週末、シタールの練習のために帰国中の安藤さんが楽器を持って自宅に来てくれました。逆瀬川さんが仕事の合間の2時間ほどタブラ伴奏をしてくれました。
もう40年も前になるけれど、安藤さんと一緒に練習したりデュオでライブしたりしていたので、とても懐かしいかった。安藤さんのシタール演奏はとても素敵です。一緒に練習していると、いろいろなアイデアが豊かな演奏に、こちらまでワクワクします。即興音楽の楽しさもあります。即興演奏がたくさんある古典音楽の魅力です。そうだ、40年前も同じワクワクがあったな、と思い返していました。
こうした音楽は、商業化されず愛好者たちで、掌の中に包むようにして大事に育てていくのが最適のようにも思えてきます。消費されていくようなものにはしたくないです。
シタールのデュオは、一緒に練習するには、楽しいし面白いし勉強になると良いことが沢山あります。でも即興演奏に各自の演奏の特徴が混ざるから、こなれていないと、譲り合いしたりで、演奏的には受け渡しのタイミングが難しいこともありますね。けれど、そのことだって音楽だし、むしろそれがあるからこそ音楽、真っすぐで単調な道の先に、でこぼこ道やくねくねした曲道、時には見晴らしの良い風景があったり。
ちょっと気分を変えて、と器楽用タンブーラに持ち変えて弾いてみたのです。
そうしたら、当たり前のことなのですが、タンブーラとシタールはすごく合うのですよね。
タンブーラといえば、この頃では手軽に、アプリを使い音を出したりするのだけれど。
それでは「音叉」としては良いのですが、実際の演奏に混じると、どうしても機械的な音になってしまいます。
私なりの考えで恐縮ですが、タンブーラ伴奏は機械的な演奏は絶対に良くないです。
タンブーラの演奏は、実は単調に4〜6本の弦を開放弦の状態で弾くだけのことではあります。
まるで音の背景(texture)のようで、難易度が低くて簡単で誰にでも弾ける楽器のように思えてしまうのだけれど、実は違うのですね。
適切な伴奏には、聴こえてくる音楽全体のバランスを感じとるセンスや感性が大切。
あ、これってエフェクターだ。
自分的にはそう感じました。
そう、タンブーラはエフェクターの一種と捉えることもできます。
このエフェクターは完全に手動式で、自らも音を出しながら、音をブレンドします。
リバーブだったりコンプレッサーだったりEQだったり
それが、さりげなく、優雅に、かかるのです。
ちょっと、聴力テストみたいなところがあるけれど。
けれども、リアルタイムの演奏時、演奏されるものだけれど。
タンブーラが音楽的にこんなに面白い楽器だったとは驚きです。
だたし、とても慎重で丁寧なチューニングがされていないと、その効果は表れません。
チューニングメータなんかに頼っていては、ダメですね。
すべての弦がそれぞれ異なる音として聴こえ、同時にひとつの音に聴こえるように耳で確認します。
これは自分ではとても苦労します。でも苦労する甲斐はあるのです。
これも自分なりの考えで恐縮ですが、古典音楽のタンブーラの弾き方は、以下のように考えたりしています。
楽器の状態や正しいチューニングになっているか、確認する。
使われるRagaの特徴を理解して、主音、副主音(Vadi、Samvadi)を意識する。
即興演奏の中で、奏者が一番響かせたいフレーズを理解して、それが美しく響くように音量やテンポを微調整する。ただし、極端な変化はさせない。ほとんど気付かない程度の変化、かつ旋律の響きを美しく引き立てる。
リズムが加わった時は、旋律の美しさと同時にリズムの美しさも、音の背景として支える。
音楽の美しさに対する奉仕と献身の楽器かも知れません。
私が自分で考えられることはこれくらいで、更なるご教示をいただければ嬉しいです。