2014年01月26日

ワークショップ「つながりあう自立」に参加して

昨日は「ふくふくの会」主催の「つながりあう〈自立〉—原発事故・優生思想・ジェンダーをめぐる対話—」」というテーマの学習会に参加してきました。

印象的だったことを、小話風に。

★四半世紀前の文章の影響力!?

「リアル○○さん(私の本名)に会いたくて」といって、福島や名古屋からも参加してくれた方があったのには驚いたし、嬉しかったです。
「反原発運動に見る優生思想」のテーマで26年前、チェルノブイリ原発事故の頃に書いた私の文章が、福島原発事故以降にまたネット上で独り歩きして読まれているらしいのですが、このテーマって、福島の人にどう受け取られているか正直不安だったけど、
「自分も同じような引っ掛かりを感じている」って言ってくれて、「福島でも話してください」と言われて、嬉しかったです。

★「つながりあう自立」

一緒にシンポジストとして参加した障害者の友人は、神戸で自立生活センタをやっている方でしたが、一人暮らしを始める前、17〜18年前くらいに、もう一人の友人と共にうちのセンターの体験室を利用しています。
私が彼女たちにピア・カウンセリングを伝えたことは覚えているのですが、それ以外のことはほとんど忘れていました。
どうも当時、私は、
「そんなにまじめにやらなくてもいいよ、疲れちゃうよ」
「せっかく東京に来ているんだから、カラオケするとか、もっと遊ぼうよ」
とか、「ふまじめの勧め」をしていたらしいです(^^;)
たぶん、肩の力を抜いてほしかったんだろうなぁ。

でも、その後彼女はピアカンを学びつつ、神戸で一人暮らしを始め、自立生活センターも立ち上げて、活躍しています。あの体験室での生活と、ほんの少しだけどピアカンに触れたことが、彼女の人生のひとつの転機になったようです。

私自身、20歳前後の頃に先輩障害者の言葉に大きく影響を受けて、自分の価値観が180度変わった経験があるけど、私もそれなりに後に続く人たちに何らかの影響を与えちゃっているんだなと、改めて実感しました。
文字通り「つながりあう自立」ですよね(*^_^*)

でも、その友人は、もう私以上に全国レベルでリーダーシップを取って大きく羽ばたいているから、私、生きていてよかった…とか、この世での役割は、もう果たしたんだし、もういつ死んでもいいかなぁ…なんて思っちゃいました(^^;)
まぁ、もうあと20年は生きていたいですが(^m^)

★着床前診断を巡る議論

さて、その友人は「出生前診断」が「障害の有無によって生命を選別する」ことにつながるからと、出生前診断の対象疾患の当事者として、「出生前診断」に対する反対運動をしているのですが、彼女の話から新しい事実を知りました。
私自身も、「生命の選別」には反対です。
でも、出生前診断のひとつである「着床前診断」が、不妊治療にとっても重要な技術になっているということ、そして「障害者団体が不妊に苦しむ人たちを差別するのか」という批判を浴びることも多い、という事実は知りませんでした。
なんだか悩ましい話です。

でも、それってやっぱり障害の問題とも重なって思えてきます。
「障害や病気」は、よくなったり軽減したりするものなら、少しでも良くしたいと思うのは人情です。治療をする人に対して、どうこう言うつもりはありません。
でも、どうしても治らない障害だってある。
そのときに、「障害をもったままの、ありのままの自分」を認めたい、そのまんまで大好きだよって言いたい。

同様に「産めない身体」も、今の社会の中では、女性にとっては「大きなハンディキャップ」です。
自分自身が「産みたいのか、産みたくないのか」を考える前に、「女性は産むのがあたりまえ」みたいな価値観が社会にはあふれています。
そんな社会だから、逆に「不妊治療」も増えているのではないでしょうか?

本当に子どもを産みたい人が不妊治療をすることに反対するつもりはないけど、むしろ、「産めないなら産めないままでいいじゃん!」って言える社会じゃないことこそ、大きな問題なような気もします。
だから、「不妊治療をする人を差別する」のではなく、「産めない人が産めないままの自分を肯定できるような社会」であってほしいし、そこをめざしていくような立ち位置にいたいなと、強く思いました。

pocketkozou at 23:57│Comments(0)TrackBack(0)障害者運動 

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