フィリピンパブでタレントというのは彼女らが「興行」目的で来日して
いるからで仕事内容はホステスであっても決してそう呼称してはいけない
という暗黙のルールがお店側だけなくお客様にもあったようです。

1990年代あたりまでは誰でも申請すれば、にわかタレントとして簡単に
来日出来ていたようです。80年代からのフィリピンパブブームと日本の
バブル景気と相まって日本全国津々浦々、フィリピーナが大挙して来日
していたそうです。

この頃、福島県でタレントとして来日していたタレントが不審な死を遂げ
マスコミなどにも取り上げられ、フィリピンパブ・タレント=ホステス
という図式が浮き彫りとなり、ブローカー・暴力団・タレントの劣悪な
労働環境・・日本そしてフィリピンでも騒がれ叩かれ、この時はタレント
の入国にも制限がかけられました。

タレントとは名ばかりで接客、更には売春などと極端な話が取り上げられ
フィリピンパブの存続の危機となっていきました。

この時も今と同じく多くの人が「フィリピンパブは終わった」そう思った
ことでしょう。。

続きは気が向いたら書きます、当時のことに詳しい方は教えてください。

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