辰野基康のブログ

音楽会のご報告 日々の雑記などをメモしています。 メインのサイトは http://sitar.holy.jp/ ご連絡は tatsuno123@yahoo.co.jp

2007年01月

家族っていいものだよなぁ

この頃、家族とうまくいっていないのかな・・

音楽、と言っても、現場の仕事を理解してもらうのは、本当に苦労する。

この仕事は、ある意味、世間の無理解の中で、
少しでも理解者、共感者の方々を増やしながら歩んでいく仕事なのかもしれない。

音楽の中に、少しでも、何かを感じて下さった方が、
質素でも、人と人とが手と手をとりあって生活していくには
どんなライフスタイルがあるのだろう・・
与えられた生き方や価値観ではなく、
自分達で見出していく生き方があってもいいんじゃないか・・
そんなことを、考える契機になって欲しいと思いながらやってきた。


でも、確かに、『贅沢がしたいのではなく、生活費が欲しいだけだ!』
という家族の懸命な訴えもわかる。

日に日にテレビやマスコミで紹介されるタレント、芸能人、スポーツ選手の
高額な収入や派手な暮らしばかりを見ていれば、
芸事の世界、あるところにはあんなにお金があるじゃないか・・
少しは見習って、少しは家にお金をいれてくれ・・と
知らず知らずと、そちらばかりに、つい思いが行くのだろうか。

『自分では、庶民の暮らしとあまりにもかけ離れた暮らしの人や、
結局は私腹を肥やすことだけに汲々としている人が
「お茶の間のアイドル」であること自体、到底、理解し難い。
今の日本の拝金主義の遠因は、こんなところにもあるのだよ・・』

『お父さんは、ただ、嫉妬しているだけだ。
偉そうに言う割には、ちっとも稼いでこないで!
音楽なんかやめてしまえ。何でもいいから、家族のために稼いでこい!』

すぐにケンカになってしまうのだ。

家族の気持ちもわかる、
けれども、
暮らしをともにする家族の理解や協力がないと、ほんと、やるせない。


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家へよく来る、「富山の置き薬屋」さんが、ハガキを下さった。
じっと見つめてしまった・・「理想や夢も健康が第一です」とあった。

 そんな夢を支えてくれる家族っていいものだよなぁ

家族1



カタック公演、いこうか、行くまいか

今日は、新横浜のスペースオルタで、来日されているカタック舞踊家ウマ・ドクラさんの舞踊団の公演があるとのこと。

舞踊団をコーディネートしている「NPO日印交流を盛り上げる会」に、
オルタを紹介したのは私だ。
(もちろん別に恩を売ることではないけれど)
でも、あの会、当然、招待なんてない。
金持ち達や、業界の実力者達には媚びているのかどうかは知らないが
無名の、貧しい音楽家に対しては、搾れるだけ搾り取る。
ご祝儀のつもりで、気を利かせて入場券くらい買ってよ、ということだろうか。

・・きついことを言い過ぎだろうか
でも、皆のことを思って、皆のためになる会になって欲しいから。
つい言ってしまうのですよ。

行こうかどうしようか・・でも、オルタの佐藤さんには、いつも、お世話になっているしな・・


  チラシを何度も読み返す。
  カタックダンスとメインダンサーの簡単な紹介だけだ。
  紹介文は、英文でも書いてある。

  「子ども無料」と、ある。
  対象年齢がない。無料にした趣旨も、どこにも書かれていない。
  不思議だ。


 入場料2000円、それに交通費
 それに、お世話になっているオルタの喫茶店でお茶くらいは飲むかも知れない。
 付き合い代も馬鹿にならない。
 素晴らしい芸術家の方々との交流の機会もほとんどないだろうな。
 自分にとっての貴重な時間を割いて、得られるものは、何なのだろう。

 妻には、また怒られる。
 子供達には、呆れられる・・


自分は立派な芸術家なんて、これっぽっちも思っていない。
けれど、素晴らしい芸術には、素直に感動できるし、
力及ばずとも、そういう場になることをいつも願い、
名声や地位ある人ではなく、ともに現場を作る方々を敬いながら、
現場を働き、生きてきた音楽家の端くれだ。


 客席を埋めるためだけに、公演を訪れる・・

 シタール奏者としては、なんとも切ない。



          切なさを こらえ いこうか 行くまいか


  __________

追記・後日談

結局、あれこれ考えている内、新聞屋さんが集金にきて、
新聞代を払ったら、行く予算がなくなってしまいました。
これじゃ、インドへ行くどころの話しじゃない、な。

今の私にとって、在日のインド人は身近でお会いする親しい方々だし
旅行会社のインド案内の催しでも仕事をしますが、
国としては、案外、私の縁からは遠く離れた国・・なのかも知れません。

 

昨年秋からの報告と今年の抱負



あけましておめでとうございます。
皆様にとって善き年でありますように。

今年もよろしくお願いいたします。


昨年の秋からの演奏活動
福祉関係のNPOや教育関係の施設での演奏がありました。

福祉関係では、
ホームレス自立支援ハーバー野毛開所式
養護学校での演奏
在日クルド人の支援NPOの催し
など

教育関係では、
川崎市・相模原市・調布市などでの
公民館、高校などでのレクチャー

それぞれが、ただ、演奏してお話しをする、ということ以上に、
同時代をともに生きる、ということを、
深く考えさせられる催しでした。


今年は、自分の暮らしを見つめて、
家族、地域を大事に過ごしていきたいと思っています。
 _______


■福祉

福祉では、いわゆる「社会的な弱者」との関わり。

そのいずれをとっても、社会問題と深く関わっています。
おそらく、そのいずれも、紐を注意深く手繰っていけば
実は、今の私たちの暮らしに直接関わっていることと、つながる気がします。

しかしながら、それを明らかにする作業は、まるで地雷撤去のように
命がけで、しかも気の遠くなるほどの作業なのかも知れません。
けれども、それを淡々と実際の現場で行われている方々もいらっしゃるのです。

天上に徳を積む

そのことに、深く頭を下げずにはいられません。



さて、演奏の現場からの感想です。

社会的には弱者とされる人たち。

微笑みや悲しみや・・
人、ひとりひとりに授かった心は、
ひとりひとり違うし、そして同じ。

演奏では、いつもそのことを感じていました。


生産性重視、国際競争重視、経済繁栄重視は、
「弱者」を必要とし、それを生み出す社会、なのではないか。
こんなことを、ぼんやりと思うのです。

いじめ問題のことは、昨年「地球市民村のブログ」にも書きましたが、
これも、上記したことと、つながっているような気がします。

人の世を動かしている経済原則、生きる価値観
どこか、間違っているのではないか?
どこか、今の現実と噛み合っていないのではないか?

具体的な提案があるわけではないのですが、
色々な立場の方が、自然と相互に交流して
それぞれの心が、もっともっと豊かに深まってくれたらいい、と願うばかりです。



■教育関係

教育関係では、私が演奏活動を通じて現場で感じきたことをお伝えしてきました。
また、体験学習の要素を、講座の中には必ず入れるようにしています。
視覚や聴覚だけでの学習体験以上のことを伝えたいからです。

『これから、お伝えするのは、「正しい」ことではなく、
自分の体験を通じて、私が「そうである」と考えていることです。
その中で、勘違いをしていること、間違っていることがあれば、
それを正していくのは、大切なことに思いますし、
それを受け入れる謙虚さを持ちたいものです。』

こういった意味合いのことをいつもお伝えしてきました。



完璧ではない人間同士、現実の生活をかけて仕事をする現場は、
個々の理想からは離れた、矛盾や、傲慢さに溢れています。
同じ種でありながら、人を隔て、人種を隔て、国境を自ら作り出す人間。
集団で生きていく生物だからでしょうか?
実に不完全に完成された生き物だ、と思ってみたりもします。

ですから、知を積み重ねることの中には、
そういった矛盾を植えつける行為も、ある面含まれているような気がします。
子供が「勉強がつまらない、退屈だ」ということも、
子供らしい直感として、間違っていると言い切れない部分もあるでしょう。

そうであっても、生命として、未来への喜びを携えて生きているのも人間です。

知を伝えることで生き抜いてきた生命、人間。
学ぶことが、未来への喜びにつながることを願います。

学びの場は、伝える側、受け取る側、
ともに、謙虚であることを大切にしていきたいものです。



■日印交流年

ちなみに、2007年は、日印交流年だそうですが、
これは政府間での話し合いなのでしょうか?
偉い方々の間で、盛り上がっているのでしょうか?
きっと、「何とか事業」という名目で、さぞかし色々な色のお金が動くことでしょう。
やれやれ・・

どうやら、こんな私には
基本的に、どうもあまり関わりが薄いことのような感じで、
悲しんでいいのか、喜んでいいのか。

もっとも、多少は仕事関係でのお話しがあるかも知れませんが
そのときには、よろしくお願いいたします。

 


どんな時代も、どんな子供たちも可愛い
どんな子供も、未来を運んでくれるから


養護学校での演奏

クルドのこどもたち

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