辰野基康のブログ

音楽会のご報告 日々の雑記などをメモしています。 メインのサイトは http://sitar.holy.jp/ ご連絡は tatsuno123@yahoo.co.jp

治療、闘病  facebookより

近況報告です。

■治療、闘病
2017年の末の血液透析の導入から4年になります。
糖尿病ではないのですが、
原因は不明で病院で分かった時は、腎臓はかなり機能しなくなっていました。

現在、腎機能はおよそ5パーセント程度です。
なにもしないと、毒素が体内に溜まり死んでしまうのですが、現代の医療は透析という腎臓代替療法が確立されていて、長期間の生存も可能にはなっています。


多少の食事の管理、制限などはありますが、それでも日常生活には大きな差し障りはありません。
ただ、透析はあくまでも人工のものですので、腎臓の代役を完全にはカバー出来ていません。

現在、予後は良いのですけれども、医療の過信も出来ないから、なるように任せています。
人間いずれは死んでいくもので、後は自然の成り行きに任せていいかなと、思ったりしています。
週3日、4時間の透析のために近所のクリニックに通院しています。


最初の頃は、この4時間がとても長いと感じていましたが、今は、リラックできる時間のような感じでのんびりと過ごしています。

TVをみたり映画を観たり、音楽を聴いたり、読書したり、ベッドでストレッチをする方もいるようです。
透析日、休息、透析日という繰り返しで、あっという間に日が過ぎてしまいます。



次回は、日々の音楽、音作りのことなどを書きます。

近況報告 Facebookより

透析に通いながらも元気に過ごしています。
時間があるときにインド古典音楽(Raga)の勉強もしています。
古典文化というものは、時間をかけて練り上げられてきたものなので、ゆっくり落ち着いて学べる点が良いですね。
Ragaは、多くの演奏や歌を聴き学ぶものだと思うのですが、以前はあまりに情報が少なくて、インドにいかないとなかなか学べなかったのです。
今はネットがあり、そこでRagaについての情報は豊富に学べますから、良い時代になったものです。
古典と言っても、古い昔のものを、ただ一切変えることなく、忠実に引き継いでいくことではないのです。
時代ごとに変化していくもの、ずっと変わらないもの、それらをミックスさせていくものです。
そこらあたりが、奏者の創造性やセンスが問われる。
つまり、想像と破壊とが同時進行している。
それが魅力でもありますね。

音楽についての想い twitterより

試行錯誤

音楽のことは、ずーと試行錯誤なので、○○である!なんて断言はまず出来ないから。
自分の経験から、こうかもしれないかな?
と言う程度のことだけ。
しかもそれは、一日毎に変わるからなぁ。
まったく厄介なものだ



語ってみる


それでも、音楽について、自分なりに語ってみるのは良いことかもしれない。
語り続けるうちに、矛盾した考えが整理されるかもしれないし。



音楽は栄養素

自分にとって音楽は何かというと、栄養素みたいなものかな。
足りているときは、別段なんでもないものだ。あって当たり前。
ところが、欠乏すると、とても物足りなさを感じる。



音楽的な感性

どちらかというとマニアックな音楽、インド古典音楽を専門にしているので、音楽的な感性が一般的ではないのかな。
そこはけっこう気になるときがあるな



感性と体験


自分の音楽の感性は、やはり体験からのものが大きいと思う。
体験というものはとても個人的なことだし、言葉でなかなか説明出来ないから。
ある精神状態のとき、ある体験(音楽を聴く)をすると、それはとても深く心の底に入ってしまうことがある。



求める心

心深く染み込んだ音楽があると、ついそれをいつも追い求めてしまうのだよね。
それはたぶん、永遠に実ることない恋をしたような甘く切ない想いみたいな感じに近いようなものかな。






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