2023年09月
8月27日は、三味線演奏家早乙女和完さんの絵画の個展でのコラボ演奏でした。
横浜の風雅堂という古民家ギャラリー。街中にある、ちょっとした一息つける隠家のようなところ。
和完さんとは長年の知己です。30年以上前のことです。最初、ロック三味線を演奏すると、楽器を持って訪れてくれました。ロック三味線というのは、三味線を使い、ロック(のような)音楽を演奏するということ。
詳しく話しを伺うと、彼自身は伝統的な長唄を学んでこられて、けれども、オリジナリティある演奏を作っていく必要性を痛感して試行錯誤なされている、シタールの音色を良く聴いてみたいとのことでした。
伝統ある世界に属し、伝統ある音楽を深めていくことは、とても意義あることでしょう。
ただ、それが権威つけられ硬直化して本来持っている活力を失いかねなくなれば、新たな表現の模索がはじまるのはとても自然なこと。
「権威」とか「伝統」とかで感性を硬直化させてしまい新たな試みに耳を塞ぐことは、新たに生み出される音楽の可能性を塞いでしまうことではないでしょうか。
和完さんはそんな想いを持たれてらっしゃるのでしょう。
実はこの合奏の準備として、ネットに上げられた長唄の曲などを聴いていました。もっとも、結局にわか仕込みの理解しかできなかったのですが。
宵は待ち そして恨みて 暁の 別れの鶏と 皆人の 憎まれ口な あれ鳴くわいな 聞かせともなき 耳に手を 鐘は上野か浅草か
メリヤスもの ちょっと粋ですね。聴きながらシタールでちょっと味付け、という練習をしてみる。
歌舞伎十八番 勧進帳。義経が弁慶に叩かれるところに涙したりします。
あれ?長唄の世界、意外に面白い。
そんなにわか長唄ファンになって、和完さんとの合奏に臨みます。
三味線・和完さん タール・村崎さん シタール・辰野 という構成
音量を合せるために、全員PAを通します。
だから、聴き馴染んだ古典の長唄三味線よりは音の響きが強い感じです。
といっても、津軽の太棹三味線とはまるで違います。
やっぱり、明るく繊細な細棹三味線の響きです。時々エフェクターを通した音。
ロック三味線なのかどうか、自分ではわかりませんが、伝統的な技法も使いながら、ご自身の中にある音を表現されているような気もしました。そこには学んできた長唄の伝統の音、生きていた中で接していた様々な音楽、それらが混然と混ざり合わせることで、オリジナル音楽を作っていこう、という意欲が凄かったです。それは何十年もそれにかけてこられた人の音です。
展示されている絵も、その延長にある気がしました。
オリジナルの即興での歌、三味線とタールの伴奏、そこにシタール演奏を加えていきます。
シタールは隙間を埋めていくというようりは、音の流れに参加して、うねりを作っていくという感じでしょうか。
勧進帳「滝流し」を聴いていたのが参考になりました。
タールの村崎さんとは、タールクラブのコンサート以来、懐かしかったです。リズムを叩くというより太鼓による環境音という感じが強かったでしょうか。色々な音色があって楽しかったです。
ともあれ、ベーシックなものが違う楽器同士のコラボ的な演奏は、ともあれ音を出す人と人の関係が大事に思えます。
当たり前のことですが、相手へそして相手の音楽への敬意、リスペクトはもちろんだけれど、でも自分の音楽へのリスペクトも大事。このバランスが重要。
これは、その前の末森さんの歌のナマステ楽団とのコラボの時もとてもそうでした。
熱演だとややもすると心を閉ざし夢中になるのですが、そうではなくて、心を広げて緩やかに。正確な音程とリズムとダイナミズム、でも心と頭はヘラヘラしてユルユルで。
これって、一種の瞑想なのでしょうかね。
三味線は弦の響きに「さわり」という効果音がついていて、それはシタールのジャワリと同じ種類の効果音です。
ただ、三味線は皮が張られた胴と絹糸の弦で、シタールのような木のボディ、金属弦とは違います。
また、三味線の大きな特徴だと思うのですが、伝統的な歌唱法に合うように音色が調整され奏法が作られている気がします。
三味線は、一般に、義太夫節の太棹三味線(津軽三味線もこれ)、地歌、民謡などの中棹三味線、長唄、小唄などの細棹三味線、琉球音楽の三線などがあるらしいです。
そのどれもが微妙に音色などが違うという、とても繊細な楽器であり、音楽なのです。
長年、シタールのジャワリの音を生で聴き続け、出し続けてきたので、ジャワリ系の音は少しづつだけれど聞き分けられるようになってきました。
だからかも知れませんが、三味線の音色はどれも素敵だし美しいものです。
うん!三味線音楽、良いじゃないか。





