辰野基康のブログ

音楽会のご報告 日々の雑記などをメモしています。 メインのサイトは http://sitar.holy.jp/ ご連絡は tatsuno123@yahoo.co.jp

2007年08月

作曲、即興演奏、音楽形式に対するBill Evans氏の意見

活動報告

8月25日 平塚市民センターにて
タブラのディネシュ・チャンドラさん バンスリのパンチャ・ラマさんと、
インド音楽とインド舞踊の催しにシタールで出演。

8月26日 東京・高田馬場フラメンコスタジオ「ラ・ダンサ」にて
中越沖地震被災チャリティコンサートにシタールで出演。
フルートの山本俊自さんと、シタール、逆瀬川健治さんのタブラとのフリーセッション。

ご来場いただいたお客様ならび関係者の皆様、本当にありがとうございました。
26日のお客様からご感想を、素晴らしい和歌でお送りいただきました。
感謝の意を込めて画像とMIXさせて掲載させていただきます。

和歌

 

音楽について

さて、話題は変わって・・

ちょっと音楽について調べ物をしましたが、それとは直接関係はないのですが、即興演奏と作曲についてなかなか良いと感じた記事があったので、その抜粋をこちらに掲載いたします。

即興演奏、音楽に対するBill Evans氏の意見

万人に共通する音楽的感性というものがあります。
すぐれた音楽は、その普遍的感性を人々に呼び起こさせます。
人々がどれだけ受け止めるかは、その音楽の形式(スタイル)に詳しいかどうかによって、違ってきます。
従って、耳慣れた音楽とは違う時代や文化を背景に持つ音楽を理解するには、ある程度の努力が必要です。

素人の意見を軽く見るのは間違っていると思います。
私は感受性の鋭い素人の意見を大切にします。
プロは音楽的技巧とかかわりすぎて、素人のように純真にはなれないからです。

今は、Jazzは形式(スタイル)であると考える人の方が多くなりました。
けれど、Jazzは作曲の過程そのものなのです。
1分の音楽を1分で作曲するということです。
・・・
ところが歴史的な背景を考えるとJazzは、アメリカの音楽や文化の影響を受けた音楽であり、その意味では形式的と言えます。
否定はしませんが、決して忘れてはならないのは、Jazzは自然発生的な創造の過程そのものということです。
ショパンやバッハやモーツァルトのように、即興すなわち瞬間を音楽的に表現できる人たちは、Jazz奏者と同じです。
形式ではない、私はそう思っているのです。

-Jazz Pianist-

出典:http://jp.youtube.com/watch?v=Jm6V7bWnVpw


   ■

Bill Evans氏は、とてもすぐれた知性と感性と実力を備えられている音楽家ですので、私ごときが言うのもおこがましいのですが、私が感じているインド音楽(Raga)の即興ときわめて似た考え方のようにも思いますし、また、励ましをいただいているようにも感じます。
この中で言われているように、Jazzは商業や金融が複雑に発展しているアメリカ社会という風土を背景にして発達したという一面もあるのでしょうが、そこから離れた見方をすれば、民族音楽の一種であるといえるところもあるような気もするのです。


風きらきら・葉山

ブルームーン

8月18日 例年の葉山・ブルームーンでのソロ・ライブ

ブルームーンは、葉山・一色海岸にある海の家です。
日が落ちる頃から、ライブがはじまります。

ここは、波の音が印象深く、BGMのように聞こえてくるので、それと同期するような感覚でのソロでのライブをこの数年続けています。

今回は、古典曲や軽い民謡のような曲などをアレンジしました。即興音楽の融通性と音色の面白さをミックスしたスタイルです。
そうやって、さりげなくですが、新しいアイデアの創作をしています。
ライブという場の力は、やはり大きなものです。

即興を主体とする古典音楽ですが、いわゆる優れた伝統的な方法があります。
伝統を踏襲することは、その音楽を学ぶのには、良い方法でしょうし、積み重ねられてきた技術は、素晴らしいものがあります。
演奏技術を堪能することは、音楽の鑑賞というより評論の楽しみのひとつでもあるでしょう。
どんな地域のものにせよ、守り伝えられてきた伝統に対しては、心からの深い敬意をはらうべきです。
けれど、これから生まれようとしている音楽があるならば、それは伝統の力に比べれば赤子のように拙いかもしれないけれど、優しさを持ってこの世に送り出してあげるべきでしょう。その優しさと寛容さがなければ、伝統は単なる既得権にアグラをかくだけのものになってしまう。
(これはワタシの持論なんですが)

そして、自分では、やはり、創作的なことが好きなようです。


お聴きいただいた皆様、ブルームーンのスタッフの方、お世話いただいた有限会社ストーンズの根木さん、ありがとうございました。



葉山は、CD「しおのみち3」収録の「風きらきら」を録音したスタジオがあり
また、曲をプロデュースしていただいた真砂秀朗さんの活動の拠点でもあり、
昨年の暮れには、Jazzボーカリスト水野さんのバンドとともに
クリスマスライブに客演させていただいたり、と
色々な方にお世話になっています。


幼い命は社会の宝・終戦記念日を振り返り

■春からの音楽活動

先日、横浜のフィットネス・クラブで、YOGAレクチャーのBGM音楽を演奏させていただきました。
普段のライブとは、また違った雰囲気で、充実感がありましたよ。

2月の札幌から帰り、春から続いてきた演奏会、
川崎アゼリアでのイベント、金沢での演奏、 「坐る文化研究所」 共催の山梨、埼玉での催し、栃木県那須町アートランドポカラでの演奏、藤沢のインドレストラン・マハラニのでライブ、お世話になっているフジライト・カーペットの催事での演奏、横浜音楽工房・佐藤さん企画の演奏会、シタールを弾く住職の横浜・高明寺での演奏・・高校や市民会館での講座。芸大でのメンテナンスの仕事。CDをお買い上げいただいた方にも感謝です。

思えば、多くの方に支えられて、音楽の道を歩んでおります。

■新規のブログ作成

また、最近では、多くの方々に、「環境」に対する意識の高さのようなものがとても生まれてきていると、感じています。私も、その勉強を兼ねて、時間を見つけて、
環境や温暖化を素朴に考えるブログ」を綴っています。
記事にすることで、環境問題が、少しでも身近なものに感じられると思っているからです。

いずれは、音楽と環境というテーマも演奏活動の一環にしていきたいのですが、
こじつけではなく、自然な形で融合させていきたいものです。

風車GIF




終戦記念日の今日
(記念日という以上に、とても重い意味を持つものかもしれませんよね)
色々と思うことはありました。
まして、「憲法改正」という、大きな法の改正の流れがある時期ですから。

憲法は、国の法の基本となる理念。
戦後、国軍を持たないことを謳った独自の憲法を持ち、
外交や経済によって、それを裏付けてきた日本ですが、
軍備拡張へと、少しずつ歩み始めているのでしょうか。


法という言葉を聞くと、時々、ふと、「ダルマ」という言葉を思い返します。


仏伝で伝えられているブッダの最後の言葉・・
旅に病んだブッダは、クシナガラの沙羅双樹の木陰に身を横たえます。
従者アーナンダは、親しい人の死を看取る人、誰でものように、とても悲しみます。
「アーナンダよ、悲しんではいけないよ。
私は常々、すべてのものに終わりがあると言ってきたではないか。
法(ダルマ)を拠り所にして、自分の業を完成させるんだよ」
そういって、ブッダは静かに息を引き取ります・・
私のうろ覚えの仏伝では、確かこうだったと思います。

ですから、「法」というものは、実に大切なものなんだと思うのです。

P.S
ブッダという方は、とても素敵な生き方をされた方がなぁ、と思いますよ。
「サトリ」を開くキッカケとなったのが、GAYA郊外の田舎の娘スジャータの乳粥の供物からですし、死(涅槃)のきっかけとなったのが、鍛冶屋チュンダの供物だったのですから。
偉人としての生涯ではあったろうけれど、そして、図らずも数千年の敬意を受ける栄誉を与えられたとしても・・
人生の転機に、市井の名も無き人達がいたんですよね。
すごいことだと思います。
そして、それこそが、人生の真実なんじゃないかと・・

だからブッダは好きです。



祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。
おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ。

    平家物語 より

夏のお盆の季節、
幼い頃、祖母が、玄関先で迎え火、送り火とともにお盆を過ごした記憶が残っています。

無常ということを、ぼんやりと思います。





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