ライブに行ってきました♪忙しい日々

2014年10月23日

男たちの旅路…車輪の一歩5

10月21日(火)は、町田市の市民大学「番外編」でした。
この番外編で、タイトルにある「男たちの旅路…車輪の一歩」のDVDを、受講生有志の参加の元で上映しました。

このドラマは、35年前にNHKで放映されたシリーズもののひとつです。
「車輪の一歩」では、車いすの青年たちの葛藤を描いています。



※youtubeより


青年たちの一人である車いすの少女を演じていたのが女優の斉藤とも子さんで、来週、28日に市民大学の公開講座の講師として来ることになっています。

実は、「車輪の一歩」は私にとっても思い出深い作品で、14日の「車いす体験」の打ち合わせのときに市民大学の担当者にその「裏話」をしたら、「車輪の一歩」の上映会にもぜひ来てくださいという話になったのです。

「裏話」というのは、このドラマの元になっているのが、当時私も関わっていたミニコミ紙「月刊障害者問題」の内容が、山田太一さんの脚本の随所に盛り込まれているということ。
(ビデオの3分19秒目に、「協力 月刊障害者問題 ◯◯」という字幕も流れています)

車いすでのタクシーの乗車拒否や、地下の映画館に行く時の苦労話などは、ミニコミの編集長で車いす使用者のHさんの体験そのものだし、鶴田浩二が演ずるガードマンの上司が車いすの若者に話す「迷惑をかけることを恐れるな」というセリフは、当時の障害者運動を背景に私が書いていた記事からの引用だったりします。
NHKでは教育テレビで、Hさんと私と山田太一さんの対談番組なども作っていましたが、一昨日の市民大学ではその秘蔵映像も一部分放映しました。

っと、前置きが長くなりました。
ここからが本題です。

私は、昨日も一昨日も仕事の帰りが遅く、昨日は夜が大雨だったのでタクシーで帰宅したのですが、身体も疲れていたし、気分も最悪な感じで、もう、帰宅したらさっさと寝ようと思っていました。

ところが、いつもの習慣でパソコンをつけたら、Facebookにも、mixiにも、このドラマの話が載っている!!

まぁ、書き手は同じ人なんですが、昔このドラマを観たという人からもいくつかコメントが付いていて…。
読んでいるうちに、すっごく嬉しくなりました。
職場での疲れや、暗い気持ちが、ウソのように消えて楽しい気分になっていました。

このことに、私自身が驚いています。

いったい、何なんだろう??
この感情、この昂揚感。

私たちが細々と作っていたミニコミで伝えたかった、
「迷惑を恐れずに、堂々と外に出ようよ」という呼びかけが、山田太一さんのお蔭でテレビに乗って、全国に流れた。
そして、あのドラマで元気づけられた人がたくさんいた!!

私自身、市民大学で久しぶりにこのドラマを見て、随所で感情をゆすぶられていました。
電車やバスなどの公共交通機関は、35年前とは比較にならないくらいバリアフリーになったけど、障害をもったままで、ありのままの自分を肯定して出ていくというのは、やっぱりまだまだ勇気のいることだし、その勇気を奮い立たせてくれるだけの力は、このドラマにはまだ十分にあると思います。

そんなドラマ作りにわずかでも関われた自分っていうのは、ものすごくラッキーだったと思うし、「生きていてよかった!」とも思える感覚になります。

何だろうなぁ。
ポジティブな高揚感って、ネガティブな気分を一瞬で消し去ってくれるんですね。
その力に感動しちゃいました。

もしかして、仕事に疲れたり、いやなことがあったりしたら、このドラマのことを思い出したら癒されるかもしれない…とさえ思いました。

「心の奥にあるキラキラ感」とか、今回の「高揚感」とか、そんな感情を自分自身の中に呼び起こすキーワードを確立したいなぁと思う、今日この頃です。


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この記事へのコメント

1. Posted by よしのちゃん   2014年10月26日 08:07
おはようございます
連日障害保障運動をやってる弁護士さんのシンポジュウムに参加しています。
この前の福祉機器展でも話が出ましたが、
「障がい者差別解消法」が成立した今の日本で、健常者、障がい者共に「迷惑」が掛かるという概念があること自体この作品が創られたころとこの国の人々の意識は変わっていないのじゃないか?
と思ってしまいます。
今度の木曜の骨格提言の大フォーラムにも参加します。
が、根柢の根底にある、人が持つ感情の解放のために今日はRCで自分をまた立て直してきます。
長野から、気を付けて帰っていらしたください。
では・・
2. Posted by ポケット小僧   2014年10月27日 22:43
5 よしのちゃん、こんばんは(^^)/
コメント、ありがとうございます。

本当に、バリアフリーの視点でいえば、35年前とは雲泥の差、隔世の感…といった感じがします。

私も車いすを使うようになった25年前は、エレベーターのない駅では「すみません。階段を上がるのを手伝ってください」と通行人に声をかけ、3人〜4人がかりで車いすごと階段を担いでもらって上り下りしたものでした。
改めて「車輪の一歩」を見て、「あれって、自分も若かったからできたんじゃないか」とさえ思いました。
いま、車いすでバス通勤ができる時代を迎え、20年前には考えられなかったことが実現していると思います。

町の変化と比べると、人の意識はそんなに変わっていないんじゃないかと思うことは多々あります。
これまた25年前のチェルノブイリ原発事故のときに書いた「障害を恐怖の象徴にしないで!」という文章が、福島原発事故後もそのまま生きるということ自体も、人の価値観が変わっていない、ひとつの表れだと思います。

それでも、町で多くの障害者を見かけるようになったことで、人々の意識には多少なりとも影響を与えているんじゃないかなとも思います。

よしのちゃん、連日のシンポや行動への参加、ご苦労様です。
私も昨日、無事に長野から帰ってきました。
そして今日は朝一でヘルパー養成研修でした(^_^;)

お互いに身体と相談しながら、活動していきましょう。

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