お泊りさせて頂いた女友達の家でお目覚めの2日目は昨晩ワイン1本空けたってのに早朝6時には起床したわ
だって女友達が朝食を作ってくれててその美味しそうな香りにわれてしまって・・・
でも2児の母としてキチンと日常のことをこなしつつ勉強しながら将来の計画を立ててるなんて偉いよねぇ~

その健気な姿に母の若かりし頃を重ねてしまい今こうして女帝気質のあちきが何不自由なく過ごせてる有り難味を実感したわさ

朝食を済ませ皆でお墓参りもかねて高速をぶっ飛ばし仙台→石巻へと入り母が被害にあった住居にて大家さんと待ち合わせ
母の遺品を受け取りに行くも1本道を挟んだところは復興の兆しも見えやかさを取り戻しつつありゅけど母の住んでたところは
まだまだ震災の跡も濃くあの日のまま時間がSTOPしていりゅ状態でした。
大家さんも神奈川に避難していて偶然この日に宮城入りしてたようで会えたことが神がかりで・・・また母が動いたのかしらね

その遺品にはあちきが去年送った母の日のプレゼントや写真嫌いでこの世に1枚しかないお爺ちゃんの写真も出てきてコレは母が火葬の際に
一緒に入れてくれと言ってりゅのかな~とおもいお婆ちゃんの写真と一緒に入れてあげたんざますけど・・・
あちきも忘れていた思い出の写真(七五三)も出てきたんざま~すの

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ひゃだ何処のボンボン君なのってほど当時にしてはオサレじゃないのよあちきったら

写真じゃないんだぁ~とおもったお人は

アルバムは出てこず津波の被害で傷んだ写真1枚だけだけど母にされて育ったの1枚なので大事にしなきゃよね
この場所を離れりゅときに宮城県沖地震(震度5強)がありパニくったけどお墓参りに向かい女友達に愛娘ちゃんたちもお手伝いしてくれて
お墓の掃除をし傾いてた墓石もなおし合掌

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海水にのまれた場所なので傷んだとこも多く枯れ草が手に刺さる痛みも忘れ無我夢中だったけどお墓参りができ母も喜んでくれてるかな
4ヵ月もの間誰も来ず荒れ放題となったままでご先祖さんゴメンね

雨もポツリポツリしてきたので車に乗り父を迎えに行きながら思い出の場所をたどってみましたの
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この場所は母が離婚し新しいお父さんだよと知らぬ男を連れてきて一緒に暮らすはめになった家で
33年前に宮城県沖地震(M7.4)を体感しはじめて恐怖と向き合いながらも暗闇の中生かされていることをんだ場所でもあるの

離婚し貧乏で昼夜働く母の強さや寂しさ喜びを1番感じた家だったようにおもえて暫し眺めあの時を鮮明に頭に焼き付けてきたわ
多分この時母も横で一緒に当時のことを感じてたんでしょうね
前回の母の遺体確認のときと今回と合わせて母と過ごした家は全て回れたのも偶然ではないでしょうしね

火葬される前に行きたい場所に行けたことをきっとんでくれてるでしょうし火葬の際にはお爺さんとお婆さんの写真も入れてあげたし
今頃はあちらの世界でご先祖さんたちとお饅頭食べながら団欒してくれてるかにゃん

お骨になって小さくなってしまったけど自慢の母はいつまでもあちきの心の中で生きてるざますしいつも笑ってくれてます
あなたの子に産まれ苦労も多かったけど笑って強く生きることを教えてくれたことを守りあちきも前に進むから心配せんといてね・・・