

明治32年(1899年) 恵比寿橋
昔、私が東京の渋谷川に住む、どぜぅだった頃?
おじいちゃんは、いつも飲んだくれの...、
酔っぱらいどぜぅでした(^^;。
当時の渋谷川は水量もあり、水も綺麗で小魚が泳ぎ、
舟遊びや、水遊びをする子供達で賑わってたそうです。
近くに恵比寿麦酒の工場があって、時々川に流れこむ荷崩れの
麦酒に?ほろ酔い加減になるじっちゃんでした(^^;。
今の、山の手線恵比寿駅は、この頃..
恵比寿ビールの積み出し駅で、一般の停留駅では
無かったのですねぇ
ビール好きな、おじいちゃんは、ビァホールに出かけて
飲むのも好きな人でした(^^;ホンマカ?。
だいこんのおつまみでジョッキをかたむける、これが粋な
江戸っ子の当時の楽しみだったようです。
ほろ酔い加減で渋谷川を泳ぐ、じっちゃんは
やがて、人間の子供に捕まえられ、天国に行って
しまいました(^^;。
天国でも鼻の頭を赤くして、麦酒を飲んでいるっすかねぇ?
じっちゃんやぁ〜ぃ.....、
麦酒は恵比寿にかぎるって言ってたよねぇ..
今も、恵比寿麦酒は復活して売ってるじょぉ〜..
渋谷川は干上がったどぶ川になっちまったけどさぁ(^^;。
今は、おいら...
どじょうから出世して、犬になったんだぁ(笑)
また..いつかどこかで..じっちゃんと会えるといいねぇ
その時まで..、さよなら〜....
じっちゃん...。
(ポ チ)
明治20年(1887年)、鎌田増蔵が創立者となって、有限責任日本麦酒醸造会社が
今の東京都目黒区三田に設立されました。この地を醸造場に選んだ理由は
三田用水や目黒川周辺の湧き水など、豊富な水と高台にあって排水に便利と
いう事らしいです。
配送手段としても今の山手線が明治18年に新宿〜目黒間を開通し
社内用の荷扱所駅として利用していたものが現在の恵比寿駅となりました。
商品名の恵比寿麦酒から付いたもので後に地名にもなった珍しい例ですね。
●明治33年(1900年)、当時の主要ビールメーカーの生産量は
1.日本麦酒(ヱビスビール) 37,452石(675万5966リットル)
2.大阪麦酒(アサヒビール) 28,370石(511万7664リットル)
3.ザ・ジャパン・ブルワリー(キリンビール) 18,379石(331万5388リットル)
4.札幌麦酒(サッポロビール) 14,300石(257万9577リットル)
5.丸三麦酒(カブトビール) 5,226石(94万2718リットル)
ヱビスビールが圧倒的に多かったことがわかりますね^^。
By 海賊ホッテントット








