2010年11月11日

判決の責任

「耳かき殺人事件」の判決言い渡し後、裁判員と補充裁判員を務めた人たちが記者会見で「死刑求刑事案での審理に参加した感想」を述べた(msn産経ニュース2010.11.1 18:19、同19:15)。その中で、裁判員6番(男性会社員)は、「プレッシャーを感じながらやるにつれ責任感が出てきました」と述べる一方で、こうも述べている。

「評議の後、裁判長が『判決についての責任は裁判官が負う』と言ってくださり、気持ちが和らぎました」。

この裁判長の発言は、日本的な官尊民卑、パターナリズム、甘えの構造を表している1つのエピソードであると同時に、裁判員制度の存在理由にかかわる重大な問題を孕んでいると思う。なぜ、裁判長は、死刑か無期かが問われ、全国民が注目したこの重大事件の判決について、一緒に評議をした裁判員を免責することができるのだろうか。そして、裁判員を免責する一方で、「責任は裁判官が負う」などと言えるのだろうか。もしも判決の責任の主体が裁判官だけだというなら、裁判員は一体何をしに裁判所に来たのだろうか。

そして、責任は自分ではなく裁判官が負うと聞いて「気持ちが和らぐ」ような人に、本件の裁判員として評議を行い一票を投じる資格があるのだろうか。裁判員制度は、国民自身が司法に参加しその責任の一翼を担うことを目指してはじめられたのである。それはこの国に生きる国民全体が平等に責任を分かちあう、国民の義務として行われるべきものである。死刑か無期かの選択を自らの責任において行うことができない人は、最初から裁判員になるべきではない。裁判員選任手続おいてそのような人は排除されるべきである。

裁判員は職業裁判官の補助者ではない。裁判官は自分たちだけで判決の責任を引き受けることなど許されない。裁判官は、裁判員とともにその責任を分かち合わなければならない。裁判員は、判決が「自らの決断」であることを自覚すべきである。この自覚のない人によってなされた刑事裁判はその正当性の根拠を欠いているというべきである。

【付記】
憲法には教育、勤労、そして納税の義務(国民の三大義務)が書かれている(26条、27条、30条)が、「裁判員を務める義務」は書かれていない。しかし、憲法に明文で書かれていないからといって、それ以外に国民の義務はない――あとは政府に任せておけばよい――ということには必ずしもならない。国民の基本的な人権を保障するために、当の国民全体が一定の負担をしなければならない場合というのがある。

例えば、日本国憲法37条2項は、刑事被告人に対して「強制的手続により証人を求める権利」、すなわち、自分に有利な証言をするかもしれない人を国家権力によって強制的に証人喚問してもらう権利を与えている。この権利が十分に保障されるためには、証人として喚問された個人は法廷に行って自分の見たこと、聞いたこと、そして考えたことを言わなければいけない;宣誓をし、うそをつくと偽証罪になって処罰されるし、宣誓を拒否したり証言を拒否したら、証言拒否罪あるいは宣誓拒否罪ということで罰則を科せられる、ということが必要になる。この国に居住する全ての人が耐え忍ばなければならない「証言義務」は憲法には書かれていない。しかし、この義務がなければ、刑事訴追を受けた個人は裁判で十分な反証をすることができず、無実の罪で刑罰を受けてしまうかもしれない。証言義務はこの国が自由な国であるために必要な国民の義務なのである。

同じように、裁判員裁判というのは国民が自由に生きるための1つの防塁だと私は思う。それを支えるのは裁判員として法廷に召喚された国民である。国民が裁判員としての職責を果たすこと、その責任を「お上」に任せず自らの一身に引き受けることによって、公正な刑事裁判が実現され、この国に生きる人々の自由が守られる。このような国民の義務が伴わなければ、国民の権利は持続しえないのである。


plltakano at 22:22コメント(5)トラックバック(0)刑事裁判 | 裁判員制度 

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コメント一覧

1. Posted by 大山千恵子   2010年11月17日 19:19
厳しいですね。

「国民の義務」ですか。どうしよう。

中学生の時に、国民の三大義務って習ったけど...他にも出てきたのですねぇ。

9割以上のひとが裁判員候補者になっても出向かないのは、「自覚」が無いからでしょうかね。

ぼやきでした。失礼しました。
2. Posted by 賛同します   2010年11月18日 16:42
高野先生
匿名にて恐縮ですが、先生のお考えに賛同しております。

国民の「お上意識」依存主義、迎合主義に困惑する一人です。
3. Posted by 高野隆   2010年11月18日 21:52
大山さん、コメントありがとうございます。

「国民の義務」についてはブログに続きを欠くつもりです。

「9割以上のひと」が「出向かない」というのはどの資料に基づくのでしょうか。最高裁が発表した統計によれば、呼び出し状の送付を受けた候補のうち83.6%が選任手続に出席しています。先日私が体験した裁判員裁判でも53人に呼び出し状を発送して36人が出席しました(出席率67.9%)。
4. Posted by 大山千恵子   2010年11月19日 14:07
9割の件。読み違えでした。

「弁護側の裁判員「忌避」9割…直感で行使の例も」、一昨日の読売新聞の記事。

見出しの最初の3文字を、読み飛ばしてました。あー大問題だと思ったのは、大失敗なのでした。

ごめんなさい。
5. Posted by 廣野秀樹   2011年05月01日 05:25
日本国憲法37条2項について参考にさせてもらいました。ちょうどこの条文を理由に再審請求を行うところでした。金沢地方裁判所に見てもらうブログで取り上げ、記事のトラックバックも送信させてもらいました。

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