2012年09月18日

近頃思うこと

我が家のパパは現在中国大連で単身赴任中です。

ここのとこ、TVつければ中国の反日デモのニュース。。。
あちらに家族のいる身としては不安煽られます。
実家や親戚、遠くの友人から「大丈夫なの?」と連日のように心配の電話があります。

海外に住んでいた頃、日本での報道と現地での温度差を感じた事が多々ありました。
サーズのときなんかもひどかったです。
日本に戻ると病原菌みたいに扱われたりね。^^;
そういう経験があるので、TVニュースをそのまますっかり受け入れるほど迂闊ではありませんが、今回ばかりはかなり厳しそうです。

パパの会社も他の工場で大きな被害があったようですが、幸いな事にパパの工場は今のところ大丈夫そうです。
でも、今日は満州事変のきっかけとなった事件の記念日だそうで、夕方には大連でもデモがあるかもしれないとの情報。
大きな被害が出なければいいのですが。。。

ただ、大連は比較的親日なのかな。
パパも娘も嫌な思いをしたことは今まで一度もなかったと言ってました。
私も何度か渡航してお会いしてますが、どの人もみんな親切で優しい人ばかりで。
これからも大丈夫〜!なんて能天気ではありませんが、信じたい気持でいっぱいです。

手前味噌ですが、パパの会社が今までやってきたことは、ただ中国の安い人件費を利用して儲けるということではなく、中国にたくさんの技術を伝え、中国の近代化にも大きく協力してきたのだと思うのですよ。
それなのに、そんな両国の協力の成果である工場のラインを壊し、火を放つという暴挙に出るということが信じられません。
工場再開するまで仕事できず給料もらえない中国の人たちがたくさんでてくるということに考えが及ばなかったのか。わかった上で、もうこれ以上日本の協力は必要ないということなのか。。。

あのTVの画面で投石したりビルの窓割ったりする人たちが中国人のすべてではないと信じたい。
あの画面をみて「だから中国人は嫌い」とひとくくりにしたくない。。。

「だからママさんは甘いんですよ」
そんなふうに言われて嘲笑される日がこなきゃいいんですけどね。


同じ地球に生きる地球人として争わず助け合って生きていくってできないものなのかしらね。。。





polamama at 20:16|PermalinkComments(4)TrackBack(0)日記/一般 

2012年09月14日

入院騒動7 退院後

1月30日に入院したパパ、45日間の病院生活を終え、3月14日に無事退院しました。

すぐにでも大連に戻りたいと駄々をこねてましたが、体力が戻ってないことをすぐに実感したようでした。
ワンの散歩には必ず一緒にでかけましたが、500mも歩くと肩で息をするほど。
最初は、よれよれのチョコといい勝負の歩く速度でしたが、日を追うごとに歩くスピードも、姿勢も良くなっていきました。
何よりのリハビリだったと思います。

季節は春。サクラ便りがあちこちで聞かれる時期でしたので、パパと二人でお花見にも出かけました。
桜ノ宮、川面にかかるサクラをボートに上から眺めたり、京都の平安神宮の神苑の枝垂れ桜を楽しんだり。。。病気のおかげで、良いお花見ができたと喜びました。


実際、結婚してから28年。こんなに長く一緒に過ごした事はありませんでしたから、
とても貴重な体験でありました。
あと何年かすれば、パパもお仕事リタイアして、こんな毎日がくるのだろうけど、
その予行練習を体験でき、本番に向けていろいろ準備できるということに気がついたのでした。


1ヶ月かけてゆっくり体調を整え、4月14日、元気にお仕事できる幸せを噛み締めながら、大連に向けて出発しました。

あれから5ヶ月。。。
5月、6月と月一で帰国し、病院で経過観察の検査を受けましたが、順調。
お薬も3ヶ月で終了となり、今では入院前よりも元気そうです。


長い日記になりました。
思い出しながら書いたのでまとまりませんが、とりあえず自分が忘れないように。
お付き合いくださったみなさん、お疲れさま。

最後にひとつ、ひどい頭痛、とくに首の後ろが痛いときは早めに病院へ!
細菌性髄膜炎。
小さなお子には予防接種を勧めるTVCMがよく流れていますが、大きなおじさんでもかかる病気です。
くれぐれもお気をつけて!







polamama at 01:53|PermalinkComments(2)TrackBack(0)日記/一般 

入院騒動6 家族

パパの入院という思いがけない出来事で、我が家大騒動でした。

パパの病院は付き添いはいらないと入院のしおりには書いてありましたが、最初が様子悪すぎて先生に付き添うように言われたのでした。
そこから毎日だれかが病院に寝泊まりしてパパを一人にしない、という生活が始まりました。

娘はお仕事ありますが、毎日仕事帰りに病室に寄ってくれ、そこでバトンタッチして、ママは家にシャワーしに戻り、またすぐ病室へ。娘は入れ替わりで家に戻りワンたちの世話をする。。。
娘2号も週末ごとに東京から帰って、付き添ってくれました。

そんな風に毎日家族が入り浸りの病室は珍しかったようで、パパの退院が決まった頃に主治医が
「奥さんは優しそうだから大丈夫そうだけど、あの娘さんたちは、パパ大好きっこみたいだから、万一のことがあったときには訴えられるんじゃないか」と危惧してたと笑って話してくれました。


病院の窮屈なソファーベッドで寝る生活も2週間過ぎる頃、ママの体調に変化。
首に帯状疱疹。。。これには参りました。
娘1号が休みをとって私と交代してくれ、2日ほど、家のベッドで熟睡。。。
おかげで、一番しんどい時期を無事乗り越える事ができました。
ほんとに、娘二人いてくれてよかったと心底思いました。


パパが入院してしばらくして、チョコも具合が悪くなりました。
パパ同様、お腹の中に炎症があり、膿がたまってると。。。
炎症値?抗生物質???どこかで聞いたような説明を動物病院でも聞かされて。。。
パパの看病の合間を縫って、動物病院にも通わなければなりませんでした。

またワンたちの散歩に行く余裕もなく、いつもお願いしてるシッターさんに、2日に一度お散歩をお願いしました。

ワンたちもなんとなく家の中が大変そうだと理解してたようで、お散歩の回数が減っても、
食事の時間が遅くなっても、グレるでもなく、吠えるでもなく。。。
1人不安に過ごす娘1号に寄り添ってくれてたようでした。
ワンたちも含めて、家族全員での闘病でした。

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polamama at 01:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日記/一般 

入院騒動5 お見舞い編

入院した翌日。
さすがに身内に連絡しないわけにもいかず、「いますぐどうこうなるってわけじゃないと思うけど、万一ってこともあるから」と電話しました。
娘2号、泣きながらとんで帰ってきました。
1号は具合悪くなる前からずっと見てたけど、2号は寝耳に水状態。
泣き泣き帰ってきたのに、パパときたら、「こんにちはー」「誰?」状態。。。不憫です。^^;
主人の父親と姉も次の日には訪ねてくれました。
まだ記憶も混濁した状態ですから、父親には衝撃的だったようで。。。
こちらも泣きながら姉に連れられて帰っていきました。

姉は帰宅してすぐに家族や友人を巻き込んで千羽鶴をおり始めました。
折り溜めては宅配便で届けてくれて、入院中に千羽鶴完成しました。弟の病、あたしがなんとかするわよ!って気概が届きました。

さて、会社にも連絡しないといけないので、大連の秘書の人と、携帯にあったパパの話によくでてきた上司に電話連絡しました。
会社からはすぐに人事担当の人がお見舞いにみえましたが、とても会って話せるような状態ではなかったので、下のロビーで事情を説明してお引き取りいただきました。
その後、ベッドから降りられるくらいの状態に回復した頃、会社の方からたくさんお見舞いにきてくださいました。
記憶や思考回路がどの程度復活してるかわかりにくいので、会社の方とお仕事の話がちゃんとできてるのかどうか、お見送りしながらそっと相手に確認したりしました。^^;
お見舞いにきてくださった上司が、その1週間後にTVに映っててびっくりしたこともありました!
新社長就任のニュースでした。


友人の最初のお見舞いは、命の恩人、美雄さんでした。
デ杯のチケット引き取りにきてくださったついでに、病室も覗いてくださったのですが、この時のことはパパの記憶には残っていません。^^;
その2日後、シンガポール繋がりの金子さん、越智さんが美雄さんとともに来訪してくれたことはパパも覚えているようです。これが病院での最初の記憶。
その日の朝に導尿管が外され、ベッドから降りられるようになっていました。
元気なメンバーに力づけられ、その日が復活のスタートとも感じられる日でした。

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その日から徐々に起きている時間も増え、リハビリもするようになりました。
テニス繋がりの友人がたくさん訪ねてくださって、元気をいっぱい下さいました。
普段疎遠にしてた大学時代の友人も、聞きつけて訪ねてくださいました。
懐かしい話をしながら、記憶回路が少しずつ繋がっていったようでした。
高校時代からの友人夫妻は本当に心配して、何度も足を運んでくれました。

パパ、意外と友達いたんだねー!というのが正直な感想。
普段仕事にかまけて、交友関係はママまかせ、みたいなところがあったから。
そんなパパのピンチに駆けつけてくれた友人のみなさんに、心から感謝です。
みなさんのおかげで無事に回復できたのだと思っています。


今まではね、誰かが病気で入院したと聞いても、ご迷惑だろうから、と遠慮してたんですよね。
でも、今回、反対の立場になって、お見舞いで元気になれる場合もあるのだと知りました。
これからは、相手の立場にたって、どうしたら喜んでもらえるか、すこしはましな判断ができそうな気がします。

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大きめの千羽鶴が姉からの。
小さめのは娘1号の高校時代の友人たちが折って届けてくれたものです。







polamama at 00:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日記/一般 

2012年09月13日

入院騒動4

パパは病院に行くために家の階段を二人に支えられて下りた、という記憶はあるそうですが、それ以降の記憶はないそうです。
病院についてからいろんな検査をしたり、入院してベッドの上から降りられなかった2月10日までの記憶は全く!!


その間、目が覚めてる時は普通に会話したりしてたんだけどね。

ただ、最初の数日は脳が腫れてたこともあり、意識は混濁していました。
看護士さんがいろんな処置をしに部屋にこられるけど、そのたびに
「お名前はいえますか?生年月日は?」と確認されます。
最初は自分の名前も言えたり言えなかったり。
一度など「お名前は?」と聞かれて「うーん、フ、フレッシュ・・・」
外人かよ?!と突っ込みましたが、外人でもフレッシュなんて名前の人はいてないよね。

可哀想だったのは娘2号と主人の父親。。。
二人ともパパの入院した翌日に見舞いに駆けつけてくれました。
そこに寝てるのはおむつあてられ、意識の混濁したパパ。。。
挙げ句の果てに、娘2号は「誰?」って聞かれる始末。。。
娘の顔さえわからなくなっていたようでした。
4、5日もすると落ち着いてきて、娘の事もわかるようになり、会社のニュースがTVで流れると、それについて話したりできるようになりました。

最初の2、3日はいつどうなるかわからない、というドキドキものでしたが、その後、なんとか命は大丈夫そうだと思われたものの、脳の障害は残るのではと心配でした。
しかし、結果、左耳の難聴が残ったくらいで、他の後遺症は出ませんでした。さすがパパです。


12日目にやっと導尿の管が外され、自分でトイレに行けるようになりました。
でも、10日間余といえ、ずっと寝たきりだったので、最初は立つ事すらできません。
ベッドの上で先生の指導うけながらリハビリを始めました。
最初は車いすでしたが、2、3日で点滴のスタンド支えに、自力で歩いていくようになりました。
食事も最初はゼリーでしたが、4日目くらいには普通の食事が出されました。
ただ、点滴で栄養は足りていましたし、食欲はなく、一口二口で終了。誤飲して肺炎併発なんてのも心配されましたから、食事もぼちぼち、という感じでした。
回復が実感されたのは、口からの食事がちゃんと摂れるようになり、自力で歩けるようになった頃からです。
CRP値はなかなか基準値に下がりませんが、とりあえずちゃんと食べて、ちゃんと歩けるということで、もう大丈夫かなと感じたのでした。
入院して2週間経った頃、病室が移動になりました。ナースステーションから一番遠い部屋へ。
先生たちももう大丈夫と思ってくれたのだと思いました。

点滴も18日目くらいから本数が減り、点滴と点滴の合間に外出してもよいよ、との許可がでました。
自宅に戻ってお風呂に入ったり、外のうどん屋さんに行ったり、一度は京都まで遠出したこともありました。
会社のことはとても心配だったようですが、お見舞いにきてくださった上司から、「何も心配せずにゆっくり休みなさい」と言っていただき、ゆっくり養生する覚悟きめたようでした。

退屈な病院生活ですが、まずは体力戻すのが大事。
ご飯食べて、食器片付けにいって、歯を磨いて、リハビリルームで自転車こぎして、と、少しずつやれることが増えて、体力回復してきました。
ちょっと歩くと肩で息するような調子ではありましたが。

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ただ、CRP値が下がらない事には退院はできません。
数値が下がってから少なくとも2週間は病院で経過を観察したいとのこと。
入院して1ヶ月過ぎて、3度目の髄液検査で、ようやく髄液の中のばい菌(単核球、多核球)の数値が基準値に落ち着きました。
基準2以下とかいうところが、入院当初は4600とかいう数字でてましたからね。
CRP値も基準値0、5以下というところが、最初は46くらい。1ヶ月くらいで、1桁に下がりました。
その頃ようやく点滴が終わり、内服薬での治療にかわりました。
点滴し過ぎで両腕あざだらけになったパパでしたが、ようやく解放されたのでした。


そして入院して1ヶ月半。45日目に無事退院する事ができたのでした。
退院後も毎週1度通院して血液検査、レントゲン検査して1ヶ月は自宅で療養するという条件付きでした。

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自宅に戻って腕のタグを外す瞬間!









polamama at 17:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日記/一般 

入院騒動3

最初は5階のナースステーションに一番近い部屋へ。
心電図や心拍数のわかる機械に繋がれ、腕には点滴、導尿の管もつけられて、パパちゃんベッドに。
熱も上がってきたので頭冷やして。

ときどき目が覚めて、自分の点滴外そうとしたり、頭浮かせたり。
髄液検査した後の2時間くらいは頭上げないでくださいねーって看護婦さんに注意されてるんだけど、本人おかまいなし。
頭起こそうとするたびに、「パパ、だめなんだよ、おとなしく寝てて〜」と身体押さえて。

そんなこんなでほとんど寝る間もなく朝を迎えました。

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翌日からは毎日朝イチで血液検査。24時間休みなく抗生物質と栄養剤の点滴。腕だけでなく足からも。
最初のうちは熱も高く、脳は腫れた状態。一日中うつらうつらとしていました。

パパの髄液はばい菌だらけ、脳は腫れて、脳の中には戦い破れた白血球のかす(膿み)が溜まった状態。
もしどこかに詰まったりしたらすぐに開頭して膿を直接ドレナージュしないといけないとのこと。いつ手術することになるかもわからないので、前もって同意書にサインを、とまたサイン。

でも、パパの脳は手術することもなく回復していきました。
高価な抗生物質をこれでもかっていうくらい潤沢に点滴し続けたおかげだそうです。
ただ、CRP値は中々下がらず、どこが原因の炎症なのかを調べる検査が続けられました。
そうして3週間過ぎた頃にようやく、腰に炎症が見つかりました。

腰骨と腰骨の間に化膿した箇所が見つかったのでした。化膿性脊椎炎というそうです。
この病気も髄膜炎と同じように抗生物質を投与しベッド上安静という治療法なので、一挙両得というか、一石二鳥というか、一薬二病というか。。。
パパの闘病生活はただただ点滴をしてベッドの上にいるという生活でした。

主治医は腰の炎症が先で、そのばい菌が髄液に侵入したのではないか、という意見でしたが、整形外科の先生は反対に髄膜炎が最初で、その菌が腰骨についたのではないかという意見。
いまだにどちらが最初かわからないままです。

polamama at 15:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日記/一般 

入院騒動2 

大連に戻る日の早朝4時すぎ。
トイレに起きたパパ、トイレで吐瀉。
頭痛がひどいし、目眩もする。今日は帰れそうにないから飛行機キャンセルして、とのこと。
ベッドに戻り寝るけど、ベッドでも吐瀉。

話しかけると返事はするけど「なんか聞こえにくい」と。

そのまま寝入ったパパ。。。


さて、頭痛に、吐き気、目眩。。。メニエール氏病かな?
耳鼻科に行けばいいのかな?
吹田市の救急病院の医療相談というところに電話できいたところ、
「そうですね。耳鼻科かもしれませんね。」とのこと。
いきつけの耳鼻科にも電話したら、「こちらでも大丈夫ですよ」と。
起きたら連れて行こうと思ったのに、起きない!

いつもなら寝返り打つ時にも「あーいててて」と賑やかだったのに、静かにすーすー寝入っている。
熱もないし、頭痛も訴えないし、吐き気もない様子。
こんなに静かに寝てるのならもう少し寝かせておこうかな、と様子みてるうちに。。。

娘っこが帰宅。
いつもなら「ただいま」の声に反応するのに、返事がない。

顔色もなんか良くないし、身体も冷たいし、やっぱり病院いかないと!
「パパ、病院に行こうよ」と声かけると「うん」と返事。
でもなかなか起き上がれない。
「救急車呼ぼうか?」「いや、自分で行ける」と返事。

時間をかけておき上がり、服も着替えて、娘と私の二人に支えられながら階段を下り車の後部座席に。

一番近くの夜間診療してる市民病院に。

受付のそばに車横付けし、「降りられないので手伝ってください」とお願い。
係の人が手伝って車いすに載せてくれました。

インフルエンザが流行してる頃で、病院はいっぱい。
パパは車いすにのったまま、持って行った毛布をかけてうつらうつら。。。

ようやく順番がきて、診察室に入ったら、すぐに血液検査とレントゲン。
検査の結果を見た先生の顔が険しくなりました。
処置室のベッドに寝かされ、すぐに脳のCT撮りに連れて行かれました。


先生がおっしゃるには、たぶん髄膜炎だと思われるとのこと。
髄液を取って検査しないと詳しい事がわからないけど、まず間違いないと。

髄膜炎の専門の病院を当たってくれたのですが、あいにくどこも満床で空きがないとのこと。
「今、脳外科の先生も、麻酔科の先生もいるので、ここでも検査はできますが、どうしますか?」
「よろしくお願いします。」
「ただ、ご主人の脳がずいぶん腫れている状態ですので、髄液を抜くのはリスクが高いのです。でも、髄液調べないと治療の方針もたたないので、どうしても抜きたいので、いいですか?脳外科医と麻酔医でちゃんと脳に負担がかからないように万全の体制で検査しますから。。。ただ、とてもリスクの高い検査ですので。。。」と同意書を差し出されました。

同意書にサインしましたよ。リスク高くてもしないわけにいかないでしょうから。
パパはすぐにその場でたくさんの看護婦さんや先生に囲まれながらカーテンの向こうで検査。
うんともすんとも聞こえませんでしたから、痛みがなかったのか、意識がなかったのかはわかりません。


すぐに一番偉そうな先生がいらして説明をしてくださいました。
「ご主人はやはり髄膜炎でした。肺炎球菌による髄膜炎です。ウィルス性だともう少し軽いんですけど、細菌性でした。細菌性髄膜炎は、ぼくらの言葉で言うところの「予後」のよくない病気で。だいたい2〜3割の方が亡くなりますし、助かっても重篤な後遺症が残る事が多いです。」

そんなふうに言われても、うちのパパだもの、大丈夫よねーみたいな気分のママ。
「でも、7、8割は助かるんですよね。じゃ、多分大丈夫ですよ。うちのパパなら。」
「いえ。。。ご主人の場合は、炎症を表す数値(CRP値)が非常に高いんです。教科書にものっていないくらい。。。状態は非常に悪いと思っててください。」

えっ、そうなの?死んじゃう2、3割の方に入ってるってこと???頭の中真っ白。

「治療は抗生物質をどんどん投入してばい菌やっつけるしかありません。今夜はこのまま入院になりますが、奥さんもそばにいてください。」


家で待ってる娘に入院することになったことを連絡し、いろいろ手続きすませてベッドごと病棟に運び込まれたのでありました。







polamama at 14:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日記/一般 

入院騒動1

年末の「我が家の2012年10大ニュース」には絶対トップになる一大事がパパの入院騒ぎです。
どこかに書いておかないと直に忘れちゃいそうだから、覚えてるうちに。


事の始まりは今年の1月21日
中国のお正月休みでパパが帰国しました。
福岡で入国し、ママと合流。空港まで来てくれた福岡在住の古い友人と再会し、ご飯食べながら楽しい時間を過ごし、新幹線で郷里山口へ。

それぞれの実家で親孝行の2日間を過ごし、新幹線で大阪へ。
この頃からずっと腰が重い、って言ってたので、近所の整体でマッサージ。
ずいぶん軽くなった〜って喜んだのもつかの間。。。

2日後、会社に出かけ、社内で少し走ったときに股関節に違和感。
これは腰にくるな、と予感したそうで、翌朝には予感的中。
ぎっくり腰のように、腰が痛くて動けない状態になってました。
近所の整形外科でレントゲン撮ってもらったけど骨に異常はなし。
痛み止めと湿布をもらって帰宅。
でも、痛みは増すばかり。一旦横になると起き上がるのに一苦労、という状態。
挙げ句に熱まで出る始末。。。

大連に戻る日が近いので、焦ったパパは「どこでもいいから往診してくれる先生を捜して」と。
ネットで探し出したのが往診もするというペインクリニック。
ブロック注射とかしてくれる病院ね。

そんなとき、ネットで私の呟きをみた谷川美雄さんが「良い先生がいるから」と連絡下さいました。
「ブロック注射は絶対にしないほうがいい!鍼の方がまだいいよ!」と強く言ってくださったので、予約取り消し。
原因がわかんないのに、痛みだけ取るのはよくないからと。この進言が後で神の言葉に。

とりあえず、往診してくれるという近所の先生に鍼治療に来てもらいました。
家の中でも移動には杖が必要。立ったり座ったりするのもそろりそろり。
腰から背中、首まで痛みがあるからと、食欲もイマイチ。。。そんな状態が続きました。



さて、美雄さんが紹介してくださったのは豊中の整骨院。
小さな普通の整骨院ですが、非常に腕のいい先生で予約は2ヶ月先までいっぱいという状態。
テニスでは伊達さんも国枝さんもお世話になったことのあるという先生だそうで、美雄さんの紹介で急遽診てもらえる事になりました。

杖つきつつ、駐車場から100mをじいさんのようによたよた歩いて整骨院に入りましたが、出てくる時には少し歩く姿がましになっていました。
翌日もまた治療してもらい、杖無しで歩けるほどに!たった2回の治療でです。
その次の日(30日)には大連に戻る予定でしたから、朝イチで3度目の治療してもらう予約をして帰宅。

一時はどうなることかと思いましたが、なんとか一人で立ったり座ったり歩いたりできるようになり、
「靴下履くのだけが大変そうだな〜」なんていいながら嬉しそうに出発の準備をするパパ。
「じゃ、また明日!」と言って元気にベッドに入ったのでした。

長くなるからまずはここまで。




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2012年08月24日

2011〜12年 読んだ本 コミックス

コミックス、漫画です。
読み続けてるものは終るまでやめられませんね。
新しく読み始めたものもいくつかあります。

チェーザレ 9            惣領冬実          講談社

ちはやふる 12〜17        末次由紀          講談社

聖☆おにいさん 7          中村光           講談社

荒川アンダーザブリッジ 12     中村光           スクウェアエニックス

リアル 11             井上雄彦          集英社

海街diary 4 帰れないふたり      吉田秋生          小学館

7seeds 20〜22          田村由美子         小学館

銀の匙 1〜4             荒川弘           小学館

坂道のアポロン 1〜8        小玉ユキ           小学館

チャンネルはそのまま 1〜5     佐々木倫子          小学館

花よりも花の如く 9・10      成田美名子          白泉社

陰陽師 玉手匣 1          岡野玲子           白泉社

日本人の知らない日本語 3      蛇蔵&海野凪子        メディアファクトリー

ダーリンは外国人withBABY      小栗左多里&トニー・ラズロ  メディアファクトリー

テルマエロマエ 検         .筌泪競マリ         エンターブレイン

聖☆おにいさん(7) (モーニングKC)
聖☆おにいさん(7) (モーニングKC)
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polamama at 16:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)最近読んだ本 

2011〜12年 読んだ本 文庫・新書

1Q84 BOOK1(前編・後編)       村上春樹     新潮文庫

1Q84 BOOK2(前編・後編)       村上春樹     新潮文庫

1Q84 BOOK3(前編・後編)       村上春樹     新潮文庫

九月が永遠に続けば             沼田まほかる    新潮文庫

砂漠                    伊坂幸太郎     新潮文庫

儚い羊たちの祝宴              米澤穂信      新潮文庫

インビジブルレイン             誉田哲也      光文社文庫

ブルータスの心臓              東野圭吾      光文社文庫

チヨ子                   宮部みゆき     光文社文庫

女神記                   桐野夏生      角川文庫

わくらば追慕抄               朱川湊人      角川文庫

貞子3D                  藤ダリオ      角川文庫

モダンタイムス(上・下)          伊坂幸太郎     講談社文庫

大江戸妖怪かわら版1            香月日輪      講談社文庫

きのうの世界(上・下)           恩田陸       講談社文庫

蛍坂                    北森鴻       講談社文庫

おまえさん(上・下)            宮部みゆき     講談社文庫


もののけ本所深川事件帖 
      オサキ婚活する         高橋由太      宝島社文庫

もののけ本所深川事件帖
      オサキと江戸の歌姫       高橋由太      宝島社文庫

トギオ                   太朗想史郎     宝島社文庫

アントキノイノチ              さだまさし     幻冬社文庫

池袋ウエストゲートパーク宗
   ドラゴン・ティアーズ 龍涙      石田衣良      文春文庫

これから「正義」の話をしよう
  今を生き延びるための哲学        マイケル・サンデル 早川書房

先送りできない日本             池上彰       角川新書

池上彰の宗教がわかれば世界が見える     池上彰       文春新書

聞く力                   阿川佐和子     文春新書

柳井正の希望を持とう            柳井正       朝日新書
柳井正の希望を持とう (朝日新書)
柳井正の希望を持とう (朝日新書)
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ユニクロの柳井さんの本、高校の大先輩(もちろん面識はありません)で、身贔屓なのかもしれませんが、若い人にはぜひ読んで欲しいです。
朝日新聞に連載されてたもので、読みやすいですよ。
さだまさしさん、伊坂幸太郎さん、宮部みゆきさんの時代物などは裏切られません。
他のは、まぁ、ぼちぼち。。。村上さんの作品は私にはどうもぴんときません。
ま、相性ってあるからね。^^;

次はコミックスにつづく

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