トッパンホールの会場の下見に行ってきました。
都会の中のホールですが、静かな雰囲気があります。
音響性能を徹底的に追求したクラシック音楽中心に音響設計をされているホールとのこと。
下見として確認した範囲ですが、音響設計の技術が素晴らしいです。
ステージは木でふんわりと包まれている感じ。
木も、檜など音響に適した木材を使った作りで、壁から背面まで柔らかく緩やかな襞の曲線です。
ステージの音は、木の壁に反射して、客席の上、およそ天井のあたりでしょうか、そこに集まっているように聞こえます。それに加えてステージの音も自然にブレンドされています。
それは例えばトンネルとか体育館とかそれらの響きとは全く違います。
ほど良くここちよい残響・・
残念ながら、ステージでは、その素晴らしい残響は聞こえません。遠くで鳴っている感じ。
でもそれだけ自分の音に繊細に集中できるので、それがとても良いのです。
ステージ上で残響豊かな音になると、自分で自分の出す音に酔ってしまうわけです。
それでは他人に聞いていただく演奏にはなりません。
と言ってまったく残響のない音では、音を出している本人は味気ないのです。
自分での音に対して、細かい気配りをしつつ、客席に響いている音も想像する、というイメージでしょうか。
そのイメージを作ることだけでもワクワクします。
普段、楽器の振動そのものに鳴りを感じ、その響きに一喜一憂したりするのですが、そうした鳴りがマイクを通しスピーカーを通してではなく、「空間」を通して客席にしっかり伝わることは、とても魅力があります。
もともとが生楽器、弦楽器ですので、弦と爪があたる音、フレットに指が当たる音、楽器をちょっと持ち替えたりしてガサガサする・・とか、実はそうした「雑音」もたくさん出ています。
でもそれは人間が何かを弾いたり擦ったり叩いたり声を出したり、上手くいくこともあれば失敗したりもする、いろいろなことをしながらも、心地よい音を作ろうとしている証しです。
そしてそれは心地よい音が生み出す世界、調和に満ちた世界を願い求めることに他なりません。
これはなかなか創造的なことだと考えるのです。
用意して作った曲の一音一音の響きを吟味して、何度も練習して、そして演奏するという形にとてもふさわしいホールのようにも思えます。
そうした演奏にしようかとも考えたりしたのですが、やはり普段の自分らしく、やっぱり即興演奏主体にします。
即興演奏と言っても、身近い部分部分は繰り返し練習して高めていきます。
また、このホールに応じた響きになるように、楽器も試行錯誤して調整していきましょう。
自分では客席では聞けないですが、タゴールソングや天台声明の声の響きもきっと素晴らしいことでしょう。
それらの美しい響きにつながるように、至らない自分ながら、シタールの音に願いを込めたいです。昔、シタールメーカーのHimangshu Roy氏とのさりげない会話の中で学んだたくさんのこと。
弦1本1本の役割や響きへの意識、気遣うことの大切さ。
ここまで音響が素晴らしいホールで演奏させていただいた体験はないし、これほど音響の豊かな空間を意識したこと自体なかったので、本当に貴重な機会です。
西洋クラシック音楽の中心のホールですが、こうした専用のホールを作りそれを維持していくのは、相応の努力や尽力が必要なのでしょう。
