て、わた し発行人と詩

日本の詩と世界の詩を紹介する雑誌 て、わた しの発行人が、現代の詩・詩に関連するもろもろを紹介していきます

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あの悲しい童謡、ドナドナの作詞者だと考えられていた人がいます。
ユダヤ人の詩人、イツハク・カツェルネソン。
彼はホロコーストで殺された詩人です。
滅ぼされたユダヤの民の歌
』はその虐殺の中で書かれた詩集です。
ポーランドの首都ワルシャワで、ユダヤ人がナチスに対して戦いを挑み、壊滅した<あと、ナチスに捕らえられた彼がアウシュヴィッツで殺されるまでの間に書かれました。

この900行の詩はナチスに追い込まれたワルシャワのユダヤ人が、飢えと強制収容所への移送で追い込まれ、滅ぼされるさまを描いた叙事詩です。
叙事詩という形は無理に言えば時代遅れの文学です。
アキレスやヘクトル、オデュッセイアのような英雄が歌われなくなったあと、主人公も神の子ではない普通の人になった結果でしょうか、小説に取って代わられました。

カツェルネソンが叙事詩を書く事ができたのは、彼が街の多くの人に知り合いを持つ普通の人だったからだと思われます。
カツェルネソンはヘブライ語の人気作家であると同時に教育者でもあり、ふたりの子供を持つ父親でした。
彼は、非常に狭い地域の中の多くの人の味方であり、代弁者であり、そして

そして、多くの人の味方が書いたこの詩集で驚かされることは、もっとも弱い子供たちが、もっとも強いものとして描かれていることでした。

子供たちは、彼にとって一緒に劇をつくった仲間でもあったのです。
彼は弟にご飯を上げようとする女の子を目にします。

泣くな…私はまた、五歳の女の子を目にした、やはりあの「施設」でのことだ
彼女は、泣いている幼い弟を抱え、その弟に、飢えに苦しむ弟に、次々と食べ物を与えていた…
彼女は、干からびたパンの小さな切れ端を、めったに手に入らなくなっていたマーマレードに浸し
そして、巧みに弟の小さな口にそっと差し入れていた…この光景を目にすること

それが私の定めだったのだ、この母親、たった五歳の母親が食物を与え、話を聞かせてやっている
その有り様を見ることがーー私の母、世界で一人の私の母はこれほど創意に富んではいなかった!
彼女は弟の涙を笑いで拭い去り、彼の耳に喜びに満ちた話を語って聞かせていた
あのユダヤの女の子! ショレム・アレイヘムもあれ以上に語れなかっただろう、私はそれを見たのだ!

第6の歌より


というところを読むと、私は泣きそうになります。
おままごとではないところで、母性がでているのです。

この子供はみんなナチスがガスで連れさられていきます。
妻とふたりの幼い子供もいっしょに連れて行かれたあと、詩の語り手は彼の劇に出てくれた子供たちの通う学校で自分の書いた脚本を見つけます。

投げ捨てられた上山の中で、私はさがした…おお、私の作品など、全て炎の中に投げ入れられるがいい
そして50人のかけがえのない子供たちから、たったひとりのみなし児だけでも救い出してくれないか――
ヘネレ、覚えているかい、ユダヤ人の一人のみなし児の代りに、私はトファルダ通りから一人の小人を連れ帰った――
『僕を通りに出して!』、三冊からなる台本の真ん中の一冊、頭もなければ足もない、胴体だけの小人だった

第11の歌より


劇を読み共感する「頭」と劇を演じる「足」この二つをなくなっているというのは、文学にとって象徴的な表現です。

全てのほかの市民と同じように最後、カツェルネソンも殺されます。
この詩集はヘブライ文字で書かれた東欧でのユダヤ人の共通語、イディッシュ語で書かれています。
そして、イディッシュ語の使い手のほとんどはホロコーストで殺されました。

この詩集は驚くべき努力で残りました。
収容所を出れた人のトランクの手すりに結び付けられたり、収容所の土の下に埋め込まれ伝わったのです。
滅びつつ言葉で最大限の努力をするという行為そのものの中に、この詩そのものの叙事性があるのではないかと、伝わり方からも感じてしまう作品でした。

戦争は弱いものから殺していきます。
ワルシャワゲットーの場合は子供たちが一番初めに移送され殺されました。
彼らは身長や体重などに左右されない、
戦争に関わらない優しさを強さのようにして持っている人たちです。
詩集をよみながら、頼むから戦争を好むように思われることすらやめてほしいと心から思いました。

転んだ娘  細見和之
 
 
 
 
背後で娘の大きな泣き声がする
私を追いかけて走っていてこけたのだ
みごとなダイビング状態の娘を抱き起こすと
「イタイ、イタイ」と彼女はいう
「どこが痛い?」と訊くと
泣きじゃくりながら地面を指さす
まるでいま噛んだ犬を指さすように

玄関のアプローチの、踏み石と土の境目あたり
きっとそこに体のどこかを打ちつけたのだ
けれどどこが痛いのか分からない
さすってやろうと痛いところをたずねても
娘は地面のそのあたりを指さすあたり

痛みをあたえた地面に怒っているのか
自分の痛みと地面を不可分と見なしているのか
自分の体が痛い以上、地面も痛いと思っているのか
彼女の「イタイ」はたぶんそういうさまざまな全体のことなのだ

泣きじゃくりながら地面を指さす二歳の娘――
その足や腰をさすっていると
私には娘の仕草こそが
私たちがこの世界に生きていて感じる「痛い」ということの
正確な定義に思えてくる

自分の子供と触れ合うことで、
自分が見ている物事の新しい側面を見つけるという作品なのですが
この作品が見つける側面はものすごく興味深いものです。

自分の痛みは自分の身体だけのものだと私は考えていたのですが、
娘が指さす「地面のそのあたり」は何にあたるのでしょうか。

この作品について思い出したのは、
小学校のとき、「バカ」といったら、自分が「カバ」になるといわれたこと。
放った言葉が、相手の体を周って帰ってくるような感覚です。
呪いにも通じる言葉遊びの

歴史家の阿部謹也さんの中世の犯罪について書かれた文章の中に
刑法ができ、犯罪が犯人の罪として断罪される前、
犯罪は共同体を傷つけるもの、という意味の描写がありました。
この詩にあらわれる子供にとって、転んだことで生まれた痛みは同じように
彼女自身と彼女をとりかこむすべての物が傷ついたということでしょうか。

彼女のような世界の把握を持ちたいと思ったとして、
私たちは何世代かかるのでしょう。
彼女の感覚で生活する一日もいいのかもしれません。

作者紹介

細見和之さんは1962年生まれの詩人です。
ドイツ思想の研究家としても知られています
澪標から発行されている詩誌びーぐるの共同発行者です。

家族の午後―細見和之詩集』は2010年に発売され、
第7回三好達治賞を受賞しています。

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