ポエミケーション - 詩 ワークショップ ことば -

ポエムコンシェルジュ、山口勲が現在活躍されている方の作品を中心に、詩や詩として感じられたものを紹介していくブログです。

昨年の後半は年を取られた方による車の事故のニュースがかけめぐりました
免許の年齢制限や固い話がいろいろあり、きついことをいうことが好きな人はきついことをいいました。
でも世間の大半をしめる声を上げない優しい人にとって気になったのは自分の家族の安全とご老人の健康だったとぼくは信じています。

The writer's almanacに掲載されたジェイソン・ジャガーの詩「遅番のあと(原題 After second shift)」で詩のなかの人は認知症とおもわしき老人が運転したセダンを降りて凍えているいるところにに大雪の中出会います

原文
http://writersalmanac.org/episodes/20170116/

自販機を電話だとおもって指差す彼を見て、彼女は警察に電話をかけます

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 「いらっしゃるときにライトと
 サイレンはやめてください」と911の
 指令員に彼女は頼む「怖がらせちゃうから」
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という時の彼女は人間全体を大切にする気持ちに満ちあふれています

私たちが本来持っているのは新聞記事の言葉ではなく、この短い詩のなかにでる言葉なのではないでしょうか。そしてその心くばりが効を奏したときに私たちはうれしいのではないでしょうか。

苦しさのなかで人間性を失わないようにするにはどうしたらいいのでしょうか。それは悩むことではなく声をかけることではないでしょうか。

編 D.W.ライト / 訳 沢崎順之助・森邦夫・江田孝臣
アメリカ現代詩101人集』より



柿 リーヤン・リー 訳・沢崎順之助
(原題:Persimmons)




六年生のとき女のウォーカー先生に
後頭部を叩かれ
教室の隅に立たされた。
パーシモン(柿)とプレシジョン(精密)の
区別がつかなかったからだ。
いったい「柿」はどうやって

選ぶか。これは「精密」を要する。
熟した柿は柔らかくてゴマが入っている。
尻のほうを嗅ぐ。甘い柿は
いい香りがする。どうやって食べるか。
ナイフは使わず、新聞紙を敷き、
実を傷つけないようにそっと皮を剥く。
皮を噛んでしゃぶって
呑みこむ。それから
柿の実の部分を、
とっても甘いところを、
ぺろりと芯まで食べる。

ドナが服を脱ぐ。腹が白い。
露に濡れ、こおろぎの声で震える中庭に
ぼくたちは仰向けとうつ伏せとになって
裸で横たわり、
ぼくはドナに中国語を教える。
「こおろぎ」は、チュチュ。「露」は――忘れた。
「裸」は――忘れた。
「ニ、ウォ」は、きみとぼく。
ドナの両脚を開き、
忘れずにいう――きみは
月のように美しい、と。

そのほかに厄介だった言葉といえば
ファイト(喧嘩)とフライト(恐怖)
レン(みそさざい)とヤーン(毛糸)だった。
「喧嘩」は「恐怖」したときにすることで、
「恐怖」は「喧嘩」しているときに感ずることだった。
「みそさざい」は小さな普通の鳥、
「毛糸」は編み物の材料で、
みそさざいは毛糸のように柔らかい。
母は毛糸でよく小鳥をつくってくれた。
ぼくは母が毛糸を束ねるのを見るのが好きだった。
それは小鳥やうさぎや小人になった。

ウォーカー先生は教室に柿をもってきて
みんなが食べられるように
細かく刻んだ。これは
中国人のりんごなのよ。それがまだ熟してなくて
甘くないことが分かったから、ぼくは食べずに
クラスの他の子らの顔を見ていた。

母は、どの柿もそのなかに太陽がある。
お前の顔のように黄金色で、耀いていて、
温かい、と言っていた。

あるとき地下室で新聞紙にくるんで
放置されていた未熟の柿を二つ見つけて、
とってきて寝室の窓のへりに置いた。
毎朝カーディナルが一羽飛んできて
太陽だ、太陽だと歌うのだった。

父はやがて失明することになるのを
悟って
ある夜一晩まんじりともせず
歌を、精霊を、待ち望んだ。
ぼくは父にその柿を差し出した。
それはぷよんとして、悲しみのように重たく、
愛のように甘かった。

今年のことだ。僕はうす暗い照明をつけて
両親の地下室をごそごそかき回して
探しものをしていた。
父は木の階段に座っている。
黒い杖を膝に挟み、
両手を重ねて、把っ手を握っている。
ぼくが家に帰ってきたのがとてもうれしそうだ。
目の具合はどう、と聞く。ばかな質問だった。
「すっかりだめだ」と父は答える。

ぐうぜん毛布にくるまれた箱が見つかる。
箱の中に三幅の巻物があった。
ぼくは父の横に座って
父が画いたその三つの絵をひろげる。
ハイビスカスの葉と白い花。
毛づくろいをしている二匹の猫。
熟して、画布からこぼれ落ちそうな二個の柿。

父は両手を出して画布に触って
訪ねる、「これはなんの画だ」。

「父さん、これは柿の絵です」。

「ああ、これは狼尾の筆が絹布に触れるときの感じだ。
手首のこの力、
この張りつめた精密さ。
目をつぶって何百回も画いたものだ。
この絵などは目が見えなくなってから画いた。
ひとにはいつまでも残るものがある。
愛しているひとの髪の毛の匂いとか
柿の実の肌ざわりや
手に感ずる熟した重さなどがそうだ」。

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移民 レナ・カラフ・タファハ 訳・山口勲


 
 
 
 
シートベルトにしっかり留められないまま座って
埃の帯のように私たちの後ろにのびる
舗装されていない道を見ている。
おじさんのダットサンの窓越しに。

アンマンはこわれそうなほど小さくなっていて
私のテディベアの毛皮の色。
七つの乾ききった丘に
ひしめきあった家並は
私の家族の肌の色――
アーモンド色はおかあさんの眉
小麦色はおとうさんの腕
クリームティーはおばあちゃんの手。

私たち車にのって逃げるんだ空港につづくただ一つの道を通って
私たち車にのって逃げるんだこの人形の家の町と
おとぎばなしみたいな子供時代にのぼれる木と
かぞえきれないいとこの笑い声から。
私たち車にのってにげるんだ差し迫ってくる戦争から。

私たちは車にのって
逃げる。それができるのは
私たちのアメリカのパスポートで敷く
ネイビーブルーの魔法の絨毯が私たちをのせてくれるからだ
爆弾の降らない安全地帯へ、
飛行機のつくられているところへ、
おとなりのとなりが今にも
難民になる
七つの丘を越えた
おとぎばなしみたいな子供時代まで飛行機を
大統領の一声で届けてくれるところへと。

私たちは車にのって私は
とても広くて
戦争が海岸の何千マイルも彼方にある
大いなる奇跡の国まで
私と私の知っているすべてから
無事に
逃げ出してなんかいない。

私の幼年時代は
私の後ろの道で引き裂かれる。
その道に立つぜんぶの木の名前を
アラビア語で私は呼べる。
”ルンマーン、サルゥ、ザイザフーン”
まっかなケシの花が春になると戻ってくる
七つの丘のてっぺんも知っているし
夜があける前に一番おいしいラマダーンのパンケーキを
並べているパン屋さんも知っている。

おじさんのダットサンで朝食をとりながら
私は窓をすりぬけて
昨日へ走りだしたくなる
そこは八月 お昼すぎのアイスクリームと
おそい夜のカードゲームと
テープで接いだしわくちゃの茶色い紙のお手本帖と
今朝のパンのようにみずみずしくて
新しい学年を迎える準備をととのえた
算数と
詩、
戦いの歴史。

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