2013年03月02日

「誤認逮捕」について

ある人がある犯罪を行った犯人ではないかと信じる相当の根拠(相当の嫌疑probable cause )があるならば、その人を逮捕することは正しい。相当の嫌疑があれば裁判官は逮捕状を発行すべきだし、その令状に基づいて警察官が個人を逮捕することは極めて正しい。あとでその人が犯人ではないことが分かって不起訴になったり、裁判で無罪になったりしても、だからと言って遡って逮捕が間違いだったということにはならない。こうした場合に「誤認逮捕だ」と言って警察を批判するのは、逮捕という制度の目的と機能を無視した議論であり、誤りである。

逮捕というのは政府が個人を訴追するための手続の1つに過ぎない。個人を刑事司法のシステムに乗せるためにその個人の身柄を確保して裁判官の前に連れて行くというのが逮捕の意味である。何のために裁判官の前に連れて行くのか。それは、第1に政府が個人に訴追の用意があることを知らせるためであり、第2にそれに対する個人の弁解を聞くためであり、第3にその逮捕が相当の嫌疑に基づく正しいものだったのかを審査するためであり、そして第4に、その個人を身体拘束すべきか釈放すべきかを決定するためである。

要するに、逮捕は刑事訴追のスタートであって、ゴールではないのである。逮捕された個人(被疑者)のうちにその後の手続の過程で刑事訴追の対象から外され、無罪放免される者がいることを前提としているのである。実際問題として、逮捕をゴールとすることには無理がある。警察には強力な捜査権限が与えられているが、それでも彼らに無罪の証拠を含むあらゆる証拠を収集し、かつ、それらを公正無私な視点から冷静に評価して被疑者が有罪か無罪かを正しく判断する、などということを期待することはできない。そのようなことができる人間はそもそも存在しない。捜査――証拠の収集――というものは、人間がやる以上、一定の仮説に立ってそれに沿うものを探すということにならざるを得ない。被疑者の言い分を聞く前に無罪方向の証拠を集めろなどというのは無理な注文である。また、警察が集めた証拠の中に無罪を示す証拠があったとしても、逮捕状を請求する段階でそのことに気がつかない警察官を無能であるとか、一方的であるなどといって非難することはできない。人間はそれほど万能ではない。

逮捕は個人を刑事システムに正式に乗せるために被疑者を裁判官の前に連れてくる手続きである。被疑者を受け取った裁判官はここで最初の重要な選別を行わなければならない。すなわち、被疑者には刑事訴追を行うに足りるだけの「相当の嫌疑」があるのか、これがあるとして、刑事裁判を適正に行うために彼/彼女の身柄を拘束すべきなのか、を決定する仕事である。ここの場面で、欧米の実務と日本の実務は大きく異なる。

欧米とりわけコモンロー系諸国(英米やカナダ、オーストラリアなど英連邦諸国)では、この手続は公開の法廷で行われる。逮捕された被疑者は速やかに――通常は24時間ないし48時間以内に――公開の法廷に連れて来られなければならない。この手続をイニシャル・アピアランス(initial appearance最初の出頭)という。この法廷には検察官と弁護人が立ち会う。検察官は逮捕が相当な嫌疑に基づくことを示す警察官の宣誓供述書などを裁判官に提出する。そのうえで、嫌疑の内容が告げられる。被疑者は弁護人の助言を得ながら、嫌疑に対して答弁をする。答弁の内容は「有罪」(guilty)か「有罪ではない」(not guilty)である。検察官が反対しない限りここで保釈が決定される。双方が提出した資料と弁論に基いて裁判官が保釈金や条件(定期的に一定の場所に出頭するとか、「被害者」宅の何メートル以内に近づかないとか、GPS装置を装着するとか)を設定して、保釈を決定する。お金のある人は即金で保釈金を納めて釈放される。お金のない被疑者は、裁判所の近くにある保釈金立替業者(bondsman)に手数料を払って保釈金を立て替えてもらう。手数料すら用意できない被疑者は拘束されることになる。アメリカやイギリスの統計によると、重罪で逮捕された被疑者の7割以上が逮捕から48時間以内に釈放される。

「相当の嫌疑」に疑問を感じている被疑者は、予備審問(preliminary hearing)という公開審理手続を開いて検察官に相当の嫌疑の存在を証明することを要求できる。検察官は証人を呼んで相当の嫌疑を証明しなければならない。弁護人は検察側の証人を反対尋問することができる。この審問は陪審ではなく裁判官だけの法廷で行われる。裁判官が被疑者を訴追して公判手続を行うのに充分な嫌疑がないと判断すれば、この段階で公訴は棄却される。

被疑者が保釈によって釈放されるべきではない――逃亡するおそれがあるとか、証人予定者に危害を加える可能性があるので勾留すべきである――と考える検察官は、そのための審問手続(detention hearing勾留審問)を要求して、被疑者の勾留をすべき理由を証明しなければならない。公開の法廷で証人尋問が行われる。この審問が行われて勾留されるのは、死刑や終身刑が予想されるような極めて重大な事案に限られる。
要するに、英米では逮捕された被疑者の多くは、数日以内に釈放され、それまでと変わらない社会生活を送ることができる。家族とともに生活し、仕事を続けながら、刑事裁判に臨むことができる。名実ともに逮捕は刑事システムのスタートに過ぎず、ゴールではない。「有罪判決を受けるまでは無罪と推定される権利」が実質的に保障されたシステムだといえる。たとえ警察が無実の人を逮捕したとしても、彼女の悲劇は1日か2日で終わる。裁判で有罪になるまではそれまでと変わらない生活を送れるのだ。

日本ではどうか。日本でも逮捕された被疑者はやや長いが一定の時間(72時間)以内に裁判官の下に連れて行かなければならないことになっている。しかし、そこで釈放される被疑者ほとんどいない。逮捕された被疑者の99%以上がその後20日間身体拘束されることになる。この審査は公開されない。弁護人も立ち会わない。証人尋問も行われない。検察官が用意した書類を読んだ裁判官が裁判所の一室で被疑者と5分くらい面談して勾留を決める。保釈も認められない。すなわち、日本では、お金持ちも貧乏人も、一旦逮捕されたら最低20日間は社会から隔離されることになる。

勾留された個人のうち正式に訴追されるのは6割弱である。起訴されると制度上は保釈の権利が与えられている。しかし、起訴と同時に保釈される人は殆どいない。それどころか、起訴されて1年たっても2年たっても保釈されない人が8割以上いる。この保釈の審査も非公開の書面審理である。裁判官は検察官が送ってきた書類にざっと目を通すだけで――被告人の顔を見ることもなく――「被告人には罪証を隠滅すると疑うに足りる相当の理由がある」と判断して被告人の保釈請求を却下するのである。

こうして、この国で逮捕された個人の多くは、家族から切り離され、仕事を失い、人生における時間を奪われる。日本でもアメリカでもイギリスでも、逮捕は罪を犯したという「相当の嫌疑」を根拠として行われる。それは個人を刑事司法のシステムに乗せるための手続に過ぎない。逮捕は刑事システムのスタートにすぎない。決してゴールではない。この点も同じである。ところが、日本の現実では刑事システムの始まりは人生の終わりなのである。ここに日本における「誤認逮捕」問題の深刻さの根源がある。

「誤認逮捕」問題の根源は警察や検察にあるではない。「誤認逮捕」問題を作っているのは裁判官なのである。公開の法廷で検察官に勾留の要件を証明させることをせずに、捜査書類を読むだけで勾留状を発行する裁判官。保釈を権利として保障している法律や国際人権規約の条文を無視して「罪証隠滅のおそれ」という曖昧な例外規定を極限的にゆるやかに解釈する裁判官。検察官の言いなりに接見禁止決定を乱発する裁判官。こうした現代の裁判官たちが「誤認逮捕」問題を作っているのである。

彼らはその気になりさえすれば、英米の勾留審問や予備審問と同じように、勾留審査や保釈審査のために公開の法廷で証人尋問をしたり、被告人や弁護人の意見陳述を聞いたりすることができる。刑事訴訟法や刑事訴訟規則にはそれを認める規定がある。誰もそれを違法だと言って止めることはできないはずだ。ところがそれをやろうという裁判官は日本には一人もいない。周りの裁判官がやらないから、自分もそれをやらない。こうした小役人的な官僚裁判官しかいないことが「誤認逮捕」問題の根源的な原因なのである。


plltakano at 22:56コメント(6)トラックバック(0)身体拘束 | 裁判官 

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コメント一覧

1. Posted by とある法学部生   2013年03月06日 23:23
おっしゃることはもっともで、裁判官の(意識)改革は必要なのであろうと思います。

誤認逮捕をそもそも根絶するというためには、高野先生のおっしゃられるような方向性が議論されていくべきなのでしょうがもうひとつの視点として以下のようなことを日ごろ考えております。

逮捕が「犯人」を捕まえるための手続きではないということを一般市民に知らせること。これが一番大切なように思います。

先生が書かれているように「日本の現実では刑事システムの始まりは人生の終わり」にいなってしまっているのは、逮捕が「犯人を見つけたので社会から隔離します」という警察の行動であるという勘違いを一般市民がしていることに大きな原因があるように思われます。

誤認逮捕が行われないようにする運動は当然に重要でありますが、万一誤認逮捕が行われたときにそれがただの刑事システムのスタートであることを市民が認識しているという社会をつくることも重要な運動であると考えます。

長文失礼しました。
2. Posted by 誤認逮捕は凶悪犯罪!   2013年05月22日 07:35
プロであれば『間違い』で済まされる問題ではない。
誤認逮捕は、日本国憲法の基本である
1.基本的人権を侵害した最も卑劣な行為。
2.社会生活において、何者にも束縛されることのない自由を剥奪した行為。

稚拙でずさんな捜査の結果において、無実の善良な市民が身辺の自由を剥奪され、逮捕・監禁することは絶対にあってはならないことであり、この行為を犯罪としないことは権力者を擁護するための何物でもない。
しかも、通り一辺倒の「今後このようなことがないように指導徹底する」と判で押したようなコメントが繰り返されている。
『ごめんですんだら警察いらん』と言うように、少なくとも誤認逮捕があった場合は、関係者すべてを逮捕し、徹底的な第三者による真相究明を行い、そして、結果責任をとるのがプロである。
日本には裁判制度があるのだから、刑法に「特別公務員逮捕・監禁罪」を設け、法廷において誤認逮捕の刑事責任を追及するようにしなければならない。
3. Posted by 名無し考え中   2013年07月30日 21:21
今朝のテレビ日テレ、誤認逮捕のような事柄を放送してました(-_-;)無罪を言い続けながら死刑執行され、弁護人は逮捕は間違っていたと悔やんでいました(-_-;)
4. Posted by hiroshi_takagi   2013年07月30日 21:30
外国ドラマで見る法廷の作りは判事に対面して容疑者は弁護士と同席で検察も同列だ。日本では容疑者を正面と左右から見下している。これが全てを物語っている。
5. Posted by 誤認逮捕は凶悪犯罪!   2013年10月09日 10:29
<北堺署誤認逮捕>組織的チェック働かず 警察権力へ不安も
毎日新聞 10月9日(水)7時30分配信
 府警は8日、検証結果を公表した。現場のガソリンスタンド(GS)従業員の思い込みを捜査員が誤信し、男性会社員(42)が容疑者であるとの前提で捜査が進んだという。そして、「証拠の評価を誤り、裏付け捜査を尽くさなかった。捜査指揮も不十分だった」と指摘、捜査の過程全てに問題があったと結論付けた。
 府警の検証結果からは、ずさんな捜査が繰り返されたことが改めて浮き彫りになった。防犯カメラ、領収書、ETCなど多くの証拠や資料があったのに、記録時間の確認などの基本動作を怠った。
 もちろん、捜査に携わった現場の捜査員だけの責任ではない。同僚や上司、そして検察までがチェックを怠っていた。捜査機関全体の組織的な問題といえるだろう。
 府警を含む警察当局は昨年、パソコン遠隔操作事件で4人を誤認逮捕した。府警は事件を検証し、否認する男性の言い分に耳を傾けなかったことを悔やんだ。そして、「客観的事実との整合性を十分吟味し、検討する」と猛省した。
 しかし、過ちはすぐに繰り返された。これでは、こんないいかげんな捜査で犯人にされてしまうのか、という警察権力への不安さえ、感じてしまう。
 治安を守る警察は市民から信頼される存在でなければならない。府警は検証結果で「不断の努力で信頼回復を図る」と誓った。もう失敗は許されない。

誤認逮捕を「犯罪」としていないからこのような稚拙でずさんな捜査がまかり通っている。
しかも、その尻ぬぐいは我々国民の税金でまかなわれ、操作に直接関わった警官や検事は氏名も公表されない。また、検証も第三者が行うのではなく身内の中で誤魔化してしまう。
6. Posted by 誤認逮捕は凶悪犯罪!   2013年12月14日 09:23
またしても起きたずさんで稚拙な捜査による「誤認逮捕」

大阪府警、少年少女を誤認逮捕…裏付け怠る
読売新聞 12月14日(土)7時33分配信

 大阪府警門真署は13日、特別支援学校の男子生徒(18)に対する傷害容疑で、府内の配管工の少年(19)と無職少女(16)を誤認逮捕したと発表した。
 「2人に殴られた」とする男子生徒のウソの説明を、署員がうのみにして裏付け捜査を怠ったのが原因。2人は容疑を否認したまま9日間勾留された後、釈放された。府警で発覚した誤認逮捕は今年6件目。
 発表によると、2人は11月23日午前9時30分頃、同府門真市内の公園で、男子生徒の顔を殴り、鼻の骨を折るなど1か月のけがを負わせたとする容疑で、今月5日に逮捕された。
 同署は、2人から任意で事情を聞いてアリバイを調べるなどの基本捜査をせずに逮捕に踏み切っていた。

これでも「誤認逮捕」は間違いだったということにはならない。と言い続けるのか?

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