シタールを人前で弾き始めて、よくソロでの演奏をしてきました。
楽器ひとつで演奏が出来るので、短時間、楽器紹介のような場でよく弾かさせていただいていました。
Tabla伴奏付きの演奏は、弦楽器と太鼓との音色が混合した華やかさがあり楽しいです。
最近、Tablaとの合奏ではそれぞれの楽器の音色のことを気にするようにしたら、楽しさが増しました。
打楽器は<人が奏でるものでリズムマシーンではない>というのはごく当たり前のことなのですが、時に忘れがち。人それぞれの紡ぎ出す音と合わせることの大事さに気付くのは、うれしい発見です。
そこにTampuraが入ればさらに音響的にひろがりが生まれて良いですね。
それに比べると弦楽器1本でひとりで弾くソロの演奏は、楽器や奏者そのものの特徴、個性が出ます。
シタールのそれぞれの弦の響きの特徴を意識したほうが良いです。
また、自分の技術や理解度なども理解して演奏に臨むほうが良いですよね。
これは、私の場合のことなのですが、Tablaとの合奏の場合は、尺(ターラ)にしっかりハマることを気にするので、それぞれの弦の響きとか、その変化で生まれるリズム感とかは、割と後回しになりがちです。
ただ、そうなると、Ragaを変えても、何だか音階が変わっただけでかわり映えしない演奏・・になっちゃうんだよなぁ・・
もともと初心者で演奏力も未熟なので、本当にそれぞれのRagaの魅力が演奏できているかということも、疑問だったりするのですね。
ソロ演奏のために、いろいろ奏法などを工夫するのは楽しいこと。
「あれ、こんな音色もあるんだ」とか「こんな音も出せるんだね」とか、そういったことを発見するのはとても楽しいのです。
時々、お気に入りの奏法とかを見つけます。
すると嬉しくなって「これはもう大発見だ」とひとり喜びいろいろ弾いたりするのですけれど・・
ところがしばらく弾き続けているうちに、これはどうも違うなぁと思えるようになってきます。
画期的奏法と思っていたけれど、そうではなくて、音楽的にはけっこう退屈なだけ。
自分の勘違いに気付きます。
もっとも、これも完全な勘違いと言うより、不完全なだっただけの話で、何年かしてまた思い出して弾いているうちに、当時足りなかった技量や音楽的な解釈がちゃんとすると、もう少しましな技法になるのですけれどね。
といっても、それでも音楽的に多少ましなだけ。結局、そこそこの音楽しかできないわけですが、まあ、これが自分なんだから、と納得しています。
そして、そんなこんなしながら、人生を過ごしていくのかな、と。
でも幸せな人生ではあります。
音楽とともに、等身大の演奏をして歩んで来られたのですからね!
即興演奏というのは、いうなれば破壊と創造とが同時進行しているような部分もあります。
ずっと残るという姿より、その場で生まれ消えていく、ということも音楽にはある思うのです。これも自分の生き方と同じようなものですね。