辰野基康のブログ

音楽会のご報告 日々の雑記などをメモしています。 メインのサイトは http://sitar.holy.jp/ ご連絡は tatsuno123@yahoo.co.jp

 演奏会報告

ディワリインヨコハマ2025での演奏

昨年に続きディワリンヨコハマ2025で横浜開港記念館ホールでの演奏。

主催運営の皆様、お手伝いいただいた方々、ステージや講演での出演者の皆様、ご来場いただいた皆様
ありがとうございました。


昨年は無線マイクでの演奏だったので、今年はアタッチメントをつけたイベント仕様の音響にしました。アタッチメントはだいぶ昔から使っています。周囲の音が鳴っているイベントなどでは有効なことも多いです。ただし、ゆっくり音楽を聴く場合には、きめ細かな音色の調整が必要になりますけれど。






■音色の違い

慌ててしまい、丁寧なサウンドチェックの時間を作らなかった結果、上手くPAできず、メロディの低音部が籠ったモコモコの音になってしまいました。いわゆるかまぼこ型の音色。
実は、シタールのキンキンした金属音はあまり好みではないので、自分が弾く楽器はキンキンした音は少し抑えるように調整しています。その理由は長くなるので、また別の機会に。

とてもモコモコの音でしたが、それも意外と面白い効果があったのです。
<ビーナ>あるいは<ルードラビーナ>系というか、そんなニュアンスの音です。
ただ、低音の切れが悪く、それがノイジーになってしまったのが反省点です。

音響がうまくいかない場合、演奏しながら、予定のアレンジを急遽変更して、別のフレーズとか指使いに変更することもあります。
即興演奏ならではの醍醐味あるその場でのチャレンジなので、自分としてはスリリングで、けっこうワクワクするのです。
結果として、応急処置ですので失敗やスムーズにいかない場合も多いです。

ただ、本番の人前での演奏ならではのことですが、普段の練習ではなかった思いがけない素晴らしい発見とかアイデア、ちょっとしたチャーミングな装飾やエスプリの効いた間合いなど、浮かぶ時があります。

センス、技術、才能などないので、基本的にはとるに足りない平凡な演奏です。
それでも、自分なりのささやかさに満足しています。


■表題をつけてみる ラーガ「初恋」

声明コンサートの時から、「表題をつけてみる」ことに関心が出てきました。

声明コンサートではブリンダバニサラングを「夏の木漏れ日」
マルコウンスを「石庭」

そして今回のミシュラピルーには「初恋」とつけてみたのです。
ピルーって愁いを含んだ旋律にもなりますよね。
そしてライトクラシックの雰囲気も出せるので、なかなか重宝するラーガです。
練習している中で、「初恋って、ほんわかして初々しく清々しく振り返れるけれど、
本人の心持は、自分の心を見つめて、憂いや不安もあったりするよなぁ・・このラーガに合うかも」と思ったわけです。
もっとも、今の自分の年齢では、もうすっかり昔の話です。

中低音の甘く切ない調べ、奏法にはアルペジオを入れてみたり、細かい装飾音の動きを取り入れてみたりして、青春の初恋のような清楚な気持ちを表そうとしたのですね。

ところが、ステージで「この曲のイメージは初恋です」なんて、良い年したオヤジが言うのが気恥ずかしくて・・言えませんでした。


■即興演奏の楽しさと難しさ

即興演奏は構築する力、構成力という頭の良さが重要だと考えるのですが、
今回のラーガ「初恋」については、そこらあたりもまだ消化不良の気がしています。

しっかりきっちり構成できました!とならないことは多いです。
でも、手で覚えたパターンや音色のストックはあるので、そちらまかせにして、頭は少し休めて手だけは動かしていて、新たな構成の「気づき」を待ったりします。
そんなおり、前記したような新しいアイデアやメロディが降りてくると、とても嬉しいです。
これは即興演奏ならではの楽しさかも知れませんね。
ただ、自分の技術がついていかないと魅力的な演奏にならず残念なわけです。
少しでも残念な結果にならないためには練習は大事です。

練習が大事なのは、
良い演奏をして、すごい演奏をして褒められるためとか、自分を誇示するためとかではないと思います。
自分の心の中にある音楽を丁寧に育てることではないでしょうか。その喜びを重ねていれば音に乗せて心持ちが聴く方にも届くこともあるでしょう。
音が響いている今この時を、ともに共有できて良き時をともに過ごせる、それはとても根源的な喜びではないでしょうか。

音楽そのものが、人と人が平和に暮らしていくことのメッセージであるのでしょうね。





7/5の聲明コンサートのこと

長い間準備していた聲明コンサートが終了しました。

共演の奥田さん、聲明の導師の方々、ともに最高に素晴らしい表現をしていただきました。
また素晴らしいスタッフ、そして主催の方々、同じステージに参加させていただいものとして最大の感謝してもあまりあります。

聲明との共演をさせていただきました。
未熟な私で、至らなかったことも多分にありましたが、
出来る中での精一杯のことをしました。

想いはいろいろありますが、知らなかったこと学んだことが多くて、改めて自分が音楽の初心者なのだと感じました。
でも、それを知ることが出来たことは、とても幸せなことですよね。

今まで、当たり前のこととして見過ごしていた事柄の見直し

・タンプーラの位置づけ
タンプーラ、あるのはごく普通のことで当たり前だと考えていました。
だから電気タンプーラがあれば、深く考えず簡単に代用していたのですが・・
生音の響きが活かせるホールで、人間が紡ぐ音としてのタンプーラの位置づけをしてみたかったのです。
タンプーラは、不思議な楽器です。
ただ持続音を背景で流す、それだけの役割なら、機械的に作る音で十分に間に合うのです。
人の手で紡ぎ出す音の魅力はかけがえのないものです。

シタールの演奏をタンプーラと共振させる位置づけ
そのアイデアを考えると、ワクワクします。


・生音の魅力
インドでは、大きなホールで、聴衆(おそらく生徒たち)を舞台に上げたコンサートを見ました。
これは<演奏者の演奏を間近で体験する>ことと<生の音を聴く最高の機会を与える>という意図もあるのでしょう。
ところが、音響設計されたホールでは生音の魅力が少し違います。
少し離れた場所の方が、楽器のいろいろな位置にある響きが壁にあたり反響して客席に響きます。

抱えて演奏する弦楽器は、演奏者が体感している弦の振動や余韻の音が、耳で聴く音と少し異なります。
それとは少し異なるのかも知れませんが、おそらく似たような効果が会場に伝わったと思えます。


・聲明とのコラボの方法論

聲明の音の動きは、日本の伝統音楽と似ているように感じます。
けれども、箏の平調子とは違うようです。
能、民謡、わらべ歌の音階、旋律
小泉文夫先生の著書では、日本の古典音楽は5音音階を基本としているように書かれていますね。
また、音の動きについてテトラルコードという法則性を指摘されているのですが、理解力の低い私には十分に理解できていません。
簡単に「日本音楽」と言ったりしますが、ところが、日本について、日本の文化の独自性について、どれだけ深めているのでしょう・・いつも考えています。
単に国籍があるということが、日本文化のアイデンティティだとは思いません。
日本島の成り立ち、地域ごとの特徴や独自の文化、先住民や移住民族の交流、実に複雑な多様性があり文化体系がある島です。美意識ひとつとっても、地方ごとに洗練されたものがありますよね。



聲明との合奏では、自分なりに感じたRagaの一部の音の動きを解析してみました。
自分の解釈をあまり強調して主張しすぎることで、音の調和が壊れてしまわないように注意しました。
もともとが、伝統的に継がれてきた唱法ですから、いくらコラボだからといっても、代々引き継がれてきた音楽の良さを壊してしまうのは、忍びなかったのです。

今回、この点に一番悩みました。
演奏の数日前まで、合せられる部分はほんの数分程度かとも思っていました。
でも落ち着いて、何度も解析して、少しづつ音を重ねられる部分を広げてきました。
やってみれば「コロンブスの卵」のようなことですが。
それでも、繊細な感覚で、見極めていく必要はありますね。

聲明の内容について
とても深いのです。
音として合わせることだけを考えて準備を進めていたのですが、振り返ってみると、歌われる内容、つまり歌詞を理解することがとても大切だと痛感しました。
合せたところは「唱禮」「百八讃」「般若心経」「総回向」
それぞれの経文についておおよその理解はしていましたが、特に般若心経は、良く知られていますが解釈は難しいです。
今でも、自分の解釈(演奏)で良かったのか、音の表面をなぞっただけで消化不足ではなかったのか・・思い返すことは多いです。

コラボは終わりましたが、自分では、天台声明で歌われた歌詞の内容を理解していこうと改めて思います。

今回の合奏が、完成した作品になったかどうか、自分でもわかりません。
さらに練り込まれたものにする必要があるのか、
けれども、こうした作品は「完全なものを完成」させることではなくて、過程を残した形が完成なのかも知れません。

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alulucan
ピカソ アルルカン姿のパウロ
描きかけのようだけれど、見方によれば、これで「完成」

松林図屏風
松林図屏風 長谷川等伯 安土桃山時代



4月19日西調布カフェ・デンでのシタールソロと朗読

4月19日西調布のカフェ・デンでのシタールのソロと朗読のこと

時間が過ぎてしまうと、演奏の内容をけっこう忘れてしまうもので、備忘録として書き留めておきます。

13:35〜13:50 Raga Brindabani Srang アラープ
昼のRagaです。出来るだけゆったりとした演奏を心がけました。
Tanpuraの音が時折自然と聞こえてくるように。
イメージとして、流れる薄雲の雲間から差し込む日の光
静かに流れる川の水面にきらきらと反射する日の光
という感じ
印象派風の音楽のようにしてみました。
音を厚くしていくときは重厚な感じも出しました。

13:55〜14:10 タゴール「少年時代」朗読
出版されたものは日本語訳なのですが、ベンガル語の響きを聞きたくて、奥田由香さんに飛び入り参加して詩の一部をベンガル語で朗読していただきました。
これは、とても良い朗読でした。
その後、日本語訳の詩を、節をつけて読みました(歌いました)
特にこだわったのが、日本の音階、それもわらべ歌の雰囲気で。
この「わらべ歌」は、小泉文夫先生の論文「日本伝統音楽の研究」を読み進めている中で触発されたものです。ただ、論文の理解は私の乏しい読解力では、なかなか読み進めることができていないのですけれど。
ともあれ、自分的には、チャレンジのひとつとして。

14:15〜14:25
Raga Bimpalasi のアラープ
人気のある午後のRagaです。
叙情性あるRagaですので、情緒を込めてシタールに歌わせました。
シタールに歌わせるのは楽しいです。
歌は楽しいけれど、頑張り過ぎると息切れしてしまったり、空回りするので、そこのバランスが大事ですね。
適度にリズムを刻んだり、リズムによって転換する、などいろいろ変化をつけてみるもの味わいがありますよね。

14:25〜14:30
短いメロディ
何となく親しみやすいメロディで


コンパクトにまとまったホームコンサートになったと思います。

お聴きにご来場いただいた皆様
ベンガル語の朗読の奥田由香さん
カフェ・デンのご夫婦
そしてタンプラーの伴奏を無理してお願いして弾いてくれた私の妻

皆様ありがとうございました。









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