CHEEP THRILLs & COLUMNS

大分ご無沙汰になってしまいました。このブログ。
ときどきチェックしてくれているひと、本当にありがとう。
嬉しいよ。

実は、アダス・メキシコはこの度、解散することになりました。
本当は理由などを書くべきだし、かきたいんですが、
実は自分の中でもはっきりと文面化した理由を書くことはできない状態です。
たぶん、これからもずっとそんな感じで、それで時間が立つに連れて、だんだんわかっていく。
っていうそんなタイプの出来事なんじゃないかなあ、と思っています。

曖昧でごめんね。

まずは、今まで僕たち三人、アダス・メキシコをいっぱい応援してくれたひと、本当にありがとう。
今まで長い間アダス・メキシコをやってきて、忘れられないような楽しいライブや、うまく演奏できないだとか、全くひどいライブをしてしまった、とか、ほんとうにいろいろなことがあったけど、今振り返ってみると、全部が全部、今の僕たちが音楽を楽しくやれている理由、礎になっています。

こんなときだから、ちょっとくさくなってしまいますが、ほんとうに応援してくれたひとのおかげ。

心からお世話になりました。

僕はなんだかんだ、本だとかコンピュータだとか、アートだとか、(もちろん仕事にも)いろいろなことに興味があるけど、真の部分は完全に音楽、特にロックンロールに、身も心も囚われの身なので、これからも音楽を続けさせてもらいます。そしてギターボーカルのKiz、ドラムのももこも、それぞれの最高の音楽を追求するので、また、よかったら今後の3人の活躍に注目してね。

なんだか、そう思うと、不謹慎かもしれないけど、少し、楽しみでもあるんです。



ということで、近いですが、明日、アダス・メキシコのラストライブがあります。

津の街音楽祭、去年の優勝者として、ゲスト出演!
最後にこんな大舞台でやらせてもらえるなんて、ワクワクします。

場所は三重県津市役所となりのリージョンプラザの大ホール。

全国から高額な賞金求めて(?)結構な猛者バンドが集まっているので、レベルの高い演奏がきけると思います。

ぜひチェックしてね。

詳しくは → http://tsu-ongaku.jp/


じゃあラストライブに向けていっちょスタジオ練習にいってきます!!

ps.
アダス・メキシコの未公開音源が2曲余っているので、興味のある人は当日にでも声をかけてください。
何枚か焼いて行きますので。ゴキゲンは2トラックなので、ドライブだとかにぴったりかな。
これもぜひチェックしてやってください。

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年末ですね。
うすうす気づいている人もいるかもしれませんが、アダス・メキシコは今かなり厳しい状況です。

一口で言うのは難しいのですが、メンバーの足並みが揃っておらず、ライブができる状態じゃないのです。。

応援してくれているひと、ライブに誘ってくれるひと、本当にありがとう。
これからも俺たちにかまって欲しい。
今はアダス・メキシコとしてはライブできないけれどこれっきりで終わるようなことは絶対にしないから。

少なくとも、3人とも音楽が大好きっていうことは不変で、これからもステージに立ち続けると思います。

だから、このブログはまだまだアダス・メキシコのバンドブログとして運営していくけど、アダス・メキシコとの直接的な関係はなくても、メンバー3人の音楽活動の告知もどんどんさせてもらいます。

是非興味をもって見ていただけるとありがたいです。注目してくれ。

これからもよろしくお願いします。
まずは風邪をひかないように良いお年を過ごしてね。

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胃の調子がいつもよりよくない、ということで先日胃カメラをぶち込んできました。

最近、身の回りや芸能人のなかでも、あんまり洒落にならないニュースが続いていたし、祖父も胃がんを経験していて、胃の2/3を切除したということを聞いていたので、結構ナーバスになっていましたが、結果、ただちに深刻な潰瘍やデキモノは無く、一安心。

でも逆流性食道炎になってた。。最近テレビでよくCMをやっているあれです。出血。

心配ないけど、なってもいいこと無いので皆も気をつけてくれよな。


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最近ライブが無かったので、ほんの少しばかりだれていましたが、ビートルズやオアシス、そういうポップですんなり機嫌が良くなるような音楽をきいていると、無性に音楽がやりたくなってくるね。この前の南山学祭のライブは相当楽しかったからなぁ、、そろそろ歌いたい、、ということで僕がメインの曲を1、2曲作ってメンバーに打診してみようと思っています。

とりあえずゴキゲン系の簡単な曲ね。

楽しみにしてくれると嬉しい^^

シリア、サリン製造に着手か 複数の米メディア報道(朝日新聞デジタル) - Y!ニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121204-00000012-asahi-int

シリアがサリン製造に必要な科学物質の調合を始めたらしい。日本の宗教団体が周りに秘密で作って地下鉄に撒き散らしたものを、なんで一国家が周りにばれずに作り上げることが出来ないのか不思議だ。情報が少ないし記事を見ても殆んどが推測みたいに書いてあるし、今の俺の興味はiPhoneと「とびだせ動物の森」にばかりに向いているから確かなことは分からない。もしかしたら、実際に作っているかはともかくとして、わざとそういう情報をリークさせたのかもしれない。最近流行ってるもんな、リークだとかステマとか。iPhoneも発売前になると、わざとか、というくらい秘密のはずの事前情報が流れる。関係者がバーとかにプロトタイプを置き忘れてきたりする。まじかよ。

シリアがステマみたいなことをすることに、なにか意味があるのかな。それによって国際社会での一定の地位を確立、持続させることができるたりするのだろうか。アメリカは特にだけど国民感情によって動きが左右されるから「シリアは油断ならない」と米国民に少しでも思わせておけば、米政府の監視の目はきつくなるかもしれないけど、(それは今更だから度外視して、)逆に交渉はしやすくなるのかもしれない。

とにかく、僕にはわからないいことだらけで、的外れなことばかり言っている気がする。家電や車の新製品や、2chで盛り上がっているようなニュースばかり見てないで、外交のことにもある程度目を向けなきゃだめだなと思った。サリン、といわれると物心ついたときの地下鉄事件でショックを受けたからか、目が覚める気分になる。
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シリアが今現在本気で作っているかもれない化学兵器。また、それに対してアメリカが本気で懸念を示しているような化学兵器を、当時国内で作って地下鉄で使用したっていうのは、今考えてもショッキングで、「戦争みたいだったんだな」と思う。今そんなことが日本で起こってニュースになっても、戦争というのが身近になかったから現実感をもって受け入れられないとおもう。きっと「映画みたいだな」と9.11のときと同じように危機感の無い目でフワフワしながらテレビの液晶を見ているんだろう。そんな自分が見えるようで嫌だ。

自分の生死が問われる「イザ」というときに真っ先に死ぬタイプ。脱却したいぜ。

バンド殆んど関係ないけど。

英・キャサリン妃、第1子の妊娠判明 各地で喜びの声(フジテレビ系(FNN)) - Y!ニュース http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20121204-00000499-fnn-int

ロイヤルベビー誕生にむけて、イギリスが沸いているみたいだ。なんでもひねくれた見方しかできないのね、といわれて愛想をつかされることが多い気がしている俺だけど、素直に「嬉しい」だとか、「めでたい」と思えることがあって、そのトップ2が「友達の結婚」と「妊娠」だ。妊娠なんて、「おめでた」というくらいだから、無条件にめでたい雰囲気がその言葉からも出ている。

どちらがより素直に、安直に喜んでいい事柄なのか考えてみた。そしたら迷走した。

結婚に関しては、家柄の関係で本人たちが望まない結婚、政略結婚のようなものがあるんだよ、ときいたことがあるから、手放しで喜んじゃだめなのかもしれない。ただ最近は、家柄だとかそういうしがらみを撤廃することや、そういうことは気にしないで自分たちの「愛」のみを判断基準にして結婚することがヨシとされている風潮がある気がする。ドラマでは主人公達が、しがらみや壁をどこから沸いて出たかも分からない「愛」で乗り越える。涙がこぼれる。この風潮があるうちは、素直に喜んでいい結婚は増えていく気がする。

おめでたに関しては、言葉もそうだし、新しい命が芽生えることに、人間としてというか、もう一生物として喜んじゃっていいような気がしていたけど、それこそドラマではしょっちゅう「望まれない子供」が登場するし、大学の倫理の授業では中絶を問題にされて、かなり頭を抱えてしまった。

こうやって考えるほど、あれ?やっぱり手放しでポジティブなことなんてないんじゃないか、、と思い始めてしまうんだけど、これってつまり問題は、いちいちいらんことを考えてしまうという俺の性格なんじゃないかということになってきちゃう。

本当は友達が笑顔なら一緒に喜べばいいし、悲しそうなら一緒に悲しい気持ちになればそれで問題はないはずなんだ。
喜びは2倍、悲しみは半分の法則。

たぶん。
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そうそう、この法則が成り立つなら、たくさんのお客さんがいるライブでは楽しさがすごいことになるよな。お客さんの数でやる気出したりするのは間違ってる、常に全力でやりましょうと頭では分かっていても、やっぱりお客さんが多いとテンション上がったりワクワクするのはこのせいだったってことにしよう。

そういうわけなので、今度ライブやる時は皆きてね。多ければ多いほど倍数が増えるからね:)

コマーシャルは何を狙えばいいんだろう?ということを最近考えてる。

最近、広告について書いてある面白い本を連れに読んでいる、というのも原因としてあるし、webのニュース等を見ていると、今迄では考えられないような広告、「この広告ってなんか意味あんの?」「意味ふめい、、」という感想しか出てこないような広告があって、不思議な気分になっていた、というのもある。

普通の広告なら「商品のいいところ」をアピールするものだけど、最近俺が気になっているところの広告は、決まってそういうのが乗っていない。一見広告としてはなんの意味もなさそうなんだけど、何故だろう、なにかシュールで面白い気がする。頭の片隅に残る。

俺はそうだし、大抵のひともそうだと思うけど、何か面白いことに遭遇したら、人に言いたくなるし、家に返ったら、家族だとか恋人だとかに今日出会った面白いことを伝えたくなる。会話を弾み、食卓は円満になる。

これはたぶん、人類全部、は言いすぎかもしれないけど、少なくとも日本人同士なら同じ感覚だと思うし、時間軸でみても、かなりの過去からそうだと思う。昭和、江戸、室町、、もっともっと遠い昔から。

そして平成にWebというものができてきて、誰でもそこに「面白いこと」を載せられるようになって、そしてその面白い情報にはTwitterやfacebookをを始めとするSNSの「共有ボタン」なるものが必ずといっていいほど付けられる。家に帰るまでもなく、大好きな友達に面白いことがあったよ!と伝えられる。距離も時間も無視できる。そこに壁はない。

そして共有された面白いことに対して、またその友達が面白いと思ったら、また共有、、そして共有、、、掛け算どころじゃない。なんだかすごいことになりそうだ。新聞やテレビとかの従来の広告と違い、Webは基本的にタダだし、この性質を理解してて、「うまいこと」やれば、なんだかとても効率的にそれこそ楽しいビッグりすることが起こせるかもしれない。

(ここまで書いたことはもう皆分かりすぎるほど分かっているよ、というようなことだと思うけど、改めて言うほどの絶大パワーがあるなと本を読んで改めて思ったから書いちゃった。)

だからまともな企業はとっくにそのことに気づいていて、「商品のいいところをアピールする情報」より、「なんだか面白い、実際商品にあんまり関係なくても人に言ってみたくなるような情報」を作り上げて、Web上の目立つところに置く、または置いてもらえるようにする。そしたら後は勝手に消費者のほうが拡散してくれる。まるで魔法みたいだ。

誰でも使える魔法なんだから使わない手は無いはずだよね。

でも俺は適当にSNSに参加して、時々よもやまにブログを書くくらいしかしない、ホームページは一応作れるけど更新は止まってる。周りはどうだろう?面白いことをよく思いついてよく喋るやつはいるけどそういうやつに限って皆Webに疎い。なんか、なにかがもったいない気がしてる。いざというときに、もう少しというところで具体的にならないのはなんでだろう。

たぶんつづく




最近見た「なにこれ意味ふ、、」「なにが言いたいだ?」「商品との関連がわから」な広告、コマーシャル



<「高二割」「ダサT割」「ツインテール割」―― ドミノ・ピザ異色のオンライン割引、今年も開催>
http://nico.ms/nw427489

ソニー ェ…「ヘッドホン女子」企画がゆるすぎるwww - NAVER まとめ
http://matome.naver.jp/odai/2135151541525240201

人間は何かを学ぶ時、褒められた方がより記憶に定着し効果的に学習できるらしいぜ。


「褒めれば上達」科学が証明=教育、リハビリに応用も―生理研(時事通信) - Y!ニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121108-00000021-jij-soci


そういうことだったのか。

失礼な話だけど、僕は人の名前憶えるのが得意じゃなく、一応バンドマンとして頑張っちゃってるので「菊山さんですよね!」「きくちゃん久し振り!」と街中やライブハウスで声を掛けられることが少々ながらあるんだけど、相手の名前が結構出てこない。「結構」なんて言い方をしたら嘘になりそうなくらいだ(「結構」どころではないかも、という意味で)。喉までは出てるんだが。憶えてなくても「おーー、ひさしぶり!」と調子を合わせる事多々。なので僕に声を掛けて、僕が名前を呼び返さなかったら勘ぐってください。丁度そのころてんぱっているところだと思います。

「そういうことだったのか。」というのは、初対面で「ライブよかったです」等、僕らのことをよく言ってくれるひとの名前は意外と印象に残っているから。でもそれは逆に考えると、上で書いたような「俺は相手の名前を覚えてない、でも相手は俺の名前を覚えてくれている」という状況が多発する、ということは、実は俺は人のことを褒めてしまう習性があるんだけど、それに比べて人は俺のことをあんまり褒めない、ということになるんじゃないの。。そうかなんだ俺っていい人だったのか。気づかなかった。つまり人の長所見つけるのが上手なんだね。まさかそんな才能があったなんて。自分を見誤っていたようだ。今後採用面接を受けることがあって長所を訊かれたなら、上の論理でアピールしちゃお。やっぱりやめとこう。

そういえば、軽自動車を話をしていると「軽は維持費が安いから魅力的だけど、やっぱり安全性がね、、万が一事故した時に危ないよ、、」とよく言われるけど、あれって軽と普通自動車、或いは軽と大型自動車の事故の場合のことをいってるんだよな。言い方は変になってしまうけど、軽同士の事故なら、それは至って通常の自動車事故で、特には「万が一事故した時に危ない」と言われないはず。まあつまりは、「重いものと軽いものがぶつかったら単純に軽いほうが吹っ飛ぶよ、危ないよ、だから軽は危ないよ」といういことを言っているのであって、それじゃあ万が一歩行者との事故を起してしまった場合、自分が乗っている車は軽であるほうが歩行者の被害は少なくなるということか。

(断わっておきたいのは、事故は絶対起してはいけないことだし、全身全霊をもって無事故に努めないひとは車に乗る資格はないということ。)

考えてると、なんだか「事故を起した場合」という仮定のもとで「軽」を買うべきかどうかを判断する、ということは自分が考えているよりも意味を持っているような気がしてきた。

いや、相手が大型車だろうが、歩行者だろうが、こちらは軽いほうが相手の生存率は上がるし、重いと危険が大きくなる。逆に自分の生き死にを考えるのなら、自分が乗る車は大きいほうが安全だから軽は選ばないということになる。つまり、事故を起した場合のことを想定して、「軽」はやめておいたほうがいい?というのを基準にして答えを出すのは、自分の命と他人の命はいったいどっちが大事なんだろう?という(オーバーにいうと)人間にとっての大きな命題に、自分の中で答えを出すことになるんじゃないのか。もしかしたら、自己犠牲だとか、隣人愛だとか、性善説だとか、そういった昔からその是非が問われてきた物事に対して、自分の知らない間に一気に決着をつけているのかもしれないね。


とにかく、俺はこんな難しいことは置いておいて安心安全、愛の溢れたロックンロールがやりたいんです:)

20120827220950

「アクア」初の首位 10月の新車販売で「プリウス」抜く : J-CASTニュース
http://www.j-cast.com/2012/11/06152854.html


16ヶ月間トップだったプリウスを退けてアクアが1位になった。10月の車名別新車販売台数だ。

ホンダも「これからは軽、或いはスモールに集約されていく」といい、N-ONEをドロップした。アクアにしろN-ONEにしろ自分が乗る分には魅力的な車だけど、周りにはあんまり乗って欲しくない。外を見回してみると燃費のよさそうな小型車ばかりが走っている、みたいな状態は全然面白くないし、俺は燃費のいい車に乗りたいのにあまりにも他の人と車が被るのは嫌だから、皆は無理してワンランク上のでかい車買おうぜ。


ホンダN-ONE(エヌワン)新車情報【ニュース・トピックス:ホンダ】 http://news.livedoor.com/article/detail/7021625/


冗談は置いておいて、ホンダのN-ONEは俺の目にかなり魅力的に映っています。軽自動車は走りがチープだし、ナンバープレートが黄色というのがどうしても受け入れられないな、とおもっていたけど、それを補って余りあるくらい。

まず、今迄軽が苦手としてきた高速、長距離移動での快適さを突き詰めて作った、とのことなので走りのチープさは改善されてそうだし、軽だからこそのメリット、燃費のよさ、維持費のかからなさはもちろん付いてくる。しかもルーフとボディのツートンカラー、ちょっとレトロなこういうデザイン、悪くないな^^

しかも、スマートフォンのナビアプリを、車搭載のディスプレイに映して使えるらしい。そりゃあ便利そうだ。WEB上の地図を使うだろうから、地図データが古くなって、中のHDD更新しなきゃだめ、だけど面倒だからそのままにしてある、でも、新名神高速のデータが入ってないから、大阪から帰ってくるときの道が奈良経由になって、不便すぎる、、、ということに絶対ならない。俺新しいもの好きだ。

車詳しいわけじゃないけど、ホンダの新車で見た目いいなぁを思ったのは今回が初めてだから、これからのホンダは期待してみてもいいかもしれない。少し前、「夢は大抵叶わない。だがそれがどうした。それを知ることから始まる」みたいなCMをやっていて、そのとおりだな、いいCMだな、と思ったんだけど、それもホンダのCMだったし、ホンダはなんだか魅力ないな、、と思っていたのはただの勝手なイメージだったのかな。そうだったら申し訳ない。次の車をホンダにすることも視野に入れることにしよう。

ホンダの手先のようなブログになりつつあるので、今日はここまでにして、つづく。


好みのドライバーを選べるタクシー配車アプリ、サービス開始 | レスポンス (テクノロジー、ネットのニュース)
http://response.jp/article/2012/11/02/184258.html

でも一つひっかかることがあって。それは、道を知っているドライバーのタクシーも、道を知らないドライバーのタクシーも値段が特に変わらないということ。そして、僕たちはドライバーに関してタクシーの外側から判断することができないということ。どんなドライバーに当たるかは完全にギャンブルだと思う。ちょっと極端な例かもしれないけど、もし自分が昨晩残業等で殆んど寝ていなくて次の日も朝早くから出張しなくてはならずタクシーを使うとする。タクシーなら40分くらいで着くところが目的地だ。隙があれば仮眠を取りたい。タクシーは絶好のチャンスだよね。「○×に行ってください。あと申し訳ないんですけど僕、寝不足で、仮眠をとりたいので、着いたら起してもらってもいいでしょうか?」といったかんじ。それなのに呼んだタクシーが道を知らないタイプのそれで、ドライバーさんが「○×ってどこだろう?」となったらもう「まじか」ってなるよ。天国と地獄だよ。

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客にとってはそこまでの差があるのに、選択権はないわ、金額も同じだわ、というのはフェアじゃない気がするんだ。道をしらないドライバーとタクシーには「研修中」の表示と札をつけて、幾ばくか安い値段設定にしたほうが筋が通るんじゃないか。タクシー会社はドライバーたちに対して主要施設の場所などや行き方等を問う定期試験を受けさせて、一定の点数以下の運転手はみんな「研修中」にすることを検討したり、ランクをつけたりする。。ここまで書いておいてちょっと厳しすぎるかな?とすこし不安になったけど、でもここまでやればお互い納得できるし、話題になって逆に売上upもあるかもしれない。客の中には「別に道知らなくてもいいよ、俺が案内するし、なるべく安いほうが助かるな。」という客も結構いて「研修中」表示の安いタクシーをあえて選ぶだろうしさ。

そういうのってうまいこと住み分けできたらピースだよね。


俺ももっとピースフルな空間を作れるように、気を配っていきたいな。ときには細かく、ときにはザックリ。

そういうことを考えていたら上のニュースを見つけた。おお、そうきたか。便利そうだ。機会があれば使ってみたいな、と思った。

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