1月28日 横浜六角橋ビッチズ・ブリューでの演奏でした。
ご来場いただきありがとうございました。
無伴奏の独奏は、奏者の技量が問われます。
それが即興演奏なら、なおさら。
はじめから 終わりまで
無伴奏 シタール・ソロ
ぽろんと弾き始めから
弦の余韻の終わりまで
音は自分の手から うまれます
音は楽器の響きから うまれます
そして ふわりと
きえて いきます
きえた音は どこへいく
きえた音は 音の国へ
うまく弾ければ、自分でがんばったことが、はっきりとわかるうれしさがあるし
うまく弾けないと、自分の技量のなさにがっかりしてみたりすることもあるわけです。
私は特別な音楽の才能はありません。
インド古典の知識もその他分野の音楽の知識もありません。
エンターテナーとして舞台でお客様を楽しませる才能もありません。
ないないづくしの自分だなぁ・・といつも思っています。
だから、ごくごく少ない出来ること、わかっていることを
これも、拙い自分の出来る範囲のなかで、精一杯表現するだけです。
そんな拙い演奏をお聴きいただくことは、演奏家冥利に尽きます。
プログラムに、さらりと既成の曲みたいなのを入れたりします
アレンジが難しかったり冴えないというようなリスクもあるんですけれど。
試みのひとつとして、お聴きいただければ幸いです。

生でシタールという楽器の音色を知っていただきたい・・みたいなところも大きいです。
これは、自分がシタールに出会って感じた最初の「驚きの原点」だからです。
ソロなら、ゆっくりシタールの音色を楽しんでいただけます。
それだけ、内容を良くしないといけないのですが・・
『CDで聴けばいいじゃないか』、という率直なご意見もいただいたこともあります。
でも、CDだと、どんな機材でどんな音量で聴くか、ということでも、違うし
一過性というライブならではの高揚感が、まったくないですしね。
また、これは、自分の課題ですが、無伴奏ソロの演奏活動は
「チャレンジャーとしての気持ちを維持していたい」
という意味合いもあります。

また、ソロではなくて、
合奏で生まれる音楽的なダイナミズムは、本当に魅力です。
ソロでは表しきれない、美しさ、高揚感
音と音が力を合わせるとき、素晴らしい音が生まれてきますよね。
それを知るためにも、
やっぱり、ソロ演奏をやることには、
私にとっては、大きな意義があります。

ご来場いただきありがとうございました。
シタールの無伴奏ソロ
無伴奏の独奏は、奏者の技量が問われます。
それが即興演奏なら、なおさら。
はじめから 終わりまで
無伴奏 シタール・ソロ
ぽろんと弾き始めから
弦の余韻の終わりまで
音は自分の手から うまれます
音は楽器の響きから うまれます
そして ふわりと
きえて いきます
きえた音は どこへいく
きえた音は 音の国へ
うまく弾ければ、自分でがんばったことが、はっきりとわかるうれしさがあるし
うまく弾けないと、自分の技量のなさにがっかりしてみたりすることもあるわけです。
私は特別な音楽の才能はありません。
インド古典の知識もその他分野の音楽の知識もありません。
エンターテナーとして舞台でお客様を楽しませる才能もありません。
ないないづくしの自分だなぁ・・といつも思っています。
だから、ごくごく少ない出来ること、わかっていることを
これも、拙い自分の出来る範囲のなかで、精一杯表現するだけです。
そんな拙い演奏をお聴きいただくことは、演奏家冥利に尽きます。
プログラムに、さらりと既成の曲みたいなのを入れたりします
アレンジが難しかったり冴えないというようなリスクもあるんですけれど。
試みのひとつとして、お聴きいただければ幸いです。
ソロで演奏する意味
生でシタールという楽器の音色を知っていただきたい・・みたいなところも大きいです。
これは、自分がシタールに出会って感じた最初の「驚きの原点」だからです。
ソロなら、ゆっくりシタールの音色を楽しんでいただけます。
それだけ、内容を良くしないといけないのですが・・
『CDで聴けばいいじゃないか』、という率直なご意見もいただいたこともあります。
でも、CDだと、どんな機材でどんな音量で聴くか、ということでも、違うし
一過性というライブならではの高揚感が、まったくないですしね。
また、これは、自分の課題ですが、無伴奏ソロの演奏活動は
「チャレンジャーとしての気持ちを維持していたい」
という意味合いもあります。
また、ソロではなくて、
合奏で生まれる音楽的なダイナミズムは、本当に魅力です。
ソロでは表しきれない、美しさ、高揚感
音と音が力を合わせるとき、素晴らしい音が生まれてきますよね。
それを知るためにも、
やっぱり、ソロ演奏をやることには、
私にとっては、大きな意義があります。

