19歳より突如狂ったように音楽活動を開始。
シンガーソングライターとして活動する傍ら
キーボーディスト、コンポーザーとして
数々のアーティストをサポートした後、
2009年木村充揮を父に持つ木村俊章とロックバンド「BAHARANA」結成。
多方面から話題を呼ぶが2012年5月4日、活動休止。
2012年6月、ソロアーティストとして始動し
2013年8月、1stアルバム「life goes on」、
2014年9月、2ndアルバム「Place」、
2018年12月、3rdアルバム「さわら」を発表。

現在ソロ形態の他、
仲野トモキとのエレキギター・ピアノユニット
「ザ・サウスソース」、
ゴーゴー木村・木村俊章とのアコースティックギター2人との編成の三人組
「アホガキ隊」、
ドラム村田仁、ベース前川雄輝、ギター仲野トモキとのバンド
「ミリオンダラーズ」
等々を結成し
丸裸のハートと小学生の脳ミソを武器に精力的に活動中。

https://yasuharuhikawa.wixsite.com/hikawa-yasuharu
youtube
http://www.youtube.com/channel/UCYdW9Qo9vFv-IsS3RAZme4g

3/17代官山NOMAD、の後に。

元々長文書くのが好きだったのに、気付けばブログが気まぐれの産物になってしまっているな、、
久しぶりに携帯からログインするとライブドアブログがほんまにお前かとびっくりしていた。
最近はなかなか穏やかな心持ちになる時間が無く、
家にいるとあれせなこれせなとわたわたするし移動中はここぞとばかりに寝るし。
今日は和製ケビンのサポートで出会った近江戸さんのおうちでライブ終わり、なんか久しぶりにゆっくりした時間を過ごしている。
だって夜中やから連絡でけへんしパソコンないから作業も進められへんし明日帰るだけやしぃー!
こんぐらい理由を後付けせんとなんもしない!!
の時間は中々無くなったのだ。
本当にありがたい事で、人混みやせかせかした日常が苦手な自分にはこれ以上ない環境である。
そして、文字制限が無いって素敵。

さておき、去年から。中々無茶な事をしたと思う。
去年突然シノギを全部やめて、とは言っても全部音楽関連の仕事ではあったのだけども。
お金を得る上で必要なアビリティはたくさん得た。
それをちょっとだけでも活かそうと去年の4月からはそれを自営でやってはいたけどもやはり綻びが出て難しくなった。
今、自分の生涯を見つめた時、自分が長い時間をかけて得た技術はたくさんある。人には中々出来ない事で、自分にだけ出来る事もたくさんある。でも自分が死ぬまでにやりたい事、残したい事、それに繋がっているかと考えると全くそうじゃない。単に音楽とは言っても色んな形があるし使う脳みそも違う。食い方も違う。びっくりするぐらい。たまたま得た技術にかまけてしまった事で、24ぐらいの頃の、バチバチしていた自分への申し訳無さはすごくある。言うて最近までの経験がなければ決断も出来なかっただろうけども。
あ、やばいこれ以上いくと明日寝過ごしそうや、、続きはまた。

新年の信念。

あけましておめでとうございます。

長文です。


2022年は人生で一番大きな決断をした年でした。

いわゆる「請負音楽業者」みたいな仕事を全部やめました。

自分の作品として世に出るもの、

自分のステージとして残るもの以外はやらないと。


もちろんまだ軌道には乗ってないので以前より時間も収入も減り、

無駄な外食はもちろんただ遊びで飲みに行くみたいな事は滅多に無くなりました。

そして自分の個を活かすマネジメントやライブや音源はほんとに十人十色なんでどこにも手本がない。

故に意見を聞いて参考に出来る部分はほんの僅か。

結果孤独感は増していく。


でももっと早くこうするべきでした。

コロナによって、目先に捉われて細々したもので人生の時間を埋めていく事に恐怖を覚えたのがきっかけですが

コロナがなければ何も残さないまま棺桶に入っていたと思うとそれが何より恐ろしい。


やり始めてわかった事は、

本当に見てくれている人は腹の底まで見ようとしてくれるし、

評価してくれる人は本当の意味での評価をしてくれる。

貪欲に走り続けていれば。

今までの動き方では出会えなかったであろう人たちにこの一年では10倍ぐらい出会えました。


焦りも不安も今までの何倍もあるけども、

充実感と何かが伝わっていると実感した時の喜びは、

生まれて初めてステージに立った時と同じかそれ以上にあります。


音楽はずっと楽しい。弾くのも歌うのも叩くのもしゃべるのも機材いじるのも。

ドキュメンタリーみたいなやつで喋りましたが音楽やる事が苦しいとかやめたいとか思った事は一切、一回も無い。

これが結果としてある種の才能だったと思えるよう、死ぬまでやり続けます。


今年の目標はまず4thアルバム。

これは今までに無いくらい手間と時間をかけて意外性とクオリティの高いものにしたい。

そしてコンサートホールでのワンマン。

ミリオンダラーズでのハコのワンマンはもちろんの事、

じっくりと耳を向けて聞いてもらえる場所でやりたい。

有言実行!


そして直近は高知2デイズ!

1/14中町バー

1/15高知サルバドール


今年もどうか肥川ヤスハルの動向に注目して下さい!

今年も宜しくお願い致します。

5/4 新開地にて歌う。

もう何年の付き合いになるやろか、

船乗りのカズさん。

軽々しく言うのは好きではないけども数少ない大手を振って好きと言える人である。

年間の3分の2ほど海洋調査で海に出ており、

日本全国、寄港する度に現地のライブバーを探して歌って、長期帰って来られるタイミングで関西で一緒にライブをする。

俺が大好きな地質の事ももちろんプロフェッショナルなので色々と実際の見聞を教えてくれる。

今回はお誘い頂き神戸は新開地で一緒にライブをしてきた。

カズさんは見た目には50ぐらい、実際は62

年を聞いてびびるみたいなんは今時だと逆に慣れてきた。

今日のライブも本当に楽しかった。

自分のライブはしっかり思いを言葉にできたし、バックでの演奏はすごく集中できた。

帰りしな電車で食いもんの話になり、カレーうどんは何やってもうまいて話になって食いたくなって、

たまたま開いてたうどん屋に寄って念願叶って食って帰ってきた。


何と言葉にする訳でもない、でも確実に人生のページに深く残る、達成感と幸せが共存する一日だった。


最近になって、こんな人とのこんな一日が限りある時間である事を意識し始めた。

30代の頃はいつまでもこんな一日を迎えられるように感じでいた。

今はそうではない事は理解しているものの、

どう捉えたらいいのか迷っている。

誰しも、自分も、残された時間がある事。


一日一日を大切にする、

なんてのは言葉では簡単だけども大切にするって定義が難しすぎる。

自分の全力投球が人にとっては押し付けにもなり得る。

一日の終わりに布団に入った瞬間、もう二度とこんな日は訪れないんじゃないだろうかと不安になる。

翌日になってそんな気持ちになれるような日を大切に覚えておこうと思えるようになる。

当日は何故か悲観的になってしまう。

これも年を喰うという事なんだろうか。


悪い事ではないと思う。

ただ無くなる不安が前より強くなった。

次を望む気持ちが強くなっているんだと捉えて、

20225月。

まだ先には何があるか分からない

明ける

ようやく明けるんではないだろうか。
世間ではまたこれで感染者が増えるという意見が大多数だけども
多少は増えても医療が逼迫するまでにはならないんじゃないかと思っている。
罹るべき人間は罹って恐れるべき人はワクチン打って、
あとはワクチン拒否ででも遊びたいというローリスクハイリターンを欲する残りの人種が数を増やすだけではないかな。

去年の自粛以降続いていたメンタルの不調から来る体調不良にもようやく夜明けが見えそうである。
原因は分かっていたので意味もなくチャリで遠出してみたり、家の中でひたすら運動して風呂浸かったり。
気分転換に全力を費やしていた。

先日のワンマンは過去に無いほど手応えと充実感があって、
ユウキ、村田さんと合わせるのはほんとに何年ぶりとかだったけども
リハで久しぶりー!!からの最近どないしてますのん、からの
1曲目合わせた段階で、ああ、俺ら苦楽を共にしてたんやな、と実感できた。
一瞬でライブの感覚に戻った。
ナカノさんは20年来で、これまでの付き合いで5年合わせるのが開く、みたいなのはザラだったけども
スタジオで1年振りに顔を見た瞬間に故郷に帰って来たような感覚があった。
会う機会が無い、という事と会えない、という事の違いを実感した。

そして本番、正直確信があった。
機材の搬入が一番大変、てかまあ俺の回線数の多さである。
サウンドチェックは保険をかけたセッティングが全ていい方に転んでめちゃくちゃバランスが良かった。
それが終わった段階でもう終わった感覚である。
だって俺の承認欲求はピーク、バンドのグルーブもみな言葉にしないけども衝動が一致しているので最高潮。
早くやりたい。いいライブにならない筈がない。俺がダラダラしゃべらなければ。

本番は色々錯覚した。
家でもオッケーなぐらいの音量のはずなのにバランスが良いが故に
ファンダンゴでやってるのと同じぐらいの音量が出てるように錯覚して、
何回も外を通る車がパトカーに見えた。

酒もコンビニでチューハイ2本飲んだぐらいなのに色んな思考が回って
トリップ感と錯覚が相まって宇宙に行ったような感覚があった。

今もそうだけども早くライブがしたくてワンマンを早く決めたくて、
ワンマン決めても最低でも2か月先か、というので気持ちが落ちている。
ただ色んな自分の知らない世界を知っている人と話がしたくて、
それはまた明日から叶うはずとときめいている。

今年40になる。大切な丸2年、無駄にしてしまったと思っている。
自分のメンタルの弱さも痛感した。
自分の根っこである、作品を世に残したいという気持ち。
それがこの2年、作りたいという気持ちだけが先行して
過去20年間無いほどイメージが湧かなかった。
自分でも分かっているけどもこれがメンタル、結果体調の不調を来す原因であった。
思い浮かぶのは利己的でネガティブなものばかり、形にしたいものはこれではないと
建設的でない自問自答、これが一番苦しかった。

明日からは、
ゆっくりだろうけども先が見えているのであればそこに焦りは無い。夜が明けていく。
ワンマンの最後に自分でも準備していなかったけども口から出た
「人生はずっと続いていきます」
というワード、今は自分の支えになっている。
1枚目のアルバムタイトル、2枚目のリード曲である。Life goes on。

続いていかないんではないかと、今の状況がずっと続くような錯覚に陥っていたんであろう。
そうじゃないと、あのライブの時に思えた。実感した。
「前夜」
というタイトルのブログを過去何度も書いているけども、
今一番その予感を感じています。

見たかった、いつからか。

淀川花火が先週だったはず。
うちのマンションの屋上からみんなで見て、その後うちでどんちゃん騒ぎをやった。
誰が悪いわけでもない、そう思いたい。
俺にもあなたにも、音楽は必要であるはずだ。

音楽っていうのは、明るい方がいいですよ。

お世話になっている先輩に、俺がべろべろになっている時に吐いたフレーズである。
しゃべりには手厳しいその人が「ええこと言うやんか」と言ってくれた事が記憶の片隅に残っている。
ちょっと酔いが醒めるぐらいに嬉しかった。
悲しい気持ちや一時的な悲哀を書くことはできるけどもそれでは普遍的な生きる喜びや
はっとするような視点に気付く事は無い。
ポジティブの中にネガティブを描く必要はあると思うけども逆は承認欲求でしかない。
そこを分かり合えたような気がして嬉しかった。

「共感」で止まってしまうものと、人に新たな感情、興味を生み出すものと、
はっきり区別したい。
共感ももちろん大切な感情である。自分でそれを欲している時ももちろんある。
そこに浸って眠る日もある。
だけどもそれを笑い飛ばせる夜も、大きな達成感を覚えた夜も、
大好きな人の本音を聞いた夜も、大好きな土地に暮らす人の本当の気持ちも聞いた事があって
そんな日は誰しもが生きてんだなという実感を覚えて温かい気持ちで床に着けた。

それを受け取って承認欲求では止まれなくなった。
いつまでもどこまでも色んな感情を織り交ぜつつ、結果的に明るくありたい。
人の繊細な感情にまっすぐ左右されるアホでありたい。
音楽は、それのせいにして色んな感情を、色んな人が発散できる稀な芸術だと思っている。
その中で自分は死ぬまで、アホで、明るくありたい。
ロックってそういうもんだと思っている。

1977年 YAMAHA N-1000 前期を弾く。


YAMAHA N-1000前期 を手に入れた話。
※長文失礼

ひょんな事から手元に舞い込んだ。
出会いは10年ほど前、ギターを弾き始めた頃に知り合いが
「おとんがええギター持ってて好きに弾いていいよーて言うてくれてるんですよー」
と聞いて、
「そうなんや、いっぺん弾かしてやー」
というやり取りがあって持って来てくれたのがこのN-1000だった。
その佇まい、弾いた時の感触から想像を遥かに超えていた。
音はでかいしギンギンもしてるけども
何とも温かみのある音だった。
「これ多分ちょっといいやつとかそんなんと違うと思うから大事に置いときや」
それだけ言って、そこからアコギの奥深さにのめり込んでいった。
日本製の80年代以前の合板の奥深さにも惚れ込んだ。
ギターは木であって、構造や希少価値で値段は決まるけども
必ずしも高いものが欲しているものとは限らないのだ。
何年間も色んなアコギを触らせてもらった。
マーチン、ギブソン、テイラー、ヘッドウェイ、タカミネ、モーリス、春日楽器、ヤマキ、フジゲン、k、s、ヤイリ、オベーション(ライン出力にて)。
ほとんどは80年代以前のものでそれ以降のものに心躍る出音のものはなかった。
エレキも入れるとだいぶ長くなるのでそこは端折ります。

がしかし、その時弾いたN-1000ほど衝撃を受けるものは無かった。
これは恐らく、ギターとしての音がどうこうよりも自分の「声に合う」という事を
直感的に感じたのだと思う。

結局N-1000に心奪われて10年弱、オークションで張り続けていたのだけどもふと原点を思い出した。
あの時持って来てくれた子弾いてんのかなー?と。
連絡をしてみると、やー最近はあんま弾けてないですねー、と。
そうなんや、ええもんやから大事にしときやー、と返す。

ひと月ほどした時に急に、おとんが売る気になってるみたいなんですが買いますか?と。
また稲妻が走った。
え!!俺あれ弾けんの!!と。
二つ返事で買う事を伝え、
受け取るまでは人生でも指折りなほど時間を長く感じた。

受け取ってから、当時よりもやはり時間の流れで本来の音ではなくなっていた。
トップのブリッジ側が浮いてきてしまっているのをクランプで抑え、湿度を加えた上リフレット、指板研磨、ネックジョイント角を変え、ナット、サドル交換、
4ヶ月ほどして現在の万全の状態となった。
完全にあの時以上の音となった。
自分でやったかのように書いてるけどもほとんどはヒロギターズ工房のお陰である。

トップ スプルース単板
サイドバック ハカランダ合板
指板 エボニー
さして珍しくもないスペック、
ちょっと言うのも恥ずかしいけども運命を感じている。
自分の手元に来るべくして来て、生涯弾き続けるものではないかと。
心躍るようなギターは多々あるけども、
自分の人生の傍にずっと置いておきたいギターである。
先日のライブでは調整後初お披露目。
やはりとんでもない相性で、20年以上弾き続けて来たかのように感じた。

どれだけ大切にできるか、どれだけ楽器を理解した上で技術を磨けるか。
40前にして思い知った。
この楽器を作った職人が自分の生まれる前にいたという事、それを汲み取って愛情を持って演奏するという事。

まだまだ自分には勉強が足りていない事にワクワクする。
いつか持ち主のおとうちゃんにも当時を取り戻した音を聞いてもらいたい。
そして自分が思い入れして大事に弾いていますという事を知ってもらいたい。
あと大事な事を最後に。おれキーボーディストです。

EQと倍音のむこうに

プリアンプ、という楽器を録音したりライブで音響さんに音を渡す手前に挟む機材の話です。

ずっと憧れだった1970年代のOld Neveの音。
現在所有しているwarm audioというプリアンプ、
その年代の音を再現する為に20万以上する機材にも
使われているCarnhillというメーカーのトランスを採用している。
競合メーカーにはjensen,randall等がある。
一方70年代筆頭はmarinair、stlives、等。このへんはそのトランスだけで20万近くする。
そのあたりを再現していて悪くはないけどな、、、
とモヤモヤしていた昨今、そのあたりに精通しているエンジニアの方と話す機会があった。
「Carnhill,jensen,randallあたりのトランスもいいですが70年代の音とは全く別物です。
 最近のトランスはミックスの時に扱い易い音にはなりますがmarinairやstlivesのように
 心を揺さぶるような音にはなりません。」

はっとした。そう、正にそれ、心を揺さぶる音。
通しただけで、暖かみがあって、人間的で、涙が出るような音。
はっきりとアイデンティティの中にある。
その音で録れないと成立しないものがある。
EQと倍音構成だけでどんな音でも作れると思っていた時期もあったが
初めてその音を体感した時、そうではない事を身を以て知った。

手持ちの機材でそういうものはYAMAHA REV7だけである。
80年代の物で今となっては誰の目にも止まらず安く取引されているのだけども
初めて通した時はなんて人間的で温かみのある音だろうと心震えた。
誇張抜きに言える事はプラグインでは絶対に出ない質感である、という事だ。

楽曲が浪費されていく今の時代で
そこに時間とお金を掛ける必要があるのか考えると
メインストリームとは離れていくのだろうけども、
一曲入魂、一音入魂、作品を残す事である。
自分の感じた音への感動を誰もが感じるであろうなんて気持ちは1ミリも無い。
でもそこに時間と苦労を掛けることが主張の一巻である。

まあうちのwarm audioはバッキバキに改造される事になるであろう。
うひひ。

高知にて

3年ほど前、週に二回ほど高知に赴いている時があった。
まあ飲みまくっていて、それと同時に
高知の温かさと人柄に心酔していた。

とある日に激しい台風が襲ってきていて、高知のホテルで
今日はどこにも出かけられないなあと落ち込んでいた。
店も開けられないだろうし仮にそこに行ってええ気分で飲んでても
店主は帰りしな大変な苦労をする事になるだろうし。

とある曲を聴きながらぼそぼそとギターを弾いてコンビニで買ってきたメシを食い、
ビールを飲んで部屋の風呂に入った。
上がって、カーテンを開けてみたら一筋の晴れ間が見えた。
これはまさかと思い天気予報を見たら
高知への台風は反れましたよと。

突然に希望が見えて、心に晴れ間が差した。
あの人にも会える、この人にも会いに行ける。
会いたかった自分に気付けた。寂しかった自分にも気付けた。
その日は朝方まで飲んで歌いまくった。
なんのこっちゃない1.2時間であれだけ心が動いたのは
後にも先にもない。

風呂上がりに晴れ間と共に流れてきたのは
https://www.youtube.com/watch?v=N9kdHXrJYF8
この曲とあの晴れ間は忘れられそうにない。
熊本で飛行機から見た大津町と同じように。

ご無沙汰です。

三月から記事を書くことをやめていた。
何をどう書いてもネガティブにしかならないからだ。

この期間で悪い風習が淘汰されて新しいものの兆しもたくさん見えたけども
根本的に人と出会うことで誰かがわだかまりを感じてしまうのなら
腹を割った出会いにはならないと思いツアーや旅にも出られずにいた。
ただただ毎日を過ごし、たまにのイベントで四方に気を遣いながら
弾いたり、歌ったりして衝動を抱えたまま帰宅する。
高く飛び上がれないまま水面近くを浮いたり沈んだり、という毎日だ。

創作意欲ももちろん湧かず、というか、そもそもイメージが湧かない。
絵が浮かばなければ音は浮かばない。
機材の入れ替え等で本当に素敵な音は手に入ったけども、
音に引っ張られるのは指先であってそれは芸術ではない。
今必要なのは見た事の無い景色と、望郷の念を激しく揺さぶられる景色と、
そんな場所での人との出会いである。

見えたものもたくさんあるし自分を知れたというのもたくさんある。
動画もおもしろい、ニッチなコンテンツもだいぶこの期間で増えたけども
画面の前で傍観して満たされる、という人種では俺は無い。
向き合って話して分かり合えてこそ、と思ってしまう。
やはり根っからの寂しがりなんやろな。
でも時代に向き合わないとという気持ちもある。
でもそれマトリックスやん、という気持ちもある。

明後日、ようやくライブハウスでのライブに漕ぎつけた。
生れて始めてライブをやったのが堺東筋肉ホール、
その次が出来て間もない中津vi-codeだった。
2か月前店主藤原くんと俺がばったり会い、亀田ゆかのブッキングを長らく組んでいることもあり
俺と彼女が古い仲であることを知っているのですぐさまイベントに誘ってくれた。
ライブも出来ず悶々とした気持ちを彼女も抱えていることを知っていたのだ。

自粛明けは絶対にバンドで、ミリオンダラーズで、と思っていたけども
メンバーが次へのステップのため都合が合わないというので
ナカノさんと二人でやる事にした。
別のサポートメンバーに頼むというのは全く選択肢に無かった。
あのメンバーでないと意味がない。また次の機会に、盤石の状態で臨みたい。
ナカノさんとは20年弱、苦楽を共にした。が、3月以降全く共演の機会が無かったのだ。
正直、寂しかった。

いろんな人のおかげで開催に至った今回のイベントである。
対策もvi-codeでは万全に取って頂いています。
配信チケットも販売して頂いております。
これをきっかけに新しい兆しが見えるかもしれない。
変わっていくきっかけになるかもしれない。
11月3日、自分の人生が終わっても悔いのないように。やるのみです。Eiz1ZsGVoAYLUTw
Eiz1ZsGU8AAfvI0

さよならPC

約7年ほど、世話になっていたPCが
USBを認識しない、あれこれ認識しない、等のトラブルを頻発した後
ついにウンともスンとも言わなくなった。
恐らく電源系であろう。でもマザーボードかも知れない。
超困っているのだけども2日くらい経つとちょっと慣れてくるしああ、
なんかPCに拘束されてたのかもな、なんて思考も湧いてくる。

そういえばと置いてしまっていたPCを使わない用事はバリバリ進むのだ。
そして外でなんか活動的になる。

悪くないなとは思うけども結局超困っているので現在新しいのをどうするか算段中である。
早く決まるといいな、、、
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続MV

撮影してまいりました。オフショット集。
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ちゃんと撮ったんかいと言われそうですががっつり撮影して頂きましたよ。

いつも曲作りの中でも、その後の絵ヅラを想像する時でも、
俺は「夜」が異常に多い。
酒飲みの宿命ではあるのだろうけども風景に感情が埋め込まれる時は、
昔からほとんどと言っていいほど夜だ。
前作のアルバムもイメージはほとんど夕方から夜にかけて。
いい作品になったけども、何だかどよよんとする事には引っ掛かりがあった。
以前もブログに取り上げたけども俺は夜に異常に執着しているのかも知れない。

景色が見えやすいから当たり前だけども昼や朝が好きだ。
都会っ子特有だろうけども自然に憧れがある。
大好きな火山も当然昼にしか拝めない。
このへんに気付いたのが最近なのだけども、
ちょっと見方を変えてもいいのかな、と思った。

和歌山は加太の町の眺望がすごく好きになって、
それは日没間近の町の姿だったのだけども
昼に訪れるとまた違う姿で、元々のイメージとは違ったけども
意外な一面で、見栄えの違いから正直混乱したのだけども
この形では自分の想像し得ない情緒が見えるんではないかと思い至った。

撮影を担当して下さった方々も、アルバムのジャケットを
俺の生活の1ページを見事に切り取ってくれたあやぽむ、の紹介からの
同世代ので懐の深い岸和田出身の方、そしてそのサポートとして同行してくださっていた方が
那智勝浦の、共通の知り合いも多い方だった。
撮影途中、加太の釣り場を管理している、
よくいる話の長い釣り場を管理しているおっちゃんにその人が
あなたのポートレートを撮らせて下さいとお願いしている場面があって。
何故か泣きそうになった。

欲する部分というのはジャンルが違えど全く同じ衝動なのかも知れない。
そのサポートの方の、和歌山への土地愛が垣間見えたところが
自分の現在の歌う衝動と重なったのかも知れない。

MV

人生で3本目である。明日は撮影に向かう。
色んなきっかけで携わってくれる方がいて、本当にありがたい事だ。
今回撮るのは「Resonance of Town」からの「ヒグラシ」である。
アルバムを作る事に億劫になっていたのを払いのけた曲である。
形にしたい衝動が勝った。

撮影場所は和歌山県は加太、和歌山は俺ほんと好きなんかもな、、、
近畿在住の人間が想像しているよりも和歌山は時代に取り残された町である。
新今宮は新世界も観光地化、大阪の史跡も何となしに放置され、
滋賀は近江八幡やその他城下町も観光地化。
あらゆるものがビジネス化して、それが嫌いという訳ではないけども
我々昭和の人間がノスタルジーを覚える場所というものが稀少になってきているのである。
そういった物の形が和歌山には、ある。

時代に取り残されたような建物が残っていても
ちょっと見渡すとタワーマンションが見えたり。
好き嫌いではなくて、なんやろね、
俺は今でも住むんならも風呂沸かすんにも自動ではなくて
種火を十分にやってから着火してちゃんと沸いたぐらいに
火を止めに行かないといけないようなとこがいいと思ってる。
自動で溜まった風呂に入るより
そうして沸いた風呂に入るほうが幸せを感じる。

熊本よりの演者LEE君と行った近所の銭湯は未だにぐつぐつ薪で火を炊いている。
だから行きたくなったのだな。

最近まで気付かなかったけどもそんな、街並みに関しても人に関しても
心惹かれる場所が和歌山にはたくさんある。
自分の思う「ヒグラシ」とマッチしたのであろう。

本当はネガティブがあまりにも強い楽曲である。
景色と相まった物であれば自分なりの俯瞰、客観を見てもらえるんではないだろうか。
このへんの判断は自分では本当に難しいのだろうけども。

久々に今日はサウナ行って顔面にニベア塗ったくって腹筋しまくって
ミネラルのサプリ飲んで目の下のクマ消すべくホットアイマスクして寝るのだ。

やから寝れんのやろな、、、
高校ん時の試合前日のようだ、、、
前夜はそういうもんだ。
明日は恐らくいい日になる。

続・電源周り、200v導入

そんな折、宅録のみの制作で、なんでこんな音質になるの?
て作品を作る知り合いのおうちにお邪魔する機会があった。
そこで200v→降圧100vの音を聞かせてもらったのである。
聞いたことのあるモニタースピーカー、D/Aコンバーターだったけども出音には驚いた。
自分の音源を聞かせてもらったのだけどもピッキングのニュアンスやコンプ感、
細かいノイズや息遣いが鮮明に聞き取れたのである。
なぜ200vで音が良くなるのか、という仕組みはこちらをご参照下さい。
https://audiomyhobby.at.webry.info/201111/article_3.html

そこから同期(剣道部)の電気工事士に工事を依頼。
ケーブルやタップをチョイスしてもらい、分電盤から
ガッツガツ壁に穴を開けてもらい接点を増設。(分譲です)
安く仕入れたトランスをいじる。(極性やらアースやら)
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このへんで華麗にケーブルをかっさばく同期に惚れ惚れする。(ドライバー遣いも)
やっぱ背負ってるもんが大きい男の仕事はちゃうな、、(38にしてバツイチ子供4人)
ここからスタジオ部屋にケーブルを引っ張り、
トランスをかましていざ起動、、、、
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ミキサー通して弾き慣れたエレキでストローク。
そんなはっきりした違いは期待してなかったのだけども「うわ!」と声が出た。
いつもと同じセッティングなのに違うギターみたいな音が出た。
一皮むけた、とか、一歩手前で音が鳴る、とかよく聞くけども
まさにそんな感じ。
PCで曲を聞くと一つ一つの楽器の解像度が上がっており、
自分の音源を聞くと今まで聞こえなかった細かいタッチが鮮明に聞こえた。

ここまで書いておいて何だけども俺は音質に関してはローファイ派である。
がしかし鮮明で存在感のある音で録音できれば
そういう音を目指してミックスしても輪郭が崩れないのである。
配信の事も含めテンションが上がっている。
この音なら、作曲の段階で今までと違うイメージで曲が書けるぞ、、、
もっと少ない音数で、存在感のある楽器の音で、
今までよりもはっきりとした個性を世に出せるはず、、、

同期の彼は工事を終え腰蓑に携えた重量級の工具もそのままにタバコをふかし
1時間ほど俺と当時の思い出話を語った。
剣道は常に雄叫びのような声を上げるのだけども基本練習の際に
いかに周りにバレないようにサザエさん一家の名前を叫ぶか、とか、
どこまでのシモネタなら叫んでバレないか、やったなあ、とか。
あと1人生んだら団体戦組めるやん、と言うと(剣道の団体は5人戦)彼は
「いや、補欠2人要るからあと3人やろ」と言った。
恐るべき種馬である。

電源周り、200v導入

めちゃめちゃ制作者向けのお話です。

何とか次作のアルバム制作に向け制作環境をアップグレードしたいと思っていたのだけども、
まず前作の途中から導入したこちらのミキサー。
IMG_7071

1970年代のものである。
https://audio-heritage.jp/TEAC-ESOTERIC/etc/m-3.html
それまではALLEN&HEATHという最近のメーカーの物を使っていたのだけども
どうもプリアンプが、抜けはいいのだけども、薄い。立体感も無い。
前使ってたMackieのCR良かってんけどな、、状態いいやつ買い直そかな、、
とか思ってた時にこちら
https://audio-heritage.jp/TEAC-ESOTERIC/etc/m-2.html
をノリで購入してみたらむちゃむちゃに密度が高い!
細部の演奏ニュアンスまで鮮明に聞こえてくる。
音質なんか全部周波数特性やんと思っていた自分には衝撃だった。
中を開けてみると最近のミキサーはででーんとでかい基盤が中に入ってるのだけども
こちらのは縦に一枚ずつ基盤が独立していたのである。
チャンネル以降の各アウトプットへ向かう配線も全てワイヤード。
これはすげえと思い上位機種を購入したのである。
ちなみにM-3は当時の値段で20万円だけども書くのも恥ずかしいほど安い値段で購入した。
ストック用としてうちには2台ある。
デメリットとして電力が異常に低いのだけども、(トータル16chで18w)
S/N比の悪さはDAW側でカバーした。てかアナログ好きなのでノイズはウェルカムなのである。

ただちょっとヒモみたいな電源ケーブルが気になったので
換装したのである。thumbnail_image (1)

ベルデンのケーブルにホスピタルグレードのプラグ、
1mちょっとで3000円もしないぐらいである。
最近の機材とは違い電源ケーブルもミキサー直で出ていたので
ミキサーを解体し直で半田付けしアースも直付け。

これで更に驚くほど音が鮮明になったのである。
古い機材特有の温かみに鮮明さを合わせた音。
電源周りってなんか宗教染みた部分があったのでノータッチであったのだけども。
ええ、こんな明からさまにかわるんや、、と驚き
200v導入へと繋がるのである。
長くなったので次回へ!

熊本チャリティー募金

ようやっと、ようやっと納めてまいりました。
本当に遅くなりまくって申し訳ありませんでした。
IMG_7294
ほとんどの県内の市町村で支援金の受付を終了しており、
今回は熊本県庁に募金させて頂きました。
今年はいよいよチャリティーでないイベントかな、、
熊本、阿蘇、大分を繋ぐ豊肥本線、
今も不通のままなんですがなんと2020年度内に
全線開通予定ですと!!
その記念イベント、とでも銘打とうかな、、ピンと来なすぎるかな、、、

とにかく、昨年まで4度に渡り募金協力頂きありがとうございました!

おさめたね

12/20熊本BARSHIROST
前日ひたすら阿蘇を堪能し、飲んで翌日。今回初の火口まで。
当日は仙酔峡温泉に浸かってから再度阿蘇火口へ、
そんでから市内へ。
本番はりーくんも、ともみちゃんもそれぞれの生き様を感じさせてくれるライブでした。
俺は出るもん出したその後、楽しくなってしもて気付いたら寝落ちしていて
BARSHIROSTにて午前11時。
りーくんにひたすら謝りつつ阿蘇熊本空港へ、
このフライトは悪天候で過去最強に怖かった。
二日酔いやったら乗り切れると思ったんやけどな。

12/22天6韓健食
一夜明け、旧友ひろみさんとライブ。
カウンターに鍵盤を置くという臨場感溢れる形だったし
酒井さんとセッション的なこともいっぱいやれたし
胸いっぱいのライブだった。
この日もよう飲んだな、、、

12/23心斎橋slowbird
翌日はスローバードにて忘年会ライブ。
武下くんに栄養的な話をたくさん聞いて
金谷好益は凄みが増してきているように感じて
遠藤健史くんは純粋に俺の好きな音楽で
鶴田くんはいつも通り周囲を巻き込んで
セッションもぶっつけでないとできない奇跡的なテイクだった。
松本耕平くんは圧巻、よっぽど腹を括らないとできないステージング。
最後ミザラシさんはその日を収めるに暖かいステージだった。
正直ブッキングでまとめられるって微妙やなと思ってたけども
こんな日が続くんやったらいいなと思えた日だった。

あとですな。
今回熊本へ行った一番の理由は他でもない、
5月のチャリティーライブの募金を持って行くためだったのですが。
関空で気付いた。
あ、俺忘れた、、、手で持って行くためにこんだけ長時間待ったのに、、、

なんとしても年内には済ませたいので、振込みにて
以前より決めておりました熊本県庁の、
https://www.pref.kumamoto.jp/kiji_16505.html
こちらに募金させていただく事としました。
県庁への募金はこれ以外はふるさと納税、
こちらは返礼品がついてしまうこともあり見送りました。
ほんとに遅くなって申し訳ない。。。

明日の振込みにて募金を完了し、
その証明の到着を待つこととなります。

後もうひとつの今回の目的、SNSではうるさかったんですが
火山おたくを標榜しているのにyoutube等への投稿がない!
そんなところも踏まえたくさん撮ってきた阿蘇の動画を
解説を踏まえ年明け早々にでも投稿させて頂きます。

あとライブスケジュールも更新したよーー!
https://yasuharuhikawa.wixsite.com/hikawa-yasuharu/live

残り少ない2019年、よろしくお願いします。

だいこん

この世で1番好きな野菜、
大根の葉っぱである。
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浅漬けで仕込みも仕込んだ大根6本分。
スーパーで見つけたら買うのだけども
滅多にない上にある時は二本分で20円、
そらある分全部買うてまうやろ、、、
痛む前にご近所に配り歩かなあきませんな。

大根の葉っぱ好きな人はお声がけくださいませ

24の頃、初めて組んださいぼーぐせんしというバンドのレコーディングで、
「星の海」という曲の鍵盤入れで作曲者の筒井トシアキは
真冬の天川村の神社の裏でこの曲を書いたと言っていたので家で真冬に窓を全開にして
部屋を真っ暗にして弾いた。
演奏は今に比べると技術的には劣るけどもこの演奏は今できるもんではない。

「BAHARANA」の時に夜の曲を書いたら、その後のツアーの打ち上げで
愛媛は西条市出身のドラム安永康介氏が「お前は夜空見たことないやろ」と言った。
俺が見ていた夜空と彼が見ていた夜空が違うのは知っていたけども
当時は都会の夜は夜で温かみがあるねん、なんて反論をしていた。

今は意味がわかる。
霧島の夜は月明かりで紫がかった、今までの人生で見たことのない色だった。
阿蘇の夜は、月明かりに稜線が浮かぶ今まで見たことのない景色だった。

夜を知らんかったなあ、と思えるのである。
色んな角度での、機会での見方がある。
誰かが見た景色を、事実を、知らんままというのが一番恐ろしい。
色んなとこに行って色んなものを見たい。
今月の熊本も寒いやろうけどもいろんな人と話したい。

そんな夜の独り言である。

おやすみなさい。

「Resonance of Town」配信開始より


約一ヶ月。ありがたい事に想像以上に色んな所で
「聞いてますよ」とか「あの曲いいですね」と言って頂く機会が増えた。
半分作品集みたいな意味合いで作ったところもあるので
いいと言ってもらえる曲は本当に様々である。

が、ちょっとびっくりしている。
ストリーミングとかの月額契約してる人って想像以上に多いのですね。
CDを買ってもらう、入れる、聞く、の時代よりも
我々自主制作の人間から聞き手へのハードルは
だいぶ低くなっているのかもしれない。

正直なところ前々作の「Place」を作った後に燃え尽き症候群みたいな状態になってしまって、
今回4年も開くという事になってしまったのだけども

こんなに手軽に、聞いてもらえる機会が作れるのであれば、
と今結構ドキドキしている。

たくさんの人に楽曲を聞いてほしい、という欲が一番。
その機会を作れるとなれば、、、
と、実はすでに次のアルバムの構想に取り掛かっている。

構想を練るにあたり、過去自分が影響を受けた音楽を聴き直したり、
欲しい要素をピックアップしていったりしている。

ずっと欲しかった音色やフレーズ、曲想等
今までに無く具体的に見えてきている。
恐らく全曲書き下ろしになるだろう。
ドキドキしている。
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シンガーソングライター。燃やす。
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