辰野基康のブログ

音楽会のご報告 日々の雑記などをメモしています。 メインのサイトは http://sitar.holy.jp/ ご連絡は tatsuno123@yahoo.co.jp

美しい響きを求めて シタールと和声、純正律 

音楽という大海からすると、自分の能力や経験、知識は、ほんの一滴の存在でしかないのです。
音楽をヒマラヤや富士山のような美しく壮大な山で例えれば、その一つの石ころでしかないのですね。
でも、それがわかったことは、実はとても幸せなことなのです。
出来ることは小さいのだから、それをゆっくり丁寧にやれば良いのですから。
小さいことをゆっくり丁寧にやれば、それはやがて身に付きます。
もともと才能とかないので、小さく出来ることを積み上げていくだけです。
まあ、楽器のメンテナンスでは、これを長年やってきたのですけれども。


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シタールの和音の表現は、長年考えてきたことです。
ただ、これは簡単に考えると、いつもうまくいかないのです。

というのも、12平均律で表される和声(多くの場合ピアノで表現されることがありますが)とシタールのインド古典音楽の響きが、調和しないことがあるのでしょうね。
ただ12平均律は転調にもすぐ使えるし、便利なので、ごく普通に使われている音程です。

昔は(西洋古典音楽ではゴレゴリオ聖歌の時代とか)12平均律ではなかったらしいです。
民族音楽も、12平均律は本来使われていなかったのです。

ところが、たぶん音楽の商業化の波が、古典的な響きを失わせて、使い勝手の良く便利な12平均律に代えていったのでしょうか。
ま、便利で使いやすいから良いのでしょうけれど・・

でも、不便でも、より美しい響きだって、時には聴いてみたいものだと思いませんか。

無駄が多かったり、快適ではなくても、やっぱり美しいと感じられる響きには魅了されるのです。


ここで使いたいのは12平均律ではない和音、純正律を使った和音です。
12平均律と純正律の違いは、とても微妙な音程。
けれども注意深く聴いていれば、だんだんとわかってくるものなのです。

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ただ一点、これは決定的な問題なのですが、平均律で調律したいわゆる「普通の調律のピアノ」では絶対に純正律の響きは作れません。
ピアノの構造上、そうなるのです。
ただピアノは一音を3本の弦を叩いて響かせませすので、その3本の音程を微妙にずらすことで全体の響きのバランスをとっているようで、優れた奏者はそこからピアノらしい美しい響きを引き出すのでしょう。
ピアノは旋律の伴奏も多いので、そのピアノの「響き」を音楽全般の「響き」の基準としているようです。

ただ、シタールでは、なかなかそうしたピアノの響きと調和する音が出しにくいのです。
ピアノと合わせると、自分の弾くシタールの音がよく分からなくなってしまうんです。
もっともそれは私の才能や能力の問題かも知れませんけれど。


ともあれ、自分では自分で出来ることを、小さくやっていくことだけなのです。

シタールで表現するのは、3和音で曲を埋めるのではなく、時々効果的に使う和音です。

幾つかのRagaで試しています。
Ragaをベースにしてタンブーラ付きの音に和音を組み込ませるのですが、上手くいくと幻想的と言うか未来的?な音になる感じです。

聴いたことがない感じの響き。
この響きには、ちょっと中毒性があります。

この響きの感じは、やっぱりライブ感があっての響き、体験的な響きになるので、録音では何か不十分です。

いつか、どこかで発表できたら良いのですけれどね。

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朗読と音楽

先日のKafeでの演奏は自分で朗読をして、そして演奏する
そんな催しでした。

朗読のテキストに選んだのは、先日紹介したタゴール「少年時代」
その一部を抜粋して朗読しました。

巻頭詩として、一編の俚謡(チョラ)が掲載されていたので、
その一部をバウル風の伴奏で詠んで挿入しました。

演奏だけではない、声の表現も取り入れたわけですが、
自分としては、そのことはとても新鮮でした。

タゴールの「少年時代」は子供向けに書かれた作品の日本語訳ですので
子供が聞いても楽しめるように、昔話を語るかのような気持ちで朗読しました。

とはいえ、声を出す表現はめったにしませんし、
さらに物語の朗読は初めてのチャレンジですし、さほど自信はありませんでした。

でも、最初にしては、まあまあ程度には、まとまったようで、
お客様にも喜んでいただき、内心ほっとしています。

とは言え、この作品自体、魅力的なものだし
自分の朗読力は、まだ未熟だし
出来ればさらに少しでも完成度を高めたいです。


でも、上手な読み手を待つことよりも、
拙くても、自分でチャレンジしてみる、というのも良いことかも知れませんね。

ラビンドラナート・タゴール「少年時代」


「良書とは何か」ということはよくわかりませんが
人生の中で、長い時間にわたって寄り添ってくれる本はあります。

岩波の新書や文庫の、林家辰三郎の「歌舞伎以前」や「枕草子」は、今も愛読書です。
半世紀以上、読んでいることになります。
その割に、内容を熟知しておらず、気分的な「読書子」ではあります。


インド音楽に出会い楽器そのを演奏しながらも、いつも日本やアジア全体の文化史など、自分が生きてきた暮らしの中に息づいている文化の土壌、根っ子をさらに知りたいと思っています。
そうした視点をもつことで、自分の根っ子にある文化的な大切なことを観ることができる。
また「外国の華やかな文化」への憧れというのも大事ではあるけれど、それだけのことだと、音楽の中にある大切なことを見失ってしまいそうで。



ラビンドラナート・タゴール「少年時代」


タゴール自身の幼年〜青年時代の回想録のような作品です。

ベンガル語がわからないのにタゴールソングを聴き慣れてきて、タゴールの詩のリズム感や抑揚、韻などが何だか面白いように感じてきたこの頃。

そんなタゴール自身の子供時代の想い出を中心に、子供に戻ったような瑞々しい文体で書かれています。
そして、その文体の中にあるリズム感が心地よいです。
土地に根差した土着的な調べや物語。
タゴール少年が眼を輝かせて、わくわくしていきたこと。
小鳥のさえずりのように語られます。

本編だけではなく「解説」がとても充実しています。
タゴール家の歴史やタゴールの祖父、両親、兄弟などが丁寧に説明されています。
こちらだけでも一読の価値があります。

久々の良書に出会えました。
美しい装丁です。
出版社. めこん ・ 発売日. 2022/10/16


タンブーラの修理で「駒」を買い届けていただいた大西正幸さんの訳です。

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