2019年01月18日

人質司法の原因と対策

「人質司法」(Hostage Justice)

役員報酬の額を過少申告したという有価証券報告書虚偽記載と個人的な負債を会社に付け替えたという特別背任の容疑で逮捕され起訴された元日産会長カルロス・ゴーン氏は、仮に日本ではなくアメリカで逮捕されたとしたなら、間違いなくその数時間後、どんなに遅くとも24時間後には釈放されていたであろう。”キング・オブ・ポップ“マイケル・ジャクソンさんは、14歳未満の少年に対するわいせつ行為の罪で逮捕されたが、その日のうちに、裁判官の前で無罪の答弁を行い、キャッシュで300万ドルの保釈金を積んで釈放された(https://en.wikipedia.org/wiki/Trial_of_Michael_Jackson) 。エンロンの創業者ケネス・レイ氏は証券詐欺、銀行詐欺、虚偽報告など11の訴因で大陪審によって起訴されFBIに逮捕されたが、翌日裁判官の前で、全訴因について無罪の答弁をして、50万ドル相当の無担保債券を差し入れて釈放された(CNN, Enron Fast Facts,https://edition.cnn.com/2013/07/02/us/enron-fast-facts/index.html)。

アメリカの司法統計によると、重罪(殺人、レイプ、強盗などを含む)で逮捕された容疑者の62%は公判開始前に釈放されている。身柄拘束が続く残り38%の内訳をみると、32%は裁判官が設定した保釈金が用意できないために身柄拘束が続いているのであり、保釈そのものが拒否されるのは6%に過ぎない(U.S. Department of Justice, Office of Justice Program, State Court Processing Statistics, 1990-2004, “Pretrial Release of Felony Defendants in State Courts” )。アメリカで保釈によって釈放されるのは、裁判官の前で「無罪」の答弁をした被告人だけである。有罪の答弁をした被告人が保釈によって釈放されることはない。有罪の答弁をした被告人に対しては、裁判官は量刑を決めるための公判の日程を告知するだけであり、被告人は引き続き拘禁されるのである。

日本ではどうか。毎年の司法統計を発行している最高裁判所事務総局という役所は、この国の保釈の運用に関する正確な統計を公表していない。『司法統計年表』によると、2015年における「保釈率」(通常第一審事件で勾留されたまま起訴された人のうち判決言い渡しまでの間に保釈された人の割合)は26.7%である。しかし、この数字は非常にミスリーディングである。ここにいう「保釈」とは、「公判開始前」(“pre-trial”)に釈放されたという意味ではない。起訴から判決までの間に釈放されたという意味である。最高裁事務総局が「会内限り」という限定付きで日弁連に秘密裏に提供した統計資料によると、保釈された人(10,801人)のうち9割以上(9,832人)は罪を自白した人である。罪を否認した人(5,275人)について見ると、全公判期間を通じて保釈されるのは21.6%(936人)であり、公判前に釈放されるのは7.4%(322人)に過ぎない。そしてさらに、ここで「公判前」というのは、逮捕されてから24時間以内とか数日以内というような単位の話では全然ない。否認事件の場合、起訴されてから公判開始までに数ヶ月間を要することは当たり前である。「公判前整理手続」が1年も2年もかかるということは決して珍しい話ではない。最高裁事務総局は被告人が起訴されてからどのくらいの期間に保釈されているのかに関する統計を公的にも私的にも提供していない(司法行政文書の開示手続によっても、こうした統計があるという回答は得られない)。
                                 
要するに、日本では、アメリカとは全く逆に、罪を自白しないと保釈が認められない。否認すればまず保釈は認められず、数ヶ月ないし数年間身柄を拘束されたまま裁判を受けることになる。常識的に考えてこの日本の状況は、有罪判決を受けるまでは無罪の推定を受けるという世界標準の人権(世界人権宣言11条1項、市民的及び政治的権利に関する国際規約14条2項)を侵害している。被告人は、有罪判決を受ける前に、いやそれよりもずっと前、裁判が始まってすらいないのに、拘禁刑の執行を受けているのである。裁判で無実を訴えているのに、社会で生活することができず、職を失い、財産を失い、そして、ときに家族すら失うのである。この状況は時間が逆転する「鏡の国のアリス」の世界そのものである。まず牢獄に入れられて、これから始まる裁判を待ち、そして、犯罪は最後に来る、いや来ないかもしれない――「その人が結局罪を犯さなかったら?」(アリス)、「それは実に結構なことではございませんの」(女王)!

そして、もう一つ常識を働かせるならば、日本の保釈制度は逮捕された容疑者から自白を強要する道具であることが明らかである。自白すれば釈放され、罪を否認すれば拘禁される。これほどあからさまな自白の強要はない。警察はときとして、「否認したり、黙秘なんかしていると、いつまでも家族に会えないぞ。お前のために言ってるんだ」などと言う。この発言には事実上の基礎があるのである。

日本の保釈の仕組みを「人質司法」(hostage justice)と呼ぶのは極めて正しい。

「罪証隠滅のおそれ」

この人質司法の原因はどこにあるんだろうか。この非人道的な仕組みを生み出し、支えているものは何なんだろうか。

まず、日本の法律は、未決拘禁制度の目的の一つとして、有罪証拠の保全=被告人による証拠隠滅行為の防止を掲げていることである。被告人の勾留が認められる最もポピュラーな理由は「被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき」である(刑事訴訟法60条1項2号)。この理由があるときは、裁判官は被告人の保釈を拒否することができる(同法89条4号)。そして、日本の裁判官はこの「相当な理由」を非常に緩やかに解釈している。被告人の側が「証拠隠滅のおそれがない」ことを説得できない限り、裁判官は保釈を却下する(高野隆「保釈面接室にて」高野隆@ブログ刑事裁判を考える(2008年)http://blog.livedoor.jp/plltakano/archives/65127744.html)。

「証拠隠滅のおそれがない」ことを示す最も有効な手段は、罪を認めることである。だから、被告人は保釈を求めて自白するのであり、裁判官はそれを受け入れて保釈を認めるのである。そのコインの裏側――当然の帰結――は、罪を否認して無実を訴える被告人は「罪証隠滅の相当な理由」があるとして保釈を拒否されるのである。

実のところ、こうした事態は、現行刑事訴訟法が国会で審議されていた当時いまから70年前に、心ある国会議員たちによって懸念されていたのである。1948年夏に政府が提出した刑事訴訟法改正案の89条4号は「被告人が罪証を隠滅する虞があるとき」となっていた。これに対して衆議院で異論が出された。

中村俊夫委員 ***私が最もおそれるのは、やはりこの『被告人が罪証を隠滅する虞あるとき。』という場合です。というのは、御承知の通りこの改正では被告人の黙秘権を強く認めております。從つて今より否認事件が続出してくるだろうということが想像されるのです。そうすると今までの取扱いは事件を否認するものは絶対に保釈を許してくれませんでした。それとこの第四号とは相結んで被告人が罪証を隠滅するおそれがあるということにして、許されないようになりはしないか。***
野木新一政府委員 ***なるほど八十九條第四号におきまして、被告人が罪証を隠滅するおそれがあるときは必ずしも保釈を許さなくてもいいという建前になつておりまして、この運用のいかんによつては、保釈ということはほとんどなくなるだろうという御心配も一應ごもつとものように存じますが、刑事訴訟法の應急措置法の施行された後においては、格別八十九條のような規定がなかつたわけでありますけれども、すでに保釈に対する裁判官の考え方が大分違つておりまして、昔よりも保釈の数がずつと増えている。從いまして、今度この案によりまして、八十九條のような規定がおかれまするならば、『罪証を隠滅する虞があるとき。』という解釈も、実際の適用面におきましては、ずつと今までと違つてきまして、現行刑事訴訟法当時のような運用には万々なることはないのではないかと思つておる次第であります(昭和23年6月21日第2回国会衆院司法委員会議事録37号)。


榊原千代委員 ***第八十九條の第四号『被告人が罪証を隠滅する虞があるとき。』という規定でございますが、これは裁判官の主観的な判断によるものでございましようか。お伺いいたします。
野木政府委員 判断は主観的と申しましようか、裁判官が判断することになるわけでありますけれども、その判断は少くとも合理的でなければならない。その資料とするところのものは、だれが見てもその資料に基けば大体罪証を隠滅すると認められる場合というような場合でありまして、そういう場合においてはある意味で客観的と申せるかと思います(昭和23年6月24日第2回国会衆院司法委員会議事録40号)。


このように、当時の国会議員たちは「罪証を隠滅するおそれ」という保釈拒否事由によって否認事件では保釈が認められないような運用になってしまうことを恐れた。これに対して提案者である政府当局は、裁判官はこれまでと違って個人の自由を尊重する考え方になっている、「罪証を隠滅するおそれ」というのは「誰が見ても大体罪証を隠滅すると認められる」場合のことだから、心配はないと言ったのである。しかし、議員たちは政府委員の答弁に満足せず、超党派の修正案を提出して89条4号を「***と疑うに足りる相当な理由があるとき」と改めたのである。70年後の「人質司法」の現状を見ると、国会議員たちの懸念はまさにそのとおりであったと言わざるを得ない。彼らの予想が外れたのは、彼らの修正案によってもその懸念――保釈制度の形骸化――を回避することができなかったということである。「保釈に対する裁判官の考え方」は政府委員が説明したようなものからは程遠く、戦前の先輩たちと何ら変わりがなかったということである。

未決拘禁の目的

アメリカやイギリスをはじめとするコモンロー系諸国では「有罪証拠の保全=被告人による証拠隠滅行為の予防」は、未決拘禁の理由にならない。証拠の保全は政府の責任であり、刑事訴訟の当事者であり相手方である被告人を拘禁するというようなやり方で政府側に有利な証拠の安全を確保するというのはアンフェアであるという考え方に基づいている。被告人が政府側の証人を威迫するとか、偽証を教唆するとか、証拠を破壊するというような行為に及んだときは、それぞれの違法行為に見合う犯罪類型が用意されているのであるから、そうした刑事法を適用すれば良いのである。

コモンロー系諸国における未決拘禁の目的は、被告人の公判廷への出頭の確保と地域社会に対する危険の回避である。被告人が法廷に出頭せず逃亡する蓋然性がかなり高いために、出頭しなかったら没収される保釈金の定めによっては逃亡を防ぎきれいないことを検察側が証明したときは、例外的に保釈は拒否される。また、被告人が保釈後に再犯を犯した前科があるというような場合には、コミュニティの安全確保のために保釈は拒否される。そして、できる限り公判前に被告人を釈放するため、拘禁に代わる手段が積極的に取り入れられている。GPS装置を付けたアンクレットを装着して被告人の行動を監視するとか、定期的に出頭を命じるというような仕方で、被告人の公判期日への出頭の確保と危険行為の防止をするという運用が定着している。

日本では「被告人による証拠隠滅行為の防止」が未決拘禁の目的であるから、GPSモニタリングは機能しえないと考えられている。確かに、自宅にとどまったまま、検察側の証人予定者を脅すことは十分に可能であり、GPS装置によってそうした行動を監視することはできない。被告人自身による証拠隠滅行為を防止するためには、彼/彼女を警察の留置場や拘置所に監禁して、面会人との会話を全てチェクし、手紙を検閲しなければならないと、訴追側は主張する。

「証拠隠滅の防止」を目的から外す

しかし、そのために失ったものはあまりにも大きい。この「被告人による証拠隠滅行為の防止」という目的の完全なる達成を目指すあまりに、憲法が保証する刑事手続上の人権は日常的に侵害されているのである。新憲法の定める価値を実現すべく保釈制度の改善を目指して真摯な議論をした70年前の国民の期待は、完全に裏切られたのである。

どうすべきか?

答えははっきりしていると思う。「訴追側証拠の保全」すなわち「被告人による証拠隠滅行為の防止」というものを未決拘禁の目的から外すことである。「被告人に罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき」という文言は勾留の要件(刑事訴訟法60条1項2号)から外し、保釈拒否事由(同法89条4号)からも削除するべきである。

日本の裁判官がこの要件を極限的に拡大解釈してしまう人たちであることは、過去70年間の歴史――数限りない凄惨な結果をもたらした人体実験というべきもの――が証明している。日本の裁判官にとって「おそれ」を「相当な理由」に書き替えたことなど、なんの歯止めにもならないということが実証されているのである。

ちなみに、わずか3年足らず前、2016年春になされた刑事訴訟法改正の際に、衆参両院の法務委員会は全会一致で次のような付帯決議をした――「保釈に係る判断に当たっては、被告人が公訴事実を認める旨の供述等をしないこと又は黙秘していることのほか、検察官請求証拠について刑事訴訟法326条の同意をしないことについて、これらを過度に評価して、不当に不利益な扱いをすることとならないよう留意するなど、本法の趣旨に沿った運用がなされるよう周知に努めること」。各法務委員会は「政府及び最高裁判所」に向けて、「度重なるえん罪事件への反省を踏まえて」「格段の配慮」を求めたのである(2016年5月19日参議院法務委員会「刑事訴訟法の一部を改正する法律案に対する付帯決議」)。現在の検察官や裁判官がこの付帯決議を意識して運用を改めようとしている気配は全く感じられない。検察官はあいかわらず保釈に反対する意見書のなかに「被告人は黙秘している」「全面的に争っている」とか「書証の大部分について不同意の意見を述べている」などと書いて裁判官に提出している。裁判官もその意見をやすやすと受け入れて、保釈却下決定を出している。現代の国会議員の控えめな期待すらも裏切られているのである。

そもそも、被告人の身柄を拘束することと証拠の保全との間には関連性はあまりない。実際のところ、偽証のための口裏合わせとか証拠の改ざんなどは、被告人が拘禁されていても行われているのである。拘禁施設の外にいる関係者が被告人のために、被告人の指示があるかどうかとは関係なしに、こうした違法行為をする。弁護士の中には証人予定者や共犯者に対して被告人(依頼人)に有利な偽証をするように働きかけることを辞さないような者もいる。被告人の保釈を拒否して彼/彼女の自由を奪っても、こうした行動を防止することはできない。わが国にもそうした違法行為を処罰する刑事法は存在するのである。弁護士に関しては資格剥奪を含む懲戒制度があるのである。

保釈審理の公開

コモンロー系諸国では、逮捕された被疑者は遅滞なく(without unnecessary delay)裁判官の前に連れてこられなければならない。公開の法廷で罪状認否が行われ、被告人が「無罪」の答弁をすると、通常は、裁判官が保釈金の額を決めて、保釈金やそれに代わる保証を提供した被疑者は釈放される。検察官が保釈に反対すると、保釈のための審理が行われる。この審理も公開の法廷で行われる。誰でも傍聴できる法廷で、被告人の家族や関係者の証言を聞き、検察官と弁護人の保釈や保釈金額についての意見を聞いた上で、裁判官が保釈の可否、保釈金の額や条件を言い渡すのである。最近の例を挙げると、中国の通信会社ファーウェイの副会長でCFOの孟晩舟氏が禁輸制裁中のイランにコンピュータを輸出した容疑でアメリカ政府の告発を受けカナダで逮捕された後、バンクーバーの裁判所で保釈審理を受けた。その様子は全世界に報道された。彼女の親族や関係者が証言し、裁判官は1000万カナダドル(740万米ドル)の保釈金の納付とGPSアンクレットの装着を条件に保釈を認めた(BBC News,  Huawei executive Meng Wanzhou released on bail in Canada, https://www.bbc.com/news/world-us-canada-46533406)。

日本では、勾留の決定も保釈の審査も書面審査だけで行われる。非公開の場所(裁判官の執務室)で検察官が提出した「一件記録」を読んで判断する。非公開なだけではなく、検察官が提出した一件記録を被告側が閲覧することもできない。検察官と裁判官だけが共有する秘密の情報に基づいて被疑者の勾留をするかどうか、被告人を保釈するかどうかが決められるのである。勾留審査の場合は、「勾留質問室」という密室の中で裁判官は被告人に会って「勾留質問」が行われる。「質問」と言っても、実際のところ、罪を認めるかどうかを確認するだけである。弁護人の立ち会いもない。しかし、本人の顔を見るだけましである。保釈審査の場合、裁判官は被告人の顔をみることすらしない。こちらが「被告人に会って欲しい」「奥さんを連れてきたので、彼女の話を聞いてほしい」とお願いしても、裁判官はこれを拒否する。

わが国の現行法上、保釈の審理を公開の法廷で行うことは十分に可能である(勾留についても可能である。高野隆「勾留」三井誠他編『新刑事手続機戞瞥々社2002)、259、261〜263頁))。保釈の決定を行うために法は「事実の取調べ」を行うことを認めている(刑事訴訟法43条3項)。そのために公開の法廷で被告人とその弁護人立会のうえで証人尋問を行ない、弁護人の意見陳述を聞くことも可能である(刑事訴訟規則33条)。しかし、裁判官はこの法的に可能でフェアな方法をやろうとしない。

保釈制度が非人間的なものに変質することを防ぐためにも、公開の法廷で審査することは不可欠である。

自白事件を保釈対象から外す

「罪証隠滅のおそれ」の認定を回避するために「自白」が行われ、検察官が請求する有罪証拠の取調べに同意すること――刑事被告人の憲法上の権利(証人尋問権・反対尋問権)を放棄すること――が行われている。そのコインの裏側として、罪を否認する被告人や有罪証拠の取調べに同意しない――憲法上の権利を行使する――被告人は「罪証隠滅のおそれ」があるとされて、保釈が拒否される。この2つはまさにコインの両面であり、両者を別の話として切り離すことは不可能である。自白した被告人に証拠隠滅行為をするおそれがないと判断するからと言って、否認した被告人にはその可能性があるとは言えないというのは、詭弁的な形式論である。

保釈という制度は刑事裁判における「鏡の国のアリス」状況を回避するための制度であり、無罪推定の権利に実質を与えるための制度である。コモンロー系諸国において、逮捕された被疑者が無罪の答弁をしたときに保釈が認められるというのはそのことを如実に表している。有罪を認める者は、無罪推定の権利を放棄したのであるから、保釈の権利を認める必要はないのである。したがって、わが国においても有罪の答弁をした被告人は権利としての保釈(刑事訴訟法89条)の対象から外すべきである。

有罪を認める被告人についても拘禁を継続することが不当といえる場合がある。例えば、有罪となっても間違いなく罰金刑や執行猶予付き判決が見込まれるにもかかわらず、公判期日が先に指定されているために長期にわたって未決拘禁が続くような場合、あるいは被告人が病気のために一刻も早い釈放が必要な場合である。こうした場合に対応する仕組みとして、現行刑事訴訟法は勾留の取消し(刑事訴訟法87条、91条)や裁量保釈(同法90条)という制度を設けている。自白している被告人を権利保釈する理由も必要もなかったのである。本来必要がない保釈を認めることによって、もっとも保釈が必要でかつその法的根拠が明白な人のための保釈が否定されているのである。

起訴前の保釈

わが国では逮捕から3週間ほど経過して検察官が公訴を提起するまでは被疑者には保釈を請求する権利はないとされている。この運用によって、起訴までの23日間は捜査機関側の「持ち時間」という発想が生まれ、その間、被疑者は警察や検察から繰り返し尋問を受けなければならないというわが国独特の実務が形成されたのである。しかし、未決拘禁は被疑者を取り調べるための制度ではない。取調べのために身柄を拘束するというのは、黙秘権を保障する日本国憲法38条に違反し、かつ、「正当な理由」によらない抑留拘禁を受けない権利を保障する日本国憲法34条にも違反する。逮捕や勾留というものが被告人の逃亡や証拠隠滅行為を防止するための制度だとするならば、保釈を公訴の提起まで待つ理由はない。逮捕されたら直ちに保釈の権利を認めるべきである。

現行刑事訴訟法が起訴前の被疑者に保釈の権利を認めていないという実務の根拠とされる刑事訴訟法207条1項はこう規定している――「前3条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りではない」。この但書きは、起訴前には保釈を認めないということを少なくとも明言はしていない。この規定を文字通りに読めば、検察官から被疑者の勾留請求を受けた裁判官は、被告人の勾留状を発行する公判裁判所と同様に勾留状を発行できる、但し保釈に関する裁判をすることはできないと言っているだけである。保釈に関する裁判は勾留請求を受けた裁判官とは別の裁判官が行わなければならないということを定めた規定と考えれば良い。そして、それには合理的な理由がある。勾留状を発行した裁判官はその被疑者には逃亡や証拠隠滅の危険があると判断して拘禁の継続をすべきだと判断したのであるから、被疑者の危険性について予断を抱いているのである。その同じ裁判官に保釈の請求をしても、公正な判断は望めないであろう。

いずれにしても、公訴提起の前と後で保釈の権利に差を設ける合理的な理由はない。それは個人の「社会的身分」による不合理な差別であり、恣意的な身柄拘束であって憲法14条及び34条に違反するというべきである。犯罪の捜査が一般的な犯罪情報の収集の段階から進んで、一人の個人に焦点が絞られ、その個人を刑事訴追の対象とするために逮捕状が発行されたとき、その個人に身体拘束の正当性・合法性の審査を求める権利を保証し、将来の公判における防御の準備を開始する機会を与えないというのは、アンフェなことである。「刑事上の罪に問われて逮捕され又は抑留された者」に保釈の権利を与えないのは、国際的な人権の基準に違反している(市民的及び政治的権利に関する国際規約9条3項)。

結論

カルロス・ゴーン氏の長期にわたる未決勾留と保釈の却下を契機として、わが国の刑事司法制度に対する批判が拡大している。批判は海外からだけではない。経団連の中西宏明会長も「日本のやり方が、世界の常識からは拒否されている事実をしっかりと認識しなければならない」と強い言葉で批判している(日経新聞2019年1月16日朝刊)。わが国の刑事司法が「人質司法」にほかならないことは半世紀近くにわたって内外の法曹関係者や国際組織から繰り返し批判されてきたことである。今日の事態についてすでに70年前に当時の国会議員が強い懸念を表明していた。彼らなりにその予防策を講じようとした。しかし、彼らの声は戦後日本の裁判官の耳には届かなかった。日本の司法は戦前と同じ過ちを繰り返してしまった。いまこそ、われわれ国民は抜本的な改革に乗り出すときである。このままでは日本は国際的に孤立してしまう。刑事司法がこの国の「カントリー・リスク」であることが知れ渡れば、資金も技術も人材もこの国から去っていくであろう。


plltakano at 00:40コメント(3)身体拘束 | 保釈 

コメント一覧

1. Posted by ワタリ   2019年02月01日 05:17
はじめまして。詳しい記事の執筆時点とシェア、ありがとうございます。

恐ろしいですね。。日本の裁判所は本音は閉鎖したいのではと、傍聴したり裁判のルポを読むごとに感じてきました。
この記事を見て、国際法を守るほうが日本の国際的信用はあがり、それが日本の国際的信用性を下げる他国へのもっともよい防御と思うようになりました。
2. Posted by 駿河の国に茶の香り   2019年03月07日 22:07
「自白事件を保釈対象から外す」としたら、保釈されたいがために自白を拒否する被疑者も出てくるのではないか? という疑問を感じました。

自白があろうとなかろうと有罪判決確定前は無罪推定が及ぶのだから、すべての身柄事件で早期保釈を図るのが刑事弁護人のつとめではないでしょうか。
3. Posted by 海外在住者   2019年03月15日 19:38
5 爆弾を抱えたテロリストをすぐに拘留することについては誰も異論はありません。日本の長期拘留がとても異常なのは

(1)今回のようなホワイトカラークライムについて、検察は十分証拠があるから逮捕したはずですよね。それを「証拠隠滅の恐れ」で拘留するというのは、つまり証拠が十分でないのに逮捕したってことですか?

(2)比較的軽微な罪の疑いについてもテロリストと同様な長期拘留が行われること。

日本に旅行に行く友人には、とにかく満員電車には乗るな、痴漢と間違えられたら絶対あなたの無実は認められないよ、と忠告しています。

趙弁護士主導で人質司法に反対する署名運動が始まったようですが、弁護士と研究者だけでなく一般市民も参加できるようになったら是非署名させて頂きます。

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