戸崎将宏の行政経営百夜百冊

戸崎@千葉県です。行政経営に関連する書籍をごく個人的な視点からセレクションして紹介します 。

■ 書籍情報

都市と港湾の地理学   【都市と港湾の地理学】(#2858)

  林 上
  価格: ¥2,376 (税込)
  風媒社(2017/10/1)

 本書は、「交通現象の中でも海や川の港湾に注目し、都市という地域において港湾がいかなる意味をもっているか、また都市の歴史的発展に港湾がどのようにかかわってきたかを考える」ものです。
 第1章「都市と港湾に対する地理学からのアプローチ」では、「歴史的に見れば明らかなように、国内所地域との交流の窓口として数多くの港湾がその役割を果たし、背後の都市や地域を養ってきた。現在でも、国内スケールでの移出・移入は港湾にとって重要な業務である。このように、幅広いスケールにわたって貨物取引の橋渡し役を担う港湾を、港湾の専門的業務にも触れながら都市や地域の交通結節点として考察する。しかも、変化の激しい現代の港湾だけでなく、現代の港湾の礎となった過去の港湾の歴史的発展過程にも目を向ける。都市と港湾の密接な関係を時間的、空間的に明らかにする。これが本書が採用する研究アプローチである」と述べています。
 そして、「都市の立地タイプを3つに分ける地理学の考え方は、単純ではあるが都市機能の本質をよくとらえているといえる」として、
(1)中心地タイプ:小売、サービス、行政、宗教、観光などの機能を果たす。
(2)資源(加工タイプ):主に地元で算出する天然資源を活用して工業製品を生み出すために専門の工場が設けられ、そこで働くために労働者も集まってくる。
(3)交通立地タイプ:中心地立地と資源(加工)立地の中間にあり、生産と消費をつなぐ位置にある。
の3点を挙げています。
 第2章「港湾の地理的条件と港湾機能の維持」では、「日本の主要港湾の多くは海洋の湾奥部に位置している。外洋からの影響をなるべく避け、できるだけ静穏な状態の確保を願ったためと思われる。しかし世界的スケールから港湾が設けられている位置を見ると、湾奥部以外に、河川の中や河川沿いに設けられているケースが少なくない」とした上で、「三角州と字が似ていて混同されやすい三角江(エスチャリー)は、天然の良港として港湾の立地場所に選ばれることが多い。三角江は、平野を流れる河川が沈降してできた三角状の入江であり、河川からの土砂供給量が少ないため海進時に河谷の土砂埋積が進まず、このような地形の入江になった」として、ハドソン川の三角江のニューヨーク港、ラプラタ川の三角江のブエノスアイレス港の例を挙げています。
 また、「輸出入と移出入の合計が名古屋港についで多かった千葉港の場合、外国貿易の割合は61.8%であり、名古屋港とあまり違わない。千葉港の特徴は、原油とLNGの輸入量がいずれも全港湾の中で第1位、輸出で化学薬品が第1位、鋼材が第8位で多いという点である。コンテナ貨物の取扱量が263.1万TEUの名古屋港と比べると、千葉港はその3.7%の9.6万TEUにとどまる」と述べています。
 第3章「都市、水上交通、港湾の歴史的発展」では、「古代や中世の都市形成に対して、海洋や河川は水上交通の便を供することで大いに貢献した。都市防衛に配慮しながらも、都市を発展させるためには荷物や人を円滑に運ぶ必要があったからである」と述べています。
 また、「産業革命が水上交通に与えた影響は、輸送の専門化と長距離化、それに大量輸送化であった」として、「スケールメリットを生かすべく種々の技術革新が行われ、輸送コストは大きく引き下げられた」と述べています。
 第4章「日本における都市と港湾の歴史的発展」では、「日本最古の海の法律すなわち海法」である「廻船式目」に記されている当時の日本の十大港である「三津七湊」として、安濃津(伊勢国安濃郡)、博多津(筑前国那珂郡)、堺津(摂津国住吉郡、和泉国大島郡)、三国湊(越前国坂井郡)、本吉湊(加賀国石川郡・能美郡)、輪島湊(能登国鳳至郡)、岩瀬湊(越中国上新川郡)、今町湊(越後国頸城郡)、土崎湊(出羽国秋田郡)、十三湊(陸奥国鼻和郡)を挙げ、「これらの湊は日本列島の北側、すなわち日本海側に位置しており、中国大陸、朝鮮半島との間で交易が行われていた当時、大陸側から見れば日本の表側にあった湊といえる。いずれも河川が海に流れ込む河口付近に位置しており、河川交通とのつながりが考慮されていた」と述べています。
 そして、「島国・日本では河川が海に流れ込む付近に沖積平野が形成されている場合が多く、そのような場所に城を築いて周辺の農業地域を治める事例が一般的に見られた。として、港機能を内部に組み入れた城下町を港の地形条件によって、
(1)海湾沿い:松前小浜、函館、唐津、福岡、鹿児島など
(2)河川沿い:伊予国大洲
(3)海に近い河口:江戸、大阪
(4)瀬戸内:広島
の4つに大別しています。
 第5章「近代日本における港湾建設と都市の発展」では、「明治期の港湾建設は、のちに全国的レベルで主力港となる横浜や神戸などではなく、地方の港湾建設から始められた」として、明治の三大築港と称される、野蒜、三国、三角の3港と長崎港の建設事業を紹介しています。
 また、「帝都・東京に近い横浜は関東一円はもとより、それ以遠の地域に対しても影響力を及ぼしていた。このため、首都でありながら東京市は自前の港湾をもつことができなかった」と述べています。
 第6章「戦後から現在までの日本の港湾と都市」では、「急激な経済成長は、海外からの原材料・資源の大量輸入、輸出の急増とこれに伴う貿易摩擦、それに公害の発生という課題をもたらした。このうち輸出入の急増は外貿(外国貿易)埠頭の増設を促し、国は特定港湾施設特別措置法(1959年)、港湾整備緊急措置法(1961年)を制定して対応した」と述べています。
 そして、「1967年の『外貿埠頭公団法』に基づいて、京浜と阪神にそれぞれ外貿埠頭公団が設置された。折から世界の海運はコンテナ形態による輸送へと大きな変化を見せつつあり、国は公団方式で両港湾でのコンテナ貨物の取扱を許可しようとしていた。公団方式とは具体的には、コンテナ埠頭の建設、埠頭の船社または港湾運送業者への貸付け、それに埠頭の管理・維持をいずれも公団が担う方式である」と述べています。
 また、「いかなる経済活動も規模を大きくすれば、単位あたりのコストを小さくすることができる。規模の経済と呼ばれるこの法則を国際海運に当てはめれば、船舶を大型化して一度に大量のコンテナを輸送することでライバルに勝つことができる。ただしこれを実現するには港湾に大量のコンテナが集まっている必要があり、規模の小さな多くの港湾にいちいち寄港してコンテナを集めていてはコストを引き下げることはできない。結局、一部の特定港湾にコンテナを集結させ、それ以外の港湾には大型コンテナ船は寄港しないという図式へと近づいていく」と述べています。
 第7章「都市と港湾の地理的関係と港湾の発展」では、「都市はこれまで通り発展の傾向にあるが、港湾機能が衰退の道を歩んでいる場合は、港湾地区がほかの土地利用地区へと変わる可能性が高い。新たに立地する機能として選ばれやすいのは、やはりウォーターフロントなどかつて港湾が果たしていた機能に因んだものである」と述べています。
 第8章「港湾地域と港湾ネットワークの空間構造モデル」では、「近年、多くの注目を集めるようになったアジアのハブ港を対象に、その発展過程を図式的に示したモデル」として、
(1)沿岸の漁村
(2)植民地の玄関
(3)流通都市港湾
(4)自由港湾都市
(5)ハブ港湾都市
(6)複合ハブ関門地域
の6つの時期区分からなるモデルを紹介し、「暗に想定されているのはシンガポールと香港の事例である」と述べています。
 第9章「港湾経営と港湾投資がもたらす経済的影響」では、「国際貿易の発展と港湾の規模拡大の間には強い相関関係がある。どの港湾がとくに大きくなるかは一概にいえないが、国際的に取引される貨物の多くが港湾を介して移動している限り、取扱量の増大に応えるためには港湾の用地を広げたり設備を増やしたりしなければならない」とした上で、「1990年代以降、世界の主要港で進められた港湾拡充は、船舶の巨大化に対応することが主な理由であった。ポストパナマックス級の大型コンテナ船が就航する時代を迎え、主要港は埠頭の延長や新設あるいはより深い水深の確保に向けて取り組む必要性に迫られた。拡充の理由はこれだけではない。コンテナ船以外に、バルクキャリー、自動車専用船、クルーズ船も大型になったり数が増えたりしたため、新たな状況に対応しなければならなくなった。総じていえることは、スケールメリットと専門性の追求がより強まったことである」と述べています。
 そして、「港湾への新たな投資は、さまざまなかたちで経済的な効果を生む」として、
(1)港湾に直接関連し港湾の近くで行われている活動部門での効果
(2)港湾を利用している企業など港湾の背後圏での効果
(3)直接的効果が循環して二次的あるいは間接的にもたらす誘発的効果
の3点を挙げています。
 第10章「港湾のヒンターランドとフォアランド」では、「港湾の背後に広がるヒンターランドは、港湾の影響力が強く及ぶ地域と部分的に及ぶ地域の2つから成り立っている」とした上で、「港湾の背後に広がるヒンターランドに対し、港湾の前方に位置するフォアランド(前方圏)にも目を向ける必要がある。港湾を利用して貨物を出荷しようとする企業にとっては、その貨物が無事に相手先に届くことが最大の関心事である。つまり、出荷元から出荷先まで連続した流通経路の確保が重要である」と述べています。
 本書は、都市を生み出す港湾の力を解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 昔から都市は港を持っていることが多く、意識しないと当たり前のように思ってしまうのですが、何もないところからどういう経路をたどって港が都市を形作っていくのかをきちんと考える機会があるというのはいいことです。


■ どんな人にオススメ?

・港と都市の関係を考えたい人。

■ 書籍情報

科学はなぜわかりにくいのか - 現代科学の方法論を理解する   【科学はなぜわかりにくいのか - 現代科学の方法論を理解する】(#2857)

  吉田 伸夫
  価格: ¥1,706 (税込)
  技術評論社(2018/4/14)

 本書は、「科学を方法論として捉え、その手法を具体的な論文に基づいて解説する」ものです。
 第1章「科学者はなぜ見てきたように語れるのか」では、「科学の進歩とは、最先端部分の学説が修正・交代を通じて練り上げられ、しだいに確実性の高い『定説』になっていく過程である」として、「科学の最先端は、まさに戦場である。学説の優劣をめぐって多くの科学者が激論を繰り広げ、実験や観測のデータをもとに勝敗を決める。学会の大御所によるご託宣ではなく、優勝劣敗の戦いを経て確実性が高いと認められた学説が定説になるからこそ、科学は信頼できるのである」と述べています。
 そして、「ある学説が定説になるまでの具体例」として、恐竜絶滅の原因としての「小惑星衝突説」を取り上げ、「小惑星衝突説がいかにして(ほぼ)定説という座を獲得したか――そのプロセスを見ることによって、科学的方法論とは具体的にどのようなものかを明らかにできる」として、それまでの学説が、「選択的な絶滅」が何故起きたかを説明できず、「裏付けとなる客観的なデータが欠けていた」のに対し、「アルヴァレズらによる小惑星衝突説は、客観的なデータに基づき、選択的な絶滅を説明する理論として案出されており、説得力があった」と述べています。
 そして、「イタリア、デンマーク、ニュージーランドと、世界各地の白亜紀―第三紀境界層でイリジウムが高濃度になっているのはなぜか? この謎を説明するに当たって、アルヴァレズらは、最も典型的な科学的推論の形式である『仮説演繹法』を採用した」として、
(1)まず、データを説明できる可能性のある仮説を考案する。
(2)次に、「その仮説が正しい」と仮定したとき、どのような帰結が導かれるかを論理的に推論する。
(3)こうして導かれた帰結とデータを比較することによって、仮説の正当性を検証する。
の3点を挙げています。
 また、「アルヴァレズらの論文は、科学的な議論が示す特徴を、実にわかりやすい形で教えてくれる」として、「アルヴァレズらの小惑星衝突説の根拠になるデータは、ある地層にイリジウムが濃縮しているというだけのものである。しかし、そのデータを説明するさまざまな仮説を検討し、最もありそうなモデルを作り上げることで、誰も目にしたわけではないのに、6600万年前に直径10キロメートルほどの小惑星が地球にぶつかってきたというSFのようなストーリーを、確実性の高い学問的な仮説として提出できた」と述べています。
 第2章「科学者は世界を見通す賢者なのか」では、「科学の現場で行われているのは世界を見通す原理を探るような高邁な知的活動ではない。現代科学においては、いかに細緻に恵まれた科学者であっても、単独で首尾一貫した包括的な理論を作り上げることは、ほとんど望めない。複雑な現象を細分化し、個別的な問題について明確に解答できるようにするのが、科学者の主たる職務となる」と述べています。
 そして、「科学とは、集合知を利用する学問である。ごく一部の独創的な科学者が新しい学説を提出し、他の多くの科学者が後続研究を行う。こうした共同作業を通じて、初めて学問の進歩が可能になる」と述べています。
 また、「科学者が説明力をあまり重視しないのは、『もっともらしい説明が、実はまったくの誤りだった』という事例が無数にあるため」である具体例として、「河原にはなぜ丸くて小さい石が多いか」について、「下流域の石は、長く移動したから角が取れて丸く小さくなったのではなく、角が取れて丸く小さいから長く移動してこられたと考えるべきである」と述べています。
 さらに、「科学論文においては、一連の後続研究の中でどこに位置するかを明確に示すことが、本質的な重要性を持っている。多くの論文は、まず冒頭で研究の流れを瞥見し、どの学説に対する後続研究であるかを明確にする」と述べています。
 第3章「科学は世界を語れるのか」では、「現在でも、科学の進歩は続いている。しかし、それは、ウニが棘を長く伸ばす姿になぞらえられそうだ。ウニ本体に相当する『世界や人間そのものにかかわる部分』はさして成長しておらず、特定の専門分野に関する知識だけが、突出して先鋭化されているだけではないか?」と述べています。
 第4章「科学はいつ間違えるのか」では、「初期条件を少し変えるだけでまったく違った結果が得られることが、複雑系の特徴である」とした上で、「複雑系に化学的に不活性な物質が残留し、科学者の予想を超える悪影響が生じた例」として、「フロンによるオゾン層の破壊」を取り上げ、「科学者は、短期的な安全性を優先してフロンを開発したが、この目的は達成できたと言って良いだろう」が、「ほとんどの科学者が安全だと思いこんでいたフロンが、実はオゾン層を破壊する危険な物質であることが判明した」と述べ、「一般の人は、科学的な成果が産業や生活に応用されることを期待する。しかし、そうした応用には、環境や社会、身体などの複雑系が関与するため、最終的にどのような影響が生じるのか、科学で予測することが極めて難しい」と述べています。
 第5章「科学者はなぜ数字で語りたがるのか」では、「科学で数字が多く用いられることには、方法論上の理由がある。科学は、世界全体を俯瞰する立場から大上段に構えた議論をする学問ではなく、あくまで、具体的な実験・観測のデータをもとにして、個別的な学説を練り上げていく手法である」として、「理論とデータの比較や学問内部での位置づけを示すために、他の研究を頻繁に引用する必要がある」とともに、「数字を使うと、異なる分野のデータを結びつけることも可能になる」と述べた上で、「科学者同士の議論ならばきわめて有用であっても、一般の人が科学的知見を得ようとする際には、数字の持つ意味が適切に理解されず混乱を招くこともある」と述べています。
 そして、「現代社会には、トランス・サイエンス問題が無数にある。これらに対処するために、科学者は、科学的な知見を一般の人に適切に伝えるように努力しなければならない」と述べています。
 第6章「科学とどうつきあえばよいのか」では、「マスコミ報道を通じて一般の人がiPS細胞に感心を持つのは、最初にマウスでの成果が発表されてから1年半が経過し、ヒトiPS細胞が作られて以降である。その間に後続研究がなされ、山中の研究の正当性が確認されたわけである。科学ニュースの受容としてはこの程度のペースが適当だろう」として、「社会問題にもなったSTAP細胞のケースでは、iPS細胞と異なり、実際の研究よりもマスコミ報道が先行したために、事態がこじれてしまった」と指摘しています。
 著者は、「本書では、『科学とは方法論である』という立場を一貫させてきた。科学の方法論は、ある意味で、極めてシンプルである。まず、何らかの帰結が導けるような学説を提出する。ここで重要なのは、その学説が正しいと信じているか否かにかかわらず、演繹的な推論が行えることである。後は、その帰結に関して様々なデータを基に検討し、正しそうな学説を選び出し練り上げていく」と述べています。
 本書は、科学との正しいつきあい方を論じた一冊です。


■ 個人的な視点から

 インターネットで誰れでも情報を発信できるようになった結果、私達が科学にアクセスする手段は格段に高まった一方で、「科学っぽい何か」にアクセスしてしまう機会も格段に増えました。
 昔であれば、大学などでリテラシーを積んだ人しかアクセスできなかったのですが……。
 だからあれほど拾い食いはするなと言ったのに。


■ どんな人にオススメ?

・科学と付き合わざるを得ない人。

■ 書籍情報

近世の巨大地震   【近世の巨大地震】(#2856)

  矢田 俊文
  価格: ¥1,944 (税込)
  吉川弘文館(2018/3/16)

 本書は、「相模トラフ周辺、日本海溝周辺で起こる地震について取り上げ、元禄関東地震や慶長陸奥地震を扱」い、「藩領・幕府領のどこでどのような被害が起こったのかを把握する」ため、「大庄屋が藩・代官所に報告した文書」を分析したものです。
 第2章「元禄関東地震、宝永地震―17世紀末~18世紀前半の地震―」では、「1703年の元禄関東地震は相模トラフ周辺で起こった地震で、津波によって伊豆から房総半島にかけて大被害となった。その4年後の1707年には南海トラフ地震が起こり、四国から東海地方にかけて大被害となった。この2つの巨大地震が起こる前には各地で地震が起こっている」として、延宝5年(1677)10月9日に起こった延宝房総沖地震について、津波によって村当たり10人以上死亡した村として、千葉県内では、上総国東浦8か村(川津、沢倉、新官、部原、御宿、岩和田、矢指戸)200余人と上総国和泉村11人を挙げ、現在の地名では、いすみ市、御宿町、一宮町、勝浦市だと述べています。
 そして、元禄16年(1703)11月23日に相模トラフ周辺で起こった元禄関東地震について、「神奈川県伊豆地域・房総半島等の関東地方に広域で甚大な被害があった。海溝型の地震なので津波による被害が大きかった」とした上で、「東海道を通って京都に帰ろうとした一行が地震に遭遇し、そのとき記した日記から東海道のどこがひどい被害を受けたのかをみていく」としています。
 また、元禄関東地震から4年後の宝永4年(1707)10月4日に、南海トラフ周辺で起こった宝永地震について、「大阪は1361年にも南海トラフ周辺の地震による津波に襲われている」として、「宝永地震の津波は大阪湾に押し寄せ、低地に広がる大阪三郷は大きな被害を被った」と述べた上で、宝永地震のおよそ1ヶ月後の11月23日の富士山の噴火について、「富士山の噴火は茨城県まで影響を及ぼし、11月27日は、茨城県笠間市より先は火山灰が1寸(3センチ)降り積もっていたこと、また茨城県石岡市当たりでは噴火による灰のために朝も暗く、灯りをともして朝食をとらなければならなかったこと」や、「11月29日には栃木県茂木町でも火山灰が降り、富士山が太鼓のように鳴り、稲光が走っていたことがわかる」と述べています。
 第3章「越後三条地震、出羽庄内沖地震」では、「19世紀の後半には善光寺地震、嘉永の南海トラフ周辺の地震、安政江戸地震など、巨大地震が連続して起こるが、これらの巨大地震の前に日本海側で連続して大地震が起こっている」と述べています。
 そして、文化元年(1804)6月4日に出羽の国で起こった象潟地震について、「江戸時代に陸奥の松島と並んで景勝地として知られた出羽の象潟は、地震により土地が隆起し、それまでの象潟の風景を一変させた」と述べています。
 第4章「弘化善光寺地震、嘉永の東海地震、安政江戸地震」では、嘉永7年(1854)11月4日に、南海トラフ沿いを震源として起きた東海地震について、その32時間後に同じく南海トラフ沿いを震源とする南海地震が起こり、1855年(安政2年10月2日)には江戸地震、1856年(安政3年7月23日)には安政の八戸沖地震、1858年(安政5年2月26日)には飛越地震が起こるなど、「南海トラフ沿いを震源とする地震の前後には各地で地震が起こっていた」と述べた上で、「南海トラフ沿いを震源とする地震には、887年(仁和3)の南海地震、1096年の東海地震、1361年の地震、1498年の明応地震、1707年の宝永地震、1854年の東海・南海地震、1944年(昭和19年12月7日)の東南海地震、1946年(昭和21年12月21日)の南海地震がある。1707年の宝永地震から考えると、100年から150年ごとに南海トラフ沿いを震源とする地震が起きている。100年から150年ごとに起き、そして同じ地域に被害を与える地震の研究は重要である」と述べています。
 また、「飛脚がもたらす地震被害情報は正確で、飛脚問屋が顧客に配った摺物を直接受け取っていない人にとっても重要なものであった。飛脚問屋は情報の伝達を商いにしているわけではなく、荷物を運ぶことが商いの主なることであったが、商売にとって災害時に被害にあった荷物の損害を誰が負担するのかは重要なことである」として、「荷物を運搬する飛脚問屋にとって、災害で消失した荷物の損失は運送を依頼した荷主が負担するのか、運送を請け負った飛脚問屋が負担するのかは重大関心事であった。つまり災害は重要な関心事であったともいえる。だからこそ飛脚問屋は正確な被害情報を把握し、それを顧客に知らせようとしたのである」と述べています。
 そして、「嘉永7年(1854)11月4日の東海地震から11か月後の安政2年(1855)11月2日に首都江戸を襲う地震が起こった。安政江戸地震である」として、「安政江戸地震の被害の中心地は江戸市中の深川・本所周辺で間違いなかろう。では、被害の境界はどこであろうか。西は川崎領より東、すなわち多摩川よりも東と考えられる。北は引又宿よりも南である。東は船橋宿(千葉県船橋市宮本町)よりも西である」と述べています。
 エピローグ「過去の災害を知る」では、「本書では近世の俳人の史料を使うことによって、地震の史料の枠を広げる試みをした」として、「地震を素材にした句は限られているが、俳人は全国各地にネットワークを築いているので、被害にあった俳人からの手紙は残っているはずである。丹念に俳人の史料を探せば、地震の被害や様々な情報を伝える資料は出てくるだろう」と述べています。
 本書は、100年単位で起こる地震を知る上で、重要な手がかりとなる「前回」や「前々回」の地震の被害を教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 東北地方太平洋沖地震を契機として日本は地震活発期に入ったという話も聞くことが多く、熊本、大阪、北海道と短期間に大きな地震も頻発しているのですが、近世の地震を振り返ってみると、連動して発生する地震と一定の周期を持った地震があることが分かります。どこで起きるかわからない内陸のプレート内の地震は誘発されるようですし、やっぱり怖いのは南海トラフですね。


■ どんな人にオススメ?

・地震が心配な人。

■ 書籍情報

鉱物の人類史   【鉱物の人類史】(#2855)

  サリーム・H・アリ (著), 村尾智 (翻訳)
  価格: ¥2,592 (税込)
  青土社(2018/2/24)

 本書は、「鉱物利用の歴史を紐解くとともに、環境汚染から資源の不足まで、さまざまな危機が訪れる度に、人類が創意工夫で乗り越えてきた事を、さまざまなエピソードとともに例示」し、「資源を貪る物欲は、裏を返せばイノベーション創出の意欲につながる心理であり、無理に抑制する必要はないとも主張する」ものです。
 著者は、「我々は、非再生資源である鉱物に世界が依存する現実を、理解しなければならない」と述べています。
 序章「錬金術から化学合成、そしてその先へ」では、「人類は、すべての鉱物がこれまでになく大量に消費される時代に生きている。『鉱物資源をどう使うべきか。使った元素はリサイクルして元の状態に戻せるか』という問題がますます重要性を帯びている」と述べています。
 そして、「ゆるやかな持続性を実現するには、経済の果たすべき機能について、発想を大きく変えなければならない。エコロジーの専門家だと、水系との類推から、考察を進める。通常は、一方的に流れる河川と物流を比べるのだが、ここで必要なのは、河川ではなく『湖のような』モデルだ。湖では、入ってくるものと出ていくもののバランスが取れれば、物質が循環し続ける」と述べています。
 第1章「人間は資源を利用してきた」では、「かつて、金属を精錬する専門家は、魔力を持つ特別な階級として扱われた。彼ら自身も独特の集団としてふるまった。例えば、同族結婚の習慣を持ち、技能集団のうちわで結婚の話を進める事があった」と述べています。
 著者は、「現代社会は地球が生み出す元素にあれこれ頼っている。困ったことだ。鉱物は、有用性と心に響く美しさの両方から、時代を超えて、愛されていたが、その使い方を再考する時期にさしかかっているのではないだろうか」と述べています。
 第2章「宝石の価値は失われない」では、「電気を意味する『electricity』は、琥珀を意味するギリシア語『elekton』に起源がある」として、「エリザベス1世の侍医であり科学者でもあったイギリスのウィリアム・ギルバートが、この言葉を作ったのだ」と述べています。
 また、世界的な真珠産地であったオーストラリア北西部の海岸では、「アボリジニの潜水夫と白人の間でもめごとが耐えなかった」が、19世紀に潜水服が発明されると、「偏見に凝り固まるイギリス人やオーストラリア人は、銅でできた潜水服をアボリジニは使いこなせないと考え、東南アジアの労働力に目を向けた。その結果、腕を買われた日本人潜水夫が西オーストラリアのブルームに集められた。今でもブルームの街には墓石や顕彰碑など日本の残り香が漂っている」と述べています。
 第3章「金、石炭、石油がもたらした繁栄」では、「金は長持ちし、リサイクルが容易なので、社会と環境の負荷をかけて採掘する必要があるのかという、倫理的な疑問がわいてくる。採掘品、リサイクル品を問わず、金を素材とするサービス産業として、鉱業界は体質を変えるべきだろうか」とした上で、「国際間に緊張が走った時代、金本位制には、果たす役割があったであろう。しかし、グローバル化が進行する現在、個人が資産として金を所有する道はあるものの、金を基準とする意味は薄れている」と指摘しています。
 第4章「金品への依存」では、「ミームの概念は人間の欲やその拡大を理解する助けとなる。『バイラル・マーケティング』になじみのあるビジネスのプロは、これを使えば、口コミに影響される消費行動を広い視野で分析できると期待した」と述べ、「人間の欲を神経学的に理解する事は『目に見えないところで操作されている世界を人が渡ってゆく』際の一助になる」として、「脳内のソフトウェアとでもいうべきミームは、人間が狩猟採集民であった頃から危機を回避するのに役立っている。現代人の体内にもこの文化的なソフトウェアは残っている」と述べています。
 第5章「資源の呪いからの解放と世界の発展」では、「資源の呪いの提唱者たちは特に石油が災いのもとだと主張する。反政府勢力が重要な収入源として目をつけるだけでなく、産出国の行政機構は未熟なことが多いからだ」と述べた上で、「石油は、燃料として使われるべき運命を背負い、不幸な歴史を残してきた。しかし、これをアフリカにおける紛争の原因と簡単に決めつけるのは、間違いだ。むしろ、チャドのように選択肢があまりない国では、適正な管理計画を立てて開発するべきであろう」と述べています。
 そして、「最大の課題は、社会全体あるいは地域社会に資源が役立つ仕組みを構築する事である。資源を利用すると同時に、人々の生活を支える仕組みを損なわないようにしたいならば、市場のインセンティブ、規制、各種計画、地域社会対策を組み合わせ、効果を最大限に引き出すことが、極めて重要である」と述べています。
 また、「天然資源を利用して、生産性の高い会社を作り、地域の生活向上に結びつけることは、今日の重要な課題である。しかし、鉱物の価格が高騰すると、他人に採られる前に自分が採ろうと、人々が産地に押し寄せる。彼らの身勝手な質問はこうだ。『ここの資源はいつまで大丈夫かね?』。こういうときこそ開発の速度と方向性を管理する政策が必要だ」と述べています。
 第6章「地球の収奪とその代償」では、「一次産業の中でも鉱業は中国をオリンピック主催国にまで高めた立役者だ」として、「資源の消費は(基本的な食料も含めて)環境に負荷を与える。世界最大の人口を抱える中国は鉱業をエコな方向へ向けて牽引しなければならない」と述べています。
 そして、「今の社会に必要な事は、排他的な空気を改め、異端視された研究者を登用して、エコロジー経済学を、本流の経済学と一緒に、育てる事であろう」と述べています。
 また、「資本主義の魅力は体制内の要素を適切に調整できる点だ。自然の成約がある中で、どう政策を選ぶべきか説明できれば、価格戦略は我々が行動を決めるのに有効となる。生態系を考慮して価格を計算する事は間違いなく大きな課題だが、資源枯渇の危機感がその動きを後押ししている」と述べています。
 第7章「循環社会へむけて」では、「ゴミ捨て場は、富裕層にとっては無意味でも、不平等な社会であえぐ貧困層にとっては、宝の山なのだ。彼らはゴミ山を銀行のように感じている。時には誤って捨てられた宝飾品や、質流れのブランド物など、思わぬ掘り出し物があるのだ」と述べています。
 そして、「産業界は廃棄物を選別・再利用する技術の開発を必要としている。廃棄物の再利用は、高エントロピーを持つゴミを低エントロピーな原料に戻すことを意味するが、当然、エネルギーを必要とするので、エネルギー仕様による環境への影響を調べ、費用と便益の関係を詳しく調べなければならない」と述べています。
 第8章「生態系の回復」では、「資源は長期間にわたって地元に影響を与える。特に露天掘りの場合は、へたをすると数千年もの間、何らかの影響が続くと思われる」として、「鉱山によって劣化した環境の修復は長期間に渡る課題となるが、同時に、生態系の復元ができる良い機会だ」と述べています。
 第9章「うまくつきあう方法」では、「はたして、資源産業は、持続可能な発展を実現し、長期的な安全を保障できるのだろうか?」として、
(1)負の側面を直視する事。
(2)「『資源があると戦争になる』という運命論があまりあてにならない」と言う事。
の2点を挙げています。
 そして、「望ましい消費行動の実現という点から見ると、今の世界は、まだ不十分、もっと世界は変わるべきだ。生活環境はより快適、物質循環はよりスムーズ、健康管理や情報解析はより簡単にできる、そんな社会を私は待っている。この本で私が言いたかったのは、人口、非再生資源の消費、そして環境について、我々はもっと広い視野を持って(貧困削減、人間の開発、究極の目標である人類のサバイバルなど)議論すべきだという事だ」と述べています。
 本書は、鉱物と人間との付き合い方を考えた一冊です。


■ 個人的な視点から

 地下資源をめぐっては、20世紀後半に「あと○十年で石油がなくなる」と脅されてきた世代なので、環境意識が高い人達の悲観的な本が多い中ですが、人類が過去どのように地下資源と付き合ってきたかを紐解いていき、今後どう付き合っていくかを考える本書は、落ち着いた考え方を教えてくれるのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・石油がなくなる将来を心配している人。

■ 書籍情報

溺れる魚,空飛ぶ魚,消えゆく魚: モンスーンアジア淡水魚探訪   【溺れる魚,空飛ぶ魚,消えゆく魚: モンスーンアジア淡水魚探訪】(#2854)

  高村 典子 鹿野 雄一
  価格: ¥1,944 (税込)
  共立出版(2018/2/10)

 本書は、「その地域性の1つのメタファーであり、象徴とも言えよう」とする淡水魚について、「筆者がモンスーンアジアで見てきた淡水魚類多様性と彼らを取り巻く状況を、できるだけ現場に即した形で紹介」しようとするものです。
 第1章「モンスーンアジアの淡水魚類多様性」では、「淡水魚には海水魚と比較すると、進化学的・生態学的に地域固有性が高いという特徴がある。また、モンスーンアジアは雨量の多い地域であり河川や湿地が多く、淡水魚の種類も生物量も多い。そのためモンスーンアジアの魚類多様性は、世界的に見ても豊かかつ特異であり、『ホットスポット』としても大きく注目される地域である」と述べています。
 そして、「純淡水魚は、100年程度の短い時間スケールで見た場合には、基本的に陸地や海水を超えて移動できない。しかし、数千年以上の人間にとっては長い時間スケールで見れば、さまざまな規模で移動や合流のイベントが起きているこのようなごくゆっくりとした遺伝集団の合流・分断のダイナミクスこそが、純淡水魚類における進化や多様性の1つの大きな基盤となっている」と述べています。
 また、「水面から出て呼吸しなければ溺れてしまう魚」として、ドジョウ類やタウナギ類、ベタやタイワンキンギョなどいわゆる闘魚の仲間が多いと述べています。
 さらに、「現在の東南アジアの淡水魚類多様性を決定づけている要因の1つに『スンダランド』がある。かつて2万年ほど前、氷河期に海水面が今より100mほど低かった頃、現在のインドシナ・マレー半島は、スマトラ島、ボルネオ(カリマンタン島)、ジャワ島などが地続きになっており、それをスンダランドと称する」と述べています。
 第2章「東南アジアの現場から」では、「カンボジアは、世界で最も淡水魚多様性の高い国の1つであるといってもよいだろう。国の南北をメコン川が流れ、広大な湖であるトンレサップ湖を有する。トンレサップ湖は単なる湖ではなく、水位変動の激しい『氾濫原』としての生態学的機能を有している。そのため淡水魚類の揺籃の地であり、カンボジアの水産資源の根幹を支えている」と述べています。
 また、「熱帯の小河川を魚の生息環境という視点で見ると、2つの軸がある」として、
(1)河川の瀬淵構造
(2)河畔植生による河川上空の遮蔽度
の2点を挙げています。
 さらに、「現在ラオスで建設されているメコン川本流のダムは、ラオスだけではなく下流のカンボジアやベトナムにも影響を与えるとして、大きな問題となっている」として、「ダムがもたらす典型的な影響は流域の断片化と分断化である」と述べています。
 第3章「東アジアの現場から」では、「白神山地の奥地の渓流域には2種しか淡水魚がいない。イワナとカジカである。いずれも本来は通し回遊魚であるが、陸封化・河川型化したものである」と述べています。
 本書は、淡水魚の生物多様性の現場を丹念にたどった一冊です。


■ 個人的な視点から

 世界中の海がつながっているのに対し、水系ごとに隔てられている淡水魚は生物多様性の宝庫ということで、生物学者的にはとても魅力的に見えるようです。


■ どんな人にオススメ?

・多様な生物を見てみたい人。

■ 書籍情報

風味は不思議:多感覚と「おいしい」の科学   【風味は不思議:多感覚と「おいしい」の科学】(#2853)

  ボブ ホルムズ (著), 堤 理華 (翻訳)
  価格: ¥2,376 (税込)
  原書房(2018/3/26)

 本書は、「風味とはなにか、どのように知覚するのか、どのように知識を活用すればより豊かな風味の世界を楽しめるのかについて」解説したものです。
 序章では、「風味の科学は使える知識の宝庫なのだが、持ちあわせている人はほとんどいない。それというのも、日常生活で風味はめったに注目されないからである」とした上で、「風味に注目すると、人生は豊かになるだけでなく、深くなる。というのも、多種多様な風味の認識は、おそらく人間のみに与えられた贈り物だからだ」と述べています。
 そして、「実際のところ、風味は味覚や嗅覚にとどまらず、もっと多次元なものである。五感のどれもが――味覚、嗅覚、触覚、聴覚、そして視覚さえも――風味に大きく関わっている。風味とは食物を口にした時に感じるものの総体なのだ、と理解することがいちばんだろう」と述べています。
 第1章「ブロッコリーとトニック――味覚」では、「よくキッチンに立つ人なら知っているように、塩は料理の塩味をととのえる以上の働きをする。かしこく使えば塩はほかのあらゆる風味を際立たせ、肉をもっと憎らしく、豆をもっと豆らしく、ポテトをもっとポテトらしくしてくれる。その秘密は、ナトリウムイオンがさまざまな風味化合物――大半が味覚ではなく嗅覚にかかわる成分――を食材から引き出し、水溶液中に引き入れ、私たちが感知できるようにするからである」と述べています。
 そして、「どうやら、わたしたちは脂肪酸を甘みや塩味lうまみのように積極的に摂取するものではなく、酸味や苦味――食べてはならないものを口にしないための防御の知覚――の同類と感じるらしい」が、「不愉快な味がほんのちょっと存在すること、その食べ物全体の風味を引き立てる場合があること」から、「脂肪酸のかすかな臭みのせいで好ましいと思えるようになるものもある。その代表が、発酵食品と臭いチーズだ」と述べています。
 第2章「ボトルから飲むビール――嗅覚」では、「嗅覚がこれほど一筋縄でいかない理由は、味覚よりもずっと、ずっと複雑だからである。第1章で述べたように、味覚と嗅覚という風味にかかわるふたつの知覚は、それぞれ異なる目的のために働く。味覚はわたしたちに栄養のある食物の摂取を促し、毒物から遠ざける――かなり単純な、『イエスかノーか』の判断だ」が、「嗅覚が追求するのは『これはなにか?』という、もっと再現のない疑問なのである」と述べています。
 そして、「におい受容体を数えても嗅覚のすべてがわからない理由は、嗅覚は味覚とまったく異なる方法で知覚されるという点にある。知覚科学者は、味覚は分析的な感覚だという――つまり、簡単に分解できるのである」一方で、「嗅覚はそのようには働かない。反対に、合成的な感覚なのだ。脳はにおい成分を集め、一つの統合された知覚にする。だから、パーツを個別に確認するのはとても難しい」と述べています。
 また、「脳はにおい情報――ヒトの最も古い感覚に分類される――を処理する際、視覚や聴覚などの新しい感覚に比べ、かなり異なった方法を用いる」として、「視覚や聴覚は、まっすぐ中継地点の視床に向かう。ここは意識の門番の役割をする脳領域だ」が、「それに対して嗅覚の信号は、まず扁桃体や海馬など、意識以前の感情や記憶をつかさどる古い領域に向かう。においが激しく記憶を呼び覚ますのも、ひとつにはここに理由があるのだろう。そして、あちこちに立ち寄ってからしか意識と言語の門をくぐろうとしない」と述べています。
 著者は、メキシコ料理店で、「『より風味を味わうために』グラスでビールを飲むことにしていた」が、「風味の大半は息を吐いたときに来る」という言葉を思い出し、「グラスで飲んでもビールの味はよくならないわけだ。オルソネイザル嗅覚を刺激するだけだから、関係ないんだ。そこで、ボトルから直接ビールを飲んでみた――案の定、これほどの風味を感じたことはなかった」と述べています。
 第3章「『痛い』はおいしい――痛覚・触覚」では、1997年に発見されたトウガラシの辛味の主成分、カプサイシンの受容体について、「この受容体はカプサイシンだけでなく、43度以上の熱によっても活性化される。だから、トウガラシを食べたときに『熱い』と表現するのはたんなる比喩ではないのである(少なくとも脳は、口がやけどをしたと本気で考えている)」と述べています。
 そして、「何百万人もの人々が、トウガラシの燃える痛みをまさに『楽しみ』として追い求めている」理由として、「トウガラシを食べることは、ホラー映画を見たり、ジェットコースターに乗ったりするのと同じく、『無害なマゾヒズム』」だとする説を紹介しています。
 また、「花椒の辛味成分サンショオールは神経細胞のカリウムイオンの流れを遮断するらしい。その変化によって神経の活動が抑制されるため、結果的にサンショオールは神経をばらばらに興奮させることになる。この神経のじたばたが、花椒のプルプル感の主な原因だろう」と述べています。
 第4章「脳とワイン――聴覚・視覚・思考」では、「一般的に、食べ物に風味があると誤解されている。しかし、食べ物にふくまれているのは風味の分子であって、それら分子の風味を創造するのは、じつは脳なのである」としています。
 そして、「神経科学者が脳内の風味の流れを調べる際、研究者たちはつねに脳の特定の領域、前頭部の眼のすぐ後ろにある部分に注目する」として、「この小さな『眼窩前頭皮質(OFC)』と呼ばれる領域は、風味に興味のある人に広く知ってもらう価値はある。ここは、脳が味、におい、食感、見た目、音といった個別の情報群を――それに期待をふくめて――ひとつにより合わせ、扱いやすい『風味』という認識にする場所だと分かってきた。つまり、眼窩前頭皮質は風味が誕生する場所だといってもいい」と述べています。
 第5章「飢えを満たす――栄養・遺伝・学習」では、「わたしたちは自分が食べたものの風味と、食べた後になにが起きたかを覚えている。したがって、それからは好ましいものを求め、嫌なものを避けるようになる」として、「雑食性の狩猟採集民だった祖先にとって、こうした食べる食べないの決定は、見た目がどうこう以上の重みがあっただろう。なにを食べるかの選択は、文字通り生と死の問題に直結しうるからだ」と述べています。
 そして、「カロリーとの関連性を被験者が学んだ方の風味を飲んだとき、脳の奥に位置する側坐核という領域がクリスマスツリーのように輝いた。側坐核は、脳の『報酬系』の一部を構成している。報酬系は『これはいい』という快感を生む場所で、その快感を得るためにふたたび同じ刺激を求めるようになる。セックスや薬物に溺れたり、ロックンロールに夢中になったりするのにも、報酬系が深くかかわっている」と述べています。
 また、「母親の食事をとおしてその風味に接していた赤ん坊は、自分がこの世で初めて味わうときでも積極的に受け入れることを、研究者たちは何回も示してきた。要するに、わたしたちは母親が食べるものを学んで好きになるのだ」と述べています。
 第6章「『イグアナ味』の可能性――フレーバー産業」では、「風味化学は巨大なビジネスでもある。フレーバー業界の売り上げは毎年100億ドルを超え、彼らが作り出した製品はほぼ全家庭のキッチンに並んでいる」として、「天然物から抽出する材料にもっぱら頼るのではなく、風味成分を分解し、それを再び位置から組み立て直すための詳細な知識を、風味科学者はきわめて短期間に手に入れた。風味のデザインは、秘伝から定量的な化学に変わったのである」と述べています。
 第7章「極上のトマト――農業」では、「1970年から今日までの推移を見ると、実が大きくなって収量はおよそ3倍に伸び」たことについて、「種苗会社がなにをしてきたかというと、実が大きくなりすぎて葉が養分を供給しきれない品種を作ってきた」として、「その結果、現代のトマトは、トマトをトマトらしくするための成分が不足しているのである。糖分も足りなければ、トマトの芳香を生み出す揮発性のにおい化合物も足りない」と指摘しています。
 また、「トマトを絶対に冷蔵庫に入れてはいけない理由は揮発性風味物質にある。トマトは継続的に揮発性物質を空気中に放散しており(よく熟れたトマトをかげばすぐにわかる)、喪失分を新たに生成したもので補おうとするのだが、冷えることによって揮発性物質を作る酵素の働きが止まってしまい、甘みも、トマトらしさも少なくなってしまうからだ」と述べています。
 第8章「ヒトとコンピューター――調理法」では、「創造的なシェフはみな、独自の方法で風味のバランスを取る工夫をする」として、「料理人の仕事とは、正しい風味分子の組み合わせを用意し、提供すること」だと述べた上で、風味を高める方法として、
(1)芳香族分子を抽出して濃縮し、風味の存在感をきわ立たせること。抽出の鍵は溶解性だと考えていい。
(2)熱を加えること。加熱することで脂肪やタンパク質などの大きな分子がより小さくて揮発しやすい形態に変わり、さまざまな風味が生じる。「おいしそうな肉の香り」や風味を生み出すのは、おもに壊れた脂肪酸であり、これを最大限に引き出す調理法は、比較的低温で調理される煮込み料理だ。高温での調理では、「メイラード反応」が生じ、特徴的な茶褐色を呈する物質が産生され、その中には揮発性の風味物質も多くふくまれる。
(3)発酵の過程からは、チーズやパン、醤油、キムチ、ビール、ワインなどまさに驚異としかいいようのない、多種多様な風味が生み出される。発酵作業とは、揮発性風味物質を産生しながら食物の糖などの分子を分解するよう、微生物をうまく管理すること。
の3点を挙げています。
 終章「風味の未来」では、「風味がこれほど重要視された時代はいまだかつてなく、将来もそうあり続けることは間違いない」が、「風味の好みは時代の流れと共に変化していく」と述べ、「多文化社会は今後もますます広がりを見せ、各国料理の融合が進むだろう」としています。
 本書は、「風味」という捉えにくいものを科学の面から解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 風邪で鼻が詰まると味がわからなくなるという人がいて、自分ではなぜなのか不思議だったのですが、味と風味を感じる際のレトロネイザルの役割の大きさはもしかしたら人によって違うのかも知れません。


■ どんな人にオススメ?

・料理を食べるのが好きな人。

■ 書籍情報

権力者とメディアが対立する新時代   【権力者とメディアが対立する新時代】(#2852)

  マーティン ファクラー
  価格: ¥994 (税込)
  詩想社(2018/1/18)

 本書は、「いまや、人々は自分の意見こそが真実であり、違う意見、考え方に対して、信じられないくらい許容能力が低くなっている」として、「『真実』自体が揺らぐ世界のなかで、いま、権力者たちとメディアとの関係が大きく変化し始めている」という「権力者とメディアとの新たな関係を追った」ものです。
 第1章「『フェイクニュース時代』のアメリカメディアの変質」では、ニクソン第37代大統領について、「トランプ大統領がいま、大手メディアを『フェイクニュース』と非難して『アクセス権』を制限し、自らの熱烈な支持者である『ブライトバート(ブライトバート・ニュース・ネットワーク)』などには、政権への『アクセス権』を与えていることと類似している」が、「現代はインターネットの発達とソーシャルメディアの登場で、それが一般市民の生活の中に深く入り込んでいる時代だ」という違いがあるとしています。
 そして、「トランプ大統領を誕生させた一員には、オルト・ライト(Alt Right=オルタナ右翼)と呼ばれる新しい右翼運動がある」として、「アメリカでは白人男性がこれまで優遇されてきたのに、現在は自分たちが社会から無視される存在となってきており、アメリカ社会が自分たちから離れ、望ましくない方向に向かっているという危機感と、それに対する怒りを感じている人々がその支持層」だと述べています。
 また、FOXニュースについて、「他社のニュースを引用し、自分たちなりの『スピン』を行う。スピンというのは、事件や出来事を特定の人や勢力に有利になるように情報操作することだ。自分たちの政治的な意見を付け加えることで、1つのストーリーを組みてていくのだ」と述べています。
 さらに、「政治的に極端な考えを持った勢力、人々」が、「ミームを使って相手を攻撃し、既存のメディアが作ったストーリーとは異なる新しいストーリーを作り、定着させ、自分たちの政治的な立場を強くし、政治的な発言力を強化しよう」という使う傾向が強いとして、「彼らの目的の1つは、ジャーナリスト、ジャーナリズムの否定である」と述べています。
 そして、先の大統領選挙で、既存の大手メディアが予想を外した最大の要因として、「メディアが自分たちを過信しすぎてしまったことだろう」と述べています。
 第2章「トランプと既存メディア、激化する闘いの真相」では、「メディアを批判はするが、自身にとってのメディアの必要性も分かっているので、批判しながらもメディアの中の人たちとは意外にも友好的なつき合いをしていたりする一面もある」と述べています。
 そして、「メディアを分断させようというのが、トランプ大統領のメディア戦略でもある。つまり、自身を批判するメディアをフェイクニュースと呼び、支持するメディアをよいメディア、真実を伝えるメディアと持ち上げる。メディアを2つに色分けし、分断、対立させようというものだ」と述べた上で、ホワイトハウスの記者会見について、「トランプ大統領以前は、慣習があって、最初は必ずAP通信が質問に立った。その後には主要メディア各社が質問し、最後の小規模のメディアが質問すると言ったように、メディア間に暗黙の了解があった。しかし、トランプ政権でショーン・スパイサー報道官は、AP通信や主要メディアを無視し、初めてホワイトハウスの会見場にきたフローターたちに最初に質問をさせ、大手メディアには質問させないこともあった」と述べています。
 また、「いま、自分の考え方と異なる意見は見たくない、聞きたくないという人が増えている。それは、ブライトバートやFOXしか見ない保守系などの右の方だけではなく、ニューヨーク・タイムズなどを読む左もそうであるということだ」として、「同じ意見、考え方の人々がSNSなどを通じてコミュニティをつくり、そのコミュニティが閉じられたもので、他のコミュニティとは接点を持たなくなっている。そのようなとき、単なる1つのコミュニティ内の意見や考え方が、実際の社会の現実であるかのように錯覚してしまうのだ」と述べています。
 第3章「トランプ政治はどこへ向かうのか」では、「トランプ政治を説明するためには最初にアメリカ政治史を見ていく必要がある。アメリカという国家に対して、どういう国、どういう社会をつくりたいかということに関して、2つのビジョンがある」として、
(1)州の権利、個人の自由を最大化し、政府の権限を小さくする、共和制の理想を追求したリパブリカン(共和主義者)でトーマス・ジェファーソン第3代アメリカ大統領の政治ビジョン
(2)中央政府には大事な役割があり、積極的に関与する中央政府が必要であり、エリートが国を指導すべきとしたアメリカ合衆国憲法起草者である初代アメリカ財務長官のアレクサンダー・ハミルトンのビジョン
の2点を挙げています。
 そして、「アメリカの保守とリベラルの分け方は、日本の保守とリベラルの分け方とは全く意味が違う。アメリカの見方でいうと、大きな政府を思考する自民党は完全にリベラルであり、社会主義に近いといえるかもしれない」として、「日本でアメリカの見方で保守に当たるのは、小泉純一郎政権や、それを支えた竹中平蔵氏だろう」と述べた上で、「日本の保守、リベラルの分け方は、第2次世界大戦における日本の戦争をどう見るかで別れているように私には見える。日本が間違った侵略戦争をしたと考える人々がリベラルで、日本は必ずしも悪くはなかったが戦争に負けたことで責任を負わされたとする人々が保守に当たるようだ」としています。
 第4章「安倍とトランプ、『メディアへの敵意』という共通点」では、「2012年からスタートした第2次安倍政権は、トランプ政権と多くの共通点を持った政権だ」として、「安倍政権がメディアをコントロールしようとする手法は、トランプ政権のそれとよく似ている。実際には安倍政権のほうが、メディア同士の対立をあおって、メディアの分断に成功している」と述べています。
 また、「安倍政権がトランプ政権に似ていると感じるもう1つの理由は、怒りに満ちたポピュリズムから発生したナショナリストたちが政権を熱烈に支持している点だ」として、「安倍政権にも攻撃的な右翼が味方についていて、特にインターネットの世界に多く、それは『ネット右翼』と呼ばれる」と述べています。
 さらに、「日本では3.11東日本大震災(2011年)の原発事故のあと、メディアが政府の言いなりになり、政府側の発表、意向を鵜呑みにして、原発から拡散する放射性物質の危険性を全く報道しなかったことがメディアへの大きな不信感を生む事態となった」として、「その不信感は、格差拡大を背景に生まれてきた、エリートであるジャーナリストへの敵対心と結びつき、メディアへの敵視となっていった」と述べています。
 そして、トランプ政権と安倍政権の違いとして、トランプ大統領が、「アメリカ国内のポピュリズム、人々の怒りをうまく利用して大統領になった」一方で、安倍総理は、「戦後だけで見ても、岸信介元総理から3代目となる世襲議員で、日本における政治的な貴族である」点、そして、官僚との関係性として、「トランプ大統領は、いまのところ行政機関をうまく運用できていない」が、「安倍総理は、官僚組織を基本的にはうまく使いこなしていて、むしろ官僚が安倍政権を支え、第2次安倍政権が長期政権となることを助けている」を指摘しています。
 第5章「メディアと権力者の未来はどうなるか」では、「役所などに記者クラブを持つ朝日新聞をはじめ、日本の大手メディア、そしてその記者たちは、日本の官僚制度のインサイダーそのものだ。官僚体制の一部であり、宣伝機関の役割を果たしている。そういったインサイダーとしての特権的地位はどうしても失いたくないのだ」と述べています。
 本書は、メディアと権力者との新しい対立的な関係性を、国民の格差拡大などから読み解いた一冊です。


■ 個人的な視点から

 日本ではトランプ大統領のエキセントリックなキャラクターばかりが戯画的に伝えられている印象がありますが、アメリカ政治の文脈や世相の流れの中で解説されると、トランプ大統領を生みだしたアメリカを理解する助けになるのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・トランプとビフ・タネンの違いがわからない人。

■ 書籍情報

自治体不祥事における危機管理広報―管理職の心得と記者会見までの対応―   【自治体不祥事における危機管理広報―管理職の心得と記者会見までの対応―】(#2851)

  田中 正博
  価格: ¥1,998 (税込)
  第一法規株式会社(2018/7/11)

 本書は、「組織の不祥事は、自ら“経験”して学び取るものではない」として、「自ら経験する前に、不祥事発生時の即時対応力を習得することを目的とした、いわば“自習用マニュアル”」です。
 冒頭の、近藤やよい足立区長の特別インタビューでは、「足立区役所では『30分ルール』というのを設けていて、事件・事故があれば30分以内に上司に報告することにして」いるとした上で、研修の冒頭で、「区長として説明しなければならないことは、もちろん私が行います。しかし、部長もしくは課長レベルで説明しなければいけないことは、あなた方が代表して説明するのだから、ちゃんと説明能力を身につけなさい」と述べたことに感銘を受けたとしています。
 第1章「自治体にとって最大の危機は『不祥事』である」では、米国のあるリスクマネジメントコンサルタントの話として、リスクを、
(1)予防系リスク:予防しようとすれば間違いなく予防できるリスク。コンプライアンス違反(不祥事)や人工的な建造物による被害など。
(2)非予防系リスク:どんなに努力しても防ぐことができないリスク。自然災害や未知の疫病など。
(3)半予防系リスク:一見予防できそうだが、現実には予防できにくいリスク。テロや内乱など。
の3点に分類したうえで、「『予防系リスク』の第1順位に挙げられているのが『コンプライアンス違反(不祥事)』であり、『不祥事』こそ、自治体にとって最大のリスクである」と述べています。
 そして、「役所で多く見られる“申し送り事項”は、不祥事の温床といっていいほど、思いがけない問題を引き起こす」と述べています。
 第2章「不祥事防止は難しくない」では、「危機管理は管理職の仕事」だと思われがちな問題について、「危機管理は管理職の専従業務ではない。危機管理は誰のためのものでもなく、『自分と自分の家族を守るため』に欠かせない自己管理の一つである」と述べています。
 第3章「リーダー・管理職としての平時の危機管理心得」では、リーダー・管理職として気をつけなければならないこととして、「現場で起きたマイナス情報を現場の職員が抱え込んでしまい、上司に報告しない現象」である「情報ブロック」だと述べています。
 第4章「危機(不祥事)発生時の初期対応の基本心得」では、初代内閣安全保障室長を務めた佐々淳行氏による危機発生時の初動対応のキーワード「一何(いっか)の原則」について、「現場で危機が発生した場合には、何か一つでも危機の芽に気づいたら、『5W1H』にこだわることなく、直ちにその『ひとつのW』を上司に報告せよ」ということだと述べ、この「第一報」に対する対応として、「あれこれいわずに、ずばり『分かった』と伝え、『ありがとう』の一言を付け加えること」だとしています。
 第5章「こんなとき、あなたならどう対応する?」では、首長の会見の想定質問作成の際に、“忖度”をしてしまうと、「想定外の厳しい質問に即座に応答できず、本番の記者会見の席上で組織トップの“絶句シーン”を招くことになる」として、「むしろ逆に記者の立場に立って、“記者に成り代わって”厳しい質問、つまり、日頃の管理体制の甘さとか、責任感の認識の有無とか、危機管理意識の欠如とか、判断ミスや指示ミスなど、その不祥事に対する首長、あるいは組織トップとしての『認識』と『見識』を問う質問に意を用いることが大切」だとしています。
 そして、緊急記者会見の目的として、
(1)社会や納税者に不安や不信感、あるいは迷惑をかけたことに対する「お詫びの場」であること。
(2)今、分かっていることを速やかに説明する「情報開示の場」であること。
(3)社会や納税者の不安感、不信感、不便さを解消するために「今後の方針を説明する場」であること。
の3点を挙げています。
 また、「記者は取材に当たって、常に取材先の相手の言葉の中に『見出しになるようなキーワード』を探している」として、「『見出しになるようなキーワード』が出てこない、あるいは引き出せないと、記者はいらいらしてくる」が、「冒頭にそれが得られた場合は、あとは記事を書くのに苦労をしないそうである」と述べています。
 さらに、「役所側の対応について批判的な質問で挑発して、こちらの認識や見識の欠如を追求してくる」ような「挑発質問」に対しては、「ブリッジ話法」(Yes, but話法)として、「ご批判はよく分かります」のような「記者の質問を否定しないで、いったん、受け入れる応答」をした上で、「ただし、あの時点で最優先だったのは……」「あの状況で最重視したことは……」「あのとき、最も配慮したことは……」と、「こちら側の立場を説明していく」と述べ、注目すべき点として、「記者の言い分を『その批判』『その指摘』『その質問』と使い分けている点」を挙げ、「記者からの質問は、総じてこの3ジャンルに分類できるので、それを状況に応じて使い分ける」とともに、「理由についても『最優先したこと』『最重視したこと』『最も配慮したこと』と、使い分けている」として、「記者の反感を招かず、記者と議論せず、そして、こちら側の対応に理解を持っていくための話法」だと述べています。
 また、「危機発生時に、記者会見の回数を重ねることは確実にプラスの効果がある」として、
(1)「情報開示の姿勢」が伝わること
(2)記者会見を重ねるごとに記者との間にコミュニケーションが生まれてくること
(3)ある一定期間、記者と緊張した関係を持って対峙し、やがてそれが落着したときに、記者との間に“ともに過ごした”という共感が生まれ、その後非常にいい関係を保つことができること
の3点を挙げています。
 第6章「危機発生時の広報とマニュアル」では、「危機管理マニュアルは、広報マニュアルとは基本的に異なる点がいくつかある」として、
(1)職員一人ひとりの危機管理意識の啓発を主たる目的にしている。
(2)個別事案ごとに手順と対応が異なり、普遍性がない。
(3)危機管理マニュアルを“教材”にして、職員研修で活用する。
の3点を挙げた上で、危機管理マニュアルの構成は3部制にするとして、
(1)第1部:「危機管理の基本知識と心得」の説明
(2)第2部:マニュアルの本題である「ケース別の対応マニュアル」
(3)第3部:記者からの想定質問項目の列記
としています。
 そして、「不祥事発生時のマスコミ対応のスキルアップには、確かに模擬記者会見が最も実践的であり、効果も高い」と述べています。
 本書は、自治体における危機管理対応、とくに記者対応について実践的な教訓を多く含んだ一冊です。


■ 個人的な視点から

 内容自体は基本的と言いますか、当たり前にやらなければならないことをわかりやすく解説しています。
 第一報の段階ではわからないことが多く、上への報告を渋りがちな現場が多い中で、「一何の原則」はシンプルで良い考え方です。


■ どんな人にオススメ?

・危機を管理しなければならない人。

■ 書籍情報

私たちは生きづらさを抱えている 発達障害じゃない人に伝えたい当事者の本音   【私たちは生きづらさを抱えている 発達障害じゃない人に伝えたい当事者の本音】(#2850)

  姫野桂 (著), 五十嵐良雄(メディカルケア大手町 院長) (監修)
  価格: ¥1,620 (税込)
  イースト・プレス(2018/8/5)

 本書は、「遅刻やケアレスミス、失言が多い、抽象的な表現が伝わらない、空気が読めないといった特性があることから、定型発達(健常者)の人に『困った人』と思われがち」な発達障害の人について、「発達障害の特性による生きづらさをテーマに、当事者を取材」したものです。
 第1部「私たちは生きづらさを抱えている」では、ASDのヨシヒコさん(26歳・仮名・会社員)は、「プログラミングってルールが決まっていて、書けば書いたとおりに動いてくれる。それが楽しくて、小学5年生のとき、フリーソフトを作りました」と語り、ASDの特性や吃音のため、話すことが苦手だったが、IT企業で講師をすることで、「人に教えるスキルが身についたし、何よりコミュニケーション能力は人並みになった」と語っています。
 発達障害当事者同士の夫婦、ショウタさん(28歳・仮名・IT系)とアユミさん(33歳・仮名・人材系事務)について、ショウタさんは、21歳のとき、うつ病の診察を受けた病院でADHDだと判明したことで、「今までなぜ自分がちょっと変わっていると言われていたのか、理由がわかって納得した」と語る一方で、アユミさんは、29歳のときに不注意優勢型のADHDとASDの診断を受けたことについて、障害者手帳が取れると言われ、「手帳を取るくらいひどいことなのか」と落ち込んだと語っています。
 ADHDを抱えるミチコさん(45歳・仮名・主婦)が、「買い物の衝動をコントロールできないことに困ったのが、自分が発達障害ではないかと疑ったきっかけだった」ことについて、「ADHDの人はその衝動性からニコチンやアルコール、ギャンブルや性といった依存症に陥る確率が定型発達の人の2倍という研究結果が出ている」とした上で、「小学生の頃から書道道具や体操服など、挙げるときりがないほど細々とした忘れ物が多かった。しかし、勉強はよくできた」としています。そして、「私のように40歳を過ぎてから診断がおりた人間って何も支援がないんです。子どものうちに気づいていれば、今は子ども向けの支援施設もありますが、ここまで育ってしまった大人には何もありません」と語っています。
 ASDとADHDを併存しているリョウヘイさん(仮名・21歳)は、「僕は、うまく言葉をまとめて伝えられない部分があります。これは、ADHDの特性のひとつである『ポップコーン現象』というものだと医師が言っていたのですが、頭の中でポップコーンが弾けるように、様々な考えが浮かんでいくんです」と語っています。
 ASDと重度の吃音症のあるミツルさん(27歳・仮名・公務員)は、「全人口のうち上位2%しかいない高IQ(知能指数)を持つ人の団体、JAPAN MENSAの会員」で、「Facebook上でJAPAN MENSAの会員と接していると、ここの方々は、(可能性も含め)発達障害のある率が、世間より多いように感じます。これは私見の粋を出ませんが、会社などで無能と思われている人でも、別の仕事をさせたり、仕事場を変えたりすることにより、信じられないような能力を発揮する場合があるのではないかと考えています」と語っています。
 ADHDを抱えるタカユキさん(30歳・仮名・介護福祉士)は、ADHDの薬であるストラテラを処方された結果、「2~3週間飲み続けたところ、今まではできなかった書類仕事が、うそのようにこなせるようになった」ことについて、「常に頭の中にあった雑音や考え事がなくなり、『無』が増えてクリアになった。今まで悩んでいたのは発達障害が原因だったことがわかり、割り切れるようになったため生きづらさも軽減した」としています。
 フリーの大学講師・企業研修講師のナオキさん(35歳・仮名)は、「小さい頃から異様に忘れ物やミスが多く、整理整頓が全くできなかった。また、教科書はすぐに角がめくれてボロボロになり、なぜほかの人の教科書は角がピンとしたままできれいなのか不思議でたまらなかった。しかし、いくら努力しても教科書の角をきれいな状態に保つことができず、自分が他の人と少し違うことを自覚させられた。細部にまで意識がいかず、雑な扱いをしていたのかもしれない」とした上で、「フリーランスは特にBtoBの場合、”能力×仕事のしやすさ”だと思うんです。能力の方は経験を重ねて鍛えていけばいいですが、発達障害の人の場合、仕事のしやすさの部分がネックになる人が多いのかなと思います」と語り、「社会人となってから10年かけて、仕事のしやすさの面はある程度コントロールできるようになりました」としています。
 第2部「私は生きづらさを抱えている」では、オーバーワークの結果、か細い声の女性が「アンパンマンのマーチ」を歌っているという幻聴が聞こえるようになった著者が、心療内科を受診した結果、「言語性IQ>動作性IQ」の差(一般的には15以上あると凸凹のある発達障害と言われる)が20あり、数値だけでみるとグレーゾーンであるが、はっきりと「患者は発達の偏りを有していることが示唆された」とされ、「特にLD(学習障害)の可能性が高いとされ、医師によるとLD、はほぼ確定とのことだった」上に、「不注意傾向や視覚と聴覚からの情報処理を苦手とする傾向から、ADHDとASDとも部分的に特性が見られたため、『LD+ADHDの傾向+ASD傾向』ということになる」との結果が出たことについて、「特に視覚情報からの処理能力が一番苦手で、全体よりも細かな点に目がいってしまうため、優先順位を決められないと判明。その結果、すべてにおいて100%の力を注ぎこむことで完璧主義になり、私は生きづらくなっているらしい。このストイックさが仕事においてはうまく作用している一方、プライベートにも完ぺきを求める」としています。
 そして、「算数ができなかったのはLDのせいだったことに30歳になって知らされた。障害だからできなかったのだ」として、「実際に診断されてみると、今までの自分のあまりの不憫さに泣きそうになった。例えてみると、下半身不随で車椅子の人に自力で歩けと言っているようなものだ」と述べています。
 また、「『発達障害だからできません』と開き直るのは自分にとっても周りの人にとってもよくない。できないことを完全に放棄するわけではない。できないことはできないなりに最善を尽くす」として、「私は暗算はできないけど、記事を書けば500万PV出せます」を自分のウリにして、「今後は自分ができないことによって生じてしまった自己肯定感の低さや強迫観念を心療内科での診察をメインに少しずつ改善していこうと思う」と述べています。
 本書は、発達障害の当事者自身が、発達障害による生きづらさを抱えている人を追った一冊です。


■ 個人的な視点から

 一昔前までは「個性」や「性格」の一言で本人のせいにされていた問題がきちんと「障害」だと認識されることは望ましいと思うのですが、今度は「障害」の一言で溝を引かれてしまうということも困ったものです。
 LGBTの問題もそうなのですが、それぞれの事情を理解した上で、当たり前の「個性」として受け容れられる社会になるといいんですが。

■ どんな人にオススメ?

・生きづらさを抱えている人。

■ 書籍情報

サピエンス物語   【サピエンス物語】(#2849)

  大英自然史博物館 ルイーズ・ハンフリー&クリス・ストリンガー (著), 国立科学博物館 篠田謙一& 藤田祐樹 (監修), 山本大樹 (翻訳)
  価格: ¥1,944 (税込)
  エクスナレッジ(2018/8/1)

 本書は、「かつて私たちとともにこの惑星に暮らしていた人々や、大昔に私たちの祖先と同じ時代にアフリカの地で暮らしていた人々の失われた足跡に光を当て」ようとするものです。
 第1章「チンパンジーから分岐した人類の祖先」では、「人類と類人猿の最もはっきりとした違いは、口を開くとわかる。現存するすべての類人猿には、大きく突き出た上下の犬歯があり、顎を閉じた状態のとき、下顎側の大きな犬歯の収まる隙間(歯隙)が、上顎の犬歯と犬歯の間にある。また、上顎の犬歯を下顎の第一小臼歯(前側の小臼歯)にこすりつけて、片側を鋭く尖らせることをホーニングといい、それに関わる解剖学的特徴を『ホーニング型犬歯小臼歯複合体』というが、人類にはこの複合体の痕跡がまったくない」と述べています。
 第2章「最初に登場した猿人」では、「研究者たちはいまだに人類の進化の系統樹におけるアルディピテクス属の位置を決めかねている。アウストラロピテクス属の中で最も古い時代に存在したアウストラロピテクス・アナメンシスの先祖だと考える研究者もいるが、進化の系統樹におけるアルティピテクスの枝は、その先で途切れてしまったと考えるものもいる」と述べています。
 第3章「アウストラロピテクス属(華奢型猿人)」では、1923年に人類学者のレイモンド・ダートが発見した、アウストラロピテクス・アフリカヌスについて、「アフリカで見つかった脳の小さな人類の祖先」という考えは、「人類の祖先はヨーロッパかアジアで発生して、初期の人類は大きな脳を持っていた」とする「1920年代当時の一般的な見解に反していた」と述べています。
 第4章「パラントロプス属(頑丈型猿人)」では、「パラントロプスは遅くとも260万年前には出現していて、130万年前より後に絶滅したと考えられている。絶滅の理由に関しては諸説あるが、特定の食べものを食べるように特殊化しすぎたために、環境の変化に対応できなかったという説や、同じ食料をより効率的に摂取できるヒヒやほかのホミニンとの競合に敗れたという説などがある」と述べています。
 そして、「パラントロプスというのは、ヒトに平行するものという意味だが、このグループの種はどれもアウストラロピテクス属やホモ属の種と共存して暮らしていたようだ」として、「共存する種は異なる食料を主食としていた可能性が高い」と述べています。
 第5章「ホモ属―人類の起源―」では、「ネアンデルタール人はスペインからシベリアまで広く分布していたが、絶滅する3万9000年前までの最後の5万年間は、比較的人口が少なく、多様性も乏しかったことがゲノムの解析からわかった」と述べ、「周期的なものも含めて、時おり襲う激しい気候変動(千年スケールの変動)のために、人口を増やすことができず、広い範囲に分布し続けられなくなって、最後の10万年には集団が崩壊していったということだ」と述べています。
 そして、デニソワ人について、「彼らがネアンデルタール人だけではなく、別のもっと原始的な種とも過去に交配をしていた」ことが判明したとして、「このことがデニソワ人の大きく、原始的な歯と、独特なmtDNA配列の説明になるかもしれない」と述べています。
 第6章「ホモ・サピエンス」では、「遺伝情報の解析によると、ホモ・サピエンスがアフリカから拡散し始めたのは、ほんの6万年前の出来事だとされている。そうなると、10万年前のスフールとカフゼーにいた原始的な特徴を持つ現生人類はどのように考えればよいのだろうか? これまでは、アフリカから他の大陸へ広がったものの、結局失敗に終わって、その後、絶滅した人々ではないかと考えられていた。しかし、最近得られた研究結果によると、すべてが失敗に終わったわけではなかったようだ」としながらも、「アフリカ以外にルーツを持つ現代人の遺伝子に残された、アフリカから拡散した時期を示す最も決定的な証拠は、約6万年前のもの」であることから、「ホモ・サピエンスの中には、6万年よりも早い時代にアフリカから出ていったものもいて、西アジアより東アジア方面に広がっていったが、最終的には失敗に終わり、それらの人々で生き残ったものはいなかったということなのかもしれない」と述べています。
 そして、「ここ数年で、アフリカ以外にルーツを持つ現代人は、おそらく6~4万年前にあった交配の影響によりネアンデルタール人に由来するDNAを2%ほど持っていることが明らかになった。さらにオセアニア(特にパプアニューギニアとオーストラリア)の人々のゲノムには、古代のデニソワ人に近い人々との交配で獲得したDNAが、それより高い割合で含まれている」と述べるとともに、「サハラ砂漠以南に住む現代のアフリカ人のゲノムには、ナレディやハイデルベルゲンシスのような原始的な人類との交配(遺伝子浸透)の痕跡が見られるという分析結果も出ている」と述べた上で、「私たちのゲノムに含まれる他の人類種との交配によって得られたDNAのほとんどは、まったく機能しない遺伝子だが、なかにはより早く血液を凝固させる、あるいは伝染病に対する耐性を持つなど、私たちの身体に有利な働きをするものもある」一方で、「現代においては逆に健康を害するような働きをするDNAもあり、脳卒中のリスクを高めたり、ある種の自己免疫疾患の原因となったりもする」と述べています。
 本書は、私たちホモ・サピエンスが生まれるまでの長い人類の物語を追った一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の原題は『OUR HUMAN STORY』なので、そのまま直訳すれば『私たち人類の物語』であり、ホモ属が出てくるのは第5章から、さらに、サピエンスが出てくるのは第6章で、ぜんぜん『サピエンス物語』ではないのですが、これはどう考えても『サピエンス全史』の二匹目のドジョウを狙ったミスリードを意図した邦題の付け方としか思えません。
内容はいい内容なんですが。

■ どんな人にオススメ?

・『サピエンス全史』とは違う本だと理解しているヒト。

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