2007年03月06日

私がかなり好きだったアニメが「トムソーヤの冒険だった!」と思い出した。忘れていたので怪しいもんだが、それでも当時本気で愛していたような気がする。トムのような人と結婚したい、だの、トムのような暮らしをしたい、だの思っていたと思う。

子ども心に、(子どもが生まれたらこれを一緒にみるぞ!)って決心してたのを憶えている。それで、娘が一桁の年齢の頃、一度借りてきて見せたけど、つまんなそうで、がっかりしたことがあったな〜。

そんなことを考えていたら無償に観たくなって、ツタヤで借りてきた。
DVD1巻と2巻。

今度は、中学生の息子に一緒にみるぞ!と無理やり一緒に観ることに。娘もいたけど。

久しぶりに観たら、あらら、突っ込みどころ満載で。
優しいおばさんでも、黒人を雇っているし、黒人が裸足で働きまくっているし、ムチでオシリをうつし…。
子ども達は「人権問題だぁ〜」ってイチイチつっこむし。
いいのだ、いいのだ。昔なのだ!イチイチつっこんでないで、この世界を満喫しようじゃないの。

かわいいし、おもしろいし、みんないい味だし、たのちー!

結局息子は、トムソーヤが大好きになり、「トム観なくちゃ!」って言うようになりました。それはそれでうれしかったけど、あの歳でトムソーヤに夢中になる息子にも、心配になったりして…勝手な私。あ、でも、私もトム観てたころ中学生だった・・・。

こんなアニメにのめり込んで「こういう世界がいい!こういう世界に行きたい!」とつぶやいていた中学生の頃の自分が、そのころどんなに現実の世界で苦しんでいたのかと思うと、そのころの自分が不憫で不憫で。(笑)

(09:15)

2007年01月21日

天木さん、ブログ復活、うれしい!

(09:42)

2006年11月25日

中学生の息子に、静かにいろいろあった。いろいろ書きたいのだけど、
今は時間がなくて書ききれない。そのことは書けるとき書くとして、
今思うことを書きとめておこうっと。

簡単に書いておくと、息子は、小一から習っていたスポーツも、
部活もやめることになった。

そのことは、親である私も夫も、いい選択だと思っている。ほんとに。
でも、実は夫は、悲しんでいる。
私はといえば、少し動揺したのだった。
私は、少し動揺した自分に少し動揺した。

中学の息子が日本でのスポーツは楽しめない、やりたくない、と
いうことで、悲しいような気持ちになったのだった。

でも、よーくよーく考えていたら、
途中から(何を考えているの?自分!)と可笑しくなった。
私も結構俗っぽかったのね・・・と。

スポーツをしないことに決めた後の息子は、とても楽そうだ。
その息子に、スローライフ、スローワークのHPを見せた。
そのサイトを読みながら息子は、にこにこして、
「うんうん!ぼく、こういうのがいい」と言っていた。

そうなんだね、そういうのがよかったんだね。

障害児の親となって、世間からハズレ、
次は、不登校の親の気持ちを体験し、世間からハズレ、
今度はニートかな?なんと呼ばれる立場になったっていいよ。
これからは、喜んで、日本の学校化社会からハズレテ行きたいと思ってる。
きっと、どんどん幸せになれることでしょう。

(00:32)

2006年10月31日

ゆとり教育のせいばっかりにしているけど、違うと思う。

当時、ゆとり教育を理解し、推進する能力が私たちになかったからだとおもう。
そこを、反省しないで、なぜ、誰かのせい、何かのせいにするのだろう?

その当時、ゆとり教育を推進してた側にいた人だと思われる
寺脇研さんが、文科省から、広島の教育長に出向していた当時
広島の小中高校生に手紙を出したそうです。
「一番大切なのはあなたの命です。命が脅かされてまで、
学校に行く必要はありません」

こんな風に言ってくれる人がいてくれて、ありがとうだ。
あの時、なんの声もあげられなかったことを、申しわけなく思う。



(08:23)

2006年10月05日

昨日、たまーにしか会わない友達とランチした。
たまーにしか会わないから、たま―に会うと、しゃべる事がいっぱい。

だけど、大抵、パートの話か、お金が無いっつー話か、子どもの話になる。

で、子どもの話。

彼女は、一人息子がいる。小学5年生。
仲良くてとってもいい感じの親子。

で、その息子に、習い事3つさせてる。
おかあさんは、全然教育ママではない。
教育ママっぽくないのに、この姿。
でも、特別な事でもない。(それが、不気味なんだけど)

勉強もちゃんとやってほしい、と思い切り願っている。
ほかの友人も然り。

テストの点数が悪いと、ぐちぐち言ったり、家庭教師みたいになっちゃうという。

そのおかあさんや、ほかのママが言う。
「テストの点数が気になるし、
勉強は、きちんとわかる状態であってほしいし。」と。
その割りに、いい先生に子どもを出会わせようともしないで
大手の塾にぽんと入れるだけだったりする。

みんな優しいいいおかあさんなのに、子どもにやってる事は
どうしてあーなのだろうと思う。漠然と、不安なのかな〜?。

以前、「生きてるだけでいいじゃない」って言ったら
「そうなんだけど、そう思えないんだよね。
勉強もちゃんとしてほしい。」っていう。

でもさ、心が健やかになってはじめて成績があがるんじゃないかなあ。

みんなさ、心を無くして成績だけを支えに生きている
がり勉くんの不幸を認識しているはずなのに、
自分の子どもをがり勉君の心理状態にしたがっている。
それも良かれと思って。
そして、いつもいつも、子どもの気持ちなんて、
二の次になっていることに気がつかない。

そして私に向かって言う。

「あなただからそんなことが言えるのよ。
(障害児がいて、何かを悟ってるだろうからという意味だろう)
私たちは立派じゃないからそんな事言えない。
勉強が気になるし、勉強だけはきちんとやってほしいのよ。
なんでかわからないけど。」って。

その漠然とした想いだけで、子どものお尻を叩くってのはどうなの?
自分の想いだけなのではないか?っておもう。

私は思うんだけど、今の学校って
自分たちが学校に行ってたころと授業内容・形態は
さほど変わっていないと思う。

私は学生の頃から、いつも、授業を受けながら、
(こんなの本当の教育じゃない!)と思っていた。
教育が何か、とか難しいは、よくわかんなかったけど、
でも、こんな子どもの心を無視した学校って、おかしいじゃん、と思っていた。
一方通行の授業なんか、理解しようと思っても、全然わかんなかったし。
わかんないよーって心で思ってても、何もいえなかったし。

そんなちゃんと機能していないままの学校に、子どもを送り込んでいる私が
子どもに「なんで、こんな成績なの?」と言えない、といつも思っていた。

楽しくも無い授業から出てきた宿題を「宿題しなさい!」なんて
言えないと思った。言いたくなかった。

勉強って楽しい気分でしたって良いはずだもん。

勉強でいい成績が出せるかだせないかは、まずDNAを考えてみる。
そう考えると、ほっといても100点ばっかりという状況はありえないだろう。

と、なると、子どもの能力に応じて対応するしかないとおもう。

その我が子のあるがままの状態というのも、知ろうとしない親が多いと思う、
っていうか、悪い点数の我が子なんて、ありえない!認めない!って感じの
親がいる。テストの前に、一夜漬けで詰め込んで、良い点とってもあんまり
うれしくないんでない?

実力テストの点数をみて、子どもに文句をいう人がいるけれど、
その点数って、親の自分や教師の能力なのではないか?と思う。

今、この子どもに、このくらいの理解しかできない程度の自分たちである、と
思えばいいんでないの?と思う。そしたら、何て声をかけたらいいか
思いつくんじゃないかな。

この成績を上げるには、どうしたらいいか?と考えたら、親の私に出来る事は、

・ご飯を食べさせる
・寝かせる
・洗濯する
・話をする
・気持ちの上での課題を見つけて、フォローする。

くらいしかないじゃないか。(いい加減にしかやってないけど)

「勉強しないと、将来大変なのよ、今はわかんないと思うけど。」とか
「勉強していてよかったな、っていつか思うときが来るから。」とか
「学歴社会なのだから、仕方ないのよ。」とか、言ってる親がいるけれど

その社会の事は、親がなんとかすることだよねって思う。
(けど、何もしてない私。)

なにもしてない自分だからこそ、子どもには言えない。

子どものほうが、何も言わなくても頑張ってるし、競争にさらされて、
自分の成績で、自分を縛っている。
そんなに自分を責めなくてもいいじゃん!って思うくらいに。

それでいいじゃん!って大人がいうことで、
子どもに頑張るエネルギーがでてくるのが
わかるんだ。自分だって同じだから。





(08:46)

2006年09月27日

その2なのだ。

枕を抱くというイメージトレーニングをオススメされた私。どう考えても、こっぱずかしい。

その日、息子は体育祭の代休で家にいた。
息子は、自分の話をされているのは、わかっていたので、友人が帰ったあと「ねえ、ねえ、どんな話をしたの?」ってしきりに聞いてくる。

「どんな話って・・・勉強とか、成績とかの話は全くしなかったなあ〜」と私。
「で?ほかは?」と息子。
「他には〜、う〜ん、あんたの“ぼくは、あれもこれもやらされている〜”っていう考え方になっちゃうのは、小さい頃に抱っことかおんぶとか、足りなかったからかもねーって話になって、これから抱っことおんぶをしてあげたらどう?って話になった。だから、これから抱っこしてあげるね。」って言ったら息子は「抱っこはいらん!」と言ってたけど、にこにこしてた。

その日の夜、リビングで、上の子二人に向かって「今まで、お父さんとお母さんは、そんなつもりはなかったとはいえ、あんたたちに愛情が足りない状態にしてたかもしれなくて、それで、今自分のことを、これでいいのだ!って思えない心境になっちゃったかもしれないの。弟が生まれてから〜(中略)。だから、ごめんなさい・・・なんだけど。特におかあさんは、よわっちいから、あんたたちと同じなの。同じだから、我慢したり、無理したりしないで、自分の気持ちを大事にして、率直に文句言ってね。ためないで。」とかなんとか、いろいろ、下の子中心にしてきたかもしれない過去を謝ったんだけど、そのときの、息子のニコニコうれしそうな顔に驚いた。

上の子は、パソコンに向かいながら淡々と聞いてるのに、息子は目が輝いてる感じでニコニコ。「はいはい!わかってるよ!」ってな感じでぞんざいな態度とかされるかと思ったのに、息子は、幼児みたいにうれしそうだった。やっとわかってくれた?って言ってるかのような感じがした。

我が家は、「ぼせい」が足りなかったが、一般的には、母性と父性のバランスが問題だそうだ。
うちは、夫は、父性はばっちりだと誰もが思うタイプなので、私の母性が課題なのは明白だ。

その翌朝、息子の顔色は、(日頃朝黒さが増してたのが)明るい顔色になってて、驚いた。そして学校に行って、部活の顧問に「3ヶ月だけ頑張ってみる」と言ったそうだ。
顧問は、感無量です、と言って電話をくれた。
私は、子育てって、すげーなーと思ってしまった。

その後、半月、息子はすこしだけ、心が軽くなってるようにみえる。

枕を抱きたくない一心で母は、スキンシップをしたり、朝ごはんが時間ぎりぎりにならないように必死になっている。今度は、私が疲れたりしたら大変なので、今日も休息する。


(08:33)

2006年09月26日

息子は、小学生の時から父親の趣味で始めた習い事がある。不釣合いなハードなスポーツ。それと、中学に入って、これまた別の運動部(部活)に入った。これも親の意向が何割か入っていた。でも、全部、息子がやる、やらないを選択してきたものだ。

ココに来て、2そくのワラジ(?)はきつくなってきたそうで。「疲れた」を連発。小学校の時から続けているスポーツもぱっとしない。自分は下手だと信じている。その上最近、部活を辞める、辞めない、の葛藤を繰り返していた。顧問に辞めるといったら、もったいないと言われ、うれしいことを言われ、辞めないことにしてきたが、やっぱり楽しくないから、辞めたい・・・と。

辞めたいのも辞めないのも息子。

息子をよく知る友人がいる。友人は、私と同世代。子どもの心を育てることをお仕事にしている。その友人に、最近の息子の様子を相談した。
その頃の息子と私は、そんなに関係は悪くなかった。息子の機嫌は悪かったが、悪態をつくわけでもない。ババアなど、言われた事も無い。ただ、なんか心配なのだった。

友人は日頃から、息子を心配していたらしい。
親にはストレートには言えなかったらしいが、悪いほうにいくと末はリストカットか、良くて引きこもりか、と思ってたらしい。(母も、息子はそういうタイプだなと思ってはいたが。でも見るからにそういうタイプってわけではないよ。)
友人がこっそり心配していたところへ、私から息子の相談をされたそうで。

その後二ヶ月くらい様子をみててくれた。
その時期、私は、息子に張り付いた。
そしたら、息子はだんだん、文句や不満を言い出した。え?そんなこと思ってたの?と思うことまで。

・自分が小学校の頃から、親が悲しむ選択をしないできたこと。
・周りの誰に対しても、相手の気持ちを察して、言葉を選んできたこと。
・嫌だ、変だ、と思っても言わなかったこと。

私はね、驚いた。
だって、家では、一番勝手な事を言ってたし、いっぱい喧嘩もしてきてたから、え?あんたが!?って。でも、よーく考えたら、本音は飲み込んでいたのかもと思えてきた。

きっとそうなんだ・・・。

そんな話を息子から聞いた直後、息子は言った。

もう、本音で生きるからね!

そんなの、頼むからそうしてちょうだい!と思った私。

そんなやりとりをした数日後再び友人に相談。
いろいろ話をした後で・・・友人が言いました。

「母性が足りないのかもしれない・・・。」

「ぼ・・・ぼせい???」

・・・文字が頭ぐるぐる&頭ボー・・・の私の横で友人は続ける。

「今まで、この家族のどこに問題があるのか、考えたけどわからなかった。何だろう?と考えたけど・・・、もしかしたら、小さい頃に原因があるのかも。甘えられなかったとか?下の子が生まれたことでお母さんも家の中も、下の子中心になっちゃったんじゃないですか?大変だったのでは?」

そ。そうかも。そういえば、大変だったのだ。今はこんなぐうたらして、どこの家よりものんびりしているけれど、大変だったのだった。

「きっと・・・そうかも・・・」と答える私。

「一番上の子どもの時は、おとうさんにも余裕があって、フォローができたために、一番上の子は、そんなに影響が無かったんじゃないか?」って。っちゅーことは、元々私に母性が少ないっちゅーこと?

・・・う〜ん、有りうる・・・。

だって、私、そういう奴だもん。すぐイッパイイッパイになるし、精神力ないし・・・。

友人は
「子どもをぎゅーっと抱き締めるといいんですよ。でも、お子さんはびっくりするかも。そうだとしたら、枕を息子さんだと思ってぎゅ―ッと抱いてたら、母性があふれるようになるそうです。」だって。

ちょ、ちょっとまってね、まくらですか〜???

友人が帰った後で、枕を抱く自分を想像して・・・

やっぱ、できねー、と思う私だった。

ご飯つくってくるから、一旦終わり。その2へ続く・・・



(17:42)

2006年09月06日

最近、何もやる気にならない。
ぼーっとしていて、やばい気もする。

私には「障害児」も「健常児」もいるが、もう最近訳がわからなくなっている。
どっちも、同じくらい大変だとおもう。大変っていうのは、後ろ向きな気持ちではなくて〜。

心配を始めれば、どっちの「児」だろうと違いがなくなってくる。
心配を始めたらキリがなくて、眠ってしまいたくなるから、心配することさえやめてしまう今日この頃だ。

我が子が生きている間に、世の中は良い方向に変わる確信など全くもてないので、
私は、今後、障害者の息子用の生活空間の確保に、東奔西走しなければならないのだろうか?そうしなければ、息子は、不幸になってしまうのだろうか?

過去に自分には経験が無いので、障害者用の暮らしを別スペースに持つために、走り回る気が起きない。これではいけないのだろうか?いけない!っていう母もいっぱいいるのだろうな。

あ〜ぁ、どうなっちゃうんだろう、自分と我が家。


(12:32)

2006年06月19日

えらそうに、って言われそうな事書いてる私だけど、きっと誰よりも、世の中の制度のことわかっていない。障害ある子どものために、貯金もしてないし、保険もかけてない。

今まで、友達が居てくれたから、困った事なかったし、行政の世話になった事もない。

だけど、大きくなってきたら、いろいろ変わってくるよね。
どうしたらいいのか、わかんないことだらけで、不安がよぎる〜。
なるようにしかならないけどさー。

まずは、ものしりの知人にきいてみるか〜。

(08:10)

2006年06月18日

障害が重度の子どもの親、障害が軽度の子の親、身体障害児の親、知的障害児の親、いろんな程度や分け方があるけれど、「この大変さ、あの人たちには、わからないのよ」って言ってる障害児の親達に言いたい。

そりゃわからんわい!
だけどね、苦しんで、ジッとして、顔をあげて、立ち上がって、という段階をふんで元気になっていく気持ちって同じでしょ?同じでいいんでないの?

それから、子どもを無くした人、病気の人、怪我をした人、子どもいなくなった人、いろんな苦しみや痛みを負った人も、同じだとおもうのよ。

何にも、特別じゃないとおもうんだけどぉ〜。そりゃ、特有の苦労ってのはあると思うんだけど、それは、何かを抱えた人それぞれにあることで、明るい気持ちで生きていこうと思えるまでの苦しさや過程は同じだと思うのよね。

とにかく、今生きてるだけでいいじゃんか。

(17:56)