位置にあったこと、そして、強盗が終わった後に被害者を殺害するだけの目的で殺人が行われたことを立証するために必要であると主張したが、ペンシルベニア州最高裁判所は次のように述べてこの主張を退けた。
「写真が感情をかきたてるもの(inflammatory)とみなされるときには、裁判所は、その写真の本質的な証拠価値が高度のものであり、それを取調べる必要性が、陪審の精神と情緒をかき乱す可能性を明らかに上回るものであるのかどうかを比較考量(balancing test)しなければならない。……確かに、ペンシルベニア州警察のマコモンズ刑事は公判でその写真を見て、被害者が撃たれたとき、その頭部は地面に近いところで地面と平行の状態だったという意見を述べた。しかし、刑事はそう証言するためにその写真を見る必要はなかったのである。なぜなら、彼は事件後に現場で死体とその状態を観察しているからである。実際のところ、マコモンズ刑事は、わざわざ写真を見なくても実際に見たことを述べ、自らの観察に基づいて意見を言うことができたのである。」Commonwealth v. Rogers, 401 A.2d 329 (Pa. 1979), at 330.
反対に、その写真が被害者の身元や死因を明らかにしたり、さらには犯行態様や被告人の意図を証明する証拠として価値をもち、その価値が陪審の感情をかきたてて理性的な判断を妨げる危険性よりも大きいときには、証拠として採用される。See, e.g., State v. Needs, 591 P.2d 130 (Idaho 1979); State v. Watts, 441 N.W. 2d 395 (Iowa 1989).
被害者の生前の写真についても、同様の証拠価値とリスクの比較考量が行われる。被害者の身元や身長などの身体的特徴を証明する証拠として価値がある場合は許容されるが、陪審の感情に訴えるだけのものであれば、許容されない。See, e.g., Ricci v. State, P.2d 79 (Nev. 1975); State v. Finch, 975 P.2d 967 (Wash. 1999).
星島事件の場合
法律的関連性のルールがわが国にも妥当することは先に述べた通りである。そして、アメリカ人の感情をかきたてる死体の写真はやはり、日本人の感情をもかきたてるだろう。そうすると、アメリカの裁判官が行わなければならない比較考量を日本の裁判官もやらなければならないということである。
星島事件の場合どうなるだろうか。この事件の訴因は殺人と死体損壊遺棄である。被告人は訴因を全く争っていない。星島貴徳氏は東城瑠璃香さんを殺してその死体をバラバラに切り刻んで捨てたことを争っていない。被害者の身元も争点になっていない。したがって、被害者の肉片や骨片の写真や彼女の生前のスナップ写真は、訴因を証明する証拠としてはほとんど価値がない。
訴因を裏付ける客観的な証拠として骨や肉片などの物的証拠が必要だとしても、それらを発見した捜査官の供述やそれらのDNA鑑定をした専門家の意見があれば十分であり、むしろそれらの方が証拠価値が高い。そしてこれらはすでに証拠として取り調べられている。
それでは、これらの写真は量刑事情を証明する証拠として価値を持つだろうか。この事件では量刑――死刑にすべきかどうか――がまさに争点である。だから、瑠璃香さんの肉片や骨片や生前の写真が被告人に死刑を選択させる証拠として価値を持つならば、それを採用することも許されるだろう。しかし、これらの証拠が死刑選択のための証拠として価値を持つことはありえない。
本件において検察側は死刑を正当化するほどの「犯行態様の残虐さ」を証明するものとしてこれらの証拠が必要だと言うのかもしれない。しかし、死刑の適用基準を示した永山事件最高裁判決が基準の一つとして掲げているのは「殺害の手段方法の執拗性・残虐性」であって、死体の処理方法については問題にしていない(最2小判昭58・7・8刑集37‐6‐609)。骨の写真にしろ肉片の写真にしろ、それらはすべて死体損壊の態様を示すものにすぎない。星島氏は瑠璃香さんの首に包丁を刺して殺害したのであって、生きている彼女を切り刻んで殺したわけではない。
最高裁は「犯行後の情状」を死刑適用基準の一つとして挙げている。しかし、死体損壊の方法はこれに含めることはできない。なぜなら、死体損壊罪は殺人とは別の犯罪なのであり、どのような方法で死体を傷付けても懲役3年を超える量刑をすることはできない。法律はそれを許していないのである(刑法190条)。とうてい死刑を正当化することはできない。
被害者の生前の写真は、殺人によって失われたものが何だったのかを示す証拠だと言える。しかし、殺人罪の量刑を正当化するのは人の命を奪ったという事実である。その人が具体的にどのような人生を歩んでいたのかによって、量刑に差が出ることは今日の社会では正当化できない。家族や仕事に恵まれ幸福な人生を送った人を殺した場合と、暗く凄惨な生活を重ねてきた人を殺した場合とで、量刑に差があって良いという理屈はない。
要するに、本件における被害者の写真の利用はいずれも、訴訟の争点を理性的に解決するための証拠ではない。それらは事実認定者の感情に訴えるだけの意味しかないのである。わが国における「法律的関連性のルール」が適用されるならば、この裁判において被害者の肉片や骨片そして生前の写真を利用することは許されなかったのである。
冒頭陳述や弁論における写真の利用
仮に写真の証拠価値が認められて証拠として許容されたとして、その写真を冒頭陳述や最終弁論でどのように使っても良いということにはならない。法律的関連性が認められて採用された写真であっても、最終弁論でその写真を本来の目的のために使うのではなく、事実認定者の感情をかきたてるために用いるのであれば、その手続は違法である。
この点についてもアメリカにはいくつかの先例がある。強盗事件の最終弁論で検察官が被害者の死体(被害者は事件の後に他殺体で発見された。しかし、被告人は殺人では起訴されていない。)の写真を示して「ジョン・ウィリアムズ[被害者]はもはやこの世にはいません。彼はまさに人生の花の時代を奪われたのです」と述べたことについて、インディアナ州最高裁判所は、次のように述べて、これは被告人の公正な裁判を受ける権利を奪ったものであるとして有罪判決を破棄した。
「これは殺人事件ではない。上訴人による強盗事件の成否が問われているのである。……ウィリアムズの死体の写真を示して、彼の死の責任が上訴人にあることを強調する検察官の熱狂的な最終弁論は、上訴人が公正な裁判を受けなかったとわれわれに信じさせる状況の一つというべきである。」Adler v. State, N.E.2d 171 (Ind. 1967), at 173.
星島事件において、被害者の写真が有罪無罪の証拠としても、量刑の証拠としても証拠価値がないことはすでに述べた。検察官は、冒頭陳述で被害者の肉片や骨の写真を示して「これは……捜索で見つかった肉片の一部です。真ん中のくぼんだ所はおへそです。へその上には、東城さんが生前開けていたというピアスの穴と一致します。……下に映っているメジャーからも分かるように、すべて5センチ角程度に切り刻まれています。これは、指の一部です」などと述べた(MSN産経ニュース1月13日http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/212005/)。また、検察官は最終弁論の中で次のように述べて被害者の遺体が切り刻まれたことをことさらに強調した。
「[星島被告は]東城さんの手足から肉をそぎ取り、まな板の上で切り刻みました。その翌晩には、東城さんの胴体から腹や胸の肉をそぎ取り、臓器をまな板の上で切り刻みました。さらに翌晩…、耳をそぎ、頭蓋骨(ずがいこつ)をのこぎりで切りました。骨はゴミ袋に入れて隠していましたが、腐らせて強烈な腐臭が発生したため、犯行が発覚しないように鍋でゆでました。星島被告は東城さんの遺体を、自己の生活と体面を守るために邪悪な“物”として無残に扱いました。」「1カ月以上も汚水の水流に耐えた骨片は、忍耐強かった東城さんの悔しさ、無念さを訴えかけているかのようです。」MSN産経ニュース2009年1月26日、http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/090126/trl0901261449015-n1.htm
この最終弁論の意図は、死刑選択の基準に照らして本件では死刑を選択することが合理的であることを論証するというようなものではなく、事実認定者の感情をかきたて燃え盛る怒りに基づく判断を求めるものである。このような弁論は公正な裁判の対極にあるものである。
結論
これまでの刑事裁判は、「裁判官はプロフェッショナルであり、感情に流されず理性的に裁判をするものである」という前提で行われていた。この前提が正しいのかは大いに疑問がある。しかし、証拠の許容性の判断をするのが当の裁判官であるから、「この証拠は裁判官(すなわち自分自身)の理性を狂わせる」などというストイックなルールの適用を期待すべくもなかった。しかし、裁判員裁判ではこのフィクションはなくなる。評議室の中で正義と理性に基づく評議が行われるためには、法廷に提出される証拠の選別が必要である。すなわち、裁判員裁判が成功するためには、法律家が証拠法の厳格な適用に意を用いることが不可欠なのである。
以上
関連性のルール
裁判で提出される証拠は紛争の解決に役立つものでなければならない。裁判で争われている事実の解明に役立つものであって初めて証拠としての資格がある。たとえば、被告人が被害者を殺したのか、被告人の行為によって被害者は亡くなったのか、犯行は計画的なものか、衝動的なものか。事実認定者の前に提出することが許されるのは、このような事実の存否の認定に役立つものでなければならないのである。すなわち、訴訟の帰結に影響を与える事実の蓋然性を高めたり低めたりする傾向を持つものでなければ証拠としては使えないのである。このような傾向のことを法律家は「関連性」(“relevance”)、あるいは次に述べる「法律的関連性」と区別する意味で、「自然的関連性」(“natural relevance”)と呼んでいる。
事実の存否の判断に多少なりとも影響を及ぼすもの――自然的関連性のある証拠――であっても、その証拠を見聞きすることによって却って事実認定者を真相から遠ざける危険性のある証拠というものが存在する。たとえば、被告人の前科や悪評というような証拠は、いま起訴されている犯罪の証明にとって多少の意味を持つかもしれないが、被告人が特定の犯罪を犯した証拠としての意味は小さい。その半面、被告人に対する予断や偏見をもたらし、さらに裁判の争点を混乱させることにもなりかねない。だから前科や悪評は起訴されている犯罪を証明する証拠としては使えないのである。一般的に、訴訟の帰結に影響を与える事実の認定に役立つ程度(証拠価値)とその証拠によってもたらされる予断・偏見、争点の混乱、重複・時間の無駄というような弊害の程度を比較して、後者の弊害が前者の価値よりも実質的に重いときには、その証拠を裁判で使うべきではない。この価値と弊害の比較考量の結果を法律家は「法律的関連性」(“legal relevance”)と言い、法律的関連性が「ある」とか「ない」とか言って、証拠の採否を決めるのである。
アメリカでは、連邦でも州でも、この自然的関連性と法律的関連性のルールが制定法によって定められている(例えば、連邦証拠規則401、403)。日本には関連性の一般原理を定めた条文は存在しない。しかし、ある資料が証拠として裁判で利用されるためには「関連性」が必要であるという考えは昔から実務で認められており、前科や悪性格は犯罪認定の証拠にならないというのは大審院以来の判例でもある(大判昭2・9・3新聞2750−9、和歌山地決平13・10・10判タ1122−132)。だから「法律的関連性」というルールはわが国でも一般的に承認されていると言える。訴訟関係人が「事件に関係のない事項」や「重複」する事項の陳述をすることを制限し、当事者が冒頭陳述で「偏見又は予断を生ぜしめる虞のある事項」を述べることを禁止している法律の条文(刑事訴訟法295条、296条)に関連性のルールの制定法上の根拠を認める考えもある。
感情をかきたてる証拠
さて、アメリカの刑事裁判では、法律的関連性のルール――証拠価値と弊害の比較考量――が適用されるべき典型的な場面の一つとして、「感情をかきたてる証拠」(inflammatory evidence)の問題がある。しばしば問題となるのが、殺人事件における被害者の腐敗したり酷く損傷した死体の写真や解剖写真、そしてそれと対比させられる生前の被害者の健康的な写真である。
陪審員の感情をかきたてる写真だというだけでは排除されない。裁判官はその写真が陪審の感情をかきたてて理性的な判断を妨げる危険性の度合いと、事実認定のための証拠としての価値を比較検討しなければならない。そして、証拠価値よりも危険性の方が実質的に上回っているときには、裁判官はその証拠を採用せず陪審に見せない――証拠排除する――のである。この危険性と価値の比較考量は裁判官の裁量的な判断とされている。したがって、上訴審の審査においても、裁判官の判断は尊重される。しかし、判断の誤りの程度が大きいときには、裁量権を濫用して被告人の公正な裁判を受ける権利を侵害したとされる。
アメリカの判例集にはこの問題を論じた判例がたくさんある。1979年のカンサス州最高裁判所の判例は次のようなケースである。殺人事件の公判で検察官が被害者の遺体の写真14枚を提出したが、そのうちの一枚は解剖写真であり「顎から股間にかけて切り開かれ、臓物を抜き取られた食肉加工場の牛のように横たえられている。胸の皮の一部は遺体の顔を覆い、胸部と腹部の臓器が曝け出されている」というものであった。この事件では被害者の死因については実質的に争われておらず、政府側の専門家証人が死因は刃物の刺し傷による出血死であると明言している。確かにいくつかの写真は凶器が体内に侵入した角度や深さを陪審が判断する助けにはなるが、同じ点を重ねて立証するために解剖写真を何枚も見る必要性はない。こう述べて、裁判所は「この証拠の唯一の可能な目的は、陪審員の心をかきたてることである。」と結論し、有罪判決を破棄して差し戻した。State v. Boyd, 532 P.2d 1064 (Kan. 1975), at1068.
強盗殺人の現場に横たわる被害者の写真――「被害者の破壊された顔、頭部の傷、血痕、そして、雪の上の頭の周囲に散らばる肉片と脳の一部」――について、訴追側は、銃で頭部を撃たれたとき被害者の頭部が地面に近い位置にあったこと、そして、強盗が終わった後に被害者を殺害するだけの目的で殺人が行われたことを立証するために必要であると主張したが、ペンシルベニア州最高裁判所は次のように述べてこの主張を退けた。
「写真が感情をかきたてるもの(inflammatory)とみなされるときには、裁判所は、その写真の本質的な証拠価値が高度のものであり、それを取調べる必要性が、陪審の精神と情緒をかき乱す可能性を明らかに上回るものであるのかどうかを比較考量(balancing test)しなければならない。……確かに、ペンシルベニア州警察のマコモンズ刑事は公判でその写真を見て、被害者が撃たれたとき、その頭部は地面に近いところで地面と平行の状態だったという意見を述べた。しかし、刑事はそう証言するためにその写真を見る必要はなかったのである。なぜなら、彼は事件後に現場で死体とその状態を観察しているからである。実際のところ、マコモンズ刑事は、わざわざ写真を見なくても実際に見たことを述べ、自らの観察に基づいて意見を言うことができたのである。」Commonwealth v. Rogers, 401 A.2d 329 (Pa. 1979), at 330.
反対に、その写真が被害者の身元や死因を明らかにしたり、さらには犯行態様や被告人の意図を証明する証拠として価値をもち、その価値が陪審の感情をかきたてて理性的な判断を妨げる危険性よりも大きいときには、証拠として採用される。See, e.g., State v. Needs, 591 P.2d 130 (Idaho 1979); State v. Watts, 441 N.W. 2d 395 (Iowa 1989).
被害者の生前の写真についても、同様の証拠価値とリスクの比較考量が行われる。被害者の身元や身長などの身体的特徴を証明する証拠として価値がある場合は許容されるが、陪審の感情に訴えるだけのものであれば、許容されない。See, e.g., Ricci v. State, P.2d 79 (Nev. 1975); State v. Finch, 975 P.2d 967 (Wash. 1999).
星島事件の場合
法律的関連性のルールがわが国にも妥当することは先に述べた通りである。そして、アメリカ人の感情をかきたてる死体の写真はやはり、日本人の感情をもかきたてるだろう。そうすると、アメリカの裁判官が行わなければならない比較考量を日本の裁判官もやらなければならないということである。
星島事件の場合どうなるだろうか。この事件の訴因は殺人と死体損壊遺棄である。被告人は訴因を全く争っていない。星島貴徳氏は東城瑠璃香さんを殺してその死体をバラバラに切り刻んで捨てたことを争っていない。被害者の身元も争点になっていない。したがって、被害者の肉片や骨片の写真や彼女の生前のスナップ写真は、訴因を証明する証拠としてはほとんど価値がない。
訴因を裏付ける客観的な証拠として骨や肉片などの物的証拠が必要だとしても、それらを発見した捜査官の供述やそれらのDNA鑑定をした専門家の意見があれば十分であり、むしろそれらの方が証拠価値が高い。そしてこれらはすでに証拠として取り調べられている。
それでは、これらの写真は量刑事情を証明する証拠として価値を持つだろうか。この事件では量刑――死刑にすべきかどうか――がまさに争点である。だから、瑠璃香さんの肉片や骨片や生前の写真が被告人に死刑を選択させる証拠として価値を持つならば、それを採用することも許されるだろう。しかし、これらの証拠が死刑選択のための証拠として価値を持つことはありえない。
本件において検察側は死刑を正当化するほどの「犯行態様の残虐さ」を証明するものとしてこれらの証拠が必要だと言うのかもしれない。しかし、死刑の適用基準を示した永山事件最高裁判決が基準の一つとして掲げているのは「殺害の手段方法の執拗性・残虐性」であって、死体の処理方法については問題にしていない(最2小判昭58・7・8刑集37‐6‐609)。骨の写真にしろ肉片の写真にしろ、それらはすべて死体損壊の態様を示すものにすぎない。星島氏は瑠璃香さんの首に包丁を刺して殺害したのであって、生きている彼女を切り刻んで殺したわけではない。
最高裁は「犯行後の情状」を死刑適用基準の一つとして挙げている。しかし、死体損壊の方法はこれに含めることはできない。なぜなら、死体損壊罪は殺人とは別の犯罪なのであり、どのような方法で死体を傷付けても懲役3年を超える量刑をすることはできない。法律はそれを許していないのである(刑法190条)。とうてい死刑を正当化することはできない。
被害者の生前の写真は、殺人によって失われたものが何だったのかを示す証拠だと言える。しかし、殺人罪の量刑を正当化するのは人の命を奪ったという事実である。その人が具体的にどのような人生を歩んでいたのかによって、量刑に差が出ることは今日の社会では正当化できない。家族や仕事に恵まれ幸福な人生を送った人を殺した場合と、暗く凄惨な生活を重ねてきた人を殺した場合とで、量刑に差があって良いという理屈はない。
要するに、本件における被害者の写真の利用はいずれも、訴訟の争点を理性的に解決するための証拠ではない。それらは事実認定者の感情に訴えるだけの意味しかないのである。わが国における「法律的関連性のルール」が適用されるならば、この裁判において被害者の肉片や骨片そして生前の写真を利用することは許されなかったのである。
冒頭陳述や弁論における写真の利用
仮に写真の証拠価値が認められて証拠として許容されたとして、その写真を冒頭陳述や最終弁論でどのように使っても良いということにはならない。法律的関連性が認められて採用された写真であっても、最終弁論でその写真を本来の目的のために使うのではなく、事実認定者の感情をかきたてるために用いるのであれば、その手続は違法である。
この点についてもアメリカにはいくつかの先例がある。強盗事件の最終弁論で検察官が被害者の死体(被害者は事件の後に他殺体で発見された。しかし、被告人は殺人では起訴されていない。)の写真を示して「ジョン・ウィリアムズ[被害者]はもはやこの世にはいません。彼はまさに人生の花の時代を奪われたのです」と述べたことについて、インディアナ州最高裁判所は、次のように述べて、これは被告人の公正な裁判を受ける権利を奪ったものであるとして有罪判決を破棄した。
「これは殺人事件ではない。上訴人による強盗事件の成否が問われているのである。……ウィリアムズの死体の写真を示して、彼の死の責任が上訴人にあることを強調する検察官の熱狂的な最終弁論は、上訴人が公正な裁判を受けなかったとわれわれに信じさせる状況の一つというべきである。」Adler v. State, N.E.2d 171 (Ind. 1967), at 173.
星島事件において、被害者の写真が有罪無罪の証拠としても、量刑の証拠としても証拠価値がないことはすでに述べた。検察官は、冒頭陳述で被害者の肉片や骨の写真を示して「これは……捜索で見つかった肉片の一部です。真ん中のくぼんだ所はおへそです。へその上には、東城さんが生前開けていたというピアスの穴と一致します。……下に映っているメジャーからも分かるように、すべて5センチ角程度に切り刻まれています。これは、指の一部です」などと述べた(MSN産経ニュース1月13日http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/212005/)。また、検察官は最終弁論の中で次のように述べて被害者の遺体が切り刻まれたことをことさらに強調した。
「[星島被告は]東城さんの手足から肉をそぎ取り、まな板の上で切り刻みました。その翌晩には、東城さんの胴体から腹や胸の肉をそぎ取り、臓器をまな板の上で切り刻みました。さらに翌晩…、耳をそぎ、頭蓋骨(ずがいこつ)をのこぎりで切りました。骨はゴミ袋に入れて隠していましたが、腐らせて強烈な腐臭が発生したため、犯行が発覚しないように鍋でゆでました。星島被告は東城さんの遺体を、自己の生活と体面を守るために邪悪な“物”として無残に扱いました。」「1カ月以上も汚水の水流に耐えた骨片は、忍耐強かった東城さんの悔しさ、無念さを訴えかけているかのようです。」MSN産経ニュース2009年1月26日、http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/090126/trl0901261449015-n1.htm
この最終弁論の意図は、死刑選択の基準に照らして本件では死刑を選択することが合理的であることを論証するというようなものではなく、事実認定者の感情をかきたて燃え盛る怒りに基づく判断を求めるものである。このような弁論は公正な裁判の対極にあるものである。
結論
これまでの刑事裁判は、「裁判官はプロフェッショナルであり、感情に流されず理性的に裁判をするものである」という前提で行われていた。この前提が正しいのかは大いに疑問がある。しかし、証拠の許容性の判断をするのが当の裁判官であるから、「この証拠は裁判官(すなわち自分自身)の理性を狂わせる」などというストイックなルールの適用を期待すべくもなかった。しかし、裁判員裁判ではこのフィクションはなくなる。評議室の中で正義と理性に基づく評議が行われるためには、法廷に提出される証拠の選別が必要である。すなわち、裁判員裁判が成功するためには、法律家が証拠法の厳格な適用に意を用いることが不可欠なのである。
以上
2009年02月14日
アール・ロジャーズの父はメソジスト教会の牧師だった。父はアールにも説教師になって欲しかったが、アールは医者になりたかった。しかし、学費が工面できずその夢は果せなかった。若くして結婚した彼は、ロサンゼルスで新聞記者として働いた。裁判の取材をしたことがきっかけで弁護士を志す。19世紀のアメリカには司法試験などというものはなかった。弁護士の下で一定期間修行を積んで地元の法曹協会への所属が認められれば弁護士として仕事ができた。
彼は刑事事件が嫌いで民事弁護士を志した。彼の運命を変えたのは1899年地元の有力弁護士ジェイ・ハンターを射殺した配管工ウィリアム・アルフォードの事件だった。弁護士になって2年目の彼が弁護人に任命された。依頼人は拳銃を持っていたのに対して、被害者は杖をもっていただけだ。依頼人は被害者からいきなり杖で叩きつけられて転倒し、さらに襲い掛かってくる被害者に夢中で拳銃を向けたと正当防衛を主張した。しかし、検視官は、銃弾はハンターの体内を「下に向けて」貫通していると証言し、アルフォードの言い分を否定した。
ロジャーズはハンターの小腸がアルコール漬けで保管されていることを知った。彼は裁判所に腸を取調べることを要求した。ハンターの腸が法廷に持ち込まれ、法医学の専門家はそれを点検して、「銃弾は上から下ではなく、前かがみになっているハンターの下から上に向けて発射されたと考えられる」と証言した。アルフォードは無罪放免され、ロジャーズは一躍有名になった。
彼は25年間の弁護士人生で189件の無罪評決を獲得した。有罪評決は20件足らずと言われている。77件の殺人の公判で74件の無罪を得ている。
彼のモットーは「われわれは誰の弁護でもする」(“We defend everybody.”)というものだった。
妻を娼婦として働かせたうえ、別の女性と懇ろになり、邪魔になった妻を殺したという嫌疑で起訴された被告人の弁護では、二人が言い争いをしているのが聞こえその直後に銃声がしたという証言に対して、妻は耳が良く聞こえないので、被告人はいつも妻と怒鳴り声で話していた、妻は自分の境遇を気に病んで自殺したのだという弁論を行った。無罪の評決を得て放免された依頼人はロジャーズに握手を求めた。ロジャーズは手を引っ込めてこう叫んだ。
「近寄るな。薄汚いヒモ野郎!君が有罪だってことは分かっているだろう!」
密室の中で3人の男が口論となった。銃声に続いて2人の男が部屋から飛び出してきた。部屋の中には一人の男の遺体と凶器となった拳銃が残された。拳銃に指紋はなく、二人の男はお互いにもう一人の男が犯人だと言い合った。ロジャーズは二人から依頼を受け、別々の公判で二人とも無罪にした。
「もしもあなたが有罪なら、アール・ロジャーズを弁護人に雇え」
世間ではそういうことになっていた。
あるとき彼の事務所を中国人の男が訪れ、殺人の弁護に幾らかかるかと尋ねた。ロジャーズの返事を聞いたその男は財布の中身を数えて、安心した様子で事務所を出て行こうとした。
「ちょっと待ちなさい。一体どういうことなんだ」、ロジャーズが尋ねると、男はこう答えた。
「奴を殺してくるから、ちょっと待っててくれ」。
アール・ロジャーズは徹底的な準備をして法廷に臨んだ。「どんな役者も彼ほどリハーサルをしない」と言われた。しかし、彼は自分が準備をしていることを同僚にも判らないようにしていた。全く無防備に法廷に臨んでいるように見せたがった。彼はいつもきちんと散髪し、上等の三つ揃えを着て法廷に臨んだ。トレードマークの鼻眼鏡をマジシャンのように扱って、相手の証人を見据えて、情け容赦のない反対尋問で血祭りにあげた。
フランシス・ウェルマンは「アール・ロジャーズは今日反対尋問の技術として知られているものを発明した」と称えた。
ロジャーズは再現証拠(demonstrative evidence)の創始者としても有名である。バーのポーカーテーブルで起った殺人事件の公判で「被告人が拳銃で被害者を撃つのを見た」という検察側証人を反対尋問するために、ロジャーズは血に染まったポーカーテーブルと椅子を法廷に持ち込もうとした。「トリックだ」「茶番劇だ」と言って検察官は異論を唱えた。裁判長にこの「前例のない暴挙」を認めさせるために、ロジャースは熱弁を振るった。
「かつては裁判をすることもなく人の首が刎ねられました。スターチェンバーの閉ざされた扉の中で、被告人は、弁護を受けることもなく、有罪を宣告されて、そして広場で絞首刑にされました。人間性に根ざした偉大な歩みの幾つかが踏み出された結果、最初の、公正で自由で開かれた陪審裁判が行われたのです。幸いなことに、何人も、前例がないという理由でこの偉大なる考えから後退しようとすることはありませんでした。本件が陪審のために正確な犯罪現場を法廷に再現した最初の事例だからと言って、検察官にはそれを『トリック』と呼ぶ権利があるでしょうか。神の名において私の答はNOです。
「ジョンソン証人はこの空間とこの時間においてある出来事が起ったと証言しました。しかし、私はそれを信じませんし、それは不可能なことなのです。私には、その現場を再現して、彼が宣誓のもとで起ったという出来事をその場で再現させる権利と義務があるのです。そうすることで陪審はジョンソンの語る物語が信じられるかどうかを自ら確認することができるのです。」
裁判長はロジャーズの要請を認めた。ロジャーズはジョンソンを事件のときと同じ席に座らせて、被告人と被害者の位置には彼らが被っていたのと同じシルクハット――被害者のものには穴が開いている――をおき、被告人の懐中時計、凶器となった拳銃などを次々に繰り出していき、ひとつひとつ出来事を再現する尋問をしていった。恐ろしいほどの臨場感と緊張感のなかで、弁護人が巧妙に組み立てた尋問の結果、ジョーンズは、被告人が被害者を殺害した後、今度は自分に銃口を向けたといいながら、何も言葉を発せず動揺もせずその場にいたという不自然な供述に固執し、自ら拳銃を手に取ったことを認めた。そしてついには、トイレで手についた火薬火傷を洗ったのではないかという問に、「私は、洗ったのかな?」と自問してしまった。被告人は無罪放免された。
1912年、陪審を買収したことで起訴された偉大な労働弁護士クラレンス・ダローはアール・ロジャーズを自分の弁護人に選んだ。ロジャーズは、気落ちしがちがダローを勇気づけながら、彼を「人民のために身命をささげるヒーロー」として描くことに努めた。証拠は圧倒的にダローに不利であったが、ダローは無罪となった。
ダローはロジャーズを「すべての時代を通じて最も偉大な刑事弁護士」と称賛した。
ロジャースの弱点はその破天荒な私生活と酒であった。依頼人をおいて酒場に行き、明け方まで飲み続けて、トルコ風呂でアルコールを抜いて法廷に行く、などという生活を続けていた。「酔っ払ったロジャーズは、この国のどんな弁護士が素面のときにやる弁護よりもましな弁護をする」という人もいた。
「長生きなんかしたくない。『老いぼれアール・ロジャーズ』なんて言われたくない」
娘のアデラに、彼はそうぼやいていたという。アデラは小学校に上がる前から彼の公判に付き添い、ロジャーズの相談相手にもなっていた。彼女は、1920年代から30年代にかけてジャーナリストとして活躍し、その後はハリウッド映画の脚本家、小説家として多くの作品を残している。父の生涯を描いたFinal Verdictはベストセラーとなり映画化もされている。
晩年のロジャーズはますます酒びたりになり、公判予定を忘れてしまうほどになった。父の生活を案じたアデラは禁治産宣告の申立てを行った。ロジャースは法廷で娘を反対尋問した。
ロジャーズは証言台の娘に近づき例の鼻眼鏡を取り出すと、ほんの数秒だけそれを揺らめかせるとすぐに内ポケットにしまい込んだ。
「ノラ[アデラの愛称]、私の顔を見てくれるかい。」彼女は父の顔を見た。
「ノラ、君は本当に私が狂っていると思っているのか?」
「いいえ、違うの、パパ。……そんなこと……。」
「じゃあ、君は」、ロジャーズは裁判長の机の上の書類を示して、言った、「この茶番を続けて私を拘束しておきたいのか。」
「違うわ、パパ……」。証人は泣き崩れた。
ロジャーズは嗚咽する娘の肩を抱いて、親族や記者連中が見守るなかを歩いて法廷を出て行った。娘は申立てを取り下げた。
1922年2月22日ロサンゼルスの安宿でアール・ロジャーズは52歳の生涯をとじた。
ロサンゼルスの弁護士でもある小説家アール・スタンレー・ガードナーはアール・ロジャーズをモデルに「ペリー・メイソン」を創り出したと言われている。
参考文献:
Alfred Cohn & Joe Chisholm, “Take the Witness!” (The New Home Library, New York, 1943, Originally Published in 1934).
Adela Rogers St. Johns, Final Verdict (Signet, New York, 1972, Originally Published in 1962).
Michael Lance Trope, Once Upon a Time in Los Angeles: The Trials of Earl Rogers (The Arthur H. Clark Company, Spokane, Washington, 2001).
彼は刑事事件が嫌いで民事弁護士を志した。彼の運命を変えたのは1899年地元の有力弁護士ジェイ・ハンターを射殺した配管工ウィリアム・アルフォードの事件だった。弁護士になって2年目の彼が弁護人に任命された。依頼人は拳銃を持っていたのに対して、被害者は杖をもっていただけだ。依頼人は被害者からいきなり杖で叩きつけられて転倒し、さらに襲い掛かってくる被害者に夢中で拳銃を向けたと正当防衛を主張した。しかし、検視官は、銃弾はハンターの体内を「下に向けて」貫通していると証言し、アルフォードの言い分を否定した。
ロジャーズはハンターの小腸がアルコール漬けで保管されていることを知った。彼は裁判所に腸を取調べることを要求した。ハンターの腸が法廷に持ち込まれ、法医学の専門家はそれを点検して、「銃弾は上から下ではなく、前かがみになっているハンターの下から上に向けて発射されたと考えられる」と証言した。アルフォードは無罪放免され、ロジャーズは一躍有名になった。
彼は25年間の弁護士人生で189件の無罪評決を獲得した。有罪評決は20件足らずと言われている。77件の殺人の公判で74件の無罪を得ている。
彼のモットーは「われわれは誰の弁護でもする」(“We defend everybody.”)というものだった。
妻を娼婦として働かせたうえ、別の女性と懇ろになり、邪魔になった妻を殺したという嫌疑で起訴された被告人の弁護では、二人が言い争いをしているのが聞こえその直後に銃声がしたという証言に対して、妻は耳が良く聞こえないので、被告人はいつも妻と怒鳴り声で話していた、妻は自分の境遇を気に病んで自殺したのだという弁論を行った。無罪の評決を得て放免された依頼人はロジャーズに握手を求めた。ロジャーズは手を引っ込めてこう叫んだ。
「近寄るな。薄汚いヒモ野郎!君が有罪だってことは分かっているだろう!」
密室の中で3人の男が口論となった。銃声に続いて2人の男が部屋から飛び出してきた。部屋の中には一人の男の遺体と凶器となった拳銃が残された。拳銃に指紋はなく、二人の男はお互いにもう一人の男が犯人だと言い合った。ロジャーズは二人から依頼を受け、別々の公判で二人とも無罪にした。
「もしもあなたが有罪なら、アール・ロジャーズを弁護人に雇え」
世間ではそういうことになっていた。
あるとき彼の事務所を中国人の男が訪れ、殺人の弁護に幾らかかるかと尋ねた。ロジャーズの返事を聞いたその男は財布の中身を数えて、安心した様子で事務所を出て行こうとした。
「ちょっと待ちなさい。一体どういうことなんだ」、ロジャーズが尋ねると、男はこう答えた。
「奴を殺してくるから、ちょっと待っててくれ」。
アール・ロジャーズは徹底的な準備をして法廷に臨んだ。「どんな役者も彼ほどリハーサルをしない」と言われた。しかし、彼は自分が準備をしていることを同僚にも判らないようにしていた。全く無防備に法廷に臨んでいるように見せたがった。彼はいつもきちんと散髪し、上等の三つ揃えを着て法廷に臨んだ。トレードマークの鼻眼鏡をマジシャンのように扱って、相手の証人を見据えて、情け容赦のない反対尋問で血祭りにあげた。
フランシス・ウェルマンは「アール・ロジャーズは今日反対尋問の技術として知られているものを発明した」と称えた。
ロジャーズは再現証拠(demonstrative evidence)の創始者としても有名である。バーのポーカーテーブルで起った殺人事件の公判で「被告人が拳銃で被害者を撃つのを見た」という検察側証人を反対尋問するために、ロジャーズは血に染まったポーカーテーブルと椅子を法廷に持ち込もうとした。「トリックだ」「茶番劇だ」と言って検察官は異論を唱えた。裁判長にこの「前例のない暴挙」を認めさせるために、ロジャースは熱弁を振るった。
「かつては裁判をすることもなく人の首が刎ねられました。スターチェンバーの閉ざされた扉の中で、被告人は、弁護を受けることもなく、有罪を宣告されて、そして広場で絞首刑にされました。人間性に根ざした偉大な歩みの幾つかが踏み出された結果、最初の、公正で自由で開かれた陪審裁判が行われたのです。幸いなことに、何人も、前例がないという理由でこの偉大なる考えから後退しようとすることはありませんでした。本件が陪審のために正確な犯罪現場を法廷に再現した最初の事例だからと言って、検察官にはそれを『トリック』と呼ぶ権利があるでしょうか。神の名において私の答はNOです。
「ジョンソン証人はこの空間とこの時間においてある出来事が起ったと証言しました。しかし、私はそれを信じませんし、それは不可能なことなのです。私には、その現場を再現して、彼が宣誓のもとで起ったという出来事をその場で再現させる権利と義務があるのです。そうすることで陪審はジョンソンの語る物語が信じられるかどうかを自ら確認することができるのです。」
裁判長はロジャーズの要請を認めた。ロジャーズはジョンソンを事件のときと同じ席に座らせて、被告人と被害者の位置には彼らが被っていたのと同じシルクハット――被害者のものには穴が開いている――をおき、被告人の懐中時計、凶器となった拳銃などを次々に繰り出していき、ひとつひとつ出来事を再現する尋問をしていった。恐ろしいほどの臨場感と緊張感のなかで、弁護人が巧妙に組み立てた尋問の結果、ジョーンズは、被告人が被害者を殺害した後、今度は自分に銃口を向けたといいながら、何も言葉を発せず動揺もせずその場にいたという不自然な供述に固執し、自ら拳銃を手に取ったことを認めた。そしてついには、トイレで手についた火薬火傷を洗ったのではないかという問に、「私は、洗ったのかな?」と自問してしまった。被告人は無罪放免された。
1912年、陪審を買収したことで起訴された偉大な労働弁護士クラレンス・ダローはアール・ロジャーズを自分の弁護人に選んだ。ロジャーズは、気落ちしがちがダローを勇気づけながら、彼を「人民のために身命をささげるヒーロー」として描くことに努めた。証拠は圧倒的にダローに不利であったが、ダローは無罪となった。
ダローはロジャーズを「すべての時代を通じて最も偉大な刑事弁護士」と称賛した。
ロジャースの弱点はその破天荒な私生活と酒であった。依頼人をおいて酒場に行き、明け方まで飲み続けて、トルコ風呂でアルコールを抜いて法廷に行く、などという生活を続けていた。「酔っ払ったロジャーズは、この国のどんな弁護士が素面のときにやる弁護よりもましな弁護をする」という人もいた。
「長生きなんかしたくない。『老いぼれアール・ロジャーズ』なんて言われたくない」
娘のアデラに、彼はそうぼやいていたという。アデラは小学校に上がる前から彼の公判に付き添い、ロジャーズの相談相手にもなっていた。彼女は、1920年代から30年代にかけてジャーナリストとして活躍し、その後はハリウッド映画の脚本家、小説家として多くの作品を残している。父の生涯を描いたFinal Verdictはベストセラーとなり映画化もされている。
晩年のロジャーズはますます酒びたりになり、公判予定を忘れてしまうほどになった。父の生活を案じたアデラは禁治産宣告の申立てを行った。ロジャースは法廷で娘を反対尋問した。
ロジャーズは証言台の娘に近づき例の鼻眼鏡を取り出すと、ほんの数秒だけそれを揺らめかせるとすぐに内ポケットにしまい込んだ。
「ノラ[アデラの愛称]、私の顔を見てくれるかい。」彼女は父の顔を見た。
「ノラ、君は本当に私が狂っていると思っているのか?」
「いいえ、違うの、パパ。……そんなこと……。」
「じゃあ、君は」、ロジャーズは裁判長の机の上の書類を示して、言った、「この茶番を続けて私を拘束しておきたいのか。」
「違うわ、パパ……」。証人は泣き崩れた。
ロジャーズは嗚咽する娘の肩を抱いて、親族や記者連中が見守るなかを歩いて法廷を出て行った。娘は申立てを取り下げた。
1922年2月22日ロサンゼルスの安宿でアール・ロジャーズは52歳の生涯をとじた。
ロサンゼルスの弁護士でもある小説家アール・スタンレー・ガードナーはアール・ロジャーズをモデルに「ペリー・メイソン」を創り出したと言われている。
参考文献:
Alfred Cohn & Joe Chisholm, “Take the Witness!” (The New Home Library, New York, 1943, Originally Published in 1934).
Adela Rogers St. Johns, Final Verdict (Signet, New York, 1972, Originally Published in 1962).
Michael Lance Trope, Once Upon a Time in Los Angeles: The Trials of Earl Rogers (The Arthur H. Clark Company, Spokane, Washington, 2001).
2008年12月05日
塚崎直義「寒子放火事件の陪審裁判」改造昭和4年2月号49〜53頁
[解題] 昭和3年12月に東京地裁で最初の陪審裁判が行われた。4日間で28人の証人を尋問し、5日目に陪審の評決(答申)と判決言い渡しがなされた。ここに掲載するのは、この事件の主任弁護人を務めた塚崎直義の手記である。塚崎は大正昭和期を代表する弁護士の一人で元東京弁護士会長。戦後最初の最高裁判事の一人である。昭和のはじめ、われらの先祖がどのように陪審裁判に取り組んだのか、いま読んでもとてもためになる文章であると思う。なお、旧漢字旧かなづかいを一部現代風に書き換えた。
日本と西洋の陪審はその出生当初から既に甚だしい懸隔があった。特殊の環境、民族意識の中にあって日本陪審は如何に育まれ、如何に成長し、如何に方向づけられるか、この意味に於いて帝都初の陪審として、異常のセンセーショナルを惹き起した、山藤寒子放火事件の陪審裁判施行状況の一端を記述して読者諸賢に陪審の指標を定めて頂きたいと思う。此小稿は決して無意味でないと信ずる。唯だ私は実務家であって学者でないから論述するを止め単に陪審法廷を中心として記述を進めて行きたいと思う。予め此点の御了承を願いたい。
被告山藤寒子(21歳)は戸板縫製女学校中等教員養成科を卒業した教養のある女で、夫卯一(23歳)との間には長女初枝(3才)という娘さんがいる。同家は昭和2年7月馬込町清水窪3555番地に二階建て家賃85円の家を借り女中を雇って手広く商売を初めたが思う程の収入もなく取引先には約2千円の負債が出来たが、大部分は営業資金で家計は左程切迫してはいなかった。
放火のあった前日即3月14日は夫が家の戸締をして一家寝に就いたのが午後11時。その夜半、午前2時20分ごろ寒子が、ふと目を覚ますと二畳の間に、パチパチと異様な音がして赤い火が燃え上がるので吃驚し「火事だ火事だ」と叫んで夫を揺り起こし、二人で水をかけて消し止めた。幸い襖二枚焼いただけであったが何となく不安でその夜を明かし、午前7時寒子は夫が止めるを聞かず清水窪巡査駐在所に放火だと訴え出た。××巡査が来てみると現場には石油の臭が漂っていて燃え残りの新聞紙があった。現場の直ぐ脇の路次に出る硝子戸が一枚壊れており、その戸の錠はなかった。路次の表通りに面する木戸は閉じてあったが、裏木戸は掛金釘がはずれて開いていた。だが何処からも人の侵入した形跡がない。この報告によって大森署から××司法主任××外4、5名の刑事が出動し愈々辛辣な取調べが行わるる事となった。炯眼隼の如き××刑事は敏捷なる第六感によって寒子を犯人と認め、駐在所に同行取調にかかった。
表口は締り裏口は不明だが犯人出入の形跡がない。成程硝子戸は破損しているが其所より放火したと見られないとすれば第一の火事発見者寒子が怪しい、殊に寒子は現場臨検の際棚の上に在った揮発油瓶を押入に隠した。疑われると困るからと寒子は云っているが、証拠物を隠匿した態度は変である。この間誘導尋問のあったらしい形跡は多々あるが兎に角寒子は峻厳なる追及に一たまりもなく保険金詐欺放火と白状に及んだ。越えて其翌日大森署で××司法主任に放火の事実は認めたが其放火の原因は現住所を他に移転したい為であると申立を変更した。
事件は即日東京地方裁判所検事局に送られ愈愈小山検事の尋問に入ったが、寒子は亦た初めの如く保険金放火と供述したので直ちに松南予審判事の尋問を受けたが、其第1回訊問の前半は放火を認め、後半では否認した、判事が是れを責めると寒子は興味ある問答を重ねている。
(判事)27問、被告が放火したるは間違いないのか
答、実は私が放火したのではありませぬ、警察で責められたから、やったと云うて仕舞ったのです。
(判事)28問、けれど外から放火したとは見えぬし失火のようにも見えない状況と思わるるが什かね。
答、それでは私が點けた事にしておきます。総て御委せしますから御判断を願ひます。
(判事)29問、それではいかん、やったら、やったと云ったらどうだ。
答、私が本当に放火しました。
松南予審判事第2回尋問調書、放火を認む。
榎林予審判事第3回尋問調書、放火否認。
同上 第4回尋問調書、放火否認。
同上 第5回尋問調書、放火否認。
同上 第6回尋問調書、放火否認。
同上 第7回尋問調書、放火否認。
かくて予審は終結を告げ公判に付するに足る可き犯罪の嫌疑なしとして免訴の決定を与えられた所之に対し検事が抗告し、東京控訴院で審理の末、充分なる嫌疑あり、故に東京地方裁判所の公判に付すとの決定があった。そこで愈々事件は陪審最初の檜舞台上せられ、その是非を問はる々事となったのである。
11月22日公判準備手続きを終え、29日実地検証、12月10日先に田中地方裁判所長が抽選により選定したる36名の陪審員に対し豊水裁判長より夫々呼出状発すると共に28名の証人にも召喚状が出され此処に陪審の膳立は出来上がったのである。初陪審開廷の17日は非常な人気で早朝から傍観者が殺到し、午前6時には既に定員を越していた。午前10時出頭した陪審員候補者32名(4名缺)と係判検事弁護士、被告人とは先ず第2号法廷に入廷、非公開の内に陪審員の除斥忌避の手続を取り結局12名の正陪審員と2名の補充陪審員を選定した。今陪審員を職業別にすれば、機械販売業2、無職2、酒屋2、絵具商1、そばや1、こんにゃくや1、会社員1であった。11時25分法廷は公開された。此日判官席の後方には原法相、小原、濱田両次官、局長大審院長検事総長を初め司法大官、綺羅星の如く居並び又た普通傍聴席には警視庁其他の特別傍聴人、一般傍聴者を以て立錐の地がない。陪審員の服装に付て一寸思い出した話がある。今は昔独逸で初陪審の時Aさんは法廷に行くのだから威厳を示そうとハイカラーにモーニングの出立ち、Bさんは民衆裁判だからと日本なら差しづめ腹掛丼の通常服で出かけた。二人は法廷で相手の服装を眺め合った、翌日Aさんは通常服Bさんはモーニングでお互に顔見合って呆然としたと云う滑稽談がある。今度の陪審には12名中2名は洋服それも通常服で和服も極めて質素なもの民衆裁判には相応しい服装と思った。閑話休題、午前11時半書記の敲く拍子木の音が廷内に響き渡ると「起立!」満廷の傍聴席は水を打ちたる如く鎮まり、しはぶき一つ聞こえぬ中を豊水裁判長は、大野、石田の陪席判事を従え正面中央の闥を排して入廷。場内の空気はいやが上にも緊張した。裁判長は先ず陪審員に注意を与え、「良心に従い公平誠実にその職務を行う」と宣誓書を読み下し陪審員はこれに署名捺印する。満場固唾を呑んで裁判長の一挙一動に目を見張る。寒子が被告席につく、友禅の袷羽織、髪は無造作に束ねて伏目勝になって居る、先づ北条検事が立って「被告は負債返還の為8千円の保険金を詐取せんと、3月15日午前2時ごろ、前日女中をして買わしめた揮発油を、新聞紙に注ぎ、2畳の襖に放火したが、思い直して消し止めた」と、詳細に公訴事実を述べる。
陪審員は事件の内容を聴き洩すまじと熱心だ。裁判長の取調べに対して被告は放火事実を全然否認し、刑事が火を初めに見付けた、お前がおかしいと責めた事。揮発油の壜を隠したのは疑わるるのを懼れてやった事。大森署で放火したと云わねば帰さぬと言われたこと。検事局で事実を認めたのは警官が検事局では唯だ、あやまればよいと、云ったから等と細々と誘導尋問の説明をして最後に家庭の事情を調べられ休憩。
午後3時再開、劈頭、夫卯一が取調べられ、続いて女中の塩澤とみが証人として呼び出されたが要点に行くと忘れました、覚えませぬと申立てたのであるが裁判長から揮発油の瓶を示されると買ってきた当時の分量を筆で印を付け、お神さんは夫れでテガラを洗っていたのを見たと述べ更に現量が予審で見せられた時より減っていると意外の陳述をしたので陪審員の顔には不審の影がさした。公判第1日は、かくして7時10分に閉廷した。
陪審第二日は借金について被告に有利な証言があった。先ず千代田火災の勧誘員取調後被告方と取引ある菓子屋さんが6名余取調べを受けたが皆貸金は次第に支払を受け別に厳重な催促はしなかった旨を述べて引き下がる。卯一の母が実家は3萬余円の資産があると述べて裕福な事を示せば、寒子の実姉は汚れたテガラを5枚遣ったがそれが皆綺麗になっていると、揮発油の減っている訳を説明する。寒子の実父は襖の破れ目に新聞紙を突き込んだのはお可笑い、襖は自分が張り替えた、寒子は臆病者でそんな事は出来ないと性格の方から有利な証言を呈する。寒子が警察に引かれてから子供の措置は、どうしました、との私の問に対して「私共夫婦は泣く孫を抱いて一晩中寝ませんでした」と泣声で答えるや寒子は泣き伏して身をもだえ実父も面を伏せた。陪審員席から貰い泣の声、傍聴席にすすり泣の声。我々弁護人も暗然涙を呑んだが真に陪審裁判らしい劇的場面であった。
第三日午前は同居人其他の証人調べあり。午後は本件の鍵を握り居る大森署の警官が証人に立つと云うので陪審員は一言も聞き漏らすまいと耳を欹てる。清水窪駐在巡査××がガラス戸は戸締りがしてあり外に足跡がなかったと云うと、寒子は金切り声を挙て「違います外に足袋の滑り跡があったと云ったではありませんか」と喰ってかかる。××刑事陳述後、寒子はこの刑事が自白しなければ帰さぬと云ったのです。嘘ばかり云っています。新聞紙に揮発油を注いでマッチで火を点けただろうと自白の方法まで教えたのですと申立てる陪審員は怪しからぬ事だと計り膝を乗り出す。続いて××司法主任が小泉陪審員からマッチ箱の指紋をなぜ取らなかったと鋭い質問を受け、マッチ箱は指紋が取れませぬからですと答えるや、弁護人は威丈高に「夫れは証人の独断でしょう。貴官は警世社から出ている指紋の本を読んだ事がありますか」と切り込む。中中の激戦であった。8時閉廷。
第四日目裁判長が予審廷での第1回第2回調書を読み聞かせる頃には陪審員席は予審廷に於ける寒子の意外な陳述に緊張する。午後北条検事が峻烈な論告をした。流石は地方裁判所切っての腕利きだけに要所々々を突て水も漏さぬ戦陣を張った。私は立ちて18点の事実を提げて無罪論を主張し上原坂田両弁護人犯人外来説を高唱する。陪審員は夕食を延期し空腹をこらえながらもノートを取る。其熱心さには満廷一人として感激せぬものはなかった。最初裁判所の予定では此日結審の筈であったが、午後9時30分陪審員は疲労した頭で此重大な答申をするのは、差控えたいとの希望を申出で、裁判長は理由ありとしてその願を容れ総てを翌日に延期した。
第五日目の法廷では白粉気のない寒子の頬に窶さえ見えていた。裁判長より陪審員に向かって丁寧な説示があり、其間陪審員から種々の質問が出て約2時間の後、問書が読み上げられたが、この問書に付て多少の波乱があり漸くにして陪審員は評議室へ退いた、時に午後2時半運命の鍵を握った陪審員は中々現れて来ない。息づまる様な緊張の空気が室内に漲る。午後4時半小泉陪審長が運命のサイ四つ折の紙を両手にして出廷する。徐に夫れを裁判長に提出する。答申は「然らず」であった。寒子はハンカチに顔を埋めた。続いて裁判長が「被告を無罪とす」と厳かに判決を申渡した。折から停電、蝋燭の光を浴びて寒子も陪審員も満廷悉く厳かに頭を垂れた。陪審五日四十五時間、此処に陪審は大団円を告げたのであった。
かく陪審裁判は予期以上の高結果を示したのみでなく警察官の捜査訊問上に一大革命を齎し、従来とかく非難のあった人権蹂躙誘導尋問等に一大鉄槌を下して意義ある陪審の第一幕を閉じた。
法廷における寒子の陳述によれば「自白すれば帰す」とか「揮発油を3分の1注いで火をつけたのだろう」とかの如き誘導尋問によって自白を強要したと云う、若しこれが事実ならば、そしてマッチの指紋も採らず、戸が開き硝子が破壊されているにも拘わらず、他より侵入の形跡なしと、明確なる断案を下して、最初の発見者寒子を嫌疑者と睨んで司法警察の万膳を期す現在のような遣り口では陪審の度毎に警察は益々威信を失墜するに至るであろう。然し此度の公判には、幸いに警視庁から捜査関係の人々が多数傍聴に見えていたので今後の捜査訊問等には必ず大なる改良が行わるる事と信ずる。
公判中心主義となった結果として勢い多数の証人が喚問さるるので裁判の公正確実さは従来とは比較にならぬ程、保証される様になった。而して証人には記憶の新しい所を述べさせる必要上事件を短時日で片付けねばならず、従って被疑者が未決監で苦しむ期間は、自然短くなる訳であって人道上にも、又た大きい貢献があると謂わねばならぬ。
陪審裁判になると無罪が増加するのは事実であり、世の非難も此点にあるが、夫れについて面白い話がある。嘗て鵜沢博士が原敬氏に陪審の弊害は無罪の増加であると云うと原氏は言下に「無罪が増える。左様な弊害なら結構じゃないか」と陪審法制定に付き努力されたと聞いている。此一言味うべきではあるまいか。終に臨み陪審員に付て一言するが本件の陪審員諸君は実に公平誠実而も熱心で世人をして流石は帝都の陪審員なりと思わしめた。或陪審員の如きは克明にノートを取って居た。殊に小泉陪審員の指紋に関する追及、村岡陪審員の問書に付ての質問等は実に熱誠より迸る賜物でなくて何であろう。評議室内の事は知る由もないが、2時間に亘っての事であるから議論沸騰筍しくも人を裁く身の、事件の真髄を掴むに苦心焦慮したであろう事は想像に難くない。私は嘗て外遊の途次西欧諸国の陪審法廷を見学したが、日本の陪審員程熱誠公正な陪審員を見た事がない。何卒今後の陪審員も此精神意気を以て其尊き職務にたずさわって貰いたい。かくして官民一致意義ある陪審裁判の完成に努力し小にしては司法上に大にしては国家の上に大なる利益を齎す様御互に精進していきたいと思う。
[解題] 昭和3年12月に東京地裁で最初の陪審裁判が行われた。4日間で28人の証人を尋問し、5日目に陪審の評決(答申)と判決言い渡しがなされた。ここに掲載するのは、この事件の主任弁護人を務めた塚崎直義の手記である。塚崎は大正昭和期を代表する弁護士の一人で元東京弁護士会長。戦後最初の最高裁判事の一人である。昭和のはじめ、われらの先祖がどのように陪審裁判に取り組んだのか、いま読んでもとてもためになる文章であると思う。なお、旧漢字旧かなづかいを一部現代風に書き換えた。
日本と西洋の陪審はその出生当初から既に甚だしい懸隔があった。特殊の環境、民族意識の中にあって日本陪審は如何に育まれ、如何に成長し、如何に方向づけられるか、この意味に於いて帝都初の陪審として、異常のセンセーショナルを惹き起した、山藤寒子放火事件の陪審裁判施行状況の一端を記述して読者諸賢に陪審の指標を定めて頂きたいと思う。此小稿は決して無意味でないと信ずる。唯だ私は実務家であって学者でないから論述するを止め単に陪審法廷を中心として記述を進めて行きたいと思う。予め此点の御了承を願いたい。
被告山藤寒子(21歳)は戸板縫製女学校中等教員養成科を卒業した教養のある女で、夫卯一(23歳)との間には長女初枝(3才)という娘さんがいる。同家は昭和2年7月馬込町清水窪3555番地に二階建て家賃85円の家を借り女中を雇って手広く商売を初めたが思う程の収入もなく取引先には約2千円の負債が出来たが、大部分は営業資金で家計は左程切迫してはいなかった。
放火のあった前日即3月14日は夫が家の戸締をして一家寝に就いたのが午後11時。その夜半、午前2時20分ごろ寒子が、ふと目を覚ますと二畳の間に、パチパチと異様な音がして赤い火が燃え上がるので吃驚し「火事だ火事だ」と叫んで夫を揺り起こし、二人で水をかけて消し止めた。幸い襖二枚焼いただけであったが何となく不安でその夜を明かし、午前7時寒子は夫が止めるを聞かず清水窪巡査駐在所に放火だと訴え出た。××巡査が来てみると現場には石油の臭が漂っていて燃え残りの新聞紙があった。現場の直ぐ脇の路次に出る硝子戸が一枚壊れており、その戸の錠はなかった。路次の表通りに面する木戸は閉じてあったが、裏木戸は掛金釘がはずれて開いていた。だが何処からも人の侵入した形跡がない。この報告によって大森署から××司法主任××外4、5名の刑事が出動し愈々辛辣な取調べが行わるる事となった。炯眼隼の如き××刑事は敏捷なる第六感によって寒子を犯人と認め、駐在所に同行取調にかかった。
表口は締り裏口は不明だが犯人出入の形跡がない。成程硝子戸は破損しているが其所より放火したと見られないとすれば第一の火事発見者寒子が怪しい、殊に寒子は現場臨検の際棚の上に在った揮発油瓶を押入に隠した。疑われると困るからと寒子は云っているが、証拠物を隠匿した態度は変である。この間誘導尋問のあったらしい形跡は多々あるが兎に角寒子は峻厳なる追及に一たまりもなく保険金詐欺放火と白状に及んだ。越えて其翌日大森署で××司法主任に放火の事実は認めたが其放火の原因は現住所を他に移転したい為であると申立を変更した。
事件は即日東京地方裁判所検事局に送られ愈愈小山検事の尋問に入ったが、寒子は亦た初めの如く保険金放火と供述したので直ちに松南予審判事の尋問を受けたが、其第1回訊問の前半は放火を認め、後半では否認した、判事が是れを責めると寒子は興味ある問答を重ねている。
(判事)27問、被告が放火したるは間違いないのか
答、実は私が放火したのではありませぬ、警察で責められたから、やったと云うて仕舞ったのです。
(判事)28問、けれど外から放火したとは見えぬし失火のようにも見えない状況と思わるるが什かね。
答、それでは私が點けた事にしておきます。総て御委せしますから御判断を願ひます。
(判事)29問、それではいかん、やったら、やったと云ったらどうだ。
答、私が本当に放火しました。
松南予審判事第2回尋問調書、放火を認む。
榎林予審判事第3回尋問調書、放火否認。
同上 第4回尋問調書、放火否認。
同上 第5回尋問調書、放火否認。
同上 第6回尋問調書、放火否認。
同上 第7回尋問調書、放火否認。
かくて予審は終結を告げ公判に付するに足る可き犯罪の嫌疑なしとして免訴の決定を与えられた所之に対し検事が抗告し、東京控訴院で審理の末、充分なる嫌疑あり、故に東京地方裁判所の公判に付すとの決定があった。そこで愈々事件は陪審最初の檜舞台上せられ、その是非を問はる々事となったのである。
11月22日公判準備手続きを終え、29日実地検証、12月10日先に田中地方裁判所長が抽選により選定したる36名の陪審員に対し豊水裁判長より夫々呼出状発すると共に28名の証人にも召喚状が出され此処に陪審の膳立は出来上がったのである。初陪審開廷の17日は非常な人気で早朝から傍観者が殺到し、午前6時には既に定員を越していた。午前10時出頭した陪審員候補者32名(4名缺)と係判検事弁護士、被告人とは先ず第2号法廷に入廷、非公開の内に陪審員の除斥忌避の手続を取り結局12名の正陪審員と2名の補充陪審員を選定した。今陪審員を職業別にすれば、機械販売業2、無職2、酒屋2、絵具商1、そばや1、こんにゃくや1、会社員1であった。11時25分法廷は公開された。此日判官席の後方には原法相、小原、濱田両次官、局長大審院長検事総長を初め司法大官、綺羅星の如く居並び又た普通傍聴席には警視庁其他の特別傍聴人、一般傍聴者を以て立錐の地がない。陪審員の服装に付て一寸思い出した話がある。今は昔独逸で初陪審の時Aさんは法廷に行くのだから威厳を示そうとハイカラーにモーニングの出立ち、Bさんは民衆裁判だからと日本なら差しづめ腹掛丼の通常服で出かけた。二人は法廷で相手の服装を眺め合った、翌日Aさんは通常服Bさんはモーニングでお互に顔見合って呆然としたと云う滑稽談がある。今度の陪審には12名中2名は洋服それも通常服で和服も極めて質素なもの民衆裁判には相応しい服装と思った。閑話休題、午前11時半書記の敲く拍子木の音が廷内に響き渡ると「起立!」満廷の傍聴席は水を打ちたる如く鎮まり、しはぶき一つ聞こえぬ中を豊水裁判長は、大野、石田の陪席判事を従え正面中央の闥を排して入廷。場内の空気はいやが上にも緊張した。裁判長は先ず陪審員に注意を与え、「良心に従い公平誠実にその職務を行う」と宣誓書を読み下し陪審員はこれに署名捺印する。満場固唾を呑んで裁判長の一挙一動に目を見張る。寒子が被告席につく、友禅の袷羽織、髪は無造作に束ねて伏目勝になって居る、先づ北条検事が立って「被告は負債返還の為8千円の保険金を詐取せんと、3月15日午前2時ごろ、前日女中をして買わしめた揮発油を、新聞紙に注ぎ、2畳の襖に放火したが、思い直して消し止めた」と、詳細に公訴事実を述べる。
陪審員は事件の内容を聴き洩すまじと熱心だ。裁判長の取調べに対して被告は放火事実を全然否認し、刑事が火を初めに見付けた、お前がおかしいと責めた事。揮発油の壜を隠したのは疑わるるのを懼れてやった事。大森署で放火したと云わねば帰さぬと言われたこと。検事局で事実を認めたのは警官が検事局では唯だ、あやまればよいと、云ったから等と細々と誘導尋問の説明をして最後に家庭の事情を調べられ休憩。
午後3時再開、劈頭、夫卯一が取調べられ、続いて女中の塩澤とみが証人として呼び出されたが要点に行くと忘れました、覚えませぬと申立てたのであるが裁判長から揮発油の瓶を示されると買ってきた当時の分量を筆で印を付け、お神さんは夫れでテガラを洗っていたのを見たと述べ更に現量が予審で見せられた時より減っていると意外の陳述をしたので陪審員の顔には不審の影がさした。公判第1日は、かくして7時10分に閉廷した。
陪審第二日は借金について被告に有利な証言があった。先ず千代田火災の勧誘員取調後被告方と取引ある菓子屋さんが6名余取調べを受けたが皆貸金は次第に支払を受け別に厳重な催促はしなかった旨を述べて引き下がる。卯一の母が実家は3萬余円の資産があると述べて裕福な事を示せば、寒子の実姉は汚れたテガラを5枚遣ったがそれが皆綺麗になっていると、揮発油の減っている訳を説明する。寒子の実父は襖の破れ目に新聞紙を突き込んだのはお可笑い、襖は自分が張り替えた、寒子は臆病者でそんな事は出来ないと性格の方から有利な証言を呈する。寒子が警察に引かれてから子供の措置は、どうしました、との私の問に対して「私共夫婦は泣く孫を抱いて一晩中寝ませんでした」と泣声で答えるや寒子は泣き伏して身をもだえ実父も面を伏せた。陪審員席から貰い泣の声、傍聴席にすすり泣の声。我々弁護人も暗然涙を呑んだが真に陪審裁判らしい劇的場面であった。
第三日午前は同居人其他の証人調べあり。午後は本件の鍵を握り居る大森署の警官が証人に立つと云うので陪審員は一言も聞き漏らすまいと耳を欹てる。清水窪駐在巡査××がガラス戸は戸締りがしてあり外に足跡がなかったと云うと、寒子は金切り声を挙て「違います外に足袋の滑り跡があったと云ったではありませんか」と喰ってかかる。××刑事陳述後、寒子はこの刑事が自白しなければ帰さぬと云ったのです。嘘ばかり云っています。新聞紙に揮発油を注いでマッチで火を点けただろうと自白の方法まで教えたのですと申立てる陪審員は怪しからぬ事だと計り膝を乗り出す。続いて××司法主任が小泉陪審員からマッチ箱の指紋をなぜ取らなかったと鋭い質問を受け、マッチ箱は指紋が取れませぬからですと答えるや、弁護人は威丈高に「夫れは証人の独断でしょう。貴官は警世社から出ている指紋の本を読んだ事がありますか」と切り込む。中中の激戦であった。8時閉廷。
第四日目裁判長が予審廷での第1回第2回調書を読み聞かせる頃には陪審員席は予審廷に於ける寒子の意外な陳述に緊張する。午後北条検事が峻烈な論告をした。流石は地方裁判所切っての腕利きだけに要所々々を突て水も漏さぬ戦陣を張った。私は立ちて18点の事実を提げて無罪論を主張し上原坂田両弁護人犯人外来説を高唱する。陪審員は夕食を延期し空腹をこらえながらもノートを取る。其熱心さには満廷一人として感激せぬものはなかった。最初裁判所の予定では此日結審の筈であったが、午後9時30分陪審員は疲労した頭で此重大な答申をするのは、差控えたいとの希望を申出で、裁判長は理由ありとしてその願を容れ総てを翌日に延期した。
第五日目の法廷では白粉気のない寒子の頬に窶さえ見えていた。裁判長より陪審員に向かって丁寧な説示があり、其間陪審員から種々の質問が出て約2時間の後、問書が読み上げられたが、この問書に付て多少の波乱があり漸くにして陪審員は評議室へ退いた、時に午後2時半運命の鍵を握った陪審員は中々現れて来ない。息づまる様な緊張の空気が室内に漲る。午後4時半小泉陪審長が運命のサイ四つ折の紙を両手にして出廷する。徐に夫れを裁判長に提出する。答申は「然らず」であった。寒子はハンカチに顔を埋めた。続いて裁判長が「被告を無罪とす」と厳かに判決を申渡した。折から停電、蝋燭の光を浴びて寒子も陪審員も満廷悉く厳かに頭を垂れた。陪審五日四十五時間、此処に陪審は大団円を告げたのであった。
かく陪審裁判は予期以上の高結果を示したのみでなく警察官の捜査訊問上に一大革命を齎し、従来とかく非難のあった人権蹂躙誘導尋問等に一大鉄槌を下して意義ある陪審の第一幕を閉じた。
法廷における寒子の陳述によれば「自白すれば帰す」とか「揮発油を3分の1注いで火をつけたのだろう」とかの如き誘導尋問によって自白を強要したと云う、若しこれが事実ならば、そしてマッチの指紋も採らず、戸が開き硝子が破壊されているにも拘わらず、他より侵入の形跡なしと、明確なる断案を下して、最初の発見者寒子を嫌疑者と睨んで司法警察の万膳を期す現在のような遣り口では陪審の度毎に警察は益々威信を失墜するに至るであろう。然し此度の公判には、幸いに警視庁から捜査関係の人々が多数傍聴に見えていたので今後の捜査訊問等には必ず大なる改良が行わるる事と信ずる。
公判中心主義となった結果として勢い多数の証人が喚問さるるので裁判の公正確実さは従来とは比較にならぬ程、保証される様になった。而して証人には記憶の新しい所を述べさせる必要上事件を短時日で片付けねばならず、従って被疑者が未決監で苦しむ期間は、自然短くなる訳であって人道上にも、又た大きい貢献があると謂わねばならぬ。
陪審裁判になると無罪が増加するのは事実であり、世の非難も此点にあるが、夫れについて面白い話がある。嘗て鵜沢博士が原敬氏に陪審の弊害は無罪の増加であると云うと原氏は言下に「無罪が増える。左様な弊害なら結構じゃないか」と陪審法制定に付き努力されたと聞いている。此一言味うべきではあるまいか。終に臨み陪審員に付て一言するが本件の陪審員諸君は実に公平誠実而も熱心で世人をして流石は帝都の陪審員なりと思わしめた。或陪審員の如きは克明にノートを取って居た。殊に小泉陪審員の指紋に関する追及、村岡陪審員の問書に付ての質問等は実に熱誠より迸る賜物でなくて何であろう。評議室内の事は知る由もないが、2時間に亘っての事であるから議論沸騰筍しくも人を裁く身の、事件の真髄を掴むに苦心焦慮したであろう事は想像に難くない。私は嘗て外遊の途次西欧諸国の陪審法廷を見学したが、日本の陪審員程熱誠公正な陪審員を見た事がない。何卒今後の陪審員も此精神意気を以て其尊き職務にたずさわって貰いたい。かくして官民一致意義ある陪審裁判の完成に努力し小にしては司法上に大にしては国家の上に大なる利益を齎す様御互に精進していきたいと思う。
2008年11月18日
また本の宣伝。
高野隆編著『ケースブック刑事証拠法』(現代人文社)。
ロースクールの授業で使われることを念頭においた教材ですが、刑事弁護をやる弁護士に読んでもらいたいと思っています。
日本の法廷における証拠法は、裁判官の効率という恣意的な要素が証拠法の基本原則よりも優先されています。裁判員裁判ではこの悪弊をなんとか取り除く必要があります。
そのためには、弁護士が実践の中で証拠法の議論を説得的に展開できる必要があります。
本書で私は、代表的な日本の判例を網羅するとともに、法廷での議論に役に立つと思う内外の判例や法令、文献をを収録しました。

ケースブック刑事証拠法
高野隆編著『ケースブック刑事証拠法』(現代人文社)。
ロースクールの授業で使われることを念頭においた教材ですが、刑事弁護をやる弁護士に読んでもらいたいと思っています。
日本の法廷における証拠法は、裁判官の効率という恣意的な要素が証拠法の基本原則よりも優先されています。裁判員裁判ではこの悪弊をなんとか取り除く必要があります。
そのためには、弁護士が実践の中で証拠法の議論を説得的に展開できる必要があります。
本書で私は、代表的な日本の判例を網羅するとともに、法廷での議論に役に立つと思う内外の判例や法令、文献をを収録しました。

ケースブック刑事証拠法
2008年10月19日
本の宣伝を一つ。
朝日新書から木村晋介監修『激論!「裁判員」問題』が発売されました。
本書は、木村晋介氏の挑発に乗って、裁判員制度反対派の西野喜一氏と賛成派の私が文字通り「激論」を闘わせた本です。一般読者向けの本ですから、憲法の制定過程とか証拠法の議論とかはあまり詳しく述べられていませんが、反対派と賛成派の主要な論点についてこれほど深く議論を展開したものはないのではないかと思います。どうぞご購読を。定価777円。全国書店で発売中。
本書の目次:
プロローグ 木村晋介
第一部 なにが問題か
・裁判員制度の概要 山本紘之
・賛成派、反対派の主張
(賛成派)高野隆 「裁判員の力で、世界最悪の日本の刑事裁判は今よりましになる」
(反対派)西野喜一 「裁判員制度は憲法違反で、国民に大迷惑な制度」
第二部 激論、裁判員!
第1章 市民生活と裁判員制度
(1) 冤罪は減るのか
1)被告人に不利にならないか
2)なぜ米国のように選択制でないのか
3)米国では「無罪なら裁判官裁判、有罪なら陪審裁判が有利」というのは本当か
(2)重罰化とメディアと裁判員
4)光市の事件は何を示したのか
5)メディア規制をすべきか
6)裁判員は重罰化の歯止めになるか
7)弁護団はなぜメディアを信頼しないのか
8)裁判員制度は刑事事件をわかりやすくするか
(3)死刑と裁判員
9)死刑廃止論者は裁判員になれるか
10)死刑廃止論者は裁判員を辞退すべきか
(4)裁判員制度は何のために
11)陪審派と反陪審派の妥協の産物だったのか
12)重罪でなく軽微な事件から始めるべきだったのか
13)現場の裁判官、検察官、弁護士はこの制度をどう見ているのか
14)裁判所のホンネは「誤判の責任を国民に転嫁する制度」なのか
15)痴漢など、すべての否認事件に裁判員を適用すべきでないのか
16)裁判官を事実認定のプレッシャーから解放すべきなのか
17)事実認定と法令適用を切り離すことはできるのか
18)日本の裁判は有罪判決が多すぎるのか
19)裁判官は無罪判決より有罪判決の方が書きやすいのは本当か
第2章 あなたが裁判員に選ばれたら
(5)裁判員の負担
20)負担はどの程度になるのか
21)裁判員になると人生が暗転するのか
22)国民として負担を引受けるべきか
23)記憶か書面か
(6)裁判員制度は憲法違反か
24)裁判員は「意に反する苦役」か
25)「あなたが裁く」とは
26)評決を棄権できるのか
27)目撃者の証言義務とはどう違うのか
28)民意は裁判員制度に賛成か
(7)裁判員の守秘義務
29)やらせておいて言わせないとは
30)なぜ評議の内容を公開できないのか
31)裁判員に守秘義務を課すのは憲法違反か
(8)裁判員に選ばれるリスク
32)リストラや廃業の危機なのか
33)裁判員になったことを上司に言っても大丈夫か
34)辞退を認めると残るのは公務員と主婦ばかりにならないか
第3章 日本の裁判はどうなる
(9)負担軽減と粗雑司法のジレンマ
35)短期集中型でずさんな裁判にならないか
36)集中審理で裁判はわかりやすくなるのか
37)ハードスケジュールに裁判員はついていけるのか
38)弁護士の尋問技術養成は間に合うのか
(10)刑事手続きの反人権的状況を変える突破口になるか
39)裁判員制度で捜査は民主化するか
40)取調べの可視化は進んだか
41)裁判用語はわかりやすくなるか
42)裁判員を前にして証言者に心理的圧迫はないのか
(11)よりよい裁判にするために裁判員にできることは何か
43)弁護士はどういう戦略を練っているのか
44)裁判員は裁判官に「ノー」と言えるか
(12)裁判員の判断力は信頼できるか
45)裁判官に量刑判断を任せられるか
46)過去の裁判の積み重ねた「量刑相場」に根拠はあるか
47)検事控訴を認めなくすべきか
(13)要するによくなるのか、悪くなるのか
48)裁判官は変われるのか
49)大変だけどやりがいはあるのか
50)市民を権力に取り込む制度なのか
総括 木村晋介

激論!「裁判員」問題 (朝日新書 142)
朝日新書から木村晋介監修『激論!「裁判員」問題』が発売されました。
本書は、木村晋介氏の挑発に乗って、裁判員制度反対派の西野喜一氏と賛成派の私が文字通り「激論」を闘わせた本です。一般読者向けの本ですから、憲法の制定過程とか証拠法の議論とかはあまり詳しく述べられていませんが、反対派と賛成派の主要な論点についてこれほど深く議論を展開したものはないのではないかと思います。どうぞご購読を。定価777円。全国書店で発売中。
本書の目次:
プロローグ 木村晋介
第一部 なにが問題か
・裁判員制度の概要 山本紘之
・賛成派、反対派の主張
(賛成派)高野隆 「裁判員の力で、世界最悪の日本の刑事裁判は今よりましになる」
(反対派)西野喜一 「裁判員制度は憲法違反で、国民に大迷惑な制度」
第二部 激論、裁判員!
第1章 市民生活と裁判員制度
(1) 冤罪は減るのか
1)被告人に不利にならないか
2)なぜ米国のように選択制でないのか
3)米国では「無罪なら裁判官裁判、有罪なら陪審裁判が有利」というのは本当か
(2)重罰化とメディアと裁判員
4)光市の事件は何を示したのか
5)メディア規制をすべきか
6)裁判員は重罰化の歯止めになるか
7)弁護団はなぜメディアを信頼しないのか
8)裁判員制度は刑事事件をわかりやすくするか
(3)死刑と裁判員
9)死刑廃止論者は裁判員になれるか
10)死刑廃止論者は裁判員を辞退すべきか
(4)裁判員制度は何のために
11)陪審派と反陪審派の妥協の産物だったのか
12)重罪でなく軽微な事件から始めるべきだったのか
13)現場の裁判官、検察官、弁護士はこの制度をどう見ているのか
14)裁判所のホンネは「誤判の責任を国民に転嫁する制度」なのか
15)痴漢など、すべての否認事件に裁判員を適用すべきでないのか
16)裁判官を事実認定のプレッシャーから解放すべきなのか
17)事実認定と法令適用を切り離すことはできるのか
18)日本の裁判は有罪判決が多すぎるのか
19)裁判官は無罪判決より有罪判決の方が書きやすいのは本当か
第2章 あなたが裁判員に選ばれたら
(5)裁判員の負担
20)負担はどの程度になるのか
21)裁判員になると人生が暗転するのか
22)国民として負担を引受けるべきか
23)記憶か書面か
(6)裁判員制度は憲法違反か
24)裁判員は「意に反する苦役」か
25)「あなたが裁く」とは
26)評決を棄権できるのか
27)目撃者の証言義務とはどう違うのか
28)民意は裁判員制度に賛成か
(7)裁判員の守秘義務
29)やらせておいて言わせないとは
30)なぜ評議の内容を公開できないのか
31)裁判員に守秘義務を課すのは憲法違反か
(8)裁判員に選ばれるリスク
32)リストラや廃業の危機なのか
33)裁判員になったことを上司に言っても大丈夫か
34)辞退を認めると残るのは公務員と主婦ばかりにならないか
第3章 日本の裁判はどうなる
(9)負担軽減と粗雑司法のジレンマ
35)短期集中型でずさんな裁判にならないか
36)集中審理で裁判はわかりやすくなるのか
37)ハードスケジュールに裁判員はついていけるのか
38)弁護士の尋問技術養成は間に合うのか
(10)刑事手続きの反人権的状況を変える突破口になるか
39)裁判員制度で捜査は民主化するか
40)取調べの可視化は進んだか
41)裁判用語はわかりやすくなるか
42)裁判員を前にして証言者に心理的圧迫はないのか
(11)よりよい裁判にするために裁判員にできることは何か
43)弁護士はどういう戦略を練っているのか
44)裁判員は裁判官に「ノー」と言えるか
(12)裁判員の判断力は信頼できるか
45)裁判官に量刑判断を任せられるか
46)過去の裁判の積み重ねた「量刑相場」に根拠はあるか
47)検事控訴を認めなくすべきか
(13)要するによくなるのか、悪くなるのか
48)裁判官は変われるのか
49)大変だけどやりがいはあるのか
50)市民を権力に取り込む制度なのか
総括 木村晋介

激論!「裁判員」問題 (朝日新書 142)
2008年09月03日
ある朝会社に出勤してみると、全従業員に紙コップが配布され、上司から「諸君は責任ある行動をとらなければならない。ただちに尿を提出するように」と告げられる。集められた尿については、直ちに、専門家が、簡易検査キットを使って、覚せい剤と大麻の有無を検査する。会社は陽性反応が出た従業員の氏名をマスコミに発表し、さらに警察に通報する。警察は従業員を警察署に「任意同行」して薬物使用について取り調べる。
日本相撲協会がやったのは、要するにこういうことである。
われわれはいつ排泄するかの自由を持っている。そして排泄した尿の処分について誰からも干渉されない自由も持っている。これらの自由はプライバシーの領域であり、それは人間の尊厳に由来している。
警察は裁判官の発行する令状がなければ個人の尿を強制的に入手できない。そして、裁判官は、証拠として尿を必要とする具体的な犯罪の嫌疑が証明されないかぎり、令状を発行することはできない。国家は個人に対して「潔白を示す」ことを要求できないのである。犯罪の証拠を必要とする国家の側で犯罪の嫌疑があることを示さなければならないのである。
これらはすべて日本国憲法の要求である。
今回の日本相撲協会と警視庁の共同作業は、この日本国憲法の要求を無意味にしかねないものである。このようなことが許されるならば、警察は、証拠を集めて裁判所に令状を請求するなどという面倒臭いことをやめて、様々な企業や団体に対して、簡易検査キットを無償で配布して、抜き打ち尿検査をするように奨励し、その結果の報告をもとめればよい。
力士になるということは排泄の自由を放棄することを意味しない。彼らから尿を入手するためには彼らに選択の自由を与えて、任意の承諾を得なければならないはずである。検査結果を警察に通報するのであれば、そのことも力士に教えておかなければならないであろう。しかし、今回の「抜き打ち検査」が行われる前にこのような手順が踏まれたという話は全く聞かない。検査の準備は極秘に進められ、別の用事で集まった力士にいきなり採尿用の紙コップが配られたということである(朝日新聞9月3日朝刊)。
プロのスポーツ選手になるということは、こうした抜き打ち検査を受けても良いという「推定的承諾」があるのだ、という考え方もあるかもしれない。空港で手荷物検査を受けたりバッグを開くことについては、安全なフライトと引き換えに承諾することが推定されている、と考えられるのと同じように。この論理を認めるとしても、しかし、検査結果を無断で警察に通報することまでの承諾を推定することはできないだろう。
相撲協会の次はどこなんだろうか。普通の企業が従業員に突然紙コップを渡す日は来るのだろうか。
日本相撲協会がやったのは、要するにこういうことである。
われわれはいつ排泄するかの自由を持っている。そして排泄した尿の処分について誰からも干渉されない自由も持っている。これらの自由はプライバシーの領域であり、それは人間の尊厳に由来している。
警察は裁判官の発行する令状がなければ個人の尿を強制的に入手できない。そして、裁判官は、証拠として尿を必要とする具体的な犯罪の嫌疑が証明されないかぎり、令状を発行することはできない。国家は個人に対して「潔白を示す」ことを要求できないのである。犯罪の証拠を必要とする国家の側で犯罪の嫌疑があることを示さなければならないのである。
これらはすべて日本国憲法の要求である。
今回の日本相撲協会と警視庁の共同作業は、この日本国憲法の要求を無意味にしかねないものである。このようなことが許されるならば、警察は、証拠を集めて裁判所に令状を請求するなどという面倒臭いことをやめて、様々な企業や団体に対して、簡易検査キットを無償で配布して、抜き打ち尿検査をするように奨励し、その結果の報告をもとめればよい。
力士になるということは排泄の自由を放棄することを意味しない。彼らから尿を入手するためには彼らに選択の自由を与えて、任意の承諾を得なければならないはずである。検査結果を警察に通報するのであれば、そのことも力士に教えておかなければならないであろう。しかし、今回の「抜き打ち検査」が行われる前にこのような手順が踏まれたという話は全く聞かない。検査の準備は極秘に進められ、別の用事で集まった力士にいきなり採尿用の紙コップが配られたということである(朝日新聞9月3日朝刊)。
プロのスポーツ選手になるということは、こうした抜き打ち検査を受けても良いという「推定的承諾」があるのだ、という考え方もあるかもしれない。空港で手荷物検査を受けたりバッグを開くことについては、安全なフライトと引き換えに承諾することが推定されている、と考えられるのと同じように。この論理を認めるとしても、しかし、検査結果を無断で警察に通報することまでの承諾を推定することはできないだろう。
相撲協会の次はどこなんだろうか。普通の企業が従業員に突然紙コップを渡す日は来るのだろうか。
2008年08月14日
私:「共犯者とされるAは私の依頼人に敵対する供述をしており、弁護人もいますから、彼に働きかけて自分に有利な供述をさせるというのはあり得ないでしょう。」
裁判官:「……」
私:「BとCにも弁護人がついています。しかも、彼らの供述と被告人の供述とは矛盾しません。」
裁判官:「……」
私:「ですから、被告人が関係者に働きかけて口裏を合わせるというのは非現実的な話です。」
裁判官:「……しかし、それ以外の誰かと口裏を合わせて有利な話を作出する可能性はあるんじゃないですか。」
私:「一体誰とどんな話をすると言うんですか?」
裁判官:「(保釈を却下するために)そこまでの具体性は要求されないでしょう。」
私:「空想は自由です。しかし、『罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由』があるというためには、単なる可能性ではなく、少なくとも具体的な事実の蓋然性が必要なんではないでしょうか?」
裁判官:「……」
何度も繰り返された不毛な対話である。保釈担当裁判官と面接していると、習い初めの外国語で会話しているようなもどかしさを感じる。同じ法律で飯を食っている同じ国の法曹同士の会話とはとうてい思えない。
わが国は、「無罪と推定される権利」を保障し、「裁判に付される者を抑留することが原則であってはならな[い]」と定めている国際人権規約を批准したはずである(自由権規約9条3項、14条2項)。日本国憲法は「正当な理由」がないかぎり何人も拘禁されないと宣言したはずである(憲法34条)。そして、刑事訴訟法は、刑事被告人に保釈の権利を与えたはずである(刑事訴訟法89条)。
しかし、多くの被告人が拘禁されたまま裁判を受けることを強いられている。勾留されたまま起訴された被告人のうち保釈が認められるのは15%ほどに過ぎない。しかもこれは、有罪を認めている被告人を含み、かつ、裁判が終わるまでの全過程のどこかで保釈が認められた場合を含む割合である。無罪を主張する被告人が保釈を認められることは非常に珍しいし、公判開始前にそれが認められることなど皆無に近い。公刊されている司法統計には保釈が認められた時期や否認・自白の種別に関する数字はない。しかし裁判所にはこれらに関する資料があるようである。内部の資料によったと思われる裁判官の論文によると、罪を否認する被告人が保釈される割合は12%である。そして、第1回公判前に保釈される割合は4.4%である(松本芳希「裁判員裁判と保釈の運用について」ジュリスト1312-128、140(2006))。
この現状は、要するに、保釈制度が自白強要の装置に他ならないことを示している。捜査官は被疑者に向かって「認めないといつまでも出られないぞ」と脅迫して自白を迫る。これは嘘でもはったりでもない。現実の保釈裁判の有り様を正確に述べているにすぎない。他人の犯罪行為を知りながらそれを容認し手助けする人は、たとえ自ら直接犯罪の実行行為を行わなくとも正犯と同じ責任を負う。この共謀共同正犯の理論に依れば、全ての保釈裁判官は自白強要の共犯者に他ならない。
30年くらい前には半分以上の被告人に保釈が認められていた。私が弁護士になって間がないころ、保釈にこんなに苦労したという記憶はない。弁護士会館の売店には、委任状の用紙などと並んで、50枚綴りの保釈申請用紙が売られていた。そこに被告人の名前と罪名を記入して出せば、保釈はたいてい認められた。司法統計に依れば、1970代初頭には約6割の被告人に保釈が認められていた。年を追うごとに保釈率は下がり2003年には13%を割った。最近ほんの少しだけ持ち直した。「保釈申請書用紙」はいつのまにか売店から姿を消した。
現代の裁判官が保釈を拒否する最大の拠り所は、保釈の権利を例外的に制限することをみとめた「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」という条文(刑事訴訟法89条4号)である。しかし、驚くべきことに、この条文はもともと保釈が緩やかに認められることを目指して提案されたものなのである。
1948年夏に政府が提出した刑事訴訟法改正案の89条4号は「被告人が罪証を隠滅する虞があるとき」となっていた。これに対して衆議院で異論が出された。たとえば衆院司法委員会では次のようなやり取りがなされた。
「中村俊夫委員 ***私が最もおそれるのは、やはりこの『被告人が罪証を隠滅する虞あるとき。』という場合です。というのは、御承知の通りこの改正では被告人の黙秘権を強く認めております。從つて今より否認事件が続出してくるだろうということが想像されるのです。そうすると今までの取扱いは事件を否認するものは絶対に保釈を許してくれませんでした。それとこの第四号とは相結んで被告人が罪証を隠滅するおそれがあるということにして、許されないようになりはしないか。それから第四号は、そういう簡單な言葉になつておるのですが、保釈の取消しの場合に、九十六條の被告人が逃亡したとき、逃亡もしくは罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき取消すことができるいう意味の規定は、四号を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があると保釈を許さないという規定にする。ここにこういう規定がむしろ必要であつて、その方が取扱い方が丁寧じやないかと考えられるのですが、この点について重ねて政府の御意見を承りたいと思うのであります。***
野木新一政府委員 ***なるほど八十九條第四号におきまして、被告人が罪証を隠滅するおそれがあるときは必ずしも保釈を許さなくてもいいという建前になつておりまして、この運用のいかんによつては、保釈ということはほとんどなくなるだろうという御心配も一應ごもつとものように存じますが、刑事訴訟法の應急措置法の施行された後においては、格別八十九條のような規定がなかつたわけでありますけれども、すでに保釈に対する裁判官の考え方が大分違つておりまして、昔よりも保釈の数がずつと殖えている。從いまして、今度この案によりまして、八十九條のような規定がおかれまするならば、『罪証を隠滅する虞があるとき。』という解釈も、実際の適用面におきましては、ずつと今までと違つてきまして、現行刑事訴訟法当時のような運用には万々なることはないのではないかと思つておる次第であります。」(昭和23年6月21日第2回国会衆院司法委員会議事録37号)
「榊原千代委員 ***第八十九條の第四号『被告人が罪証を隠滅する虞があるとき。』という規定でございますが、これは裁判官の主観的な判断によるものでございましようか。お伺いいたします。
野木政府委員 判断は主観的と申しましようか、裁判官が判断することになるわけでありますけれども、その判断は少くとも合理的でなければならない。その資料とするところのものは、だれが見てもその資料に基けば大体罪証を隠滅すると認められる場合というような場合でありまして、そういう場合においてはある意味で客観的と申せるかと思います。」(昭和23年6月24日第2回国会衆院司法委員会議事録40号)
このように、議員たちは「罪証を隠滅するおそれ」という表現では否認事件では保釈が認められないというような運用になってしまうことを恐れた。これに対して提案者である政府当局は、「罪証を隠滅するおそれ」というのは、「誰が見ても大体罪証を隠滅すると認められる」場合のことであって、心配はないと言ったのである。
しかし、議員たちは政府委員の答弁に満足せず、超党派の修正案を提出して89条4号を「***と疑うに足りる相当な理由があるとき」と改めた。提案者の一人である鍛治良作議員(弁護士)は提案理由をこう説明している。
「***この虞れありというだけでありますと、あらゆる場合が含まれますので、これを理由に保釈を拒絶せられることが多いと考えましたので、でき得るだけこれを嚴格に定むべきものだと考えまして、『隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき』と改めて、相当な理由を明示し得るとき、または明示するにあらざれば拒否できないということに改めたのであります。」(昭和23年6月30日衆院司法委員会議事録46号)
この修正案が可決採択されて、現行法の条文となった。それからちょうど60年を経て、裁判所の保釈面接室で弁護人と保釈裁判官との間で冒頭のような対話がなされているのである。
学者はよく「新刑事訴訟法は定着し運用は安定している」などと言う。
立案当局が「誰が見ても罪証を隠滅するとき」以外は保釈は認められるから大丈夫と言った条文をさらに厳しく修正して、「相当な理由を明示するにあらざれば拒否できない」ようにするべく定められた条文が、いつのまにか、誰がどんなことをするとは具体的には言えないが、とにかく証拠隠滅の可能性があると感じれば裁判官は保釈を拒否して良いという根拠になってしまった。これを「定着」と言い、「安定」というのならば、どんな法律でも定着し安定する以外にないであろう。
裁判官:「……」
私:「BとCにも弁護人がついています。しかも、彼らの供述と被告人の供述とは矛盾しません。」
裁判官:「……」
私:「ですから、被告人が関係者に働きかけて口裏を合わせるというのは非現実的な話です。」
裁判官:「……しかし、それ以外の誰かと口裏を合わせて有利な話を作出する可能性はあるんじゃないですか。」
私:「一体誰とどんな話をすると言うんですか?」
裁判官:「(保釈を却下するために)そこまでの具体性は要求されないでしょう。」
私:「空想は自由です。しかし、『罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由』があるというためには、単なる可能性ではなく、少なくとも具体的な事実の蓋然性が必要なんではないでしょうか?」
裁判官:「……」
何度も繰り返された不毛な対話である。保釈担当裁判官と面接していると、習い初めの外国語で会話しているようなもどかしさを感じる。同じ法律で飯を食っている同じ国の法曹同士の会話とはとうてい思えない。
わが国は、「無罪と推定される権利」を保障し、「裁判に付される者を抑留することが原則であってはならな[い]」と定めている国際人権規約を批准したはずである(自由権規約9条3項、14条2項)。日本国憲法は「正当な理由」がないかぎり何人も拘禁されないと宣言したはずである(憲法34条)。そして、刑事訴訟法は、刑事被告人に保釈の権利を与えたはずである(刑事訴訟法89条)。
しかし、多くの被告人が拘禁されたまま裁判を受けることを強いられている。勾留されたまま起訴された被告人のうち保釈が認められるのは15%ほどに過ぎない。しかもこれは、有罪を認めている被告人を含み、かつ、裁判が終わるまでの全過程のどこかで保釈が認められた場合を含む割合である。無罪を主張する被告人が保釈を認められることは非常に珍しいし、公判開始前にそれが認められることなど皆無に近い。公刊されている司法統計には保釈が認められた時期や否認・自白の種別に関する数字はない。しかし裁判所にはこれらに関する資料があるようである。内部の資料によったと思われる裁判官の論文によると、罪を否認する被告人が保釈される割合は12%である。そして、第1回公判前に保釈される割合は4.4%である(松本芳希「裁判員裁判と保釈の運用について」ジュリスト1312-128、140(2006))。
この現状は、要するに、保釈制度が自白強要の装置に他ならないことを示している。捜査官は被疑者に向かって「認めないといつまでも出られないぞ」と脅迫して自白を迫る。これは嘘でもはったりでもない。現実の保釈裁判の有り様を正確に述べているにすぎない。他人の犯罪行為を知りながらそれを容認し手助けする人は、たとえ自ら直接犯罪の実行行為を行わなくとも正犯と同じ責任を負う。この共謀共同正犯の理論に依れば、全ての保釈裁判官は自白強要の共犯者に他ならない。
30年くらい前には半分以上の被告人に保釈が認められていた。私が弁護士になって間がないころ、保釈にこんなに苦労したという記憶はない。弁護士会館の売店には、委任状の用紙などと並んで、50枚綴りの保釈申請用紙が売られていた。そこに被告人の名前と罪名を記入して出せば、保釈はたいてい認められた。司法統計に依れば、1970代初頭には約6割の被告人に保釈が認められていた。年を追うごとに保釈率は下がり2003年には13%を割った。最近ほんの少しだけ持ち直した。「保釈申請書用紙」はいつのまにか売店から姿を消した。
現代の裁判官が保釈を拒否する最大の拠り所は、保釈の権利を例外的に制限することをみとめた「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」という条文(刑事訴訟法89条4号)である。しかし、驚くべきことに、この条文はもともと保釈が緩やかに認められることを目指して提案されたものなのである。
1948年夏に政府が提出した刑事訴訟法改正案の89条4号は「被告人が罪証を隠滅する虞があるとき」となっていた。これに対して衆議院で異論が出された。たとえば衆院司法委員会では次のようなやり取りがなされた。
「中村俊夫委員 ***私が最もおそれるのは、やはりこの『被告人が罪証を隠滅する虞あるとき。』という場合です。というのは、御承知の通りこの改正では被告人の黙秘権を強く認めております。從つて今より否認事件が続出してくるだろうということが想像されるのです。そうすると今までの取扱いは事件を否認するものは絶対に保釈を許してくれませんでした。それとこの第四号とは相結んで被告人が罪証を隠滅するおそれがあるということにして、許されないようになりはしないか。それから第四号は、そういう簡單な言葉になつておるのですが、保釈の取消しの場合に、九十六條の被告人が逃亡したとき、逃亡もしくは罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき取消すことができるいう意味の規定は、四号を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があると保釈を許さないという規定にする。ここにこういう規定がむしろ必要であつて、その方が取扱い方が丁寧じやないかと考えられるのですが、この点について重ねて政府の御意見を承りたいと思うのであります。***
野木新一政府委員 ***なるほど八十九條第四号におきまして、被告人が罪証を隠滅するおそれがあるときは必ずしも保釈を許さなくてもいいという建前になつておりまして、この運用のいかんによつては、保釈ということはほとんどなくなるだろうという御心配も一應ごもつとものように存じますが、刑事訴訟法の應急措置法の施行された後においては、格別八十九條のような規定がなかつたわけでありますけれども、すでに保釈に対する裁判官の考え方が大分違つておりまして、昔よりも保釈の数がずつと殖えている。從いまして、今度この案によりまして、八十九條のような規定がおかれまするならば、『罪証を隠滅する虞があるとき。』という解釈も、実際の適用面におきましては、ずつと今までと違つてきまして、現行刑事訴訟法当時のような運用には万々なることはないのではないかと思つておる次第であります。」(昭和23年6月21日第2回国会衆院司法委員会議事録37号)
「榊原千代委員 ***第八十九條の第四号『被告人が罪証を隠滅する虞があるとき。』という規定でございますが、これは裁判官の主観的な判断によるものでございましようか。お伺いいたします。
野木政府委員 判断は主観的と申しましようか、裁判官が判断することになるわけでありますけれども、その判断は少くとも合理的でなければならない。その資料とするところのものは、だれが見てもその資料に基けば大体罪証を隠滅すると認められる場合というような場合でありまして、そういう場合においてはある意味で客観的と申せるかと思います。」(昭和23年6月24日第2回国会衆院司法委員会議事録40号)
このように、議員たちは「罪証を隠滅するおそれ」という表現では否認事件では保釈が認められないというような運用になってしまうことを恐れた。これに対して提案者である政府当局は、「罪証を隠滅するおそれ」というのは、「誰が見ても大体罪証を隠滅すると認められる」場合のことであって、心配はないと言ったのである。
しかし、議員たちは政府委員の答弁に満足せず、超党派の修正案を提出して89条4号を「***と疑うに足りる相当な理由があるとき」と改めた。提案者の一人である鍛治良作議員(弁護士)は提案理由をこう説明している。
「***この虞れありというだけでありますと、あらゆる場合が含まれますので、これを理由に保釈を拒絶せられることが多いと考えましたので、でき得るだけこれを嚴格に定むべきものだと考えまして、『隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき』と改めて、相当な理由を明示し得るとき、または明示するにあらざれば拒否できないということに改めたのであります。」(昭和23年6月30日衆院司法委員会議事録46号)
この修正案が可決採択されて、現行法の条文となった。それからちょうど60年を経て、裁判所の保釈面接室で弁護人と保釈裁判官との間で冒頭のような対話がなされているのである。
学者はよく「新刑事訴訟法は定着し運用は安定している」などと言う。
立案当局が「誰が見ても罪証を隠滅するとき」以外は保釈は認められるから大丈夫と言った条文をさらに厳しく修正して、「相当な理由を明示するにあらざれば拒否できない」ようにするべく定められた条文が、いつのまにか、誰がどんなことをするとは具体的には言えないが、とにかく証拠隠滅の可能性があると感じれば裁判官は保釈を拒否して良いという根拠になってしまった。これを「定着」と言い、「安定」というのならば、どんな法律でも定着し安定する以外にないであろう。
