辰野基康のブログ

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 日本音楽

情報豊かな時代・ひとつの音から(3)バイラヴィと醤油ラーメン

ベジタリアンの方には、ごめんなさい。
個人的なことですが、最近、醤油ラーメンがお気に入りです。

減塩などもしているので、外食は控え目ですが
それでも、思い出したように、近所の醤油ラーメンを食べ歩きます。

割と近所に、気に入ったラーメン屋を見つけました。
営業時間が短いし、品切れしたらその日は終わり、という店なのですが、
ファンにサポートされてマイペースでやっているところです。
枯葉ライン

そのラーメンの話ではなく、
前回に書いた、ラーガ・バイラヴィのこと

このラーガって、私にとって醤油ラーメンみたいだなぁと、ふと思ったのでした。

町の古い「中華料理屋」に必ずといっていいくらいある料理です。
以前は「中華そば」と呼ばれていました。
しかし中国にはない料理です。
(カレーパンが、インドではないのと同じ)

バー

RagaBhairaviも、とても人気あるラーガです。
そうえいば、かなり昔の話ですが、
お正月恒例企画テレビ番組で「かくし芸大会」という企画がありました。
一度、当時人気だったいかりや長介さんのバンド「ドリフターズ」が
シュスマ小俣さんの指導で、ラーガ・バイラヴィをシタールで2〜3分弾いていましたね。

bar450

チェーン店のラーメンがあるが如く
軽音楽風のバイラヴィもあります。これもなかなか良いです。

情感あふれる情緒的なバラードのような演奏も可能だし、
敬虔な祈りの感じの演奏、
アップテンポでPOPなダンサブルな演奏や
エキサイティングな演奏だって可能な気がします。

要するに、応用範囲が広いのです。
つまり、醤油ラーメンのようなものです。
麺やトッピングを変えるだけでも、全然印象が変わるのです。

また、ダシや作り方が違えば、また違った味わいになるところも
バイラヴィと醤油ラーメンの共通点でしょうか。

駅前食堂のラーメンというのも、
昭和感あふれる味が想像できますが、
「駅前食堂ラーメン風Bhairavi」というものもありそうな気がします。

全国のご当地ラーメンのように
インド各地のバイラヴィの音階での民謡がありそうな気がします。


「和風バイラヴィ」も面白いかも知れません。
・・というより、
これは、ぜひチャレンジしてみたいと思ったりします。

ここで問題になるのが
<何をもって 和風(日本音楽風)とするか>なんですよね。

音階はバイラヴィの音階ですので、日本の音階ではありません。

楽器?
例えば、「琵琶」でバイラヴィのフレーズを弾いてみたら、それで「和風」ですか??
それってただ、楽器を持ち替えただけですよね?

簡単には答えなんてでるはずもないことなのです。

つまりは
「日本音楽」とは何であるか、
さらに、「日本」とは何なのか
といった、根源的な問いかけにつながるからです。

けっこう今までも問いかけていたことのようです。

<日本の音楽について シリーズ>




日本音楽について、疑問に思うことや、本を読んだりしたこと

新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。


イヌ公園新年



年末年始の時間がある時にということで、日本音楽についての本を図書館から借りてみました。

私は、民族音楽をやっている日本人ですが、
自分の生まれ育った土地の伝統音楽や民俗芸能の音楽を合わせた
「日本音楽」についてのことを、ほんの基本のことも、あまり良く知らなかったりします。

日本音楽について、楽器の実演を習得し楽曲を覚える、というのも、あるいは良い理解の方法でしょう。
けれど、そういう方法ではなくても、理解する方法は、いろいろあると思われます。

日本音楽について、今、思い当たるだけでも、こんな疑問の数々があります。

  1. 全部でどんな分野があるのか(例えば「雅楽」とか「能」とか「義太夫」とか)
  2. 各分野、それぞれどんな成立過程を経てきているのか
  3. それぞれの分野の歴史の中で、分かれたり、消滅したり、あるいは新たに生まれたりしたものたちについて
  4. 伝統音楽には、○○流という形でとても多くの家元が存在するようだけれど、そうした数多くの各流派についてそれぞれの特徴とはどうなっているのか。(例えば同じ曲を違った解釈で演奏するのか、とか、流派毎に曲があるのか、とか)
  5. インドの古典音楽は南、北の違いはあるけれど、大きくRAGAという体系が生まれている。そうした体系(あるいは分類、分析)というものは日本音楽にあるのか?
  6. 仮に「ない」としても、今後、生まれてくる可能性はあるだろうか?

など・・

まだ、疑問は出てきそうです


とりあえず・・続く>>

日本の音楽について・その6 わらべ歌・置き忘れてきた未来の音楽

※日本の民族音楽について知識あまり無いシタール弾きの私ですが
自分の勉強自分自身のアイデンティティの問いかけもあって綴っています。


自分の音楽って?


籠の中の鳥は、いついつ出やる?
夜明けのばんに。

前回、台湾の先住民の分布を紹介しましたが
日本の文化を調べていると、同じように、多岐に分かれていて、複雑です。

正直言って、恥ずかしながら
私自身、日本の文化を、しっかり理解していないように思います。

自分は日本人だから「日本」は、十分わかっている(はず)
音楽に限らず、伝統芸能や伝統の文化、お稽古するのもよさそうだけれど
通うのも大変そう・・
あまりわかっていなくとも、「日本人」というDNAに入っている(はず)
と・・開き直ってみたり、します。

何度も書いていますが、
インドの楽器を弾き続けてきた私にとって
<「日本」とは?> というのは、とてもとても大きなテーマなのです。

まだ、何の結論も出ていません。
それでも、シタールを弾き続けるのです。

日本の文化は深いのです。
そして、インドの古典音楽も、同様に奥が深いのです。



わらべうた・かごめかごめ


素朴な形で歌い継がれている、わらべ歌。
「かごめかごめ」という、子供の遊戯のわらべ歌があります。
ひとりの子供が自分の手で目を隠してしゃがみこみます。
そのまわりを子供が手をつないで輪になって唄う「遊戯歌」です。
自分でも、幼い頃そんな遊びをした、かすかな思い出があります。

友達-2


これらの原型は、おそらく、かなり古い時代からあったものでしょう。
そして、世界中の多数の民俗の芸能、お祭り、Folk Dance は、このような円舞・輪舞があるのでしょう。
夏の盆踊りも、円を描く踊りですよね。

これらは<星の周りを回る惑星の動き>
自然に関わりながら生きてきた人たちにとっては、
太陽や月の動きと季節が結びつき、種まきや収穫、狩りや魚とりがあり
同じ季節に、花が咲き、実が結ばれ、同じ季節に鳥が渡ってくるのと同様
こうやって、輪になって、唄い、踊ることは、宇宙との一体感を感じる
自然な動作なのでしょうね。


下の動画は、子供たちの遊びとしての「かごめかごめ」です。
この遊び唄は、動作と唄が一体化したもので、
唄だけでは、本来あまり意味が薄いように思います。


かごめかごめには諸説があるのですが、
本来、呪術的な儀式だったものが転じて、子供の遊び唄として
残っているという説もあった気がします。(出典不明です)


働きながら歌っていた


「かごめかごめ」に限りませんが、<わらべ歌>というものは
急速に失われているように思います。

また改めて後に、詳しく述べたいなぁ、と思っているのですが
明治初期、東京に住んでいたエドワード・モースというアメリカ人
(大森貝塚を発見したと有名です)の
日本の滞在の日記、が面白いです。

それを読むと、当時の日本人は、労働しながらとても歌っていたらしいのです。

わらべ歌は、子供の歌なのですが
おとなになっても、体を動かして歌うこともあったということでしょうか。

集中して、重いものを動かすとき、力を合わせたり
行商、物売りの呼び声
そういえば、子供のころ、冬の晩に
「火の用心」の呼び声もあったようなかすかな記憶があります。

そうした生活様式の土壌、
地域の子育て、地域の生産、地域の人と人とのつながりや関わりがあってのこと。

そうした文化的な土壌は失われつつあるということなんでしょうか。


昭和59年10月31日 ラジオNHK第一放送「こんにちはラジオセンター 日本の民謡」で放送
(Vo.)Yasui この歌は、素晴らしいです。
すごくスウィングしていますね。
「唄うこと」と「生活かけていること」が一体化しているのです。


機械ではなく人間が大事


後ろの正面だぁれ?

機械のスイッチを入れさえすれば
素敵な歌声も音楽も流れてきます。

あるいは、自分の足で歩かなくとも、自分で担がなくとも
便利な乗り物を使えば、遠くまで、早く、楽に、移動できます。

あらゆる生活の場に、機械が入り込んでいて、
人間はだんだん必要とされなくなってきているような状況さえ生まれていますよね。

けれど、機械は補助をしてくれる道具に過ぎないのです。
それにすべてを依存してしまうことは、大きな間違いなのだと思います。

つまり、機械依存のシステムを作り出して維持していくことに
膨大なエネルギーが必要となるし、それだけ強大なエネルギーを集中的に扱うことは
リスクも高いのですね。

つい数年前まで、
つまり原発事故が起こる前までは、
日本では、機械への依存を原子力エネルギーに頼ろうとしていたのでしょうか。

ハイリスク、ハイリターンのライフスタイル
つまり、イソップ物語の「都会のネズミ」 
そうした人工的な不安や恐怖を抱えた、繁栄や豊かさって、何かなぁ・・と思ってしまうんですよ。

現代人というのは、「自然」と共存できない弱いところもあるのでしょうが
それでも、少しでも、自然の摂理に沿った、地味で質素な暮らしをしたい、と願っています。


ふと、振り返ったとき
後ろにいてくれるのは、機械ではなく、
心のかよった人間の笑顔であって欲しいのです。


17
awase干潟未来へ




いろいろな「かごめかごめ」(みたいな歌や踊り)


韓国
Ganggangsullaeという踊りらしいです。
とても優雅で美しい踊りですね。思わず「かごめかごめ」のルーツ?



アイヌ
動画ではなくて写真ですが、輪舞しているみたいですよね。
唄がすばらしいです。歌詞がわかるともっといいでしょうね。
ただ、歌はソロです。




グルジア
男性の歌、力強いです。ただ、しっかり立って、しっかり発声するというのは
何だか、クラッシック(西洋古典音楽)の声楽に近い?


ブルガリア
http://www.youtube.com/watch?v=embqg-yKHNQ
ブルガリアの女性による唄と踊りです。
民族衣装も素敵です。手をつないでくるくる。


インド・ナガ族
ミャンマーと国境に近いところでは、少数民族の踊りが
たくさんあるのですね。



ピグミー
素敵です。踊りや暮らし、人が集い生きていくことの原点のようにも感じます。
リズムと手拍子と歌が、実に見事です。




ピグミーの唄のワークショップ
このように、世界各地の失われつつある芸能は、見たり聴いたりするよりも
自分もその一員として体験的に学ぶ音楽が
未来の音楽形かもしれないと、私には思えたりします。
そうすることで、人の心の、喜びや悲しみや痛みを共有できるからです。










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