辰野基康のブログ

音楽会のご報告 日々の雑記などをメモしています。 メインのサイトは http://sitar.holy.jp/ ご連絡は tatsuno123@yahoo.co.jp

2025年03月

音作りとAIの話

自分の少ない経験からの話なんで恐縮です。
演奏で打楽器(特にタブラー)が入ると、シタールの音にコンプレッサーがかかる気がするんです。
ダイナミックスレンジが下がり、シタール特有の音色が強調される感じ・・かなぁ。
しかも奏者によって、コンプレッサーの利き方には、違いがあるように感じるのですね。
これは、演奏のテクニック云々ということはなくその個人個人の音の指向性と言うか、音楽性でしょうか??
とても興味深いものだし、音楽の不思議さなのかも知れません。
考えれば、これは打楽器だけに限りませんが、特に打楽器は、リズムやビートが明瞭ですし、インド楽器だとチューニングがしっかりあるので「コンプ感」が強いのでしょうか?
何と言っても、私はこうした機材のことは、ほとんど知らないのですすけれどね。

ですから、まずは「コンプをかける」前に、自分が奏でる弦だけの音を豊かにしておいたほうが、楽器同士の会話がよく出来て、より合奏が楽しめるかな、と思ったりもします。

こうした「それぞれの個人による音の癖」みたいなものは、AIには難しいでしょうね。
AIは模範的な優等生の音だったり、ちょい悪の魅力ある音を演出したり、まあそうした価値観なら作れるでしょう。
でも、人ひとりひとりの異なったあり方が込められた音、それは紛れもなく、ひとりひとりの生き方をあらわすものです。
それを、ひとそれぞれがもつ「真心」と言えるのかも知れないですね。
それがあるゆえに、人は時に不器用だったり、愚かだったりするけど、それって自然なことですよね。
それがあるゆえに、音に魅力があり、人にも魅力があるのです。
AIは、いくら巧みで博識で完璧なようであっても、それがないのです。
AIはもっと愚かになるべきです。
人の行いをすべてAIに代用させること自体、愚かなことだと私は思います。

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演奏会のお知らせ 4月19日(土)ブックカフェデン

演奏会のお知らせ
4月19日(土)13:30〜14:30
ブックカフェデン 調布市上石原2−22−3
古典曲の演奏の他、ちょっとだけ朗読もします。
これは一年前に、朗読カフェKeiで試みてみたのですけれど、まあ「試み」としてはありかな、という感じでした。出版社からも紹介されたりして、気を良くして改めてバージョンアップ版の準備をしていますが、どうなるかなと気にもなっています。黙々と演奏している方が、何だか自分の性分にはあっているのでしょうか。
古典曲は、シタールとタンプーラという弦だけの響きです。
打楽器が入ったラーガとターラの世界も豪華で素敵ですが、
弦だけの響きもなかなか良いものだと思っています。


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Sitarという楽器の個性

今年も、頼まれたSitarのメンテナンスが無事に終わりそうです。
20本くらいの楽器のメンテナンスをしていますが、それぞれに楽器自体の個性があり、それぞれの多彩さがあります。

軽く触ってみる程度だと、個性もなく同じように感じますが、もう少し踏み込んで丁寧に観てあげると、それぞれの違いがあるのが良くわかります。
さらに入れ込むと、個々にその楽器特有の個性を主張します。

最終的に同じようなバランスに調整することが、苦労するところでありながら、同時に楽しくもあるところです。

おおよそ同じくらいの時期に作られた同じメーカーの楽器は、よく似ていて「兄弟」のようです。
たぶん出来立ての楽器なら「兄弟」よりは「双子」に近いでしょうね。
使い込まれて時間が過ぎると、年々違いが生まれてくるのでしょうか。

最初から、バランスのとれた、いわば出来の良い楽器もあれば、ちょっとひねくれているようなやんちゃな楽器もあるんです。
どれもそれぞれに個性があって、個々の特徴を認め、その能力を引き出してあげれば、それぞれが魅力ある音楽を作る気もしています。

優等生のような楽器でも、きつく歌わせるとけっこうバランスを崩したりします。
でもそれもまた人間らしいというか、どこかでほっとさせてくれるようです。
癖の強いやんちゃな楽器でも、叙情的でセンチメンタルに歌わせると、癖が他にはない味わいになり、とても魅力的に歌ったりすることもあるのです。

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