Warsan Shire『Teaching My Mother How to Give Birth (Mouthmark)』より
オールドスパイス ワーザン・シャイア 訳:山口勲
 
 
 
 
毎週日曜の昼過ぎに古い陸軍の制服に着替えた彼は
殺した男の名前を一人ずつ教えてくれる。
彼の拳は石のない墓地だ。

火曜日に行けば
守れなかった女の体を一人ずつ教えてくれるはず。
あなたのお母さんに似ていたと言われるたびに
嵐があなたのおなかのなかで吹きあれるだろう。

あなたのおじいさんは違う時代からやってきた――
ロシアの学位と校庭でのキューバ国歌、
共産主義と信条。いまは音楽だけが彼に涙を流させる。

はじめての恋で結婚した彼、その相手は長い巻き毛を
小さな背中まで垂らしていた。彼がたまに
彼女を引きよせると、その手を髪がおおって
縄を結ったようになった。

いまは一人で住んでいる彼。崩れやすい、一つの生きている記憶が
椅子に横たわり、部屋が彼のまわりを廻る。
あなたは訪れはするが彼に話すことがあったためしがない。
彼はあなたの歳には一人の男だった。
あなたは彼があなたの名前を口にするたびに後ずさる。

あなたのお母さんのお父さんは、
殉教者と呼んでもいい人で、
水の中でも四秒あれば
銃に弾丸をこめられる。

初夜すらも戦場になった。
アーミーナイフ、若い花嫁、
彼女の足のあいだのイタリアンリネンをつかみながらむせぶ彼の涙。

日にさらされた写真に写る彼の顔は、
赤茶けた顎髭と銀の眉
使い古しのハンカチとクフィ帽子そして杖。

あなたのおじいさんに死期が迫る。
「国に帰しておくれ、ヤケイ
最期に一目見たいだけなんだ」と彼がせがんでも
あなたに伝える術はない、それについては
彼がこれまでやってきたようにはいかないと。

原註:
ヤケイ・ソマリ語で会話中で感情を強くあらわすときに使われる表現。




詩について話す前に、個人的な話をさせてください。
私の母方の祖父は台湾人でした。
40年東京で過ごして一昨年なくなりました。
日本に来た理由は聞かずじまいでした。
祖父は80を超えても祖母と出かけるときは手をつなぎました。

タイに出張に行ってもブーケットで週末を過ごさず、
祖母に会いに帰る人でした。祖母も彼が入院しているあいだ
このことは祖父が死んであと祖母に教えてもらいました。

今回の作品は「あなた」と「おじいさん」の語りえない距離を書いた作品です。
歴史の教科書のような時代を実際に戦ってきた祖父と
話せる言葉を死に際しても持ちえない「あなた」
親しさを表現する手段は祖父と離れたところにしかありません。

詩のタイトル、「オールドスパイス」は古くてスパイシーな匂いでもあり、
日本でも売っている男性用の消臭剤の名前でもあります。
だんだんと体が衰えていくにつれて出てくるにおいと同時に
男性を思わせるこの言葉を選んだ詩の語り手は、
言葉に意味を重ねるごとに「おじいさん」と離れていくように感じます。

「彼の拳は石のない墓地だ。」
「初夜すらも戦場になった。」

といった強い言葉は「おじいさん」の人間性と触れず、
ただ最後の行で語り手は「おじいさん」の願いもかなえられません。
「おじいさん」に会ったことのない人へ向けられた言葉を前にして、
私は語り手のむき出しになった戸惑いを感じます。

私は小学生の時、祖父母に「どうして日本なのに日本語を使わないの」と
言ってしまったことをいまでも悔やんでいます。
そのほかにも悔やんでいることがたくさんあります。

「オールドスパイス」を読みながら、
祖父のいない今、私は祖父と話さなかったことの上に立って
言葉を書かなければならないことを考えました。
そして、いま生きている祖母とどんなことを話すべきかを考えていました。

作者について



ワーザン・シャイアは1988年生まれ。
イギリスで育った、ソマリア系の詩人です。

2017年のグラミー賞で最優秀アルバム賞を受賞できなかったことで
受賞したアデルがグラミー賞を批判したビヨンセのアルバム『Lemonade』 で
彼女の詩がフィーチャーされたことが昨年話題になりました。

ケニアで生まれ、一歳でイギリスに移住。
学生のころからさまざまな詩の賞を受賞しています。
社会問題にも積極的に向き合っており、
国を逃れる難民を扱った詩「家」は、
つねに英語圏のメディアが言及する影響力の強い作品です

・難民を自分のできごととして応援するイギリスの詩 ワーザン・シャイア『家』
http://blog.livedoor.jp/poetrydesign/archives/4500408.html

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千葉詩亭 第43回 7周年 2017年12月18日(日) 18:00開演

千葉県千葉市でポエトリースラムW杯に出場した大島健夫さんと
隔月第3日曜日に開催してきた朗読会、千葉詩亭、次回で7周年となります。
12月18日(日)17:30開演18:00スタート
場所は千葉駅徒歩10分 Treasure River Book Cafeとなります。
http://treasureriverbook.web.fc2.com/
料金は1ドリンク付き1000円、さらに1000円追加でフードがつきます。

今回はオープンマイク祭りとして開催します。
通常の飛び入りの朗読は5分間ですが
500円追加料金をいただくことで10分の飛び入りが可能となります。
10分パフォーマンスされたい方は予約いただけると嬉しいです。
ぜひお越しください

詩誌『て、わた し』

海外の詩と日本の詩の出会う詩誌『て、わた し』を作りました。
年4回の発行予定です。
今回はとりあげた海外の詩人はジョセフ・ミルズさん。黒人のこども二人をひきとって育てる家族の詩を4篇訳しました。
希望される方は私にTwitterまたはお問合せにてお問い合わせください。
500円となります。

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